クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 アムネシアの少女 作:気まぐれキャンサー
第5話 まつろわぬ魂 Ⅰ
「時空を超えて侵攻して来る巨大敵性生物、それがドラゴン。このドラゴンを迎撃、殲滅し世界の平和を守るのが此処アルゼナルと私達ノーマに課せられた使命です。ノーマはドラゴンを倒す兵器としてのみこの世で生きる事を許されます。その事を忘れずに戦いに励みましょう」
『イエス、マム!』
アルゼナルにある教室、そこでは指導員のノーマの女性がまだ幼いノーマの子達にドラゴンと戦う使命を教授していた。おそらく幼年部の子達なのだろう。その子達に混じって、フィオナとアンジュは授業を受けていた。尤も、真面目に聞いていたのはフィオナのみでアンジュはというと不貞腐れていた。
「わかったか、フィオナ、アンジュ」
「はい、大体は分かりました」
「・・・・・・」
ジルに問われ、フィオナは返事をしたがアンジュは無視していた。
(アンジュ、絶対に理解してないだろうな)
フィオナはアンジュを横目で見つつ、内心呆れていた。フィオナがアンジュと出会ったのは今朝の事。
牢屋のベッドでフィオナは眠っていた。すると、
ガン、ガン!!
「わっ!え、な、なに?」
突然、何かの音が響きフィオナは飛び起きる。
「いつまで寝ているつもりだ。もう朝だぞ」
果たして檻の外にはジルが立っていた。おそらく彼女が檻を蹴ったのだろう。
「あ、ジル司令。おはようございます」
「おはよう。よく眠れた様だな。すぐに移動するから準備しろ」
ジルはそう言うと牢屋の鍵を開ける。フィオナはベッドから降りて、寝癖と衣服の乱れを整えると牢屋を出てジルについていった。
「そういえば看守から聞いたんだが、お前昨晩は悲鳴を上げていたようだが何かあったのか?」
ジルに訊ねられてフィオナはドキッとするも、すぐに説明する。
「あ、はい。実はドラゴンの大群に襲われてパラメイルと一緒に海に墜落する夢を見て、それで」
勿論、嘘なのだが本当の事を言う訳にはいかないのでそう取り繕う。
「ほう、それはそれは。夢とはいえ災難だったな」
「ええ、本当に。正夢にならないといいですけど」
「戦場という所は非情で残酷だ。たとえ新兵だろうが場数を踏んだベテランだろうが皆に等しく死が隣り合わせにある。お前も腕が立つからといって油断しない事だ」
「はい。それは勿論です」
ジルに言われてフィオナは気を引き締める。と、フィオナはある事を思い出す。
「あ、悲鳴といえば私も昨晩、女性の悲鳴を聞いたんですけど何かあったんですか?」
「ああ、それか。実は昨日、お前の他にも新しいノーマがやってきてな。そいつが聞き分けなかったものだから、大人しくさせてやったまでだ」
「は、はあ、そうですか」
どうやって大人しくさせたかは怖くて聞く勇気がなかった。やがて、部屋の前に着く。すると、
『離しなさい、この無礼者!』
『いいから、大人しくしなさい!』
中からエマが女性と争う声が聞こえてきた。
「あの。何かあったんでしょうか?」
「はあ、どうやらじゃじゃ馬が暴れてるらしい」
「じゃじゃ馬?」
「ああ、今から会わせてやる」
そう言うとジルは部屋のドアを開ける。
「やあ、監察官。難儀だった様だな」
「あ、司令。全く、このノーマは獣(けだもの)ですよ!」
部屋に入るとそこにはエマと金髪の少女がいたが、少女の方は職員2人に取り押さえられていた。その少女の顔を見たフィオナは目を見開く。
(え!?この子、まさかアンジュなの!?)
