シーマ様とイチャイチャするSS   作:norishio

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仮(2/3)

 サイド3 ジオン公国領空 L2軌道上に存在する暗礁帯宙域。

後にア・バオア・クー宙域と呼ばれることになるその宙域には、ジオン公国が所有する資源採掘衛星がいくつか存在している。

それらの衛星のうち資源を回収しつくしたものは、その内部が改修されジオン公国軍の軍事基地衛星として、密かに作り変えられていた。

 

 これらの軍事衛星はそれぞれが巨大宇宙要塞の一ブロックとなるように作られており、来たるべき地球連邦との開戦後には、核パルスエンジンを装着することで一箇所に集められ、ドッキングすることにより前線要塞として機能することを前提に設計されている。

 

 また、暗礁宙域に隠されたこれらの軍事衛星の多くは、宇宙世紀0078年現在、地球連邦の目からできるだけ遠ざけておきたいジオン軍の「新兵器」モビルスーツの訓練基地としても機能していた。

 

 ジオン公国軍 准士官短期養成学校の機動兵装機械科、もとい軍内部での正式名称はモビルスーツ(MS:戦術汎用宇宙機器)兵装科も、これらの基地衛星の一つを利用して設置されている。

 

 准士官短期養成学校とは、正規士官学校の教育カリキュラムからいくつかの訓練課程を削った必要最低限の士官教育を、9ヶ月という短期間に集中して施し、卒業後は准尉として部隊配属される士官相当の人材確保のため、宇宙世紀0076年に急遽開設された軍学校である。

この学校の卒業生は、正規士官学校の卒業生と同様に尉官待遇での部隊配属が約束されているが、将来的には尉官から左官への昇進が非常に困難であることが事前に明示されており、現場における前線指揮官としての役割のみが期待されていた。

 

 その訓練課程は、短期間における前線指揮官の促成育成という目的から過酷を極めたが、意外なことにMS兵装科を含めた各科の退学者はこれまでに一人として存在しなかった。――いや、学校側が存在させなかったといったほうが正しい。

何故なら、ジオン公国軍の「新兵器」モビルスーツの存在を知り、その運用に関与した人員をむやみに在野に放つわけにはいかなかったからだ。

そして、何よりも基地衛星に設置された軍学校という特異な環境は、いかに厳しい訓練が課されようとも訓練生達にそこから脱走する機会を決して与えなかったからである。

 

 

◆◆

 

 

宇宙世紀0078 3月某日  L2軌道 暗礁帯宙域 ジオン公国軍管轄 軍事基地衛星「ダロス」

 

 シーマ・ガラハウの朝は一杯のコーヒーから始まる。

 

「ほぅ?今日はエスプレッソか・・・・・・悪くない」

 

 軍事基地衛星「ダロス」の重力ブロックに設けられた軍学校の宿舎区画。

その一室に用意された教官用の個人部屋で、温かいコーヒーの注がれたカップを傾けながら彼女はそう呟いた。

「悪くない」・・・・・・と、口では言いつつも、彼女は現在の状況に大きな満足感を覚えている。

 

 彼女はコーヒーに一家言あるような飲食物にこだわりを持つ人種ではないし、その時口にしていたコーヒーが、地球連邦の官僚や将官達の御用達だと噂に聞く、南米産の元種の豆を使用した高級品だという訳でもなかった。

基地内の購買部で購入したと思われるコロニーの農業プラント産の豆を使用したインスタントのありふれたコーヒーである。

 

 しかしながら、朝、目を覚まし、おぼつかない足取りで室内のソファーに向かい足を組んで座ると、無言で目の前に差し出される淹れたての温かいコーヒー・・・・・・である。

おまけに今日は、彼女が教官を勤める軍学校に週一日だけ設けられた余暇日でもあり、忙しなく朝の仕度をする必要もない

朝食の支度もすでに済んでいるのだろうか?鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが食欲を刺激する。

