幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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Stage2 チカラの秘密

 レミリアの部屋で、二人の吸血鬼がティーテーブルを挟んで腰を下ろしていた。

 当然、レミリアとヴァルバトーゼである。

 レミリアは手に持ったカップを置くと、気遣わしげにヴァルバトーゼへと口を開く。

 

「もう腕は大丈夫なのかしら」

「ああ、問題ない」

 

 軽く左腕を動かしてみせながら、ヴァルバトーゼは答えた。

 チルノとの弾幕ごっこもこなせたように、既に行動に支障はない。

 

「そう。……先日はごめんなさいね。不肖の妹に代わってお詫びするわ」

「気に病むことはない。あの短時間で腕を落とされた俺が脆かっただけだ」

 

 己とフランドールとの間に隔絶とした実力差がなければこんな大事にはならなかったと、ヴァルバトーゼは思っている。

 ゆえに本心からの言葉だったのだが、その言葉を聞いたレミリアは苦い顔をしていた。まるで原因はそうではないと言いたげに。

 

「そのことだけど……あなたは『能力』というものがどういうものか知っているかしら?」

「……いや、さっぱりだ」

 

 言葉の意味だけなら当然わかる。

 だがレミリアが述べているのはそういうことではないのだろう。ピンとくるものがなかったヴァルバトーゼは素直に首を横に振った。

 そんな彼にレミリアは一つ頷くと、能力の説明を始める。

 

「こちらの世界では殆どの妖怪や一部の人間が備えているものなんだけどね。河童が水を操ったり、天狗が風を操ったり、吸血鬼が血を操ったり――呼吸をするように容易く行使できるチカラの総称よ」

「……それは、当然のことではないのか?」

「そうね。確かに殆どは自分の種族に則したものよ。でも稀に例外がいるの。例えば――咲夜は時間を操ることができるわ」

「…………何だと?」

 

 言葉の意味を咀嚼しきれずに、ヴァルバトーゼは瞠目した。冷静に言葉を反芻させる。レミリアはなんと言ったのか。

 十六夜咲夜は時間を操作することができると、そう言ったのだ。

 だが咲夜はただの人間だとヴァルバトーゼは聞いていた。いや、例え妖怪だとしても時間を操るなどといった能力を使うことが出来るのだろうか。

 しかしヴァルバトーゼはイワシの頭が奪われたときのことを思い返した。あれが時間を止めている隙に奪った、とでもいうのならばその瞬間まで気づけなかったのも頷ける話ではあるが。

 

「何なら咲夜を呼んで、実証させてみる?」

「いや……いい。納得できる部分は確かにある。それにキサマが嘘を言う理由も見当たらぬ」

「じゃあ、ここからが本題なんだけど」

 

 ここまでくればヴァルバトーゼもレミリアが何を言いたいのか予想がついた。

 こちらの世界において、理解できない現象がその『能力』によって説明できるというならば――あの時もまた。

 

「フランの能力なんだけど、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』なの」

 

 それでもなお、レミリアの告げた事実は驚愕に値するものであった。

 つまりヴァルバトーゼの腕が落とされた理由は、フランドールがその能力を使ったからだということになる。

 しかしその事実を知ったからこそ、ヴァルバトーゼは疑問が浮かんだ。

 

「よく、左腕だけで済んだものだな」

 

 額面通りのチカラであるならば、腕一本といわずに文字通りヴァルバトーゼを壊すこともできたはずだからである。

 当時のフランドールの様子を思い出しても、ヴァルバトーゼを殺さないようにしていたとは思えない。彼女は純粋に、ヴァルバトーゼを『壊す』つもりだったはずだ。

 

「別に不思議なことでもないわ」

「どういうことだ?」

「絶対的かつ問答無用ではないのよ、その能力は。少なくとも今のフランに限ってはね」

 

 つまり条件、あるいは制限のようなものがあるということか。ヴァルバトーゼはそう解釈した。

 しかしそれよりも気に掛かる部分がある。レミリアが今話したことのある部分に違和感を感じたのだ。

 

