利根ちゃん可愛すぎて足の間をくぐり抜け隊   作:ウサギとくま

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第七駆逐隊と秘密の小部屋

 

 

「……う」

 

 鼻腔内に入ってきたカビの匂いに、俺はゆっくりと覚醒した。

 目を開ける。まず目に入ってきたのは鉄でできた扉だ。

 周囲を見渡すと、薄汚れた壁で囲まれていることに気づいた。狭い部屋だ。

 天井には申し訳程度にランプが吊るされていた。扉には窓もついておらず、光源はそのランプしかない。

 どこかの地下室だろうか。

 

 自分の状態を確認してみる。

 椅子に座らされていてようだ。そして……

 

「くっ」

 

 椅子から立ち上がることはできない。なぜなら、両腕を椅子の後ろで縛られ、足も椅子に縛り付けられている。

 どうやら完全に拘束されてしまっているようだ。

 体調は……問題ない。外傷も見られないようだ。若干腹部が痺れるが、それ以外に傷むところはない。

 それよりも問題は頭だ。

 なぜ、自分がこんな所で拘束されているのか、その経緯にあたる記憶がすっぽり抜け落ちている。

 久しぶりの休みに、鎮守府の散策をしていたところまでは覚えている。そして潮に出会って……その辺りがはっきりしない。

 

 いくつか自分の状況に当てはまる可能性を考えてみる。

 一番高い可能性は……敵対勢力に拉致されたという可能性だろう。

 敵と言っても、深海棲艦ではない。連中はあくまで海だけの敵だ。

 この場合の敵は……軍の連中だろう。上の連中か、それとも同期か……自分で言うのもなんだが、俺はかなり戦果をあげている。当然ながら仲間である艦娘たちの頑張りのお陰だ。そしてそんな俺をやっかむ連中――敵は多い。ここだけの話、何度か俺を亡き者にせんと刺客が送り込まれて来たことがある。だが俺が今こうして生きているのは、力強い護衛がいたからだ。何度も命の危機を救ってくれた護衛。

 だが、今こうして捕まっている以上、その護衛が張っている網をすり抜けたということ。つまり敵はかなり手強い。

 くそ、いったいどこの誰なんだ……。

 

――カチャカチャカチャ

 

 どこからか音が聞こえた。随分と近い。

 

「このっ、えいえいっ……なんだこれ。全然外れないじゃないですか」

 

 音と共に声も聞こえてくる。聞き覚えのある声だ。

 

「どうしてこう、ベルトってのは外しにくいんですかねぇっ。やっぱりズボン履いてるような連中はダメですね」

 

 ――カチャカチャカチャッ!

 

 無理やり知恵の輪を外そうとするような、そんな音が聞こえる。

 音の発生源は……俺の股間辺りからだ。

 

 視線を下げてみる。

 

「もういっそ切ってしまいましょうかっ……あ。外れた。おっしおっし。後はご主人様のズボンを下ろして……って、座ってるから脱がせないじゃないですかぁ! あーもう、本気で切っちゃいましょうかね」

 

 桃色の髪をツインテールにした何者かが、そんなことを言いながら俺の股間の辺りに顔をうずめていた。

 見る人が見たらまず間違いなく勘違いをする光景だ。

 

 そして俺はこの声の主に心辺りがあった。

 

「漣。おい漣」

 

「んん? 何ですかこのジッパーは? 漣のログには残ってませんけど……おう゛!? ジッパーを下ろしたらご主人様の下着が現れた。何を言っているか分からないと思いますけど、漣自身もよく分かりません……ゴクリ。つ、つまり今漣の目の前にある下着をちょいとずらせば……レッドスネークカモンってことですかにゃ?」

 

 あ、コイツ間違いなく漣だわ。

 

「おいっ、漣! 聞こえてるのか!? さざな……おい! 下着に手をかけるな!」

 

「はぁ? もー、何ですかさっきから。漣は忙しいんですよ――」

 

 溜息を吐きながら頭を上げる漣。

 視線が交差する。

 

「おやご主人様? 目が覚めたんですか? ……チッ」

 

「ああ、お陰様でな。つーかお前今舌打ちしただろ」

 

「いやいやまさか。尊敬するご主人様に対してそんな失礼なことするわけないじゃないですかー」

 

 ヒラヒラと手を振りつつ笑う漣。

 このふざけた態度、間違いなく漣だ。

 

