クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 アムネシアの少女   作:気まぐれキャンサー

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第10話 少女が見た夢現

 「・・・以上が今回の戦闘の全てです」

 

 アルゼナルの司令官の私室でサリアはジルに今回の戦闘のあらましを報告していた。報告書を見たジルは顔を顰める。

 

 「やれやれ、赤字決算もいい所だな。アンジュめ、やってくれたものだ。だが、これだけの損害でありながら死亡者は0・・・いや、まだアンジュとゾーラは分からんか」

 

 「はい。ですが、少なくともココは命拾いしました。隊長とアンジュも機体は大破こそしたものの墜落は免れました。フィオナのお蔭で」

 

 「そうだな。しかし、それはあくまで結果論に過ぎん。しかもフィオナの奴、独断でミランダをココと一緒にアルゼナルへ帰投させたそうじゃないか。新兵風情がこういう事するのは問題だと思うがな」

 

 「しかし彼女の判断がなければココだけでなく、ミランダも命を落としていたかもしれません」

 

 サリアはフィオナを弁護するがジルは首を横に振る。

 

 「言った筈だ、サリア。結果論だとな。それに今回の事を副長としての責任をどう思っている?」

 

 「そ、それは・・・私があの時、すぐにアンジュを撃っていれば」

 

 「そうだ。ここまで事態は混迷しなかっただろう」

 

 「次こそは・・・撃ちます!」

 

 「それでいい。そうでなければ、また今回の様な事が起きかねないからな・・・と、電話だ」

 

 机の電話が鳴り、ジルは受話器を手に取る。

 

 「ジルだ。・・・そうか。ご苦労だったな、マギー。サリア、朗報だ。先程、手術が終わってアンジュとゾーラ、2人とも一命を取り留めたそうだ」

 

 「ほ、本当ですか!?司令」

 

 「ああ。だが、ゾーラの方は意識が戻らんらしい。暫くは戦闘に出るのは無理だろうな」

 

 「そう、ですか・・・」

 

 「まあ、何にせよ助かったのは事実だ。そこは素直に喜ぶべきだろう」

 

 ジルはそう言うと部屋を出て行く。サリアもそれについて行くのだった。

 

 

 2人が医務室に行くとそこには沈痛な面持ちの第一中隊がいた。ベッドにはアンジュとゾーラが横たわっていた。ゾーラは全身、包帯だらけで口には酸素マスクが付けられていた。アンジュも包帯だらけだったが、ゾーラに比べれば怪我はそれほど酷くはなかった。只、逃げられない様に手足に拘束具が付けられていた。ジルはアンジュに近づくと既に目覚めていた彼女に冷淡に告げる。

 

 「パラメイル3機大破。メイルライダー1名、意識不明の重傷。ドラゴンも撃ち漏らした。これがお前の敵前逃亡がもたらした戦果だ、アンジュ」

 

 その様子をフィオナは黙って見ており、彼女の手にも包帯が巻かれていた。

 

 「何とか言えよ、おい!」

 

 「手を出すなよ、これでも負傷者には違いないんだからさ」

 

 激昂するロザリーをマギーが窘める。

 

 「私はミスルギ皇国へ帰ろうとしただけです。何も悪い事はしてません」

 

 この言葉にロザリーはますます憤慨する。

 

 「何言ってやがる!お前のせいでお姉様がこんな事になったんだぞ!!」

 

 「この人でなし!お姉様を、私達の隊長を返して!!」

 

 クリスも目に涙を溜めながら叫ぶ。

 

 「人でなし?・・・ノーマは、人間ではありません」

 

 アンジュの暴言に周囲は絶句し、フィオナも目を細める。

 

 「このっ!!」

 

 激怒したヒルダがアンジュに踵落としをお見舞いしようとした。

 

 「なっ!?」

 

 しかし、その足がアンジュに届く事はなかった。フィオナが腕でヒルダの足を受け止めていたからである。これにはジル以外の全員が驚く。

 

 「なんのつもりだ、てめぇ・・・」

 

