幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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Stage3 騒々しい間奏曲

「ああ、これね」

 

 レミリアの詰問に、フランドールはちらりと後ろを振り返った。

 壁に縫い付けられたヴァルバトーゼは、胸部の剣を掴んだ姿勢のままぴくりとも動かない。

 

「ちょっとこのお兄さんと遊びたくなっちゃったから、付き合ってもらったの。なのに痛いことたくさんされちゃったから、やり返したの」

「……それにしたってやりすぎじゃないかしら」

 

 ヴァルバトーゼを遠くから見た限りでは、生死が判別できない程度にはボロボロである。

 仮に彼が生きていたとしても一刻を争う状態なのは明らかであった。

 

「咲夜、あいつを拾ってきて」

 

 フランの答えに色々と思うところはあったものの、生きているならば早急にヴァルバトーゼを回復させなくてはならない。

 人間なら間違いなく致命傷とはいえ、彼はチカラを失っているが吸血鬼である。つい先ほどまで戦闘が続いていたことを考慮すれば助かる見込みは十分にあった。

 だが咲夜は渋面を浮かべて首を横に振る。

 

「申し訳ありませんお嬢様。私ではあの剣をどうにかすることはできません」

 

 確かにその通りである。だがなぜ妖力剣は未だ実体を保っているのか。

 あの類の妖力兵装は、使い手の意思で容易に消えるはずだというのに。

 そこまで考えて、レミリアはようやく気づいた。

 つまり、フランドールは自らの意思で。

 

「フラン……あなた――!」

 

 怒気を込めてフランドールを睨むが、彼女もまた理不尽に拗ねる子供のようにレミリアを見返した。

 

「別にいいじゃん! あいつが死んだとして、だからなんなの?」

「なら別に、あいつが生き伸びたとしても何ら問題はないでしょう?」

 

 もしフランドールがヴァルバトーゼの生死に頓着しないのであるならば、この状況はありえない。

 つまりあるのだ。フランドールにはヴァルバトーゼを死なせたい理由が。

 

「フラン。あの剣を消しなさい」

「いや! あいつが来てからお姉様がおかしくなったんだもん!」

「…………そういうこと」

 

 そのフランドールの言葉に、レミリアは目を伏せて重い重い息を吐き捨てた。

 同時に、レミリアは自覚した。己の甘さを。この状況を作った最大の原因は己にあるのだと。

 だから彼女は、覚悟を決めた。

 目を開いたレミリアは、己の妖力を活性化させた。紅い力の渦が、彼女から溢れ出す。

 それだけで、壊れかけの遊戯場が軋みを上げた。

 そして一歩、彼女はフランドールとの距離を詰める。

 

「フラン?」

 

 最後通牒の意を込めて、レミリアは問いを投げた。

 彼女の本気を察したのだろう、フランドールは少し怯えた様子を見せる。

 それでも、フランドールは全身で拒否を表した。

 

「う、うぅ……いやぁ!」

「そう。あなたの気持ちはよくわかったわ。……咲夜、パチェ、美鈴。私がフランを抑えておくから、その隙にヴァルバトーゼを回収しなさい」

 

 躊躇はある。

 まさか己の手で妹を傷つけることになるなどと、レミリアは夢にも思っていなかった。

 それでもこれは己の責務であると、彼女は拳を握り締める。

 その行為は決して無駄ではない。妹に力を向けるためには、度重なる覚悟を必要としたから。

 だけど、だからこそ、遅れた。

 

「させない!」

 

 悲鳴のようなフランドールの叫びとともに放たれたのは紅の波紋。

 球状に放射されたそれは回避のしようもなく、レミリアはその身に受けた。

 しかし何の異常も起こらない。疑念が彼女を支配するが、すぐにそれは解決した。

 背後で、誰かが倒れるような音がしたのだ。慌てて、レミリアは振り返った。

 すると咲夜とパチュリーが地に伏せており、美鈴は苦しそうに息を荒げて膝をついている。

 

「そんな――!?」

 

 駆け寄り、脈と息を確認する。問題はない。少なくとも命には別状がないように思える。

 しかし一体何が起こったのか。

 

「大丈夫だよ、お姉様。ちょっと揺らしただけだから。でもやっぱ美鈴は耐えちゃうか」

「揺らした……?」

「妖力を……直に叩き込んだ、のです……」

 

