東方日々綴   作:春日霧

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その二

 月 日 ( )

 

 今日は朝食後、長屋の隣の部屋の住人に初めて遭遇した。

 空室でなく人が住んでいるのは知っていたが、巡り合わせが悪く会う機会がなかったのだ。

 どうやら夜に出かけて朝に帰ってくる不健康な日もあれば、朝出かけて行って夜帰ってくるような健康的な日もあるようだ。なーんかすごい人だなぁと考えていたのだが、いざ会ってみると普通の人な上に女性で驚いた。

 

 そもそも(おそらく)夜遊びもしているので勝手に男性かと思っていたのだが、女性だった時点で驚きで見たところ歳もせいぜい十代後半くらいじゃないだろうかという程の人だったので度肝を抜かれた。

 名前は赤というらしい。せき。

 首元に包帯を巻いて薄い赤色の着物を着たクールな性格の赤髪の女の子であったが、果たして夜に出歩いて平気なのだろうか。幻想郷という所は思っていたより不思議な土地だ。

 赤さんはどうぞよろしくと口数少なく挨拶をして去って行った。人嫌いな質だろうか。美人なのにもったいない。

 

 しかし髪が赤いってすごいな。光の反射とかそういうんじゃなく本当に赤い髪だったな。

 

 今日も香霖堂に客は来なかった。

 森近君は明日商品を仕入れに行ってくるらしい。いや、拾ってくるらしい。その間の店番を頼むと言われた。まぁ客は来ないだろうが。

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 今日は丁度森近君が新商品を拾いに行っている間に、霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんが香霖堂に遊びにきた。金を落としていって欲しい。

 

 どうしていつも二人が揃うのだろうかと不思議に思ったが、二人とも親元を離れて暮らす身なので同情と言うか親近感があるのだろう。と勝手に推測した。数時間無駄話に興じてみたが、雰囲気的に同年代の友人は全然いなさそうだった。

 というか二人とも人里に住んでいないので同年代の子に会う機会がそもそも少ないようだ。

 二人とも可愛い見た目しているから、人里の男の子も黙っていないだろうに。

 

 話した内容は、俺がいくらか外の話をして、彼女たちがここ最近の幻想郷の話や幻想郷に蔓延る妖怪たちの話をしてくれた。彼女たちも余り見たことはないらしい。

 

 森近君が帰ってきたのは昼をまわった頃だ。

 森近君が帰ってくると二人ともなんやかんやで嬉しそう……というか楽しそうな表情をしていたが、魔理沙ちゃんは殊更に嬉しそうであった。森近君も隅に置けないな。

 

 森近君が言うので店の外にある本日仕入れた新商品たちを軽く見てみたが、やはり機械類が多く、壊れていて素人目には直せそうもないものが多かった。

 

 今日の売り上げもゼロだ。

 

 

 あぁ、そうだ。今日も赤さんに会った。丁度出かけるところだったが、折角会えたお隣さんなので暫し世間話に付き合ってもらった。

 やっぱり剣呑な目つきで人付き合いがうまそうには思えなかったけれど、なんでも人里の飲食店で料理をしているらしい。最初は給仕で雇われたらしいが、今時はやりの洋食も作れるからそっちになったらしい。あと料理の方が人に会わなくて済むから、と。

 なるほどなるほど。そういう手もあるのか。

 

 ところで日も暮れてきてますけど、どこかお出かけですか?と尋ねると何でも友人の所へ行くらしい。少々変なことを考えてしまったのが申し訳ない。何でも石の収集が好きな子と肉食系の子と三人で喋ったり遊んだりするらしい。

 肉食系とはどういう意味だろうか。赤さんの表情がややあくどい感じだったので、ジョークだったりしたのだろうか。

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 今日香霖堂へ行くと、アクティブの似合わぬ森近君が珍しく肉体労働をしていた。雨でも降るのだろうか。もしくは槍。

 

 出会って数日の俺にすらそう言われたので少々不満げであったが、何でも俺に払う給料もないわけではないが、そう多くもないので折を見て探しに行く予定だった台車を自分でこしらえているらしかった。

 そこまで切羽詰まっているのならクビにしてくれてもいいんだがなぁと考えていたら、どうやら表情に出ていたらしく、手放すには惜しいからね。と従業員冥利に尽きる言葉を頂いた。大体の道具の使い方が知れるのと、掃除や手入れをしているのが結構受けたようだ。

 というか香霖堂で働いてくれるような人はきっと他にいないのだろう。

 

 (どこからか持ってきた)木の板と(どこからか拾ってきた)不揃いな車輪を前に、釘とハンマーを持って熟考する森近君を尻目に、俺は店内にある道具達を眺めて、あの大手道具店が存在する人里でなにが売れるだろうかと無い知恵を絞り出したりしていた。

 