 「アンジュに怒りを覚えるのは分かるよ。でも、アンジュの怪我も決して軽いわけじゃないんだよ。傷に障る様な事はしないでくれるかな」

 

 「この期に及んで、まだコイツの肩を持つ気かよ!」

 

 「・・・どうしてもやると言うなら、私が相手になるよ?」

 

 「っ!チッ」

 

 フィオナの迫力に気圧されて、ヒルダは足を引っ込める。そしてフィオナはアンジュの方に向く。

 

 パシン

 

 医務室に乾いた音が響く。フィオナがアンジュの頬を手で叩いたのだ。

 

 「何もかもアンジュの責任だとは言わない。でも、あなたのした事でゾーラ隊長が重傷を負って、仲間達が危険に晒された事も事実だよ。それを『ノーマだから』と言って逃げるのだけはやめてほしい。これ以上、私を失望させないで」

 

 フィオナは悲しそうな声でアンジュに言うのだった。

 

 「ゾーラは暫く動けん。復帰するまでは隊長はサリア、副隊長はヒルダでいく。ドラゴンが発見され次第、再出撃する。では、解散」

 

 『イエス、マム!!』

 

 ジルが第一中隊の今後の方針を伝える。それに応答してからサリア達は医務室を出て行った。フィオナも出て行こうとした。

 

 「待てフィオナ。お前は少し残れ。大事な話がある」

 

 ジルに呼び止められ、フィオナは医務室に残る。

 

 「話って、何ですか司令?」

 

 「お前に伝えておかなければならない事が2つあってな。まず最初に、エマ監察官」

 

 「はい司令。フィオナ、あなたの事をノーマ管理委員会に照会してもらいました」

 

 「えっ、そうなんですか?それで、結果は?」

 

 フィオナがエマに訊ねると彼女は首を横に振る。

 

 「残念ながら、あなたに該当するノーマのデータはないとの回答が返ってきました」

 

 「そうですか・・・」

 

 どうやらノーマ管理委員会にもフィオナの正体は分からなかった様だ。

 

 「残念だったな。まあいい。次にお前が先の戦闘で行った事についてだ。お前は、機体を失ったココをミランダの機体に乗せた上でミランダを独断でアルゼナルへ帰投させたな。その上、アンジュとゾーラを助ける為にかなり無茶な行為に走った。これがどういう意味か分かるな?」

 

 「・・・はい」

 

 真剣な表情で訊ねるジルにフィオナも真剣に頷く。

 

 「確かに4人は助かった。だが、お前の独断専行が逆にあいつ等を危険に晒していたかもしれないんだ。いや、下手したらお前自身さえもな。よって、お前には処分を受けてもらう。内容は追って伝える。いいな?」

 

 「はい。申し訳ありませんでした」

 

 「話は以上だ。もう行ってもいいぞ」

 

 フィオナは頭を下げると医務室を出て行くのだった。

 

 「ジル、そりゃないんじゃないのかい。確かにフィオナの独断だったけどさ、あの子が頑張ったからこそ、隊長さんも新兵達も死なずに済んだんじゃないか」

 

 マギーが咎めるがジルは煙草に火をつけると、

 

 「終わりよければ全て良し、なんてわけにはいかんだろう。けじめは必要だ。それに下手に持ち上げて増長して、早死にされても困るからな」

 

 一服しながら言うのだった。

 

 

 自室に戻ったフィオナは暫く佇んでいた。が、

 

 ドン!!

 

 突然、壁に拳をぶつける。痛みが走ったが彼女は気にならなかった。

 

 (ココちゃんとミランダちゃんは助ける事ができた。でも、ゾーラ隊長は命は助かったけど意識不明になって、アンジュと第一中隊との間に溝が広がるのを回避する事は出来なかった。こうなるってわかっていたのに・・・)

 

 フィオナの心に運命を変えられなかった悔しさが沸いてきた。完全に想定外だった。映像では1匹だけだったガレオン級が2匹、出現した上に自分に襲い掛かってくるなど。

 

 (いや、ある意味で当然の結果なのかもしれない。私はアルテミスの映像を当てにし過ぎていた。あの映像には“私はいなかった”のに)

 

