幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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第四話 初夏の宴
Stage1 紅白と黒白


 煌々と太陽が照らす夏の昼下がり。

 幻想郷の東の果て、博麗神社に一つの影が舞い降りた。

 箒に跨り万人がイメージする魔法使い風の衣装で固めているのは、まさしく霧雨魔理沙その人である。

 

「ふう。前回は随分遅くなっちまったからな。今日は間違いなく一番のりだろ」

 

 独り言を呟きながら、魔理沙はきょろきょろと境内を見渡した。

 しかしあるべき姿が見つからないことに首を傾げる。

 

「っかしーな。この時間はいつも掃除してるはずなんだが」

 

 神社の横手に回りこみ、住まいの縁側を覗くものの目当ての人物は見つからない。

 魔理沙は顔をしかめながら縁側に膝を乗せて、彼女の名を叫んだ。

 

「おーい! 霊夢ー! いるかー?」

「何よ」

「うひょわあっ!?」

 

 真後ろからの声に、魔理沙は奇声を上げて飛び跳ねた。

 彼女は振り向きそれが見知った顔だと確認すると、胸を撫で下ろしながら縁側へ腰を落とす。

 

「……ふー。なんだ、霊夢か。驚かせるなよ」

「勝手に人ん家の縁側に上がるからよ。自業自得だわ」

「あー……ま、細かいことは気にすんなよ。……ん、随分汗かいてるな。どうしたんだ?」

 

 ようやく落ち付いた魔理沙は、普段の霊夢と異なる様子に気づいた。

 確かにもう夏に入ったとはいえ、霊夢がこの程度の暑さで汗だくになるとは思えない。

 霊夢も言われて暑さを思い出したのか、ぱたぱたと手で扇ぎながら答えた。

 

「ああ、少し修行してたのよ」

「…………あん?」

 

 どうやら耳がおかしくなったらしい。それともこれは夢なのか。

 魔理沙は己の正気を疑った。頬を抓る。痛い。

 

「随分失礼な反応ね」

「修行ってあれか? 強くなるために努力するーみたいな」

 

 つまり霊夢とは無縁の行動である。

 だというのに彼女は肯定した。

 

「そう、それ」

「どういう風の吹き回しだ? やっと長い冬が終わったばかりなんだぜ?」

 

 ようやく雪も溶けたところだというのに、また雪に降られるのは勘弁して欲しい。向こう二年分は冬を満喫したのだ。

 そんな意味も込めた魔理沙の言葉は、いささか霊夢の琴線に触れたらしい。彼女は眦を吊り上げて怒気を示す。

 しかし彼女自身自分が珍しいことをしている自覚はあるのか、ため息を吐いて表情を軟化させた。

 

「ま、ちょっと色々あってね」

「ふーん、面白そうだな。聞かせてくれよ」

 

 おおよそ茶を飲んでいるか、掃除をしているか、異変解決に乗り出しているか。

 霧雨魔理沙の知る博麗霊夢とはそういう存在である。そんな彼女が何が起これば修行を始めるというのか。

 

「まあ一息いれようと思ってたところだし、いいわよ。お茶汲んでくるから待ってて」

「あいよ」

 

 少しの間をおいて二人分のお茶を持ってきた霊夢は、自分が修行を始めた理由を簡潔に語った。

 その内容に驚いた魔理沙は、思わず彼女の言ったことをそのまま聞き返してしまう。

 

「負けたぁ?」

「そ」

「弾幕ごっこで? お前が? 誰に?」

 

 弾幕ごっこ――すなわちスペルカードルールが制定されてからまだ二年とたっていないが、その間霊夢が負けたなどという話は一度も聞いたことがない。

 しかしどうやら早とちりだったらしい。たしなめるように霊夢は魔理沙の言葉を訂正する。

 

「弾幕ごっこじゃないわ。スペルルールよ。そんで負けた相手は紫」

「……スペルルール? なんだそりゃ」

「ま、アンタが覚えてないのも無理はないわ。スペルカードルールのちょっと前に施行されたはいいものの、人気が出なくてすぐに廃れちゃったし」

「あー……そんなもんがあったような、なかったような」

 

