幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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Stage4 鮮血の上に立ちて

 遊戯場の一角で、二つ紅が荒れ狂う。

 しかしそこには明確な優劣が存在した。

 かたや景気良く妖力を形に変えて撒き散らし、かたやそれを弾き防ぎかわしの防戦一方。

 攻勢に出ているのは狂乱の吸血鬼――フランドールであった。

 

「あはははは! お姉様はそんなものなの!?」

「この……! 好き勝手言って……!」

 

 一応連戦であるはずのフランドールに、疲労の色が全く見えない。

 これこそがヴァルバトーゼ最大の誤算であり、満月がこの世界の妖怪へと齎すチカラであった。

 基本能力と回復力の向上。

 これにより、事実上満月の夜はほぼ全ての妖怪が無尽蔵のスタミナを誇る状態となる。

 すなわちヴァルバトーゼが削っていると思っていた魔力は、減ったそばから回復していたのである。

 相手が己と『同じ』吸血鬼であると、そう思っていたのがヴァルバトーゼの敗因だったのだ。

 ゆえにこの闘いにおいて、連戦のハンデというものは存在しないである。

 

 しかしこれは、フランドールがレミリアを押しているという理由にはならない。

 あくまでフランドールに連戦の疲れが存在しないというだけであり、レミリアとて同じく満月の影響を受けている。

 では単純にフランドールが実力で上回っているのか。それも違う。

 彼女らのステータスには殆ど差が存在しておらず、むしろ経験の分レミリアの方が上手と言っていいだろう。

 しかし結果はこれだ。何故か。

 

 一つはフランドールとの戦闘に専心できぬ理由があるから。

 いかに距離を離したとはいえ、遥か後方の身内とヴァルバトーゼに流れ弾がいかないように気を使う必要があったからである。

 といっても無作為にばら撒かれている妖弾全てを迎撃しているわけではない。

 そんなことをしなくても、彼女にはそれを阻止できる『能力』があった。

 運命を操る程度の能力。

 力の規模が大きすぎて非常に制限の多い能力だが、流れ弾が味方に『なぜか』当たらないようにする程度のことはできる。

 とはいえ多少なりとも気を裂かねばならないため、若干ではあるがこれがレミリアにとって不利に働いていた。

 

 しかし問題なのはどちらかといえばもう一つの要因である。

 レミリアは、フランドールに対してどこまで本気を出していいのかがわかっていない。

 今日この日に至るまで、レミリアは己に相対してきた相手は全て殺すつもりで攻撃を加えていた。

 なぜなら彼女がその力を揮うのは、紛れもない敵に対してのみだったから。

 身内――ましてや妹を戦闘不能にまで持ち込むにはどれぐらい力を出していいのかがわからない。

 もちろんフランドールの力が己に匹敵することぐらいレミリアとて理解している。おそらく全力の一撃を加えたところで、死ぬことはないだろう。

 それでも、もしかしたら――そんな思いがレミリアの攻撃から精彩を奪っていた。

 

「いいの? そんな調子だと、終わっちゃうよ!?」

 

 フランドールの嘲りの混じった叫びとともに、緑の格子が展開される。

 縦横無尽に駆け巡る妖力光線。その特性上から相殺、防御が難しい。

 レミリアは回避を選択して、基点であるフランドールを叩くために突撃する。

 前後左右上下と器用にかわしながら、レミリアは宙に浮かぶフランドールへと距離を詰めていく。

 途中何度か牽制もかねて反撃の妖力弾を放つものの、レーザーにかき消されるかすんなり回避されてしまう。

 幾度かレーザーが彼女を掠めて肌を焼くものの、どうにかレミリアは有効射程まで迫ることに成功した。

 

「ひっかかった!」

 

 だがにやりと笑うフランドールを見て、レミリアは己の迂闊を悟る。

 いつの間にかレーザーの群れは消え失せており、フランドールの周りには濃密な妖気が漂っていた。

 レミリアは放ちかけた攻撃をキャンセルして、自らの防御を固める。

 直後、暴力と化した紅い渦がフランドールの周囲に顕現した。

 その渦は容易くレミリアを絡め取り、妖力防護の上から彼女を削る。

 