果たしてそれはフィオナが映像で見た少女、アンジュだった。
「ん?フィオナ、どうかしたのか?」
「え?あ、いや。あの司令、ひょっとして彼女が?」
「そうだ、こいつがさっき言ってたノーマだ」
ジルはアンジュを見下ろしながらフィオナに言う。
「くっ。離しなさい、離せ!私を誰だと思っているのですか!?」
アンジュは職員に押さえられながらも喚き散らしていた。
「やれやれ、大人しくなったかと思えば相変わらずの様だな」
そう言うとジルはアンジュの髪を掴むと顔を上げさせる。
「言った筈だ。お前はもう皇女ではない、とな」
「ち、違います。私はアンジュリーゼ・・・」
アンジュは反論したが最後まで言えなかった。ジルが放った言葉の所為で。
「また、昨晩と同じ目に遭いたいか?」
「!!??」
ジルがそう言うとアンジュは憑き物が取れたかの様に大人しくなるのだった。
「お前に紹介したい奴がいてな。こいつの名前はフィオナ。お前と同じ、昨日ここへやってきたノーマだ。尤も、こいつはお前と違って聞き分けがいいがな。せいぜい仲良くするといい」
ジルはフィオナを紹介するがアンジュは聞いておらず、顔が真っ青になって震えていた。フィオナはそんな彼女を心配そうに見ていた。
「フィオナ、こいつの名前はアンジュだ。詳しくはこれを見るがいい」
ジルはフィオナに書類を手渡す。そこにはアンジュのデータが記載されていた。彼女のプロフィールからアルゼナルへ来た経緯も記されていた。
(洗礼の儀でお兄さんにノーマである事を暴露されて、お父さんは拘束、お母さんは死亡、か。アルテミスが見せた映像そのままだな)
それから、ジルとエマは2人を連れて幼年部の教室へ向かい、現在に至る。
「もうすぐ、ミスルギ皇国から解放命令が届く筈です」
アンジュは現実を受け入れられない様であり、叶いもしない事を口にしていた。
(アンジュ、残念だけどミスルギ皇国にもう帰る場所は無いんだよ・・・)
フィオナはアンジュを見て、憐れみにそう思うのだった。
「監察官、フィオナとアンジュの教育課程は終了。本日付で2人を第一中隊に配属させる」
「え!?第一中隊にですか!?」
2人の会話を聞いたフィオナは反応する。
「あの、第一中隊って、もしかして」
「そうだ。お前が昨日、一緒にドラゴンと戦った部隊だ。ゾーラにはもう通達してある。行くぞ」
「ちょ、離してください!」
「あ、待ってください」
ジルはアンジュの手を取ると教室を出て行き、フィオナも2人について行くのだった。
「ふ~ん。あいつ、本当にここに入隊したんだ。その上、うちの隊に配属で」
ヒルダが双眼鏡で幼年部の教室を見ながら呟く。
「なっ、私が言った通りだったろ。しかも、噂の皇女殿下のオマケ付きと来たもんだ。今からもうワクワクするねぇ」
同じく双眼鏡で覗いていたゾーラは嬉しそうだ。目を付けていたカモがネギを背負ってやってきたと言わんばかりの表情をしていた。
「あの、隊長。お訊ねしたい事があるんですが」
「うん、なんだサリア?」
サリアは手に持っていた書類を見せながらゾーラに訊ねる。
「今日、配属される新人についてです。アンジュという子のデータは詳しく記載されているのですが、例の所属不明機のライダー、フィオナの方は所々、不明な部分や曖昧な所があるんですがこれはどういう事なのでしょうか?」
サリアが出した書類には確かにアンジュとは違い、フィオナのは表記が曖昧だったり、UNKNOWN(不明)と記載されていた。
「ああ、それか。フィオナはどうやら記憶喪失みたいなんだ。フィオナって名前も司令が付けたものなんだ」
『記憶喪失~!?』
ゾーラの言葉にこの場にいた全員が驚いて声を上げていた。が、
「って、一体なんぞ?」
そう言うヴィヴィアンに全員が思わずずっこける。
「お前、知らないで驚いてたのかよ・・・」
ロザリーが呆れながらツッコむ。
「記憶喪失というのはね、自分や過去の事を全く覚えてない事をいうのよ」
「へえ~そうなんだ」
エルシャが説明し、ヴィヴィアンは理解した様である。
「でも、記憶喪失なのにパラメイルを操縦できていたんですか?」
サリアが少し驚きながらゾーラに訊ねる。
「らしいな。だがな、もっと驚く事があったんだ。司令が言うにはフィオナの奴、戦闘したのはあの時が初めてだった上に訓練とかも受けてはいなかったんだと」