「まあいい。おい漣、色々聞きたいことはあるが、さっきから俺のズボンを下げて何をしようとしている」

 

「何ってあれですよ。これからたっぷりお世話になるご主人様の単装砲ちゃんをを一足先に拝見しようと思っているんですよ。言わせないだください恥ずかしい」

 

 こちらを咎めるような口調の漣。

 頭が痛い……。腕が自由なら頭を抱えているところだ。そして漣の頭にキツイのを一発お見舞いしているだろう。

 

 ともかく、漣の奇行については後でしっかりお灸を据えるとして……助かった。

 敵に捕まってどれだけの時間が経ったかは分からないが、そこまで時間は立っていないと思う。

 助けに来るのが漣だったことに少々驚きはしたが、ともかく助かった。

 

「とりあえずこの縄をさっさと外してくれ」

 

「え? イヤですけど」

 

 何言ってんだこの人、みたいな目で見てきた。

 

「イヤってお前……俺を助けに来たんじゃないのか?」

 

「はぁ? 何言ってるんですかご主人様。頭に魚雷でも食らっておかしくなっちゃったんですか?」

 

 頭に魚雷を食らったら普通は死ぬ。

 だが一体どういうことだ? 漣は別にふざけている様子は見えない。本気で俺の言っていることの意味が分からないようだ。

 

「確認したいんだが。俺は何者かに拉致されて、ここに監禁されている。そうだな?」

 

「なんだ、分かってるんじゃないですか」

 

「そしてお前はそんな俺を助けに来た……というわけじゃないのか?」

 

 俺と問いかけに漣は腕を組み首を傾げた。

 そのまま思案顔を浮かべ……ポンと手を打った。

 

「あーはいはい! そういうことですか。オーケーオーケー把握しました。どうやらご主人様は何か勘違いしてるみたいですね」

 

 勘違い?

 

「ご主人様? よーく思い出してください。つい30分前の出来事ですよ? ご主人様は鎮守府の人気がない路地に入ったんです、潮ちゃんの泣き声に誘われて」

 

「……ああ、そうだ。潮の泣き声が聞こえたんだ。泣かした相手をどうしてやろうかと考えながら、そこに向かった」

 

「はぁー、いいですねー。潮ちゃん愛されてますねー、うむむ、羨ましい……」

 

 そして潮を見つけた。だが俺の前に現れた潮の目に涙はなく、それどころか凛々しい表情を浮かべていた。

 それから……目だ。あの目、倒れる前の不知火と同じような、胡乱な目。そんな目で俺を見ていた。

 

「そして……」

 

 思い出す。俺の目の前に現れたのは――

 

 

『久しぶりねクソ提督』

 

 

「曙だ。曙が俺の前に現れて……曙が……俺に?」

 

 曙は手に何かを持っていた。すぐに意識が吹っ飛んだのではっきりとは言えないがアレはスタンガンのように見えた。

 だとしたら俺を拉致したのは……曙?

 今この状況を作った犯人は――曙なのか。

 

「思い……出した……!って感じですかご主人様?」

 

「……ああ。あまり信じたくはないが……曙に拉致されたのか」

 

「そうですよー」

 

 その事実に俺の心はナイフで刺されたような痛みを走らせた。

 普段から罵声を浴びせられてはいたし、間違っても好かれていないとは思っていたが……まさか、ここまでとは。

 

 全ての艦娘から慕われているなんて厚かましいことは考えていない。中には曙のように俺を嫌っている艦娘もいるだろう。

 それは仕方ないことだ。だがよもや俺を拉致するほど嫌っていたとは……非常にショックだ。

 

「まさかここまで嫌われていたとは……」

 

「えぇ!? い、いやそういうわけではなく……ああでも、状況を考えると間違いなくそう考えちゃうかー。ど、どうしよう。何て説明すればいいんでしょうか」

 

 何故かおろおろとうろたえる漣。

 しかしだとしたら、目の前の漣は何なんだろうか。

 曙が俺を拉致した犯人だとして、漣はどうしてここに……。

 

 そんなことを考えているとゴンゴンという鉄を叩く音が扉から聞こえた。

 次いで棘のある声。

 

「おーい漣。巻雲を部屋に連れて行ったわ。全く……まさかクソ提督を運ぶところをあの子に目撃されるなんて。一応用意しておいた即効性の睡眠薬と短期間の記憶を消す薬ががあったから助かったけど。索敵の甘さが仇になったわね……とにかく早く開けなさいよ」

