クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 アムネシアの少女   作:気まぐれキャンサー

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長い事、更新が途絶えてしまい申し訳ありませんでした。なかなか執筆時間が取れない上に取れても書く気が起きないという二重苦に悩まされていました。それでもどうにか書き上げました。今回が原作6話の最後となります。楽しんで読んでください。ではどうぞ。


第23話 変わらない想いと絆

 昼、第一中隊の面々は射撃場で射撃訓練を行っていた。エルシャはドラゴンに見立てた的に向かって撃つが、

 

 「あら~、ダメねぇ」

 

 彼女が撃った弾は的から大きく外れた。重砲兵という役職に反して、射撃は余り得意ではない様である。

 

 一方でサリアが撃った弾は見事に的の中心を穿った。

 

 「ど真ん中!お見事~、いつまで経ってもサリアちゃんみたく上手く当てられないわねぇ。何が違うのかしら?」

 

 エルシャは胸から取り出したハンカチを振りながらサリアの腕を褒めるが、サリアはエルシャの胸を見ながら舌打ちをする。

 

 「ちっ、四次元バストが……」

 

 実はサリアは年齢の割に胸が小さい事に密かにコンプレックスを抱いていた。しかも部下達の殆どは自分よりも大きいから猶更だ。と、以前ジョゼに言われた事を思い出す。

 

 『サリアってさ、本当に胸の成長が止まってるよねぇ。まあでも、君の年齢でこれはある意味レアだよね。昔の子もこう言ってたよ。「貧乳は貴重だ!ステータスだ!!」ってね』

 

 冗談交じりで言われたがサリアにとっては屈辱だった。そして改めてエルシャの胸を見て、

 

 「……くっ!」

 

 と静かに呟いたのだった。

 

 

 「う~ん、上手く当たらないなぁ……」

 

 そしてここにも的にうまく当てられない子がいた。ミランダである。彼女は近接格闘の成績は良いが射撃の成績はあまり良くなかった。

 

 「ちゃんと脇を閉めながら構えるんだよ。そうすれば反動の影響も受けないよ」

 

 フィオナはミランダに銃の撃ち方をレクチャーする。

 

 「分かってはいるんだけどさ。なかなか上手くいかないんだよね」

 

 そうミランダがぼやいていると、

 

 「やった!ねえ、お姉ちゃん。私、真ん中に当てられたよ!」

 

 ココが喜んでいたので彼女が撃った的を見てみると確かに彼女が撃った弾は的の中心に当たっていた。よく見ると他の弾も中心近くに当たっていた。

 

 「へぇー、ココやるぅ。いつの間に腕を上げたのよ?」

 

 「えへへ、お姉ちゃんに褒めて貰いたくていっぱい練習したんだ」

 

 「そうなんだ、えらい、えらい」

 

 フィオナがココの頭を撫でるとココは嬉しそうに顔を赤くしていた。と、フィオナは考える。

 

 (ココ、近接格闘は普通だけど射撃の腕はなかなか良いな。今はグレイブに乗ってるけど、砲兵になる事を見据えてハウザーに乗り換えられないかサリアに相談してみようかな)

 

 ココの将来を考えるフィオナ。もちろん、ココの意思は尊重すべきなので彼女にも聞いてみるつもりである。すると、

 

 「ええっ!?あの侍女が殺されるって、マジかよ!」

 

 ロザリーの声に射撃訓練をしていたアンジュが反応する。声がした方を見るとヒルダ達が訓練もせずに井戸端会議を行っていた。

 

 「アルゼナルやドラゴンの存在は一部の人間しか知らない極秘機密だって事は知ってる?」

 

 「聞いたことある。ここにやってきて、秘密を知った人間を素直に返すはずがない」

 

 「そういう事さ。かわいそうにねぇ。あんな冷血女を追って、こんな所に来たばっかりに死ぬんだからさ。あいつに関わった奴は碌な事にならない。酷い女だよ、ホントにさ」

 

 ヒルダ達はアンジュを見てせせら笑う。アンジュも集中できずに撃った弾が的から大きく外れる。それを見ていたフィオナは顔を顰める。と、

 

 「お姉ちゃん、大丈夫?顔、怖いけど」

 

