ISS 聖空の固有結界 ~IS学園編~   作:HYUGA

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 タイトルの通り、セシリア登場です。
 本当はのほほんさんの予定でしたが、書ききれませんでした(T_T)

 それではどうぞ(^_^)/


第五話 英国淑女と変化の兆し

 

 □英国淑女と変化の兆し

 

 ガヤガヤ。言葉に表すならその擬音がピッタリだろう。

 あの放送が終わった後、俺と箒はすぐ一年一組の教室に戻った。束の放送後、すぐに「教室に戻るように」という趣旨の放送があったからだ。

 そして、教室に戻ってみるとそこは朝にはなかったざわめきが、教室全体を支配していた。

 それは無論、さっきの束さんの放送による影響が大きいだろう。と、いうよりそれがすべてであろう。皆の顔を見てみれば不安、困惑、悲観、そんな表情が見えている。

 当然だ。ここはIS学園、束さんが言ったことが事実なら、かならずここに束さんが言う【剣】。すなわち俺達がやってくるのだ。ドイツでのニュースも相成り、皆不安が募っているのだ。

 

 ――――けど、場違いな人間も二、三人いるな…。

 

 そんな中、その他大勢に影響されず、マイペースな人間もちらほらと見える。

 たとえば、箒。彼女は、屋上から戻ってくる間も何か思いつめたような表情で考え込んだいるようで、現に今も窓の外を眺めながら難しい顔をしている。

 大方、束さんが言ったことの真意につい考えたりしているのだろうが、たぶん箒にはいくら考えても分からないだろう。その証拠にやがて、考えるのをやめたのか、ため息をついた箒は机の上に腕を置き、その上に顔を突っ込んだ。周りの声を拒絶するようなその仕草に俺は仕方のないことだと息を吐いた。

 

 ――――そして、意外なのが…。

 

 他に例を挙げれば後ろのほうで何もせずただ席に座っている金髪ロールな彼女もそうだ。

 確か名前はセシリア・オルコット。自己紹介の時外国からの留学生ということもあったが、スカートの端を摘み、さながら貴族の令嬢のような挨拶をしたことで印象に残った少女だった。その立ち振る舞いから見る限り、どうやら本当にどこかの貴族の令嬢らしく、数馬の好みのような気がする。

 あいつは深窓の令嬢みたいな女がタイプだったからな…。

 そんな彼女は、他の生徒から話しかけるとちゃんと答えるのだが、基本的に静かに洋書を読みふけっているようでどこかほかの生徒に比べ達観しているように見える。

 それが余裕なのか、はたまた油断なのか、今の俺には分からなかった。

 

 ――――ま、俺も人のことは言えないんだけどな。

 

 で、そう言う俺はというと自分の席に座り普通とは反対方向に身体を向け、椅子の背もたれ顔を乗せながら、さっきまでとは明らかに変わったこの雰囲気を眺めていた。

 この殺伐とした雰囲気に俺は嬉しさが込み上げていたのだ。

 別に、女子が怖がってる様子を見て喜んでるわけではない。俺はそんな変態じゃない。

 ただ、俺は自分が臨んだ世界に変わりつつあるこの映像が好きになっただけだ。自分の目的の第一歩を踏み出せたのを直で感じることができたから。

 それが俺には満足だった。

 

 

 

「数馬。今ならお前が騒いでたハーレムって言葉の有意義性、少しは分かる気がするよ…」

 

 

 

 今はもういない友達に俺は語りかけた。

 きっとあいつなら「リア充爆発しろ」とか言って、俺に悪態をつくと思う。

 その映像が容易に想像できて、俺は苦笑いを浮かべた。

 時間はもうお昼過ぎだ。まだ、入学したてでカリキュラムの仕組みはよく分からないけど、どことなくお腹がすいてきた。俺は、今か今かと千冬姉を待つ間に固まった体をほぐすようにグッと背伸びする。

 すぐ前に金色の髪が見えた。俺はいつの間にか近づいてきた彼女に、笑みを見せ「やぁ」と穏やかに声をかけた。

 

 

 

「やぁ、オルコットさん。どうかした?俺になんか用事か?」

 

 

 

 俺の呼びかけに、その金色の正体―――セシリア・オルコットさんはニコリと微笑んだ。

 

 

 