 

「あちゃー、このタイミングで帰ってきちゃいましたかー。間が悪いですねぇ。……ま、いっか」

 

 漣が扉にかかっていた鍵を外し開けた

 扉の向こうに立っていたのは、今しがた話していたばかりの艦娘――曙だ。

 

「あ、クソ提督。目が覚めたのね」

 

 俺を見た曙はいつも通り睨みつける表情のまま、ツカツカと歩み寄ってきた。

 思わず体が強張る。

 曙が何の目的で俺を拉致したのか分からないが、危害を加えられる可能性もあるだろう。……考えたくはないが。

 

「ちょっと捲るわよ」

 

 突然、曙が俺の上着を捲り上げた。素肌が地下室のひんやりした外気にさらされ、鳥肌が立つ。

 曙は俺の素肌、腹部辺りに手を這わせた。

 ひんやりとした手が、何かを確認するようにペタペタ這いまわる。

 くすぐったいが状況が状況だけに、笑うこともできない。

 

「痛むところはない?」

 

「は?」

 

「だから痛むところはないかって聞いたのよ」

 

 問い詰めるような言葉に、首を横に振ることで答えた。

 

「そう。じゃあ気分が悪いとかは? 頭痛は? ちゃんと喋れる? 寒くない? 喉渇いてない?」

 

 こちらを睨みつけながら、実家にいる母親のような心配の言葉を発する曙。

 そんな曙にひらひらと手を振りながら漣が言った。

 

「だから大丈夫だってー。あのスタンガン後遺症は絶対にないって、ゆうば……UBRさんも言ってたでしょ?」

 

「わ、分かってるわよ! でも、一応確認しておかないといけないでしょうが!」

 

 顔を赤くして漣を睨みつける曙。

 どうやら危害を加えてくる様子はなさそうだ。それどころか、気絶させた俺の体調を心配している。

 ますますもって曙の目的が分からない。

 

「なあ、曙。お前が俺を拉致した、ってことでいいのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 どうやら本当に曙の手で拉致されたらしい。

 とすると漣は……。

 

「漣も共犯ですよ。ついでに言うと、潮ちゃんも朧ちゃんも共犯ですねー」

 

 俺の視線を受けた漣が笑顔で言った。

 

 どうやら漣も共犯で、更に第七駆逐の全員が絡んでいるようだ。

 頭を抱えたくなる。

 

 どうしてこんなことを、理由を尋ねたい。

 だが、その前に今行われている行為がどれだけ無謀なものかを言いたくなった。

 

「どんな理由で俺を拉致したのか分からないけどな。やめとけ。こんなことすぐにバレる。こう見えても俺はこの鎮守府のトップなんだ。不在が分かればすぐに捜索される。ここがどこかは分からないが、見つかるのも時間の問題だ。今ならまだおふざけで済まされる。だから早く俺を解放しろ」

 

「それはできかねますねー。あ、ちなみにここ漣達の部屋の地下なんで」

 

「近すぎだろ!?」

 

 てっきり鎮守府の外に監禁されているのかと思ったら、まさか部屋の地下だったとは。

 だが、なおさらここがバレるのも早いだろう。

 

 俺が考えてることを見透かしたのか、曙が腕を組んだまま言った。

 

「ま、いずれはバレるわ。でもね、あたし達が何の考えもなしに、クソ提督を拉致したと思う? あんたの発見、ここの発見、両方が遅れるような手段はとってるわ」

 

「手段、だと?」

 

「そうよ。とりあえずあんたの不在がバレないように……影武者を立ててるわ」

 

「朧ちゃんですよー」

 

 漣が曙の言葉を補足するように言った。

 朧が俺の影武者を……?