 そう。アルテミスの映像にはアンジュと仲間達の姿はあったが、フィオナ自身の姿はどこにもなかったのだ。だが、此処へ来てからガレオン級が現れるまでの出来事が映像の内容とほぼ一致していた為、フィオナは失念していた。映像にはいなかった自分が関わる事で何かしらの変化が起きる可能性を。

 

「その結果がこれか。結局、アンジュには辛い思いをさせてしまった・・・」

 

 しかし、後悔しても始まらない。とりあえずフィオナはドラゴンとの戦闘で疲れた身体を休める為に自分のベッドで横になる。そして、ある事を思い出す。

 

 (そういえば、ガレオン級と戦っていた時に聞いたあの声は何だったんだろう?)

 

 【忌々しい偽りの民め!今度こそ地獄へ落としてくれようぞ!!】

 

 フィオナは戦闘中に聞いた謎の声の事を考えてみる事にした。

 

 「偽りの民、か。私の考えが正しければこの声の主は・・・」

 

 

 (んっ。あれ、此処は一体?)

 

 自室にいた筈のフィオナは見慣れぬ場所にいた。そこは床や壁、天井に至る全てが白いタイルが敷き詰められた不思議な部屋だった。

 

 (ここは何処なんだろう?アルゼナルにはこんな場所は無いし。って、ん?誰かいる)

 

 フィオナは部屋に人がいるのを見つける。そこには1人の人間がいた。だが、男性か女性かは分からなかった。何故なら、その人物は黒いフード付きのローブで羽織っていたからだ。当然、顔も分からない。

 

 (この人、誰なんだろう?どうして、こんな所にいるのかな?)

 

 フィオナが不思議に思ったその時だった。

 

 ピカァ!!

 

 (うっ!ま、眩しい!!)

 

 突然、部屋全体が眩い光に包まれる。タイルが一斉に光りだしたのだ。余りの眩しさにフィオナは目を瞑る。暫くすると光が消えて、彼女は目を開ける。すると、

 

 (え!?ど、どうなってるの!?)

 

 フィオナは目を疑う。そこは今までいた白い部屋ではなく、荒廃した風景が広がっていた。かつては街だったであろうそこは壊れ、古びた廃墟が所狭しと立ち並んでいた。

 

 (正に滅亡した、って感じの風景だね。あっ!さっきの人がいる。何やってるのかな?)

 

 そこには先程のローブの人がいた。すると、その人の前から沢山の人影が現れる。いや、それは人ではなかった。

 

 (え!?アレって、ロボット!?それも人型の?)

 

 人の形をしたロボットが沢山いた。しかも全員、その手に様々な武器を携えていた。ロボット達は行進を止めると武器を構える。そして、リーダーらしきロボットが手を挙げ振り下ろすと、

 

 ズガガガガッ!!

 

 銃器を持ったロボット達が一斉にローブの人に向かって、発砲したのだ。

 

 「あ、危ない!!」

 

 フィオナは思わず、声を上げる。だが、ローブの人は大きく跳躍し、その銃撃を回避する。すると、ローブの人は懐から大きなハンドガンを取り出した。そして、

 

 バンッ!バンッ!

 

 ロボット達に向かって発砲した。弾はロボットの胸と額に大きな穴を開けた。銃撃を受けたロボットは前のめりに倒れると爆散するのだった。

 

 (す、すごい。ハンドガンだけでロボットを一撃で・・・)

 

 フィオナは思わず目を見開く。すると、ロボット達は再び銃撃を行う。すると、ローブの人は今度はそれを目にも止まらぬ速さで走り、回避したのだ。

 

 (速い!あれだけの弾幕の中を走破しているなんて)

 

 ローブの人はロボット達の近くに来ると銃と体術で次々と破壊していった。ロボット達も必死に応戦するもローブの人は攻撃を紙一重にかわし、即座に反撃していく。瞬く間にロボット達はリーダーを含めて殲滅されるのだった。

 

 (あ、あれだけいたロボットを1人で倒してしまうなんて・・・)

 

 目を疑う様な光景を目の当たりにしたフィオナは唖然とする。すると、

 

 キュルキュルキュル

 

 何処からか大きな機械が近づいてくる音がした。フィオナは音がした方に顔を向ける。そこには、

 

 (え!?あれって、戦車!?)

