東方日々綴   作:春日霧

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『霧の湖にて』が紅魔郷編と妖々夢編の間の話。
『紅魔館にて』が妖々夢編と萃夢想編の間の話になります。



その十五 挿話

『霧の湖にて』

 

 

 

 幻想郷においてどこからでも見えると言っても過言ではないのが、天狗や河童の集団が住み着いているという、人間にとっても余所者の妖怪にとっても危険区域とされる、通称妖怪の山である。

 常に細く煙が立上っているが、それは河童の工房から出ている煙であるというのが、今世間で最も有力視されている説である。真偽のほどは定かではない。

 

 そして、その妖怪の山から流れている川があり、たまに河童が流されているというその川の流れ行く先は、畔に吸血鬼の住まう館のある、霧の湖である。昼間湖に異様なまでに立ちこめる霧が通称の由来であるが、その霧が何故発生するのかは不明である。

 

 霧の湖は妖精や妖怪が多く集まり、人里の人間はあまり近寄ろうとはしない。

 新月の夜にはごく稀にかなりの大型魚が釣れると噂で、釣り好きがその大型魚を求めてやってくることもある。そうでなくても、幻想郷での釣り場は限られているので、釣り人が霧の湖にやってくることは多いが、濃い霧のせいで思うようにいかず、すごすごと退散するのが通例である。

 

 そんな霧の湖に集まる妖精や妖怪の中で有名なのが、氷の妖精チルノである。

 

 青い服装に同色のリボン、氷の羽が特徴の見た目十かそこらの童女のような妖精であるが、その身に秘めた力は妖精の中でも比較的強力で、近寄るだけでも肌寒さが増し下手をすれば凍傷にもなると言われている。

 それに加え、性格も温厚とは言い難く、見知らぬ輩にはのっけから喧嘩腰で話しかけることがほとんどである。曰く霧の湖は彼女の城であり領土であるとか。

 

 幸い、彼女と一緒にいる妖精や妖怪はそこまで勝気でも無いのだが、それでも妖精や妖怪であることに変わりはなく、チルノに絡まれると彼女と仲の良い妖精らに絡まれると思って間違いないだろう。

 

 そんな、常人にとって危険な存在であるチルノであるが、大きな欠点が一つある。

 それは、短絡的で悪くいえば頭が弱いとされる妖精の中でも、極めて頭が悪いと称される点である。つまり難しいことは分からない。

 その癖して好奇心などは妖精らしく強いので、何か適当な問いでも投げかけてあげれば、長らく考え込んでその内に絡んでいたことなど忘れてしまうと評判である。

 

 

 

 

 

 ――とまあそんな具合の話を以前、稗田邸の阿求嬢から聞いたような気がする。と、幻想郷歴数ヶ月の外来人日暮が思い出したのは、丁度その氷の妖精略して氷精のチルノに遭遇してからしばらく経ってからであった。

 

 その日日暮は、いつものように赤蛮奇と共に夜中に人里を出て、湖畔でわかさぎ姫と今泉影狼と合流し、月明かりの下談笑しつつ酒を飲んでいたのだが、ふと周囲の気温が一気に下がったかのような感覚を覚え、両腕を摩りながら周囲をキョロキョロと見回す。

 はてこれもまた何かに怪異現象だろうかと考えるも、何も思いつかない。

 

 するとわかさぎ姫だけが心当たりがあるかのようにすぐさま湖の方を見つめ、やがて笑みを浮かべて大きく手を振ったのだ。

 

「チルノちゃ―ん、こっちこっち!」

「え?チルノ?」

「チルノ?」

 

 わかさぎ姫の呼び声に影狼が驚いたような声を上げ、次いで赤蛮奇が困惑した声でその名前を復唱した。二人ともその名に聞き覚えがあり、それがどんな相手かすぐさま思い当たった様子だが、生憎日暮の記憶では聞き覚えはあれど詳細が出てこない。

 まぁすぐ出てこないという事は要注意の相手ではなかろうし、わかさぎ姫の様子からしてそう悪い相手でもないだろう。と、肌を突き刺すような冷気には目を瞑ってそう判断し、日暮はまた酒を飲み始めた。

