□再会というはじまり
『一夏。笑いなさい』
2年前。俺は幼馴染の少女にそう言われ、約束を交わした。
どんなに辛い事があっても、どんなに悲しいことがあっても、笑っていればきっと、世界は明るくなる。彼女はそう言って、俺はその言葉を信じて、約束を交わしたのだ。
それは、今から2年前。幼馴染との別れの日のことだった。
世界は腐っている。最初にそう思ったのはいつの日のことか。
俺はこの世界のことを憎んでいた。
始まりのあの日。俺は、クソッタレな親にたった“一億(・・・)”で売られた。
それからの地獄の日々は、忘れたくても忘れられない。泣くことも、怒ることも、笑うことも許されない地獄の日々の中。俺の心は次第に壊れていった…。……。
気が付いたとき。俺はボロボロになった部屋の中。姉さんに抱きしめられていたのを覚えている。
俺を助けに来てくれた姉さんは何も…。何も…変わってなどいなかった…。
右目と左手首から先。それが、俺を助けるために姉さんが犠牲にした体の一部だった。
が、姉さんはその痛みすら構わないように、俺を強く抱きしめてくれた。その温もりはあの頃と何も変わらない姉さんの温もり。何も変わってなどいなかった。
俺はその日。はじめて空を見た。
地上から見上げたのではない。ISで、どこまでも続く青い空を、俺は初めて見たのだ。
世界はこんなにも美しかったのか…。俺は、忘れない。あの日見たことを。あのどこまでも続く蒼穹を決して忘れない。心に焼きついたあの映像を…俺は決して…決して忘れない…。
その日、俺の中で新しい『世界』が生まれた。
それから数カ月後。俺は太陽の少女に出会うことになる。
彼女の存在は、俺の凍りついた心を砕き、溶かし、温かく包み込み、俺に安らぎをくれた…。あの当時、表情を失い。心が壊れ、人形のようになっていた俺のことを、彼女は友達だと言ってくれた。
彼女は俺にとって、冷たい心の中に差し込んだ太陽の光だったのだ。
幸せだった。毎日のように安らぎをくれる彼女との日々。
そのすべてが、俺にとって幸せというべき時間だった。
だが、その幸せな時間も長くは続かなかった。
世界は、またしても俺から大切なものを奪っていく。俺に安らぎをくれた彼女すらも、世界は俺から奪っていった…。
別れの時、彼女は俺に言った。
『笑いなさい』
空港の一角で、彼女が俺に言ったその言葉は、俺の中にあった心の壁を完全に壊してくれた。
涙が止まらない。が、なんとしても俺は彼女を涙で見送りたくなかった。
そして、俺は笑ったのだ。4年ぶりに、俺の心の傷は完治した。俺は…笑うことができたのだ。
『やっぱり。笑ってる方が素敵だよ。一夏…』
そう言って、俺の頬を両手で包み込み。彼女もニッコリと笑った。
いつの間にか、彼女の瞳からも涙が溢れていた。けど、お互いに、笑みをやめることはなかった。
そのまま、俺達は別れた。いつかまた、笑顔で会えることを信じて…。
俺と、彼女―――鳳鈴音は別れたのだった。
『約束よ一夏。あたし、頑張る。どんな悲しい事、辛いことがあっても、笑顔で頑張る。だから…』
彼女の最後の言葉。彼女の姿が見えなくなり、俺は我慢の限界を迎えた。
周りに居た人間が奇怪な目で見てくる。が、そんな関係なく俺は激しく嗚咽を漏らす。
ただ、自分自身が情けなくて。俺と同じ地獄に行く彼女をただ、見守ることしかできない自分が情けなくて、悔しくて…。俺は永遠と泣き続けた。
世界は腐ってる。俺はこのとき、世界が嫌いになった。そして誓ったのだ。
世界への復讐を。俺から大切なものを奪っていったこの世界を…ぶっ壊すと。俺は誓ったのだ。
『待ってろ鈴。絶対に。絶対に作る。誰もが笑ってられる世界を…俺が…いつか…。……』
あの日から、2年。俺は、今もこの遥かなる空(Infinit Stratos)下で生きている。
この腐った世界の上で…。
*
「おい」
地獄のようだった自己紹介の時間が終わり、精神を完全にすり減らされ、机に頭を預けていた俺の頭上から懐かしい声が聞こえてきた。
その声にゴロンと、頭だけ声のした方に向けてみると、そこにはやはり彼女の姿がある。
七年ぶりに見た彼女は遠目に見たさっきより格段と綺麗だった。
やはり、あの束さんの妹なだけはある。そう、そこにいたのは俺のファースト幼馴染『篠ノ之箒』だった。
「よお、誰かと思ったら箒じゃん。ひさしぶり」
「あ、あぁ…久しぶりだ。一夏」
フランクな俺の最初の言葉が意外だったのか、箒はどこか困惑したようである。
だけど、それも仕方のないことだ。なぜなら、箒は俺が地獄を見ることとなる原因を作ったとも言える篠ノ之束の妹。おそらく、箒からしてみれば、最初の俺の言葉が激しい罵りでも構わないという思いで俺に話しかけてきたはずである。それが、蓋を開けてみればこんなフランクな対応をする俺に、箒は拍子抜けしてしまったのだろう。
