アレクサンドラの私兵   作:朝人

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三話

 焼かれた空気が肌に張り付き身体を火照らす。熱が籠らないよう当たり前の様に身体は発汗を起こした。

 外は雪が降っているというのに夏場よりも汗をかき、まるで蒸し風呂の如く暑苦しい中を鉄を打つ音だけが甲高く木霊していた。

 手に持った槌を振り下ろし、力強く叩く工程を幾度も行う。釜で熱せられ軟くなった鉄の板を何度も打ちつけることで徐々に形を変えていく。そうして、ただの鉄板は兵の命を守る盾へと生まれ変わった。

 本来ならこれで終わり、冷やしてから装飾を施したりするのだが、ガラドは更に手間を掛けさせるべく未だに熱の篭った盾を掴む。手袋をしているとはいえ、それでも熱いことに変わりはなく足早にある場所へと向かう。

 そこは水が張られた巨大な水槽だった。元々あったと思われる石垣に覆われたそれは、元来であれば水が沸いているのだろう。実際溢れないよう多少手を加えられているが、よく見ると呼吸する様に水位が上下している。今尚水が沸いてる証拠だ。

 その、自然の水槽とも言うべきところへ、たった今出来上がったばかりの盾を躊躇わず放り入れた。無論盾として選ばれた材質の物だ。浮けるほど軽くなく、無慈悲にその身は底へ落ちていく。数秒もすれば見えなくなった。

 傍から見れば自棄になって捨てたように思えるだろう。しかしこれはちゃんとした意味のある行為だ。

 水槽の奥を眺めていたガラドは、おもむろに輝く石を取り出す。それは俗に『宝石』と呼ばれる価値のある物……その加工される前の原石。自然界からそのまま引き抜いたような無骨な角張った形をしている、色を見るに恐らくはルビーだ。

「――――――――――――――」

 それを口元にまで寄せると、この国の物とも隣国の物とも違う未知の言語を唱え始めた。

 祈りを籠めるように唱え終えると、今度はそれを水槽の中へと投げ入れた。

 装飾品として高価なそれを正に溝に捨てるような行動に、もし価値が解る者がいたら止めに入っていただろう。しかし生憎此処にそういった者はおらず、原石は静かに水底の闇の中へと溶けていく。

 その事を確認し終えるとガラドはため息を一つ漏らす。

 

「不思議な光景だね」

 振り向くよりも前に背後から声を掛けられた。その、此処数ヶ月で耳に馴染んた声の正体は、やはり自分の主たる人物、アレクサンドラ――サーシャだった。釜から漏れる僅かな光とランプだけが灯す中に彼女はいた。

「中で待ってろって言っただろう。ここはお世辞にも綺麗な所じゃないんだ」

「そうは言っても、一人でただ待つっていうのは流石にもう飽きる程してるしね。勝手は承知だけど見学させてもらったよ」

「……まったく」

 忠告を皮肉を持って返す主に軽く頭を抱える。確かに病に臥せっている間は待つことが仕事のような物だった、春の終わり頃にガラドに会うまではずっとその様な生活を送ってきたと従僕から聞かされたことがある。元来はじっとしていられない性格なのだろう、故に仕事風景を見ようとしたのはある意味合点がいく。

 しかし彼女の身体は健康とは程遠い。それなのにこんな煤で汚れたところに来て具合が悪化したらどうするつもりなのか。ガラドの作った『銀の腕輪』も症状が悪化した場合抑えることが難しくなり、それに合わせて新調しなくてはいけないのだから。夏の終わりに調子を崩し、新調するまでに苦しみ続けたことを忘れたわけではあるまい。

「大丈夫、今日はいつも以上に調子がいいんだ」

 そんなガラドの心配に、勿論サーシャは気付いている。心配されることに慣れてしまっている所為だろう、そういった感情には敏感なようだ。だから少しでも安心させようと微笑みながらそう応えた。

