インフィニット・ストラトス 忘れ去られた恐怖とその銀龍 作:妖刀
では本編どうぞ……
簪を泣かせてしまい、気分が完全に落ちきった航は、自分の部屋もとい懲罰室へと重い足取りで来てた。
現在の部屋は、寮の地下にある懲罰室だ。部屋の中は勉強用の机と簡易ベッドがあり、壁中には自傷防止用のマットが全体に張り付けられている。そして部屋の奥の扉を開けるとそこにはシャワールームがあり、ホテルみたいにトイレも一緒に取り付けられている。
服を脱いだ航はそこで汗を流し、そして10分もしないうちにシャワールームから出てタオルで体を拭く。その時、洗面所に今の自分の姿が写った。
前より痩せ、髪もぼさぼさ。目元には隈ができており、まさに不健康ともいえる姿だ。航はそんな自身の姿にあまり驚いていないようだが、自分が写ってる鏡に手を伸ばし、そして表面に触れる。
「……ってるよ」
その時、航は強い力で鏡を叩いた。その顔はからは強い怒りが漏れており、血を流さんと言わんばかりに強い力で握りこぶしを作っている。
「俺だってわかってるよ!こうやって無視したって!暴れたって!何したって、解決に向かわないことぐらい!」
そういって鏡を殴るかのように叩きまくる航。強化ガラスを使われた鏡のためそう簡単に割れないが、先ほどから叩かれた衝撃で少し振動しており、金具もカチャカチャと揺れている。
「俺だって!俺だって刀奈が犯人じゃないって思いたいよ!でもどうすればいいんだよ……。もう…父さんも、母さんもいないんだよ!何で俺の周りから人が消えていくんだよ……!」
本当は刀奈を信じたい。だが、もしそうだとしたら誰が犯人かわからず、誰も信用できない。その疑心暗鬼が航の心を蝕み、全方向に向けて敵意を向けてしまう。これでは解決に向かわないことぐらいわかってるが、それ以外が思いつくほど航は大人ではないのだ。
ただ力任せに鏡を叩く航。その顔は泣きそうながら強い怒りや後悔を感じ取られ、ギリっと歯を擦らせる、。
その後、彼は濡れた髪をタオルで拭うが洗面台の鏡に映る自分の姿は、入学した頃のような自信の欠片も見えない、ただ暗い顔が映るのだった。
それから数日後、学園はこの前のメガニューラ騒動もあったが少しずつ平穏を取り戻しており、生徒たちもいつも通りに活発な動きになってきていた。授業もすでに再開され始め、生徒も一部除いて全員教室で授業を受けている。
噂だと怪獣学が今月か来月に再開するらしいが、いつかは未定であり、正直生徒の中にはあのトンボの正体が何なのか知りたいという子も多数いた。
そして現在放課後、生徒会室では楯無と虚が今日の会談の準備をしていた。生徒会室を掃除し、ほこりが無いようにする。
「航来るのですか……?」
「ええ、絶対に来るわ」
生徒会室にて楯無は不安そうにする虚に向けて笑みを浮かべ、扇子を開く。そこには「無問題」と書かれており、何がここまで彼女を自身付けるのか虚は疑問に思う。
その時扉がノックされる音が鳴り、刀奈はすぐに背筋を伸ばしていつでも迎えれるようにする。そして「どうぞ」と言って扉が開かされる。そしてそこには……。
「航……」
そこにいたのは、両隣を教員によって固められた航の姿があった。というか手錠がされており、その鎖がじゃらりと重い音を鳴らす。そして片方の教員に背中を強く押されてよろめくが、どうにか転ばずに数歩進んで立ち止まる。航は教員をにらみつけるが立場上わかっているのか、小さく舌打ちをしてゆっくりと楯無の元へ歩く。
「では先生たちはここから出て行ってください」
その時、教員2人から強い殺気が楯無に向けられた。だが楯無にとってはあくびが出る程度でしかなく、ただつまらなさそうに小さくため息を吐く。
「これは私たちの『家』、そして私たち2人の間に関する問題です。それに関与する権限はありません。それに、織斑先生からも許可はいただいてます」
納得いかないのか教員2人は楯無をにらみつけるが、千冬の名が出たためしかめっ面をしながら生徒会室から出て行った。そして扉が大きな音を立てて閉じるのを確認した後、楯無は虚の方を向いた。
