利根ちゃん可愛すぎて足の間をくぐり抜け隊   作:ウサギとくま

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あなただけを見つめてる……

 大井&北上の重雷装艦コンビと別れた俺は、特に目的地もなく鎮守府内を歩き回っていた。

 鎮守府内はシンと静まりかえっている。

 廊下を歩いていても、誰かと擦れ違うことはない。

 

 出撃していない艦娘もいるだろうが、部屋で休んでいるか、街に繰り出しているのかもしれない。

 そうするとこうやって歩き回るのは意味がないのじゃないか? できるだけ多くの艦娘とコミニュケーションを図りたい今日、この時間は非常に無駄なのではないか?

 

「うーむ」

 

 日差しが差し込む窓から外を見てみる。鎮守府に面した海は今日も太陽の光を照り返し、キラキラ輝いていた。

 あの海でみんな頑張っているのだ。俺も頑張らなければならない。

 

 とはいっても、現状誰が鎮守府に残っているのかすら分からない。最低限出撃メンバーは把握しているものの、艦娘の数が増えた今、待機中で鎮守府にどれだけの人数が残っているか。

 秘書艦なら把握してると思うが……一旦、執務室に戻るか?

 

 ――などと考えていると

 

「お困りのようですね……司令官……」

 

 背後から声がかけられた。どれだけ至近距離から声が発せられたのか、耳に吐息がかかってくすぐったい。

 恐る恐る振り返ると

 

「……早霜か」

 

「ええ、司令官。お久しぶり……ですね……」

 

 特徴的な髪型(といっても、艦娘は変わった髪形の子が多いのだが)――腰まで届く黒髪、そしてその髪に覆われている右目。

 駆逐艦『早霜』がそこにいた。ほぼ密着しているくらいの至近距離で俺の前に立っていた。

 

 ここは廊下のど真ん中であり、近づいてくる足音も気配も全く感じなかったが……まあ早霜ならいつものことだ。

 気づいたら背後に立っている、それが早霜だ。

 

「前から言ってるけど、いきなり背後に立って話かけてくるのはやめてくれ。心臓に悪い」

 

「ごめんなさいね。 ……でもその割には驚いた風には見えないですけれど、フフフ……」

 

「もう慣れたからな」

 

「残念……司令官の驚く声と顔が好きだったのに……」

 

 上官を驚かせるのが趣味な部下というのは如何なものか。

 まあ他所の提督同士を絡ませる本を書くのが趣味な艦娘よりは大分マシだが。

 

「それでどうした?」

 

「司令官がお困りのような気がしていたので……馳せ参上しました……」

 

 まあ……ちょうどいいか。早霜は鎮守府内の状態についてかなり詳しい。詳しすぎるくらいに。

 他の艦娘がどうしてるか聞いてみるのもいいだろう。

 

 その為にはまず、俺がどうしてここにいるかということから説明しないといけない。

 

「ああー、実はな。今日――」

 

「想定外にも書類仕事が片付き、余裕ができたので久々に鎮守府内を散策して出会った艦娘と交友を深めているのね」

 

「……青葉と会ったりしたか?」

 

「青葉さん? いえ、特に会ってはいませんよ。……フフッ、変な司令官」

 

 頬に手を当て、クスクスと笑う早霜。

 どうやら青葉から俺の状況を聞いたわけではないらしい。

 だったら何故俺の状況について完全に理解しているのか? まあ……早霜だからな。知っててもおかしくない。

 早霜はミステリアスな部分が多い。

 一度詳しすぎる情報源などについて問いただしたことがあるが、それ以降の記憶がなく気づいたら自分の部屋で目を覚ました経験があるので、その辺りには突っ込まないようにしている。ちなみに何故かその時、早霜に膝枕をされていた。

 

「先ほどから鎮守府内を散策しているけど、どうにも艦娘と遭遇しない。……それでお困りなんですね?」

 

「ああ、うん。そんな感じそんな感じ」

 

 まるで俺が執務室にいる時から現在まで見ていたような状況把握。

 だが話は早い。

 

「そういうことなら……これを使ってください……」

 

 と言うと早霜は懐から折りたたみ式の電子手帳のような物を取り出し、俺に手渡した。

 新品なのか、大きな液晶画面には指紋一つついていない。

 

「これは?」

 

「先ほど完成したばかりの『艦娘図鑑』です」

 

「……艦娘図鑑?」

 

 聞きなれない言葉を繰り返す。

 

「電源を入れてみてください」

 

 言葉に従い、電源を入れる。

 液晶画面に光が灯った。

 画面上に文字が流れていく。

 

『指紋認証しました。――ようこそ司令官! 私の名前はゆう……げふんげふん。謎の発明家――UBR。この艦娘図鑑を使って楽しい鎮守府ライフをエンジョイしてね!』

 

「なにこれ?」

 

「ふふっ、とりあえず進めてみてください」

 