「……今の、だと?」

「……フランの能力の発動には、いくつか条件があるわ」

 

 ヴァルバトーゼの疑問を無視する形で、レミリアは話を進めた。

 少なくとも今は答えるつもりがないと判断したヴァルバトーゼは黙って続きを待つ。

 

「まず、壊す対象に『目』が見えてないといけない」

「目?」

 

 抽象的な意味だろうか、とヴァルバトーゼは首を傾げる。

 しかしレミリアはそのままの意味であると、自分の目を指差して首肯した。

 

「ええ、少なくともフランにはそう見えているらしいわね。私も最初に聞いたときはどういうことなのかさっぱりだったけど、今は検討がついてるわ」

「それは?」

「対象の致命点。砕いて表現するのなら壊れやすい場所、とでも言えばいいかしら。それがフランには『目』として見えるみたい」

 

 つまりあの時フランには腕が千切られた場所に『目』が見えていたということになるのだろうか。

 

「そしてその目をフランは手の中に移動させることができるみたい。後はそれを握り潰せばそこを破壊できるらしいわ」

「……ふむ」

 

 確かにあの一瞬、フランドールは右手を掲げていた。おそらくあの時には左腕の『目』が手中にあったのだろう。

 だからこそ、飛び退いたところでどうにもならなかったということか。

 とすれば気になることは一つ。

 

「『目』が見える基準とは何だ?」

「対象の意思の有無、そしてその意思の強さよ」

 

 これまでと打って変わり、レミリアは断言した。

 これだけは確かだと、彼女の声色は告げている。

 

「これはフランに限らず、能力全てに共通する特徴なの。他者に能力で直接干渉することは極めて困難であるという意味でね」

「ほう?」

「フランの能力ではそれが『目』の見難さとしてあるみたいね」

 

 見方を変えれば基本的に生物以外は問答無用で破壊できる、ということでもあるが。

 ともあれ朗報ではあった。任意破壊に時間操作、まさかこの二人だけが飛び抜けて馬鹿げた能力を持っているとは思い難い。

 今後もしそういった能力の持ち主と戦うことになったとしても、気づいたら死んでいたということは早々なさそうではある。

 

「あとは、対象が壊れかけているかというのも重要らしいわ。深い傷を負っていたりするとその場所の目はかなり見やすくなるみたい」

 

 それがおそらくあの時左腕を壊された理由なのだろう。

 ヴァルバトーゼの左腕はその少し前に美鈴によって骨を砕かれていた。流石にあの短期間では完治しておらず、その結果『目』が見やすくなっていたのだろう。

 

「成る程。……しかし、凄まじいものだな能力とは」

 

 原則として一人一能力、かつ身につく能力を選ぶことはできないようだが。

 それでも彼の世界では考えられないモノである。

 

「うーん。あなたが思ってるよりは大したものじゃないわよ」

「どういうことだ?」

「一見凶悪な能力に思えても、その分制限が多いことが殆どなのよ。例えば咲夜の時間操作だけど、まず基本的に時間回帰はできない。停止は任意だけど停止中の物体には干渉できない。加速ができるのは自分の無機物のみ。とかね」

 

 つまり戦闘において考えると、精々が『目の前に凶刃が迫っていた』程度だということか。彼女が人間だということも加味すると、確かにそこまでの脅威とは思えない。

 もちろん戦闘に限定しなければ用途は広く、便利であることは疑う余地もないだろうが。

 

「逆に大したことのない能力だとほぼその名の通りのチカラが揮える。――なぜかしらね?」

「リターンに見合った、ということではないのか?」

 

 基本的に強い力、というものには相応のリスクや制限がある。

 膨大な魔力を必要としたり、あるいは長時間の詠唱を必要としたり、もしくは発動条件が限られていたり、ということだ。

 しかしレミリアはそれを否定した。

 

「いいえ、もっと単純な話よ。人や妖怪の精神では、もたないのよ」

「もたない?」

「強すぎる能力というのはそれだけで全能……とまではいかなくてもその何歩か手前までは届きかねない。そんなものを行使するには人や妖怪の精神は柔すぎるの」

 