部屋の中も素人目に気にならない程度には掃除、整頓が行き届いており、昨晩は脱いだままで放置した記憶のある公国軍の女性左官用の制服が、シワひとつないようにアイロンがけまでされた状態で、クローゼットのハンガーにかけられている。

おそらくは、一週間分の衣類の洗濯もすでに済んでいるのであろう。

室内の壁に設置されたモニターは毎朝視聴するニュースチャンネルに設定されており、シーマが起床したことでそのボリュームも少しだけ大きく変更される。

 

 そんな穏やかな休日の朝の一幕は、シーマにいくらかの充足感をもたらすものであった。

 

 

 同時に、シーマの個人室内にはそんな朝の一幕を演出した人物が存在した。

シーマが起きる前から彼女の部屋の掃除、洗濯を一手に担い、朝食の支度を整え、彼女が目を覚ましてソファーに落ち着く瞬間を見計らいその目の前にコーヒーを差し出した人物、アスミ・アスカである。

 

「以前に、シーマ教官がコーヒーはエスプレッソがお好みであるとおっしゃられたように記憶しています。購買部で見かけた際に購入しておきました」

 

 彼は上官を前にした新米軍人然とした、やたらとハキハキした語調でシーマの呟きに答える。

その声量は決して大きすぎず、しかし確実にシーマに届く絶妙な加減であり、休日の朝の穏やかな空気を損なわない配慮がされていた。

 

(・・・・・・そんなこともあったか?)

 

 シーマは寝起きの頭から曖昧な記憶を反芻しても、そんなことを言った憶えは引っかからなかった。

しかし、エスプレッソのコーヒーが好みであることは事実である。

 

「そうだったかね?・・・・・・なかなか気が利くじゃないか」

 

「いえ、シーマ教官のおっしゃった言葉は一言一句余すことなく記憶しています。他に欲しいものがありましたらまた申し付けてください」

 

 やけに落ち着いた抑揚のない声で返答を返すアスカの声色には、数ヶ月前に見られた純朴さと若干の小賢しさがすっかりと鳴りを潜め、代わりにシーマからの命令は絶対に聞き逃さず、確実に遂行する、という意思が込められていた。

 

「朝食の準備も出来ていますが、先にシャワーを浴びられますか?」

 

 常の習慣では、シーマが寝起きにすぐに朝食を取るかシャワーを浴びるかはその日の気分によってマチマチであった。

それを踏まえてのアスカの質問である。

 

「いや、シャワーは食べてからにする」

 

 テーブルの上には、合成肉ではあるがソイソースによって香ばしく味付けされたベーコンとトースト、スクランブルエッグにサラダがプレートに盛り付けされており、軍人としては少なめではあるがシーマの好みに合致した朝食メニューがすでに準備されていた。

彼女はそれらを目にするとシャワーの後で温めなおされた食事をとるよりも、先に朝食にしたほうが目の前の料理をより美味しく頂けると考え、食事を先にすることを伝える。

 

「それでしたら、キッチンで温めているスープもすぐにお持ち致しますね」

 

「ああ、頼む」

 

 そして、アスカはテーブルの上の朝食メニューにスープを加えると、彼女とテーブルを挟んで反対側の位置に、彼自身の朝食の配膳を始める。

 

「あぁ・・・・・・それからアレだよ、えぇと・・・・・・」

 

 シーマはそんなアスカを尻目に朝食を食べながらも、ふと頭によぎった質問を言葉にしようとする。

 

「ゼネック(Zeo Net Channel:サイド3公共放送)の占いですか?」

 

 しかし、それが言葉になる前にアスカはシーマの意図を読み取って確認の返事を返す。

 

「そう・・・・・・それだ」

 