 

 いや、流石にそれは無理があるのではないだろうか。

 拉致されている身でありながら、心配になってしまう。

 

 

■■■

 

 

 

「……はぁ」

 

 朧は執務室の提督の椅子に座りながらため息を吐いた。

 

「なんであそこでチョキを出しちゃったかなぁ」

 

 役割をジャンケンで決めた時、まず一番最初に負けたのは朧だった。

 そして与えられた役割は提督の影武者。

 提督不在がバレないように、提督として振舞うのだ。

 

 その期限は未定。

 作戦の最終段階、提督をメロメロの骨抜きにするまで自分の役割は続く。

 漣と曙が上手くやらなければ、自分の役割は終わらない。

 

「羨ましいなぁ……」

 

 羨望の対象は漣と曙だ。

 提督をメロメロの骨抜きにするということは、アレをアレしてあれしちゃうということだ。

 密かに枕の下に提督の写真を入れるくらいには提督を好きな朧は、自分がその役割だったら……そう思って顔を赤くした。

 

 そこそこ骨抜きにした後、役割を変わるように約束はしているが……それがいつになるかは分からない。

 

「あーあ」

 

 この役割に当たったことで得したことなど、提督が先ほどまで来ていた軍服を着用できることくらいだ。

 朧に不釣合いな大きさの白い軍服。着ていることで、まるで提督に包まれているように錯覚する。

 

「……すんすん」

 

 匂ってみる。提督の匂いに混じって何やら焦げ臭い匂いがした。

 曙がスタンガンを使用したときに焦げてしまったのだろう。

 

 ふと、朧の心に邪まなものが浮かんだ。

 

(匂いだけじゃなくて……舐めたりしたら……どんな感じかな)

 

 好奇心には勝てない。

 朧は軍服を舐めようとして……そのために邪魔な頭をすっぽり覆っている物を外そうとして――

 

 

「――グーテンモールゲーン! この時間からは私が秘書艦を勤めまーす! アドミラールさん、よろしくねー!」

 

 

 扉を勢いよく開けて元気な挨拶をしてきたプリンツオイゲンを見て、慌てて外そうとしたものを被りなおした。

 

「あれれぇ? アドミラールさん、何か……身長縮んだ?」

 

 首を傾げながら、ツカツカと歩み寄ってくるプリンツ。

 

「い、いや……特には……変わってないぞ」

 

「それに声高いねー?」

 

「……そ、それは……ちょっと風邪をな」

 

 朧の非常に苦しい弁解は、プリンツがかなり天然ちゃんだったため「そうなんだー」と納得された。

 ホッと胸を撫で下ろす朧。

 

 今のところ、朧が影武者であることはバレていないようだ。

 提督が着ていた軍服と、そして――被っている提督のマスク。

 それを着用している朧は、完全に提督の影武者と化していた。

 

(それにしてもこのマスク、よくできてるなぁ。全然バレそうにないし) 

 

 生活用品や嗜好品が売っている購買部――ではなく、提督に関する物品が売っている裏購買部に置いてあったこのマスクは、安価だったが非常によくでてきていた。質感も人間の肌とほぼ変わりなく、一見すると提督の生首にしか見えない。問題があるとするなら、マスクなので表情は変えることができず、その表情が――海外のホームドラマに出てくるテンション高めの父親のような満面の笑みである、ということだろうか。

 

「大丈夫アドミラールさん? あんまり無理しないでね? あっ、そうだ! オカユ! オカユ作ってくるね!」

 

「え、いや……」

 

「すぐ作ってくるから! ダンケいっぱい込めたオカユ! 待っててねー!」

 

 そう言うとプリンツはパタパタと走り去ってしまった。

 1人になった朧は、机に突っ伏して深くため息を吐いた。

 

「はぁー……こんなのがずっと続くのかー」

 

 改めて自分の役割の面倒くささを思う。

 

「とりあえずプリンツさんが帰ってくるまで休憩しとこーっと」

 

 手持ち沙汰なのか、ほぼ無意識に机の中を漁る。

 書類やら筆記用具など朧にとって面白みもないものしか入っていなかった。

 

「あれ?」

 

 3段目の机を漁っているとき、妙なことに気づいた。

 2段目の机に比べて、妙に底が浅い。

 外から見ると全く同じ高さなのに。

 

「何かでっぱりが……あ、外れた」

 

 妙に浅い底を触っていると、底が外れた。

 二重底だ。

 

「こ、これは……」

 

 ニ重底の奥に隠されていたのは……明らかに未成年が買うことのできない肌色多めの雑誌。

 どうやら朧は提督の秘密の小部屋を開けてしまったらしい。

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 

「そ、そっか。提督も男の人だからね。しょ、しょうがない……カニ」

 