 「ココ……うん、平気よ。気にしないで」

 

 ココに気付いたフィオナは彼女に笑顔で返す。

 

 「でもさ、フィオナ。実際の所、ヒルダ達の言う通りだよ。あのモモカって子、このままだと本当に……」

 

 ミランダも心配そうな顔をしていた。

 

 「……いずれにしてもこれはアンジュの問題だよ。私達が口を出すべきではないと思うよ」

 

 フィオナはそう言うと銃を構え、的へ向かって撃つ。弾は見事に的の中心を捉えるのだった。

 

 

 (一先ず、モモカの事は様子を見よう。もしアンジュが動かなかったら、私がモモカを買えばいいしね)

 

 訓練後、廊下を歩きながらフィオナは考えを巡らしていた。すると、

 

 「待ちな、ルーキー」

 

 声がしたので振り返るとそこにはヒルダが立っていた。

 

 「うん、ヒルダ?どうしたの?」

 

 「ちょっと面ァ貸しな」

 

 「どういう意味かな?それに私、これから人と会う約束をしてるんだけど」

 

 「いいから、黙ってついてきな」

 

 有無を言わせない態度に呆れながらも、揉めるのも面倒なのでフィオナはヒルダについていった。人気のない廊下の隅までついてくると、ヒルダがこちらへ振り向く。

 

 「あんた、ジョゼからゾーラの部屋を買ったんだってねぇ?」

 

 「うん、買ったよ。今朝、ジョゼも言ってたけどそれがどうかしたの?」

 

 フィオナが答えるとヒルダは舌打ちをしてから言う。

 

 「だったらその部屋、あたしに渡しな」

 

 「……何で私が買った部屋をヒルダにあげなきゃいけないの?」

 

 「てめぇなんかがあの部屋を持ってたって持て余すだけだろうが。あたしが有効的に使ってやるって言ってんだから、黙ってあたしに渡せってんだよ」

 

 あまりに身勝手な物言いにカチンとくるもフィオナは冷静に答える。

 

 「持て余すかどうかは私が決める事だよ。まあ、どうしてもって言うなら1億キャッシュで売ってあげてもいいよ」

 

 「っ! てめぇ、いい気になってんじゃねえよ!!」

 

 激昂したヒルダがフィオナの胸倉を掴む。

 

 「てめぇといい、痛姫といい、随分と調子に乗ってんじゃねえのか。そんなんだと酷い目に遭うって前にも言ったよな?それとも一度、本当に痛い目を見なきゃ分かんねえか?」

 

 ヒルダはフィオナを脅すが彼女は顔色一つ変えなかった。そして、胸倉を掴んでいたヒルダの手を払うと静かに答える。

 

 「だったらどうするの?アンジュと同じ様に私も落とす?」

 

 「あ?何言ってんだ、てめぇはよ」

 

 「私が何も知らないと思ってるの?それとも本当に忘れてるのかな?だったらこれを見れば思い出す筈だよ」

 

 フィオナはそう言うと懐から1枚の写真を取り出すとヒルダに見せつけた。写真を見たヒルダの顔が青く染まっていく。

 

 「なっ!?てめぇ、何でそんな写真を持っていやがんだ!!」

 

 写真に写っていたのはヴィルキスにランジェリーを仕込むヒルダの姿だった。

 

 「部屋を買ったら特典で貰えた、とだけ言っておくよ」

 

 「ジョゼか!あのガキ、いつの間に撮ってやがったんだ、クソっ!」

 

 ヒルダは悔しそうに顔を歪める。そして、フィオナを睨みつける。

 

 「てめぇ、その写真をどうする気だ!司令に密告(チク)る気か!?それとも、それをネタにあたしを強請るつもりか!?」

 

 喚くヒルダにフィオナは首を横に振る。

 

 「そんな事しないよ。アンジュもあなたがやったってわかってるけど、それを問題にする気はないみたいだよ。私だって、この件はもう終わった事だと思っているし、今更それを蒸し返す気なんかないよ。ましてや強請る気なんてこれっぽっちもないしね。ただ、これだけは言わせてもらうよ」

 

 そう言うとフィオナはヒルダを睨みつけながら、

 

 「二度とやらないで」

 