「こんにちは織斑さん。ご機嫌麗しゅうございます。えぇ、実を言いますと、少しお聞きしたいことがありましたの」

「お聞きしたいことって…俺に?」

「えぇ。ちょっとよろしくて?」

「う~ん…まぁ、いいぜ。実は俺も、オルコットさんに聞きたいことがあったからな」

「あら、光栄ですわ」

 

 

 

 そう言って、オルコットさんはまたニコリと微笑んだ。

 俺はたまたま空いていた目の前の席、つまり俺の後ろの席に座ることを彼女に進める。

 余談だが、この席に座っていた「鏡ナギ」という女生徒は、一夏が教室に帰ってきて普通に正面を向いて座ると思っていたのに、なぜか後ろ向きに座ったため、正面から向き合うような体制になり、我慢できずに教室から全力疾走逃げ出していた。

 このことに、クラスメートの大半が同情し、一夏はいつも通りのオート発動「鈍感」スキルで「我慢できなかったんだな…」と別の意味で同情したのだった。

 俺の勧めに、オルコットさんは「ありがとうございます」と言って、優雅に席に座った。

 

 

 

「では、さっそくで本当に恐縮なのですが、織斑さん」

「あ、別に一夏でいいよ。織斑だったらちふ…じゃなくて、織斑先生と被るだろうしさ」

「そうですか、では一夏さんと。わたくしも、ぜひセシリアとお呼びください」

「あぁ、わかった。話を折って悪かったな。続けてくれ」

「では、改めまして。一夏さん。率直にお聞きします。あなたはさっきの篠ノ之束さんのお話、どう思われましたか?」

「…ホント、ストレートに来たなぁ」

 

 

 

 オルコットさん改め、セシリアの柔らかな態度に似合わないストレートな物言い、俺は苦笑いした。

 さて、どう応えたものか。セシリアが、こんなことを聞いてくる理由はきっと、俺が唯一の男性IS操縦者だからだ。けど、俺の心理から行くとそうはいかない。

 なぜなら、俺はここの生徒であると同時に、束さんの【剣】でもある。

 下手なことを言うと、それこそいっかんの終わりだ。でも、とにかくなんとかしないとな。

 俺はニッとわざと悪そうに笑った。

 

 

 

「じゃあセシリア。お前はどう思ったんだ?あの放送を?」

「まぁ、質問を質問で返すだなんて失礼ですよ一夏さん?」

「はは。悪い悪い。けど、正直俺も聞きたいことはこれだったからな。よろしければお嬢様、レディーファーストです。どうぞお先に」

「あらあら、それを言われたら弱いですわ。ホント、一夏さんは口車がお上手ですね?」

「な~に。これは経験則ってやつだよ…。女の尻ばかり追いかけてたバカな悪友のな…」

「?よくは…わかりませんけど。いいですわ。では僭越(せんえつ)ながら、わたくしから先に」

「あぁ。よろしく頼む」

 

 

 

 脳裏に浮かんだ悪友の影を俺は首を振り、振り払い。俺はまた貼り付けたようなわざとらしい笑みを浮かべた。悪友(あいつ)のような…ずる賢そうな笑みを。

 その俺の笑みに対抗するように、セシリアはニコニコと笑っていた。

 英国淑女らしいその笑みを浮かべばがら、セシリアは、

 

 

 

「結論から申し上げます。わたくしは篠ノ之束博士がおっしゃった計画は、実現不可能だと考えます」

 

 

 

 俺達の計画を真っ向から否定したのだった。

 なかなかはっきりと言ってくれる。顔に出さないように注意はしていたが、その予想外すぎる彼女の言葉に俺は思わず失笑してしまった。

 べつに、彼女の言うことがおかしかったわけではない。むしろ、清々しいまでの否定の言葉に、俺は感心すらしていた。

 けど、セシリアはというと、どうも俺の失笑がお気に召さなかったらしく、少し拗ねたような不機嫌そうな顔を浮かべていた。その顔に、俺は「悪い悪い」と謝った。

 

 

 

「いや、ごめんセシリア。別に悪気があったわけじゃないんだ。ただ、ちょっとな」

「もう、酷いですわ一夏さん。笑うだなんて」

「だからごめんって」

「わたくし、そう言う人嫌いです」

 

 

 

 はは、おいおいセシリアさん。そのセリフは雪が降る中、アイスクリームを食べながらでないと言っちゃいけないんだぜ?

