クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 アムネシアの少女 作:気まぐれキャンサー
アルゼナルを飛び立った第一中隊はガレオン級が潜むポイントを目指していた。その中にアンジュがいる事にロザリーとクリスは不満を漏らしていた。
「あいつも一緒なのかよ。お姉様をあんな目に遭わせた奴と出撃だなんて・・・」
「死ね、くたばれ、地獄に落ちろ・・・」
「落ち着けよお前等。死ぬつもりらしいよ、アイツ」
ヒルダの言葉を聞いた2人は目を丸くする。
「見届けてやろうじゃないか、痛姫様の最期ってやつをさ」
ヒルダは面白そうに笑みを浮かべる。それでもアンジュは上の空のままだった。
一方、ヴィルキスを見たヴィヴィアンは興奮していた。
「おおー。ねえ、ねえ、サリア、。アンジュの機体。ちょーかっこいいよー」
「静かにして。もうすぐ戦闘区域よ」
サリアはヴィヴィアンを窘める。
(もうすぐ戦闘だ。確かガレオン級は手負いの状態だったけど、海から光弾を放つ罠を張っていた筈。でも前の戦闘の事もあるから鵜呑みにせずに何が起きても対応できる様にしておこう)
フィオナは戦局を頭の中で考えていた。やがて、
「敵影確認、来るわよ!」
サリアの言葉と同時にガレオン級が海の中から現れた。ガレオン級は胴体が少し凍り付いていたが致命傷には至っておらず、それどころか前よりも凶暴さが増していた。
「で、どうすんのさ、隊長?」
「奴は瀕死よ。このまま一気にトドメを刺すわ。全機、駆逐形態!凍結バレットを装填!」
『イエス、マム!!』
第一中隊の面々は機体をアサルトモードに変形させる。それと同時に凍結バレットも装填する。
「陣形、密集突撃!攻撃開始!!」
サリアの指示と同時に第1中隊はガレオン級にトドメを刺そうとした。その時である。
「グガアアアアァァァァ!!」
ガレオン級の咆哮と共に魔法陣が展開される。すると海の上にも魔法陣が現れて、海の中から次々と光弾が出てきた。
(きた!!)
フィオナはそう思うと武器を構える。だがそれはアサルトライフルでもカラドヴォルグでもなく、両手に持った二対のチャクラムの様な武器だった。
「初めて使う武器だけど折角の機会だから、試させてもらうよ。この、“ルナ・ソーサー”を」
ルナ・ソーサー。フィオナがこの武器の存在に気づいたのは出撃前の事だった。
「フィオナ。アルテミスにはもう1つ武器があるみたいだから、できれば使ってみて」
メイに言われて確認してみるとそこには、ルナ・ソーサーという名の武装があった。形状はチャクラムで二対一体となっており、使い方は直接切り裂いたり、投げて当てたりと汎用性の高い武器である。フィオナはそれを上手く駆使し、かわしながら光弾を打ち消していく。
フィオナ、サリア、ヒルダ、ヴィヴィアンはうまく光弾をいなしていたがロザリー、クリス、エルシャはかわしきれずに被弾してしまうがそれでも被害は酷くは無かった。だが次の瞬間、信じがたい事が起きる。
「グオオオオォォォォ!!」
ガレオン級が再び咆哮を上げると魔法陣を展開する。すると、
「サリア、上!」
「え、上って・・・」
上を見てみるとそこには先程の様な魔法陣が展開され、同じ様に光弾が今度は雨あられの様に降り注いだ。
(そんな!?下からだけじゃなくて、上からも来るなんて!)
またもや映像と食い違った事に戸惑うフィオナだったがルナ・ソーサーを使い、打ち消していく。だが、二重に仕掛けられた罠に他の機体は次々と被弾し、撤退を余儀なくされる。
「二重トラップだなんて、そんなの過去のデータには無い・・・」
サリアの動揺する声にフィオナは、ハッとなる。
(そうだ、サリアは想定外の事態に弱いんだった!)