 と静かに、だが怒りに満ちた声で言う。ヒルダはその迫力に気圧され、後ずさる。

 

 「私はどれだけ嫌味を言われても嫌がらせをされても仲間なら、守るし助けるよ。だけどね、もし私やみんなを裏切ったり、殺そうとしたりするなら。その時は、私も決して容赦はしない。それだけは覚えておいて」

 

 フィオナはそう言うとヒルダを置いて、去って行った。

 

 (なんなんだよ、あいつは。普段はのほほんとしてる癖にあの殺気はなんだ?普段は怒らない奴が怒ると恐ろしいっていうけど、まさかあいつもなのか?なんにせよ、あいつには気を付けないといけないな)

 

 ヒルダはフィオナへの警戒心を更に強めるのだった。

 

 

 フィオナが自分の部屋へ向かうと部屋の前にはモモカがいた。

 

 「あ、フィオナさん。戻ってきたんですね」

 

 「モモカさん、ごめんなさい。待たせちゃったかな?」

 

 「いえ、大丈夫です。私も今来た所ですから」

 

 フィオナは鍵を開けるとモモカを部屋へ招き入れる。それから机に置いてあるティーポットに紅茶の茶葉を入れ、紅茶を作る。

 

 「モモカさん、紅茶入れるけど飲む?」

 

 「いえ、そんなお気遣いなく」

 

 「そう?まあ、ノーマが入れた紅茶なんて飲みたくなんかないだろうしね」

 

 「え!?待ってください、私はそんなつもりで言ったわけじゃなくて……」

 

 「あはは、冗談だよ。まあ、とりあえず入れておくから飲みたいなら飲んでもいいよ」

 

 フィオナはティーカップを2つ用意するとそれぞれに紅茶を入れる。モモカは最初は見ているだけだったが、その内にカップを手に取り紅茶を飲む。

 

 「美味しい……フィオナさん、これとても美味しいです」

 

 「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいな。そういえばアンジュが言ってたんだけど、モモカさんも紅茶入れるのが上手なんだよね」

 

 「えっ、アンジュリーゼ様がそうおっしゃっていたのですか?」

 

 「うん、「モモカが淹れてくれた紅茶は美味しかった」って、とても褒めてたよ」

 

 アンジュの自分の評価を聞いたモモカは静かに俯く。

 

 「そうだったんですか。私はアンジュリーゼ様に恨まれていると思ってたのに……」

 

 「そうなの?」

 

 「はい。私はジュライ様に命令されていたとはいえ、16年間もアンジュリーゼ様を騙していたのですから、恨まれても仕方ないと思ってました」

 

 「気に病む事は無いよ。アンジュだってそれはわかっていると思うしさ。と、そうだ。話があるって言ったよね。いいかな?」

 

 「あ、はい。なんですか?」

 

 フィオナは紅茶を飲み終えるとモモカを見ながら言う。

 

 「モモカさん、あなたはアンジュの役に立ちたいと思っているんだよね。ならさ、彼女を皇女扱いするのはやめてほしいかな」

 

 「え、どうしてですか?私はアンジュリーゼ様に喜んでいただきたくて……」

 

 「うん、気持ちはわかるよ。でも、今のアンジュにそれは辛いと思うんだ。アンジュは今、❝本当の自分❞と懸命に向き合おうとしている所だから」

 

 「本当の自分、ですか?」

 

 「そう、これを見てくれるかな」

 

 フィオナは机の引き出しからある物を取り出してモモカに見せる。

 

 「何ですかそれ?封筒みたいですが」

 「中にある手紙を読んでみて」

 

 フィオナに促され、モモカは中にあった手紙を読んでみる。

 

 「えっと、『(わたくし)ミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギのアルゼナルからの即時解放と皇族復帰を求められたし』って、え!?フィオナさん、これってまさか!」

 

 「そう、アンジュが書いた嘆願書だよ。彼女が此処へ来たばかりの頃に書いた物なんだ。まあ、結果は言わずもがな。受け取りを拒否されたんだけどね」

 

 「アンジュリーゼ様、ミスルギ皇国に戻ろうとしておられたのですね……」

 

 モモカは嘆願書を眺めながらしみじみと感慨に耽った。

 

