アレクサンドラの私兵   作:朝人

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前半原作参考にしながら、後半オリジナル。そんな感じで書いた。


二話

 ヴァルタ大河と呼ばれる運河を跨いだ先にルヴーシュという公国がある。『雷渦の閃姫(イースグリーフ)』『鞭の舞姫(クヌートス)』とも呼ばれる戦姫が治めており、レグニーツァ公国と共にジスタートの海に面した国である。その為海での揉め事があった場合は、時として互いに協力し合うこともあるのだ。

 しかしながら当然のことだが、国とは人が成すものであり、人とは十人十色いる。特に住まう土地が違う場合、信仰や習慣も変わってくる。更に言えば、上の人間の思考も同じとは限らない。

 些細なことから争いは起きるもの。

 今回のそれはまるでその言葉を体現したかのようなものだった。

 

「お帰り、ご苦労だったね、ガラハルド」

 

 エレオノーラが率いた軍勢と共に帰国を果たした褐色の青年――ガラハルドは、自身の名を呼ぶ一人の女性に頭を下げた。

 

「只今を以って帰還致しました、アレクサンドラ様」

 

 最低限の家具しか置かれていない簡素な部屋、そのベッドに身体を起こした人物こそがガラハルドが現在仕えている主だ。

 『煌炎の朧姫(ファルプラム)』『刃の舞姫(コルティーサ)』の異名を持ち、このレグニーツァ公国を治める戦姫、アレクサンドラ=アルシャーヴィン。

 肩の辺りまでで切り揃えた艶のない黒髪、病的に白い肌が特徴的な女性だ。その見た目に相応しく、彼女は病に侵されている。遺伝性の血の病気、実質治す手立てのないそれに彼女の身体は蝕まれていた。

 その為戦姫でありながら戦うことができない、仮に無理を通してもそう長くは持たないだろう。だからこそ彼女は旧知の仲であるエレオノーラに助力を求めたのだ。

 現在レグニーツァは隣国であるルヴーシュとある問題を抱えていた。

 夏の半ば、両国揃って行った海賊討伐。それそのものは滞りなく済んだのだが、問題はその後からだった。ルヴーシュを治める戦姫、エリザヴェータ=フォミナが苦情を述べた、内容は『アレクサンドラの軍が海賊をエリザヴェータの軍に誘導し、負担を強いた』というものだ。

 無論悪意あってのものではない。報告書を見る限りは「どちらとも言えない」とする彼女だが、戦場――ましてや海上戦となれば潮の流れや風の強さに影響されることもあり、珍しいことではない。しかし、だからこそかエリザヴェータは納得しなかった。それを隠れ蓑にする、という邪推すらできるからだ。

 調子を崩した後も手紙でのやりとりを行なっていたが、それも秋の半ばで途絶え、そして現在に至る。

 エリザヴェータは軍を率いて迫っている。エレオノーラに助力を求めた理由がこれだ。

 本来であればレグニーツァを治める戦姫としてアレクサンドラが自ら軍を率い退けなければいけない。しかし病に臥せっている彼女が戦場に立つのはかなり厳しい。ガラハルドによって昔より持ち直しているとはいえ、予断は許されない。兵からも「大事にして欲しい」と声を上げる者もいる。

 故に急で不躾とはいえエレオノーラを頼ることにした。忙しい身でありながら来てくれた彼女には本当に頭が上がらない。

 彼女のことを詳しくは知らないガラハルドだが、自身の主であるアレクサンドラが信頼を寄せる人物だ。ならばこの件はもう心配はいらないのかもしれない。

 

「私がいない間に体調を崩した、と耳に挟んだのですが?」

 これでようやく一息つける、そう思う前に帰還してすぐ兵から聴いた話を口頭に出す。それを受けたアレクサンドラは「ああ、やっぱり知られたか」と苦笑を浮かべた。

 元より隠す気はなかった、自発的に言おうと思っていたのだが、どうやら先に耳に入ってしまったらしい。

「うん、心配をかけてゴメン」

 下手な言い逃れや言い訳はせず、素直に認めたアレクサンドラ。申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女の近くにまで寄ると許可を貰い、その細い腕に手を掛けた。

 白い衣装の袖から晒されたそこには、一つの銀の腕輪がはめられていた。それに手を触れるとガラハルドは表情を濁らせ腕から外した。その後新しく持ってきた同じ銀の腕輪を着けなおす。

