幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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Stage6 恐怖を知ったその先に

 何故ヴァルバトーゼは、こうまでフランドールを圧倒するに至ったのか。

 無論結論は分かりきっている。チカラを――血の魔力を再びその身に宿したからだ。

 疑問なのはその過程である。よもや吸血行為を彼が是とするとは考えられない。

 ならば何か他の要因があったということだ。

 その要因は、奇しくも彼のシモベであるフェンリッヒが想定していた手段と一致していた。

 すなわち、外部からの魔力供給である。

 言葉だけ聞けば簡単に思えるかもしれないが、実際は極めて困難と言っていい。

 その理由は大きく二つ。

 

 一つは、魔力の波長が合う相手を見つけることが難しいということ。

 この世界では霊力や妖力などと彼の世界よりはチカラの細分化がされているが、それでもまだまだ大雑把なのだ。

 例え血を分けた家族であっても血液型が一致せぬように、自分と同質のチカラを持つ存在というのは極めて希少である。

 加えて迂闊に波長がずれたチカラを注ぎ込んでしまうと、拒絶反応が起こり最悪の場合死にかねない。

 ちなみにそれを極めて軽度に再現させたのが、フランドールの妖力波紋である。

 

 もう一つは、魔力を吸収するという行為そのものが難しいということ。

 前述の事情から、相手からチカラを吸収するという技法は遥か古に廃れてしまっているのだ。

 しかしヴァルバトーゼは極めて近しい技法をその身に修めていた。

 そう、生命力吸収である。

 ゆえに、後者の問題点はなきに等しい。

 

 ではフェンリッヒは何を探していたのか――などと考えるまでもない。当然、ヴァルバトーゼと同質のチカラを持つ存在である。

 まるで雲を掴むような話であるが、実のところ彼に限っては対象を容易に判別できるのだ。

 基本的に同族間でも魔力の波長は拒絶反応が起きる程度にはズレやすいのだが、吸血した血を魔力に転換するという特性を持つ吸血鬼に限って、同族間における魔力波長がほぼ一致する。

 つまりヴァルバトーゼ以外の吸血鬼さえいれば、擬似的にではあるもののヴァルバトーゼにチカラを取り戻させることが可能ということだ。

 だが生憎彼の魔界には彼以外の吸血鬼は存在しておらず、ゆえにフェンリッヒは別魔界へと手を伸ばすことも考えていたのだが。

 この世界には、それがいた。

 つまり具体的には何が起こったのか。簡単な話だ。

 死に瀕したヴァルバトーゼは、己に突き刺さった『かつての己と同質の魔力を持つ』剣を吸収したのである。

 

 だがここで新たに疑問が生じる。

 ヴァルバトーゼが吸収した魔力はさして多くはない。

 魔力剣が二本と、直撃した妖力弾を少々といったところだろう。

 それによって活性化した肉体がフランドールを圧倒することはありえても、最後のフルークフーデはありえない。

 放出した魔力量が、吸収した分を大きく上回っているからだ。

 ならば、そこにもう一つのからくりが存在する。

 

 畏れエネルギー。

 かの世界において、悪魔たちが世界から受ける補正のことである。

 その供給が減ったことによって、彼の魔界はかつてよりも大幅に悪魔全体のステータスが低下しているのだ。

 ではこの世界には存在してしないのか。否、存在する。

 そもそも何故この世界で、『幻想郷』という閉じた世界が生み出されたのか。

 それは畏れエネルギーと極めて同質のエネルギーが、妖怪たちに供給されなくなってしまったからだ。消滅の危機に、瀕するほどに。

 ゆえに狭く閉じた世界で、それを満たす必要があった。

 すなわち幻想郷の妖怪は――かつて満ち足りていたころの魔界と、同等の畏れエネルギーに満ちているのだ。

 

 だが、つい先程までのヴァルバトーゼはその供給を受けていなかったのである。

 その理由は別世界の住人であるというのが一つ、そしてもう一つ決定的なモノが存在した。

 彼はこの世界において、誰にも畏れられていなかったのである。

 人間を恐怖させる存在であると、世界は認識しなかった。

 だが、復活したヴァルバトーゼには畏れを抱いた存在が二人いる。

 レミリア・スカーレットと――フランドール・スカーレット。

 幻想郷においても上位の『畏れの象徴』に畏れられたことによって、ヴァルバトーゼは世界から『妖怪』と認められた。

 ゆえに彼は今その身に供給されている膨大な畏れエネルギーによって、ステータスが大幅な上昇しているのだ。無論、魔力量も。

 

「どうした? よもやもう諦めたのではなかろうな」

 

 崩壊寸前の遊戯場の一角。その中心にヴァルバトーゼは立っている。

 未だその目に戦意を滾らせて、フランドールを見つめていた。

 

「う、あ……」

 

 対してフランドールからは戦意というものが感じられない。

 一瞬で全ての分身を破壊された彼女は、ふらふらと地面に降り立った。

 だが容赦の欠片も見せずに、ヴァルバトーゼは彼女へと近づいていく。

 フランドールは、逃げるように後ずさりを始めた。

 こわい。

 彼女は初めて己の中で燻っていた感情――恐怖を言葉に変えた。

 だがその恐怖はどれだけ後ろに下がっても、フランドールを逃すことはない。

 それはあっという間に彼女の恐怖を増大させて――臨界を迎えた。

 

