□世界が崩壊した日
『ぴんぽんぱんぽ~ん!!みなさ~ん!!こ~んに~ちは~!!』
IS学園の廊下。次の授業が教科書の配布であるため、一年一組担任『織斑千冬』は教科書の最終確認のため、教科書が置いてある教室に足を向けていた。
そんな中、彼女の耳に聞きなれた声が聞こえてくる。
学園の各教室、廊下等にある放送用のスピーカー。そこから聞こえてきた愉快な声に、千冬は驚嘆した。
――――何をしてるんだ!?あのバカは…!?
ギリッと歯を食いしばり、彼女はこれまで自分が歩いてきた廊下を全力で逆走する。
あの篠ノ之束が、何の目的もなく、こんなことをするはずがない。
長い付き合いだからこそ、千冬は分かっていた。
世界最高の科学者、それと同時に世界最大の厄災と並び評される彼女が、ただでこんな事件を起こすはずがないと。
烈風のごとく、最終兵器が走る。廊下にいた生徒のスカートはひらめき、階段を三段ずつ駆け上がる。職員室までに有した時間は10秒前後だった。
ガラッと、職員室のドアを開け放ち、職員室に駆け込む。
僅かな息切れを整え、顔を上げる。
その瞬間。篠ノ之束の勧告が行われた。世界に向けた、最終勧告が――――
『――――篠ノ之束は、このクソッタレな世界に“宣戦布告”しま~す――――』
*
「…宣戦…布告…だと…」
目の前にいる箒が、束さんの言葉を聞いて絶句していた。
だが、それは仕方のないことだと思う。俺達は今、歴史が変わった瞬間に立ち会っている。世界の秩序が崩壊した瞬間に立ち合っているのだ。
『まぁ~こんなこと言ってますが~みなさん方『ぶあぁあか(バカ)』にはよく理解できてないでしょ~?だから、ミジンコでもわかるように、束さんが簡単な解説をしたいと思いま~す!はい!拍手~』
おそらく、世界各国で今頃、この電波ジャックは壮大な混乱状態を招いてるだろう。
世界全土同時電波ジャック。こんなことをできるのは束さん。あなたくらいだよ。感心する俺の前では、箒がプルプルと震えている。
その様子では、束さんの放送に対して、驚きを通り越し、怒りに至ったのだろう。
怖い怖い…。俺は失笑した。
『じゃじゃ~ん!!まずは!!宣戦布告って言葉の意味から!!宣戦布告…英語にすると『Declaration of war』つまり、今から戦争しま~すっていう通告ってこと♪え?知ってる?あははは!!みんな、頭よかったんだね~よしよし。じゃあ、この次の戦争の定義もすっ飛ばして大丈夫そうだから、なぜ束さんがこんなことをするのか!!そこに行ってみよ~う!!』
人を完全に馬鹿にしてる。
世界中の放送を見ている人間が同じことを思っていると思う。だけど、束さん場合、これが素なんだからどうしようもない。
さて、問題は次からだ。なぜ、束さんが…俺達がこんなことをやるのか…。俺達がこの世界のことを、どう思っているのかを…。
世界に、知ってもらわなければいけないのだから。
『ねぇねぇ、みんな。みんなはさ、ISで支配されたこの世界のことどう思ってるのかな~?』
「…世界のこと?」
束さんが問いかけるように世界中の人間に向けて言う。
その質問に、箒は目を細めた。
確かに、唐突すぎる質問に違いはない。実際、俺達4人も束さんに開口一番、そう尋ねられたときは茫然とした。けど、質問の意味を理解すると、俺達はすぐに答えることができた。
俺達は、この世界に人生を狂わされたんだ。そんな俺達が、抱いてる思いなんて一つしかない。
『束さんはね…こう思うんだ…この世界は――――』
俺達は知っている。この世界は――――
『『――――腐ってる。狂ってる。そして…壊れてる…――――』』
だから俺達は、この世界を壊したいんだ。
