ISS 聖空の固有結界 ~IS学園編~   作:HYUGA

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 夜の魔王さん。SVZさん。普通の魔法使いさん。特亜消尽さん。
 感想ありがとうございました。


 お久しぶりです。朝鮮戦争編、第四話投稿します。

 今回は、ほとんど一夏達の出番はありません。
 主人公は、前回全力で死亡フラグを立ててしまったあの子です。
 はてさて、彼女は死亡フラグを回避することはできるのか?その結果は最後までのお楽しみということで。

 それではどうぞ(^_^)/~






第四話 血に飢えた獣

 

 □血に飢えた獣

 

 それは闇そのものだった。

 

 迫りくる「死」の恐怖。その切先は、明確な「死」を予見する。

 その刃に見初められた者は、ただその残酷な真実を受け入れることしかできない。

 何もかも。それまで築き上げたものを一瞬で失わせる。

 

 彼女は死神だ。

 その刃は、命を刈り取り、生を奪い去る。

 そして、少女は兵器だ。

 彼女はただ、無表情に、無意識に、無感情に、与えられた任務を真っ当する。

 ただ、与えられた任務をこなし。正確に、そして何よりも早く。そうプログラムされた歩く殲滅兵器。

 

 ISという兵器に拘束された人間兵器。

 彼女に、自分の意思などない。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「なんてことなのっ…!!」

 

 

 

 韓国軍IS部隊の指揮官であるパク・ビョンヘ少佐は激昂していた。

 それは、彼女の部下の一人が、彼女の命令も聞かずに勝手にISで駆けたからだ。

 もともと、彼女は自分には反抗的な少女であった。それでも、彼女が優秀なIS乗りであるのは間違いなく、いずれは韓国IS部隊を率いる存在なのには違いなかった。

 

 そう、自分の出世のためには必ず必要な駒であるのだ。そんな彼女を、こんなくだらない戦で失うのは惜しかった。

 

 

 

 「いけないわ…。もし、こんなところでISコアを失ってでもしたら、軍内での立ち位置が…。そんなことにでもなったら、もう出世街道に乗れない…」

 

 

 

 だが、そんなことより、彼女には恐れていることがあった。

 それは、もしISコアを失いでもすれば、己が出世に関わるということだ。ビョンヘ少佐は周りには聞こえないよう小声でつぶやき、爪を噛む。

 彼女の頭に流れる嫌な映像。それは、自分が出世街道から外れてしまう未来ばかり。

 決して、部下である彼女の「死」のイメージなど浮かんでいなかった。

 

 

 

 「…背に腹は代えられないか。エラン!!」

 「は、はい!!」

 

 

 

 まるで叫ぶかのようなその声に、呼ばれた少女は背筋をピンッと立てた。

 チェ・エラン少尉。年のわりに幼い外見の彼女は、下手をすれば中学生にも見えるほど小柄だ。

 その身の丈に合ったかのように、彼女は気弱な性格の持ち主だった。言った命令には決して逆らわない。ビョンヘ少佐からしてみれば、使い勝手のいい駒だった。

 唐突に呼ばれ、エラン少尉はビクビクと身を震わせる。そんな彼女に、ビョンヘ少佐は敢えて見下ろすように彼女を睨んだ。

 その睨みに、エラン少佐はさらに身を縮めた。

 

 

 

 「あ、あの…。な、なにかご、御用でしょうか…」

 「エラン少尉。お前は確かあいつと仲がよかったな」

 

 

 

 ここで言う「あいつ」が誰なのか、彼女には言わなくとも分かる。

 けれど、エラン少尉にはそんな事実などなかった。むしろ彼女は、理不尽な命令にいつも怯えてばかりだったエラン少尉のことを嫌っていた節さえあった。

 だが、そんなことはビョンヘ少佐にはどうでもいいのだ。

 ここでの問題は、エラン少尉の持つISが第二世代であるという事実のみ。

 たとえ失っても、大した被害はないというその事実のみなのだ。

 

 

 

 「…。は、はい。彼女とは…そ、それなりに…親しくさせて…いただいてました…」

 

 

 