 額を人差し指で押さえながら、魔理沙は記憶の中を探り出す。スペルカードルールが出来るまでのことを。

 話はそう難しいものではなく、要は幻想郷内の人妖口が安定してきたのであまり殺し合いとかしないで白黒つけられるようにしよう――そんな流れでルールを定めた決闘を考えることになったのだ。

 結果としていくつかの特殊決闘法が生まれたのだが、スペルカードルールが莫大な人気を誇った結果すぐに他の決闘法は忘れられることとなった。

 魔理沙もすぐにその流れにのった人間なので、実際にスペルルールで戦った記憶はない。

 しかし開発の中心人物であった博麗の巫女――すなわち霊夢との付き合いが長かった彼女は、案がある程度固まった決闘法の試験戦に付き合ったことがある。その中の一つに、スペルルールはあった。

 

「どんなルールだっけ?」

「スペルカードを使わない弾幕ごっこみたいなもんじゃない?」

「じゃないってお前……」

「私だってそんなおまけその一、みたいな決闘法のルールをいつまでも覚えてるわけないじゃない。あのとき紫が何も言ってこなかったってことは少なくともルール違反はしてないわよ」

「そりゃそうかもしれないけどよ……まあいいか。それにしたって地道に修行とはお前らしくないな。いつものお前だったら挑戦を繰り返して最終的に勝てばよし! みたいな感じだろ」

 

 少なくとも魔理沙の知る限り、霊夢がまともに修行を積んでいるなどということは見たことも聞いたこともない。

 スペルカードルールが制定される前には、幾度か霊夢が負けたという話は聞いたことがある。しかし彼女は回復するとすぐさにリベンジマッチを敢行し、勝利をもぎ取っていたはずだ。

 そんな荒業が可能なのも、幻想郷に住む妖怪は博麗の巫女を殺せないというのを逆手に取っているからなのだが。

 ある意味、霊夢にのみ許されたコンティニューと言える。

 

「それができれば苦労しないわよ」

「どういうことだ?」

「あいつ、私を負かした次の日に『悪いけどしばらく手が空かないから貴女の挑戦は受けられないの。ごめんなさいね』とか抜かしやがったのよ」

「そりゃまた、災難だな」

 

 吐き捨てるように霊夢は言った。どうやら相当鬱憤がたまっているらしい。

 そこらの妖怪が相手ならば知ったことかと襲撃をかけることができるが、その点において八雲紫という存在は非常に厄介だった。

 魔理沙にしてみれば、いつもうさんくさい笑みを浮かべてうさんくさいことを言っている妖怪に過ぎない。

 だが、あれでも幻想郷の中核を担う妖怪である。そんな彼女が相手をできないというのであれば、本当に大事なことなのだろう、おそらく。断言できないのが紫の人間性――もとい妖怪性なのだが。

 だからこそ、霊夢も大人しくしているというわけだ。真の意味で幻想郷に害することを紫はしないだろうという確信ゆえに。

 

「だから次戦うときは完膚なきまでに叩き潰すために修行してるってわけ」

 

 あるいはそれが紫の目的なのかもしれないが。しかし魔理沙はそれを口に出すことはしなかった。

 霊夢もそれは織り込み済みだろう。紫との付き合いの長さは魔理沙とは比較にならないほど長いのだから。

 

「ところで魔理沙」

「ん?」

「今日は何しに来たの?」

 

 魔理沙はよく博麗神社に訪れる。どれくらいの頻度かというとほぼ毎日。

 基本的には他愛のない雑談をするだけで終わるのだが、それでも彼女は話のネタを一つは持ってくる。それを霊夢は尋ねたのだが、魔理沙は覚えてないのかといわんばかりの口調で答えた。

 

「何ってお前、今日は宴会だろ?」

「あー……そういえばそうだったっけ。でもその割に早いわね。前回なんかぎりぎりにきたのに」

「ありゃあ予想外のトラブルがあったからな。いつもこういう催し物は私が一番だろう?」

「それにしたってまだ昼間よ? 宴会は夜からだっていうのに」

 

 基本的に宴会とは夜に行われることが多いものだが、ここ博麗神社で行われる宴会はそれに輪をかけて夜に行われることが多い。というかまず日が出ているときに行われることはないだろう。

 その理由の大部分に、参加者に妖怪が多いことが含まれているのだが――それがおかしいことであると追求するものは不思議なことに誰もいない。

 ともあれ魔理沙がここまで早く来たことには一応理由はある。

 

