ISS 聖空の固有結界 ~IS学園編~   作:HYUGA

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 やっと、書き終えました。
 ただいま朝の五時。今日は二限からとは言え、ちょっと無理しすぎた気がします。

 だから、とりあえず内容と文法はツッコまないでください。<(_ _)>
 徹夜なので変なテンションになってしまっていますから。

 それではどうぞ(T_T)


第八話 Attack of angel

 

 □Attack of angel

 

 

 漆黒の闇に、黒い影が舞い降りる。

 影が地面に降り立った瞬間、大きな巨体はその姿を消し、小柄な影のみが残った。

 小柄な影はそのまま漆黒の森を進み、吠える女に飛びかかる。

 

 一瞬のち、影の刃が女の喉を掻き切った。

 

 血が潮を吹き、女はすぐ絶命する。その血を浴び、影は妖艶な笑みを浮かべた。

 影は殺した女の腕から鎖を解き、自身の胸の谷間にそっと仕舞う。

 静まる森の闇の中。影は幽(かすか)かに闇に消え、森は再び夜風でざわめく。

 

 振り返る影の見つめる先。赤い少女が屍見つけ、訝(いぶし)げな顔で首を傾げる。

 その姿に満足し、影は淑やかな髪をたなびかせる。

 闇夜で栄える金色(・・)の髪。影はそのまま森に消えて行く。

 

 影が去った後、そこに残ったのは、ただ気味の悪い森の静けさのみだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「はぁ…はぁ…。はぁ…はぁ…」

 

 

 

 逃げる。全力で。なるべく遠くへ。迅速かつ速やかに。

 すれ違う兵隊たちが、何事かと驚き振り返る。けれど、そんな些細なことを気にする余裕などない。

 彼女には冷静な判断がなくなっていた。

 冷静に考えれば、この状況。何が安全なのかは考えずとも分かる。ISを全身展開すれば、すくなくともすぐに殺されることはない。

 

 けれども、彼女は自身が、あの化け物(・・・)に勝てるとも思えなかった。

 

 女は他の同僚がどこに逃げたのか、まったく見当もつかなかった。

 むしろ、あの状況で、散り散りに逃げた仲間の安否を確認する余裕を持つ人物がいたのなら、その人物を見てみたいと、彼女は思う。

 それほどまでに、あの状況は異常だったのだ。

 

 

 

 「はぁ…はぁ…」

 

 

 

 膝に手を突き、息を整える。

 いつの間にか、軍の駐屯地から離れ森の中に入ってしまったらしい。

 先も見えない真っ暗な闇の中。女は、図らずも心細く感じ、そして何とも言えない恐怖が渦巻く。

 目の前に迫る恐怖に、女は自身の肩を掻き抱いた。

 

 

 

 「…こ、こないで…」

 

 

 

 何も見えない暗闇だからこそ、女は恐怖で幻影を見る。

 そこにはただ暗闇以外に何もない。けれど、女には確かに見えていた。黒い刃を携えて、自分以外の同僚の血を滴らせ、迫りくるあの暗殺者。

 女は気が狂いそうだった。いや、自分が気づいてないだけで、女はすでに気が狂っていた。

 けれど、女はその事実を認めようとはしない。

 自分は正常。そう思い込む女は、自身の右手を上げた。そこに輝く銀色の鎖。

 それは女が国から与えられたISだった。

 

 

 

 「いやだ…。こないで…。いや…」

 

 

 

 恐怖で顔がゆがむ。女の理性はもう限界間近だった。

 その刹那―――。

 

 パキッと。近くの林の枝が折れた。それが合図となったかのように女の中の恐怖の感情が一気に溢れたのだった。

 

 

 

 「いやあぁあああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 叫ぶ。ISの展開もせず、女は叫んだ。

 それは女の理性が、もうあってもないようなものであった証拠だった。

 彼女はまたしても全速力で駆けだした。その動作に何の意味もない。彼女はただ、耳に残っていたリギョク大佐の言葉に従ったのだ。

 ざわりと森の木々が風で揺れた。4月ではあるが、未だに寒さが残る風が彼女の肌を撫でる。

 けれども、それも彼女の錯乱の鎮静にはならない。

 もはや、彼女の心を諌めることは困難なことの様に思われた。それこそ―――彼女の命を奪わぬ限り―――。

 

 もっとも、彼女の波乱の終焉は、予想より早く訪れることとなった。

 