 色々と聞きたいことはあったが、とりあえず進めてみる。

 謎の発明家ことUBRのチュートリアルを聞くと、これはどうやらこの鎮守府に所属している艦娘のデータを閲覧することができるツールらしい。

 

 試しに検索欄に『夕張』と入れてみた。

 

『夕張――夕張型 1番艦 軽巡洋艦。状態……疲労。待機状態。現在位置……工房。備考……徹夜で何かしらの道具を作っていたため、3日間不眠状態』

 

 と、夕張の顔とその下にパーソナルデータや現在の状態が表示された。他にも現在の装備、改修履歴、最終出撃記録、スリーサイズ……などなど。

 

「こんなこともあろうかと、作成の依頼をしていたのですが……司令官にお渡しするのが遅くなってごめんなさいね」

 

 こんなこと……というのは俺が今行っている、艦娘とのコミニュケーションのことだろうか。

 今日このタイミングでそんな便利な道具が完成するなんて偶然あるのだろうか。……いや、深く考えまい。

 

「しかし、便利だなこれは」

 

 色々な艦娘の状態を閲覧していく。

 リアルタイムで更新しているのか、現在出撃している艦娘の弾薬燃料の状態まで記録されている。

 なるほど……赤城は変装して出禁になった焼き肉食べ放題の店にいるのか……。だが島風の衣装を借りて変装は無理があると思うぞ。

 むっ、加賀も一緒なのか。こっちは……まるゆの衣装(スク水)か。……何も言うまい。

 

 便利だが、しかしこれは……

 

「いくら部下とはいえ、プライバシーの侵害が……」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ……しっかり本人達の許可はもらってます……」

 

「許可って……全員の?」

 

「ええ、もちろん」

 

「曙とか満潮とかも?」

 

「全員です……ふふっ。司令官にお渡しする物、といったことも伝えてますよ」

 

 信じられんな……。あの俺を嫌ってやまない曙や満潮が、俺に逐一プライベートを把握される道具の許可を……?

 信じられないが、早霜は俺に嘘を吐く子ではない。

 早霜が許可をとったの言うのなら、それは真実なんだろう。

 

「それを司令官の素敵な行いの役に立ててくださいね」

 

「ああ、うん……」

 

 まあ、これを使えば誰か鎮守府にいるか分かるし、非常に捗るだろう。

 

 ふと、色々な艦娘情報を見ていると、妙なことに気が付いた。

 

「ここに表示されてる顔なんだが……何で殆どがこう……アンニュイな顔なんだ?」

 

 何故か殆どの艦娘の表情が切なそうだったり、悲しそうだったり……例えるなら、浜風の胸を見る龍驤のような顔をしている。

 

「そこに表示されている顔は、今のみんなの気持ちを表しているんですよ」

 

「……ウチの鎮守府は大丈夫なのか? 何故こんな……ん? 青葉や北上、大井の顔は随分とにこやかだな」

 

「そこに気づくとは……流石司令官……ふふっ、それで理解できたでしょう?」

 

 殆どの艦娘が悲しげな表情で、先ほど会った青葉達は機嫌よく笑顔を浮かべている。

 つまりこれは……

 

「……俺と会ったからか?」

 

「ええ……その通りです……。ふふっ、司令官の素敵な行いが早速効果を表していますね……」

 

 気軽な気持ちで始めたこの散策だが、この図鑑を見て非常にプレッシャーがかかるものとなった。

 今現在この鎮守府にはモチベーションが低い艦娘がかなりいて、恐らくだが俺と会うことでそのモチベーションは向上される。

 ……この鎮守府には現在、何人の艦娘がいただろうか。

 

「……ま、信頼関係が構築されてる分、昔よりはマシか」

 

 昔は信頼関係なんてない、それこそ悪意を持たれている艦娘もいた状態で今と同じようなことをしていた。

 あの頃に比べれば、随分と楽だろう。それに仕事とはいえ、今日までコミニュケーションをサボっていたツケが回ってきただけだ。

 

 それに、みんなと久しぶりに言葉を交わすのは、考えるだけで楽しみだ。この鎮守府の艦娘の子達は皆いい子ばかりで、俺も今日まで助けられてきた。

 大げさだが、その恩返しになるかもしれない。

 今まで一緒に闘ってくれた皆と役に立てる、それは考えるだけで気分が高揚する行いだ。

 

「フフッ……ウフフ……」

 

 見ると早霜がじんわり赤くなった頬に手をあて、笑みを浮かべている。

 

「なんだ?」

 

「いえ……今の司令官の顔、とても素敵ですよ……フフッ。ずっと……ずっと見ていたいくらい……」

 

「そ、そうか」

 

 ふと、ページを閲覧していると、時折艦娘のデータの中に魚雷のようなアイコンが表示されていることに気づいた。

 魚雷が表示されている艦娘の表情は、非常にこう……深刻だ。目に光がない。

 