「今日のサソリ座の運勢は65ポイントでした。それでラッキーカラーは黒。金運、恋愛運はどちらも普通。仕事運は少し悪くて『頑張りすぎて空回りすることがあるかも・・・・・・一人で考えこまないで周囲の意見を聞いて気楽に構えてみるのも良いのでは?』とのことです」

 

 ゼネック(Zeo Net Channelの略)とはジオン公国国営の公共放送で、ニュースから娯楽、スポーツ、文化番組など様々なコンテンツをいくつかのチャンネルに乗せてサイド3コロニー郡全域に配信している。

外部から隔離された軍事基地衛星でもサイド3公共放送の受信圏にあるため、シーマに用意された教官室のモニターにおいてもZeo Net Channelが視聴可能である。

 

 このニュースチャンネルの朝番組でオマケのように設けられている星座占いを、シーマは密かにチェックし、日々のささやかな楽しみにしているのであった。

平日であれば、自らで欠かさずチェックするのだが、起床時間が若干遅い余暇日ではすでに星座占いの時間は過ぎてしまっている。

そのため、シーマよりも先にニュースチャンネルを見ていたであろうアスカに占いの結果を尋ねたのである。

 

「・・・・・・まぁ、今日は余暇日だし仕事運なんざ気にするほどでもないかね。ところであたしがサソリ座だって、言ったことがあったかい?」

 

 シーマとしては半分以上期待せずに問おうとした質問であったが、すぐに意図した答えが返ってきたことに少し驚いた。

同時にアスカに彼女の占い趣味や星座を明らかにしたことがあったか?という疑問に引っかかった。

 

「以前、シーマ教官がサソリ座の運勢が微妙で、射手座の運勢が良かった日に『もう一日遅ければ・・・・・・』と漏らしていたもので・・・・・・教官は11月21日生まれのサソリ座だと思っていたのですが・・・・・・間違っていましたか?」

 

「いや、当ってはいるが・・・・・・よく憶えているな」

 

「シーマ教官の言葉は余すことなく記憶しています・・・・・・あっ、プレートは後でまとめて洗浄機にかけておくのでそこに置いたままで結構ですよ」

 

 シーマはアスカの話に納得しつつも、食べ終わった朝食のプレートを流しに持っていこうとするが、アスカからの声で止められる。

シーマは自らの部屋に洗浄機などあったか?という疑問を憶えつつもアスカにそれを尋ねるのも自身が食器の片付けをしたこともないようでなんとなく憚られた。

 

 手持ち無沙汰になったシーマは常の習慣どうりにシャワーを浴びることに決めた。

シャワールームに向かう彼女は、未だ朝食の途中であるアスカを視界の端に収め一つ頷いた後、先ほどまでのアスカとの遣り取りを思い返し、ふと頭によぎった懸念を小さく呟いた。

 

「教化しすぎたか・・・・・・?」

 

 シーマはあまりに快適であるが快適でありすぎる現状と、週に一日だけ設けられた余暇日の朝に、担当教官が目覚める前からその部屋の掃除、洗濯を行い、朝食の支度を整え、目覚ましのコーヒーを用意するという自らの行動に、いかなる疑問も抱いていないであろうアスカ少年を省みて、彼女のこれまでの教導方針とアスカとの関係構築に誤りがなかったか?と少しだけ過去を振り返るのであった。

 

 

◆◆

 

 

 軍学校に入学してからの数ヶ月・・・・・・シーマ・ガラハウ教官とアスミ・アスカ訓練生の関係がこのような形に至ったのには一応の経緯がある。

 

 ジオン公国軍 准士官短期養成学校のカリキュラムは、午前中の座学科目と午後の実技科目という基本スケジュールによって構成になっている。

 

 まず、実技であるが、アスカ訓練生の実技における担当教官は彼が期待していた通りにシーマであった。

そして、入学後のしばらくの期間は実技時間において訓練生の基礎体力向上を目的とした「体育」という科目が設けられている。

 