テキストに頼りがちな優等生タイプに多い弱点をサリアもまた抱えていたのだ。やがてエルシャの機体も被弾し、ダメージを受ける。
「きゃあ!サリアちゃん、次はどうするの!?危険よ、このままじゃ」
エルシャはサリアに指示を仰ぐが、
「そ、そんな事言われても、一体どうしたらいいの?ゾーラ隊長・・・」
やはり、隊長になったばかりのサリアはイレギュラーなガレオン級の攻撃も相まって、完全に動揺し正常な判断が出来なくなってしまう。そしてそれをガレオン級が見逃す筈もなく、突進してくる。サリアはそれに気付くと、
「あ!か、回避!!」
慌てて回避しようとするが間に合わない。このままでは捕まってしまう。すると、
「サリアーーー!!!」
フィオナは叫ぶとアルテミスをサリアの機体に体当たりさせる。そのお蔭でサリアは回避できたがフィオナがレオン級に捕まってしまう。
「フィオナ!!」
「フィオナちゃん!!」
ヴィヴィアンとエルシャが叫ぶ。アルテミスはガレオン級の翼にある手の様な物体に拘束され、身動きが取れなくなってしまう。すると、
「グガアアアアァァァァ!!!」
ガレオン級は捕らえたアルテミスに向かって咆哮する。するとフィオナの身にまたあの現象が起きる。
【蛮族共め!仲間達の仇だ!!】
(!・・・また。やっぱり、これはドラゴンの声だったんだ)
耳に聞こえて来るのではなく、頭の中に直接響いてくるソレはドラゴンの声だった。何故、自分にはドラゴンの言葉が分かるのか?疑問を抱いたフィオナだったが、すぐに頭を切り替える。そしてフィオナは通信を切断すると静かに語り始める。
「仲間の仇、か。うん、そうだよね。ごめんね、私はあなたの仲間をたくさん殺しちゃったからね。あなた達にも守りたいものがあるから戦っているのにね。私ね、初めてドラゴンを殺した夜にさ、吐いたんだ、思いっきり。あなた達の正体を知ってるから尚更、自分が殺したんだって自覚して、とても怖かったよ。本当は今でも震えてるんだよ。出来る事ならすぐにでも逃げ出したい位にさ」
それはフィオナの弱音とも云える言葉だった。実力があろうとも彼女とて1人の少女。生き死にを掛けた戦いを恐れないはずがなかった。ましてや彼女は真実を知るだけにその恐怖は他の者よりも大きかった。だが次の瞬間、フィオナの目は鋭く見開く。
「だけどね、これは戦争なの。あなた達が取り戻したいもの、守りたいものがある様に私達にも守りたいものがあって戦っているの。それにね、あなた達も私達の仲間をたくさん殺してきた。彼女達の為にも私は此処で殺されるつもりは無いよ。私は生きていく。あなた達の命を糧に、踏み台にして!!」
フィオナはそう言うとアルテミスのハッチを開けて、中にあったマシンガンを使ってガレオン級の顔に目掛けて発射する。フィオナの顔に恐怖は微塵も無かった。
「その目に焼き付けろ。これが私の、フィオナの覚悟と信念だ!!」
「グ、グルガァァァ・・・」
マシンガンの攻撃は大した事は無かったがフィオナから迸る気迫にガレオン級は思わず気圧される。だがその時だった。
「! あ、あれはアンジュ!?」
フィオナはマシンガンを撃つのをやめる。前方からヴィルキスがやってきたのだ。ガレオン級は標的をアンジュに変えると彼女の機体に迫り、尻尾を振り下ろす。アンジュは慌ててかわそうとするも、尻尾が機体に当たる。直撃は避けられたものの、ヴィルキスは弾き飛ばされる。アンジュはなんとか操り、機体を立て直す。ヴィルキスは再びガレオン級へと向かっていく。ガレオン級は今度は光弾を放つ。アンジュはソレをかわすが失速して墜落しそうになる。彼女は再び機体を立て直すのだった。
「あいつ、さっきから何をやっているんだ?」
ヒルダはアンジュの行動に疑問を持っていたがフィオナは理解していた。
(死を望む意志と死を恐れる本能がせめぎあっている状態なんだ、今のアンジュは。だからさっきからあんな事を・・・)