「虚、お願い」
「はい。じゃあ航君、その手錠外しましょうか」
そして虚がいつ出したのか手錠の鍵、カードを出して手錠に当てると機械音が鳴ると同時に手錠が床に落ちる。航は自由になった手を動かし、手首を回したりこぶしを握ったり開いたりを数回繰り返した後、2人に連れられて生徒会室の奥にある応接室へと入る。そこには監視カメラもない部屋になっており、テーブルと向かい合うように椅子が2つ置いてある。
そして楯無が椅子に座ると、それに向かい合うように机を挟んで航も座る。そして虚が2人の前に紅茶の入ったカップを出した。そして虚は楯無の隣に置いた自分用の紅茶のある場所に座る。
「航、来てくれてありがとう。って言っても無理やり連れられてきたようなものね。まあ、ここでは貴方の聞きたいことを全部答えるつもりよ」
先ほどまで少し笑みを浮かべていた顔は真剣なものになり、空気が固まったかのように重くなる。航が最初に何を言うのか、楯無の頬を小さく汗が一筋流れる。
そして1分経っただろうか、ついに航の口が動いた。
「……俺の両親は本当に死んだのか?」
やはりと言わんばかりに楯無が小さく俯く。
航の顔は俯いたままでよく見えないが、小さく体が震えている。彼だってこのことを聞くのは怖いのだ。そのため楯無はあまり間を開けずに彼の顔を見ながら答える。
「……そうよ。月夜さんは胸を何度も刺され、北斗さんも同じように刺されて死亡。使われたと思う刃物は現場で押収したわ」
「なら葬式は…」
「ごめんなさい。こちらで秘密裏に行われたわ…」
恐らく政府の手が忍び寄ってたのだろう。これ以上航の心を壊さないためにも、彼の両親の葬儀は密かに行われ、墓も政府が知らない更識所有の墓地に置かれている。航だけじゃない、楯無だって心身共に疲れているのだ。
だけど航がいまだ自分を警戒しており、流石に疲れも相まって楯無は大胆な行動に出た。彼女はテーブルに1振りの匕首を出し、航の手に届く距離に置いたのだ。
「航。私を信じ切れないならそれで私を刺しなさい。貴方にはその権利があるわ」
「お嬢様、いったい何を……!?」
「虚は静かにしてて。更識家は貴方の両親を護ると約束しておきながら無残に殺され、さらに私にそっくりの人間が貴方を疑心暗鬼にしてる。ゆえに航は私の言葉も誰の言葉も信じれない。そうでしょ?」
それを聞いたとき、航は小さく縦にうなずいた。流石に虚も楯無の行動に動揺し、お互いの顔をきょろきょろと見てる。航はそれにゆっくりと手を伸ばすが、指先が触れようとしたときにピクリと止まり、航は匕首を楯無の方にスッと押すようにして返し、首を横に振る。
それを見た虚は安心し、匕首を取り上げようとするが、楯無が制して結局そのに置かれたままになり、そして航がポツリポツリと言葉を漏らすように楯無に質問をする。
まずは両親が殺害された日。そしてその日に楯無が何処で何をしていたか。そのようなことを航は1つ1つ質問していった。
なお言ってることが間違ってない様に、その日の出来事を虚に証言してもらったり、自身が出せる分の証拠をすべて彼に見せていく。ただそれによってなのか、少しずつであるが、航の声が小さくなっていく。
そして彼の体が少しずつであるが震え出し、落ち着こうと思い、紅茶の入ってるマグカップに手を伸ばすが、カチャカチャと手の震えでティーカップが震えていた。
「…航、分かってるけど少し落ち着きましょ……?そのままじゃ貴方が……!」
「……いや、だ。大丈夫だから……」
胃がきりきり痛む。動悸が激しい。
航は自身の体に起きてる苦しさに何とか耐えているが、それでも止まるわけにはいかなかった。ただ知りたかったのだ。
だが楯無たちからしたら、とても無茶してるようにしか見えず、どうしても彼をいったん休ませたくても、航が歯を食いしばりながら話すため答えることしかできない。彼女たちはそんな自分を恨んだ。
そして航が次の質問をする。
「俺を、殺そうとしてるのは、本当に政府なのか……?」
「…そうよ。航が渋谷で襲われて数日後、日本政府から航を殺すように指示が来たわ。それがこれよ」