『ねぇみんな、知ってる?ISってね、元々は宇宙開発用に束さんが作った【パワードスーツ】。つまり、宇宙服とみんながだ~い好きなダンプカーとかショベルカーとかの工事用車が合体したようなただの作業道具なんだよ?【兵器】なんかじゃ決してない。だからね、今の世界に、束さんはプンプンなんだぞ~?』
きっとスピーカーの向こうでは、束さんは頬を膨らませ、両指を角のように立て怒りを表現していると思う。あの人がやりそうなことは大抵想像ができた。
が、そんな愉快なことをしながらも、彼女の顔は絶対に笑ってはいないと思う。
だって束さんは怒ってるのだ。俺達と同じように、この世界に。
『束さんが手塩をかけて造ったISを【兵器】として使うこの世界にね♪』
口調こそは軽いが、世界に対する愚痴を語っている束さんは、誰もがわかるほど怒っていた。
箒も、それが分かっているのか、今度は怒りではなく恐怖で震えている。
姉妹だからこそ、彼女は知っている。彼女を怒らせたらどれほど恐ろしいかということを…。
ゆえに、彼女は震えている。束さんが本気で怒っていることが分かったから。怒った束さんはどんなことでも平気でやっちゃうことを知っているから。
『お~っと!!ここで新しいニュースが入ってきました~!!速報だよ~ん!!』
「…一夏。姉さんは、姉さんはいったい…何を考えてるんだ?こんなことをして…あの人にいったい何の利益があるというのだ?」
「…さぁな、妹のお前に分からないんなら、この世界であの人の考えてることが分かる人間なんて一人もいないさ」
またテンションアゲアゲで叫んだ束さんの移り身の速さに、箒がビクリと肩を震わす。
恐る恐る俺に聞いてきたその言葉は、ただ、恐怖していたのだろう。自分の知らない姉がそこにいる。箒は気が付いたのだ。束はもう、誰に手でも止められないと。
『え~ただ今入りました速報によりますと――――』
そしてまた、世界は震撼することになる。
落とすとこまで落とす。それが束さんのやり方なのだ。
『なんと、あの世界的に有名な篠ノ之束博士が“新たなISコア”を創り出したもようで~す!!』
その瞬間。世界のときが一瞬止まった様な気がした。
隣で箒が「ウソ…姉さんが…姉さんが新しいコアを…」と、呟いている。
もう造らない。そう束さんが宣言してから幾年月。
もしかしたら、もしかしたら、篠ノ之束博士はこのことを世界に伝えるためにこんなことをしたのかもしれない。新しいISコアを造ったということを宣伝するために、こんな大がかりなことをしたのかもしれない。そんな希望が世界の人々の中に湧いたのだ。
が、それは結局どこまで行っても『もし』でしかなく――――
『でも、束さんは新たに作ったこの4つのコアを使って、世界を壊したいと思いま~す』
束さんは、再び世界を絶望に追い込んだ。
『みんなさ~ISの『第三世代』とかさ~マジでバカじゃないの?そんなお子ちゃまの工作段階で開発が止まっちゃうなんて…世の中の技術力のなさがうかがえるよ~』
そんなむちゃな。俺は心の中で束さんに毒づいた。
ISの第三世代を完成させるかどうかの段階を、お子ちゃまの工作扱い。そんなの、世界の科学者全員を集めても叶わない頭脳を持ってるあなただからこそ言えることであって、世界の技術はまだまだあなたには全然届いてないんですよ…。
思わず苦笑いしてしまう。束さんの言うことのあまりの出鱈目さに、俺は意識せずに苦笑いを浮かべてしまっていた。
『ま、そんなことどーでもいーんだけどね♪だって、これから束さんがぜーんぶ壊しちゃうんだから♪』
そしてついに計画の全容が明らかになる。
束さんが、俺達が何をしようとしてるのか、世界中の人々が知ることとなる。