フィオナは悲しそうに首を振る。だが、そんなのがいつまでも続くわけもなくヴィルキスはとうとうガレオン級に捕縛されてしまう。アンジュは機体に頭をぶつける。と同時に彼女の左手の包帯が取れて、そこから指輪が露出する。ガレオン級がヴィルキスに向かって咆哮を上げる。
「あれ?なんか、アンジュの様子がおかしい?」
ヴィルキスを見ていたフィオナは何かの違和感に気付く。そして、それはすぐに判明した。
「あっ!アンジュ、気絶しているの!?」
そう、今しがた機体に頭をぶつけたのが原因でアンジュは失神していたのである。今のアンジュは気絶して、機体にもたれ掛かっている状態だった。
(そんな。此処でも食い違いが起こるなんて。このままだとアンジュが)
映像では捕まっても気絶しなかったアンジュだったが再び食い違いが起こってしまった。今、この状況でガレオン級の攻撃を受ければアンジュは間違いなく死ぬだろう。
「アンジュ、起きて!目を覚まして!!」
フィオナはコクピットに戻ると通信を入れてアンジュに呼びかけるがアンジュが目を覚ます様子はない。フィオナはどうしようかと思考を巡らす。すると、ある1つの考えが浮かぶ。
(道を指し示す歌、か・・・可能性は低いかもしれないけどやってみるしかないか)
それからフィオナは通信をPVCh.にするとヴィルキスに通信を入れるのだった。
(此処はどこなんでしょう?私は一体、どうしてしまったの?)
アンジュは見知らぬ空間の中にいた。辺りは真っ暗で彼女はその中をゆっくりと落ちていく不思議な感覚を感じていた。やがてアンジュの身体はとある場所に収まる。アンジュが身を起こし、辺りを見回してみるとそこは花畑だった。そこで咲いている花にアンジュは見覚えがあった。
(これは、お母様が育てていた薔薇の花。そうか、私はやっと死ねたのですね。ああ、よかった。これでもう、あの化け物と戦わずに済む。アンジュリーゼに戻れる。お母様、今からそっちへ行きます・・・)
アンジュは涙を流しながらも笑顔で死を受け入れようとした。その時だった。
「♪~♪~♪~」
どこからともなく歌が聞こえてきた。アンジュがそれに耳を傾けるとそれは聞き覚えのある懐かしい歌だった。
(え、これって、永遠語り!?一体、誰が歌っているの?)
アンジュは辺りを見回す。すると、アンジュの目の前に光が集まるとパァァーッと辺りを照らす。アンジュは思わず目を閉じ、再び開けるとそこにいたのは、
「お、お母様!?」
果たしてそれは死んだ筈のアンジュの母、ソフィアだった。ソフィアはアンジュに語りかけてきた。
「アンジュリーゼ、此処へ来てはなりません。あなたにはまだやるべき事がある筈です」
「お母様、どうして?私はもう生きていたくありません。お母様と同じ所へ行かせてください」
「私はあなたに言った筈ですよ。生きるのです、と。だからあなたは生きるのです。何があろうとも」
ソフィアは悲しそうな声をしながらも毅然とした表情でアンジュを拒絶する。
「でも!私にはもう何もありません。皇女としての身分も名前も。家族や仲間だって、もう何も・・・」
アンジュは涙を流しながら叫ぶ。するとソフィアは笑顔で語りかける。
「仲間ならいるではありませんか。あなたにはこの歌が聞こえませんか?」
アンジュが耳を傾けると先程の永遠語りがまだ続いていた。どこかで聞き覚えのある声ではあったがその歌はアンジュを癒していく。
「永遠語り。進むべき道を指し示す守り歌。今、この歌を歌っているのはあなたの仲間なのですよ」
「私の、仲間・・・」
「そう、あなたは決して一人ではないのです。あなたを待っている人がいるのですよ。アンジュリーゼ、あなたはどうしたいのですか?死にたいのですか?それとも、生きたいのですか?」
ソフィアの問い掛けにアンジュは目を見開く。と、彼女の左手に光る物に気付く。それはソフィアの形見の指輪だった。それを見たアンジュは決意する。
「私は・・・生きたい!まだ、死にたくはありません!!」
すると、アンジュの叫びに呼応する様に指輪が光輝く。すると辺りも光に照らされていく。それを見たソフィアは満足そうな笑顔で頷く。