 息を荒げながらも美鈴が答えを述べた。

 それでも少しは回復したのか、彼女は立ち上がると呼吸を整える。

 

「あなたは大丈夫なの?」

「ええ、まあ……なんとか。以前遊んだときにやられましたから」

「……どういう原理なの?」

「叩き込まれた相手は妹様の妖力とチカラの波長が離れているほどに効果が増大します。ですからお嬢様にはほぼ効果がなく、私はこの程度で済み、他の二人は倒れましたのだと」

「……なるほどね」

 

 レミリアは同族かつ姉妹。加えて血をチカラに変換するという特殊性からチカラの波長が極めて近い。

 美鈴はカテゴリ的には同じ妖力という分類なため、意識を刈り取られるまではいかなかった。

 そしてパチュリーは本質が魔力にあり、咲夜にいたってはただの人間である。加えて始めての経験ともなれば、抗う間もなく意識を失ってしまったのだろう。

 

「じゃ、美鈴はヴァルバトーゼを頼むわね。咲夜とパチュリーはこっちでカバーするから」

「かしこまりました」

「――させないったら!」

 

 二度目の波紋。

 だがレミリアには効果がない。美鈴も耐えるはずだと、彼女は確信していた。

 だから当然彼女は突っ込んだ。三度目はさせないと。

 驚きに目を見開くフランドールに、一足で潜りこみ襟首を掴んで全力でぶん投げる。

 そのまま彼女は投げ飛ばしたフランドールを追いかけた。ひとまずは皆から引き剥がすことを優先したのである。

 空を滑るフランドールが反転してブレーキをかけるのを認めると、レミリアも数メートルの間合いをとって動きを止める。

 遊戯場が広大なことが幸いした。ここまで距離を離せば波紋が向こうに届くことはないだろうとレミリアは確信する。

 だから彼女は、そこで手を緩めた。後はフランドールを行かせなければいいだけだと。自分から手を出す理由はないと。

 でもそれは、やはり致命的な過ちであった。

 

「お姉様は、甘いね」

 

 言葉と同時に、フランドールがブレる。

 

「え?」

 

 残像のようなそのブレは、フランドールと完全に乖離してもなお続いた。

 だがそれは残像のように空虚なものではない。確かな実体が、そこにはあった。

 そうして新たに現れた『フランドール』は三体。

 

「いけ!」

 

 それらは、フランドールの号令に従ってレミリアの後方へ――美鈴の方へと飛び出した。

 

「っ、行かせ――」

「ないよ」

 

 振り返って追おうとしたレミリアの行く手を遮るように、妖弾が横切って頬を掠める。

 

「立場が逆転したね、お姉様。後は私がお姉様を抑えてる限りはあいつは拾えない」

「……フラン」

 

 痛ましげに、レミリアはその名を呟いた。

 フランドールが笑っていたから。

 楽しそうに、恍惚そうに口元を歪めて。

 

「でももうそんなことはどうでもいいの。ああ、こうして、お姉様と遊べる日が来るなんて――」

「フラン!」

「さあ、一緒に遊ぼう――お姉様!」

 

 望まぬ姉と焦がれた妹が、今ここに激突した。

 

 

 

「……少し、まずいですかね」

 

 上唇をなめて美鈴は小さく呟く。

 レミリアがその場を離れた後、身体に残る重い痺れをどうにか美鈴は振り払ってヴァルバトーゼの回収に向かった。

 だが、それを阻むように『彼女ら』が現れたのである。三つの、フランドール『もどき』が。

 即座に美鈴はヴァルバトーゼの救出を一時断念した。動かない三人を巻き込まないようにと、レミリアとは反対方向へその場から離れる。

 背後から追ってくる気配を感じて、美鈴は安堵した。もしこれであの場から三人が動かなければ、打つ手がなかったからである。

 そうしておよそ紅魔館の敷地全てに匹敵する広大な遊戯場の端まで辿りついた美鈴は、壁を背にして『彼女ら』と相対した。

 

 当たり前だがそれらの正体は当然フランドール本人ではない。しかし分身というには少し特殊なモノであった。

 吸血鬼には悪魔を召喚する能力がある。眼前の『彼女ら』は、それを少し応用したものであった。

 自身の妖力を殻にして、悪魔の魂だけを中に召喚する。

 すると外見や戦闘行動のパターンが本体とほぼ類似した、悪魔の魂を動力源とした擬似分身体を生み出すことができるのだ。

 とはいえそれらには術式によってその内容は異なるものの、いくつかの制限が存在する。

 以前美鈴はフランドールと『遊んだ』際に相対したことがあるので、その内容をほぼ把握していた。

 彼女のそれは、直接物理攻撃に限定されるというものであった。

 すなわち破壊能力はもちろん、妖力を用いた特殊攻撃もされることはない。

 