「いい加減、話しておきたかったからな。――明らかにおかしいだろ?」

「……そうね」

 

 何を、とは霊夢は聞き返さなかった。この流れで話すことなど一つしかないからだ。

 周りを見回す。既に雪は溶け、短いながらも鮮烈に咲き誇った桜も散り、季節は夏へと足を踏み込んでいる。

 

「三日ごとに必ず開かれる宴会。これで何度目だ? 特別誰かが提案しているわけでもないってのに、いつの間にかまた三日後に宴会をすることになってる。自然すぎて不自然だぜ」

 

 あれは雪も溶きかけ、桜も力を失いかけた頃だっただろうか。思えば冬と春の終わりを同時に見れる、というのは奇妙な情景だった。とはいえまさしく幻想的で美しく、酒も進んだのではあるが。

 ともあれいかに幻想郷――もとい霊夢や魔理沙の交友関係には宴会好きが多いとは言え、宴会をするならば花見程度には理由をかこつける。桜が散った今、こんな短いスパンで定期的に宴会が続いているというのは流石におかしい。

 そしておかしなことはもう一つあった。

 

「原因はおそらくあの妖気でしょうね」

「だろうな」

 

 幻想郷全体を覆う妖気。

 奇妙な宴会と同時期から感じ始めたその妖気は、当初こそ違和を感じぬほどに微かであった。しかし宴会を重ねるごとにその妖気は高まっていったのだ。

 そしてその妖気は、宴会の日にになると博麗神社のあたりで強く存在を主張する。当然それは今日も――

 

「ってあれ? 何か今日はやけに薄くないか?」

「言われてみれば、そうね」

 

 いつもならば他の場所に比べて明らかに妖気が濃密になっているのだが、今日はそれを感じない。

 魔理沙のみならず、その手の専門家である霊夢が同意したからには間違いではないだろう。

 

「だから今日は忘れてたのかもしれないわ」

「ありえない話ではないな」

 

 もしあの妖気が『そういう風』に意識へ働きかけるものだとするならば、確かに頷ける。

 

「つまり解決するなら今――というわけね」

 

 霊夢は茶飲みを置いて立ち上がった。

 確かに、普段と様子が違うということは妖気の元凶に何らかの異常が発生していると考えられる。

 ならばこの掴みどころのない妖気から、尻尾がでている可能性は十分にあった。

 

「そうだな」

 

 頷いて、魔理沙も立ち上がる。

 縁側に立てかけておいた箒を掴むと、魔理沙は一つ背伸びをした。

 

「……何でアンタも立つのよ」

「決まってんだろ? 異変の元凶を拝みにいくのさ。こういうのは早い者勝ちだぜ」

 

 元々何かしら異変があれば霊夢に倣って魔理沙も動く。今に始まったことではない。

 だからか、霊夢は肩をすくめるだけでそれ以上何も言わなかった。

 

「まあ考えようによっては丁度いい機会だわ。いい加減実戦で慣らしておきたかったところだしね」

 

 スペルルールの、ということだろう。

 魔理沙自身、相手になってもいいかなとは思っていたのだが、それは提案しなかった。

 彼女の魔法は極めて火力に特化している。霊夢がそれに当たるとも思えないが万が一を考えるとぞっとしない。

 なので別の勝負を提案することにした。

 

「じゃあ競争だ。どっちが先に元凶をとっちめるか」

「あら、勝てると思ってるの?」

 

 霊夢の言葉は挑発ではなく、事実である。

 魔理沙は未だかつて霊夢に先んじて異変の元凶と対面できたことはない。

 その理由は調査能力や探知能力などといった明確な力量の差ではなく、もっと理不尽なものであった。

 勘。

 霊夢はほぼそれのみを頼りに異変の元凶へと辿りつく。恐るべきことである。

 本音を言えば勝てる気はしないのだが、魔理沙は皮肉げに口元を歪めて挑発する。

 

「今の霊夢には負け運がついてるからな。案外、私が勝つかもしれないぜ?」

「……言ってくれるじゃない。負けたほうは今日の宴会で一発芸よ!」

「上等だ!」

 

 こうして、いつものように紅と黒の二つの軌跡が幻想郷の空に刻まれることとなった。


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