「その言葉が聞きたかった。そうです。生きるのです、アンジュリーゼ。生きて、戦って、恋して、結婚して、子供を産んで、幸せを掴むのです。そして、年老いて人生を終えた時に再び此処へいらっしゃい。私はあなたを見守っています。いつまでも、いつまでも・・・」
そう言うとソフィアは溶ける様に消えていった。アンジュは決意した様に大きく頷くと虚空へ身を躍らせるのだった。
その変化は突然だった。アンジュが目を覚ますと同時にヴィルキスが強い光を発する。その輝きに目が眩んだガレオン級はヴィルキスを放してしまう。同時に同じく捕縛されていたアルテミスも解放されるのだった。
「あれは!?解放される、ヴィルキスが!」
フィオナの言葉と同時にヴィルキスを覆っていた錆や汚れは剥がれる様に落ちて四散していく。そして、アンジュはヴィルキスをアサルトモードにするとそこには白と青のボディと間接部が金色でコーティングされ、頭部に天使のモニュメントが輝くヴィルキスの真の姿があった。すると、ガレオン級が再びヴィルキスに襲い掛かる。
「死にたくない、私は死なない。絶対に死なない!」
アンジュは叫ぶとガレオン級に向かってアサルトライフルを撃つ。ある程度ダメージを与えるとアンジュはヴィルキスをフライトモードに戻し、距離をとる。その機動性は先程とは打って変わって大きく向上していた。ガレオン級は今度は光弾を放つ。アンジュはそれをかわしていくとアサルトモードに変形して、ヴィルキスの専用武装である剣、ラツィーエルを使って打ち消していく。そしてガレオン級に近づくと、
「だから・・・お前が死ねえええぇぇぇ!!!」
叫びと共にアンジュはラツィーエルをガレオン級の頭部へ深く突き刺す。素早く手放し、離れるとヴィルキスを追尾していた光弾がガレオン級の胴体に直撃する。それに見計らってアンジュは凍結バレットをガレオン級に撃ち込み、同時に頭部に刺さったままのラツィーエルを回収する。ガレオン級は断末魔の悲鳴を上げ、海へ墜落するとたちまち氷原へと変わるのだった。
「やった!頑張ったね、アンジュ」
フィオナは自分の事の様に喜んでいた。だが当のアンジュはというと、
「は、ははは。何だろう、この昂ぶる気持ち・・・」
生き残った事への喜びとは異なる感情に襲われていた。
「確かに私は生きたいと言った。けど、こんなの私じゃない。殺しても生きたいだなんて、そんな汚くて浅ましく、醜い考え・・・」
「いいんだよ、それでも。美しくなくたっていい、浅ましくたって構わない。だって、それが生きるという事なんだから」
自分を責めるアンジュをフィオナは通信越しに慰める。やがてその場にアンジュの泣き声が響き渡るのだった。司令部にいたジルはそれを見届けると笑みを浮かべて去っていった。
夕暮れ時、戦闘を終えたアンジュは墓地にいた。彼女の顔は決意に満ちていた。
「さようなら、お父様、お母様、お兄様、シルヴィア、モモカ。私には何もない、何もいらない。私は生きていく、この地獄ともいえる場所で。ドラゴンを駆逐して。私は生きる。殺して、生きる」
アンジュはそう言うと持っていたナイフを使い、自分の髪をバッサリと切り落とす。背中まであったアンジュの髪は肩の上ぐらいまで短いショートカットになった。すると、
「アンジュ」
自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向くとそこにはフィオナがいた。
「髪、切ったんだね。やっと覚悟が決まった・・・って、ところかな?」
「ええ、私はもう逃げない。ドラゴンだろうが何だろうが殺して生きていくわ」
「そう。じゃあ、記念にこれは私からの餞別だよ」
フィオナはアンジュに向かって何かを投げる。アンジュがそれをキャッチするとそれはプリンだった。
「ココちゃんがあなたにあげたプリン。今度はもう捨てちゃダメだよ」
「?・・・ねえ、これ、なんか冷えてない?」
アンジュは冷えていたプリンに首を傾げる。自分がココから貰った時だって、こんなに冷えてはいなかったからだ。