 今日も今日とてお世話になってしまっている上白沢さんにも聞いてみたが、やはり隙間産業を狙うというか奇を衒うような変わった道具類しか望めないだろうと言っていた。

 そもそも香霖堂は立地が立地なので知名度も推して図るべし。霧雨道具店と張り合うのは無茶が過ぎるだろう。大手デパートに対抗する地方スーパーみたいな感じだ。

 

 せっかくだしここのところ仲良くなっている(と一方的に思いこんでいる)赤さんにも話を聞いてもらおうかと思ったが、隣の部屋は明かりも付いていなかったので既に出かけた後のようだ。

 夏場だから幻想郷に蔓延る妖怪たちも活発になるだろうと思うのだが、大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 フレームに金属が使われておらず、一目で素人が作ったと分かる継ぎ接ぎな台車が一応完成していた。心の中でパッチワーク一号と呼称する。

 底と左右、後ろにベニヤ板が使われ、縁取るように細い木材があてられているので、おそらく細長い木材でフレームを作ってからベニヤ板を釘打ちしたのだろう。

 ちなみに持ち手も木材であり、金属は車輪だけだ。なんだろう。凄くこの話は無かったことにしてほしいとか思い始めた。パッチワーク一号を使うくらいなら恥を忍んで霧雨道具店で台車を買った方がマシではないだろうか。

 しかしそんな俺の願いもむなしく、どこか満足げな表情を浮かべた森近君に促されるまま、人里への行商(みたいなもの)計画の第一弾商品選出会が開催された。

 参加者は森近君と俺とフラっとやってきた魔理沙ちゃんだ。

 

 選出されたのは比較的まともな部類に入る雑貨や道具。プラスチック製のスコップやら、念入りに掃除したがやっぱりくたびれて見える使い古されたちゃぶ台だとか、そういった物である。

 アンティーク好きには好まれるかもしれない。なんだか、記憶が詰まってそうな生活雑貨だ。

 

 魔理沙ちゃんは奇妙な物をやたらをお勧めしてきた。

 例を挙げると、腕のとれたペコちゃん人形や一本しかない竹馬だとか、本当に奇妙なチョイスであった。有用そうな小物をこっそり懐へ忍ばせていたのも目撃した。手癖の悪い少女である。

 森近君もパソコンの事を式神だのなんだのとよくわからないが凄そうな説明を添えて積んでいこうとしていたが、そういった専門的な物は人里ではウケないんじゃないだろうかという俺の必死の説得で諦めてくれた。

 人里に式神は入用じゃないだろう。……式神とはなんだろうか。森近君に聞くと長いから、今度人里の本屋にでも行って調べてみよう。

 

 そして森近君査定の値札がとりつけられた商品たちを台車に積みこみ、朝露を防ぐためのシート(おそらく拾い物のブルーシート)を被せ、本日の肉体労働は終了した。人里へ売りに行くのは明日からでいいそうだ。念のため上白沢さんに言っておこう。

 

 夕時人里へ戻ると、何やらしかめっ面のような気難しげな表情を浮かべた赤さんに出会った。時折ため息も零しており、話しかけた時には睨みつけられたくらいだ。

 

 話を聞いてみると、何でも友人の一人である石好きの子、姫ちゃん(と赤さんが呼んでいた)が住んでいる(?)霧の湖の辺りで赤い霧がここ半月ほど出ていたのだが、様子を見ていても消える気配がなく次第に勢力を増しているらしい。人里へ届くのもそう遅くはないそうだ。

 

 はぁとしか言えなかった。なんだろうか。赤い霧というのは。というか霧の湖に住んでいるってどんな子なんだろうか。石好きが悪化して石を探し求めてサバイバルでもしているのだろうか。

 

 あんたもよく人里から出て行ってるみたいだけど、ちょっと気をつけた方がいいとおもうわよ。とぶっきらぼうながら親切な助言をくれた彼女に礼を言って別れた。

 明日の出張販売の件も含めて上白沢さんに聞いてみよう。

 

 んで、聞いてみた。

 

 出張販売の方は別に問題なさそうだった。売れるかどうかを気にしていたが。

 

 赤い霧に関しては、人里に届くようだったら外出を控えるよう人里の皆に伝えて、博麗の巫女に何とかしてもらうらしい。霊夢ちゃんはこう言う時に動くのか。凄いな。

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 儲かりまっか?ぼちぼちでんな。というフレーズが今朝から頭を離れない。意味が分からない。

 今日は香霖堂と書かれたエプロンを着て、人里にてパッチワーク一号と共に出張販売を行った。品揃えははっきりいってイロモノだらけの古道具だが、需要がないわけでもなかった。

 

 結果はまぁ成功だろう。意外や意外、香霖堂に興味があったが場所が場所で行けなかったという人が幾らかいたので、パッチワーク一号に載せてきた品は全て売り払って帰ることができた。

