アレクサンドラの私兵   作:朝人

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六話

 夜が更けてきた頃。等間隔に篝火の焚かれた回廊を歩むものがいた。褐色の肌とは対照的に白い髪を揺らしながらガラドは進む。

 戦姫の私兵であること、仕事の手際の良さから得た兵からの信頼等によりある程度公宮を出歩くことができるようになっているが、ガラドが行き着く先は来た頃から変わっていなかった。

 仕事に関係のある武器庫、兵達の様子を確認するための訓練場、腹を満たすための食堂。そして、忠誠を誓った主がいる部屋だ。

 今ガラドはその主に呼ばれ向かっている最中だ。

 連れ添っていった侍女の話ではどうやら例の縁談は表向き何事もなく終わったらしく、本日の夕暮れ時には既に帰っていたらしい。その後夕食をとり、不在であった頃の報告や仕事を行っているようだ。

 それだけなら自分を呼ぶ必要はないと思うものの、暫く会っていなかったからか顔を見てみたいと思ったのも事実だ。故にガラドはサーシャの呼び出しに応じた。

 サーシャの部屋に着くとノックを行い、許しを得てから入室した。

 そこには既に寝間着に着替えていたサーシャがベッドに腰かけ微笑を浮かべていた。

「やあ。ただいま、ガラド」

「……ああ、おかえり、サーシャ」

 開口一番は帰ってきたことを伝える挨拶だった。愛称で呼ばれたこと、辺りに人がいないことを確認した後ガラドも愛称でもって返した。

 外回りはガラドが行っているため、いつもと逆のやり取りに少し新鮮さを感じた二人は、どちらともなくはにかんだように笑った。

 

 さて、呼び出しておいていつまでも立たせているのは何かと思いサーシャは自分の隣を軽く叩いた。身分の高い者が横になるもののためかそのベッドは一般的のよりも大きく二人が座るには十分な大きさだ。

 最初は戸惑ったがサーシャ自身が良いと言っているのだ、その言葉に甘えることにしよう。

 そうして彼女の示した場所に座るといきなり寄りかかってきた。

「……疲れた」

 驚いて息を呑むガラド、対照的にサーシャの顔は疲労の色で染まっていた。それで大まかとはいえ何かあったのだろうと察したガラドは抵抗もせずそのままの態勢でサーシャを受け入れてた。

 経緯や理由はともかくサーシャがこうやって人に甘えることは非常に稀だ。他の人がいないとはいえ、自分に対してそんな姿を見せてくれたのは素直に嬉しかった。それだけ彼女に頼られているということだからだ。

「なにかあったのか?」

 十中八九縁談の席で何かしらあったことは容易に想像できる。しかし聞かないとこのままの態勢でずっといることになってしまう。流石にそれは気恥ずかしいので話題としての意味合いも持たせるために敢えて訊くことにした。

 その意図を、いつもなら容易く見通し読み取ることができるはずだが、今はただ「まあね……」とため息交じりに相づちを打つ程度だ。

 どうやら本当に疲れているようだ。

「寝るか?」

 邪魔なら出ていくが? そう言った意味も込めて放った言葉に、しかしサーシャは首を横に振る。

「いい。今はただこうしていたい。ただ眠るよりこっちの方が落ち着くから」

 静かに目を閉じ、されど安堵の表情を浮かべてサーシャは更にその身を預けてきた。

「そうか」

 触れれば壊れてしまいそうな、そんな儚さを持つ白い肌。髪はいつにも増して艶がないように思える。恐らくだが今回行った『縁談』は精神衛生上良くなかったのかもしれない。それは行く前からある程度分かっていたことだが、予想よりも酷かったのだろう。

 本来ならすぐに休ませた方がいいのだろうが、そこは本人たっての希望だ。暫くは付き合うことにしよう。もしかしたら呼び出した理由もこうして甘えるためなのかもしれないのだから。

「………………」

 しかし、そうはいうもののやはり気恥ずかしさは一向に消えない。寧ろ先ほどより密着しているため心臓の高鳴りが幾分か速くなっているようだ。

 周りが静かな所為か余計に自分の心音がうるさく聞こえる。近いこともあってサーシャにも伝わっているのではないかと思える程だ。

 下手に動けず手持ち無沙汰になってしまった。どうしようかと思ってサーシャを見るとうつらうつらと舟をこぎ始めていた。

 やはり、疲れが出ているらしい。慣れないことを行ってきたことと、久方ぶりの長い外泊の所為だろう。

 戦姫の中で年長者とはいえ、それでも十分に若い。「苦労は買ってでもしろ」とは何処の国の言葉だったか? だが流石にサーシャは苦労し過ぎだ。病だけでなく戦姫としての重役もある、おまけに辛いことは他人に悟らせないようにする徹底ぶり。ガラドでなくても心配するのは当然だろう。

 だからだろう。自然と手は動き、優しくサーシャの頭を撫でていた。それは労うものとしてであり、同時に心配してるからこそ行った行為だ。

「あ……」

 夢現(ゆめうつつ)を彷徨っていたサーシャの口から小さく声が漏れた。

 この感触を味わったのは一体いつ以来だろう。少なくとも今は亡き母と一緒に暮らして時には当たり前に感じていた温もりだ。しかし、それはいつしか感じる事ができなくなっていた。

 母が亡き後は自らの宿命を知り、その刻限までに幸せを得ようと『素敵な旦那様』という夢を求めて旅に出た。それから誰に頼ることもできず厳しい一人旅をして、十五の頃には戦姫としての地位に就いた。

 周りが皆冷たい人間ばかりでないことは知っていた、部下に恵まれ、エレオノーラのような親しい友人もできた。皆労わってくれたり、励ましてくれたりと支えてくれた。

 それでも、それでもだ……誰かこのように頭を撫でてくれた人はいただろうか?

 彼らは言うだろう、「頼って欲しい」と。彼女達は言うだろう、「力になりたい」と。

 しかし旅をしてきた環境が、戦姫としての地位が、戦姫内での立場が彼女(サーシャ)にそれを許すことは今までなかった。

 彼女はいつも頼るのではなく、頼られる存在になっていた。強く生きようとした結果『弱みを見せる』ことをしなくなっていたのだ。

 そうなってから数年。久しく、本当に久しぶりにその温もりを感じたサーシャはゆっくりと微睡みの中に落ちていく。

 それを与えてくれる、『弱みを見せれる相手』の手は大きくごつごつとしていて記憶の中の母のとはまるで違っていた。しかし、その温もりだけは唯一同じように感じられる。

 あの耳障りだった貴族達の言葉も、長旅の疲れも全て忘れて、ただ幸せな夢を見れるようなそんな心地に包まれた……。

 




原作でバルグレンの後継者が出ようともこの作品はサーシャ一筋で行きます。

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