「温いプリンなんて嫌でしょ?私が食堂のおばさんに頼んで冷蔵庫に入れてもらってたんだ。やっぱりプリンは冷たい方がおいしいからね」
フィオナは笑顔で答える。アンジュは呆れながらも渡されたスプーンでプリンを食べる。一口食べたアンジュは暫く黙っていたが、
「不味い!!」
と、顔を顰めながら言うのだった。
「あらら、やっぱりアンジュの口には合わなかったか。まあ、いつかきっと美味しいと言える日が来るんじゃないかな?」
「来るわけないじゃない。不味い物は不味いんだから・・・」
そう言いながらもアンジュはプリンを完食するのだった。そしてアンジュは夢の中でソフィアが言っていた事を思い出す。
『あなたは決して1人ではないのです。あなたを待っている人がいるのですよ』
それから、アンジュはフィオナの顔を見ると照れ臭そうに言う。
「あ、あのさ、フィオナ。まだ言ってなかったよね。初陣の時に私の失敗をフォローしてくれたり、助けたりしてくれて、その、あ、ありがとう・・・」
アンジュのお礼を聞いたフィオナは驚いた顔になる。
「な、何を驚いているのよ?」
「え!?あ、いや。アンジュがお礼を言うとは思わなかったから、つい・・・それに私の事を名前で呼んだから」
「わ、私だってお礼を言ったり、謝ったりする事くらいできるわよ。名前で呼ぶ事だってね。ああもう!とにかく同じ部屋で暮らすルームメイト同士、よろしくフィオナ!」
アンジュは顔を赤らめながらもフィオナに手を差し出す。フィオナはアンジュの手を握り握手すると、
「うん、これからもよろしくね、アンジュ」
満面の笑みで答えるのだった。それを見たアンジュの顔は真っ赤になる。
「あれ?アンジュ、顔が赤いけど、どこか具合でも悪いの?」
「あ、あ、赤くなんかなってないわよ!夕日、そう、夕日で赤く見えるだけよ。というか、そろそろ離してくれない!?」
「あ、うん」
フィオナはきょとんとしながらもアンジュの手を離す。
(な、なんで私、フィオナなんかにドキドキしてんのよ!フィオナは女よ、女!あ、でもフィオナの手、綺麗でスベスベしてた・・・って、違う違う!!)
アンジュは首を大きく振って、煩悩を払う。不可解な行動を取るアンジュにフィオナは首を傾げていた。
「あ、そうだ。フィオナ、私、あなたに聞きたい事が・・・」
漸く落ち着いたアンジュがフィオナに訊ねようとした。その時だった。
「なんだ、お前達。此処にいたのか」
ジルが墓地にやってきた。ジルはアンジュの顔を見ると、
「ほう、アンジュ髪を切ったのか。随分とさっぱりしたじゃないか。それにその表情。ようやく吹っ切れたみたいだな」
口の端を上げながら満足そうに言う。
「ここまで来たら私だって、覚悟を決めるわよ」
「結構。もう、敵前逃亡なんかするんじゃないぞ。それよりもフィオナ、私と来い」
「来いって、あの、どこへ行くんですか?」
「私の私室だ。お前に色々と伝えておきたい事があるからな」
ジルはそう言うとフィオナの手を取り、彼女を連れて行くのだった。
「あ、ちょっと!行っちゃった・・・折角、ペンダントの事を聞こうと思ったのに。まあいいか。同じ部屋なんだし、帰ってきてから聞けばいいか。そういえば、お母様の夢の中で聞こえた永遠語り、フィオナの声だった様な気がするけど、気のせいかしら?」
アンジュは疑問に思いながらも、ここに居ても仕方ないと自分の部屋へと帰る事にした。
ジルの私室に連れられたフィオナは彼女と面と向かい合っていた。
「さて、お前を此処へ連れて来たのは他でもない。先の戦闘でのお前の命令違反に対する処分を伝える為だ」
「あの、それなら別に墓地で伝えてもよかったんじゃ・・・」
「アンジュもいたし、それに大事な話は2人っきりになれる所がいいからな」
「はあ、そうですか。それで私の処分はどうなったのですか?」
「ああ。フィオナ、お前に課す処分は・・・」
ジルはそう言うと暫く間を置いてから告げる。
「反省文100枚、明日までに書いて提出しろ」
「はい、わかりま・・・え?」
「なんだ、聞こえなかったのか?反省文・・・」