 ま、イギリス在住の彼女に言ったところで仕方ないんだけどね。

 俺は一回息を吐くと、改めてセシリアに問いかけた。

 

 

 

「で、セシリア。教えてくれるか?どうして、さっきの結論になったのかをさ」

「もう、一夏さんたらせかっちなんですから…」

「御嬢さん、よろしければこれからホテルにでも」

「あらあら。本当にせっかちですわ一夏さん。ですがまたの機会に」

「ありゃりゃフラれちゃった。で?どうなんだいセシリア?」

「うふふ、そうですね」

 

 

 

 そう言ってセシリアはどこか含むような笑みを浮かべ、

 

 

 

「では、正直に申し上げます。なぜなら、わたくしはこの世界がみなさんが思っている以上に【脆い】と思っているからですわ」

 

 

 

 さっき言ったことと正反対な結論に至りそうなことを平気で言うのだった。

 その言葉に、俺は目を丸くした。

 

 

 

「これはまた、予想外すぎることを言うな」

「えぇ。わたくし、自分にウソはつきたくないものですから。わたくしは思うのです。この世界はそう遠くない未来に破綻すると」

「ふ~ん。それで?なんでそれが篠ノ之束の計画の失敗につながるんだ?」

「そうですね。本当ならば、ここで『わたくしが先に壊しますから』とか、そういう恰好のいいことをいいたいのですが、強いて言うなら――――」

 

 

 

 そこで一つ区切って、

 

 

 

「篠ノ之束が、世界の敵になったからですわ」

 

 

 

 呟くようにその事実だけを言ったのだった。

 俺は首を傾げた。

 

 

 

「篠ノ之束が敵になったらどう変わるんだ?」

「えぇ、それは大きく変わりますわ。たとえば一夏さん。あなたが英国の大統領だとします。そのとき、今のような現状になったらいかがいたしますか?」

「…、そりゃ、自国の警備を強化するな。今のご時世ISがなければ、自国の守りなんてなきにしもあらずなんだから」

「はい、それで半分ですわ」

「半分?」

 

 

 

 眉をひそめる。

 

 

 

「一夏さん。わたくしならこういたしますわ。国の防衛の強化。そして、…篠ノ之束の捜索を命じます」

「…そういうことか」

 

 

 

 納得した。

 篠ノ之束を敵に回すということはつまり、そういうことなのだ。

 

 

 

「篠ノ之束博士は、一夏さんもご存じのとおりISの基礎を創ったお方ですわ。そのお方がいなくなるということは、IS技術の進歩が完全に止まってしまうということ…つまり、抑止力がなくなるということですわ」

「これまでは、どれだけ研究しても篠ノ之束が先を行っていた。だから、各国でどれだけ大きな研究をしても不動の一位がいたということだな」

「そうですわ。繰り返すようですが、そのようなお方いなくなるということは、本格的なISの製造競争が始まるということを意味します。どんな手を使ってでも…」

「…下手すりゃ、戦争だぞ」

「えぇ、だからわたくしは失敗すると思うのですわ。篠ノ之束が敵に回った時点で、この世界は変化してしまったと思いますから」

 

 

 

 そうだな、一理ある。

 俺は思案顔で頷いた。そうか、そういう考え方もあるのか。セシリアの言うことに、俺は感心した。

 

 

 

「それに、さきほどの篠ノ之束博士がおっしゃった、確か…【ISS】?というのも関係していると思いますわ。第六世代の力を持つISだなんて、どの国ものどから手が出るほどにほしいはずですから」

「それで捜索ってわけだな」

「世の中では第三世代がやっと出回り始めたって感じですからね。当然ですわ」

「違いない」

 

 

 

 それは先ほどの放送でも流れた篠ノ之束、渾身の一作である四機の最強の兵器。

 その技術を手に入れられたら、確実にバランスは崩れ去る。だからと言って、世界各国が、それを欲さないわけない。

 他の国より一歩先へ。どの国も、そんなことを思ってるはずだ。

 まさか、そのうちの一機がここ(IS学園)にあるだなんて誰も思っちゃいないと思うけどな。俺は思わず失笑してしまった。それに、またしてもセシリアは不満げに頬を膨らましていた。

 

 

 

「もう、またそんな笑いをするだなんて…わたくしの考えに、どこかご不満でもおありになるのですか?」

「あぁ、違う違う。これは別にセシリアのことを笑ったわけじゃなくって。ちょっと別の理由がな」

「別の…?いったいどのような?」

 