俺は失笑しながら、クイッと指を上に向けた。
その動作の意味が分かったのか、箒は頷く。続きは屋上で。ここは、ちょっと人が多いからな…。
先に箒が教室を出るのを確認し、俺は腕時計を覗いた。
時間まであと少し。俺はタイムリミットまでの時間を楽しむように、笑みを浮かべた…。
*
「それじゃ、改めて。久しぶり箒。元気そうで安心したよ」
「あぁ。久しぶりだ一夏。お前も元気そうでよかったよ」
屋上に出て一言目。そう言って、俺達はお互いに微笑みあった。
7年ぶりの幼馴染との再会。ラブコメなら新たな波乱の幕開け。普通なら気まずい雰囲気が流れるこの展開だが、俺と箒はまるで昨日別れた友人と会ったような雰囲気での再会となった。
IS学園の屋上は、生徒たちの憩の場のような場所である。それに、ここからなら、人工島の上にできたIS学園をすべて一望できる。その光景はとても鮮やかで、ここが世界で最も人の手が加えられた場所だということを忘れさせるくらい素晴らしい景色だった。
まさしく、再会にはうってつけの場所である。
「いや…にしても、箒もこの学園に入学するとはな…。正直驚いたぞ」
「まぁ、いろんな事情があってな…」
きっと、そのいろんな事情の中には、IS開発者である篠ノ之束の妹であるという事情が絡んでくるのだろう。いつも逃亡を続ける束さんの家族ともあれば、狙われることだってある。
それを考えたら、この学園はうってつけだ。治外法権が認められたこの人工島は、どの国の影響もうけない独立国ともいうべき島だ。それに、この人工島の中だけでも世界最強の兵器ISが何機もあり、世界有数のIS操縦者である教師が何人もいる。
考え方はあれだが。この地は間違いなく、世界最強の国なのだ。
「…それにしても、よく私だと分かったな?7年ぶりだというのに…」
「あぁ。そりゃな。クラスの中でやたらと目立つ美人に目がいって、それが記憶にある幼馴染のパーツとかみ合えば、そりゃ気づくだろ?髪型だって変わってないし」
「なっ…び、美人だと…」
ん?どうしたんだ箒のやつ?顔が赤くなって…。
「それに、去年。新聞でも見たからなぁ…。あ、そうそう。まだおめでとうって言うのを忘れてた。箒。剣道の全国大会。優勝おめでとう」
「な、なぜお前がそれを知っている!?」
「いや、だから新聞で見たんだって」
「なぜ新聞など読んでるのだ!?」
「その言いがかりはあんまりじゃないか!?」
そこまで言って、箒は冷静な頭を取り戻したのか、ピタリと固まった。
その様子に、俺はクスリと笑う。箒、お前は何も変わってないな…。俺は安心した。彼女だって俺と同じようにツラい目にあっているはずなのに。
確かに、彼女は昔に比べたら表情はますしいし、怒りっぽいとこも増えた気がする。
でも、決して笑いを忘れたわけではなかった。篠ノ之箒。彼女は今でも笑ってる。俺はそれがどうしようもなくうれしかった。
「…。すまん一夏。忘れてくれ」
「それは出来ない相談だぜ箒さん。あなたのキョドりっぷり、しかと記憶に納めさせていただきました」
「くぅ…おのれ一夏ぁ…」
「はははは。昔、何回も竹刀で叩かれた仕返しだ!」
そう言って、俺はまたケラケラと笑った。
俺の冗談に、初めは悔しげに俺を睨んでいた箒。だがやがて、何か諦めたようにため息を吐いた。
頭を抱えるその姿は記憶にある呆れのポーズ。
懐かしさに、俺はまた笑みを浮かべた。
「…。変わらんな…お前は。昔と何一つ、変わってない…」
「…。……」
だが、何ともなしに言ったであろう箒のその言葉に、俺は表情を凍らせた。
箒としては自然と口に出てきてしまった言葉だろう。だけど、昔と今。そのどちらの俺を変わってないと言った箒の言葉は、俺の心を大きく揺さぶる。
油断すれば、すぐ昔の自分が出てきそうで怖かった。
でも、ここで昔の表情を見せたら彼女との約束を破ってしまうことになる。俺は無理やり、それこそかつての数馬のように、貼り付けたように笑みを浮かべた。
心の奥の、本当の思いを隠すように…。……。
――――何も変わってないか…、それはお前の勘違いだぜ…。箒。
「…。一夏?」
さすがに、異変を感じたのか、箒が懐疑的な目を向ける。
さて、どうやって誤魔化そうか…。そんなことを考えながら、俺はサッと腕時計を見た。
…。あぁ、どうやら、その必要はなさそうだ…。
俺はその瞬間悟った。いよいよ、いよいよ始まるのだと。
俺の、俺達の思いを込めた、世界崩壊のシナリオが…。ついに…。
――――ガチャッ…!!