 「アルゼナルへ来たばかりのアンジュはそれはもう大変だったよ。自分がノーマである事を受け入れられずに事ある毎に「(わたくし)はミスルギ皇国第1皇女、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギです!ノーマなどではありません!!」って、喚いていてさ。当然、周りから完全に浮いていたよ。それでもアンジュは自分がノーマである事を認めなかった。で、それが原因で初陣で大変な事になっちゃったんだよね」

 

 フィオナはモモカに初陣の時の話をした。アンジュがミスルギ皇国へ帰ろうとした事。その所為で当時の隊長や仲間が危険に晒されてしまった事。最悪な事態こそ避けられたものの、隊の中で不和が生じてしまった事をフィオナは語った。

 

 「アンジュリーゼ様、やはり辛い思いをされたのですね……」

 

 

 「まあでも、それでアンジュも漸く目を覚ましたみたいでね。次の戦闘でドラゴンを見事に討ち取って、自分がノーマである事を認めて長かった髪もバッサリ切ったってわけ」

 

 「そうだったんですか……」

 

 「でもさ、アンジュも本当に大変だよね。アンジュは16年間、≪人間の皇女アンジュリーゼ≫として生きてきた。なのに、ある日突然それが全部≪嘘≫。本当はノーマだったっていう事実を突きつけられたんだから。アンジュは自分のアイデンティティと居場所を失った。そして、自分が誰なのか分からなくなってしまった。きっと怖かっただろうね、アンジュはさ」

 

 「怖い、ですか?」

 

 「そうだよ。自分が誰なのかわからないって、すごく怖い事なんだよ。私もそうだから」

 

 「フィオナさんがですか?それは一体どういう……」

 

 「私ね、無人島で目を覚ましたんだ。でも、それより前の事が何も思い出せないんだ。家族はおろか、自分の名前すら覚えてなかったんだ。フィオナっていう名前もアルゼナルに来てから与えられたものなんだ」

 

 フィオナは自分がアルゼナルへ来るまでの経緯をモモカに語った。

 

 「フィオナさんも大変だったんですね」

 

 「そうでもないよ。お兄さんにノーマだと言われた上にお母さんまで死んで、それまで自分を慕っていた友人や国民達に忌み嫌われて、挙句の果てにはノーマである事を受け入れられないまま、アルゼナルへ送られたアンジュに比べたら私なんてまだマシな方だと思う」

 

 フィオナは自分がノーマである事を自覚していた。だからこそ自らの意思でアルゼナルへ赴いた。でもアンジュはそれが認められないまま、周囲に流される形でアルゼナルへ追放された。この差は決して小さい物ではない。

 

 「それでね、モモカさん。改めて聞きたいのだけど。あなたが慕っているのは≪皇女のアンジュリーゼ≫なの?それとも、≪ノーマのアンジュ≫なの?答えて」

 

 フィオナからの問いにモモカは目を閉じて考える。そして、目を開き答える。

 

 「私が慕っているのはアンジュリーゼ様です。皇女でもノーマでもない≪一人の女性≫として私はアンジュリーゼ様をお慕い申し上げております。今も昔もそれは決して変わりありません」

 

 モモカの言葉にフィオナは目を見開くもすぐに微笑む。

 

 「そう。よかった。もしあなたが「皇女のアンジュリーゼを慕っている」なんて言ったら、私はあなたをアルゼナルから追い出していたよ。ありがとう、モモカさん。良い答えが聞けて私も嬉しいよ」

 

 「いえ、そんな。私は自分の気持ちを素直に言っただけですから」

 

 「それでも、お礼を言わせて。ありがとう、アンジュを大切に想ってくれて。その気持ち、これからも忘れないでね」

 

 フィオナはそう言うと空だった自分とモモカのティーカップに紅茶を淹れる。2人はそれを飲む。と、フィオナはまた真剣そうな表情になる。

 

 「モモカさん、もう一つあなたに聞きたい事があるんだけど」

 

 「聞きたい事ですか?今度は一体……」

 

 フィオナは一息つくと静かに言う。

 

 「ミスルギ皇国の事を教えてほしいの」

 

 

 モモカとの話が終わり、彼女がアンジュの部屋へ戻った後、フィオナは廊下を歩いていた。と、海を見渡せる廊下へ行くとそこにはアンジュがいた。

 