 

 巨大な主砲とキャタピラが付いた戦車がやってきたのだ。戦車は主砲をローブの人の方に向けると、

 

 ドォーーーン!!

 

 砲弾を発射したのだ。砲弾は真っ直ぐにローブの人の方に向かって飛んで行き、直撃したかと思うと大きな爆発を起こす。辺りに砂埃が舞い、その人が着ていたローブが飛んでいった。

 

 (そ、そんな・・・どうなったの、あの人は!?)

 

 フィオナは心配そうにローブの人がいた場所を見る。砂埃はだんだん薄れていき、晴れていく。するとそこには1人の少女が何事も無かったかの様に立っていた。少女の手には剣が握られていた。それを見たフィオナは確信する。少女は砲弾が当たる直前に剣で真っ二つにしたのだ。だが、フィオナはその少女の姿を見て、目を見開く。その少女は白い髪に赤と青のオッドアイという姿だった。正しくそれは、

 

 (あれって、まさか。わ、私なの!?)

 

 フィオナそのものだった。なぜ、自分がこんな所で戦っているのか?フィオナには全く記憶が無かった。いやもしかすると、

 

 (これって、私の失われた記憶なの?)

 

 フィオナは少女を見てみる。少女は見慣れないバトルスーツを着ていた。だが、その顔と目に感情らしきものは無かった。すると少女は戦車へ向かって走っていく。戦車は再び砲弾を発射するが少女は素早く回避し、戦車へ近づいていく。戦車へ向かって跳躍すると、手に持っていた剣を使って砲身を真っ二つにする。戦車を降りると落ちていたロケットランチャーを手に取り、跳躍。ランチャーを発射する。

 

 ドカアアァァン!!!

 

 ロケット弾が直撃し、戦車は爆散するのだった。すると、

 

 ビーーー!!

 

 大きなサイレンが鳴ると風景が変わり、さっきの白い部屋へと戻った。

 

 (まさか、今のは全部シミュレーターだったっていうの!?)

 

 最早、仮想現実(バーチャルリアリティ)と呼んでも過言ではない精度のシミュレーターにフィオナは驚く。少女は息切れ1つしてなかった。すると、壁が開き、人が入ってきた。それは車椅子に乗った老婆だった。老婆は車椅子を動かし、少女に近づくと彼女に話しかける。

 

 「・・・・・・」

 

 老婆と少女の口は動いているが何を言っているかは全く分からない。

 

 (な、何を言っているのあの人達。そもそも、何者なの?)

 

 フィオナは2人に近づき、話を聞こうとした。その時だった。

 

 「起きろ、フィオナ」

 

 

 フィオナは、ハッと目を覚ます。そこはアルゼナルの自分の部屋だった。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていた様だ。

 

 「此処は・・・さっきのは全部、夢だったの?」

 

 「いつまで寝ぼけているつもりだ、全く」

 

 フィオナが声のした方を向くとそこにはジルとアンジュがいた。

 

 「し、司令。それにアンジュも。来てたんですか?」

 

 「ついさっきな。フィオナも随分とうなされていた様だが、怖い夢でも見てたのか?」

 

 「あ、いえ別に・・・」

 

 フィオナはベッドから起き上がり、寝癖と衣服を整える。

 

 「まあいい。それより、私と一緒に来い。見せたい物がある」

 

 「見せたい物、ですか?あの、アンジュはもう動いても平気なんですか?」

 

 「心配はいらん。こいつはゾーラと違って、見た目ほど怪我は酷くはないからな。マギーにも許可は貰っている。それよりも早く準備をしろ」

 

 「分かりました。ジル司令、1つお願いがあるんですけどいいですか?」

 

 「なんだ、言ってみろ」

 

 フィオナは真剣な顔をして答える。

 

 「ココちゃんとミランダちゃんを一緒に連れて行ってもいいですか?」

 




次回、ついにあの機体が登場します。

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