「は、あは……は。あは、ははっ。アハハハハ! アッハハハハ! あははははッははは――!」

 

 突如壊れたように狂笑を始めたフランドールを、ヴァルバトーゼは歩みを止めて訝しげに見つめる。

 だが彼女は壊れたわけでも、狂ったわけでもない。

 鎌をチラつかせた死の具現に対して、彼女の生存本能が『それ』を見せたのだ。

 その紅い瞳を爛々と輝かせて、彼女は嗤う。

 

「――壊れちゃえ」

 

 破壊の宣告者によって、至極あっさりと暴君の腕が落ちた。

 前触れもなく己の腕が落ちたことに、ヴァルバトーゼは眉を顰める。

 しかし思い当たるところがあったのか、すぐに納得したように頷いた。

 

「そうか、確かレミリアが語っていたな」

 

 フランドールは勝利を確信している。

 彼女の瞳は比較的壊れやすい部位である手足からしか『目』を捉えていないものの、それを壊し続ければヴァルバトーゼに打つ手はない。

 だから、だというのに。

 何故目の前の男は、悠然とした態度を崩さないのか。

 それどころか、冷笑を浮かべてフランドールを見つめている。

 

「どうした? もう壊せる場所はないのか?」

「っ、この――!」

 

 音もなく、フランドールの意によって彼に残った三肢が壊れた。

 壊した――はず、なのに。

 平然と、ヴァルバトーゼは立っていた。

 右腕も、右脚も、左脚も、壊れていない。

 

「なん、で……!」

「そう驚くことでもなかろう。壊された瞬間に繋げただけだ」

 

 落ちた腕を拾って繋げながら、ヴァルバトーゼはそう答えた。

 確かに、フランドールの破壊能力はあくまで『砕く』のみ。

 決して消滅はしないのだから、道理としては正しい。

 しかしそれを成し遂げるにはいかな超速再生能力を必要とするのか。

 とはいえその再生には相当の魔力が用いられているはずである。自然と備わっているレベルのそれならば、最初の左腕が落ちるはずがない。

 

「……じゃあ! お前が再生できなくなるまで――」

 

 壊し続けてやると、フランドールは続けることができなかった。

 何故なら、彼女の瞳は今壊したばかりの『目』を捉えていない。

 そんなはずはない。例え再生したとしても、壊れやすさが変わるはずがないのだ。

 だが彼女の瞳が捉える『目』は、間違いなく四つ減っていた。

 

「……その反応を見る限り、どうやら成功しているようだな」

「何を……?」

「他愛のない話だ。そこが脆いというならば、治すときに補強すればいい」

 

 もちろんヴァルバトーゼの肉体は『完全』ではないため、『目』は紛れもなく存在しているはずである。

 ただフランドールの瞳では見抜けない程に覆い隠されてしまったと、ただそれだけのことであった。

 

「とはいえ魔力切れを狙うという発想は悪くない。試してみるか?」

 

 己の破壊能力に屈しないヴァルバトーゼを、フランドールは理解できない。

 敬愛する姉ですら、この能力の前には成す術もなかったのだ。

 だからこれは何かの間違いであると、彼女は限界まで目を見開いた。

 

「う、あ……あああああああああああ!」

 

 壊す。壊す。壊す。

 右上腕を。左大腿を。左前腕を。右脹脛を。手首を。足首を。

 その度に見える『目』が減っていくが、フランドールは構わず壊し続ける。

 そしてついに、壊した箇所から一瞬血が漏れたのを彼女は見た。再生能力が追いつかなくなってきた証拠である。

 だから彼女はますます目に力を込めて――

 

「――無論、俺とて何もせぬわけではないがな」

「――――!?」

 

 闇が、フランドールを覆い隠した。

 しかしその瞬間こそ彼女は驚いたが、別段気にするほどのことではない。

 何故ならその闇にも『目』が見えているから。むしろこんな小細工をするほどにヴァルバトーゼは追い詰められているのだと。

 再び彼女の口が孤を描き始めたその瞬間――

 

「か……、あ?」

 

 鋭い痛みが走った。その発生源へとフランドールは目を向ける。

 そこには紅い針があった。彼女の腹を突き破るように。

 一瞬遅れて、右腕にも痛みが走る。さらに左脚。左手。

 そして、虚脱感。

 気を抜けば意識ごと断ち切られそうなそれに、しかし彼女は耐え切った。

 全ての根源である闇の『目』を射抜き、破壊する。

 だが。

 

「さて、続けぬのか?」

 

 再び活力を取り戻して、ヴァルバトーゼが淡々と問いかける。

 折角削った体力と妖力を吸収された実感がフランドールにはあった。

 だというのに、彼の身体にはもはや『目』が殆ど残っていない。

 

「あ、あ……うぁ……!」

 

