アレクサンドラの私兵   作:朝人

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サーシャ視点


五話

 はぁ……。

 口にも表情にも出さず、しかし心の内にてため息が漏れた。

 目の前には滅多なことでは食べられない豪勢な食品が並んでいる。既に冷めているものもあるが、それでも食欲が弱まらないほどに完成されたその前で、しかしサーシャは浮かない気持ちだった。

 言うまでもなく理由は迎いの席に座る男達の所為だ。下は十五辺りから上は四十近い着飾った男性が数人。皆、サーシャの伴侶として、そして枷として選ばれた者達だ。

 正直な所縁談自体には興味があった、それで相手が見つかるとは思っていなかったが元々小さな村で育ちそういうこととは無縁だったサーシャはどんな物なのかと関心は抱いていたのだ。

 しかし、いざ体験して彼女は激しく後悔した。別段期待はしていない、ただ興味があっただけだ。だがそれにしても酷かった。

 口を開けば家と自分の自慢ばかり、偶に思い出したようにサーシャを褒め称えるも内容は全部似たり寄ったりで「美しい」や「綺麗だ」と取って付けたようなものばかりだ。仕舞いには「流石は戦姫殿」とまで言う始末。この時点でサーシャは帰りたい思いで一杯だった。

 確かに相手に気に入られようとする気持ちは解る。その為に自分の長所を主張することも、相手を煽てるのも解る。

 しかしその結果、目の前にいる本人が見えてないのは戴けない。

 彼らの放った言葉は他人から聴いたものだけで、彼ら自身が感じたものなどなかったのだから……。

 アレクサンドラとしてではなく戦姫の一人と見た瞬間からサーシャは彼らを見限ったのだ。眼前の愛を誓い合おうかという女性すら見えずに何が伴侶か……。

 こんなことなら素直に断っておけばよかった。そうすれば今頃街を視察するなり彼の工房を訪ねたり出来ていただろうに……。

 ――あ、でも、それだとガラドが怒っちゃうか。

 ふと思い浮かんだ光景、雪が積もったレグニーツァの街中ではその肌の所為で異様に浮いてる青年が「寒いんだからと安静にしてろ」とでも言わんばかりに顔を顰めていた。

 当たり前のように浮かんだ風景に当たり前のように浮かんだ人物にサーシャは僅かばかりに口元が緩んだ。

 付き合いはそう長くなく、出会った当初はここまでの関係になるとは思ってもみなかった。

 だからだろう。周りの騒音を少しでも薄めたいと思ってか、感傷に浸るようにサーシャは昔のことを思い返し始めた。

 

 

 サーシャ自身が初めてガラドと出会ったのは牢屋だった。しかも賊や他国のではなく自国の牢屋でだ。

 聞けば春の終わりに海賊の拠点の一つを潰したらしい。その際に捕らえられていた彼を発見したとのこと。その風貌から最初は海賊の仲間かと思われたが、発する言語が未知の物であったことや潔く捕まったことからその線は消え、海賊に捕まっていた異邦人だということがわかった。

 しかし身元も言葉も分からない上、一体どんな国の人間で敵意も悪意も知れない。結果、仕方なく牢に入れた後サーシャに報告したらしい。尤もこの時サーシャは体調を崩しており、彼女の耳に入ったのはそれから二日経った後だったらしい。

 だがその二日という短期間の間でガラドはジスタートの言葉を覚えた。初めは身振り手振りで見張りからペンと紙を貸して貰えるように要求し、それが通った後は紙に何かを書き殴っていく。

 終わった後は見張りに渡し、また身振り手振りで今度はそれを読み上げるように伝えた。

 そこにはたくさんの言語が並べられていたが、勿論彼らが外国の言葉を知るわけがない。しかしその中には辛うじて読み取れるものがあり、その言語を知った彼は拙く片言ながらに確かに「ありがとう」と言ったらしい。

 これは何十年も掛け世界を周り色んな言語を知ったガラドだから出来た芸当だ。国が違っていても遥か昔に流用されそのままその国の言葉としてなり上がったものがある。そうでなくても、それに近い言語を特定され出来れば通じることもある。

 経験上それを知っているガラドはこの国の言葉を覚える為にも自己紹介や軽い身の上話をし、見張りからジスタートやレグニーツァ、戦姫について聞いた。

 話をする内に段々饒舌になっていき、サーシャが対面する頃には不自由がない程に舌が回っていたらしい。

 

「はじめまして、貴女がこの公国で一番偉い人である戦姫、アレクサンドラ様ですね。私はガラハルド、ある物を求めて旅をしている者です。気軽にガラドと呼んでいただいても結構です」