 

 

 できれば聞かないでほしかったんだけどな。

 ボロが出るのもヤバいし。よし、誤魔化すか。

 

 

 

「いやな、どうやってセシリアをホテルに誘おうかと思ってさ、さっきの解説で、より深く惚れちまったからさ」

「も、もう、だからそれはお断りしたじゃないですか!」

「はは、ごめんごめん」

 

 

 

 なんとか誤魔化せたかな…。あぶないあぶない。顔を真っ赤にしてそっぽを向いたセシリアの態度に安堵の好きを吐いた。

 若干、周りの視線が痛いが…ま、それは仕方がない。

 と、いうか、なぜか視線を感じるな…と、思ってたらいつの間にかクラス中が俺達の会話に耳を澄ませていた。当然か。世界唯一の男性操縦者に、このクラス唯一の代表候補生。その二人が話してるのがタイムリーすぎる話題とくれば、そりゃ視線も集まるわな。

 気にしないようにするか。

 

 

 

「まったく…それで、一夏さん。わたくしは話しましたわよ。今度こそは、話してくださいますか?」

「は?なにを?」

「あなたの意見ですわ!お忘れになれたのですか!?」

「そ、そんな怖い顔すんなよ…、冗談だって、冗談」

 

 

 

 頬を膨らませ、プンプンと怒るセシリアを諌(いさ)めるように俺は顔の前で手をかざす。それになんとか納得したのか、セシリアは大人しく引き下がってくれた。

 さて、いよいよこっちの番か。

 俺は視線を落とした。いったん整理して考えるためだ。

 セシリアは、失敗すると言った。それは、俺達が手を下す前にこの世界が終わるからというからだ。これを踏まえたうえで俺の意見、か…。

 

 なら、別のやつのことを考えてみるとしよう。

 

 束さんはどうだ?あの人は計画の立役者。きっと、俺達の知らないようなことまで考えているはずだ。あの人のことはとりあえず除外しよう。

 なら、鈴は?鈴はきっと、自分のためというより、俺や弾。数馬のためってのが大きいはずだ。性格はきついが、心は優しいあいつのこと、世界より身の回りのやつらのことが大事なんだろう。

 弾は?あいつはきっとぶれない。あいつが目指すのは【世界への復讐】ただ、それだけだろう。

 じゃあシャルは?あいつの場合は、鈴と弾、二人を足して二で割った感じだろう。救ってくれた束さんへの恩と、自分の復讐。どちらも大事なはず。

 

 いろんなことを考えた。仲間の、敵の、自分の。そして、その結果、俺は考えがまとまった――――

 

 

 

「そうだな、なら、俺も結論から話そうかな」

 

 

 

 俺はセシリアをまっすぐ見つめた。白人特有の白い肌が赤く色づいた。そして、いつの間にか俺達を見ていた箒が不機嫌になった。

 けど、次の瞬間には、俺の言葉にセシリアも、クラスのみんなも、近くで聞いていた箒も、目を丸くするのだった。

 

 

 

「俺は。…正直、分からないな。先のことなんて」

 

 

 

 俺の無責任すぎる発言に。

 

 

 

「え、そ、それはまた、なんとも…それも、冗談、なのですよね…?」

「いや、冗談じゃねーよ。俺には分からない。この先何があるのか、世界がどう変わるのかなんてな」

「!?無責任だぞ一夏!!」

 

 

 

 箒が勢いあまり、席から立ち上がった。

 カツカツと二席分の移動距離を歩き、バンッとセシリアが座っている席を叩き、俺を睨みつけてくる。おいおい、机の主である鏡さんが後ろの方で涙目になってるぜ、箒さん…。

 いやいや、ていうかみんな俺に何を求めてるんだよ。一応言っておくけど、男とはいえ、俺はここではIS学園の一生徒でしかないんだぞ?