「く、うっ……!」

「そお、れ!」

「――っ!?」

 

 さらにその渦は術者の動きを制限しないのか、耐え忍ぶレミリアの上からフランドールは右腕を叩きつける。

 堪らず吹き飛び、石床へと激突した。かなりの勢いだったらしく、周りが陥没して粉塵が舞う。

 どうにか身体を起こしたレミリアに、それは届いた。

 

「あーあ。せっかくお姉様と遊べると思ったのに、期待はずれだったなー」

 

 その砂埃の奥の影から届いた声に。

 心底残念そうなその色に。

 レミリアは、何かがぷちぷちと音を立てていることに気づいた。

 

「あ! だからお姉様は今まで私と遊んでくれなかったんだね? 気づかなくてごめんなさい」

 

 そして、本当に申し訳なさそうなその声に。

 理性と呼ばれたレミリアのそれは、弾けて爆ぜた。

 

「こ、の――……!」

「どうしたの? お姉様」

「調子に乗るのも――」

 

 ぴしぴしと、周囲の小石がレミリアから漏れ出す怒気に耐え切れずに自壊していく。

 そして彼女は立ち上がり、それを開放した。

 

「いい加減にしなさァァァい!」

 

 まるでその咆哮が力を持ったように、レミリアから膨大な圧力が放たれる。

 周囲の粉塵を一瞬で吹き飛ばしたほどのそれは、中空に立つフランドールに防御を強いるほどの圧倒的な力の奔流。

 数瞬後、それは唐突に止んだ。

 その根源たるレミリアは、一見何も変わっていないように見える。

 しかし、ついに彼女はその眼から迷いと躊躇を完全に消した。

 端然と紅い瞳がフランドールを射抜く。

 突如変容したレミリアの様子に、フランドールはしばし呆然とした様子を見せたもののすぐに立ち直った。

 今まで以上の愉悦を見せて、彼女はレミリアに笑いかける。

 

「え……あ、は、ははは! なんだ! お姉様全然元気じゃん! これでまだまだ遊べ――」

「うるさい」

 

 だが、レミリアにとってはどうでもいいことであった。

 言葉だけではなく、肉体を以て文字通りの一蹴を成す。

 反応すらできずに、フランドール吹き飛ばされた。驚愕と苦痛にか、彼女は目を白黒させている。

 彼女にしてみれば、眼下にいたレミリアが消えると同時に己を衝撃が貫いたのだから仕方のないことだろう。

 しかし今のレミリアは当然その程度で攻撃を緩めるような、容赦というものを持ち合わせていない。

 冷たい瞳で小さくなっていくフランドールを見上げながら、彼女は右手を掲げた。

 

「デーモンロード」

 

 そこから放たれたのは一条の光。

 だがフランドールに届く刹那の合間に、凄まじい勢いで枝分かれしていき――

 おそらくフランドールの目には、視界全てを覆うほどの光条の群れが映っていたことだろう。

 

「く、あ……っ」

 

 それでもフランドールは直撃を避けたらしい。うまく隙間に潜れたのか、それとも逸らしたのか。

 だがどちらでも関係なく、興味もない。

 

「え――?」

 

 いつの間に展開していたのか。

 レミリアの背後から伸びた幾多の巨大な鎖がフランドールを締め上げる。

 ぎちぎちと締め上げるそれに、フランドールは苦痛に喘ぐだけで動かない。

 あるいは彼女の能力ならば容易に縛鎖を破壊できるのだろうが、今の彼女にそんな余裕はないのだろう。

 そして突如、その表情は驚愕に変わった。

 

「これで少しは――」

 

 レミリアの右手の上で膨張する『それ』を見たからだろう。

 紅い妖力が渦を巻き、巨大な魔槍を形成していく。凶悪な妖気が空間を震わせた。

 それはまさしく、フランドールがヴァルバトーゼを貫いた魔剣(それ)と同質のモノであり――

 