 慕っている提督の生々しい部分を見つけてしまった動揺からか、妙な語尾をつけてしまう朧。

 他人の秘密を暴いてしまった罪悪感に追い立てられるように、慌てて引き出しを閉めようとする……が、手が止まってしまった。

 心臓の鼓動がうるさい。

 その心臓から生まれた邪まな感情に身を任せて、雑誌を手にとってしまった。

 

「これを読めば提督の好みが……分かる」

 

 既に罪悪感は微塵もなく、朧の心を占めているのは他人の秘密を覗き見る背徳感と慕っている異性がどんな女性の興味があるのかを知りたいという好奇心だった。

 

「こ、これくらいいいよね? だって、ほら、私って今提督だし。うん。だから大丈夫大丈夫」

 

 誰が見てるわけでもないのに、自分を納得させるかのように呟く。

 

 朧は震える手でページを開いた――

 

 

 

■■■

 

「何だか嫌な予感がする」

 

 背筋を這い回るような予感。

 根拠の無い直感だが、俺は今までこの直感に助けられていた。

 その直感が告げている――何かヤバイと。

 戦場であればこの直感に従い撤退指示を出すのだが、残念なことにここは戦場でもなければ物理的に撤退もできない。

 

 朧が影武者をしてるってことは、執務室にいるんだよな。まさかと思うが、俺の机の中にあるアレを見つけたりなんかはしていないだろうか。アレは俺の物じゃなくて、秋雲が絵のモデルのお礼にと渡してきたものだ。折角もらったものだし捨てるわけにもいかないし、だからといっておおっぴらに置いておくわけにはいかない。そういうわけで机に仕掛けをして隠しておいたんだが……大丈夫だろうか。

 

「さて、提督の不在は朧ちゃんが頑張ってくれてるので大丈夫です」

 

 俺の予感など露知らず、漣は不敵な笑みを浮かべつつ対応策について語った。

 

「ではもう一つの対策ですが、この地下室の入り口には門番がいます」

 

「門番?」

 

「ふっふっふ……もし誰かが部屋に入ってきても、彼女を倒さなければこの地下室には入ってこれません」

 

 一体誰だ……って、残りのメンバーから考えるに潮以外にいないか。

 

「彼女は私達の中で最強――もとい最胸の艦娘!」

 

 潮の姿を思い浮かべる。

 第七駆逐隊の中で特に誰かと争うといったことが苦手な彼女だ。 

 門番という役割は明らかなミスチョイスに思えた。

 

 

■■■

 

 

 地下室の真上、第七駆逐艦の部屋、その中心に潮は座布団を敷いて正座をしていた。

 体はガチガチに強張り、誰が見ても緊張をしている。

 

「うぅ……」

 

 周囲を落ち着きなく見渡し、今にも泣きそうな顔をしていた。

 彼女の役割は地下室への入り口――座布団の下にある入り口を死守すること。

 もし自分が突破されたら、今回の作戦は全て水泡に帰す。

 そのプレッシャーが潮の精神をじわじわと押し潰そうとしていた。

 

「お願いだから誰も来ないで下さい……」

 

 祈るように両手を絡める潮。

 だが潮の祈りは届かなかった。

 

――こんこん

 

「ひっ!?」

 

 部屋がノックされた音に、思わず短い悲鳴をあげてしまう。

 口を塞ぐがもう遅い。

 

「どもー青葉でーす。ちょっといいですかー」

 

 部屋の外にいるのは青葉のようだ。

 潮は自らが大きなミスを犯してしまったことに気づく。

 もし悲鳴をあげてさえいなければ、居留守なりなんなりしてこの場をしのぐことができたのに。

 

「誰かいますよねー?」

 

 既に声をあげてしまった以上、ここで居留守を使うのは逆に不自然。

 そう思った潮は震える声を恐る恐る扉に向けて発した。

 

「は、はい……あ、あの……いますけど」

 

「あ、潮ちゃんですか? ちょっと聞きたいことがあるので、入っても?」

 

「え!?」

 

 入られるのは不味い。何せ潮の足元では提督が絶賛監禁中なのだ。

 この計画の大前提として、他の艦娘にバレてはいけない。

 自分の役目はこの地下への門を守って、他の艦娘に監禁を悟らせないこと。

 

「あ、あの……い、今はちょっと、その……困り、ます」

 

「はい? 困る? えっと……何か問題でも?」

 

「い、いえいえ……! も、もももっ、問題なんてないです!」

 

 実は問題だらけだ。鎮守府のトップである提督を監禁するなんて問題以外のなにものでもないだろう。

 

