アレクサンドラの私兵 作:朝人
青く澄み切った空を見上げガラドはふと息を漏らす。快晴とはいえ未だ冬真っ只中の所為か吐息は白い煙として一度は形を成してから霧散した。
その様子に傍に控えていた兵士の一人がどうかしたのか?と問いてきた。
「いやなに、今頃我らが戦姫殿は豪勢な食卓にありついているのだろうと思ってな」
その言葉に兵士は「でしょうな」と苦笑を漏らし頷く。
「ま、仏頂面か愛想笑いをしながら、だろうがな」
しかし続けて出した言葉には首を捻った。何故かは分からないらしい。
仕方ないか、表向きはただの縁談だからな。
今回の件に関して詳しい内容を知るものは多くない、ガラド含め数名といったところだ。
それというのも今回の縁談はジスタート王が設けたものらしいからだ。サーシャ曰く「良く言って慎重、悪く言うと消極的、保身的」な彼の王は、その性格故に戦姫を恐れているらしい。超常の力を持ち、何らかの切っ掛けで争いを起こす虞のある彼女達を現王は持て余していた。
それにはサーシャも例外なく含まれている。しかし彼女は病を患い、将来死が約束されている身。おまけに二年前から発症し動くことが困難だった。故に放って置いても問題はないと思っていた。……ガラハルドという異邦人が来るまでは。
ガラドが来てからレグニーツァに変化が起きた。
まず公国を治める戦姫、アレクサンドラの病を抑えることに成功する。これによりサーシャは全盛期程ではないにせよ動ける体になった。常に案じていた兵や民にとってそれは何よりの吉報だった。例えそれが一時凌ぎのもので本当の意味で病から解放されたわけでなくても、彼らには十分であった。
もう一つは兵力の底上げだ。これは兵の数が増したわけでも練度が上がったわけではない。単純に装備品の強度と精度が上がったのだ。従来のよりも軽く硬いそれを作ったのはガラドだ。亜人としての特異な能力を持たずとも、武器の製造を生業とする一族に生まれた彼の技術は既に匠の域を超えている。おまけに海の向こうの技術と知識も持っている為に、こちらでは考えつかないアレンジを加えることも出来る。
そうすることで兵を本来のスペック以上へと仕上げたのだ。一例を挙げるなら重装兵でありながら歩兵と同じ足とスタミナを持つことが出来るようになる。その結果レグニーツァの兵力はジスタートの中でも一、二を争うほどとなった。
これに対し小心なジスタート王は危機感を抱かずにはいられなかった。
ジスタートが誇る七戦姫。その中でもサーシャは別格の強さだった。病に侵された今では当時の様な力を振るうことは出来ないが、しかし過去にあったそれは事実として人の脳裏に刻まれていた。それに加え力を増すレグニーツァの兵達。サーシャ自身にその気はなくともその力が自分に向けられる可能性を常に考慮してしまうジスタート王にとって内心穏やかでいられるはずがない。
発端となっているのはガラドだ。もし彼をなにかしらの形で処分できれば彼の王の心も幾分か休まっただろうが現実はそう上手くいかなかった。その情報が耳に届く頃にはガラドは既にサーシャの私兵として彼女の傍に控え、相応の信頼を得ていたのだから。一兵としてなら王の権限で如何様にも出来た、相応の働きをするとはいえ元は異邦人だ、信用できないと言えば失脚すら可能だろう。しかしその王の次に位の高い者の私兵となれば話は別だ。下手に手を出そうものなら逆鱗に触れ危うんでいた事態を自ら招きかねない。
だからこそジスタート王は標的をガラドからサーシャへと変えた。病のことがあるとはいえ未だに伴侶を見つけていないサーシャ。彼女の年齢なら既に結ばれ、早ければ子を設けていてもおかしくはない。
理由は幾らでも作れる、用はジスタート王の息の掛かった者を婿に取らせ、サーシャの枷にしようと考えたのだ。
幸いにして候補は少なくない。先が永くなかろうと病に侵されていようとも関係なく「戦姫の夫」というのは魅力的な地位なのだ。故に上手くいけば抑えることができると思った……。
しかしサーシャは敏い。ジスタート王からその話が挙がった時には既に思惑など見抜いている。
そんな理由で伴侶を持つ気も、望まぬ者と結ばれる気もない。戦姫の中で最も強かった彼女だが、反面他の戦姫達よりも女性的な願望を強く持っている。その彼女がこの縁談に対していい印象を抱くことはあり得ぬことであり、本来ならやんわりと断っていただろう。
だが彼女はその席に向かった。それは戦姫として王を立たせる他に、今後はこのような事を起こさせないように牽制する為らしい。
レグニーツァを発つ直前、悪戯をする子どものようにクスクスと笑いながらサーシャはそう言っていた。
「ほら、こんなもんでどうだ?」
サーシャが発った経緯を思い返しながらも剣の調整を行い、持ち主である兵士に渡す。
それを持ち、その場で二、三度素振りをする。思った通りの剣筋を描くことができた為かご満悦と言った風に大きく頷いた。
「流石です」
「なに、ズレを直しただけさ」
賛辞する兵士に、しかしガラドは謙遜する。生まれた時から鍛冶と共にあった彼にとってこの程度褒められることではないと思っていたからだ。
それでも賛辞を止めない兵士にガラドは照れ臭そうに頬を掻きながら礼を言った。
そしてそのまま逃げるように視線を空に向ける。離れている主が気がかりな所為もあってか、少しばかり表情は曇っていた。
個人的にサーシャが一時的にでも回復したらどうなるのかと思って書いた結果。学のない頭で時代背景とか色々と考えてみたけどこれが限界でした……。
ジスタート王の扱いが悪い気がするけど、狡いとか保身的とか言われたらこんな感じになってしまった。
すまぬ。
あと、元々はサーシャ視点とセットにして投稿する予定でしたが、思ったよりも時間がかかるみたいなので先にガラド視点のみを投稿。サーシャ視点のは後日投稿する予定。