 

 

 「死ね!死ね!死ね!いやぁああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「―――あーもう。五月蠅いわね。死ねなんて簡単に言うんじゃないわよ。ぶっ殺すわよ」

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 ジュクと。彼女は自身の腕に激しい痛みを味わう。

 

 それが何なのかを理解するには、今の彼女の頭の中は、正常ではなかった。

 少し前まで、五月蠅く叫んでいた彼女は押し黙っていた。

 右手に何かが流れる感覚を覚える。それが自分の血であることを彼女は視認して初めて知った。

 だが、視認したのはそれだけではなかった。

 女は、自分の手の違和感を覚える。そこにはあり得ない映像があった。

 

 

 

 「あ…あ…い、いやあぁああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 その衝撃映像に、女はまた悲鳴を上げた。

 ショックで痛みが飛んでいたらしく、女がその事実を認識した瞬間、激しい痛みが襲う。

 

 そこには、刃渡り30㎝(・・)のナイフが深々(・・)と刺さっていたのだ。

 

 痛みが女の身体を支配する。

 だから女は気づいていなかった。自身の右手首に巻かれていた鎖が両断されていたことを。

 それにより、彼女のISが、もう一生動くことがなくなってしまっていることを―――。

 

 

 

 「はぁ、でも安心しなさい。命までは取らないから―――」

 

 

 

 蹲(うずくま)る女の横を小さな影が通り過ぎる。影の主は、女の腕からナイフを抜くと、シュッと血を薙ぎ払った。

 彼女は結果的に、ISを起動していなかったから助かったことになる。

 もし、あの場でISを起動していれば、その影の主は容赦なく女の身体ごとISコアを貫いていたはずだろう。けれど、彼女はISを起動しなかった。その結果―――。

 

 彼女は“韓国IS部隊”の唯一(・・・)の生存者となったのだった―――。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 黒いISに乗った少女が、血で深紅に染まった剣を持ちながら、敵国の指揮官を見つめる。

 彼女のその退廃的な美貌に、リギョク大佐は確かな戸惑いを感じていた。

 それは目の前の暗殺者の完全すぎる殺しのテクに目を引かれたのと同時に、彼女のその容姿があまりにも若すぎる故の驚きだった。

 

 

 

 「そんな…。こんな年端もいかない娘が…」

 

 

 

 彼女の年齢は、お世辞にも成人し熟した年齢には見えなかった。

 むしろ、年で言えば隣で未だ呆けているビョンヘ少佐より、自身の愛娘の方が断然近い。

 その事実が、戦場で鍛え抜かれたリギョク大佐の思考を鈍らせた。

 

 左手がホルスターの拳銃に伸びる。

 けれど、それは何とか持ちこたえた。そんなことして無駄だからだ。

 普通、暗殺者は見つかった時点で終わりだ。即銃殺される。けれど、目の前の若い暗殺者の武器は、そんなもの(・・・・)通じない。

 だから世界は、ISを世界最強の武器たらしているのだ。

 

 銃に手を伸ばしたリギョク大佐に、少女の瞳が向く。

 下手をすれば即殺されかねないこの状況。けれど、リギョク大佐は、少女のその感情のない瞳に絶句した。

 普通の人間がそんな瞳するはずがない。

 その瞬間、リギョク大佐は察した。目の前のこの少女は、人間として育てられたのではない。

 

 歩く兵器(・・・・)として育てられた、化け物(・・・)であるということに。

 

 

 

 「…。目標α(アルファ)を確認。問う。お前は韓国軍IS部隊のパク・ビョンヘ少佐か?」

 

 

 

 その声は、彼女の整った容姿通りの澄んだ声だった。

 だが、少女に問いかけられたのはリギョク大佐ではなく、ビョンヘ少佐の方だった。

 その問いに、呆けていたビョンヘ少佐の意識が一気に覚醒する。だが、それと同時に、彼女の顔には色濃い恐怖の感情が浮かぶ。

 それは傲慢な彼女がこれまで浮かべたことのない表情であった。

 

 

 

 「そ、そうよ。だから、な、なんだって言うのよ…」

 

 

 

 ビョンヘ少佐は震えながらも、そう答える。

 それに対し件(くだん)の少女は、やはり少しも表情を変えず彼女の顔をマジマジと見つめる。そして、なにかに納得したのか、少女はその事実を伝えるのだった。

 

 

 