 だから、彼女はそれがウソでもそう応えるしかない。

 そして、エラン少尉にはビョンヘ少佐の次の言葉が何なのかも分かっていた。

 いつも通り、理不尽な。そして、残酷な命令だと言う事を。

 

 

 

 「…。そうか。なら、この失態は貴様の責任だ。故に、お前に特別任務を言い渡す。エラン少尉。あのクソビッチをさっさと連れ戻してこい…!!」

 

 

 

 来た。ヒステリック気味なビョンヘ少佐のその言葉に、エラン少尉は「やっぱり…」と、心の中で呟いた。けれど、機嫌の悪い時はいちいち怒るタイプなのだ。相手にするだけ無駄であった。

 

 

 

 「…はっ。エラン少尉…任務向け賜りました」

 

 

 

 だから、エラン少尉は何も言わない。

 それがどれだけ無意味なことかを知っているからだ。

 エラン少尉を睨むビョンヘ少佐の目が一層鋭くなる。だが、すぐに興味をなくしたのか、やがてエラン少尉から目を外し、何かをぶつぶつと呟き始めた。

 エラン少尉は知らない。ビョンヘ少佐の呟き。それが軍上層部に対する言い訳であることを。

 そして、エラン少尉は知らない。ビョンヘ少佐が、責任のすべてを他の者に擦り付けようとしていることを。

 けれど、ビョンヘ少佐は知らなかった。

 

 この判断が、後に自分の首を絞めることになることを―――。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「いいか、蘭。俺達がなぜ、中国の青島IS実験場を攻撃したのか。それは、韓国に危機感を持たせるためなんだ」

 「危機感…?」

 

 

 

 一夏の言葉に、蘭はこつんと首を傾げた。

 

 

 

 「そ、危機感。青島IS実験場。あそこは朝鮮半島とは海を挟んですぐなんだ。まさに対岸の火事ってやつだよ。けど、対岸の火事でも、世界的に見たら近所みたいな場所だ。もちろん、そんな場所が襲われたら警戒するに決まってる。そして、必ずあることをするはずだ」

 「あること?」

 「―――軍部の増強よ」

 

 

 

 一夏の言葉を遮り、鈴音が話を引き継ぐ。

 少し不満げな一夏だったが、文句を言うつもりはなかった。この話に関しては、彼女の方が詳しいはずだからだった。

 

 

 

 「もともとあの国に認められたISコア所持数は八個。中国所有のISコア数の半分にも満たないうえに、今回あたしが潰したISコアの数にも及ばないわ。それだけじゃ心もとないでしょ?

 だから、あの国は考えるはずよ。どうすれば、ISコアの所持数をもっと増やしてくれるかということをね。そして、その答えはすぐそこにあるのよ」

 「―――それが、今回の戦争ってわけですね」

 「そのとおり。話が早くて助かるわ、蘭」

 

 

 

 全てが分かったという意味合いの蘭の言葉に、鈴はおかしそうにケラケラと笑った。

 

 

 

 「ま、だいたいあんたの考えているとおりよ蘭。つまり、アラスカ条約には、国の土地と人を守るために、最低限のISコア所持が認められているわ。だったら、ISコアの所持数を増やす方法なんて至極簡単なことでしょ?国を守るための力が欲しい。だからISコアがもっとほしい。けど、現段階では所有しているISコアだけで、国と国民を守れると世界に判断されている。じゃあ、どうすればいいか―――」

 

 

 

 そして鈴音は、どこか妖艶な笑みを浮かべた。

 彼女の子どもっぽい外見とは明らかに不釣り合いなその笑みに、蘭は自らの機械仕掛けの身体が戦慄したのが分かった。

 それは大好きな先輩の顔ではなく、人を殺す味を知った殺し屋のような顔だった。

 

 

 

 「―――守るべき土地と人を、増やせばいいのよ」

 

 

 

 蘭は今度こそ、身体が震えあがった感覚に見舞われた。機械仕掛けであるにもかかわらず、蘭の心が、蘭にその幻覚を悟らせたのだ。

 でも、それは至極当然の反応であった。この事実を知った人間は、誰しもが同じ反応をするはずだ。つまり、こういうことなのである。

 

 鈴は。篠ノ之束は、意図的に五十年の均衡を破り戦争を引き起こしたのだ。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な森の中を一機のISが駆けていく。