 俺は思わず苦笑いしながら、話を続けた。

 

 

 

「まぁ落ち着けって箒。みんな驚いてるだろ?」

「っ!?…それは…す、すまない…」

 

 

 

 俺の指摘に、箒は真っ赤な顔で俯いた。我に返ったな。

 

 

 

「気にすんなって。それにセシリアもお前らも、人の話は最後まで聞けっての」

「は、はぁ…それは続きがあるということで解釈させていただいてもよろしいのですか?」

「もちろん。箒もなんなら近くで聞いてけよ。そこ席空いてんだから」

「…すまない。ありがとう」

 

 

 

 穏やかに言うと、箒も大人しく席に着いた。

 それを見て、今度は幾分大きな声で語り始める。クラス全員に聞こえるように。

 

 

 

「それで、さっきの続きな。確かに、俺には今後のことはわからない。けど、どうせ為るように為ると思うんだ。たとえ、戦争が起こって、世界全土が焼け野原になっても、…人類が滅亡しても…ね」

『『…。……』』

 

 

 

 空気が凍ったのを感じて、俺はやっちまったと思った。俺の口調の変化に皆気が付いたようだ。

 っと、危ない。昔の自分が一瞬出てきてしまった。千冬姉と鈴と弾、それに数馬にしか興味がなかったあの頃の自分が今でも無意識に出てきてしまうから怖い。

 俺は暗くなった雰囲気を変えるために笑みを浮かべた。貼り付けたような笑みを。

 

 

 

「と言っても、全部が分からないわけじゃないな。俺も、セシリアの言った通り変わると思うよ、世界は。けど、大丈夫だって。何と言ってもここは天下のIS学園。世界が変わってもここに篠ノ之束が来るのは最後だと思うんだ」

「…どうして、そう思うんだ?」

「ん~感…かな?ごめん箒、今はこれくらいしか言えない」

「…なんとも、説得力に欠ける話だ」

「はは。ホント、その通りだよ」

 

 

 

 箒の問いかけに対する応えに、クラスが心の中でこけた気がした。だけど、これでクラスの雰囲気はだいぶ落ち着いた。

 根拠も何もない説得だったが、今、彼女達が求めている「安心」を与えることはできたと思う。

 俺は微笑んだ。微笑みながら思った。

 あぁ…俺はなんてバカなことをしてしまったのだろうと。自分で与えた「安心」を、自分で壊さなきゃいけないのだから。

 

 

 

「…ま、それはそれとして、お前ら、これだけは絶対に覚えとけよ?俺の話でも、セシリアの話でも出てきたけどな…世界は、確実に変わったんだ。それも絶対的に悪い方にな…。これから何が起こるか…想像もつかない。だから、本気で心配しとけ――――」

 

 

 

 ――――自分の身は、自分で守れるように…な。

 

 

 

「そうだ織斑の言うとおりだ。世界は変わった。そして、…お前たちの立場もな」

『『…っ!?』』

 

 

 

 今度こそ、俺も驚いた。

 突然のその声に、クラス全員がばっと教室の入り口を見る。そこに声の主はいた。

 教室のドアを背もたれに、脇に出席簿を挟み両腕を組み、完全な聞き体勢になっていた凛々しい女性。IS学園1年1組の担任、織斑千冬が。

 

 

 

「…びっくりしたぁ…聞いてたのかよ、千冬姉?」

「あぁ。誰も気づかなかったから勝手にな。すまないと思ってる。が――――」

 

 

 

 教壇に向かって歩きながら、千冬姉がパンパンと右手と出席簿を叩く。

 俺は気づいた。あ、ヤバい。やっちまった、と。

 

 

 

「…お前は、まだ分かってないようだから、特別にもう一度だけ言ってやる。学校では…織斑先生、だ!!」

「ガッ!?…す、すみませんでした…」

 

 

 

 スパンッ。教壇に立に立つと、ちふ…じゃなくて、織斑先生は容赦なく俺に絶対によけることのできな一撃(出席簿)を下した。なぜか、さっきよりも痛い気がする。

 で、俺は気が付いた。教壇の目の前の席はちょうど手の高さに頭があるから叩きやすいらしい、と。

 不合理だ。この席になったときから何かしらの陰謀を感じていたが、今度こそ俺は確信した。この席になったのには、間違いなく何かの陰謀が絡んでいるのだと。

 

 

 

「いててて…」

「ほら、お前らもこうなりたくなかったら早く席につけ。私は最近のPTAなど気にはしてないから、容赦なくやるぞ?」

「いや、そこは気にしろよ千冬姉…」

「何か言ったか織斑?」

「なんでもありません。サー!」

 

 

 

 本気で殺気が飛んできた。

 それが分かったのか、クラスメートは全員5秒とかからないうち内に自分の席についていた。

 さすがに、ドイツで教官やってただけはあるよ…千冬姉。

 