 「…。確認。抹殺対象の一人(・・・・・・)である韓国軍IS部隊指揮官のパク・ビョンヘ少佐であると認識。抹殺ランク上位の為、こちらを優先する」

 

 

 

 その言葉に、ビョンヘ少佐の顔がまた絶望に彩られた。

 けれども、そのビョンヘ少佐の表情を、少女は気にもせず、何も言わずにISの操作を開始した。

 リギョク大佐はISの操作に関しては何も知らない。だから、その動作の意味は何も分からなかった。

 だが、その刹那。目の前の何もない所からドサッと何かが落ちてきた。

 

 

 

 「っ…!」

 「ひっ…」

 

 

 

 それを見た瞬間、ビョンヘ少佐は短く悲鳴を上げ、リギョク大佐は愕然とする。

 どうやらISの拡張領域にしまってあったと思われるその物体。

 けれど、それ以上は二人とも何も口に出すことは、できなかった。それは目の前の映像があまりに常軌を逸した光景だったからだった。

 

 

 

 「…。確認。贈り物を寄贈する。気に入っていただけると幸い」

 

 

 

 それは、韓国軍の―――もっと言えば、IS部隊の軍服を来た二体の屍だった。

 

 どちらも見覚えのある女だった。

 一人は、いつもビョンヘ少佐に付き人の様にこき使われていた少女。そしてもう一人は、なぜか時たま一般の軍食で、自身の部下である二等兵の少年と食事をしている姿を見かけたことのある少女であった。

 ふたりの食事風景は、一種の名物みたいになっていたらしく、その噂はリギョク大佐も耳にするほどであった。

 けれど、今その二人が、まるで壊れたマリオネット人形のように横たわっていた。

 真っ二つに引き裂かれた二人は完全にこと切れていることが分かる。

 その姿を見るだけで、リギョク大佐とビョンヘ少佐の中に大きな影が差すのがわかった。

 

 さすがのリギョク大佐でも、この攻撃はきつかった。

 

 

 

 「なるほど…。【殺一警百(シャーイージンパイ)】か…。これは、キツイな…」

 

 

 

 それは中国の言葉だ。

 一人を殺すことで、百人の敵に警告する。

 相手がこれを狙っていたのかは分からないが、これは結果的そういうことだった。

 

 リギョク大佐はギリっと歯ぎしりした。

 そして、隣でまた呆けてしまっているビョンヘ少佐に声をかける。

 

 

 

 「ビョンヘ少佐。おい、しっかりしろ」

 

 

 

 が、その問いにビョンヘ少佐は反応しない。

 また呆けてしまったのか。リギョク大佐は、ビョンヘ少佐の肩を揺らしもう一度ビョンヘ少佐の名を呼んだ。

 

 

 

 「聞いているのか、ビョンヘしょう―――」

 

 

 

 だが、そのときリギョク大佐は気づいた。

 けれど、それは決していい報せではなかった。むしろ、リギョク大佐はその事実に絶句することになる。

 なぜなら、そこにいたビョンヘ少佐の顔には、これまで見たことないほどの―――。

 

 笑み(・・)が浮かんでいたのだから。

 

 

 

 「く、ふふふふ…あははは…」

 

 

 

 不気味な笑い声が、リギョク大佐の耳に響いた。

 リギョク大佐はその声を聞いて、なぜか戦慄を覚えた。それが何なのかリギョク大佐はすぐに理解する。

 この絶望的な状況。正直、助かる見込みが皆無のそんな中で、自身の部下だった二人の屍を見てしまったビョンヘ少佐は―――。

 

 壊れてしまったのだと。

 

 

 

 「あは、あはははは、あははははは…。あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 最早、ビョンヘ少佐は使い物にならない。リギョク大佐はそのことを察した。

 リギョク大佐はキッと目の前の黒いISを睨む。

 ビリビリと体が痛む。リギョク大佐は、長い軍人生活の中でここまでキツイ戦場を味わったことない。敵の力は絶大。援軍は望めない。それに隣に居る彼女は使えない。

 

 最悪の状況だった。

 

 

 

 「…。目標αの精神的崩壊を確認。これ以上の脅威は低いと考えられる」

 

 

 