 そして対面の際僅かながらに警戒していたサーシャとは真逆に笑顔で出迎えたガラド。捕虜、もしくは罪人のように牢に入れられているというのにその予想外な対応に面を喰らったのは今でも覚えている。

 それから幾つか質問していく内にその人柄を知り、仕方がなかったとはいえこんな扱いをしてしまったことに罪悪感を覚えた。しかし当人曰く、こんな扱いを受けたのは一度や二度どころではないらしい。だから気にしなくていいとのこと。

 それはガラドが寛容だったとかではなく単なる事実であり、サーシャもそれが解ったから彼の話をもっと聴こうと思った。

 しかし現実は由としなかったらしい。

 急な発作が起きサーシャは彼の前で倒れたのだ。そのことに付き人は慌てて介抱したり医者を呼んだりした。

 そうして忙しなく目の前で事態が変化していき、気付けば彼は一人取り残されていた。

 

 日を改めて見張りの兵に訊くとどうやら彼女は病に侵されているらしい。それも医者ですら匙を投げる程の重い血の病に……。

 詳細を知らない一兵士から聴ける情報はかなり限られていたが、断片的とは言え彼女がどういう状況か把握出来た。

 そのことを頭に入れ、自分の持ってる知識と技術、経験を当て嵌め思考する。

 半刻。腕を組んで石の様に動かないでいたガラドは静かに瞼を開くと見張りに言った。

「もしかすると、私なら何とかできるかもしれませんよ、それ」

 

 それから僅か数日。ガラドはその言葉を現実の物とした。

 鍛冶場とある鉱石を借りて例の腕輪を完成させ、見事にサーシャの症状を抑えることに成功する。

 むろん最初は家臣達に猛反対された。医者でさえ匙を投げるような難病を何処の誰ともしれない者にどうにか出来るはずがないと……。

 しかし当のサーシャや一部の兵や家臣はむしろ異邦人だからこそできる手立てがあるのではないか? と考えた。何せ世界は広い、海に面した公国ということもありレグニーツァは交易も盛んだ。その際運び込まれる物には自分達が見たこともない品物が幾つかある。

 それを見る度に自分達が知ってる世界は本当に僅かでしかないのだとサーシャは思っていた。その「未知の世界」から来た彼だからこそ自分達には想像もつかない方法を知っているのではないか。

 本人たっての希望と更にガラドの「効果がなければどんな罰でも受ける」という自信から反論出来ず、ただ見守ることにした。

 そしてその試みは見事に成功した。

 ガラドから説明を受け、永続的な物ではなく更には完治することはないと知らされたが、それでも症状はかなり抑えられ体が軽くなり、久方ぶりに自分の脚で疾走した時はあまりに嬉しくて涙すら浮かべた程だ。

 完治は出来ないと聞いて「話が違う」と喚く者もいたが、サーシャは感謝していた。そもそも、彼は「何とか出来る」とは言ったが「治せる」とは一言も言っていない。下手に希望を持たせて効果がないよりは遥かにマシだし、完治は流石に高望みし過ぎだろう。

 兎も角として、当のサーシャ本人が納得しているのだから、他人が口を出すのは無粋なのだろうが……それは皆サーシャを大事に思っているが故だ。

 それからガラドは自分を雇って欲しいと進言してきた。兵士として、ではなく鍛冶師として。鍛冶の腕前は兵士から聞いた限りでは相当なものらしく、サーシャ自身も身を持って体験している。病を抑えられる程のなにかしらの“力”を付加するだけならまだしも、本場の職人が作ったような装飾品としての質も高い。恐らく武具の類いを頼んでも大丈夫だろう。

 不思議とそう思ったサーシャは迷うことなく彼を雇うことにした。

 

 ――きっと、これが馴れ初めだったのだろう。

 

 他にも彼が旅をしている理由や、その為に雇って貰おうと密かに思っていたことはあったらしい。

 それでも、今尚自分の傍に居続けてくれる。目的の為にも効率の良い方法は幾つかある、しかしそれはレグニーツァから離れなければいけない。その為の段取りや手配をすると言っても彼はサーシャの傍を離れる気はないらしい。

 この前の件が特例なだけでガラドは基本レグニーツァ、サーシャの下から去る気がない。少なくともジスタートにいる間は自らが選んだ主に仕え続けるようだ。

 

 心此処に在らず。

 そんな私兵のことを考えた所為か、早くこの縁談が終わって欲しいとサーシャは改めて思った。

 はぁ……。

 今度は、少しばかり溜め息が漏れた。

 


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