 この「体育」は、教官が訓練生ごとに、または何人かのグループ単位ごとに課題を与え、それぞれの課題がこなせなければその日の終日まで教練が終わらないというなんとも厳しい内容であった。

このような、ある種理不尽なようにとれる訓練が設定されたのは、「体育」という科目には訓練生の基礎体力向上という額面どおりの目的以外にも、軍隊としての秩序と機能を維持するために不可欠な「上官への忠誠宣誓」の精神を育成するという意図が込められていたからだ。

とはいっても、一般的には教官側も訓練生が努力して可能である上限をうまく見極めて課題を出すもので、あまりに突拍子もない課題を出される者はいなかった。

 

 しかし、軍人としてなまじ優れた洞察力を持っていたシーマは、その上限の見極めが非常に絶妙であった。

特に、入学前の遣り取りからアスカのことを気にかけていたシーマである。

彼に対しては、ことさらギリギリの、全力を出して出して少し超えてようやくこなせる程度の課題を日々課すのであった。

 

 もちろん、アスカとて訓練の中で自分だけがことさら厳しい(ような気がする)課題に、泣き言を言い、実際に涙を流し、不平不満を述べることもあり、訓練当初こそシーマを恨みはした。

しかし、なんだかんだと死ぬ気でこなせばこなせないこともないギリギリの課題を与えられる日々の中で、シーマがアスカの限界をアスカ自身以上に分かっていることを悟る。

すると、入学前からシーマに抱いていた尊敬の念も合わさり、彼女からどんな課題を与えられても「シーマ教官がヤレというならヤルし、出来ると言うなら出来るだろう」と思考するある種の境地に達したのである。

 

 このように、アスカに対する限界を衝いた教練の日々は、彼に「上官に対する忠誠宣誓」を超えて「シーマ教官に対する絶対服従」といった趣の、一線を越えた意識を植えつけるに至った。

 

 

 次に、座学では正規士官学校のカリキュラム中でも、戦史、戦術、戦略、軍政、統率、救命等の他、物理、情報、工学といった特に士官パイロットとして必要な実戦的な内容の科目が受講されていた。

これらの科目のうちのいくつかは、内容理解の為に最低でも一般的なコロニーの市民教育におけるジュニアハイ卒業程度の知識が求められる。

 

 しかし、経歴上ではジュニアハイを卒業したことになっていたアスカだが、その実、ジュニアハイで本来学ぶべき知識をしっかりと身につけておらず、座学科目の理解に難航していた。

もちろん座学には、訓練生の理解度を確かめるための定期的な試験があるわけで、最低限求められる一定の理解度に達していない訓練生には、座学担当の各教官から容赦ない補講が課せられる制度となっている。

 

 そこで、アスカは兼ねてからの約束通り「助けてください、シーマ教官」と言わんばかりに、少しでも余裕のある時間があれば彼女の元を尋ねて、熱心に座学科目の教えを請うのである。

シーマはなんだかんだで面倒見が良く、当初は気が乗らなかった教官職も真面目に勤める心積もりであり、訓練生の質問や指導には時間を惜しまない姿勢であった。

 

 しかし、アスカの座学科目への不理解はシーマの想定を大きく上回っていた。

加えて、余暇日ですら朝からシーマの個室を尋ねてきては、一日中彼女に教えを請えてくるアスカである。

当然、シーマにも教官としての仕事が他にもあるわけで、それらに手をつける時間を圧迫するアスカの存在がハッキリ言って鬱陶しいことこの上なかった。

 

 そのようにシーマのフラストレーションを蓄積させていくアスカであったが、彼も一応はシーマの時間を奪って迷惑をかけているという自覚を感じていた。

そして、ある程度の時を経てシーマの教えとアスカの努力が高じることで、ようやく彼の座学科目への基礎理解が追いついてくると、アスカはシーマへの質問時間を徐々に減らしていこうという気概を見せ始める。

 