「あ……」

 瞬間、僅かな声と共に軽く息が漏れた。辛さや重みが抜け、身体が軽くなったような感覚に見舞われると、「大丈夫」という意味を込めた微笑をガラハルドに向ける。

 腕から手が離れると、アレクサンドラは手を握って開く。それを数回行い、ちゃんと力を込めれることが分かると口元が微かに綻んだ。

「いつもありがとう、ガラド」

 そして、その状態にしてくれた相手に礼を言う。堅苦しい名前ではなく、愛称で。

「いや、元はと言えばオレの見積もりが甘かったんだ……辛い思いをさせてすまない、サーシャ」

 それを(おおやけ)の時間を終わらせる合図であることを察するとガラハルド――ガラドも呼び方を変えた。親しい者だけが呼ぶ彼女の名を。

「大丈夫だよ、慣れてるから」

「そういう問題じゃない」

 あっけらかんとそう応えるサーシャに呆れ、ため息混じりに言う。如何に慣れていようと辛いものは辛い、それを表に出さないように努めるその姿勢を、しかしガラドはよしとしない。

 彼女の病は治す見込みのない酷く重いものだ。おまけに今回に関しては落ち度は完全にガラドにある。もし予め腕輪の予備を彼女に渡していたらそんな思いをせずに済んだはずだからだ。

 故に彼女はガラドを責める理由と権利がある。

「いいんだよ。それを言ったらキミを使者として送り出した僕の迂闊さが原因でもあるんだから」

 しかしサーシャはそれを否定する。事の重大さを示す為に最も信頼している私兵を遣わせた。だがその私兵は言うならば彼女の延命剤、迂闊に手元から放していいものではなかったのだから……。

 サーシャの意図を察したガラドはこれ以上何も言わない。このまま上食い下がっては彼女の厚意を無に返すことになる、流石にそれはいただけない。立場はともかく仮にも自分の方が年上、子どものような意地を張ってどうする。

 言い聞かせるように首を振り、気持ちを落ち着かせた。本人がこう言っているのだ、この件はこれで落ち着かせよう。

「それにしてもやっぱり凄いね、これは」

 話題を変える為か、前々からそう思っていたのか、銀の腕輪を撫でながらサーシャは言う。

「そりゃあ、相当良い素材使っているからな」

 照れたのか少し視線を逸らしながらガラドは応えた。

 手首に備えたそれは、簡単に言えばサーシャの病の症状を抑える効果を持っている。その為これを着けている間サーシャは床に伏すこともなく出歩くことが出来ていた。流石に戦うことや戦場に出向くことは止められるが、それでも日常生活には差し障りのない程度には動けるようになる。むろん、先の一件からも分かる通り永続的に効果が続くわけではなく定期的に新しいものに変えていかなければならない。

 そしてこれが重要なところなのだが、あくまで『症状を抑える』だけであり、病を根本から治すことはできない。使い続けても多少寿命が延びる程度だ。

 しかし、それでも自由に出歩けることにサーシャは感謝していた。本来なら立ってエレオノーラを出迎えたかったのだが……今回ばかりは仕方がない。間が悪かったと諦めよう。

「本当にありがとう、ガラド」

 そうして未だに照れてる製作者に感謝の言葉を伝える。その厚意が照れくさかったのか若干顔が赤くなった。

「……では、私は兵の装備の点検に行きます故、失礼します」

 突発的に言葉使いを変え、頭を下げ、身を翻して部屋を出て行こうとする。その姿を見て、「あ、逃げた」と思ったサーシャはクスクスと口元を抑えた。

 ああ見えて意外と褒められることや感謝されることには慣れていないらしい。見た目に反したその可愛らしい部分を、しかしサーシャは気に入っている。時間が取れるのなら少し弄ってしまったかもしれない。

 そう自己分析を行なっていると、扉の前で立ち止まったガラドが踵を反した。

「言い忘れてた」

 その言葉に、伝え損ねたことがあったのか、それとも何か問題でもあったのかと思考を巡らす。少なくともサーシャの方で伝えることはないはずだ。

 何かあるのか? と頭に疑問符を浮かべるサーシャだったが、ガラドが発した次の言葉で納得がいった。

 それは至極当然で当たり前のものだったのだから……。

「ただいま、サーシャ」

 一瞬、面を食らうもののすぐに理解した。

 確かに自分達は挨拶をした。しかしそれは公的な……戦姫と私兵としてのものであって、私的なものではない。

 サーシャとガラドという一個人としてはまだだったことを思い出した。

 ――ああ……。

 だからちゃんと迎えよう一人の人として、女性として。

 自然と綻ぶ顔。よく浮かべる微笑ではなく、歳相応の女の子の笑顔で……。

 

「おかえり、ガラド」

 





……うん、勢いで書いたらなんかこうなった。
アニメ効果か売り切れているところもあり、懐事情もあり原作全巻揃えてないんだ……。
こんな未熟者ですまぬ……すまぬ……。

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