 

 のだが。

 

「あ、ほら!やっぱりあたいの思った通りわかさぎ姫だった!」

「ちょっとチルノちゃん早いよー」

「いきなり飛んでかないでよチルノ!」

「こういう時は諦めて自分のペースで追い掛けるのがいいのよ。ねーミスティア」

「とか言ってルーミアも急いでるじゃないの」

 

 わいわいがやがやと予想以上の騒がしさを伴ってやってきたのは、なにやら羽や触角を生やした五人組。思っていたより人数が多く面喰った日暮だが、日暮以外は夜目が利いていたのか驚いた様子もなくチルノを呼んだわかさぎ姫は飛んできたチルノと仲よさげに笑い合っている。

 そして現れた五人組を見た赤蛮奇と影狼はその面子を見るとようやく思い出したようで、「ああ、あいつらか」「夜中に集まってるなんて珍しいわね」と小さく呟いて再び酒を飲み直していた。割と問題ないようだ。

 

「あれ?妖怪の宴会かと思ったけど人間もいるの?」

「本当だ。こんな夜中に危ないよー」

 

 はて誰なんだろうかと羽や触角を見て想像を膨らませていた日暮に、金髪の少女と鳥らしい羽を生やした少女が気付いて話しかける。妖怪は人間がすぐさま分かる物なのだなと日暮は思った。

 

「俺は日暮っていう外来人ってかまぁただの人間で、そこの蛮奇さんと縁あって一緒に飲んでるんだよ。無害無害」

「へー日暮。私はルーミア。妖怪」

「私はミスティア。まぁ妖怪ね。……で、あっちにいる青いのがチルノ、緑で羽生えてるのが大妖精。緑で触角生えてるのがリグル。妖精と妖精と、虫ね」

 

 へぇ虫なのか。と日暮が納得しかけると、そのリグルが慌てて日暮の方に近づいてくる。

 

「違うよ!……いや、確かに蛍ではあるけど、妖怪だよ妖怪!」

「触角生えてりゃ全部虫ぃ♪」

「それは偏見だよ!」

「……まぁ蝸牛にも触角は生えてるし、海老も触角あるしね。虫とは限らないんじゃない?」

 

 仲良いんだなぁと眺めつつそう口だしする日暮。

 思わぬところから変な角度の援護射撃を貰い、リグルはほら!と喉の調子を確かめているミスティアに詰め寄った。

 

「あの人間も言ってるじゃない。そうやってすぐ虫って言うのやめてよね」

「あーあー本日は晴天なり。……よぉしバッチリね。で、何?リグル」

「……鳥頭」

「何よ、捕食するわよ」

「だから虫扱いするのやめてってば!」

 

 日暮は、どうやらミスティアは鳥の妖怪らしいと頭に刻み、今日のつまみに鶏肉持ってきてたらヤバかったかなと自分の幸運に感謝した。時たま勝手に運が消費されてるのってこういうことなんだろう。

 

 もう一口酒を飲んでから日暮が「それで、彼女らはなにしに来たのかな」と隣の影狼さんに話しかけるも、当然影狼にも分かるはずもなく「さぁ?とりあえず、彼女らの分の猪口は無いけどね」という答えしか返ってこない。

 妖怪としての力関係はともかく、彼女らがむやみやたらと妖怪や人間を襲う物達ではないと知っている影狼達は、比較的落ち着いているのだ。まぁ妖精であるチルノと大妖精はともかくとして、ルーミアとミスティアとリグルは、本来人間とは相容れない妖怪なので、日暮にとっては危険である存在ではあるのだが。

 

「で、あんたらはここに何しに来たの?酒ももう残り少ないからあげられないよ?」

 

 そう聞いたのは赤蛮奇。

 わかさぎ姫は未だチルノと談笑しており、今は何やらチルノがどこからか取り出した石をわかさぎ姫に見せており、「これ、わかさぎ姫が喜ぶかと思って」「わあ綺麗!」など微笑ましい会話が日暮の方にも聞こえる。