 また、同時にこの頃のアスカは、ふだん世話になっているシーマに対して贖罪と感謝の意味を込めて、「迷惑をかけた分、何か役に立つことができないか?何か手伝えることはないか?何でも言ってください」とシーマに訴えることが幾度かあった。

シーマもそれまでにアスカからは勤務外時間での膨大な時間的拘束を被っていたので(その分くらいはコキ使っても構わないか)と軽い気持ちで彼に雑用を押し付け始める。

最初は単純な使い走りや簡単なデータ整理などのちょっとした仕事を任せていた。

 

 しかし、独身の女性士官、金は有っても時間がない、余暇日は週一で一人部屋のシーマである。

教官という人にモノを教える職務もあり、外栄えだけは良く見えるように気をつけていたが、生活していれば部屋の中は段々と汚れていくし、衣類の洗濯物も溜まっていく、申し訳程度に備えられた簡易キッチンは触れたこともないような爛れた私生活であった。

おまけに余暇日になれば手間のかかる生徒が毎週のように朝から尋ねて来るわけである。

シーマの部屋が、良く言えば「生活感あふれた」、悪く言えば「だらしのない」様相を呈することになるのも致し方のないことだったのかもしれない。

 

 シーマはそのような部屋の惨状について一応の危機感を抱いていた。

そのため、余暇日に彼女の部屋へ訪れたアスカに彼女が申し付ける雑用は、しだいに彼女の居住環境の改善を意識した内容に遷移していく。

そして、実技教練によって培われたシーマに対する従属精神の効果であろうか?・・・・・・アスカがシーマに反抗的な素振りを全く見せないことでその内容は徐々にエスカレートしていき、終いには部屋の掃除や衣服の洗濯はもちもん、部屋の認証IDを渡して彼女が目覚める前に朝食の準備させるまでに至ったのであった。

 

◆◆

 

 シャワーを浴びながら、ようやく目覚めた頭でここしばらくの生活を振り返り、シーマは先ほどまでとは間逆の不愉快な感情を覚えた。

それはシーマとアスカが、「教官と訓練生」という関係をはるかに越えて、客観的に見れば「主人と従者」とでもいうべき状態に至ってしまった現状に対してである。

 

「ったく・・・・・・また、やっちまった・・・・・・」

 

 シーマが今回のアスカのように部下や目下の人間から異様なほどに傅かれるのは、初めてのことではない。

いつからであったかは分からないが、シーマは自身の外見や雰囲気、言動・・・・・・言い換えれば「気質」とでもいうものが、指揮下にある人間に対して強烈な統率力と強制力をもたらす「カリスマ性」を有することをはっきりと自覚していた。

シーマ自身にとってはあまり認めたく事実であり、実際に彼女の前で口に出す豪の者はいなかったが、その「気質」を客観的に評すれば「女王様気質」とでも命名されるべきモノなのかもしれない。

 

 女性の社会進出が進んだ時代とはいえ、戦いを生業とする軍組織内ではまだまだ男性社会的な側面が強い。

その中で、シーマの「気質」は時に大きな武器となり、屈強な軍属の男共を相手に渡り合い、対等以上の立場での出世に大きく貢献してきた。

無論、シーマが非戦時において若くして左官にまで至ったのには、彼女自身のパイロットとしての実力と指揮官としての能力に裏打ちされてのことではあるが・・・・・・

 

 シーマはこのような自身の「気質」について、軍人としてのみで考えれば便利なものと捉え大いに活用してきたが、一人の人間としては苦々しい思いを抱くこともあった。

後天的なのか先天的なのかはともかく、この「気質」はシーマ自身が意識して身に付けたものではなく、無理に虚像を演じているわけではない。

しかしながら、シーマに傅く人間の前で、彼女纏う「気質」に反するような「弱さ」を見せれば、その効果とたんに立ち消えてしまうものであるとも感じていた。

シーマ自身、誰かに「弱さ」を見せて同情を買おうなどという類の人種ではなかったが、周囲の誰にも弱みを見せないように気を張って生きるのに疲れを感じる時がないでもない。