 「アンジュ、此処にいたんだね」

 

 「フィオナ……ええ、ちょっと考えたい事があって海を見てたの」

 

 フィオナはアンジュの隣へ行くと海を眺めながらアンジュに言う。

 

 「モモカさんの事を考えていたんでしょ?」

 

 「だ、誰があいつの事なんか!」

 

 アンジュは否定するもどうみても図星だった。

 

 「モモカさん、このままだと明日には口封じで殺されるよ。アンジュは本当にそれでいいの?」

 

 「……それが此処のルールなんでしょ。ならどうしようもないんじゃないのかしら」

 

 アンジュは我関せずと言わんばかりの態度をとる。

 

 「彼女の事なんて何とも思ってないというなら私もどうこう言う気はないよ。でもこのまま何もしなかったらアンジュ、絶対に後悔するんじゃないかって思うんだ」

 

 それを聞いたアンジュはカッとなり、フィオナに掴みかかる。

 

 「私にどうしろっていうのよ!?此処のルールを無視してでも助けろっていうつもり!?できるわけないじゃないそんな事。それにあいつは私をずっと騙していた!そんな奴を何で助けなきゃなんないのよ!!」

 

 激昂するアンジュにフィオナは表情を変えずに答える。

 

 「差し出がましい事を言ってるのは分かってるよ。でも私もモモカさんが死ぬのは嫌だし、それでアンジュが傷つくのも嫌なの。もちろん、あなたが見捨てるというならそれでも構わない。だけどもし、あなたがルールを破ってでもモモカさんを助けるというなら私は喜んで協力するよ。尤も、その様子だとそんな度胸はとてもなさそうだけどね」

 

 フィオナはアンジュの腕を払うと自分の部屋へと歩いていく。と、彼女の足が止まる。

 

 「ああ、そういえばさ。ジョゼが言ってたんだけど、このアルゼナルで金で買えない物はないんだってさ。安くはないだろうけど、それこそ≪人≫だって買えるんじゃないかな」

 

 フィオナはそう言うと部屋へと戻っていった。

 

 (何よフィオナの奴。モモカの事でしゃしゃり出てきて、どういうつもりなのよ。それに今のは何なのよ、お金で買えない物はない、って……)

 

 

 フィオナはベッドで横になりながら思案する。

 

 (アンジュにはそれとなくヒントは与えたつもりだけど、後はアンジュ次第か。まあ、それでも何もしないつもりなら私がモモカを買えばいいわけだしね)

 

 フィオナがそう考えていると、

 

 ビー、ビー、ビー

 

 「来た!行こう!!」

 

 アラームが鳴り響くとフィオナは飛び起き、部屋を出る。

 

 

 発着デッキでは第1中隊が出撃準備をしていた。フィオナもアルテミスに乗り込み準備を行う。と、アンジュの方を見てみると彼女はジルと何か話をしていた。やがて、時間となり出撃する。第1中隊はシンギュラーへ向かって飛行していく。すると、アンジュが我先へとシンギュラーへと向かっていく。相変わらずの命令違反だがフィオナは嬉しそうな顔をする。

 

 (アンジュ、どうやら決意したみたいだね。さてと、私も頑張ってドラゴンを倒さないとね)

 

 フィオナはそう思うと頭をドラゴンとの戦闘に切り替えるのだった。

 

 

 夜明け前、第1中隊は無事に全員アルゼナルへ帰還した。尤も、それはライダー達が無事という事であって。

 

 「あのクソアマ~!戦闘中にあたしの機体を蹴飛ばしやがって!!」

 

 「邪魔って言われた。邪魔って……」

 

 ロザリーとクリスは戦闘の折、アンジュに弾き飛ばされ機体にはその跡が生々しく残っていた。当然、2人はドラゴンを1匹も仕留められなかった。

 

 「いや~、それにしてもアンジュすごかったよね。ドラゴンを殆ど一人で狩っちゃうんだもん」

 

 「そうだね。私達もお姉ちゃんがフォローしてくれなかったら絶対にドラゴンを取られてたよ」

 