「反省しなさい――!」

 

 小さな体躯を振り絞るように放たれた紅き魔槍は、身動きの取れないフランドールをぶち抜いた。

 

 

 

 

 それと時を前後して、逆位で続いていた一つの戦いが終幕を迎えようとしていた。

 美鈴はフランドールの分身たちに対して、消耗戦を選択した――というよりは他に選択肢がなかったのだが。

 それにしても、やはり無謀であったと言わざるを得ない。

 なぜなら分身はその最期の間際まで能力が劣化しない。つまり徐々に疲労やダメージが蓄積するのは美鈴のみで、それでいて三体の分身を制圧し続けなくてはならないからだ。

 しかしそれでも彼女は致命的な一撃を貰うことだけは避けていた。

 終わりの見えないマラソン以上に困難な行為を、彼女は持ち前の精神力で走破し続ける。

 だがいかに完璧なペース配分を保っていたとしても、限界というものは存在する。

 その時は、もはや目前へと迫っていた。

 

「っ、ふう……!」

 

 彼女の動きを、疲労が止める。これ以上の戦闘続行は自滅しかねない領域だったので、仕方ないものではあった。

 しかし当然そのツケは痛みとともに訪れる。

 三体の分身が美鈴へ飛び掛る。前左右からの同時攻撃。

 正面の貫手はスウェーでかわして蹴り飛ばす。右からの蹴り上げは右手で巻き取って叩きつけた。

 そしてそこまでだった。

 左からの薙ぎ払いは受けること叶わず、回避も防御も出来ずに貰ってしまう。

 

「が、は……!」

 

 超速かつ鋭利なその一撃は、見事美鈴の脇腹を抉り取った。

 口腔へ溢れ出す血を彼女は噛み切って、己を傷つけた分身へと目を向ける。

 それは超越的な殺意だったのか、追撃に腕を振りかぶっていた分身の動きが一瞬止まった。

 美鈴はその隙に分身の顔面をしかと掴むと、地面に向かって投げつける。

 

「ぐ……」

 

 渾身を込めた投げは、深手の美鈴の身体を蝕んだ。

 それでも、ついぞこの窮地において光明が煌く。

 ぴしりと、分身の頭部に亀裂が走ったのだ。

 動力切れ。

 途端に動きが鈍ったその分身を、美鈴は踏み潰す。すると呆気なくその分身は瓦解した。

 だがその美鈴の安堵と、一体の分身に入れ込み過ぎた時間は残りの二体にとって十分過ぎる隙である。

 

「か――」

 

 美鈴は攻撃を知覚することすらできなかった。

 気づいた時には吹き飛ばされており、ボロ雑巾のように石床に転がっている。

 それでもなお、未だ朽ちぬ武術家としての本能が次の攻撃を囁いた。

 それに従い、美鈴は前方へ転がる。直後に背後へと落下した衝撃が、地面を伝わって美鈴の身体を揺らした。

 そこにいるはずの分身へと駆け出そうと振り向いて、彼女は背後へと拳を振り絞る。確かな衝撃。

 既にひび割れたもう一体の分身の顔へと、それは命中していた。視線を下へとずらせば、あと数センチのところまでその凶手が迫っている。

 しかしそこから先それは動くことなく、分身は乾いた砂のように崩れ落ちた。

 残り一。

 振り返り際に、背後の砂埃が裂け目を見せた。

 当然姿を見せるのは最後に残った分身。

 大振りが過ぎる対手の攻撃は、自身にとって容易に捌けるモノであるはずだった。

 万全であれば。

 

「っ……!」

 

 常ならば軽く流して反撃を入れられたはずなのに、その衝撃を殺すことすら完璧に行うことはできなかった。

 受けた左手から威力が全身に伝染する。それは傷だらけの彼女の動きを、さらに低下させる。

 当然分身は止まらない。両手両足を凶器に変えて、美鈴へと攻撃を加え続ける。

 まるで詰め将棋のように一手ずつ、己が敗北へと近づいていることを美鈴は自覚していた。

 だからこそ彼女はその一手を待つことにした。

 己を屠るための、王手の一撃を。

 

