東方日々綴   作:春日霧

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 東方の楽園の日常を日記に綴る。故に東方日々綴。


その一 六冊目

 月 日 ( )

 

 俺は日記に日付を書かないと決めているんだ。

 

 この一文から始まる俺の日記帳も気が付けば六冊目である。早いものだ。

 しかし残念ながらもうこれ以前の五冊を読むことはできない。

 

 なぜならこれを書いているのがこれまでの我が家でなくて新たな我が家であり、引越しの際に何も持ってこれなかったからである。

 いや、鞄を装備していたときに引っ越したのでこの六冊目となった日記帳と七・八冊目になるであろう日記帳、それから財布と新品の黒ボールペンが二本の三種計六個のアイテムだけは持ってこれた。

 

 正直よく覚えていないのだが、まぁ一生に一度体験できるかどうかという珍しい体験だったので、事の経緯を書き綴っていくことにする。

 

 日付が無いので説明しておくと、丁度巷では熱中症が騒がれるくらいの真夏、数年前から書いている日記帳とそれ用の筆記具がなくなりかけていたので、補充のために(それから運動不足も考えて)アパートから出て近所のスーパーに向かった。

 

 特に何事もなくノートとペンを購入し終えた俺は、再び太陽に身を焼かれつつ帰路につき、何となく遠回りをして木々の生い茂る林道を通って帰ったのだが、その時視界に映った木漏れ日に目を奪われ、なんの気なしに日を見上げてしまった俺は当然ながら眩しさに目をやられて瞳を閉じた。

 そしてよろめくように後ずさった俺の足がなぜか地を捉えず、そのまま穴に落ちるかのように俺は後ろに倒れてしまった。

 

 そのあとに訪れたのは背への衝撃ではなく浮遊感。その浮遊感も記憶の限りでは嫌に長く続き、やがて腐葉土のような柔らかい地面に背を打ちつけた衝撃が訪れた。

 頬に感じるのは湿った風。

 恐る恐る瞳を開けるとそこは深い深い森の中だった。

 

 つまりまあ、よく分からないが神隠しにでもあったようだ。

 話を聞く限りここは死後の世界でもないし隠したのも神ではないみたいだけれども。

 

 森の中にぼーっと突っ立っている俺の元へ通りかかった、魔法使いを名乗るまさしく魔法使いめいた服装の金髪の少女に、よく分らないが神社に連れられて、神聖な神社に似つかわしくない肌の露出が多い巫女さんと出会った。

 

 なんでもこの土地は幻想郷という忘れ去られたものの集う土地らしく、その説明で行くと俺も忘れ去られたものなのだろうかと思ったが、何でも俺の場合は時折外から浮浪者のような物を神隠しっぽく攫ってきて妖怪に食わせるというパターンで入ってきた人間だろうとのことで、外へ帰ろうと思えば帰れるらしい。

 

 それを聞いても何も言わない俺を胡乱な眼付で眺め、帰らないの?と頬杖をつきつつお茶を片手に巫女が聞いてきた。そりゃ当然神隠しなんて遭ったらさっさと帰りたいだろうなとは思った。

 しかし生憎、両親が事故死して大学を二年で辞めて、いかにも社会をドロップアウトしたような奴らと肩を並べてそれっぽい工場で働くも肉体労働が身に合わずこれも辞め、図書館で時間を潰したり惰眠を貪ったりしつつ今後の人生の行く先に苦しめられていたという、いざ書いてみると我ながら凄いなと思わざるを得ない状態だ。

 実感も湧いていなかったが、もしやこれは人生の転機というものなのではないだろうかと思い至った。なにより、それほど帰りたいとも思えなかった。

 

 よって帰るのは先送りにし、この幻想郷という土地で暮らすことにした。着のみ着のままのおおよそ無一文だけど。

 その後は人里と呼ばれる文字通り人の棲む町に案内されて、時代劇に出てきそうな長屋の一室に落ち着いた。

 

 さて、明日からが楽しみだ。

 明かりもタダではないだろう。もったいないので寝るとする。

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 寝て起きても幻想郷だった。夢ではないらしい。

 

 朝目が覚めた時、俺は腕時計も携帯も持たない人間になり果ててしまったので正確な時刻も分からず、昨日この地に迷い込んだばかりなので食うものにも困った。しかし迷い込む前も食事は節約気味だったので空腹には馴れていたので、昼頃に昨日人里を案内してくれた顔役というか地主というか、あの人里の皆から頼りにされていた女性に会いに行って色々教えてもらおう。