それは復讐の物語。俺達の書いた絶望へのシナリオであった。
『と、言うわけで。篠ノ之束は今日、これを以って宣言しちゃいまーす!!世界に散らばった467個のISコア。その全部を、木端微塵にぶっ壊しちゃいまーす、と!!』
「っ!?ば、バカな!?正気か姉さん!?だってISは…」
そう、ISは篠ノ之束の技術のすべてが注ぎ込まれた一品。
それを破壊するということは、束さんにとって身を割かれる思いに違いはない。だが、俺は知っている。束さんの持つ、思いの強さを。
1年前。俺の家で俺に語ってくれたあの思いを、俺は知っている。
だからこそ、俺は束さんに協力するんだ。俺の世界への復讐という願いを叶えてくれる、束さんのその思いの強さに、俺は賭けたのだ。
「…そんな、そんなことって…今更…なんで…」
「…。……」
箒としては、些(いささ)か複雑な心境なんだろう。
彼女の人生はISの開発で変化した。きっと、ここに来るまでの7年間。いろんなところを転々としたに違いない。そう考えれば、彼女もどちらかと言えば俺達と同じ立場なのだろう。
ISで人生を狂わされた。けど、彼女と俺達では決定的に違うことがある。
そう、彼女と俺達は違うのだ。彼女が恨んでいるのはきっとISであり、彼女の姉である束さんのことだろう。けど、俺達が恨んでいるのは、この世界そのもの。
それが、俺達と箒との決定的な違い。俺達のやっていることは決して聖戦ではない。けど、地獄に落ちることも覚悟のうえで俺達は今、ここに立っているのだ。
『みんなはさ~もう知ってるかな~?三週間前。ドイツのキールって場所で、大事故があったて話~。あれ、実は束さんが仕組んだことなんだ~!!』
「三週間前って、ドイツ第三世代のお披露目会…」
思い当たる節があったのか、箒がハッと顔を上げた。
俺も、思い当たる節がある。むしろ、ありまくりだ。だって、あれをやったのはほかでもない。この俺、【雪羅】こと織斑一夏なのだから。
あの事件は、ドイツの第三世代のお披露目ということで、元から多くの報道機関が揃い踏みしていた。そんな中起こったあの事件は、どう足掻いても隠すことなどできず、明るみになってしまっていた。それこそ、シュヴァルツェア・レーゲンが火の玉になるところからISコアが壊れ、人が死ぬその瞬間まで、全部包み隠さずに。
それすら計算した上で束さんは、あの場所を最初のターゲットにしたのだから末恐ろしい。数馬が生きてたら、彼も舌を巻く策略ぶりであった。
だが、どのテレビ局にも一点だけ映ってないものがあった。
それが、俺の姿。俺の顔が写ってないわけではない。むしろそれは万々歳だ。が、問題なのはどのテレビ局の映像を見ても、俺が乗る機体の姿はおろか、影すら映っていなかったのだ。
世界はこのことを隠したがっている。事件の漏えいを犠牲にしてまで、彼らは俺のことを隠ぺいしたのだ。
『あのとき、束さんは束さんの剣の一人に命じて、あのお披露目会を襲撃させたんだ。別に、ドイツの第三世代がどうかなんて別に気にしちゃいなかったよ~。だってそんな【おもちゃ】。束さんが本気になって開発した【兵器】にはごみ屑どうぜんだったから♪』
現在の世界最高技術の一角を、兵器でごみ屑呼ばわり。
それは見事な束さんの皮肉だった。【兵器】として開発してないISが、【兵器】として開発した新たな機体には決して叶うはずがない。束さんの怒り、【兵器】としてISを使っている世界に向けた怒りが込められた言葉だった。
きっと今頃、ドイツの科学者たちは顔を真っ赤にしさせているだろう。その映像が、俺には目に浮かぶようだった。
やはり、彼女は我が姉上の親友だ。あの二人が喧嘩を売る相手はいつもデカい。そして、自分より何倍もデカい相手に平気で勝っちゃうのだから恐ろしい。