 

 

「うむ。まずまずだな、だが、次は3秒以内に席につけ。有事の際、それでは遅すぎるからな」

「…日本の高校の一クラスに何を求めてるんだよ」

「無論、一個中隊の戦力だ」

「それはレベル高すぎだろ!?冗談でもきついつーの!?」

「…。……」

 

 

 

 俺の言葉に、なぜか千冬姉は黙ってしまった。

 その雰囲気は、どことなく暗い。俺はなんとなく察した。これは、何かあったと。

 

 

 

「…あれ?なんで黙るの千冬姉?え?まさか本気だったの?」

「…織斑先生だ。馬鹿者。…だがまぁ、いい。…ホントに、冗談ならよかったのだがな…」

「え…?」

 

 

 

 千冬姉が出席簿で叩かない?

 それに、いつもなら流す俺のジョークにも、冷たくあしらうだけ。最後の言葉に至っては、不穏すぎる。

 これはいよいよもってヤバい。俺は唾をのんだ。

 よく見れば、千冬姉は唇を噛んでるようにも見える。俺は感じた。これから、俺達を囲う世界が大きく変わろうとしているということを。

 

 

 

「…織斑先生。何が、あったんですか?」

「…。……」

 

 

 

 何かを言いにくそうな千冬姉。けど、やがて諦めたのか息を吐く。

 そして、何を思ったのかさっき俺を叩いた出席簿を開き、何かを取り出した。

 赤い。それは赤い封筒だった。瞬間、箒が凍りついた。いや、箒の他にも、数名のクラスメートが凍りついている気がする。そして、そのすべてが、日本人の生徒だった。

 そして、俺もなんとなく理解していた。そんなことをやるだなんて、中々に、まぁ…。

 

 

 

「…【赤紙】ですか。それは、嫌がらせにもほどがあるだろ…千冬姉」

「…規則でな。有事の際は、これを発行することになっているのだ。IS学園を造る際、二代前の総理大臣が嫌がらせで造ったホントにクソッタレな規則だがな」

「…差し詰め、男が歩んできた苦労を思い知れってとこか。下種め」

「…あぁ。その通りだ、一夏」

 

 

 

 名前で呼ばれた。それほどまでに、千冬姉も気が動転してしまっているのだ。

 本当に、この世界は腐ってるな。俺は改めてそう思った。

 俺と千冬姉との会話に、クラスの大半は不思議そうに首を傾げている。だが、俺達の不穏な会話に不安も覚えているはずだ。

 けど、避けては通れない道だ。千冬姉も、その場で破り捨てたいのだろう。手がブルブルと震えている。が、そういうわけにもいかない。

 やがて、千冬姉は封を切り、中から紙を取り出す。そして、それを朗読した。

 

 変化の兆しが、ついに現れたのだった。

 

 

 

「…。本日10;34時に行われた篠ノ之束による世界への宣戦布告。それを踏まえたうえで、我々IS学園教員一同は以下の決断を下す。

 指令、本学園1年1組。同クラスの生徒は、本日をもって例外なく我が校にて設立された特別IS部隊への、編入を命ずる。操縦者過程の生徒は三尉。その他の生徒は三等兵相当の地位を与えられることとなる。これは決定事項であり、異論は認められない。

 なお、同クラスに所属する【織斑一夏】【篠ノ之箒】【セシリア・オルコット】の三名は、専用機を所持しているため、階級は一尉相当のものとし、指揮官職を命ずる。こちらも、決定事項であるため、異論は認められない。

 …私の話は、以上だ」

 

 

 

 生徒は皆、茫然としていた。そして、ついには泣き出す生徒までいた。

 俺自身、この決断を下したIS学園の教員に少なからず怒りがわいてくる。が、千冬姉の態度を見る限り、これがIS学園の総意であるとは思えなかった。

 だって、千冬姉は持った紙を今にも破りそうなほどつよく握っているし、噛みすぎて唇から血まで流れている。その姿を見せられたら何も言えない。クラス全員は、ただその事実だけを受け入れるしかなかった。

 

 

 

「…織斑先生。これってつまり、そういうことでいいんですよね?」

「…あぁ、そうだ織斑。これは紛れなく―――」

 

 

 

 そして、千冬姉は手に持った紙をぐしゃりと潰し、呻くように叫んだ。

 

 

 

「【徴兵】だ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




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