 その中で、少女の鈴のような澄んだ声がリギョク大佐の耳に届く。

 ハッとリギョク大佐は振り返る。黒いISに乗る少女は、いつのまにかさきほどの位置にはおらず、ビョンヘ少佐の目の前にいた。

 その、手と一体化した刃が振り上げられる。その後の動作など、考えずとも分かる。

 だが、ビョンヘ少佐はそれでも壊れたラジオのように笑い続けている。その目には、どうやら目の前の刃はまったく見えていないようであった―――。

 

 そして、その血で濡れた刃が、ビョンヘ少佐めがけ―――。振り下ろされた。

 

 

 

 「っ…!!」

 

 

 

 キンッと、刃が弾けた音が木霊した。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 「…My dream is Infinit Stratos…」

 

 

 

 月明かり照らす白い影。雲の上で、その声は空虚な空へと消えていく。

 まるで漆黒の空の上に現れた天使のような純白の機体。その機体の主は、それ以上は何も言わず、それ以上は何も思わず、フワッと重力に逆らわず、自由落下を開始した。

 

 それは図らずも、天使が堕ちる瞬間のようであった―――。

 

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 

 それは一瞬の出来事だった。けれど、リギョク大佐にはその瞬間が数分の事の様に感じた。

 バタンッと、何かが倒れる音がする。

 それはビョンヘ少佐の身体が地面に倒れた音だった。けれど、その倒れた音は一人のものではない。その事実に、黒いISに乗った少女は目を見開いた。

 刃には、何かを切った感触はない。それに、新しい血もついてない。

 

 そして、少女の見つめる先で、軍服を着た男(・・・・)がビョンヘ少佐の身体をを抑えていた。

 

 

 

 「ぐぅあぁっ…!」

 

 

 

 それは紛れもない。イ・リギョク大佐の姿だった。

 

 

 

 「っ…。いってぇ…やっぱ、慣れないことはするんじゃないな…」

 

 

 

 正直、リギョク大佐はなぜビョンヘ少佐を助けてしまったのかが分からなかった。

 助けるギリなんてない。寧ろ、自分を殺そうとした相手だ。見殺しにした方が、今後の自分の為だったのかもしれない。

 けれど、気づいたときには身体が動いていた。理由はそれだけなのだ。

 

 

 

 「っ…だ、大丈夫か…。ビョンヘ少佐…」

 

 

 

 リギョク大佐がビョンヘ少佐の顔を覗き込む。覗いたビョンヘ少佐の顔はどこか夢を見ているような呆けた顔だった。

 涙と鼻水と唾で、顔はぐしゃぐしゃ。だが、命に別状はないようだ。

 リギョク大佐は知らず知らずのうちに、そのことに安堵する自分がいることに気が付く。

 全身の力がフッと抜けたようだった。

 

 

 

 「…。確認。未確認の人物を認識。再照合を開始します。再照合終了」

 

 

 

 その瞬間、少女の声がリギョク大佐の耳に届く。

 それはひどく機械的な声だった。けれど、リギョク大佐にはその声に、身体を強張らせる。

 なぜなら、それは自身のすぐ後ろから聞こえてきたからだった。

 

 

 

 「…。確認。照合結果、韓国軍イ・リギョク少佐(・・)であると結論。

  かつて、韓国空軍の若鷹と恐れられた空軍のエースパイロットがなぜここにいるのか、その詳細は不明であるが、敵対の意思は確認された」

 「…また、懐かしいあだ名を言う。ま、今となっては若鷹というより禿鷹って感じだけどな…」

 「…。確認。本人の言うとおり、頭部の毛髪の薄毛化を認識。その進行は危険であると判断する」

 「余計なお世話だ!」

 

 

 

 冷や汗が背中に流れる。

 リギョク大佐は、自身のかつてのあだ名を聞いた瞬間、ビョンヘ少佐を助けたことを後悔した。

 それはもう10年以上も前の、過去の栄光。

 けれど、どうやら北は10年たった今なお、自分のことを脅威と思っていてくれたようだった。本当に、残念なことに―――。

 

 少女が、リギョク大佐の首元を見る。何を見ているのかはすぐに分かった。

 軍人の首にあるもの。階級章である。

 

 

 

 「…。確認。イ・リギョク少佐の二階級昇進を認識。抹殺ランクは下位であるが、危険度はおそらくそれ以上であると考えられる。現時点において、その危険性はパク・ビョンヘ少佐以上だと考えられる。よって、目標α(アルファ)をパク・ビョンヘ少佐からイ・リギョク大佐に移行。抹殺を開始する」

 

 

 

