幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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はじめまして。とうふとごはんと申します。
今作品は東方シリーズ×魔界戦記ディスガイア4のクロスオーバーとなっています。
初っ端から凄まじい勢いでネタバレしているので、ゲームをプレイ中、あるいはプレイする予定のある方はお気をつけください。


第零話 Stage0
消失


 黒雲渦巻く空。溶岩の海。荒廃した大地。

 魔界。ここは人ではなく悪魔の世界。

 幾層にも連なるこの世界の最下層には地獄がある。

 その一角に、一人の男がいた。

 周りには誰もいない。それは地獄という場所柄ゆえか、それとも―― 

 

「……くそっ!」

 

 彼の放つ不機嫌そうな気配からか。

 その感情は到底内心で処理しきれるものではないらしく、彼の両手は強く握られている。

 悪態をついているのは銀髪の人狼族、フェンリッヒ。

 彼は荒れている原因はその右手の中にある。

 彼に八つ当たりされくしゃくしゃに歪んだ新聞が、それでも事実だけは歪ませずに示していた。

 魔界政腐情報局発行『地獄新聞』。

 その一面の見出しには、ある男の顔写真とでかでかとしたアオリが書かれていた。

 

『行方不明のヴァルバトーゼ、未だ見つからず』

 

 ――ことは、一週間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「プリニー心得その1!」

「語尾には必ず『ッス』をつけることッス!」

 

 一人の男が声を張り上げ、数多のペンギンのような存在がそれに応える。

 一見奇妙な光景に思えるが、これこそがここの日常であった。

 地獄のプリニー教習所。

 罪を犯して地獄へ堕ちた人間の魂を加工した存在、すなわちプリニーたちを教育する場所なのだ。

 指導している男はプリニー教育係である吸血鬼、ヴァルバトーゼ。

 彼は黒衣をはためかせ、額の汗を拭いもせずに指導を続けていた。

 そして数多くあるプリニー心得の復唱がミスなく終わったことを確認すると、少しだけ表情をほころばせて口を開く。

 

「よろしい、完璧だ。だが気を抜くなよプリニーども。魔界へと出荷されるその日まで今まで以上に過酷な教育があるということを肝に銘じておけ!」

「はいッス!」

「では食事の時間だ。養殖モノのイワシではあるが食堂にたっぷり用意してある。余すことなく貪り食って来るがいい!」

「わーいッス!」

 

 歓声があがり、プリニーたちの姿が食堂へと消えていく。

 それを確認して小さく息をついたヴァルバトーゼの脇に、一つの影が現れた。

 銀色の長髪が眼を惹く長身の男。

 

「閣下」

「フェンリッヒか」

 

 彼こそがヴァルバトーゼ唯一にして絶対のシモベ、フェンリッヒ。

 彼は懐から一尾のイワシ取り出し、ヴァルバトーゼへと差し出した。

 

「こちらを」

「流石はフェンリッヒ。気が利くな」

 

 ヴァルバトーゼが受け取り、食べ始めたのをみてフェンリッヒはにやりと口元を歪める。

 同時に齧り付いていたヴァルバトーゼの動きも止まった。

 

「こ、これは……! この引き締まった身、されどしっかりとのっている脂、そして新鮮な味わい――これは天然モノ、それも今日水揚げされたばかりのイワシかッ!」

「さすがは閣下、ご明察の通りです。喜んで頂けたようで何より」

 

 喜色を浮かべて咀嚼を再開したヴァルバトーゼに、フェンリッヒは恭しく頭を下げる。

 だが彼の思考は全く別のことに向けられていた。

 勿論イワシを主に供給するのは重要な任である。だが今回は別の用件――それも特別重要なものが存在した。

 

「……ふう、美味であった」

 

 ゆえに彼は、頭を残して綺麗に食べたヴァルバトーゼに一つの話を切り出した。

 あたかも、世間話のように。

 

「――あれから一月、早いものですね」

「そうだな」

 

 それはおよそ二ヶ月ほど前。

 魔界政腐は何の前触れも告知もなしに、プリニーの大量処分を行おうとしていた。

 今と同じくプリニー教育係であったヴァルバトーゼは、教え子たちがそれに巻き込まれたことでその事実を知る。

 道理の通らぬ魔界政腐の横暴に、ヴァルバトーゼは真っ向から立ち向かった。

 結果、道半ばで得た頼もしい仲間たちとともに魔界大統領をも打ち破ることに成功する。

 だがそこで、彼は魔界が抱えていた重大な問題を知ることとなる。

 人間どもの跳梁。供給される畏れエネルギーの減少。そして――裏で全てを繰る断罪者を名乗る人間の存在。

 悪魔と人間全てを滅ぼすことが目的だという彼の執念と計画は、事実凄まじいものであった。

 人造悪魔、月墜とし、そして惑星破壊プログラムである恐怖の大王の起動――誇張なしに世界レベルの危機と脅威がヴァルバトーゼたちを襲ったのである。

 それでも彼らは膝を折ることなく、その全てを砕き抜いた。

 しかし事の根源は断罪者によるものではなく、ゆえ彼らはそれを改善すべく日夜奮闘しているのである。

 例えば――

 

