利根ちゃん可愛すぎて足の間をくぐり抜け隊   作:ウサギとくま

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今回は思いのほか長くなったので、前後編となっています。
第七駆逐隊のお話です。


第七駆逐隊と無謀な意思

 とある艦娘の4人部屋。

 4人の艦娘達が生活をしているその部屋は、まだ昼間だというのに暗闇に包まれていた。

 電気を消してカーテンも完全に締め切っている。

 光源は部屋の中心に立てている蝋燭の灯りのみ。

 

 その灯りを囲むように、4人の艦娘が座っていた。

 1人――不知火ほどではないが目つきの鋭い、鈴型の髪飾りをした艦娘が口を開いた。

 

「……で。その情報は確かなの? クソ提督が鎮守府を1人でうろついているって」

 

 その言葉を受けた別の艦娘がニヤリと笑みを浮かべた。

 桃色の髪をツインテールにした少女だ。ウサギのマスコットが肩に乗っている。

 

「ふっふっふ……クソツンデレちゃん? 今までこの私、クソメイドの情報が間違っていたことがありましたかな? いや、ない」

 

「あるわよ。この間あんたが仕入れてきた情報を鵜呑みにして、秘書艦になった時、語尾に『ニャン』付けてたらクソ提督に喜ばれるどころか医務室に連れて行かれたわよ」

 

「……そ、それはそれで役得だったでしょ? あけぼ……クソツンデレちゃん裏山C! 私も看病してもいたいなー」

 

「本気で頭の心配されて、艦娘専任のカウンセラーまで呼ばれそうになって……本気でそう思える?」

 

 鋭い目つきに睨まれ、笑顔のまま額に汗を浮かべるツインテールの少女。

 仕切り直すそうに手を合わせた。

 

「こ、今回は! 今回の情報は間違いなく、パーペキに! 間違いなんかじゃないんだから……! 実際にご主人様と会った子からの証言もあるし!」

 

「へー。それって誰?」

 

 別の少女。頬に絆創膏を貼った少女が興味深そうに聞いた。

 

「不知火ちゃんですよ。クソカニちゃん」 

 

「不知火さん?」

 

「そうそう。何かものすっごーく、機嫌よさそうだったんで話を聞いたら久しぶりにご主人様に会ったって。で、詳しく聞いたら、どうもご主人様今日はお休みで、鎮守府をうろうろしてるとか」

 

「機嫌よさそうな不知火さんってあんまり想像できないなぁ」

 

「スキップしながら鼻歌とか歌ってたよ」

 

 クソカニと呼ばれた少女が「マジで?」と信じられないものを見る表情を浮かべた。

 クソツンデレが口を開く。

 

「ふーん。不知火さんが言うなら、その情報は間違いないみたいね」

 

「だからそう言ったでしょ。本当にクソツンデレちゃんはもっと私を信用して下さいよー」

 

「あんたは前科が多すぎんのよ。というか……この呼び方はなんなの漣? 何で名前で呼んじゃいけないわけ?」

 

「しっ! あけぼ……じゃなくてクソツンデレちゃん! 誰が聞いてるか分からないでしょ!? 私たちが今から行おうとしている作戦を誰かに聞かれたら大変じゃないですか! こうやってコードネームで呼び合うことで、情報の漏洩を防いでるんですよ!」

 

「誰も聞いてる人なんていないでしょ……」

 

「分からないじゃないですか! モニターの向こうでマウスカチカチしながら漣達の話を盗聴、もとい盗視している人がいるかもしれないじゃないですか!」

 

「あんたが何を言ってるか分からないんだけど」

 

 クソメイドの意味不明な発言に、クソツンデレがため息を吐いた。

 

「……じゃクソメイドの情報が正しいとして、今日決行するってことでいい?」

 

「そりゃ今でしょ! ご主人様がフリーの日なんてチャンス、次いつあるか分からないし!」

 

「アタシもクソメイドに同意でー」

 

 クソツンデレの問いかけに、クソメイドとクソカニが肯定した。

 3人の目には決意の炎が小さく灯っている。もうすぐ行おうとしているある作戦へ意気込みを感じさせる小さな勇気の炎。

 意思を固めた3人の視線が――まだ1度も発言をしていない4人目の少女に向いた。

 