「んー? 何か事件の匂いを感じますねー。まさか、部屋の中で人には言えないことでもしてるのでは?」

 

「ひぃ!? し、してないれす! じ、じじじ事件なんてないですからっ!」

 

 潮は自分の背中にジットリ汗をかくのを感じた。

 どうして自分がこの役割なんだろう。こういう役割はむしろ曙の方が向いてんじゃないだろうか。彼女なら少々きつめの言葉で誰か尋ねてきても追い出せるのに。ジャンケンで負けてしまった自分が悪いのだが、それを呪わざるをえない。

 

「問題も無い。事件もない。……だったら入ることに何の問題はないのでは?」

 

「……そ、そうですね。……はい、どうぞ」

 

 潮は諦めた。

 いや、考え方を変えたのだ。

 部屋に入れても、地下室の存在を感じ取られなければいい。それだけだ。

 

「じゃあ、入りますねー」

 

 扉が開く。

 いつも通り飄々とした笑顔を浮かべた青葉が入ってきた。

 入ってきて一言。

 

「おや? 模様替えでもしたんですか? 家具の配置が変わってますね」

 

 潮は思った。

 

(あ、これすぐにバレちゃいます……)

 

 速攻で部屋の配置変えに気づいた青葉を前にそう思った。

 部屋の下に地下室を作る際、どうしても家具の移動が必要だったのだ。だが、まさか自分達の部屋の家具の配置を把握しているなんて思わなかった。鎮守府で起こった出来事なら何でも把握している、と噂されている青葉……その噂は間違いないらしい。

 

「どもどもー。あれ? 潮ちゃんだけですか?」

 

 潮の前に座り込む青葉。

 当たり前のように自分の座布団を差し出そうとする潮だが、その座布団の下の地下室への入り口があることを思い出し、慌てて思いとどまった。

 

「他の皆さんは?」

 

「え、えっと……ちょっと用事で……」

 

「へー。珍しいですね。いつも一緒なのに」

 

「あ、あはは……」

 

 青葉が入ってきてから、潮の心臓は爆音を奏でている。

 この心臓の音がもし青葉に聞こえたら、鋭い彼女に一瞬で秘密を看破される……そんなことを思ってしまう。

 心臓の音が少しでも聞こえないように、ギュッと胸の前で手を握り締めた。

 駆逐艦にしては大きすぎる胸がぐんにゃりと歪んだ。

 

「お、シャッターチャーンス」

 

 恐ろしいまでの速さでカメラを取り出し、居合い抜きの要領で撮影する青葉。

 青葉のカメラに、不自然なまでに冷や汗をかいて荒い息を吐く扇情的な光景の潮が保存された。

 あまりに速さに潮には気づかれなかった。

 

 撮影されたことに気づかない潮は、自分を落ち着かせるように深く静かに深呼吸をした。

 一刻も早く追い出さないと……。

 自分に言い聞かせるように、胸の内で呟いた。

 

「そ、それで……聞きたいことってなんですか……?」

 

「あ、はい。ズバリ聞きますけど……司令官見てませんか?」

 

 今度こそ潮は悲鳴をあげそうになった。

 

(ば、ばれてる!? え、でもだって誰にも見られてないし、で、でもでも青葉さんなら――)

 

 言葉がぐるぐると頭を回転する。

 

「ちょっと新聞作りに集中して目を離した隙にどこか行っちゃったんですよねー。とりあえず適当に聞いて回ってるんですけど……潮ちゃんは知りません?」

 

 どうやら監禁に気づいてこの部屋にやってきたのではないらしい。

 潮は内心でホッと安堵の息を吐いた。

 性格上、嘘を吐くのは苦手だが、頑張って口を開いた。

 

「ご、ごめんなさい……そ、その……見てないです」

 

「そうですかー」

 

 青葉はため息を吐いた。

 潮の心に罪悪感がチリチリと燻るが、それ以上にこの場をしのげそうなことに安心した。

 

 潮の返答を聞いた青葉が、ゆっくり首を傾げた。

 

「でも……おかしいですねぇ」

 

「え?」

 

「司令官に付けてた発信機の電波が――この部屋から発信されているんですよね。リアルタイムで」

 

「……っ!?」

 

「ねぇ潮ちゃん。本当に……知らないんですか?」

 