『えええええぇぇぇぇぇ!!??』
サリア達は開いた口が塞がらなかった。無理もない。鬼神の如く活躍をした所属不明機のライダーが実は戦闘経験0の素人だと知ったのだから。
「尤も、記憶を無くす前はどうだったかは知らないがな。それにしたって、奴はとんでもないスーパールーキーだよ。初陣でスクーナー級を20匹も撃墜したのだからな」
「20匹!?あ、あの。それって彼女1人で、ですか!?」
「ああ、そうだ。全く、色んな意味で驚かしてくれるよ本当に」
「そうだったのか。道理でドラゴンの数に対して、報酬が少ないと思ったんだ、クソッ!」
ゾーラは笑っていたが、サリア達はすっかり呆然としていた。そんな中、
(馬鹿馬鹿しい、どいつもこいつも鳩が豆鉄砲食らった様な顔して。司令も何考えてんだか。素性も知れない奴を入隊させてさ。何がスーパールーキーだよ、ったく)
ヒルダは心の中で悪態を吐くのだった。必死に実力を付けてきた彼女にとっては、フィオナの存在は面白くなかった。
「それじゃ、後は頼むぞ、ゾーラ」
「イエス、マム!」
ジルはゾーラ達にフィオナとアンジュを預けると去っていった。
「死の第一中隊へようこそ。私は隊長のゾーラだ。サリア、紹介してやれ」
ゾーラはそう言うと2人を押して、サリア達の前に突き出す。
「イエス、マム。第一中隊、副長のサリアよ」
サリアは自己紹介すると他の面々も紹介していく。
「突撃兵のヴィヴィアンと」
「やっほ~」
ヴィヴィアンは元気に答える。
「同じく突撃兵のヒルダ」
「フン」
ヒルダはどこか素っ気無さそうだ。
「軽砲兵のロザリーと・・・」
ロザリーを紹介しようとすると今まで黙っていたアンジュが徐に口を開く。
「これ・・・」
(あ、まずい!)
一言だけだったがフィオナはアンジュが言わんとしている事を瞬時に理解する。映像の中でアンジュは彼女達ノーマを物呼ばわりした為に溝を開く切欠となってしまう。そこでフィオナは咄嗟にアンジュの後ろに手を伸ばすと、
「全部ノー・・・ひぎぃ!!?」
言い切る前に彼女のお尻を思いっきり抓る。突然、走った痛みにアンジュは思わず悲鳴を上げる。悲鳴を上げたアンジュにサリア達も目を丸くする。抓られたアンジュはフィオナの方に顔を向けると、
「な、何するんですか。いきなり!」
涙目になり、お尻を手でさすりながら怒る。
「失礼な事を言おうとしたからだよ」
フィオナはアンジュに小声で窘める様に注意する。ふとサリア達を見てみると、
「何、ひぎぃって・・・」
「あはは~、アンジュって面白いね~」
「聞いたか。ひぎぃ、だってよ」
「変な悲鳴」
呆れていたり、クスクスと笑っていたりしていた。アンジュの顔は羞恥で赤く染まり、フィオナを憎らしげに睨む。対してフィオナの方は、
(よかった。アンジュが変な声を出してくれたから、物呼ばわりしようとした事には気づいてないみたい)
彼女の失言をうやむやにできた事に安堵していた。
「・・・紹介を続けるわね。重砲兵のクリスと同じく重砲兵のエルシャ。あと、あなた達と同じ新兵のココとミランダ。以上が私達第一中隊よ」
サリアが紹介を終えるとヴィヴィアンが2人の前に出てくる。
「アンジュとフィオナ、これからよろしくね」
「うん、よろしくね。ヴィヴィアン」
握手を求めてきたのでフィオナは彼女と握手するがアンジュは無視していた。と、
「ねえねえ、フィオナってさ。昨日、すっごい活躍だったけど戦ったの初めてってホント?それに記憶喪失なんだよね。パラメイルの操縦はどこで習ったの?あの機体はどこで手に入れたの?それから・・・」
「え!?あ、あの、その・・・」
矢継ぎ早に色々聞いてきたのでフィオナも流石に戸惑ってしまう。
「はいはい、落ち着きなさいヴィヴィちゃん。そんなに一辺に質問したらフィオナちゃんだって困ってしまうわ」
「あ、そっか~。ゴメンちゃい」
エルシャに窘められたのでヴィヴィアンは謝るのだった。それから、ヴィヴィアンはアンジュの方に顔を向ける。
「そういえば、アンジュってお姫様だったんだよね。ノーマなのにお姫様だったの?」
「ちょ。ヴィヴィアン、まっ・・・」
ヴィヴィアンの質問にフィオナは止めようとしたが、