「いや、そうじゃなくて。あの、反省文、ですか?」
「不服か?」
「不服というか、私は反省房での謹慎は覚悟していたものですから、拍子抜けしてしまって・・・」
重い処分を覚悟していたフィオナは余りの軽さに目を丸くしていた。
「命令違反とはいえ、仲間の命を救ったのは事実だからな。かといって、何のお咎め無しでは示しがつかんだろう?これでも、相応な処分だと私は思っているがな」
「まあ、司令がそうおっしゃるならそれでいいです」
ともあれ、これでフィオナの処遇にも一応の決着が着いたのだった。
「話はこれで終わりですか?なら、私はこれで・・・」
「待て、話はまだ終わってないぞ」
出て行こうとしたフィオナをジルが呼び止める。
「話って、今度は何ですか?」
「いやな、処分とは別に先の戦闘の事でお前に聞きたい事があってな」
「聞きたい事?何でしょう?」
ジルは引き出しから書類を取り出すと机の上に置く。
「これは先の戦闘におけるお前の行動を纏めたものだ。これを見ると色々と不可解な事があってな。お前に聞きたいと思ったんだ」
「き、聞きたいって、何をですか?」
そう言うフィオナの顔は少々引きつっていた。
「まず、最初に。アンジュが隊列を離れた時、何で奴を追いかけなかったんだ?」
「お、追いかけなかったって・・・どういう意味でしょう?」
「お前はアンジュと同期でしかも同じ部屋のルームメイトだろう。そいつが逃げ出そうとしたら、普通は追いかけようとするものじゃないのか?」
「あの時は任務の最中でしたし、サリアが追いかけて行ったので自分まで隊列を離れる必要は無いと思っただけですよ」
「そうか。まあ、命令通りに動くのは当然の事だよな」
「ええ、そうですよ。だから何も・・・」
「ココが隊列を離れた時はすぐに追いかけたのに、か?」
鋭い所を突かれたフィオナの顔が強張る。
「不思議だよな?アンジュが離れた時は微動だにしなかったお前がココが離れた時はすぐさま動いた。これはどういう事なんだろうな?」
「あ、いや、それはその・・・」
フィオナの顔に冷や汗が流れる。それを知ってか知らずかジルは更に畳み掛けてくる。
「次にお前がガレオン級と戦闘するまでの間の行動を振り返ってみるぞ。ココを救出した後、お前は彼女をミランダに預けて、奴をアルゼナルへ帰投させた。独断でな。それから2人を逃がす為にゾーラ達が撃ち漏らしたスクーナー級と交戦した。そうだな?」
「はい。命令違反である事は理解してましたがあの状況ではそれが適切だと思ったからです」
「そうだな。確かにあの状況ではそうするのが適切だったろう」
「なら、何が問題なんですか?」
「適切過ぎるんだよ。無駄がない程にな。お前は実力はあるが団体戦闘は今回が初めてだったのだろう?初めての奴にどうして此処まで無駄なく対応する事ができたんだ?まるで最初からこうなると分かっていた様じゃないか」
「そ、それは・・・」
ジルの指摘にフィオナは押し黙ってしまう。
「それに今日の戦闘においても変わった事があった。お前がガレオン級に捕縛された時、お前アルテミスの通信を切断しただろう。数分間の間だな。更にその後、今度はヴィルキスにPVCh.を入れただろう。一体何をやっていたんだ?」
「あ、あの、司令。それはその・・・」
何とか弁解しようとしたフィオナだったが最早、言葉を出すのも難しいほどにしどろもどろになっていた。ジルは暫くフィオナを見つめていたが、
「フッ、すまなかったな。いやなに、これを理由にお前を追い詰めようとは思ってなかったんだがな。司令ともなるとやる事は書類仕事が殆どだからな。興味深い事があると色々と知りたくなってしまうものなのだよ。安心しろ、この事は第一中隊の者達には伏せておくから」
子供の様な無邪気な笑みを浮かべて答えるのだった。
「そ、そうですか。はあ~~~」
漸く緊張から解き放たれて、フィオナは安堵する。
「話は以上だ。もう行ってもいいぞ」
ジルは煙草を取り出し一服するとフィオナにそう告げる。フィオナは一礼すると部屋を出ようとした。