 青葉はいつものように笑顔で潮を見ていた。

 だが、その目に光はなく、潮は恐怖を感じた。自分1人しかいない戦場で、水の中から出てきた手に足を引っ張られるような背筋が凍る恐怖。

 自分の口から「はぁはぁ」と吐息が漏れている。心臓がまるで喉のすぐ下にあるように感じるほど音が煩い。

 

 微動だにせず潮を見つめる青葉の視線。

 思わず逃げ出したい衝動にかられるが、自分が逃げたら下にいる仲間に迷惑がかかってしまう。

 そして何より自分が本当に欲しいものが手に入らなくなってしまう。

 その小さな勇気が、何とか潮を支えていた。

 

 だが、現状、青葉を納得させる方法は浮かばない。

 そもそも発信機とは一体。提督の体につけられているとしたら……もう既に状況は詰んでるのではないか?

 1度地下室に連れて行って、そこにいる2人と協力して青葉を無力化する方がいいのでは……。

 そんな無謀とも思える策が浮かぶ。

 と、極度の緊張に座布団から腰を浮かせた潮のスカートのポケットから、何かが零れ落ちた。

 

「あっ、これですよ!」

 

「え?」

 

 青葉が零れ落ちた物――提督の上着に付いていたボタンに飛びつく。

 

「これですこれ。これが発信機なんですよー。潮ちゃん、これどこにありました?」

 

「へ? え、えっと……その……庭で」

 

「あーなるほど! そういうことですかぁ! 潮ちゃんが拾ってたから、ここから電波が……なるほどなるほど」

 

 青葉が腕を組んで何度も頷く。

 青葉が嬉しそうに手に乗せているのは、軍服のボタンだ。

 

 庭で提督を気絶させた後、潮はボディチェックを行った。

 念のため武器がないかを調べる為だ。

 その時、上着の第3ボタンを見て、何故か違和感を覚え……回収したのだ。

 全く根拠の無い直感。だがその直感は正しかったようだ。

 

(提督、ありがとうございます……)

 

 潮はここにいない提督に内心で礼を言った。

 以前何気なく提督が潮に語った『直感の重要さ』の話が潮を救ったのだ。

 

「いや、お騒がせしましたー。青葉、てっきりこの部屋に司令官がいると思って来たんですよー。で、部屋に入っても司令官はいない。おや、これはもしかして……クローゼットの辺りにでも監禁しているのかな? なーんて! そんなバカなことを考えてしまいましたよー!」

 

「あ、あはははは……」

 

 ケラケラ笑う青葉。

 対する潮は青ざめながら笑みを浮かべていた。

 

「一瞬でも潮ちゃんたちを疑った青葉、恥ずかしい限りです! 青葉素直に謝ります! ごめんなさい!」

 

「い、いえ……私がその……発信機を拾ったのが悪かったですし……」

 

「いやいや! 拾ってくれてありがとうございます! それでは貴重な時間どうも! 青葉はこれで退散しますねー」

 

 提督を探して適当に部屋に聞きに回っているというのは嘘で、本当は発信機の信号があったこの部屋が本命だったのだろう。目的を果たした青葉は立ち上がった。

 そのまま部屋の扉に。

 

「……ふぅ」

 

 絶体絶命の危機を脱し、ホッと胸を撫で下ろす潮。

 

「あ、そういえば潮ちゃん」

 

「は、はい?」

 

 まだ何かあるのだろうか。潮は泣きたくなった。

 扉の前に立ち、潮に背中を向けたまま青葉は続けた。

 

「青葉、一つ言いたいことがあります」

 

「な、なんですか?」

 

「潮ちゃん……嘘は吐いちゃだめですよ?」

 

「う、嘘……ですか?」

 

「はいー。司令官を見てないって、嘘、ですよね。――だって、部屋から司令官の匂いがしますから」

 

「……っ」

 

 潮は失神したくなった。失神すれば楽になるだろう。

 だが、暴れるように跳ね上がる心臓の鼓動が、気絶を許してくれない。

 潮の精神的疲労は限界に来ていた。

 

「この部屋に来たんですよね? 司令官」

 

「……はい」

 

 もう隠すことができない。

 諦めるように顔を伏せる潮。

 このまま提督を拉致していることを告白しよう。青葉のことだ。その情報は瞬く間に鎮守府に広がるだろう。

 そして自分達第七駆逐隊は罰として解体処分されるだろう。

 悲観的な未来を思い浮かべ、潮の目に涙が浮かんだ。

 