 その姿は、とてもいびつな物であった。

 全身をまるでハリネズミのごとく真っ赤な針で固めたそれは、かつての戦船“鉄鋼船”に酷似している。

 スピードを削り、防御にそのすべてをつぎ込んだIS。

 韓国第三世代IS【キプン・パダ】。

 韓国語で『深い海』という意味のある機体。それが彼女に与えられたISだった。

 

 彼女のIS操縦者としての経歴は極々一般的な物であった。。

 生まれはごく一般的な家庭。幼少の頃より仲の良かった幼馴染がいる以外、彼女には特徴とも呼べるものはない。

 だが、中学生のときたまたま受けたIS適正テストでAランクを出した。

 彼女がIS操縦者となった理由はただそれだけだった。

 それからは、まるでとんとん拍子のようにIS操縦者としての人生を歩んでいくことになる。

 そして今、彼女は国家代表として国所有のISコアの一つを受け取れるまでの実力を身に着けるようにまでなった。

 

 そんな普通の少女だったからこそ、彼女は染まらなかったのかもしれない。

 彼女は、男尊女卑を体現した上官のもとでも、変わることはなかったのだ。それは彼女が幼少の頃より恋い焦がれている幼馴染の存在が大きかったからだろう。

 彼女は、男性と女性にそう大差がないことを知っていた。ただ遺伝子が違うという理由だけで、同じ人間であることを知っていた。

 それ故に、彼女だけが軍専属のIS乗りの中でも異端な存在だった。

 上官はそんな彼女のことを「ビッチ」と称した。

 が、彼女にとってそんなことはどうでもいいのだ。

 

 彼女はいつでもIS乗りなど辞めてもいいと思っていた。もとよりそれほど未練などない。どのみちこんな命令違反をすれば罰は受けるはず。

 それでも彼女に未練などない。自分の恋い焦がれる男の為なら、それも苦ではなかった。

 

 

 

 「…国境線まで、あと二キロってとこかしら」

 

 

 

 故に。彼女は今、戦地の最前線へとその身を置いていた。

 目的は偵察。まさか、自分一人でこの国家間の戦争を解決しようなどとは思ってなどいない。そこまで傲慢には彼女はなれなかった。

 彼女は、彼の尊敬する上官のため。―――つまり、彼のために、戦地の情報を送り届けようと考えていた。

 篠ノ之束の件は確かに気になる。だが、それは結局、危機という形でしかない。

 

 なぜなら、韓国にとって、北の脅威はすでに過去(・・)のものなのだから。

 

 ISの開発は、各国で様々な変化をもたらした。

 中国の民族紛争。中東の反政府組織。アフリカのゲリラ。それらの問題は、すでに過去のものでしかない。すべてISが解決してしまったからだ。

 そして、それは朝鮮の民族紛争もまた、同じだった。

 その理由は至極簡単だ。

 

 韓国にはコアの所持が許され。北には所持が認められなかった。

 

 ただ、それだけの理由なのである。

 ISコアの所持は、アラスカ条約によって大きく制限されている。その条約の中で、軍事におけるISの使用を制限するという覧がある。篠ノ之束により、今となっては笑い話にもならないその記述。北は、この覧を守れないと判断されたのだ。

 だから、北はISコアの所持を認められなかった。北の脅威がなくなったのはこれが理由である。

 つまり理論上では、北に対して通常兵器でも戦えるということ。ビョンヘ少佐がISの使用を渋る理由はこれである。

 だが、それでもISを使えば早急に戦闘を終わらせることが出来るのは事実である。

 そして、その方法なら、戦死者は確実に減る。

 それこそ、紛れもない事実だった。

 

 だが、それはビョンヘ少佐の我儘で敵わない。

 だったらと、彼女は飛んでいるのだ。敵の情報を少しでも手に入れて、その情報をもとに、イギョク大佐が迅速かつ的確に戦闘を終わらせることを信じて。

 二等兵である彼が、長く戦場に行かなくても済むようにするために。

 

 それは、楽な仕事であるはずだった。

 

 

 

 「…。おかしい。何かが」

 

 

 