「……あ、あのね」

 

 視線を向けられた少女が、おずおずと口を開く。

 

「や、やっぱりやめない……? こ、こんなの……悪いことだし……ダメだと思う」

 

 胸の前で自分の手を握りながら、震える言葉を紡ぐ少女。

 自分達が行おうとしている作戦に怖気づいているのが、誰から見ても明白だった。3人の目に灯っている決意の炎が、少女にはない。目には不安の感情が潤うように揺れている。

 

「……失敗したら大変なことになっちゃうし……提督にも迷惑をかけちゃう……」

 

 少女の言葉にクソメイドがやれやれとため息を吐きつつ声をかけようとした。

 が、それをクソツンデレが遮り、口を開く。

 

「ねえ……潮」

 

「クソおっぱいだよ、クソツンデレちゃん」

 

「……」

 

 クソメイドを睨みつけるクソツンデレ。

 睨み付けた後、再度クソおっぱいと呼ばれた少女に視線を向けた。

 

「ねえクソおっぱい。あんた……本当にそれでいいの?」

 

「あ、曙ちゃん……」

 

「クソメイドだよ、クソおっぱいちゃん」

 

「朧。ちょっとそこの漣の口を塞いどいて」

 

「おっけ」

 

 朧が漣の背後に回りこみ、その体を拘束した。口を塞ぐ瞬間『言論の自由を!』『漣死せども自由は死せず!』などと意味不明なことを言っていたが、誰も聞いていなかった。

 これで邪魔者は消えた、と曙は小さくため息を吐いた。

 改めてクソおっぱいに視線を向ける。

 

「ねえ、本当にそれでいいの? 確かにあんたの言う通り、あたし達がやろうとしていることは、悪いことよ。きっとクソ提督にも迷惑をかけると思う」

 

「う、うん……だから……」

 

「だから? だから止めるの? それでいいの? そんなんだとずっと……このままよ。あたし達の……あんたの欲しいものは一生、手に入らないわよ」

 

「……っ」

 

 責めるような言葉とは裏腹に、曙の口調は穏やかなものだった。

 

「これから艦娘も増えていって、クソ提督に会える時間もどんどん減っていく。戦艦とか空母とかの強い艦娘はいいわよ。大規模作戦で頑張って貢献すれば、クソ提督に褒められる。いつまでも側に居られる。……でもあたし達みたいな弱い駆逐艦だとそうはいかない。どう頑張ったって戦艦には勝てないし、クソ提督の側にいられる機会は少なくなっていくわ」」

 

「……」

 

 クソツンデレの言葉に、クソおっぱいがギュッと唇を嚙んだ。

 

「それでもいいの?」

 

「……やだ」

 

 くそおっぱい改め、潮の口から搾り出すように小さな声が出てきた。

 掠れるような震えた言葉だが、その言葉にはハッキリとした意思が篭っていた。

 

「潮、あんたはどうしたいの?」

 

「……提督の側に……いたいよ」

 

「最初からそう言いなさいよ。全く、世話が焼けるわね」

 

 口調こそ棘があるが、その顔は穏やかだった。手のかかる妹を見るような慈愛を含んだ顔。

 泣きそうになるクソおっぱい(の頭)を優しく撫でる。

 

「むごぉ! だ、大丈夫だよ潮ちゃん! みんなで力を合わせればきっとうまくいくよ!」

 

 朧の拘束を逃れた漣が、潮を元気付けるように言った。

 

「だって私たち第七駆逐隊は……仲間だもんげ!」

 

「そう、だよね……。力を合わせれば……上手くいくよね」

 

 漣の言葉に、潮の瞳にも小さな火が灯った。決意の火。蝋燭のように小さいが、決して消えない火。

 その目を見た曙が穏やかな表情で頷いた。

 

「ん。……じゃ、潮もいいわね。全員の意見が一致したところで……今日、作戦を決行するわ」

 

「ほいさっさー!」

 

「りょうかーい」

 

「う、うん頑張る……!」

 

 4人が決意を固めた表情で頷く。

 彼女達の間には、見えないが確かな繋がりがあった。絆という何よりも固い繋がりが。

 

「じゃあ改めて作戦を簡単に説明するわよ。――クソ提督を拉致ってあたし達のものにする、以上!」

 