そして楯無は後ろに手を伸ばしてそれに気づいた虚が前に渡された書類を楯無に渡す。そしてそれを航の前で見せると、航は大きく目を見開く。それもそうだ。今が女尊男卑とはいえ、国は国民を守る義務があるはずなのに、その国民を殺せといってくるのだ。
「航。私もこれは目を疑ったわ。だけど私はこの命令を無視して、航を護ろうって思ってたの。世界に2人しかいない男子搭乗者を殺すなんてデメリットが大きすぎるし、そして何より、私が好きな人を殺すなんて絶対したくないもの」
ニコッと笑みを浮かべる楯無。それに見惚れてたのか航がポーっとしてるが、すぐに気を取り直して先ほどの暗い顔に戻る。楯無はそれに小さく苦笑を浮かべるが、仕方ないと思ったのか真剣な顔に戻った。
「じゃあ、次の質問は?」
「……これを撮影したのは誰なん、だ?」
航は指さしたのは、最初彼に届けられた両親を殺した写真を収められた封筒。そこには10枚は入ってる航の両親殺害の一部始終が収められていた。そして航は見ていないが、DVD-Rが1枚入っており、その内容を楯無は1人で見たが、怒りで握りこぶしから血が滴るものであった。
「日本政府が取り付けたものではないことは分かってるわ。ただ言えるのは、私の従家が取り付けたということだけよ」
「……どういう意味だ」
「更識だって一枚岩ではないわ。従家とはいえ、主の首を狙う家が多数いることは分かってる。今私の首を狙ってるのは藤堂、斎藤、黒城ってところかしら」
これらの名は更識の従家であり、戦闘部隊の筆頭ともいえる家だ。だが先代楯無との仲が悪く、刀奈が楯無を襲名した後もこの仲の悪さは未だ続いてしまっている。実際楯無は今代からどうにか仲を取り戻そうとしたが、逆に首を狙われたため、その代の当主をすべて打ち首。そして次代が当主として付くことになるが、その面子も楯無のことを恨んでいた。
「彼らの狙いは私の失脚と、航をこの世界から引きずり落とすことってところかしら。彼らはおそらく、航の持ってた機龍に着目したのだと思う。だから北斗さんたちを殺して、その犯人を私に仕立て上げることによって、航に私を殺させる。それによって航は人殺しとして処分され、私がいなくなることで彼らは上に上がる。ただ彼らも予想外だったでしょうね、こうやって私が生きてることに」
そういってクスクス笑う楯無だが、流石に今の場を思い出したのかすぐに真剣な顔に戻る。このとき、航はただうつむいたままで表情が見えないため、流石に不味いと思ったのか楯無はこのことについて何か言おうとしたが、航の口がもごもごと動く。
「なら……なん……」
「えっ……」
「なら俺がしたのは何だったんだよ!?」
この時、航は机を強くたたいて立ち上がった。その時の振動で航の近くにあったティーカップが倒れて中身がこぼれてしまうが、誰もそれを気にしてない。
航はフゥー、フゥーと息を荒くして楯無をにらみつける。そして落ち着いたのか息を整え、航はゆっくりと椅子に腰かけて頭を抱えながら俯く。そして小さな声で話し始めた。
「シャルルデュノアを潰し、何かいた銀髪を叩き伏せ、刀奈を殺そうと……。教えてくれよ刀奈姉!俺は…俺はどうしたらよかったんだ……!教えてくれよ……」
そして彼の目から涙がこぼれだす。
もうどうすればいいのわからない。だけど彼は叫ばずにいられなかった。怒りや悲しみが混じった声は少しずつ小さくなっていき、少しずつ嗚咽の混じった弱弱しい物へと変わっていく。
ただ楯無はこの時、彼の言葉に気になったことがあり、身を少し乗り出す。
「えっ、あの暴走航意識あったの!?」
それに小さくうなずく航。そして小さな声で言う。
「あぁそうだよ……。俺は、怖かったんだ、よ……。殺される、殺されるって……。あの時、刀奈姉が助けてくれると思、ったのに……」
航は思い出す。あの時、ただでさえ殺される恐怖におびえ、さらにISで首を絞められて怖かったのに、刀奈がまるで自分を見捨てるかのような言葉を投げられ、まるで足元に穴ができて落ちるかのような感覚に陥ったことを。そして目の前が真っ赤に染まったかと思えば、気づけば自身が暴れていた。