 

 赤蛮奇の質問を聞いたミスティアが「酒が無いなら菓子を食え♪」とよく分らない歌を歌ったかと思えば、リグルが「うーん……今日は特に何も目的は無かったかなぁ」と思い出すように中空を見据えて言った。

 今日はたまたま五人が集まったので、特に目的もなく一緒に行動しているだけであった。

 

「まあ大体チルノの気まぐれかなー。多分、あそこの話が落ち着いたらまたどっか行くと思うよ」

 

 そう言うルーミアが指さす先にいるのはチルノと大妖精とわかさぎ姫の三人。

 今度は大妖精が石を見せている。

 

「だからとりあえず今は、そうだなあ。ミスティアの歌でも聴いてなよ。でもそこのお兄さんは気をつけてね」

「気をつける?」

 

 何を?と続ける前に、影狼がミスティアを指差して教える。

 

「あの妖怪の歌を聴くと鳥目になるのよ。分かる?鳥目」

「鳥目?あぁ夜盲症ね。ってそれこの時間帯じゃかなりヤバいんじゃ……」

 

 夜盲症は読んで字の如く夜に目が見えにくくなる症状で、どうやらミスティアのそれは人間に効果を発揮するらしかった。

 それは少し危ないかと思った日暮だったが、家が隣の妖怪も一緒にいるのだし、いざとなったら赤蛮奇に引っ張って行って貰おうとすぐさま思い直した。

 

「うん、まあいざとなったら蛮奇さん引っ張って帰ってね」

「いざとなったらね」

 

 そう赤蛮奇がそっけなく返すと、それを合図にリグルとルーミアが日暮たちの近くに座り込む。一緒にミスティアの歌を聴きつつ、ちゃっかり酒を飲もうとしているようだった。

 

「よーし、じゃあ歌っちゃうよー」

「いよっミスチー!」

「五月蝿いなぁリグル。蛍やめて蝿になったの?」

「いつもより酷いよルーミア!」

 

 

 

 

 

 結局、ルーミアの言った通りチルノと大妖精がわかさぎ姫との談笑を終えると、ミスティアの歌が終わるのを待ったはものの、終わるや否やすぐさま別のどこかへと飛んで行ってしまった。

 騒がしい連中だったわねと赤蛮奇が言えば、まあ歌は悪くなかったけどと影狼が言う。そんな二人を見てわかさぎ姫が「二人とも素直じゃないわねぇ」と楽しそうに笑った。

 

 夜雀であるミスティアの歌声をしっかりと聴いた日暮はしっかりと鳥目になったが、よくよく考えればいつも夜明け頃に帰っているので鳥目でも問題は無かった。

 妖怪の歌にしては随分と今風の歌だったなぁという感想を抱き、鳥目になったにも関わらず、また会ったら聴きたいなぁと呑気なことを考える日暮であった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

『紅魔館にて』

 

 

 

 長かった冬が明け、もうじき梅雨になりそうだという頃。

 

 その日、香霖堂の店員または奇妙な外来人こと日暮は、幻想郷へ来てからで一番緊張していた。

 右手に丁寧に包装された何かを持ち、左手はしきりにネクタイの結び目を弄っている。かと思えば髪の毛を弄ったり、目を閉じて深呼吸をしたりと誰が見ても緊張している事は疑いようもない。

 

 そんな日暮は今、霧の湖の畔に立っている。

 今日は別に霧を見に来たわけではないし、昼間なのでいつもの仲良し妖怪らと酒を飲みに来たわけでもない。用件はただ一つ。霧の湖の畔に佇む真っ赤な館、紅魔館のメイド長十六夜咲夜に右手の物をプレゼントするだけである。

 

 勘違いしないでもらいたい。と日暮は誰にともなく心の中で言い訳をする。

 

 日暮は以前、人里にもメイド服でやってくる咲夜に「人里にメイド服ってのは少し違和感あるよ」というような、助言ともおせっかいともデリカシーがないとも取れる発言をしたのだ。