「曙ちゃんそれ肝心なところ言ってないでしょ。ご主人様と拉致って監禁して、みんなで力を合わせてご主人様のアレを色々アレして――既成事実を作る、これがメインでしょ」

 

「……わ、分かってるわよ」

 

 曙が頬を染めてキッと漣を睨みつけた。

 今日の日のために、何日も話し合って練った計画だが、後半部分のアレをアレする部分だけは、どうも恥ずかしいと思う曙だ。

 朧も潮もアレする部分を想像したのか、顔を赤くしている。朧はあまり興味がないような素振りをしながら、潮を顔を伏せて……だが、耳まで赤くなっているので隠せていない。

 漣だけは普段通りの笑顔を浮かべながら、アレをアレするところを嬉々として説明している。

 どこから取り出したのか、薄い本(by秋雲)を取り出しアレをアレする場面を詳細に説明する始末。

 3人は生唾を飲み込みながら、漣の説明を聞いた。

 

 

 そもそもこの第七駆逐隊が何故、この作戦を決行するに至ったのか。

 

 

■■■

 

 話は1月前に遡る。

 

 その日はお互いのT-pointを出し合って提督を1日中自由にする権利を得ていた第七駆逐隊。

 前日に綿密な予定を立て、行く場所の下見も行い、1日の中で2人きりになる時間も決めて……準備は完璧だった。

 完璧だったのだ。

 

 だが――

 

 その予定はおじゃんになってしまった。

 大本営に提督が呼び出され、丸一日不在になってしまったからだ。

 

「ま、しょうがないわね」

 

「……う、うん。残念だけど」

 

「だよねー」

 

「これも全部大本営ってやつの仕業なんだ!」

 

 と、それぞれ納得はした。残念だけど、仕方が無い。

 せっかく準備をして、楽しみにしていたけど……仕方が無い。

 提督の仕事だから仕方が無い。子供じゃないのだ。急に仕事が入って遊園地にいけなくなった子供のように駄々をこねても仕方が無い、分かっている。

 

 そしてその日は特に何もせず、眠りについた。

 

 真夜中。

 

 4人が布団を並べて眠る部屋。

 誰が言ったか分からないが……確かに誰がが言った。

 消え入りそうな、小さな声が部屋の中に響いた。

 

「――さみしい……よ。仕方ないなんて……思えないよ」

 

 嗚咽の混じった言葉で、誰かが言ったのだ。

 親の帰りを待つ子供のような、心細さを堪える嗚咽。

 その嗚咽は部屋に響き……1つだった泣き声は気づけば2つになっていた。

 2つから3つ。3つから4つ。

 全員が泣いていた。

 部屋の天井を見上げながら、全員が泣いていた。

 同じ感情を共有した彼女達は、布団から出した手を握り合っていた。

 

 誰かが言った。

 

「もう……我慢できないよ」

 

 誰かが答えた。

 

「……うん。私も」

 

 答えた。

 

「じゃあどうする?」

 

「提督とずっと居たい……」

 

「駆け落ちとかしちゃう?」

 

「うーん、ちょっと現実的じゃないかも。すぐ見つかるだろうし」

 

「……だったら、提督を捕まえて……みんなで一気にメロメロにしちゃうとか」

 

「メロメロ?」

 

「そうメロメロ。私たちに釘付け。そうしたらずっと一緒に居られるよ」

 

「キタコレ! そのプランで行こう!」

 

「漣。夜だから。静かに」

 

「……しょぼん」

 

「で、捕まえるたってどうするの? それこそすぐに見つかるでしょ」

 

「……あ、そう言えば夕張さんが『あー、無性に秘密の部屋を作りたい! 地下室とか作ってみたい!』って呟いてたの聞いたよ」

 

「「「「それだ!」」」」

 

 

 

■■■

 

 

 

 かくして計画は始動した。

 提督を拉致して地下室に監禁する。そして速やかに既成事実を作り、これから先、戦争が終わったあとも側に居られるようなポジションを確保する。

 恐ろしい計画だ。鎮守府のトップである提督を拉致監禁しようとしているのだ。

 もしバレれば処罰は免れないだろう。下手をすれば解体処分されるかもしれない。

 