「悪魔たちも少しずつ人間界で暗躍するようになってきたようです」

「ほう」

「なので徐々に畏れエネルギーの供給も回復していくでしょう」

 

 減少した畏れエネルギーの回復。

 畏れエネルギーとは悪魔のチカラの源である。その発生源は人間の恐怖。

 しかし現代。人間界は著しい科学の発展を迎えた。

 世界の仕組みが明るみになるにつれ、人は悪魔への恐怖を薄めていく。

 それどころか――そんなものはいない、と結論付けるようになっていったのだ。

 結論から言えば否であるのだが、しかしその思想の蔓延は皮肉にも悪魔たちへ甚大な効力を発揮した。

 さらにそこに付け込むように断罪者が現れ、ゆえにこそ魔界政腐は彼の傀儡政拳へと甘んじることとなったのだ。 

 

「ですが、恐らく閣下には殆ど影響はでないかと思われます」

「ふむ? 何故だ」

「理由は大きく二つあります。一つはあの戦いが人間界及び魔界に中継されたため、閣下のイメージが恐怖の存在というよりは英雄に近しいものへとなってしまったこと」

 

 断罪者による滅亡計画の一つ、月墜とし。

 それを防ぐために天界のある天使長が協力してくれることとなったのだが、かの計画を防ぐために必要なもの――畏れエネルギーと対をなす天使たちのチカラの源である、敬いエネルギーが不足していたのだ。

 ヴァルバトーゼはそれをどうにかするために、悪魔でありながら神に祈ろうとするなど考えられる限りの手段を用いてどうにかしようと試みた。

 結論から言えばそれ自体は失敗に終わったのだが、その光景は人間界及び魔界へと中継されていたのである。その結果、彼に魅せられた多くの存在が敬いエネルギーを発することで状況が打開されたのだ。

 しかしそれによって『人間を恐怖によって戒める闇の使者』であったヴァルバトーゼのイメージが世界共通認識で崩壊することとなる。

 そのため、現在のヴァルバトーゼは全くといっていいほど畏れエネルギーの影響をうけていない。

 だがそれはもう一つの理由が前提として存在する。

 

「もう一つは、やはり以前のおチカラを失っているからでしょう。かつて人間たちの恐怖の象徴であった暴君の称号も、あのチカラと共に失われていますからね」

 

 かつてヴァルバトーゼは魔界の中でも指折りの実力者であった。

 血染めの恐怖王、鮮血の絶対悪、破壊と暴虐の帝王、そして暴君ヴァルバトーゼと呼ばれ恐れられた絶対者だったのである。

 しかし四百年前、一人の人間と出会ったことによりヴァルバトーゼの運命が大きく変わることとなった。

 その人間はヴァルバトーゼを恐れなかった。それどころかその人間はこう言った。

 

『人間の血を吸わないと生きられないなんて、可哀想ですわね。わたくしの血を吸うのでしたら、どうぞ。でも、これだけは約束して下さい。これを最後に他の人の血を吸わないで』

 

 しかし自身を恐れていない人間から血を吸うなど己のプライドが許さない。

 ヴァルバトーゼはそう答え、さらにこう付け加えた。

 

『キサマを恐怖のドン底に陥れてから血を吸ってやろうではないか』

『じゃあ約束です。わたくしを怖がらせるまで、誰の血も吸わないでくださいね?』

『よかろう! 約束してやるとも! キサマを恐怖に陥れるなど容易きことだからな!』

 

 それはただの口約束。

 だが誇り高き悪魔であるヴァルバトーゼにとって、例え口約束であろうとも一度交わした約束は破らないという誓いがあった。

 しかし人間界は戦乱の世の中。その時代における人間の命は極めて軽い。

 ゆえに自分が死なないように祈っていて下さいねという人間に対して、ヴァルバトーゼはもう一つの言葉を口にした。

 キサマが恐怖に怯えるその日まで、死なぬように見張っておくと。

 しかしそれから三日後、その人間はあろうことか人間同士の争いに巻き込まれて瀕死の重傷を負う。

 遅れて駆けつけたヴァルバトーゼにその人間は自身は永くないとし、己の血を吸うように言った。

 これをヴァルバトーゼは約束を果たしていないとして拒絶。

 結局、その人間が息を引き取るまでヴァルバトーゼはその人間の血を吸うことはなかった。

 そしてその日以来、今日に至るまでヴァルバトーゼは誰の血も吸ってはいない。約束ゆえに、彼は己が種族の業すらも押さえつけた。

 だが血を吸わぬ吸血鬼はもはや吸血鬼にあらず。

 ヴァルバトーゼは吸血鬼としての魔力を全て失い、魔界の最下層――地獄へと追いやられることとなったのである。

 すなわち、今のヴァルバトーゼは悪魔としても、吸血鬼としても畏れられる存在ではない。

 