 問題は――その身体能力が、本人と匹敵することか。

 一対一かつ肉弾戦に限定するならば、美鈴は幻想郷に住むあらゆる存在と打ち合って悪くても五分は取れる自信がある。

 ましてやまともな戦闘経験がないフランドール相手なら、いかに身体能力で劣っていようともいくらでもやりようがあった。

 だが多対一、それもこの特殊な分身を相手にとなると事情が変わる。

 

「シッ!」

 

 どちらにせよ、この状況で受け手に回るのはマズい。

 ゆえに美鈴は先手を取り、縮地からの掌底を向かって左の分身へと叩き込む。

 声もなく――というよりは声を出す術式が組み込まれていないのだが――吹き飛ぶ彼女を無視して、背後に迫っていた分身へ肘打ちのカウンター。

 さらに頭上からの踵落としを受け流し、巻き取って地面へと叩きつける。

 全てまともに入ったはずだが、三体とも幽鬼のように起き上がった。

 

「やっぱ、堪えませんよね」

 

 無論彼女らに痛みは存在しない。さらに言うと物理的なダメージは余り意味をなさないのだ。

 この分身体をどうにかするには大まかに二つの方法がある。

 動力源である悪魔の魂を消耗させるか、圧倒的な出力で吹き飛ばすか。

 後者は美鈴の火力では不可能。よって必然的に前者となるのだがこれも容易ではない。

 形を維持し、行動量に応じた分だけ消耗させられるとはいえそう簡単になくなるものではないからだ。

 もちろんダメージを与えることでも削ることはできるが、これも渾身の全力を数発入れてようやくといったところだろう。

 当然こんな状況でそれが行えるはずもない。

 対してあちらは一撃入れてからの一気呵成でこちらを落としきれる。

 ああそれはなんて――

 

「上等……!」

 

 歯を剥き出しにして美鈴は笑みを浮かべる。

 求道者たる美鈴にとって、絶対的な劣勢とは興奮へのスパイスでしかない。

 

「せいッ!」

 

 分身らが同時に仕掛けようとする気配を感じた美鈴は、その初動を絡め取るように踏み込んで一体の分身を殴り飛ばした。

 その瞬間を逃さず、挟み込むようにして二体の分身が美鈴へと迫る。

 正面から迫るの分身は下から掬い上げるような五爪の一撃。背後より迫る分身は上方からの蹴り落としであると、研ぎ澄ました感覚が告げている。

 ゆえに美鈴は身体を後ろに反らして正面の一撃かわすと、顔面に迫る一撃は両腕で受けた。

 

「ぐ……が、っ!」

 

 気を集中させて受けたというのに、腕の骨は軋みを上げる。

 受けきれないと判断した彼女は足の力を抜いた。自然、彼女の身体はその場で回転していく。

 その勢いを利用して正面で追撃を狙っていた分身の顎を蹴り抜くと、両手を床について逆立ちの姿勢に。

 視界が前後上下入れ替わり、蹴りをくれた分身が着地したのを美鈴の目は捉えた。明らかに不利な体勢。

 だから美鈴は両脚で分身体の首に絡みつくと、あろうことかそのまま持ち上げた。

 

「ンの……!」

 

 ただ床についていたはずの両手は、いつの間にか床を『掴んで』いた。凄まじい負荷をかけられた床石に亀裂が走り、悲鳴が上がる。

 持ち上げられた分身が、引き剥がそうと両脚を掴むが既に遅い。

 

「ッリャッ!」

 

 背面で仰け反っている分身へと、倒れこむようにして叩きつける。

 ようやくゆとりを作った美鈴は身体を起こすものの、もう一体の分身が既に彼女に向かって駆け出していた。

 そう。美鈴はこれを延々と続けなくてはならない。

 いつ訪れるかわからない相手のスタミナ切れを待って。

 決して直撃を貰わないように。そのためには極力相手の連携を許してはならない。

 未だ終わりの見えない死のワルツを、彼女は笑って踊り続けた。


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