また、少なからず「気質」を通して得られた一方的な崇拝にも近い人間関係に対して虚しさを覚えることもある。

 

 現在のシーマとアスカの関係にしても彼女の「気質」が影響して形成されたのだと思い至ると、それが常のこととはいえ彼女は暗澹とした気持ちを抱かざるを得なかった。

 

「あたしとしたことが・・・・・迂闊だったか・・・・・・」

 

 シーマは、自らの額に手を当てて、現在の二人の関係における問題点を改めて見つめ直す。

シーマが問題だと感じたのは決して、自らの内面に関してのことだけではない。

 

 まず、アスカが所属し、シーマが教官に就いている軍学校は戦時に向けた特例的な状況で設立されたとはいえ、士官としての能力を有した人材を育成するための機関である。

決して教官の私生活をサポートする家事能力を身に付けさせるための機関ではない。

このままではアスカに、軍人、それも士官としての能力を身に付けさせるより先に、シーマ専属のハウスキーパーとしての技能を優先的に身に付けさせてしまうのではないかという憂慮があった。

 

 また、二人の関係がこのような形に至ったのにはシーマの「気質」のせいだけではなくアスカ自身の在り方についても問題があるように思えた。

シーマの課した実技教練の成果として、アスカに軍属としての「忠誠宣誓」意識を植え付けられたのは良い。

軍組織の中で上からの命令を理由もなく反故にし、個人的な感情を優先する事など有ってはならないのだから。

しかし、一兵卒であるならばそこまでで良いが、仕官として部隊に配属されれば将来的にはアスカも部下をもって、指揮しなければならない立場になる。

そのようなときに、部下もしくは上官と、今のシーマとアスカの関係のような一方的な従属を強いる強いられるの関係だけでは、決して健全な部隊運営は行えない。

士官として前線に配属されれば、上官の目指す戦略的または戦術的目標を的確に把握し、場合によっては上官に対して提言することも辞さない、また、上官から無茶な命令を課されてもそれを噛み砕いて部下に伝え、納得させ、使いこなさればならないのだ。

今のシーマに従属したアスカを思い返すと、彼にそのような器用な立ち回りが出来るのか?とシーマは不安しか覚えなかった。

 

「さて、どうするべきか・・・・・・」

 

 シーマは自身の「気質」については一先ず棚に上げて、アスカがシーマへの従属状態から脱するにはどうしたら良いかを考える。

まずは、アスカがシーマから好いように使われている現状に対して疑問を覚えさせ、ある種の反骨精神にもつながりうる「自意識」を強く持たせる必要がある。

もちろん、軍学校での訓練課程を半分も消化していない段階で、そういった「自意識」を持たせるのは下手をすると、本人の増長を招くかもしれない懸念もある。

しかし、元来、軍人になろうという気概がありパイロットになるような人間は、軍学校の教官や部隊の上官が強引に抑えねばならないほどの強い自意識を持っている者も多いのだ。

当然、軍学校の訓練もそういった人間に焦点を当てたカリキュラムが組まれるため、「体育」というような訓練生の自意識を抑え付ける教練が設定されているのである。

 

 しかしながら、アスカはそういった自意識が比較的、薄いようで、抑え付ければ抑え付けた分だけ凹み、抑え付けた人間に従ってしまう「気質」であろうこともシーマは薄々感じ取っていたのだ。

アスカのそういった「気質」を放置して、一番身近な教官であったシーマが自身の人を従わせる「気質」を十全に発揮していたことに思い至ると彼女は自己嫌悪にも似た思いを抱かずにはいられなかった。

 

「『教官』だなんて言われてこれじゃぁ・・・・・・ざまぁないねぇ」

 