 ミランダとココが驚嘆するのも無理はなかった。今回の戦闘、アンジュはドラゴンをほぼ1人で倒していた。2人がドラゴンを倒せたのはアンジュが撃ち漏らしたドラゴンをフィオナが確実に自分や他の仲間に狩れる様に誘導してたからだ。それでもロザリーとクリスの2人はアンジュに阻まれ、ドラゴンを倒せなかった。

 

 「まあ、おかげでサリアはカンカンだけどね」

 

 この前代未聞の命令違反に隊長のサリアはかなりご立腹でアンジュを褒めたヴィヴィアンを怒っていた。すると、

 

 「フィオナ、ちょっと来て!」

 

 「えっ、アンジュ?ちょっ!?」

 

 突然、後ろからやってきたアンジュがフィオナを連れてどこかへ行ってしまった。

 

 「お姉ちゃん、アンジュさんに連れてかれちゃったね」

 

 「アンジュ、どうしたんだろ?あんなに急いで」

 

 

 しばらくして、発着デッキには輸送機が来ていた。モモカを連れていく為の物である。モモカは鞄を持ちながらジルとエマに礼を言う。

 

 「短い間ですが、お世話になりました。2日間だけだったけど、とても幸せな時間でしたとアンジュリーゼ様にお伝えください」

 

 「……ええ、伝えておくわ。元気でね、モモカさん」

 

 エマはこれからモモカに待ち受ける結末を思うと目を逸らさずにはいられなかった。モモカは輸送機の乗組員に連れられて搭乗しようとした。その時であった。

 

 「待ちなさい!その子は私が買います!!」

 

 果たしてそれは、手に袋一杯のキャッシュを持ったアンジュだった。

 

 「もう、アンジュ待ってよ。ホントに人、いやノーマ使いが荒いんだから……」

 

 アンジュを追う様にフィオナも来た。彼女の手にも袋一杯のキャッシュがあった。2人はそれをジルとエマの前に差し出す。

 

 「は?はぁ~!?何を言ってるの!?ノーマが人間を買うって……大体こんな紙屑同然の金なんかで、「いいだろう」司令!?」

 

 アンジュとフィオナの行動にエマは当然ながら難色を示すが、ジルが許可する。

 

 「移送は中止する。その娘はアンジュの物だ」

 

 ジルの言葉に乗組員は戸惑いながらも了承し、輸送機に乗り込んでいった。

 

 「金さえ積めば何でも手に入る。それが此処のルールでしょう?」

 

 ジルは不敵な笑みを浮かべながら去って行った。エマは困惑してたがキャッシュ袋をマナで浮かべるとジルについて行くのだった。やがて、アンジュはモモカと向き合う。

 

 「此処に……居てもいいのですか?アンジュリーゼ様のお傍にいてもいいのですか?」

 

 モモカが感極まった顔をしながらアンジュに尋ねると、アンジュはそっぽを向く。

 

 「アンジュ、私の事はアンジュと呼んで」

 

 アンジュはそう言うと中へ戻って行った。

 

 「はい!アンジュリーゼ様!!」

 

 モモカは嬉しそうにアンジュについて行くのだった。

 

 (一時はどうなるかと思ったけど、これでモモカと一緒に居られるねアンジュ)

 

 2人のやり取りを見ていたフィオナは微笑みながらそう思うのだった。と、アンジュはすれ違いざまに、

 

 「フィオナ、あんたが教えてくれたヒントのお蔭でモモカを助ける事ができたわ。ありがとう」

 

 そうフィオナに言った。しかし、フィオナは軽く言う。

 

 「さぁって、なんの事かな~」

 

 

 「じゃあ、あの人間の侍女はアンジュが買い取ったんだね」

 

 「そうだ。まあ、収まる所に収まったって事だ」

 

 その日の夜、司令の私室でジャスミンとジルはモモカの顛末について語っていた。すると、

 

 コン、コン

 

 ドアをノックする音が鳴り響く。

 

 「入れ」

 

 ジルがそう言うとドアが開き、1人の少女が入ってきた。

 

 「やあ、司令。頼んでいた≪外の世界≫の情報、手に入ったから持ってきたよ」

 

 果たしてそれはジョゼだった。彼女の手には書類を入れる茶封筒があった。

 

 「そうか、ご苦労だったな。じゃあ、早速見せてもらおうか」

 