「違います!私はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。あなた達ノーマと一緒にしないでください!」
時既に遅く、ノーマと呼ばれて憤慨したアンジュが言い返してしまう。フィオナは思わず額に手を当てて『あっちゃー』と心の中で呟くのだった。
「ハン。自分はノーマじゃないって言いたいのかねぇ」
ヒルダは小ばかにする様に言う。ロザリーとクリスもクスクスと笑っていた。
「でも、使えないんでしょ。マナ?」
ヴィヴィアンに指摘されてアンジュは思わず言葉に詰まるが、
「こ、此処にはマナの光が届かないだけです。ミスルギ皇国に帰ればきっと・・・」
最早、苦し紛れとも言える言い分に全員が呆れていた。
(アンジュ。マナの光は世界中に届いてるし、もし届いてなかったらエマ監察官だって使えない筈でしょ・・・)
フィオナもフォローの言葉も見つからず、呆れる他無かった。
「あーはっはっは。ったく、司令め。状況認識できてないのと記憶が飛んじまっている不良品を回してきたぞ」
一連のやり取りを見ていたゾーラは大声で笑うのだった。
「不良品が偉そうに吠えてるんすか?」
「うわぁ。痛い、痛すぎ」
ロザリーとクリスにバカにされてアンジュはカッとなり、
「ふ、不良品はあなた達の方・・・痛っ!」
「身の程を弁えな!痛姫様」
言い返そうとしたアンジュだったがヒルダに足を踏みつけられて、胸倉を掴まれてしまう。すると、
「それと、アンタ」
「え、私?」
ヒルダの矛先は隣にいたフィオナにも向いた。
「スーパールーキーだかなんだか知らないけどね。あたし等の狩場にいきなり割り込んできて、獲物を横取りするような真似をするんじゃないよ!」
「そうだ!あたし達が稼ぐはずだった分を掠め取りやがって。なあ、クリス!」
「え?あ、うん・・・」
ヒルダに同調する様にロザリーとクリスもフィオナを批判する。(クリスは複雑そうだったが)
(あ~。やっぱり司令の言ったとおりだったね、はぁ・・・)
批判されたフィオナは怒る訳でもなく、心の中で呆れるだけだった。
此処へ来る前、ジルとこんなやり取りがあった。
「フィオナ。お前が配属する第一中隊だがな、実力はあるのだが隊長のゾーラを含めて皆が癖のある者ばかりだ。当然プライドの高い奴もいる。昨日のお前の活躍を快く思わずに因縁を付けてくる奴もいるだろうから気を付けるんだな」
「気を付けろ・・・って、それなら私は別の隊に配属させればよかったんじゃないですか?」
「お前やアンジュみたいな奴は、第一中隊じゃなければ上手く扱えんさ」
そう言うジルは不敵な笑みを浮かべていた。
「まあまあ、みんな。その位にしておきましょう」
「ああん?こう言う勘違い女共にはヤキを入れておいた方がいいんだよ」
「あらあら、そうなの?」
(いや、そこは否定しようよ。エルシャ)
のほほんとしたエルシャにフィオナは心の中でツッコミを入れる。段々と収拾が付かなくなってきたのでゾーラが無理やり収める。
「サリア、2人はお前に預ける。色々と教えてやれ。みんな、期待の新人達と仲良くな。同じノーマ同士」
「くっ!」
「あはは・・・」
ゾーラの言葉にアンジュは忌々しそうだったが、フィオナは苦笑していた。
「よし、訓練を始める!エルシャ、ロザリー、クリス、一緒に来い。遠距離砲撃戦のパターンを試す。サリアはアンジュとフィオナ。ヒルダはミランダ。ヴィヴィアンはココ。それぞれ新人教育をしっかりやんな。では、かかれ!」
『イエス、マム!』
ゾーラ達はそれぞれの場所へと向かって行った。後に残ったのは、フィオナとアンジュ、サリアの3人だけだった。
「行くわよ。フィオナ、アンジュ」
「うん、わかった」
「何人たりとも皇女である私に命令する事などできません」
フィオナは素直に従ったがアンジュは拒否した為、サリアはナイフを取り出すと目にも止まらぬ速さでアンジュを組みとり、ナイフを喉元に突きつけた。突然の事にアンジュだけでなくフィオナも唖然としていた。
「ここでは上官の命令は絶対よ。わかった?」
これには流石のアンジュも素直に従う他無かった。そして、サリアはフィオナにも告げる。
「フィオナ、あなたもよ。いいわね?」
「は、はい。わかりました」
「上官に返事をする時は基本的には『イエス、マム』よ」
「イ、イエス、マム」
それから3人は部屋を出て行くのだった。