 けれど、目下彼女は異変をその身に感じていた。

 それは国境線まで五キロを過ぎたあたりから感じた妙な違和感だった。

 ISに搭載されたセンサーが反応したわけではない。何か妙な物音を感じたわけでもない。

 どこか。そう、どこか本能的に彼女は悟ってしまったのだ。何かがおかしいと。

 

 

 

 「…。なに、これ。静かすぎる」

 

 

 

 彼女は風の声一つない森に違和感を感じた。

 決して無風というわけではない。だが、彼女の体感ではまるで何も感じなかった。

 その静けさが、彼女には逆に気持ち悪かった。

 彼女は無言でISを止める。

 硬骨のような装甲で守られた彼女のISはとても重い。

 地面に足を着けると、それだけで地面に体が沈んだように体感した。

 

 

 

 「…。気のせい?」

 

 

 

 彼女は辺りを見渡す。だが、やはりそこには何もなかった。

 ISのセンサーにも敵影は確認できない。が、それでも僅かに残った不安は払拭できなかった。

 ゴクリと唾を飲む。曇った空からは月の光もない。完全な真っ暗闇。その中で、彼女の心臓はますます激しく鼓動した。

 

 

 

 「っ…」

 

 

 

 シャンッ―――。刹那、彼女は右手の刃に手をかけ、激しく振り返った。

 

 

 

 

 

 

         *

 

 

 

 

 

 

 「―――わかりません。私には」

 

 

 

 ポツリと蘭が呟く。それは、蘭の心の叫びだったのかもしれない。

 意図的に戦争を引き起こす。そんなことを、平然とした鈴音と束に、蘭は信じられない思いだった。

 蘭の言葉に、鈴音は笑みを納め、「やっぱりね」という顔をした。

 鈴音には分かっていたのだ。こんな話、少し前まで平凡な女子学生だった彼女に、通じるはずないと。彼女の感性はよくも悪くも常識的なのだ。

 心が完全に壊れてしまった鈴音や一夏とは違う。そんな彼女が、この事実を受けいれるには、さすがに荷が重すぎたのだ。

 

 

 

 「―――でしょうね。正直、二年前のあたしも、同じことを言ったと思うわ」

 

 

 

 鈴音はそう言って、自傷気味な笑みを浮かべた。

 今の鈴音には、きっと蘭が何倍も輝いて見えるはずだ。

 すべてを失った。それが鈴音と蘭に共通する心の傷だった。だが、変わらなかったこともある。すなわち、鈴音は世界に絶望したが、蘭は違ったということだ。

 けれど、だからこそ鈴音には見えるものがあった。

 

 

 

 「けど、今は違うわ。だってこれは―――」

 

 

 

 復讐の鬼となった鈴音には、この世界を変えようと思う強い意志を手に入れた。

 そして、それができる力も。

 だから鈴音には、稀代の変人にして天才。篠ノ之束が何をしようとしているのか、その最終的な目的が何なのかを、なんとなく分かってしまった。

 

 篠ノ之束。彼女はきっと、こう考えているはずだ。これもすべて―――。

 

 

 

 「『世界平和のため』なんだからね」

 

 

 

 だから戦争を起こす。罪のない人間の命を、たくさん奪うのだ。

 

 

 

 

 

 

         *

 

 

 

 

 

 

 刃の切っ先が触れるか触れないか、そんな絶妙な位置にそれはいた。

 夜の真っ暗闇が、彼女の視野を狭くする。

 ギュッと、目を細め彼女は目の前の人物を見つめる。

 次第にはっきりしてくる顔の輪郭。そして、それと同時に見えるISの装甲。

 

 だがそれは、ひどく見覚えのある色をした機体であった。

 

 

 

 「ひっ…!」

 

 

 

 そこにあったのは昨年まで自分が乗っていた機体。

 韓国第二世代IS【パラン・ハヌル】。

 韓国語で『青い空』の意がある機体だった。

 

 突然の出来事に、そのISを駆けてきたのであろう少女は怯えた声を出す。

 小さく上がった悲鳴。けれど、その声もまた、ひどく聞き覚えのある声だった。

 

 

 

 「…な、なんだ。エランじゃない。驚かさないでよ…」

 

 

 