「ああ、待て。最後に1つだけ言っておく」
ジルは再びフィオナを呼び止める。
「言いたい事って、何ですか?」
「お前が何を考えているかは分からんがな、私達に秘密で何かをやろうと思うならそれ相応の覚悟をしておけ、いいな?」
ジルは低い声で睨みながら言う。
「は、はい・・・」
フィオナは震えながら返事をすると部屋を出るのだった。
「はあ~、生きた心地がしなかったよ・・・」
海の見える廊下でフィオナは1人、一息吐いて佇んでいた。
(やっぱり、ジル司令には気をつけないと。何がきっかけで私の秘密を知られるか分かったものじゃないね、ホントに)
改めて、此処での生活には気を付けようと心に決めるフィオナだった。すると、
「フィオナさ~ん!」
自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと向こうからココとミランダがやってきた。
「ココちゃん、ミランダちゃん、どうしたの?確か2人は自室で謹慎じゃなかった?」
「うん、そうなんだけど。ココがどうしてもフィオナに会いたいって、言ってさ」
「そうです、フィオナさん。私、どうしてもフィオナさんに言いたい事があって」
ココはフィオナの前に来ると彼女に頭を下げる。
「え、ココちゃん!?」
「フィオナさん、助けてくれてありがとうございました。そして、勝手な行動をしてごめんなさい!」
ココはフィオナにお礼と謝罪をするのだった。
「ココね、ずっとフィオナに墓地に言われた事を気にしてたんだ。それでどうしても謝りたいって」
「謝りたいって、私もココちゃんに手をあげてしまったし」
「でも、それは私の為にしたんじゃないですか。フィオナさんが気にする事ではないですよ」
気負うフィオナにココはフォローする。
「まあ、ココもこう言ってる事だし、素直に受け取っておけばいいんじゃないかな?私もさ、あの時は頭にきたけど、後で冷静に考えてみればフィオナの言ってた事は正しいって思ったもん」
ミランダもフォローする。それを聞いたフィオナは、
「そう、うん分かった。はい、確かにお礼と謝罪は受け取りました」
笑顔で言うのだった。それを見た2人の顔にも笑顔が零れる。
「あ、あの。フィオナさん、お願いがあるんですけどいいですか?」
「お願い?何?」
ココに言われたのでフィオナが聞き返してみると、
「私とミランダの事なんですけど、これからは呼び捨てで呼んでくれませんか?」
「呼び捨てで?」
「うん。ほら、私達は歳は違うけど一応は同期の新兵だからさ。やっぱりちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしいかなって、思ってさ」
「はい、だから私たちの事は呼び捨てで呼んでください」
2人のお願いをフィオナは無碍にもできなかったので、
「うん、わかった。これからもよろしくね、ココ、ミランダ」
2人を呼び捨てで呼ぶのだった。2人は嬉しそうな顔をする。すると、
「フィオナさん、もう1つお願いしてもいいですか?」
ココが再びフィオナにお願いをしてきた。
「ん?今度は一体、何かな?」
「あ、あの、その、えっと・・・」
フィオナが聞き返すとココは顔を赤らめて、もじもじする。
「何を今更照れてんだよ、ココ。ちゃんと言わないと伝わらないぞ」
そんなココをミランダが後押しする。
「わ、わかってるよ・・・あの、フィオナさん!これからフィオナさんの事を・・・」
「うん?」
「お姉ちゃん、って呼んでもいいですか?」
一瞬、辺りに静寂が包み込む。そして、
「え、ええーーー!!?」
フィオナの驚きの声でそれは破られるのだった。
「お、お姉ちゃん!?私が?」
「はい!これからはお姉ちゃんと呼ばせてください!」
笑顔で答えるココにフィオナは呆然とする。
「えっと、何でそんな事に?」
「いや~、ココね、アンタの事すっかり気に入っちゃったみたいでさ。『フィオナさんが私のお姉ちゃんだったらいいのにな~』って、何度も・・・」