「――――!」

 

 およそ十手。それを以て美鈴から抵抗の余力もないと確信したのか、まるで意思を持ったかのようにその分身は喜悦を浮かべて拳を振りかぶった。

 その瞬間、美鈴は全身の気と妖力を限界まで活性化させた。

 刹那のみ、彼女は全速の行動を許される。

 その猶予を逃さず、するりと彼女は攻撃の内側へと潜りこんだ。

 後背で、凄絶な威力が過ぎ去るのを知覚する。

 それを無視しながら、彼女は両の掌を分身体の腹部へと紙一重の隙間を空けて置く。

 

「――破!」

 

 美鈴は、残った全てをそこで炸裂させた。

 そして、その先を見ることなく彼女は限界を迎える。

 勝負に勝って試合に負けた。

 視界が掠れ、倒れていく彼女の心境はおおよそそのようなものだった。

 なぜなら彼女は命令を果たしていないから。

 己が主に内心で謝罪しながら、紅美鈴の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

「………………あ」

 

 レミリアが我に返ったのは、フランドールに渾身に一槍を叩き込んでから十秒ほどしたときのことであった。

 およそ五百年間フランドールの駄々によって蓄積されたストレスも込めて一発かましたので、実のところかなりすっきりしたのだが冷静になるとかなりマズい。

 まさか死んではいないだろうが、遥か前方の壁面までぶっ飛んだフランドールの残影を追ってレミリアは飛び出した。

 受身も取れずに激突したのか、その壁には大きな陥没と周囲に走った亀裂が生まれている。

 その、遥か下。

 石造りの床に血だまりを作って、力なく横たわるフランドールの姿があった。

 名前を叫びつつ、レミリアは飛び出そうとする。

 

「フラ――」

 

 が、その身体は少しも動くことがなく硬直していた。

 レミリアが駆け寄らなかったのは、自分がこれを成したからという引け目などではない。

 少し度が過ぎたとは思っているが、やはり仕置きをしなくてはならなかったと今でも彼女は思っている。

 ではなぜ、彼女はその場から動かないのか。

 

「く。ふ……あは、はは」

 

 ゆらりと、フランドールは立ち上がった。

 壊れた自動人形のように、乾いた笑い声を零している。

 その金髪に隠された彼女の瞳が、紅く紅く『輝いて』いた。

 

「――ッ!」

 

 その瞬間、レミリアの本能は自分の肉体を後ろへと運んだ。

 何のことはない。彼女が妹に近づけなかったのは、危険であると、本能が警告を発していたからであった。

 

「……フラン、あなた」

 

 フランドールの瞳が輝いたのはこれが初めてではない。

 遥か昔――成ったばかりの彼女が『こう』だった。

 つまり――

 

「――っ、あ、あああああっ!?」

 

 レミリアは、突如生じた焼け付くような痛みに抗えず地面へと墜落する。

 その痛みの答えは、彼女より数瞬早く地面を叩いたモノが告げていた。

 陶器のような白い肌を持つ――彼女の左足が。

 

「あはは! ははははははっ! あっはははっはは!」

 

 痛みに蹲るレミリアの様を見て、フランドールは狂ったように笑い声を轟かせた。

 苦悶の声を漏らしながら、レミリアは手をついて起き上がろうとする。

 その腕が、枯れ木のように呆気なく折れた。

 

「が、あああっ!?」

 

 正確には、その部分を破壊されたのだろう。

 だがフランドールは手を握る動作をしていない。

 やはり、と苦痛に乱れる思考の隅でレミリアは納得した。

 すなわち、今の彼女は『目』を見るだけでそこを壊せるということに他ならない。

 

「ああ、ああ。痛い? お姉様、痛い? 私もね。痛かったの。死んじゃうかと思ったんだよ」

 