 そして、ついにフランドールは折れた。

 ぺたんと情けなく座り込み、掠れた呻き声を漏らす。

 己が絶対と確信していた破壊能力をも攻略された彼女に、抵抗する気力は残っていない。

 だからそれが近づいてきていると分かっていても、彼女は動くことができなかった。

 

「覚悟はいいか。フランドールよ」

 

 既にフランドールには見返す気概も残っていない。

 弱々しい小動物のように震え、固く目を閉じながらそのときを拒む。

 そこに。

 

「……何のつもりだ?」

 

 ヴァルバトーゼが疑念を投げる。

 だが当然フランドールは何もしていない。

 さらに己の前に影が落ちた。何が起こったのかと、フランドールは恐る恐る目を開く。

 そこには――

 

「レミリア・スカーレットよ」

 

 ちっぽけで、大きな背中があった。

 まるで庇うように、レミリアがフランドールの前に立っている。

 

「この辺で勘弁して貰えないかしら。虫のいい、話だとは思うけどね」

 

 フランドールは、目の前の光景が理解できない。

 あんなに痛いこと怖いことしたのに、どうしてお姉様はそこにいるのだろうと。

 

「……断る、と言ったなら?」

「私が相手になるわ」

 

 その声に怯えはない。

 それでも、勝算があるとは思えなかった。

 アレは格が違う。桁が違う。

 フランドールが完膚なきまでに敗北した以上、レミリアが勝てる道理などどこにも存在しないはずなのに。

 

「な……んで……?」

 

 だからフランドールは問いかけた。

 どうして、そんな無謀をするのかと。

 するとレミリアは振り返って、薄く笑う。

 

「バカね。姉が妹を守るなんて、当然のことでしょう?」

 

 その笑みは、本当に柔らかくて。

 それはフランドールが欲してやまないもので。

 途端に、彼女の目の奥から熱い何かが零れ出した。

 

「だって、だってぇ……! 私、いっぱいいっぱいお姉様を傷つけた! 痛かったでしょ!? 怖かったでしょ!? なのに、なのに……!」

 

 泣きじゃくって、見かけ相応にろれつが回らない言葉をフランドールは零し続ける。

 そんな彼女をレミリアは優しく抱き寄せた。

 

「それがわかったのなら、いいのよ」

「う、うう……あぁぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 泣きながら謝り続けるフランドールを、レミリアはただただ抱きしめ続けた。

 しばらくして、フランドールが落ち着いたのを確認したレミリアは彼女を置いて立ち上がる。

 そして最強の吸血鬼と、相対した。

 

「……待たせたわね」

 

 だからフランドールも立ち上がって、レミリアの横に並んだ。

 涙を拭って、前を見る。その瞳にはもはや恐怖はない。

 

「私も、闘う。私のせいだもん」

「フラン……。そうね、そうしましょうか」

「ごめんなさい、ヴァルバトーゼ。いまさら謝っても許してもらえないと思うけど、私はまだ死にたくないの」

 

 戦意を滾らせる二人に対して、ヴァルバトーゼは困ったように笑みを浮かべた。

 その表情は、敵対する相手に向けるようなものではなくて。

 

「決意に水を差すようで悪いのだが、もはや俺に闘うつもりはないぞ」

「……え?」

 

 驚きの声が重なる。

 いや、重要なのはそこではない。そこではなくて――

 

「目的は既に果たした。それに――」

 

 口を開いたヴァルバトーゼの目には敵意も戦意も残っていない。完全に弛緩していた。

 それどころか、何故か彼は満足げに笑っている。

 

「今のキサマらに勝つのは、かなり骨が折れそうなのでな」

 

 

 

 こうして、事態は終局を迎えた。

 意識を取り戻した三人にフランドールが謝罪して、彼女らが目を白黒させていたのは余談である。

 むしろ重要なのは、その際にパチュリーがヴァルバトーゼに零したある一言であった。

 

「ねえ、ヴァルバトーゼ」

「む?」

「貴方、帰れるんじゃない?」

「……おお。言われてみれば確かにそうだな」

 

 転移の問題点であった魔力量が一気に増大した以上、その公算は極めて高い。

 現状で魔力が足りずとも、スカーレット姉妹に頼めば魔力を供給させてもらえるだろう。

 

「問題は、こちらへ戻れるかどうかだな」

 

 ヴァルバトーゼはいくつかの約束を果たすために、再び幻想郷へ戻らなくてはならない。

 ただし当然吸血行為が解禁されていない以上、使った魔力が回復することはなく、向こうでは外部供給する当てもない。

 まあどちらにせよ約束を果たして血を吸えるようになればいい、とヴァルバトーゼは楽観していた。

 それに、あちらに帰った以上はどの道しばらくは戻ってこれないだろう。

 

「まあ期限付きとは言わないから、ちゃんとあっちの魔導書持ってきなさいよね」

「うむ。それは約束しよう」

「――なら、まずやらなくちゃいけないことが一つあるわよ」

 

 レミリアが、くすりと笑ってそう言った。

 ヴァルバトーゼは疑問符を浮かべて続きを待つ。

 

「何をだ?」

「決まってるじゃない――パーティよ!」


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