 「その前に残りの報酬を払ってよね。情報は残金と引き換えだって言ったよね」

 

 「フッ、相変わらず抜け目のない奴だ」

 

 ジルは札束の入った袋をジョゼに渡す。金を確認したジョゼは茶封筒をジルに渡す。ジルが茶封筒を開けると中には書類が入っていた。

 

 「全く、よくアルゼナルに居ながらこれだけの情報を集められるものだな」

 

 「そりゃあ、此処へ来る前から何でも屋稼業をやっていたからね。それで築いたコネはガッチリしてるからこれ位は朝飯前さ」

 

 ジョゼはフフンと鼻を鳴らす。

 

 「そうだな。だからこそ不思議でならないんだ。それだけ外の世界で上手くやっていたお前が何故アルゼナルへ来たかがな。お前は一体、何者だ?何を考えている?」

 

 ジルはジョゼを訝し気に見ながら言う。

 

 「何者か、ね。でもさ、アルゼナルでは外の世界では何だったかなんて関係ない筈でしょ?ボクはボクの考えがあって此処へ来た。それだけさ。それに何を考えているかなんて寧ろ、ボクがあなたに聞きたいんだよね、ジル司令。どうして外の世界の情報なんて欲しがるの?まさかとは思うけど……」

 

 ジョゼは一旦、会話を切ると後ろを向き、そして振り返る。

 

 「何かヤバい事、企んでないよね?」

 

 彼女の顔は怪しい笑みを浮かべていた。

 

 「何でも屋は依頼人や依頼の事を深く詮索しないのではなかったのか?それとも、弱みを握って私を脅す気か?」

 

 ジルが睨みつけながら言う。すると、ジョゼの表情はいつもの陽気なものへと戻る。

 

 「やだなぁ。そんなつもりじゃないってば。ボクはただ、興味本位で聞いてみただけだからさ。まあ、余計な詮索をして藪蛇になるのはボクも御免だからね。この辺でやめておくよ」

 

 ジョゼはそう言うとドアを開けて部屋を出る。と、彼女の足が再び止まる。

 

 「あ~、そうそう。一つだけ言っておくよ。今、渡した情報にも書いてあると思うけど。外の世界さ、何かいま大変な事が起きてるみたいだよ。その混乱を上手く突けば、ノーマにもつけ入る隙があるかもね」

 

 そう言うとジョゼは今度こそ部屋を出て行った。

 

 「全く、本当に得体のしれない奴だ。まあ、金さえ払えばこっちに有益をもたらしてくれる分には利用価値は十二分にあるがな」

 

 「でも、いいのかい?あんなこと言ってたけど、あいつの事だ。きっと、リベルタスの事も勘付いているじゃないのかい」

 

 「だろうな。だが、奴だって何でも屋以前にノーマなんだ。ノーマの首を絞める様な真似はしないだろう。リベルタスの時にはあいつにも役に立ってもらうさ。それよりも奴が言ってた事が気になるな」

 

 ジルは書類に目を通す。そこに書かれていた情報にジルは眉を顰める。

 

 「……なるほどな。確かに外の世界は今、大変な様だな」

 

 ジルは書類を読み終えるとそれをジャスミンに渡す。書類に目を通したジャスミンは目を見開く。

 

 「≪神隠し≫だって?」

 

 書類には外の世界の各国で≪神隠し≫と呼ばれる失踪事件が頻発している事が書かれていた。1人だけの時もあれば、多い時には一度に数十人もの人間が謎の失踪を遂げていた。その中でも特に大きいのがローゼンブルム王国で起こった≪チューリップ号集団神隠し事件≫と呼ばれるものだ。湖を航行していた遊覧船チューリップ号に乗っていた乗客乗員100名が船から跡形無く消えていたという事件だ。

 

 「なんていうか、まるでサスペンス小説に出てきそうな事件だねぇ」

 

 書類を見たジャスミンは嘆息をもらした。

 

 「だが事実だろう。ジョゼが嘘の情報を持ってくるとは思えんしな。いったい、外の世界で何が起こっているというんだ……」

 

 ジルは煙草を吹かしながら静かに考えるのだった。

 

 

 

 




次回は閑話を挟んで原作7話の話へいきます。それでは

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