 だがそれでも――それでもやらなければならない。

 それほどまでに追い詰められていたのだ。増えていく艦娘と、将来自分達の立場がどうなるか分からない不安感。

 その感情が今回の作戦の後押しとなった。

 

 自分達は弱い。戦力的にも弱いし、それぞれが将来的に側に居られるほど愛を上手く伝える自信がない。

 だが4人なら。1人じゃダメでも4人なら。

 1本の矢は簡単に折れるが、4人では折れない。

 4人が力を合わせれば、なんだってできる。

 

 4人は力を合わせて計画を進めた。

 各々の役割を検討して、準備して、リハーサルをして、検討しなおして……とうとう今日が来たのだ。

 

 あとは決行するだけ。

 

「じゃ、それぞれ配置につくわよ」

 

「……う、うん」

 

「大丈夫よ潮。みんなでやれば……きっと上手くいく」

 

「曙ちゃん……」

 

 不安感の押し潰されそうな潮を見た曙が、彼女の震える手をギュッと握り締めた。

 

「なんとかなるって」

 

「朧ちゃん……」

 

「そうそう。ウィーアーザベストフレンド! 我ら、第七駆逐艦なりってね」

 

「漣ちゃん……ちょっとそれよく分からないけど」

 

「ヒドス!」

 

 漣のおどけるような仕草に、笑顔を浮かべる4人。

 潮の手を覆うように、全員が手に触れていた。もう震えは止まっていた。

 

 曙が3人の顔を順に見る。

 全員が頷いた。

 

「よし。じゃあ――オペレーション『ハイエース』! 現時刻を持って開始とする! ……ねえ、漣、この作戦名なんとかならなかったの?」

 

「んんwwww今更言うとか遅すぎですぞwwwww」

 

「でも『提督をメロメロキュンキュンにしてみんなで幸せ王国建国』とかお花畑感満載の作戦名よりマシじゃない?」

 

「ひ、酷いです……! 朧ちゃん……!」

 

 作戦は始動した。

 時計の針は戻せない。後はただ進んでいくのみ。

 

「じゃあ……それぞれ配置に着いて。ってこら漣!? 何で蝋燭の火消すのよ!? 何も見えないでしょ!?」

 

「いやここは火を消してみんなが『サッ』と散る場面でしょうJK。大丈夫だって、みんな目がいいからこのくらいの暗さで転ぶとかウボァー!? 何か具体的に言うと朧ちゃんの蟹と思われるものに躓いて転んだぁぁぁ!?」

 

「だから言ったでしょうに」

 

「床にぶつか……らない!? 何だろうこれ柔らかい……イヤ、違う地面じゃないな。地面はもっと固いですもんね。……ん、これはもしかして……モミッ、これはうしおっぱい! 潮ちゃんのおっぱいがクッションに!?」

 

「も、揉まないで漣ちゃん……」

 

「はいはい。漣、いいからさっさとどきなさい。朧、カーテン開けて。じゃ、ぼちぼちみんな動いて」

 

 計画のリーダー的立場である、曙は思った。

 この面子で上手くいくのだろうか、と。

 カーテンが開かれ、潮に馬乗りになって胸を揉む漣を見て、心の底からそう思うのだった。

 

 

■■■

 

 

「しかし腹が減ったな」

 

 那珂と吹雪を誘い損ねたのは痛い。

 別に1人で飯を食いに行ってもいいのだが、ずっと誰かと一緒に飯を食ってきたので今更1人で食えと言われたら、ちょっと戸惑ってしまう。

 食堂に行ったら誰かいるだろうか。

 誰か食べている艦娘がいたら、混ぜてもらってもいいかもしれない。

 

 

 

『――すん、ぐすん』

 

 

 

 間宮の足を向けようとした瞬間、俺の耳は小さな、本当に小さな音を捉えた。

 誰かがすすり泣くような声。聞き覚えのある声だ。

 

『……くすん、すんっ』

 

「聞き間違いじゃないな」

 

 泣き声の方に向かって歩く。

 流石に提督として、泣いている艦娘がいるとしたら見過ごせない。

 歩いていくと建物の隙間、人気の無い場所に辿り着いた。

 置かれている資材で人の目が届かない路地。

 

「誰かいるのか?」

 