 そのISに搭乗していたのは、同じ部隊の【チェ・エラン少尉】。彼女の1つ下の年齢の小柄な少女だった。もともと小柄で大人しい彼女の顔には、涙が浮かんでいる。どうやら、そうとう怖がらせてしまったようだった。

 だが、エラン少尉の登場に、彼女はいい顔をしなかった。

 その理由は、彼女が自分が嫌う上官にいいように使われる駒であるからだった。

 

 

 

 「…なるほど。確かに、あたしの鈍足な【キプン・パダ】に追い付くには、一番適任ね。【パラン・ハヌル】は、【キプン・パダ】に比べ遥かに速いものね。あのおばさんにしては珍しく的確な判断ね」

 「あ、あのぉ…せ、先輩…」

 「あぁ、ごめんなさい。すっかり忘れてたわ」

 「ふぇえぇ…」

 

 

 

 涙目のエラン少尉は、なんとも情けない声を出してしまう。

 が、それもそのはずだ。彼女の首元には未だに刃の切っ先が付きつけられていたのだから。それに気づいた彼女は「ごめんなさい」と、声をかけ刃をしまった。

 暗闇の中で、彼女の顔は未だによく見えない。だがそれでも、彼女にはなんとなく、エラン少尉が怯えているような気がした。

 

 

 

 「…。エラン、大体の想像はつくけど一応聞くわ。なんであなたがこんなところにいるの?」

 「ひっ…」

 

 

 

 なるべく優しく言ったつもりだったが、エラン少尉は、彼女の眼力に怯えてしまったようだ。

 本来、気の弱い性格である彼女には、その視線ですら恐怖を感じてしまう。

 が、それでも彼女は自分がここにいる意味を果たさなければいけない。それが、上官命令であるというだけではない。

 エラン少尉の心の底にまで根付いたビョンヘ少佐への恐怖が、彼女を突き動かしていた。

 

 

 

 「あ、ああ、あの、ですね…」

 

 

 

 恐怖と緊張で口が上手く開かない。エラン少尉は自分でも何を言わなければいけないのか、分からなくなりそうだった。

 必死に目を瞑り、彼女の視線を目から反らす。それが、彼女に出来た精一杯の抵抗だった。

 

 

 

 「せ、せせせ先輩に…。そ、そのきき帰還命令が、で、でています…。そ、そそそれで、あ、あのぉ…べ、ビョンヘ少佐が、か、かなりお怒りでしたので…。は、はやく帰ることを、す、すすめますぅ…」

 

 

 

 どもりながらも、エラン少尉はビョンヘ少佐の言葉を伝えた。最も、内容はかなりオブラートに包んだものではあったが。

 彼女の方も、エラン少尉の言葉を静かに聞いていた。理由はどうあれ、こんな最前線にまで来たエラン少尉の言葉を無視するほど、彼女は鬼ではないのだ。

 だが、それでも、エラン少尉の言葉の内容は、悪い意味で期待を裏切らなかった。

 あまりにも予想通り過ぎる言葉に、彼女は小さくため息を吐いた。

 

 

 

 「…話は分かったわ、エラン。でもね、それは聞けない命令ね」

 「な、なんでですか!?」

 「え、だって私。あのおばさん嫌いだから」

 「っ…」

 

 

 

 彼女の応えに、エラン少尉は愕然とした。

 エラン少尉には分からなかったのだ。彼女がなぜ、ビョンヘ少尉に逆らえるのかが。

 思えば、彼女は昔からそうだった。

 かねてより、ビョンヘ少佐は、韓国IS部隊の中で女王様のごとくふるまっていた。その横暴ぶりはエラン少尉だけでなく、他の部隊員ですら逆らえることはなかった。

 が、彼女だけは違った。

 彼女はかつてより、ビョンヘ大佐の理不尽にあがなって来た存在だった。

 その強さに、エラン少尉は憧れるとともに、ひどく怯えていたのを覚えている。

 

 けれど、やはり憧れていた。憧れの方が、強かった。

 

 

 

 「じゃ、そういうわけだから。エラン。悪いけど、あのおばさんに伝えといて」

 

 

 

 そう言って、彼女は踵を返した。その背中は決して大きくはない。

 が、エラン少尉には彼女の背中はとても大きく感じた。

 

 

 