 服が破けて血の痕が残る腹部をさすりつつ、フランドールは滔々と語る。

 その過程で、レミリアの右腕が破壊された。

 絶叫にも近い悲鳴に、フランドールは笑みを深くすると再び口を開く。

 

「だから、私お姉様に嫌われちゃったと思ったんだ」

「そ、れは……違、う……わ……」

 

 歯を食いしばりながらも、レミリアはそれを否定する。

 そんなことはないと。

 けれどか細い彼女の言葉は今のフランドールには灯火よりも儚くて。

 

「大丈夫だよ、お姉様。そんなこと無理して言わなくても。私ね、考えたの。お姉様が私だけを見てくれるようになるためにはどうすればいいか」

「フ、ラン……」

 

 その先を言わせてはいけないと。

 心は叫びを上げるけれど、口から零れたのは彼女の名前だけだった。

 

「お姉様以外――みんなみーんな壊せばいいんだって」

「フラン……!」

 

 このままではフランドールは文字通り全てを壊そうとするだろう。

 被害は紅魔館に留まらず、幻想郷全体にまで波及する。だがおそらく、その辺りで幻想郷の重鎮が彼女を止めるだろう。おそらくは――死を以て。

 止めなくてはならない。

 その想いが、レミリアの身体に活力を注いだ。

 千切れた手足が、血を架け橋にして繋がっていく。

 

「ああ、ダメだよお姉様」

 

 だが壊される。 

 繋がった手足は、再びフランドールの能力に砕かれた。

 

「あ……ああっ! う、ぐ……」

 

 いかに満月の影響によって再生力が増大していようとも、短期間に二度も四肢を砕かれてはその力も鈍りを見せる。

 事実、再び繋げようとうごめく血の脈動が弱まっていた。

 みるみる水位を増す血だまりに、レミリアは自分の意思すら沈んでいくのを自覚する。

 そんな彼女を、フランドールは陶酔するように頬を紅潮させて見下ろしていた。

 

「ああ、ああ。もっとお姉様の悲鳴を聞いていたいけれど、私そろそろいかなくちゃ。夜が明ける前に全部壊さないといけないの」

「待、ち……なさい……! フ、ラン……!」

 

 ふわりと、フランドールはその身体を浮かばせる。

 立ち上がることも出来ないレミリアは、それを見送ることしかできない。

 

「――――――」

 

 だが奇妙なことにフランドールは、その動きを途中で止めた。彼女は訝しげにある一点を見つめている。

 同時に背後からこつこつと、硬質な音がリズムよく己の耳を叩いていることにレミリアは気づいた。

 

「――どこへ往くつもりだ、フランドールよ」

「何で…………お前が……」

 

 呆然とした様子で、フランドールは掠れた声を漏らす。

 しかしレミリアもまた、同じ心境であった。

 彼女が聞いたその声は、それぐらいありえないものであったのだ。

 だがフランドールはすぐに表情を変えた。愚者を見るような嘲りのそれに。

 

「あ……ハ、ハハ! は、はははははっ! アハハハハハッ! 馬ッ鹿じゃないのお前! わざわざまた壊されにきたの!?」

 

 つんざくような哄笑を上げて、フランドールはそれに向かって突撃した。

 それは己が背後にいるために、レミリアはその先を見ることができない。

 だが予想はできる。しかしレミリアにできることは何一つなく、彼女は歯噛みしてその結末を覚悟した。

 

「この――愚か者がッ!」

 

 強烈な殴打音とともに、一つの影がレミリアの視界を横切った。

 その影の正体を、レミリアは俄かに信じることができない。

 なぜならそれはまさしく、自分の妹だったのだから。

 予想と違う映像に混乱しながらも、レミリアの目はフランドールを追っていく。

 高速で空中を滑空したフランドールは、再び壁面へと衝突して崩れ落ちた。

 それを成した存在が、悠然とフランドールへと近づいていく。

 そしてついにそれはレミリアの視界へと入り――彼女の前で、黒衣が踊った。

 血のように紅い妖気を揺らめかせて、彼は告げる。

 

「立て小娘。――教育してやる」

 

 暴君が、そこにいた。


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