 そう思って俺は再び眠った。

 

 ……のだがその女性に叩き起されてしまった。

 よく覚えていなかったが昨日俺に朝起きたら家に来るよう言っていたらしい。

 大変申し訳ない。素で聞き逃してました。

 

 その後早起きは三文の徳だの早寝は健康に良いだのありがたいご高説をしてくださった。

 えーと、名前は確か上白沢けいね(漢字が分からん)だったはず。頭の上に家みたいな帽子を乗っけた長身の女性で、この人里で寺子屋の教師をしているらしい。

 成程通りで人里の人は皆先生と呼ぶわけだ。

 あと人と獣(ハクタク?という聖獣)のハーフみたいなものらしい。半人半妖?だとかなんとか。変身とかできそう。

 

 ただ聞いていてすげーっすねとしか言えなかった。何なんだろうか、ハクタクという生き物は。聞いたことないのでおそらく日本の聖獣ではないのだろう。

 

 とりあえず昨日しそびれた自己紹介を済ませてから、上白沢さんの自宅にお邪魔して朝ごはんを頂いた。正直ちゃんとしたご飯とみそ汁におかずなんて数年ぶりだったので感動すら覚えた。

 

 その後、上白沢さんに色々と話を聞こうと思っていたのだが、何でも寺子屋の仕事があるらしく稗田さんという人のお宅を紹介してくれた。

 幻想郷について知りたいのなら稗田さんに聞けば大体分かるらしい。

 上白沢さんによれば、稗田という家系はこの幻想郷についてのガイドブックみたいなのを代々書いている家系らしく、行けば見せてくれるらしい。

 そいつは重畳ということで俺は早速お礼を述べてから稗田さんのお宅へ向かった。

 

 で、その稗田さんの家、すっごいお屋敷だった。稗田さんのお宅というより稗田様のお屋敷。こりゃインターホンもないだろうしどうしようかと考えていたら、運良くお手伝いさんのような人に遭遇したので、上白沢さんが書いてくれた紹介状を見せつつ事情を話し中に入れてもらった。

 別に紹介状なんていらないかもしれないと言っていたが、無いよりはましなのではなかろうか。お屋敷を見て文化の時代背景を感じ取ってそう思った。

 

 話に聞いていた稗田阿求さんは女子中学生くらいの女の子で、病弱そうな雰囲気だったが美人薄命というような雰囲気でもなく可愛らしい女の子だった。

 その時になって気付いたが、この幻想郷では和服が普通のようだ。俺が着ている服は無地の白いTシャツと黒いズボンというラフではあるが洋服なので、この土地では浮いているのではないだろうか……と書いてはみたが上白沢さんの服装も洋服だった。

 

 軽く自己紹介と状況説明を済ませてから、見せてもらいたかった幻想郷縁起という本を見せてもらおうと思ったのだが何でも今最新版を執筆中かつ構想中らしいので、折角なので阿求さん直々に教えていただいた。なんなら古い縁起を読ませてもらうだけでいいとも言ってみたが、どうも執筆が上手くいかないので軽い息抜き代わりだそうだ。

 

 そうして始まった阿求さんの息抜き代わりの幻想郷講座だったが、おかげでこの幻想郷については大分理解できた。忘れ去られたものなどが流れ着く土地だのなんだの言っていたが、要は奇々怪々奇妙奇天烈魑魅魍魎が横行跋扈しているハードでシビアな幻想の土地ということだろう。

 三途の川に歩いていけるとかすげーな。天狗がいる妖怪の山とか魔法の森とか。しかもそういうのに関わっている人は皆能力めいたものを持っているらしい。格好いい。俺も欲しい。

 運の良さなら自慢できるんだが駄目だろうか。駄目だろうな。言ってみたら苦笑された。

 

 そして今後の予定として役立ちそうな情報も手に入れた。

 人里の外の魔法の森という所にある香霖堂という古道具屋で、外の世界から紛れ込んできた道具を売っている森近霖之助という男性がいるようだが、それらの道具は名前と用途が分かるだけで使い方は分らないらしい。

 多くはないがたまに人里にたどり着いて、幾ばくか住み着く外来人は大抵あそこで物品を換金して行くそうですよという話も聞けた。

 

 あまり持ち物は無いがいつか寄ってみようと思う。

 そう画策しつつ、近寄っては危ない場所とか危険人物を頭に入れてから稗田邸を後にした。

 