 「私、この仕事辞めますってね」

 

 

 

 そう言って、彼女はエラン少尉に微笑んだ。

 恨みがましい様子は微塵も見せず、ただ立ち去る彼女は、いろいろな呪縛から吹っ切れたような気がした。

 彼女の強さの理由を、エラン少尉はいつまでたっても分からなかった。ただただ、エラン少尉は彼女のその強さに呆然とするばかり。

 どうやら、彼女の中では話が―――いや、もっと「様々」なことが完結したのかもしれない。

 エラン少尉には、そんな誰でもわかる事実しか分からなかった。

 

 

 

 「先輩…」

 

 

 

 未だ状況が理解できないまま、エラン少尉は呆然と呟く。

 暗闇に消えていく真っ赤で重厚な機体。もう、その背中を追おうなどとは思わなかった。

 さしあたっての問題は、これから会う上司に、どう言い訳すれば許してもらえるのかということだ。だが、エラン少尉はすぐに、その答えがないことに絶望し。諦めて踵を返した。

 一瞬だけ、曇っていた空の隙間から月の光が下りてくる。

 エラン少尉は、久しぶりに見たその光が、酷く懐かしく感じた。

 

 その、次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「―――すみません一夏さん」

 

 

 

 不意の蘭の言葉に、一夏は瞬きした。

 まさか、こちらに話を振られるとは思ってもいなかったのだ。

 

 

 

 「…なんだ、蘭」

 

 

 

 一夏は、蘭を見る。その顔は、未だにどこか不満げだが、心のどこかで折り合いがついた。そんな顔をしていた。

 その顔を見て、一夏は安心した。思っていたより、彼女が大人であったことに。

 そして、それと同時に嫌悪感を抱いてしまった。どこにでもいる普通の女の子だった彼女に、こんな顔をさせてしまっている自分たちに。

 それは、こんな身勝手な復讐を始めた自分たちの、戒めの一つだった。

 

 

 

 「一夏さん。一夏さんはどう思います?韓国と、北の戦争。どっちが勝つと思いますか?」

 

 

 

 それはきっと、一夏に求めた問いではないのだろう。

 おそらく、蘭の中では答えはもう出ているはずだ。それは、現状を見た人間なら誰でもわかるとても簡単な答え。蘭の言葉は、それを確かめるためのものなのだろう。

 一夏は辟易とした思いだった。

 そんな分かりきったことを聞くな、という思いだった。

 が、それでも応えないつもりはない。彼女に―――蘭に、出来ることは何でもしてあげたい。その思いが、彼女のために、一夏がしてやれる唯一の罪滅ぼしだった。

 

 

 

 「十中八九、勝つのは韓国だろうな。戦力の差は明らかだ」

 

 

 

 それは客観的な事実だった。

 思想とか個人の思いとか、そういうもののない一夏の結論であった。

 だが、一夏は同時に思っていた。この戦争が、一筋縄では終わらないわけないと。

 

 なぜなら―――。今の北は、追い詰められた獣であるからだった。

 

 

 

 「だけど忘れるな、蘭」

 

 

 

 そう言って、一夏は唇を噛んだ。

 苦い記憶が思い起こされる。今から二年前の、第二回モンド・グロッソを。あの「モンド・グロッソの悪夢」と呼ばれるあの日の事を。

 一夏は圧倒的な力を持っていた。それこそ、ISに匹敵する力を。ISに頼らずに。

 が、それでも一夏は傷を負った。それも下手をすれば命が危ぶまれたであろう深い傷を。

 一夏にその傷を与えた男を、一夏は今でも鮮明に覚えている。

 圧倒的力に怯えながらも、生きることを諦めていなかったあの血走らせた瞳。

 

 それは間違いなく獣の目だった。

 

 だから、一夏は思うのだ。弱いものが弱いなどウソだと。

 追い詰められた弱者は時に―――。

 

 

 

 「追い詰められた獣は―――。死に際に何をするか分からない」

 

 

 

 血に飢えた獣になるのだと。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 

 突如全身に走る激しい悪感。そのとき、彼女には辺りの気温が10度近く一気に下がったかのような感覚に見舞われた。

 踵を返した脚を、また元に戻す。

 同時に―――。

 