 理解できない話ではない。

 チカラの質に、人妖の精神(うつわ)が追い付いていないということだろう。だから薄めて使っているというわけだ。

 だが奇妙な話でもあった。

 確かに今までの話はつじつまは合う。そういうものだと言われればそうだと納得できるだろう。

 しかし、これは断言できるようなものではないはずだ。あくまで推論の一つでとどめるような話である。

 すなわち、レミリアはそうと言い切れるほどの確信があるのだ。

 ということは――

 フランドールの、箍の外れたような振る舞いを思い出す。

 

「まさか、キサマの妹がそれを行ったのか?」

「違うわ。逆よ」

 

 それなりの自信があった推測はきっぱりと否定される。

 そしてレミリアの言った逆という言葉、その意味にヴァルバトーゼが辿りつくよりも早くレミリアは続きを語った。

 

「あれでも、マシになった方なのよ」

「――――」

 

 絶句する、とはこのことか。

 その思考の空白に、レミリアは一つの疑問を投げかけてきた。

 

「そちらの世界の吸血鬼はどうやって生まれるのかしら?」

「……何?」

 

 いきなり話が変わったことに訝しむヴァルバトーゼ。

 だがレミリアの目は真剣そのものだった。話を逸らそうなどという意図は見えない。仕方なく答える。

 

「……突如発生するか、子を成すかの二択しか知らぬな」

「こっちにはもう一つ、誕生の仕方があるわ。死体から成ることよ」

 

 話の流れから、レミリアが言いたいことは察せられた。ヴァルバトーゼはそれをそのまま口に出す。

 

「つまり、キサマは……」

「そう、一応元人間ということになるのかしらね。当然、フランもね」

 

 つまりレミリアとフランドールが姉妹だというのは、人間だった頃の名残というわけか。

 面白い姉妹関係もあるものだ。

 

「そしてそういう生まれ方をした吸血鬼には一つの共通点があるの」

「ほう?」

「見た目が成長しないのよ。ところで、私とフランはいくつ離れてるように見えるかしら?」

 

 小さく笑ってレミリアは問うた。

 既に本題は遥か彼方。それでもヴァルバトーゼは提示された疑問を素直に考えた。

 妖怪や悪魔にとって見た目から年齢を推測することは不可能に近い。だがレミリアの弁を鑑みるのなら、人間だった時と双方見た目は変わっていないということになる。

 目の前のレミリアと記憶の中にいるフランドールを比較しつつヴァルバトーゼは答えた。

 

「精々一つか二つ、双子と言われても信じるだろう」

「半分正解ね」

「……何だと?」

 

 意味が分からない。

 もし当時の二人の成長に差があったとして、ヴァルバトーゼの予想よりも年が離れているというのであれば理解できた。

 だがそうであるならレミリアは違うと答えただろう。だが彼女は半分正解だと言った。これはどういうことか。

 

「人間だった頃は確か二つ、だったかしら。でも私が吸血鬼になってからおよそ五百年。あの子とは延べで五つ違うのだけど……何でだと思う?」

 

 ようやくヴァルバトーゼはレミリアの言いたいことを理解した。

 生きている年数にズレがあるというならば、当然もう一つズレてなくてはならないものがあるからだ。

 

「フランドールの方が死体でいた時間が長かったということか……?」

「大正解。私は死後半年、フランは死後三年超で吸血鬼になったわ」

 

 にやりと笑ってレミリアは首肯した。

 だが、それが何だというのか。

 

「解せない、という顔ね。でもよく考えてみて……三年以上も土の下にあったら、普通死体はどうなってると思う?」

「……腐敗する」

「そう、腐るのよ。吸血鬼になるのは基本的に土葬された人間なんだけどね、基本的に死後一年以内には吸血鬼になるわ。むしろ一年以内でなくては間に合わないというべきかしらね」

 

 吸血鬼足りえる最低限の原型が保てないということだろう。

 単純に考えるならフランドールが吸血鬼になれたのは運がよかったということになる。

 だが敢えてこういう話し方をしている以上そう簡単な話ではないことは容易に察せられた。

 