 そのことを日暮はまぁまぁ気にしており、お金と時間の余裕があった時にそれっぽい服を買い、時間の余裕がある今この時に、こうして紅魔館へやってきたのだが。

 

 しかし、そこまで来て日暮は、断じて下心などないのだが、女性に対して個人的なプレゼントを贈るという行為に気恥ずかしさを覚え、そして今まで怖いからという理由で訪れることのなかった紅魔館へこれから行こうということにも、少なからず緊張し。

 結果として門番の視界に入らない場所で(門番が気付かない距離かどうかはまた別として)二の足を踏んでいるのである。

 

 とても不純に聞こえるが、幻想郷に来てから結構な人数の女性とお茶したり酒を飲んだりしているので、おそらく、緊張の度合いとしては紅魔館に入るという事に対するものの方が強いだろう。むしろそれがほとんどを占めているのではないだろうか。

 

 そう自分の事を判断し、お湯を注いでできるラーメンが丁度完成する程度の時間、そのままの場所と姿勢で考え抜き、そして一つの解法を思いつく。

 

 そうだ。幸運を使えばいいじゃないかと。

 

 

 

 

 

「いやぁそれにしてもあの人、日暮さんでしたっけ?以前人里で交わした会話程度で贈り物なんて、随分と律儀な方なんですねぇ。咲夜さんに気でもあるんじゃないですか?」

 

 幻想郷での夕食時。

 すなわち紅魔館での朝食時に、テーブルの上に整然と料理が並ぶ食堂にて、紅魔館の門番紅美鈴がそう話しかけた相手は勿論、主人のティーカップに紅茶を注いでいたメイド長十六夜咲夜である。

 

 日暮は結局、紅魔館に入りたくないがために、日暮が紅魔館を訪ねたその時に、運良く咲夜が美鈴に用事を頼みに来るという幸運を引き起こしたのである。

 それにより日暮は吸血鬼の住まう紅魔館に入らずに咲夜にプレゼントを渡すことに成功し、そのまま悠然と退散することにも成功した。

 

 日暮が立ち去ると、野次馬精神で冷やかす美鈴に促されるまま咲夜が包装を解き、女性物らしき小奇麗な洋服と、添えられた短めなメッセージカードが出てきた。

 これはもしやと目の輝きを増した美鈴がメッセージカードをすぐさま読み、そして不満げな声を漏らした。中身をざっくり言うと、以前人里でメイド服は目立つと言ったことに謝罪すると共に、この洋服は咲夜さんに似合うと思います。どうぞ使ってください。とのこと。

 

 そんな文章を見て、咲夜は日暮に対する好感を強め、良い人なんだなと思ったのであった。

 

 しかしそんな一幕も、今日の午前中の話である。

 てっきりそこで終わった事だと思っていた咲夜は、夕時の皆が集まるこの食事の際にまたその話をされるとは思っておらず、きちんと紅茶を注ぎ終えてから、美鈴の方へ視線を移した。

 

「だって女性相手にプレゼントですよ?魔理沙さんはどう思います?」

「え?私か?」

 

 美鈴から話を振られたのは、魔法の森に住まう魔法使い。霧雨魔理沙である。

 なぜ紅魔館の食事の場に一緒にいるのかというと、本日もお邪魔していた紅魔館の大図書館の主、パチュリー・ノーレッジが今日は夕飯(もしくは朝食)を食べに来たため、折角だからと着いてきたためである。ちなみに、魔法使いである以上、パチュリーは捨虫の魔法もしくは捨食の魔法を取得しているはずだが、何故今日は食事をしているのかというと、ただの気まぐれである。

 

 突然話を振られたため戸惑ったものの、魔理沙はその日暮なる人物とかなり親しい人物である。咲夜に贈り物をしたのが下心などではないだろうとすぐさま想像できた。

 

「いや、日暮のそういうのは想像できないけどな。なんて言うか、積極的な無気力って感じの奴だぜ、あいつは」

「……積極的な無気力?何よそれ」

 

 そう聞き返したのは、黙々とかつちびちびと料理を口へ運んでいたパチュリー。

 