 さっきまでそこにいた彼女のもとに、何か(・・)が飛び降りる(・・・・)のを見る。

 

 次いで金属と金属がぶつかり合う音。だが、それと同時に、何か妙に生々しい音がエラン少尉の耳を通り過ぎて行った。

 状況はさっぱりだ。

 けれど、彼女の身に何かあったこと(・・・・)だけは確かだった。

 エラン少尉は駆けた。その後の事など何も考えずに。

 そして、すぐにその場に立ち合った。そこは、彼女達がさっきまで話していた場所から20メートルも離れていない茂みの影だった。

 倒れる真っ赤な機体。重装甲の彼の機体は見慣れたなんてものではない。

 さっきまでそこで話していた彼女の機体だ。

 

 そして、その横にいる真っ黒な機体。その姿はISにしてはスマートすぎる気がした。

 けれど、エラン少尉はその機体を知らない。

 少なくとも、エラン少尉が見た軍の開発したISのカタログの中では見たことはなかった。

 

 

 

 「…目標1。殲滅完了。敵のISコアを回収します」

 

 

 

 それは、心地いいほど澄んだ声だった。

 抑揚はなく、どこか機械的な声。その声を発したのが、目の前の黒いIS操縦者だと気づくのに、長い時間はかからなかった。

 まるで爆発したように飛び散った鮮血。

 エラン少尉は、悲鳴を上げることもできず、限界まで目を瞠る。

 それがさっきまで話していた人物のものだと気づくのには長い時間を要した。

 

 

 

 「…作戦実行に問題なし。引き続き標的の殺戮を行います」

 

 

 

 そして、彼女を殺したであろう人物。彼女の顔はただ、無表情だった。まるで興味がないとばかりに、倒れた彼女に刺さった刃を引き抜く。血が、潮を吹く。

 ぽたり、と刃の切っ先から鮮血が滴り落ちた。

 倒れた彼女は動かない。当然だ、彼女はほとんど両断されていた。完全にこと切れていた。時間が凍りついたようだった。

 

 

 

 「っ…」

 

 

 

 エラン少尉は、声にならない喘ぎ声を上げる。

 それに気が付いたかのように、件のISがこちらを振り向いた。

 不覚にも、綺麗な顔だと思ってしまった。エラン少尉は彼女の物であろう血が飛び散ったその少女の顔に戦慄する。

 逆に、エラン少尉を見つめた少女の瞳には、何の変化もない。

 その瞳が、さらにエラン少尉の恐怖心を煽った。

 そこにいたのは少女の皮を被った化け物だった。彼女は、ちらっとエラン少尉を見ると、興味のない素振りで右手の刃を振り血を払う。

 そこには、やはり何の感情も見えなかった。

 

 

 

 「…新たな目標を探知。これより殲滅を開始します」

 

 

 

 またしても抑揚のない声が、エラン少尉の耳を通り過ぎて行った。

 刹那。彼女は自分の目の前に迫る黒い刃を見た。刃から垂れる、彼女の血が、切先より先に彼女の顔に達し、彼女の顔を濡らす。

 それは本当に、一瞬の事だった。

 

 

 

 「…朝鮮軍南部殲滅IS部隊“一番”。目標を殲滅する」

 

 

 

 そして、エラン少尉は何も分からぬままその短い生涯を閉じた。

 貫かれた身体から爆発するように、血が飛び散る。それを浴びながら、一番と呼ばれる少女はぼんやりと殺した相手を見た。

 そこには何の感情もない。彼女には、自分の意思などないのだから―――。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 午前二時四十一分。

 誰も知らないその森の中で、密かに戦争の火ぶたは切って落とされた。

 

 ISS(インフィニット・ストラトス・セカンド)の到着まで、あと十一分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 では今回の裏設定の時間です。

 本編最後を見て気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、二話前の「機械仕掛けの少女」の冒頭で殺されていた二人が、今回の二人です。
 つまり、死亡フラグ云々ではなく、彼女達は二話前にはすでに死んでいたと言う事です。

 いつからそれが生きていると錯覚していた?(キリッ

 ま、そんなわけで今回も読んでいただいてありがとうございました。
 そういうわけで次回もよろしくお願いします。



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