 その後、恥ずかしながら上白沢さんから頂いた……いや、貸して頂いたお金で昼を食べ、夕飯もお邪魔させてもらった。お世話になりすぎで死にたくなってくる。

 

 香霖堂の件を相談してみるとそれはいいかもしれないが道具屋の場所が場所なので危ないとも言われた。ここで暮らすのなら、働き先として考えるのも悪くないかもしれないぞ、とも言われた。

 

 まぁ、何とかなるんじゃなかろうか。

 

 

 

 

 

 月 日 ( ) 雨。

 

 昨日の今日でさっさと行って金を手に入れたいところだが、人里の外は世紀末世界と言ってもいいのではないかというレベルで危ない(というか妖怪強い)らしいので、仕方なく機を待つことにした。冒険はしないのだ。

 というのはまぁ言い訳であって、実のところ雨が降ったのであまり外に出たくなかっただけである。まだ傘とか持ってないし。

 

 長屋の天井は雨漏りしなかった。良かった。

 

 ということで、今日は上白沢さんのお手伝いをすることにした。

 朝昼晩と食事(代)をお世話になっていてそろそろ申し訳なさ過ぎて三途にダッシュしたくなるので僅かながら恩返しというわけだ。

 未熟ではあるが一人暮らしスキルが役に立ち炊事掃除を手伝うことができた。

 洗濯は洗濯機がないので断念。今度長屋のおばちゃん達に教えてもらおう。

 

 ついでに書いておくが、一着しかない私服の代わりに古着までもらってしまった。気を使って和服ではなく洋服ですらあった。こりゃもう泣けてきますわ。一時しのぎにどこかの飲食店か何かでバイトでもしようかしら。

 ……バイトという概念があるのかしら。

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 そういえばあの白黒魔法使いちゃん、名前は霧雨魔理沙(真理沙とかではないらしい。)というらしい。なんでも霧雨道具店の店主の一人娘であったが、魔法に現を抜かし親と喧嘩し家を出たらしい。

 いや、喧嘩云々は勝手な想像だが、家を出たということは喧嘩したに違いない。若い頃ってそう言うことよくやるし。でも違ったらごめん。

 というかどう見ても中学校低学年レベルの女の子にしか見えなかったのだが、自立して食べていけるのだろうか。魔法使いってすげーな。

 

 あと紅白巫女ちゃんは博麗霊夢というらしく、こっちもこっちで自立しているらしいがある種のゴーストバスターみたいな感じで食っていけてるらしい。まぁそうでなくとも神職者ってのは食に困らなそうだけれども。

 

 そして今日は噂の香霖堂に行ってきた。

 店主の森近霖之助は少々癖のある人物ではあるが比較的好青年であった。あまり客商売に向いているとは言えない性格ではあったが、商売人というより趣味人の方が面白味があって個人的に好感が持てる。

 

 俺が外から来た人物であると述べると、ふむ、ちょっと待っていてくれと店の奥へ行ったかと思えば、あれやこれやと道具を持ちだしてきては使用法を尋ねたり真意を尋ねたりと騒がしかった。

 やや辟易としつつも、ひと段落ついた隙をついて折角だからバイトの話を頼んでみた。すると思っていたより快く引き受けてくれた。丁度手伝いが欲しかったとか言っていた。昨日までの不安を返せと言いたい。

 まぁ、何をやらせるのか考えるとかその服装のままやらせるのもどうかってことで「また明後日来てくれ」とのこと。想像はついていたが几帳面のようだ。

 

 その後彼が蒐集してきた物について語り合っていたら、件の魔理沙ちゃんと霊夢ちゃんがやってきた。どうやらいつもここに入り浸っているらしい。

 

 ここでバイトさせてもらうという話をしたらそれは大変そうだ、とか俺にあげるほど収入はあるのか、とか身も蓋もないことを言っていた。

 

 確かにあの立地では人里の人間も寄りつかないだろう、と今更ながらに思った。

 なんなら俺が台車でも引っ張って人里で売ればいいじゃないかとも思ったが、霧雨道具店が人里にあるので商売敵になったりするとまずいのかと思い至り、ひとまず心の内に留めておいた。

 