「や、やめてよミランダ。恥ずかしいよ」
ミランダの言葉にココは顔を赤くする。
「で、でも、急にお姉ちゃんって言われても・・・」
「そんなに難しく考える必要なんかないって、フィオナ。他の子達もさ、隊長や先輩ライダーの事を“お姉様”って、呼んだりするのは珍しくもないよ。まあ、流石に私は抵抗があるから言わないんだけど」
戸惑うフィオナをミランダがフォローする。言われてみれば確かにロザリーとクリスもゾーラの事をお姉様と呼んでいた。フィオナも覚悟を決めるのだった。
「うん、いいよココ。私で良いなら、お姉ちゃんって呼んでも」
「! お姉ちゃん!!」
「うわわっ!」
フィオナの返事を聞いたココは喜んでフィオナに抱きつく。その様子をミランダは呆れながらも微笑んで見ているのだった。
「私がお姉ちゃんか。世の中何がどう影響するか分かんないねホントに」
2人が去って行った後、フィオナは海を見ながら佇んでいた。
「あ、そういえば私も反省文を書かないといけないんだった。100枚か。明日までに書かないといけないんだよね。アンジュは・・・手伝ってくれないだろうな。はあ、今日は徹夜か・・・」
これからやらなければならない処罰にフィオナは少々、鬱になりながらも部屋へと戻って行った。
そんなフィオナの様子を空から見下ろす2人の男女の姿があった。男性の方は金色の長髪に背広を着た紳士的な印象の青年で、女性の方は黒いロングヘアーに胸元が大きく開いたカクテルドレスを着た妖艶な女性だった。ただ、彼女の顔は上半分を仮面で覆っていた。だが、それ以上に特異なのは2人がフィオナを見ている場所だった。2人は空に浮かびながら彼女を見ていたのだ。
「あれが例の少女、確か名前はフィオナといったかな?」
青年は女性に静かに訊ねる。女性は頷くと、
「そうよ。尤も、それはアルゼナルの司令官が付けた仮の名前だけどね。彼女は危険よ。今はまだ記憶を失っているけれど、あの子の記憶が完全に蘇って、あの子の機体、アルテミスが真の力を解放した時、必ず脅威となるわ。この世界にとって、貴方にとってもね」
青年に警告する。だが青年は慌てる所か楽しそうに振舞う。
「ほう。それはそれでなかなか面白そうではないか。そういう事は私は寧ろ大歓迎だよ」
「真面目に聞いて!あの子の恐ろしさはそれだけじゃない。あの子はこれから先、何が起こるかを大体は把握している。現にあの子の行動で本来は死ぬ運命にあった3人のノーマが生き延びているわ。それはつまり、あの子はこの世界の歴史に干渉できるという事なのよ!貴方が作ったこの世界の秘密も貴方がこれからやろうとしている事もあの子は知っている。貴方の弱点さえもね!早く手を打たないと取り返しのつかないことになるわよ!」
女性は激昂して警告するも青年は余裕の態度を崩さない。
「ますます面白いじゃないか。物事が予定調和に進む事ほど退屈な事はないからな。今のこの世界の様に。それに君は彼女を私や世界にとって脅威と言ったがそれは、“君にとっても”そうではないのか?」
「っ!人が忠告してあげているのに。まあいいわ。とにかく、あなたが自分の理想を実現したいと思うなら、あの子には気をつける事ね。その余裕な態度が命取りにならないといいわね、“神様”!!」
女性は皮肉混じりに言うとそのまま消えていった。後に残った青年は再びアルゼナルを見る。
「やれやれ、余裕のない女ほど見てて痛々しいものもないな。そもそも私は神様ではなく“調律者”だというのに。まあいい。彼女というイレギュラーな存在が私やこの世界にどんな影響をもたらすのか?是非とも楽しませてもらうとしよう。私と君が出会うその時までその命、つまらぬ事で散らさないでくれたまえよ、フィオナ」
青年、エンブリヲは静かに微笑むとその場から消えるのだった。
書きたいと思ったネタを詰め込んだらこんなにも長くなってしまいましたが漸くアンジュの断髪まで行く事が出来ました。原作アニメの方はクライマックスへと進んでいますが、アニメが終わった後もこの作品にお付き合い戴けると幸いです。それでは