ただその時の感覚は恐ろしいほど体に馴染んでると思えてしまい、今になってそれがとても強い恐怖と化した。まるで怪獣のようではないかと。
それからだろうか。航は周りが怖くなったのは。機龍が没収されてもひと暴れすればすべてを壊せるような気になってしまい、彼は周りに無関心を決め込もうとした。だが一夏も鈴も話しかけてくる。
航は恐怖した。殺そうとした自分が怖くないのかと。航には分からなかった。そこまでしてなんで自分に構うのか。
そして自分がどうしたいのか……。それすらも分からなかった。
「―――俺は……俺は、ぁ……!」
航はそれを知らないうちに言葉として漏らしていた。ただ少し嗚咽交じりで少しわかりにくいが、強い怒りや悲しみが混じり、虚は彼から目をそらすが、楯無はそうでなかった。ただ、航の方を見つめていた。
その時だ。楯無は席を立ち机に沿うようにして航の方へと向かう。そして航の席の隣に座り、彼の方に少しずつ詰め寄る。航は何を思ったのかそのまま後ろの後ずさるが、ひじ掛けにあたってしまい、それ以上下がれなくなる。
そして楯無が彼に向けて手を伸ばし、航は怖がる子どものようにしゃがむかのように頭を腕で覆おうとするが……。
楯無の手は航の首を周り、航は楯無に抱きしめられた。
「えっ……?」
自分が思ってたこととは違い、航は震える声を絞り出す。そして彼女の顔は彼の横に来て見えないが、彼女の体は少し震えていた。
「それは…私が悪かったわ。あの時貴方のケアを怠ってシャルル、いや、シャルロット・デュノアを捕まえることだけを考えていたから…、ごめんなさい……。怖かったんだよね…寂しかったんだよね……。ごめんね……ごめんね……」
楯無…いや、刀奈は謝りたかった。彼に向けてちゃんと謝罪したかった。せめて早く気づけていたら、言葉1つ足りていたら、こうならなかったのかもしれない。だけどそれすらできず、航を深く傷つけてしまった。
このチャンスを逃したくない。航を抱きしめる力が少し強くなる。
刀奈はそのまま回してた右手を彼の頭の方に伸ばし、優しく撫でる。それで彼の体がビクリと震えるが、それも次第に収まるが、航はこの状況でもびくびくしてるのか、彼女の後ろに周ろうとしてた手がビクリと止まる。
「……なんで?怒ってない、の……?」
「私は怒ってないからね。だから怖がらないでいいのよ。貴方の感情をそのまま出してもいいの……」
それはとても優しい声だった。まるで母親のような、心が安らぐ優しい声。それはさび付いた航の心の中にまで染みわたり、少しずつ彼の心にしみわたる。
航は今なら言えるかもしれないと思った。“助けて”と。彼は苦しんだ。誰かに救いを求めたくても、それができなかった。でも、もしかしたら彼女が助けてくれるかもしれない。そして言葉にしようとするが、それはのどに詰まってしまう。
刀奈はそれに気づいたのか、小さく微笑みを浮かべた。
「大丈夫、今は私たちしかいないから」
そしてちらりと虚の方を見る刀奈。それに気づいた虚はそそくさと部屋から出て行って気づかれないような小さな音で扉を閉じる。そして部屋には航と刀奈だけになる。
「ぅ…ぁ……ぁぁぁ、あああ……!」
我慢できなくなったのか、ついに航は泣き出した。これまでの辛い感情を吐き出すかのように、まるで子供のように。ただただ泣きじゃくり、縋るかのように刀奈を抱きしめる。
「助、けてよぉ……!もう、こんな辛いの、やだ、ぁ………。もう…やだよぉ…!なんで…なんで俺のそばから大切な人が、消えて、いくのさぁ……!」
「大丈夫よ。私はずっとあなたのそばにいるからね…」
ポンポンと背中をさする刀奈。その姿は泣きじゃくる我が子をあやす母親の様だ。
誰か言ってただろうか。人を愛するというのは、その相手の痛みも受け止めて初めて愛するということを。刀奈は誓った。彼のそばにいよう。彼を泣かせない様にしよう、と。
今、2人に向けて何か言う者は誰もいない。
ただ窓から指す夕日が、優しく2人を照らしていた。
全部壊れてしまうような、か弱い絆じゃないだろう。