 例えば……駆逐艦『不知火』。彼女のデータには大きな魚雷のアイコンが点灯していた。

 

「あら……」

 

 早霜が図鑑を覗き込んでくる。

 

「これは大変ですね……」

 

「このアイコンは何なんだ? 魚雷に見えるが」

 

「見ての通り魚雷です。それも……この大きさ……いつ爆発してもおかしくないですね」

 

「爆発だと?」

 

 穏やかじゃない台詞だ。

 

「本当に爆発するわけじゃありません。これはストレスを表したアイコン。これが大きければ大きいほど抱えているストレスが大きく……爆発したときは……私にも分かりません」

 

「ストレス、か」

 

 不知火を思い浮かべる。鋭い目つきと武人然とした冷静な言動。会った当初こそ、とっつき難い気難しい艦娘に思えたが、付き合いの長い今なら分かる。

 完璧主義に見えてちょっとうっかりした面もあり、褒めると普通に照れた表情を見せる……普通に可愛らしい艦娘だ。

 

 そんな彼女がストレスを……?

 

「皆に会うのはいいですけど、できるならこのアイコンが表示されている艦娘からお会いになるのをお勧めします」

 

「ああ、そうするよ」

 

 原因は分からないが、とにかく会ってみるしかない。

 

「早霜、助かったよ。便利な道具を届けてくれてありがとう」

 

「フフッ、司令官の力になれたのなら私も嬉しいです……とても、ウフフ……」

 

「この図鑑費用はいくらかかった? 流石に運営費からは出せないから、俺のポケットマネーから出す」

 

「いえ。司令官からお金を戴くなんて……でも、一つお願いが……」

 

「お願い? 何だ?」

 

「手を……握って……くれませんか?」

 

 早霜が手を差し出す。

 

「……手を? そんなんでいいのか?」

 

「ええ。それで十分……十分すぎます……」

 

 本人が望んでいるのだから……これでいいのだろう。

 俺はそっと早霜の手を握った。

 ひんやりと冷たい。そしてなめらかな手触り。

 少しでも暖めたくて、心持ち強く握った。

 

「ああ、そんなに強く……」

 

「痛かったか?」

 

「いえ……嬉しい……。司令官の手は、とても暖かいですね……心まで……温かくなります」

 

 うっとりと笑みを浮かべる早霜。

 ミステリアスな部分が目立つが、たまにこうやって触れ合いを求めてくるところは可愛らしい。

 出会った当初こそ、何を考えているのか分からない雰囲気と意味深な言葉の数々で苦手にしていたが……親しくなれば分かる。

 ミステリアスなだけで、その根っこは俺を慕ってくれている愛らしい少女のものだ。

 

 握っていた手を離す。一瞬、髪で隠れた右目に寂しげな憂いが浮かんだような気がした。

 

「……ありがとうございました司令官」

 

「いや、俺こそこんな事くらいしかできなくて悪い」

 

「ふふっ、これで十分です。これだけで私は……幸せなんですから……」

 

 微笑む早霜に一瞬見惚れる。

 俺はちょっと赤くなったであろう頬を誤魔化すように咳払いをした。

 

「あー……ところで図鑑のことで、もう一つ気になる表示が」

 

「はい、どれですか?」

 

「この銀色の輪っかのようなアイコンはなんだ? 結構な数の艦娘……それも主に古参のメンバーを中心に表示されているんだが」

 

 この鎮守府設立当初のメンバー、それと比較的出撃数の多い艦娘……共通するものはなんだろうか。

 

 俺の問いかけに早霜は首を傾げ笑った。

 ジッと俺を見て、長い間をとった後、口を開いた。

 

「……私も全ての機能を聞いたわけではないので……ごめんなさいね」

 

「そうか、いやすまん。ちょっと気になっただけなんだ。まあ後でゆうば……いや、謎の発明家とやらに聞くとしよう」

 

 さて、まずは不知火だ。不知火は……この真上の階か。廊下で何をやってるんだ?

 

「では司令官、頑張ってくださいね。私はずっと見ていますから……ウフフ……」

 

「ああ、早霜。また時間ができたら食事でも食べよう」

 

「ええ、ぜひ……」

 

 早霜は現れたときとは違い、普通に歩いて去って行った。勘違いかもしれないが、その足取りは普段より軽くみえた。

 ふと早霜のデータを見ていないことに気づいて、本人のページを表示してみた。

 先ほどのやりとりで彼女も楽しんでくれたのだろうか。

 

『早霜――夕雲型 17番艦 駆逐艦。状態……高揚。遠征中。現在位置……南方海域。備考……遠征任務「東京急行」旗艦』

 

 なるほど、遠征中か……。

 そうか、遠征中かぁ……。

 

「まあ、早霜だしな」

 

 そういうことにした。

 

 


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