まぁ。それも。次の束さんの言葉を聞くまでだろう。
神はどうあっても、束さんの味方なのだ。閃きは、いつも彼女の元に下りてくるのだから。
『だってね、束さんが本気で【兵器】を造ったらどうなっちゃったと思う?も~うすっごいことになっちゃったんだよ!!新しく造った4つのISコア。これでね、束さんは世界を壊すための【兵器】を造ったんだ!!圧倒的な力を持つ【対IS用決戦兵器】――――』
そして舞台は、新たな曲面を迎える。
ジュリアス・シーザーがブルータスの裏切りを知ったときのように。ハムレットが恋人の墓参りのとき、恋人の兄レアティーズと再会したときのように。
『【インフィニット・ストラトス・セカンド】通称【ISS】をね!!』
舞台は大きく動き出したのだった。
『束さんが開発したこの機体はね、第三世代なんて目じゃないんだよ。だって、世代で言えばこのISSは第三世代の倍―――【第六世代】の力を持ってるんだから!!!!』
「だい…ろく…!?」
箒が今日一番の驚嘆の声を出した。
IS【第六世代】。そんな突拍子もない話に、箒が、いや世界中の人々が壮絶に驚いただろう。
IS開発が第三世代で止まっている現状。第六世代など、夢のまた夢の話。そんな世代のISがあるのならば、それこそ世界のバランスはひっくり返る大事件だ。
世界中の人々がすぐ篠ノ之束の捜索を始めるはず。そして、何としてでもその【第六世代】の力をあやかろうとするはずだ。それこそ、無理やり奪ってでも…。
だって、そんな力のISを手に入れれば、世界情勢など一気にひっくり返ってしまうんだから…。
例え【ISS】に、致命的な“欠陥”があったとしても――――
『…。けど、束さんはね思うんだ。どんな巨大な【兵器】を造りだしても、どんな素晴らしい【兵器】を造りだしても、結局はそれに乗る人間が…一番重要なんだって…』
「姉…さん…?」
急に落ちた束さんのテンション。
きっと今、束さんが考えてるのは俺達のことだろう。そう【ISS】には致命的な弱点がある。それを克服するため、俺達は束さんとある契約をしたのだ。
そのせいで、ISSには俺達しか乗ることができない。
俺達は、枷なのだ。ただ、ISSを動かす【人間】というパーツでしかない。けど、束さんは優しいから、俺達をこんな風にしたことを気にしてくれている。
それが俺には嬉しくてたまらなかった。
『…。だから、束さんは用意したんだ。ISSを動かすに相応しい人間を。ISSを動かせる資格を持つ、この腐った世界に狂わされた4本の剣を!!!!』
あぁ、そうだ。俺達はこの世界に人生を狂わされたが故に、俺はあなたに着いていくと決めたんだ。
だから、存分に使ってくれ。俺を、あなたの剣を。
『彼女達は、束さんにとって誇り。希望。そして、大事な我が子…。あんなに、あんなに優しい子たちを傷つけたこの世界を…束さんは絶対に許さない。だから、束さんは改めて宣言するよ!!!!』
ありがとう束さん。そこまで俺達のことを思ってくれて。
俺もあなたのため、みんなのため、何より…世界のため。あなたを守ります。
騎士の剣は何のためにあるのか。それは絶対に折れないためではない。人を殺すためでもない。折れてでも、人を殺してでも、誰かを守るためだけに騎士の剣は存在するんだ。
だから、宣言しますよ束さん。俺は、あなたが持つ騎士の剣だ。
『私、篠ノ之束は、このクソッタレな世界。そのすべてを――――』
だから、俺は千冬姉を、あなたを、シャルを、弾を、鈴を、すべてを守るために、このクソッタレな世界を――――
『『――――――ぶっ壊してやる―――――――』』
その日、世界は変わった。激動のISによる【戦争の時代】に…。