そのとき、学校全体に、何かをぶつけたような嫌な音が流れる。
学園のスピーカーから聞こえたその音は、放送であることを暗示していた。が、きっと今頃は世界中の人々がこの不穏な音に耳を澄ましているだろう。これはそう言う放送なのだ。
始まった。俺は心の中で歓喜の声をあげる。
待ちに待ったこの日がついに始まったのだ。俺は嬉しくて嬉しくて…、狂いそうだった。
『ぴんぽんぱんぽ~ん!!みなさ~ん!!こ~んに~ちは~!!』
「なっ…!?」
次いで聞こえてきたその軽い言葉に箒が驚嘆する。
それもそのはず。その声は、きっと彼女にとって聞きなれた声であろう。
そして、彼女は不思議には思わないだろう。だって、この声の主は、平気でこんなことをやっちゃう破天荒な人間なのだから。
そう、この声の主である天才科学者――――“篠ノ之束”――――ならば。
『あっれ~みんな~元気ないな~ではもう一回行くよ!!みんな~こんにちは~!!』
スピーカーから流れる愉快な声に、おそらく世界中の人々が困惑しているだろう。
が、そんなことはあの人には関係ない。だって、あの人はそういう人間なのだから。
『にゃはは~みんなシャイなのかな~?けど、そんなの関係な~い!!みんな~お待たせ~!!みんなのアイドル!!篠ノ之束だよ~!!やっほ~!!!!』
――――あぁ。そうだよ束さん。待ってたよ。この日を…。
その言葉に、俺は胸躍る。
たった今、風が吹いたのだ。その風に乗って、束の声が世界に世界に飛んでいくのがわかる。
この風は、俺達にとって希望の風。だけど、この狂った世界の人間にとって、この風はきっと絶望の風になるだろう。
世界は知らない。けど、俺は知っている。だって俺はその風を届ける者。
世界への復讐者(アベンジャー)なのだから…。
『さ~て、今日も始まりました~第一回『篠ノ之束のラジオしょー』~。でもね~今日はみんなにお知らせがあって来たんだ~ごめんね~』
「あの人は…どこまでが本気なんだ…」
そう言って。箒はまた呆れたように頭を抱えた。
だが、この放送にほくそ笑んでいるヤツが、世界に4人だけいることを、彼女は知らない。そして、その一人は…。
スピーカーを睨みつける箒。その後ろで、俺がほくそ笑んでいるのを、彼女は知らない。知るよしがなかった。
なぜなら、彼女は知らないからだ。俺が、箒を嫌っていない本当の理由を。束さんを嫌っていない本当の理由を…。
――――すでに、その段階は超えているのだ。――――
俺が憎しみを向けるのは束でも、ISでも、ましてや箒なんかではない。
俺が憎んで憎んで…、嫌っているのは…、……この世界…。……。
『はい!!ではでは~篠ノ之束さんからのお知らせだよ~!!なんと!!今日、このときを以って――――』
この腐敗し、狂った世界なのだから。
『――――篠ノ之束は、このクソッタレな世界に“宣戦布告”しま~す――――』
そのとき、世界が震撼する。世界最強の敵が誕生した瞬間だった…。……。
キャラ設定
〇織斑千冬(おりむらちふゆ)
身長/166㎝
国籍/日本 立場/IS学園1年1組担任
IS学園1年1組の担任である一夏の姉。かつては最強のIS乗りと呼ばれていた。
6年前、一夏を助けたときに右目と左手首から先を失っており、現在は義眼、義手
で補っている。
なお、この事件で原作以上にブラコンになっている。
ISの腕は衰えてはおらず、今現在でも世界最強に最も近い存在。
一夏の秘密には気づいていない。