 リギョク大佐は舌打ちした。

 やはりこうなるか。これはリギョク大佐にとって考えられる限り最悪の展開だった。

 おそらく、この場で最も効率的だったのは、ビョンヘ少佐を見捨てる事。けれど、リギョク大佐にはそれができなかった。

 こういうとき、軍人になりきれない自分を、リギョク大佐は恥じた。

 仲間を見殺しに出来ない。そんな人間である自分を―――。

 

 少女は再び動き出す。漆黒の刃を振り上げ、今度はリギョク大佐へと狙いを定めた。

 刃が振り上げられてから、時間が何分。何時間のようにも感じた。

 絶体絶命。だが、リギョク大佐はこんな状況の中でも笑っている自分に気が付く。

 これは何の笑みなのか、リギョク大佐には判断しかねた。

 そして、ついに刃が振り下ろされる。今度は避けることはできない。リギョク大佐は死を覚悟した。

 その瞬間、頭に浮かぶのは愛する妻子と、自身の部下の顔。それから―――。

 

 自身が愛する故国の旗であった。

 

 そのとき、リギョク大佐ははたと気が付いた。

 なぜ、さっきビョンヘ少佐を助けてしまったのか。なぜ、今自分は笑っているのか。

 その答えは、至極簡単なことだった。

 ただ、許せなかったのだ。自分の目の前で―――。

 

 自分の愛する故国の民が、無残に死んでいくと言うその事実が―――。

 

 

 

 (こういうとき、何と言えばいいのだろうか…。あぁ、そういえばこういう状況にピッタリの言葉があったな…)

 

 

 

 リギョク大佐は目を見開いた。そして、目の前で自分を殺すであろう相手の目をしっかりと見つめ、強く口にする。その言葉を―――。

 

 

 

 「大韓民国…万歳…。我が故国の民に栄光と永遠を…」

 

 

 

 その直後、漆黒の刃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「―――お疲れ様です。鈴さん」

 

 

 

 暗闇の森の中。一本の木の根本に座る少女に、澄んだ声がかかる。その声の正体である赤い球体を抱きしめ、小さな少女はキュッと体を縮ませた。

 顔には真っ白な仮面。近くの木の幹には、血で濡れたナイフが刺さる。

 その姿に、赤い球体の少女―――五反田蘭は、息をのんだ。

 

 それは、これまで見たことのない少女の姿だった。

 

 

 

 「はぁ…蘭。あんた、何か勘違いしてるんじゃない。

  あたしはね、別に疲れてなんていないわ。こんな経験“これまでだってたくさんしてきた”んだから、慣れてるもの。それと、蘭―――」

 

 

 

 少女は、抱きかかえた赤い球体を持ち上げ画面を自分に向ける。

 そこに映る少女の表情は、どことなく暗い。

 当然だ。立った今、彼女は自分が知る少女が、人の腕に躊躇なく(・・・・)ナイフを刺した瞬間を見てしまったのだ。そのショックは計り知れないだろう。

 けれど、そんな少女―――蘭に向ける少女の白い仮面の下の瞳は、冷たいものだった。

 

 

 

 「あたしは、鈴じゃなくて【舞姫】。コードネーム【舞姫(まき)】よ。

  戦場(ここ)ではそう呼びなさい」

 

 

 

 少女―――鈴こと、コードネーム【舞姫】の冷たい視線。蘭は戦慄した。

 さすがに、さきほどのナイフを刺した時の射殺すような視線ではなかったが、それでもその暗闇であるにも関わらず、ハイライトの消えたように思える目には、恐怖を感じた。

 蘭の顔が、サッと一気に青ざめた。

 

 

 

 「っ…。ご、ごめん…」

 

 

 

 その表情を見て、鈴はすぐに自分の失態を悟った。

 怯えた蘭のその姿に、鈴は若干のショックを受ける。だが、鈴は心の傷を隠すように、蘭の赤い球体をまたそっと抱きしめた。

 画面を外に向け、今の自分の―――人殺しの目をした自分を、見せないために―――。

 

 

 

 「ごめん、蘭。でも、戦場(ここ)ではあたしは、あなたの優しい先輩にはなれないの」

 

 

 

 鈴は、今度はどこか優しく語りかけるように蘭に言葉をかける。

 その言葉と裏腹に、鈴は自分の目が殺人鬼のそれであることを分かっていた。自分のこの目と裏腹の優しい言葉。そのギャップに、鈴は自分に自己嫌悪を抱いてしまった。

 戦場の自分と、優しい先輩である自分。その切り替えができない自分に―――。

 