「本当になんて言うのかなあ、こう、割と好奇心旺盛だけど結構危ない状況でもへらへらーっとかわしていくような感じ、かなあ?女がどうこうっていう性格じゃあないのは確かだな」

「へー、随分とのんびりな方なんですね。あの日暮って人」

 

 もっとしっかりした人に見えたんですけど……。と美鈴が言えば、魔理沙は言葉を続ける。

 

「確かに不自然なくらい妖怪相手に妙に好感抱いてるし、無警戒に人里からフラフラと出歩いてるみたいだし、変なこだわりがあったり、結構自由な性格してるみたいだけど、香霖堂で働いてる時とか人里に商品売りに行ってる時とか、真面目な時は真面目なんだぜ?えーと……」

「メリハリのある。とか、けじめを付ける。とか、そういうのだろう?それで――」

 

 話に割り込んできたのは、今まで静かに紅茶を飲んでいた紅魔館の主レミリア・スカーレット。中身が半分ほどになったカップをソーサーの上へゆっくりを置きつつ、美鈴の方を見やる。

 

「――その日暮という男はうちの咲夜に何をあげたのかしら。指輪?」

「いえ、むしろそうだったら面白かったんですけど、女性物の服なんですよ」

「女性物の服?」

 

 どういうことだ?と眉を顰めるレミリアとは対照的に、魔理沙は得心したと言わんばかりに笑みを浮かべ、手に持っていたフォークを美鈴の方へ向けた。

 そんな魔理沙を横目に見てパチュリーが小声で行儀が悪いわよと零すが、本人が気にした様子はなく溜息を吐いた。

 

「日暮のことだ。どうせネクタイが入ってるんだろ?ネクタイはあいつの変なこだわりの一つだ」

「お、正解ですよ。……それで、同封されていた手紙によれば、以前人里にメイド服で来るのは目立つから止した方がいいって言ったみたいでして。言っただけだとただ文句を言ったみたいになって後味が悪いのですし、咲夜さんは買う機会も少ないだろうとのことで、私服をプレゼントしたらしいですよ?」

「無駄に言い訳とか屁理屈が長いのも日暮らしいな」

「……随分と変わった人間のようね」

 

 自分のメイドに手を出そうとする男がどんな奴か聞いてみたかったのだが、何だか思ってたのと違って戸惑いの表情を浮かべるレミリア。彼女としては、聞き覚えのない名前の人間だから、せいぜい人里で咲夜に一目惚れでもした程度の奴だろうと考えていたのだが。

 

 そんなレミリアの表情を見たパチュリーが眉間に皺を寄せる。

 

「……レミィ、あなたもしかしてその人間がただの人里出身の男だとでも思ってない?」

「え、違うのか?」

 

 案の定、日暮の事を知らなかったレミリアは目を丸くして驚く。

 

 以前配られた文々。新聞などで一度は目にしているはずだし、あの人間が幻想郷に来てから一年以上経つのだから名前くらいは耳にしているはずなのだが。

 そう思いつつため息一つ零し、パチュリーは無知な友人に教えてあげる。

 

「日暮って言うのは、大体一年前くらい……丁度あなたが赤い霧出したくらいに幻想郷に来た外来人よ。外の世界に帰りもせず人里にこもりもせず、かと言って距離もおかず幻想郷に馴染んでる珍しい外来人。それに――」

「――しかも香霖堂で働いているんだぜ」

 

 出された料理をあらかた食べ終え、いつの間にか淹れられていた紅茶を美味しそうに飲みつつ、魔理沙がパチュリーの説明を遮って言葉を添える。

 言葉を遮られたパチュリーは不満げに魔理沙の方を見たものの、当の本人が何も気にせず「お、この紅茶美味いなぁ」などと呟いているので、結局何も言わず自分の前に出された料理を再び口へ運び始めた。

 

 そんな二人を見ていた咲夜が口元を手で隠しながら小さく笑う。

 

「一年前からいるなら、何度か私は香霖堂に行っているから見ているはずなんだがな」

 