 路地に入る。

 すぐに泣き声の正体と遭遇した。

 背を向けて屈み込んでいる少女。長い黒髪の白いヘアバンド。

 

「潮……か?」

 

「……ていとく?」

 

 背を向けながら発せられたその声は、確かに『潮』のものだった。

 聞き覚えのある泣き声。どうやら潮のものだったらしい。

 

「どうした? どうして泣いている?」

 

 潮が泣いている姿を見るのは随分と久しぶりだ。

 心優しく、そして気の小さい彼女は何かとよく泣いていた。戦場で敵と戦って、他の艦娘と上手くいかなくて……よく泣いていた。

 その度に俺が慰めていたものだが……最近は泣く姿を見ていない。漣や曙といった第七駆逐隊が揃ってからだろうか。彼女達と一緒になってからは、彼女達のフォローもあってか、落ち込んで泣いたりする姿は見ていない。

 最後に見たのは改ニになった祝いの席で、嬉しさのあまり号泣したときだ。

 

 そんな彼女が泣いている。人気のない場所で。

 どう考えても嬉しさのあまり泣いているようになんて見えない。

 

「あれか? 曙にキツイことを言われたのか? だがアイツの言葉はキツイがちゃんと相手を思いやってのことだから……」

 

「……ち、ちがいます」

 

「じゃああれか。漣にまた胸のことで弄られたのか? アイツは本当にしょうがないな……今度しっかり言い聞かせてやる」

 

「……そ、それも違います。い、いえよく弄られることは弄られるんですけど……そのことで泣いてたわけじゃありません……」

 

 うなじが赤く染まっている。

 

「そうか。何で泣いてるか分からないが……俺に相談してくれ。俺にできることなら何でもするぞ。俺に相談しにくいなら、相談しやすくて口の堅い艦娘を紹介する」

 

「……提督は優しいですね」

 

 いつの間にか、泣き声は止んでいた。

 

「いつも私のことを気にかけてくれて……助けてくれる。提督は私にとっての……王子様なんです」

 

「……王子様って柄ではないけど」

 

「本当にありがとうございます……。提督がいなかったら私、今までやって来れなかったと思います」

 

「いや、俺がいなくても潮は上手くやっていけたさ。俺はちょっと手助けをしただけだ。お前にはもともと力があった」

 

「……そうやって、いつも優しくしてくれる。そういうところが……大好きなんです」

 

 突然の言葉に、体が硬直する。

 金剛のように日ごろから俺のことを好きだという艦娘はいるが、潮はそういうタイプじゃなかったはずだ。

 

 潮が立ち上がり、ゆっくり振り向く。

 

「その優しさを……私たちだけに向けて欲しいと思う私は……悪い子です」

 

「潮……?」

 

 俺に向けられた表情は泣き顔ではなく……何故か戦場に向かう凛々しい表情だった。

 瞳にわずかなためらいの揺れを感じた。が、それ以上に何かを決意した力強い意思を感じる。

 それだけの感情が瞳に詰め込まれているのに――不思議なことに、瞳には光が無かった。

 

「どうした潮? 何かあったのか?」

 

「大好きです提督。それから……本当に……ごめんなさい」

 

 その謝罪を意味を問いただす前に、俺の背中に何か固いものが押し付けられた。

 そしていつの間にか背後に現れた気配。

 振り返る瞬間に相手を攻撃しなかったのは、その相手に全く敵意を感じなかったからだ。

 

 振り返った俺の目に入ってきたのは……曙。

 

「久しぶりねクソ提督」

 

「曙? 一体何を――」

 

「あとでゆっくり話しましょ。じゃ、おやすみ――」

 

 瞬間、俺の腹部に突き刺さるような痛みが生じた。痛みは全身に伝播し、頭を突き抜ける。

 体の自由が奪われ、そのまま地面に倒れ付した。

 意識がゆっくりと失われていく。

 

「はぁ!? ちょ、ちょっとこれこんなに効くなんて……こら漣! 話が違うじゃない!?」

 

「はいはーい呼んだカニ? ってうお!? ご主人様の体が打ち上げられたイ級のようにビクンビクンと!? さ、漣ちゃんなんてことを……」

 

「このスタンガン、あんたが用意したんでしょ!?」

 

 完全に意識が失われる寸前、そんなやり取りが聞こえ――俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 


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