 そうして呆れたようにため息を吐くガラドを横切り、サーシャは先程の水槽の傍に近づく。

 屈んで覗いてみると底の方から微かに光が放たれており、波打つ水面と合わさることで幻想的な光景を作っていた。

「綺麗だ……」

「触るなよ、今熱くなってるから火傷するぞ」

 その光景に見惚れていたサーシャに注意を促す。水面から発せられた熱が空気を伝って肌で感じ取れた。

「これは、一体何をやってるの?」

 当然とも言える疑問にガラドは応える。

「ま、鉱石との融和ってのが妥当な見解だな」

「融和?」

 断片的な情報に小首を傾げる。

「鉱石……特に宝石って奴は大地からの力を多分に含んでいる。普通の人間じゃどうこうできる代物じゃないが、オレの様な存在の場合『殻』を取り除き『中身』だけを別の物に籠めることもできる。つまり、今はその工程過程ってことさ」

 宝石は自然の神秘の一つだ。基本的には石と変わらない鉱石だが、そういった物が特定の場所で何らかの影響を受けた場合に出来上がる。有名なのはルビーとサファイアか、実はあれらは元は同じ鉱石で伝わる地熱の温度が違うだけであの様な色に変化するのだという。そういった際に籠もる力を操る術をガラドは持っているのだ。あの『銀の腕輪』も同じような要領で作っている。

 もっとも、ガラド曰く本当は水槽等を使わずともできるらしく、あくまで浸透させ易くする為の媒体でしかない。しかし此処は彼が生まれた地ではない為「恩恵」を受けられないらしい。

 彼の一族は武具や装飾品を作ることを生業としており、少しばかり人とは異なる所がある……俗に言う『亜人』というものだ。故に特異な能力を持っているし、普通の人間よりも寿命は長い。

「そっか……」

 元より彼が亜人であることは知っていたが、改めて聞かされて、そして直に見て思い知った。

 別に、亜人だからといって差別する気も恐れることもしない……ただ、彼の人生からすればサーシャと過ごす時間は本当に少しだけなのだと思うと、僅かに寂しく感じた。

「……戻るぞ、ここは暑すぎる」

「うん」

 ガラドが手を引くと抵抗することなくサーシャは連いていった。

 

 

「ほら」

「ありがとう」

 煤で汚れた鉄くさい工房を出たガラドとサーシャは今、街から少し離れた小屋にいた。お世辞にも豪勢とは言い難い造り、王の次に偉いとされる戦姫を迎い入れるには相応しくない簡素で質素なそこに二人はいた。正確に言うのならこの小屋はガラドの仮住まい用として使われている。

 そこで上品とは言えない椅子に腰掛け、上質とは言えない茶を出されたサーシャは、しかし気にすることもなくありがたく口をつけた。元よりサーシャは貴族ではない、だから高価な茶を出されなかったからと言って目くじら立てる程神経を尖らせるつもりはない。ただ、流石に冷めた茶を出されていたら皮肉の一つは言ったかもしれないが……。

 一口含むと身体の芯から暖まる様な気持ちになり、自然と表情は柔らかくなる。

「で、何でお前連いてきたの?」

 そのタイミングで先程から抱いていた疑問を口にする。

「それは、視察中にも関わらず誰かが勝手に帰ったからね、主として咎めに来たんだよ」

 言葉とは裏腹にサーシャは微笑を浮かべて答えた。

「オレ、ちゃんと説明したはずなんだがな……」

 

 エリザヴェータとの一件はエレオノーラの助力により無事治まった。関係が完全に修繕されたわけではないが、それでもこれ以上悪化することはなくなったと言える。

 そうして役目を終えたエレオノーラは最低限の挨拶だけ済ますと早々に去っていったらしい。『銀閃の風姫(シルヴフラウ)』の名に相応しい少女だったとガラドは内心で思った。

 それから数日、サーシャの具合も良くなり安定してきたこともあり、街へ視察に赴くことになった。多忙と体調の悪さから暫く公宮に引き篭もっていた為いい気晴らしになるだろうと従僕が進言したものだ。最初は渋っていたサーシャだったが、ガラドもその意見に賛成したこともあり外出することになった。

 街へは私兵であるガラドと二人で気楽に……という訳にはいかず、他に二人の兵を連れていくこととなった。サーシャが病を患っていることは周知の事実、流石に二人だけで行かせるのは不安だったのだろう。