 そんな男見たことないぞと不服そうに口を尖らせて言うレミリアに咲夜が言った。

 

「私達がお邪魔した時は運悪く不在だったのですよ。香霖堂の店主もその話を何度かしていましたよ?それに、しっかりとではないですが、夏頃に一度だけ帰り際の日暮さんとはすれ違いましたが……」

 

 覚えていらっしゃらないのですか?と口に出さずとも言外にそう告げたメイドの視線に主は怯む。いや待て、少し言い訳をさせろ。

 

「いくら運が悪いと言ってもな、一年でそれなりの回数行ってるぞ?」

「……」

 

 そこまで行ってませんよ。と咲夜は思う。

 これもまた口には出さないが。

 

 レミリアの言い訳に応えてくれたのはまたしても魔理沙であった。

 

「あいつは五日に二日しか香霖堂で働いてないからな。まぁそういうこともあるかもしれないが、運が悪いって言うとあいつの能力も関係してそうだな」

「……外来人で能力持ってるんですか?」

「そうそう。あいつが言うには『運を使う程度の能力』なんだと。まぁ多分幸運ってことだと思う」

「ということは、日暮さんがお嬢様に会わないのは幸運ってことですかね」

「……変だな。あいつ人外に会うの好きだと思うんだが」

「まさかそいつの血は美味いのか?」

「そんなの知るわけないだろ」

 

 魔理沙と美鈴とレミリアがあれこれとうるさく話し始めると、パチュリーが丁寧に食器を置き、おもむろに席を立つ。皿にはまだ料理が残っているのでうるさい三人にうんざりしたのかとも思えるが、その表情に不機嫌さは見られない。

 

「ごめんなさい咲夜、もう食べられないわ」

「あ、はい。お下げしますね」

 

 どうやら久々の食事ではあったが、そんなことは関係なくただただ食が細いらしかった。

 

 パチュリーは咲夜に美味しかったわと告げつつ、何やら話が盛り上がっている魔理沙に声をかける。

 

「魔理沙。私は図書館に戻るけど、あなたはどうする?」

「え?あぁ、パチュリーが戻るなら戻るぜ。……じゃあそういうことで。日暮に会いたいんなら最短で一日最長で三日は香霖堂に通うんだな。それで会えないんなら相当だ」

 

 魔理沙は最後にそうレミリアに告げると残っていた紅茶を一気に呷り、さっさと食堂を出ようとしているパチュリーを追いかけて行った。咲夜が後ろに飛び出たままの椅子を元の位置に整える。

 

「あ、私も門番の仕事に戻りますね。今日も美味しかったです」

 

 そう言って二人に続くように美鈴も席を立つと、あっという間に食堂はレミリアと咲夜だけになった。

 まぁ今日はパチュリーと魔理沙がいた分、いつもより賑やかだったから落差がひどいが、大体いつもこんなもんである。

 

「……ま、とりあえず咲夜が貰ったっていう服の事は良しとするわ」

「そうですか」

「その日暮っていう人間の事は見てみるまで分からないから、会ってみるまで保留ね。……えーと、何だったかしら」

「百聞は一見に如かず。のことですか?お嬢様」

「そうそれよ。……今日も美味しかったわ。咲夜」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 結局、レミリアが日暮に会うためだけに道具屋に通うなんてことはなく、二人が会うのは一人の鬼が起こした宴会ということになり、その時レミリアが執拗に日暮の事を見極めようと絡んでいくのだが、まぁその話はまた別の話である。

 

 

 




 これだけ誤字チェックとかしてないのであるかもしれません。
 あと勢いで書いたし実力に似合わぬキャラ数を書いたので書き分けられてないかもしれません。ごめんなさい。

 次話より永夜抄編になります。
 永夜抄勢のキャラはもちろん、あのキャラならこの時期日暮と会えるよなーっていうキャラを考えつつ考察しつつ小出しにしていくつもりです。
 あんまり出しても書ききれないので一人か二人だと思いますが。

 評価指摘感想等、是非お願いします。



 2016/4/11 自転車のチェーンをはめ直す程度の修正をしました。

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