 シャワーのバルブを止めて、他人にはあまり見せることのない自嘲的な笑みを浮かべた彼女は、アスカ訓練生とこれからどう向き合うかについて考えるのであった。

 

 

◆◆

 

 

「シ、シーマ教官、どうされたんですか?」

 

 シャワーを浴びて室内に戻ってきたシーマを見たアスカは驚愕した声を上げる。

脱衣所から戻って来たシーマの格好が髪も半渇きでバスローブ一枚を纏っただけの姿であった。

普段であってもアスカが室内にいる状態で平然とシャワーを浴びるシーマであったが、シャワーを浴びた後はキッチリとした軍服か、幾分かラフながらも部屋着を着て、髪もセットして戻ってくるのが常であるからだ。

 

 つい先ほどまで思考の海に沈んでいたいたシーマは、アスカの声を聞いて自らの格好に気付いたがあえて気にするほどのことではないと切り捨てた。

 

「アスカ、ちょっとそこに座んな。話がある」

 

 アスカの驚いた声を流してシーマはソファーに座り、テーブルを挟んだ対面へとアスカに座るよう促す。

 

「ハッ、はぁ」

 

 アスカは格好以外にもどこか様子のおかしいシーマを怪訝に思いつつ、その指示に従って彼女の対面に座る。

 

「それでだ。ここ最近気になっていたんだがな・・・・・・ここが軍学校とはいえ今日は余暇日だ。休みの日くらいはあたしのことを『教官』と呼ぶ必要もないし、必要以上に硬い言葉も使う必要もない。入学前のような感じで楽にしていても構わん・・・・・・」

 

 ここ数ヶ月間シーマを呼ぶ際には必ず「教官」という役職名を必ずつけるように意識していたアスカは一瞬迷う素ぶりを見せるもすぐに頷く。

 

「えぇ~っと・・・・・・それじゃあ、シーマさん・・・・・・あっ、教官のことシーマさんって呼ぶの久しぶりですね?シーマさん」

 

 シーマの言うことに素直に従い、すぐに言葉遣いを改めるアスカを見て、シーマは歯痒い思いを抱く。

 

 先ほどシャワー室内で行われた一人反省会の結果、シーマはアスカの自意識を高める意識改革が必要なのではないかという考えに至った。

そして、実技教練での行き過ぎた締め付けがアスカの態度の硬直化させ、シーマに対する服従を招き、結果として家事一切を任せても全く文句を言わなくなるほど自意識を抑え付けたのではないか?

ならば逆に締め付けを緩めてみるのはどうだろうか?

・・・・・・という単純な発想の末、まずは「教官」と「訓練生」という互いの立場を取り払うことで、少しはシーマに対する反骨精神を現すのではないかと意図した発言であった。

だが、目の前で嬉しそうにシーマの名前を呼ぶアスカからは彼女に対する敵愾心はいっさい感じられず、シーマは内心で頭を抱えたくなった。

 

「そうさねぇ、あの時はまだ1月の頭だったか・・・・・・どうだい?ここに入ってしばらくたったが、自分でもずいぶん変わったと思うだろう?」

 

 シーマは内心の苦悩を表には出さず、話に続ける。

また、ここ数ヶ月のアスカの苦労と努力、そして自身の成長を自覚させることによって、彼の自意識の発現を少しでも促せれば・・・・・・という意図を含んだ発言でもある。

 

「そうですね。実技のほうはシーマさんの教導のおかげでかなり体力がついたと思いますよ。座学科目のほうもシーマさんに教えてもらったおかげでなんとかついていけてますし、なんていうか、シーマさんには申し訳ないくらいにお世話になってばかりですね」

 

 シーマの思いとは裏腹に、アスカはシーマ賛美の発言を繰り返す。

 

「そんなにあたしを持ち上げたって何も出やしないよ?でも、おまえさんもいいかげんここの生活に慣れてきただろ?休みになる度にあたしのとこへ来てるが同部屋の連中とはどうなのさ?」