 だが青葉から潮が予想していたような追及の言葉はなかった。

 

「そうですかー。うんうん。司令官頑張ってるみたいですねー。部屋にまで訪問してコミュニケーションをとるなんて、凄まじいやる気です……! うーん、青葉も司令官のやる気に負けないよう、頑張って新聞を作るとしましょう! ではでは!」

 

 そう言って青葉は部屋を出て行った。

 残された潮は、そのまま倒れこんだ。

 

「……え、えへへ……潮、頑張りました……頑張って秘密守り通しました……。提督……褒めて……くださ……い」

 

 潮の精神的疲労は限界を迎え、幻覚の提督に抱きしめられて気絶した。

 その顔は幸せ以外のなにものでもなかった……。

 

 

 

■■■

 

「ククク、潮ちゃんは私たち第七駆逐隊の中でも最胸……もし誰かが訪ねて来ても豊満なバストでこう……上手いこと追い返してくれるでしょう」

 

「あたし、今更だけど潮に門番を任せたのは間違いだった気がするわ」

 

「……」

 

 俺の不在が気づかれないように影武者を立て、この地下室の存在を気づかせない作戦。

 色々とツッコミたいところはあったが、それなりに計画をしていたようだ。

 今回俺を拉致したのは、突発的な思いつきではなく事前に計画を立てていたものらしい。

 

 だとしたらやはり気になるのは『理由』だ。

 なぜ俺を拉致したのか。そしてその目的は一体なんなのか。

 

「目的は何だ? ……処遇改善か?」

 

 とりあえず思いついたことを言ってみた。

 艦娘には大本営から給金――いわゆる給料が発生している。

 その金額に不満があって俺を拉致したのだとしたらどうだろうか。

 俺を誘拐して大本営に身代金を請求する……自分で思いついておきながら馬鹿でた話だ。

 

 俺の指摘に曙と漣は「はぁ……」とため息を吐いた。

 どうやらやはり違うらしい。

 

「別にお金には困ってないですよー」

 

「そうよ。……ていうかクソ提督、あんたこそ大丈夫なの? よくみんなにご飯奢ったり、プレゼントあげたりしてるけど、貯金とかできてるの?」

 

 何故か曙に心配されてしまった。

 曙の言うとおり、俺はよく艦娘に食事を奢ったり、お菓子や嗜好品のプレゼントをしている。

 戦場で戦うみんなへの労いと戦意高揚の為に、できることなんてこれくらいだからな。

 

 貯金ができているかの質問に対しての答えは……イエスだ。

 

 将来、俺の元へ来たいという艦娘のことを考えて、金はいくらでもあった方がいい。

 将来の資金、そして艦娘に渡すプレゼントなどの金をどこから捻出しているかというと……雪風を連れて、ちょっと遊びに行くだけだ。馬がたくさんいる所にな。これ以上は言えない。あまり褒められた行為でないことは分かっているが、別に犯罪を犯しているわけでもないし、構わないだろう。

 そういうわけで、俺自身、金に困っているということはない。

 

 しかし給料の値上げ交渉でもないとすると……一体なんなんだ? 

 

「むぅ、分かりませんか?」

 

「……ふん」

 

 曙と漣が不満そうに見つめてくる。

 だが、分からない。

 俺を拉致するなんて無謀過ぎる行為をするほどの理由が思い浮かばない。

 

「はぁ……ま、仕方ないですね。ご主人様は凄まじい鈍感さを持ちながら恐ろしいジゴロ魂を持ったスーパー朴念仁ですからね」

 

 漣がやれやれとかぶりを振った。

 そして自分の胸の前で、両手を使って桃を逆さまにしたような形を作った。

 

「では大ヒントです。ネクストサザナミズヒントは――『愛』です」

 

「……愛?」

 

「ええ、愛ですよご主人様。英語で言うとLOVE。ドイツだとリーベ、フランスだとアムール。その愛です」

 

 曙に視線を向けてみる。

 無言で頬を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 曙のツッコミが入らないということは、漣が言っていることは間違いないらしい。

 

 つまり俺を拉致監禁した理由は――愛。

 

 ますますもって意味が分からない。

 俺は頭を抱えたくなったが、腕を縛られてるから抱えることができなかった。

 

 

 


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