 あと香霖堂と人里を往復するのならと霊夢ちゃんにお札を貰った。護身用にこれ一枚。

 霊夢ちゃんが俺に札を渡すのを見て魔理沙ちゃんが「じゃあ私も」となぜかキノコをくれた。食べれるらしい。おいしかった。

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 今日も今日とて上白沢さんにお世話になり、雀の涙程度の恩返しをしていたが、そういえばまだ人里をしっかりと見て回っていないなと思い午後の人里を歩いた。

 

 香霖堂には壊れたパソコンや冷蔵庫があったが、人里ではこれっぽっちも見ない。精々扇風機くらいだろうか。聞けば妖怪の山の河童に頼めば機械を弄ってくれるそうだが、妖怪ってのは得てして自己中心的であり自由奔放な奴らしいので、すんなりと普通に直してくれることはないらしい。

 河童は比較的人間に友好的とも聞くが、試してみる気は今のところない。

 

 霧雨道具店はすごくでかかった。さすが人里一の道具店である。

 品揃えも良く、金の無い身が惜しまれる。

 

 それと町中でおばちゃん達に「あらやだあなたが最近来た人~?」って感じで話しかけられて、気が付いたら最近の男ってのはどうしてこうも細身なのかしらぁとか色々といわれてた。

 こういう所の新顔の情報とかって広まるの早いよなぁ。

 先生にお世話になってるんでしょう?早く自立しなさいよね。とか色々といわれてぐさぐさと刺さったので、家事くらいはできますし手伝ってますよと言ったら割と驚かれた。良い気分。

 

 しかしまあ、これは森近君に期待せざるを得ない。(収入的な意味で)

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 朝ごはんを頂いて食器を洗ってから人里を出た。懐には霊夢ちゃんのお札である。

 

 そこまで危険なのだろうかと思いつつ、そういう油断が命取りなのだと気を引き締める。自分はまだまだ新参者なのだ。どこに危険があるか分かったものじゃない。

 

 香霖堂へやってくると、森近君が「そろそろ来ると思っていたよ」と中々似合う台詞を口にした。格好いい。幻想郷ってのは美男美女ばっかりだな。

 話を聞く限り、俺は道具の使えるか使えないかの判断とどう使うのかの説明が主な仕事で、つまり整理整頓が主な仕事である。接客はどうか分からない。客来るのだろうか。

 

 あと香霖堂と刺繍されたエプロンを頂いた。なるほど。分かりやすい。

 

 初日ということで、まずは店内にあるものの中で使えそうなものを見つけ出してはメモに使い方を書いて添えて行った。それと、森近君が気になった物の使い方を説明しておいた。

 いや、ファミコンのリモコンだけあってもどうしようもないですよ。売れないですよ。そうなのかい?意のままに操るという用途らしいけれど。いやいや、限られた空間というか世界の中だけですよ。その世界がないんですから使い道は無いですよこれ。

 みたいな感じだ。

 

 それだけでは働いている気がしないバイト精神に基づいて店内を掃除したりしてみた。

 好評だったのでもう俺は雑用係でいいですよと言っておいた。

 

 

 

 

 

 月 日 ( )

 

 二日目で気付いた。この店客いねぇ。

 

 どう考えてもアンティークショップみたいなイロモノ扱いである。

 長屋のおばちゃんとかに聞いたら存在だけは知っていた。存在だけは。

 

 でもちょうど手伝いが欲しかったと言っていたからには、何かしら考えていたと思っても間違いではないと思い、それとなく人里で売ったりとかはしないんですかーと聞いてみた。

 そして森近君の反応はなかなかに好感触であった。今度台車を手に入れてくるらしい。言ってみるものだ。

 霧雨道具店については別に問題ないらしい。しかし森近君の言い方もやや曖昧だったのでこそこそと商売することにする。いや、ショバ代払えやとか言われたら嫌だし。んなことないか。

 

 今気付いたがこの地に迷い込んで一週間、七日経っていた。早いものである。

 未だに給料を貰えていないから上白沢さんの脛かじりみたいな恥ずべき人間ではあるが、まぁ楽しくやっていけるのではないだろうかと思える土地である。

 

 あぁ、そういえば、森近君も半人半妖であるらしい。だからこんな所で古道具屋をやっているのかとも納得した。ちなみに能力は「道具の名前と用途が分かる程度の能力」しかし使い方が分からないので使い方を知っている俺はかゆい所に手が届く存在であるのだ。

 

 まだ純粋な妖怪に合っていないのでちょっぴり会ってみたいとも思う。

 

 それと、今は葉月らしい。葉月って何月だっけ。







 2016/4/11 ばばんと修正。

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