 

 シーマは、このままの流れではアスカの意識改革など絶望的だと考え、彼のシーマ以外との交友関係に話を移そうする。

アスカがシーマ以外の人間にも広く目を向ければ、現在の彼女に対する従属状態に疑問を感じるのではないか、という意図があってのことだ。

 

「同部屋の人たちですか?えぇ、まぁ、皆良い人ですなんですけど・・・・・・ちょっと・・・・・・」

 

 軍学校の宿舎は各4人部屋に詰め込まれ、寝食を共にするのが普通である。

アスカが毎週のように余暇日になるとシーマの元に訪れるが、彼の共同部屋における人間関係についてはあまり聞いたことはない。

言いよどむアスカの反応は、彼の共同部屋における人間関係に問題があるのでは?という邪推をシーマに抱かせた。

 

「いえ、僕の気のせいかもしれないんですけど・・・・・・」

 

 シーマが見る限り、実技教練の時間においてアスカが周囲から隔意的な扱いを受けている様子は見当たらない。

むしろ、小柄な体格ながらも真面目に課題に取り組み要領もいいアスカは、彼と比較して年上しかいないMS兵装科の面々からは好意的に受け止められているような節さえ見受けられる。

しかし、宿舎における共同部屋での人間関係ではまた違った側面があるのかもしれない。

 

「なんだい?気に入らない奴でもいるってのかい?」

 

 やけに引っ張るアスカの物言いにじれったくなったシーマが先を促すと、アスカはようやく決心したように、少し物憂げな様子で言葉を紡ぐ。

 

「なんていうか・・・・・・部屋で着替えるときとか、シャワーを浴びてるときに・・・・・・誰かの視線を感じるような気がして、落ち着かないんです」

 

「・・・・・・そうかい」

 

 シーマはアスカの発言を聞いて呆れを含んだ一言をもらすのみであったが、同時に妙な納得も覚えた。

軍学校には、かなりの人数の女子訓練生も存在している。

しかしながら、その多くが女でありながら女を捨てているような連中である。

また、そうでない少数はそれにふさわしい少数の男とすぐに惹かれ合い、当然、あぶれた男子訓練生が大量にいるわけである。

その上、隔離された衛星基地において若い情欲を持て余した男共にとって、幼い顔つきで体格も華奢、声も高くボーイッシュな女子にも見えないこともないアスカの存在は、目に毒なのかもしれないことが容易に察せられたからだ。

 

 ちなみに、士官学校時代のシーマは女でありながら女を捨てていたグループに属していたので、そういった視線を浴びた記憶はない。

シーマはアスカの告白を受けて少しイラっとしたが、彼の同部屋の人間についてはこれ以上触れないことにした。

そして、同時に今度からはシーマの部屋のシャワーを使っても良いとそっとアスカに伝えた。

 

 




これで全体の2/3くらいになる予定です。

 本来は複座のザクに乗りながら、オリ主とシーマ様がなんだかんだとする話を目指していたんですが、いつの間にか話が逸れてMSは全く関係ない話になりそうです。
シーマ様の私生活がだらしがないなんて設定は原作には存在しませんが・・・・・・個人的にそうだったら良いな、と思ったので書いてしまった次第です。
 軍事関係の設定で「あるわきゃーねェだろォォォーーーッッ」と感じる方がいるかもしれませんが、キャラクターを会話させる為の舞台設定を優先したらこのような感じになってしまいました。
 シーマ様のサソリ座&占い趣味というのは「ギレンの野望」の戦闘敗北時の台詞より妄想。
誕生日は中の人がサソリ座だったのでそこから拝借しました。
 「Zeo Net Channel」の名称も「ギレンの野望」の第二次降下作戦達成時のムービーより拝借しました。
シーマ様(の中の人)がニュースキャスター役をやっているので興味のある人は是非確かめてみてください。

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