 

 

 「だからね、蘭。もう少しだけ…もう少しだけ…我慢して。あたしは、あと4人。あと4人だけ…。人を殺さなきゃいけないかもしれないから…。

  そしたらまた、あたしはあなたの優しい先輩になれる。だから、それまで…付き合って…」

 

 

 

 そして、鈴はRAN(赤い球体)を抱えたまま、立ち上がる。

 近くの幹に刺したナイフを引き抜き、鈴は深く息を吐く。ナイフを懐の鞘に納め、目を瞑る。

 

 

 

 「アンロック。認識番号0130。ISS解放」

 

 

 

 頭に思い浮かべるのは、自身の赤い機体。それはかつて、翼を失った自分に、篠ノ之束が与えてくれた鉄の翼。その名前は―――。

 

 

 

 「来なさい【鳳凰(Blave phoenix)】」

 

 

 

 刹那、鈴の身体は、翼ある巨大な赤い鉄の塊に覆われる。抱きしめたままだった蘭は、鳳凰に設置された専用の台の上に乗せられた。

 蘭の顔が、鈴の方へ向けられる。蘭が見る鈴の顔は、白い仮面に隠され見えなかった。

 けれど、蘭は白い仮面の下で鈴が、泣いているように感じた。

 

 

 

 「蘭。ここから一番近い敵の居場所は?」

 「っ…。南に約300メートルの地点。東方向に逃走中です…」

 「そう、なら20秒で着けるわね…」

 

 

 

 鈴は、黒はキライだった。

 それは自身が恋い焦がれる織斑一夏の色が白であるからだ。

 けれど、鈴はこの先にある血の赤を払拭するかのように、真っ黒な空を見上げる。それはこの先に待つ自身の真っ黒な未来を暗示しているかのようだった。

 

 

 

 「行くわよ、蘭。さっさと終わらせて、雪羅のとこに行きましょ」

 「はい…。雪羅さん…大丈夫でしょうか…」

 「はぁ、それこそ愚問よ、蘭。知ってるでしょ? あいつのISSが、あたし達4人の束さんの剣の中でなんて呼ばれてるのかを―――」

 

 

 

 そう言って、鈴はフッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 「“篠ノ之束【最高の剣】”それが、あいつが駆けるISSの通称よ」

 

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 キンッ。リギョク大佐が自身の死を受け入れたその瞬間、激しい金属音が辺りに木霊した。

 何が起こったのか理解できなかった。

 けれど、最期のその瞬間まで、目を見開いておこうと言うその決意で見開いてきた目は、その事実をしっかりと捉えていた。

 

 自身の目の前に迫る、血に染まった漆黒の剣。

 

 

 

 「…。目標を確認。雪羅、これより目標を…駆逐する」

 

 

 

 そして、それを受け止める、純白(・・)の巨大な剣を―――。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 

 午前二時五十二分。

 篠ノ之束による武力介入が開始される。

 

 ISS(インフィニット・ストラトス・セカンド)戦闘開始。

 

 

 

 

 

 

 

 





 今回のパロディネタ集

 ♯001
 「死ねなんて簡単に言うんじゃないわよ。ぶっ殺すわよ」
 /やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。の比企谷八幡のセリフ。
 特に使った理由はありません。強いて言うならちょうどいいセリフがなかったから。

 ♯002
 殺一警百(シャーイージンパイ)
 /フルメタル・パニック「やりすぎのウォークライ」の会長のセリフ。
 これを書いているときふと頭に浮かんで動画検索しました。
 結果、某動画サイトに一時間ほどはまり、徹夜の要因となった。

 ♯003
 韓国空軍の若鷹
 /ガンダムSEEDのムウ・ラ・フラガ少佐のあだ名。
 分かりにくいかもしれませんが、元ネタは上記の通り「エンディミオンの鷹」
 これ書いてて何人気づくかなぁ…って思って、きっと結局誰も気づいてないと思う。
 韓国軍の禿鷹。リギョク大佐に敬礼!

 ♯004
 駆逐する
 /ガンダム00の刹那・F・セイエイの決めゼリフ。
 ご存じ、刹那の決めゼリフ。最近では進撃のエレンの方が有名かもしれません。
 駆逐系男子。流行るといいですね(#^.^#)



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