 あの店の一日の売上、いやひと月の売上の何十倍もの成果が出ただろう。香霖堂に帰ると丁度魔理沙ちゃんがいたので冗談交じりにそう言った。

 元がゼロなのだから何倍してもゼロだぜ、なんて魔理沙ちゃんは言っていた。君がそれを言っちゃあいけないよ。

 

 途中で上白沢さんも覗きに来ていた。まめな人だな。

 あと赤さんの目立つ赤髪もちらと見えたが、覗きには来なかった。人ごみが嫌いな人種なのだろう。事実先ほど部屋を出る所の赤さんに会い、人ごみが嫌いなんだと言っていた。人嫌いが人ごみが好きなわけない気もするが。

 

 これで上白沢さんの援助無しでも食っていけるぞ。

 ……あぁ、家賃とかもあるんだっけか。

 それでも光熱費が無いだけマシか。

 

 とりあえず売上の三分の一を俺が頂き三分の二を森近君に上納(?)することになった。

 それでもまぁまぁな額になるのでもうちょっと遠慮しておこうと思う俺を見て、収入があるだけありがたいよと溜息混じりに呟いた森近君は、売り物をちょろまかしたり玩んだりする魔理沙ちゃんを眺めて、再び溜息を吐いた。

 

 あと赤い霧がすっごい勢いで広がっているらしい。

 幻想郷すげー。

 

 

 

 

 

 月 日 ( ) 霧

 

 赤い霧が人里にやってきた。

 

 いや、早すぎんだろおい。意味わからんぜ。

 無視して香霖堂に出勤しようとしたら上白沢さんに止められてしまった。ごめんね森近君。

 何でも人は長く霧の中にいられないらしい。それは困った。

 

 仕方ないので長屋で一日を過ごすことになった今日だが、折角なのでお隣の赤さんと交友を深めようかと思い部屋を訪ねたが、驚いたことに不在だった。

 外出中に霧に覆われて帰れなくなったのだろうか。

 

 じゃあ反対側のお隣さんと交友を深めようと思い至って部屋を訪ねたが、空室だった。

 うん、知ってた。

 

 諦めて部屋の掃除をした。

 

 

 

 

 

 月 日 ( ) 霧

 

 自室待機二日目である。

 これ農作物に影響出るんじゃないかな。と空を見上げてみて思った。物価が上がると困る。

 とは言ってもまだまだ幻想郷の新参者である外来人(外から来た人をそう呼ぶらしい。そのまんまだ。)一人が気を揉んだところで何もできない。

 博麗の巫女とやらである霊夢ちゃんの成果に期待するのみである。

 

 上白沢さん情報によると、まだ霊夢ちゃんは動いていないらしい。

 ……いやはや、こいつは困った。

 

 それと、なんだか毎回驚かされている気がするが、隣の部屋に赤さんがいた。

 この赤い霧の中帰ってこれたのか。

 もしや人間ではないのだろうかと考え、思いきって聞いてみるとしばらくおっそろしい目で睨みつけられていたが、その後観念したかのようにため息一つして。人間ではなくろくろ首という妖怪であることを仰々しく語ってくれた。

 ついでに言うと名前は赤蛮奇というらしい。せきばんき。凄い名前。赤というのは人里用の名前だそうで、とりあえず名字も名前もなさそうだけど気分的に蛮奇さんと呼ぶことにする。

 ろくろ首は詳しくは知らないがよく聞く名前なのでちょっとテンションが上がって握手してもらった。普通の女の子の手だった。当然である。

 蛮奇さんは変なやつだなと言った風な目で俺を見ていた。

 

 

 好奇心から首が伸びる所を見せてもらいたかったのだが、伸びるタイプではなく飛ぶタイプなのだそうだ。ちょっと見せてもらった。凄かった。

 ただちょっぴり怖いので首の断面は見ないようにしておこう。考えるだけでも怖い。

 

 せっかくなので夕飯もご同伴願って一緒に野菜炒めを食べた。

 

 その折に例の石好きの子と肉食系の子の話もしてくれた。やっぱりまだちょっと剣呑な雰囲気はあるけれど打ち解けてくれたようでうれしい限りです。

 

 そういえば俺外来人だって蛮奇さんに言ってなかったな。

 というわけで言ってみたら、成程。と納得した様子だった。何がなるほどなのかはさっぱり分からない。服装だろうか。

 

 石好きの子というのは前に言っていた姫ちゃん、フルネーム(?)はわかさぎ姫といって、着物を着た人魚だそうだ。ちょっとおとぼけな子でかわいいらしい。

 肉食系の子は迷いの竹林と言うところに隠れ住む今泉影狼というワーウルフで、ちょっと毛深いのが悩みのかわいい子らしい。

 

 あーはいはい。

 幻想郷の妖怪ってのはかわいい子しかいないのね。分かった分かった。

 

 すげーな幻想郷。

 







 2016/4/11 ところどころ修正。

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