 正直、そこまで仰々しくするのであれば行かない方がいい気もするが、「それはそれ」と割り切った。

 久しぶりということもあり、見慣れない物が並んでいたり、好奇心を燻る噂話を耳にした。思っていたよりも楽しかったが、惜しむべきはガラドと二人になれなかったことだろう。別に、色恋的な意味でそう思ったわけではない。ただガラドは公私混同はしない、サーシャと二人っきりならともかく、他に人……兵などがいる場合公での口調に変わるのだ。仕える仕われるという立場上仕方ないが、やはり改まって他人行儀にされると少しばかり寂しく感じた。

 そこで思っていた以上に愛着があるのだと意識すると僅かに笑みが零れた。

 その肝心の彼だが、いつの間にかある店の店主と話し込んでおりこちらの様子に気づく様子がない。それ故に大事な話でも行っているのかと思ったが、早々に戻ってきた。

 どうしたの? そう訊く前に急用が出来たから先に分かれると告げてきたのだ。

 何故かと問うと以前から頼んでいた貴重な鉱石が手に入ったらしい、しかしどうやら手違いで工房の方にそれらは運ばれたようなのだ。生憎と工房は今無人、盗賊に取られる危険性もあるために一刻も早く戻りたい。

 そう告げたガラドはサーシャが応えるよりも速く兵に彼女のことを任せると駆け抜けて行った。

 残された兵は唖然とその姿を見送り、サーシャは呆れを通り越し、少し腹にきていた。

 そしてらしくもなく、視察を二人の兵に任せ、ガラドの後を追いかけたのだ。

 そして現在に至る。

 

「まったく、キミはどうして……」

 口では文句を言うものの今では怒りは収まっており、表情は穏やかだ。それというのも「貴重な鉱石」というのを目の当たりにして分かったのだが、そのほとんどは「銀の腕輪」の材料だったからだ。つまり彼が言葉も聞かずに戻ったわけは曲がりなりにも自分の為……故に強く言い出すこともできず、その嬉しい気持ちも悟らせないようにぶつぶつと小言だけを呟き続けていた。

「いや、その、なんというか……ゴメン」

 それに対してガラドは意外なほど素直に謝った。照れくさかったとはいえ詳細を言わなかった、その非は事実からだ。

「はあ……もういいよ、本当のところそんなに怒ってないから」

 実際、サーシャの気は既に晴れている。

 寧ろ先の一件を改めて思い返してみると自分が嫉妬していたことに驚いた。

 主である自分を放ってまでその鉱石は大事なのか?

 二十を超えたというのに、そんな子どもの様な独占欲が未だに自分の中にあることが僅かばかりに恥ずかしい。それを悟られぬよう彼の仕事を見て、落ち着く時間をもらっていたことは当人だけの秘密だ。

 いずれにせよ経緯はどうであれ、結果として二人っきりになることができたのは幸いとも言える。

 予てから伝えようとしていた事を言う前置きとして軽く咳払いをする。

 案の定ガラドは視線をこちらに向けた。そこには「寒かったか?」という意味合いが籠っていたようで、サーシャは首を横に振ってから切り出した。

「実は、近々レグニーツァを離れることになったんだ」

「唐突だな……何かあったのか?」

「あったというより、これからあるって言った方が正確かな」

 サーシャの急な告白に一瞬面を食らうものの、すぐに何かあるのだろうと察した。

 その「何か」を問うと訊かれた当人は言い辛そうに、そして酷く面倒そうに告げた。

「……縁談の席を設けられてね、それで行かなくてはいけないんだ」

 「だから僕がいない間のことを頼みたいんだけど……」そう続けるサーシャの言葉はガラドの耳に届かず、暫しの間を置いてから素っ頓狂な声が室内に響いた。

 




実はアニメではなくマンガから入った口です。
そして明確な描写もなくエレンの回想でのみぼんやりと出たサーシャを見て、「二次するならこの子ヒロインにしそう」とか思ってたら本当にやってしまった私であった。

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