「基本的に肉体の腐敗は成り代わったときに治るわ、でもここは違う。表面上は復元したとしても中身までは戻らない」

 

 そう言って、レミリアは自分の頭を指差した。

 

「だから死体から妖怪になったとき、何かを失っていることが多いわ。記憶か、感情か。私は人間だったときの記憶に穴が開く程度だったんだけど、フランは違った」

 

 当然だろう。

 知性が獣並みにになっていても不思議ではない。

 

「失ったのはほぼ全て。私がフランのことを知ったのは、当時大暴れしてる吸血鬼がいるって話を聞いたからなんだけど――」

 

 その時のことを思い出しているのか、レミリアの表情は硬い。

 一つ息を吐いてから彼女は続きを話した。

 

「見るだけで、壊していたわ。そしてフラン自身には、理性のかけらも見当たらなかったわ」

「……」

 

 そんなものを見ているのなら、確かに断言できるだろう。

 だからこそ納得がいかない。

 

「では何があった? そんな有様でどうやって現状まで立ち返ったというのだ」

「……ほぼ全て、と言ったわよね」

「ああ」

「フランに残っていたのは、姉に対する愛情だけだったのよ」

 

 姉妹仲は良かったからね、とレミリアは優しげに笑う。

 すぐにその表情を消して彼女は続けた。

 

「フランは、その場にいた私を見つけた瞬間にある程度の理性を取り戻したわ。私の言うことを聞けるぐらいにはね。それ以来、紅魔館(ここ)で時間をかけて情緒を育んでいるのよ。安心して外に出せるようになるには、あと何百年かかるかわからないけどね」

 

 レミリアは自嘲気味に笑うと、一転して表情から緊張を滲ませる。

 

「そこで、一つお願いがあるのだけど」

 

 そう言ってレミリアは頭を下げた。

 予想もしなかった彼女の所作にヴァルバトーゼは瞠目する。

 

「これから何があっても、フランのことを恨まないで欲しいの。代わりに私のことならいくらでも恨んでくれて構わないわ」

「フン……何を言っているのだ、キサマは」

 

 ヴァルバトーゼの言葉は冷たく、重い。

 その声色に確かな彼の苛立ちを感じたレミリアは、表情を痛ましげに歪ませた。

 

「……虫のいい話であることはわかっているわ。でも――」

「そうではない」

「……え?」

 

 勘違いも甚だしいと、ヴァルバトーゼは言う。

 彼が憤りを感じたところはそうではない。

 

「キサマが妹の行いに深い責任を感じていることは理解できる。精神面に問題がある妹に代わってキサマが頭が下げるということもな」

 

 レミリアの行動からは妹に対する深い絆を感じ取ることができる。

 ヴァルバトーゼはそういう手合いが嫌いではなかった。むしろ好ましいと言える。

 

「その上でキサマのすべきことはなんだ? 妹が『それは悪いこと』だと思えるように、自ら頭を下げるように教育することだろうが! そのために、キサマは今尽力しているのではないのかッ!」

 

 そうだ。レミリアはそう言った。フランドールの情緒を育んでいると。

 およそ五百年、己への愛情のみを残した存在に、常識を教育するというのはどれほどの苦行なのかヴァルバトーゼには想像もできない。

 ゆえに彼はレミリアの敬意の念すら抱いていたのだ。だからこそ、レミリアの言葉が許せなかった。

 

「ならばキサマが頭を下げる理由はなんだ! 妹への教育不足に対してのみではないのかッ!」

 

 だからもし、それを踏まえてなお願うことがあるというならば。

 それは、たった一つのみであるはずなのだ。

 

「頼みたいことがあるというであれば、それは己へ憤怒や憎悪の矛先を向けることではないだろう! 自分が責任を持って教育するから、信じて待って欲しいと――それだけではないのかッ!」

「…………そうね。少し、弱気になっていたのかもしれないわね」

 

 そう答えたレミリアの瞳には、強い意思が感じられる。

 彼女は不敵に笑みを浮かべると、小さくしかしはっきり聞こえる声でこう言った。

 

「これから、そうするわ」


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