「だがまあよいではないか。畏れエネルギーに頼らないチカラがあったからこそ我らは『恐怖の大王』をも叩き潰すことができたのであろう」

「それは……確かにそうかもしれませんが、このまま畏れエネルギーの供給が回復してしまいますと閣下が相対的に弱くなってしまいます。再び閣下が歴史の表舞台へと上がった今を逃す理由はございません。今こそかつてのおチカラを取り戻すときかと」

「フ……ならば待て、フェンリッヒよ。アルティナが生きている今、奴を恐怖に怯えさせれば再び血を吸うことができるようになろう」

 

 アルティナ――彼女こそ先程話に上った人間である。

 ヴァルバトーゼは彼女が生きていると表現したが、厳密には事実と違う。

 彼女は確かに死んだ。しかしその清らかな生き方と魂が天界で認められ、天使として登用されたのである。

 しかし天界もまた、人間界における信心の現象によって敬いエネルギーの減少と財政難に苦しんでいた。

 それを打破すべく、アルティナは魔界でお金を『徴収』することにする。

 そこで奇縁にもヴァルバトーゼと再会し、共に先の事件へと立ち向かったのだ。

 なれば今こそ約束を果たすとき、とヴァルバトーゼは語るのだが、フェンリッヒの表情は渋い。

 なぜならその望みは薄いからだ。

 かつて人間であったころの彼女でさえヴァルバトーゼを怯えなかったというのに、天使となり様々な経験を積んだ今ヴァルバトーゼを怯えるなどということは万に一つもないだろう。

 というかヴァルバトーゼはどうにもアルティナに情を移しているように思える。フェンリッヒとしてはその情が愛情でないことを願うばかりなのだが。

 しかし今の彼女ならばチカラを取り戻させることに同意し、怯える演技ぐらいはしてくれるかもしれない。だがそれでヴァルバトーゼを欺けるとは思えないし、納得もしないだろう。

 だからといって約束を破らせるというのも現実的ではない。今までありとあらゆる危機においてヴァルバトーゼはそれを選択肢にも挙げなかったのだから。

 なのでフェンリッヒはその言に対して同意するだけにとどめた。

 

「……まあ閣下はその方針で頑張って下さい」

「うむ。任せておけ」

 

 ではどうやってヴァルバトーゼのチカラを取り戻させるか。

 フェンリッヒには一つだけ腹案があった。

 

「ところで一つ確認しておきたいのですが」

「何だ」

「血を吸う以外の方法で魔力を取り戻せる場合、それを拒否したりはしませんよね?」

「うむ。あくまで血を吸わないことが約束だからな。もちろん手段にもよるが――チカラを取り戻してしまうからといった理由で拒むことはない。約束しよう」

 

 その言葉にフェンリッヒは笑みを浮かべる。

 こう言ったからには己が主は違えない。だからこそフェンリッヒはヴァルバトーゼに仕えているのだから。

 

「ならば一つ、心当たりがあります」

「ほう?」

「まだもしかしたら、という程度なので実行に移せる段階になったらご報告いたします」

「なるほど。期待しているぞ、フェンリッヒよ」

「お任せください。全ては我が主のために」

 

 ではその件で調べたいことがあるので、とそう言い残しフェンリッヒはその場から去る。

 もし自分の考えが正しければ近いうちにあの凄まじいまでの力を取り戻した主君の姿が見れるだろうと思いながら。

 

 しかし調査を進め、フェンリッヒがヴァルバトーゼのところへ戻ってきたとき、ヴァルバトーゼの姿はどこにも見当たらなかった。

 プリニーどもに聞いても誰一人としてヴァルバトーゼの居場所を知らず、最後に見たのは教育を終えて帰るときだと言う。

 だが彼の館はもぬけの空で、翌日になってもヴァルバトーゼは姿を見せない。

 

 それから一週間。フェンリッヒはありとあらゆる手段と人脈を用いてヴァルバトーゼを探した。

 天界、人間界、魔界――三界遍く全てを探したはずだというのに、しかしてその全てにおいて彼の存在その痕跡すら見つけることができず、こうして地獄の片隅で己の不甲斐なさに震える体たらくを晒している。

 

「閣下……貴方は今どこにおられるのですか」

 

 悲痛なフェンリッヒの問いは、誰にも届くことなく儚く消えた。


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