ISS 聖空の固有結界 ~IS学園編~   作:HYUGA

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 だいぶ遅くなってしまいました。
 今回は執筆するのにかなり手間取りました。これにて、セシリア編終了です。

 今年最後の投稿です。それではどうぞ(^_^)/


第六話 決着の瞬間

 □決着の瞬間(とき)

 

 そのときは不意にやって来た。

 長い長い闘いの終焉。

 けど、それは決して清々しいものではなく。

 すべての謎が解き明かされたものでもなかった。

 謎は深まるばかり。

 その謎の答えを知るものは未だなし。

 なぜなら、それは一夏本人ですら知らない世界の神秘なのだから。

 

 そこにいたのは一人の化け物。

 寂しがりの化け物。

 人肌を求め、ただ愛されたかった哀れな人間の末路。

 

 愛されたいが故に愛されない、そんな不条理な運命を背負った男の子だった。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「なぜ、あなたが【ブルーティアーズ】を操っているのですか!!一夏様!!」

 

 

 

 それは心の底からの叫びだった。

 

 まるで深い空の色のような蒼白。

 夕日で真っ赤に色づく空の下。その色は極端に目立って見えた。

 常識なんてものは存在しない。

 そこにあったのは明らかな非常識。

 日常ではない非日常。

 その場にいた誰もが自分の目を疑っただろう。

 

 そんな空気の中、この空気を創り出した張本人である一夏はただただ無表情だった。

 表情一つ変えない感情のない顔。

 見る人から見れば気味が悪く、まるで人形のように見える。

 そんな表情を一ミりも崩すことなく、一夏は唇を震わせる。無意識のうちに、セシリアに恐怖を植え付けながら―――。

 

 

 

 「…。スキルの詮索はマナー違反だぜ、セシリア?」

 

 

 

 ボソリと呟いた一夏の言葉に、セシリアの思いは爆発した。

 

 

 

 「えぇ。えぇ、そうです。その通りですわ一夏様。確かに、スキルの詮索はマナー違反です。わたくしも、できればこんな事は言いたくありませんでしたわ。

  ですが!!ですが幾らなんでも!!このような事態になったのでは言わせていただかなければいけませんわ!!一夏様!!」

 

 

 

 そして、セシリアはその力強い瞳で一夏を睨みつける。

 その瞳には強い意志が籠っていた。

 長い闘いの間に流れた汗の一部が、彼女の額から流れ落ちる。

 その一滴の汗がまるで、蒼い涙(ブルーティアーズ)のようで、一夏はこんな状況でも、そんな虚勢を言えるセシリアを純粋にすごいと思った。

 

 織斑一夏は思う。

 セシリア・オルコット。彼女はやはり、最高の敵なのだと。

 

 

 

 「お答えくださいませ一夏様!なぜ、なぜあなたがわたくしの…【英国】の機密事項である【ブルーティアーズ】を使役しているのですか!!その真実をすべて!!お答え次第では、わたくしは…わたくしは…あなたを絶対に許しません。ですから真実を教えてくださいませ!!お答えください!!一夏様!!」

 

 

 

 淡々と放たれた一夏の言葉。

 それに対するセシリアの辛辣な言葉。

 

 最早、泣いているかのような叫び声はアリーナにいるすべての人の思いを代弁したものだった。

 アリーナにいる全員がゴクリと息を呑む。

 けれど、一夏はその問いに応えることはない。応えるつもりなどさらさらなかった。

 

 

 

 「…。少し黙れよ、セシリア・オルコット。

  さっきからぴーちくぱーちく…うっせーんだよ」

 「っ…!?」

 

 

 

 一夏のその答えに、セシリアは本日最高の衝撃を受けた。

 先ほどからキャラが変わっていたことには何となく理解していた。

 けど、確かに下品で言葉使いも悪く、それでいて戦闘狂な部分もあったとは言え。それでも、さっきまであんなに優しかった一夏が、あんなに気さくだった一夏が。

 まさか、自分にこんな暴言を吐くとは思ってもいなかったのだ。

 

 そのことが、セシリアの恐怖をさらに煽(あお)る結果となった。

 

 

 

 「い、いちか…さま…?」

 「…。っと…悪い…。口が滑った…」

 

 

 

 そのことに気付いたからか、一夏は一応の謝罪の言葉を口にする。

 

 が、一夏は言葉使いを直そうとは思わなかった。なおその言葉使いを使い続ける。

 素の自分の姿をさらし続けた。

 それは、セシリアを最高の敵だと認識したからこその行動だった。“あの世界”の存在を知ったセシリアだからこそ向ける言葉使い。

 一夏はセシリアに分かってほしいのだ。自分と言う存在を。自分と言う化け物を。

 

 なぜなら、彼は常に人の温もりに飢えている【寂しがりの化け物】なのだから―――。

 

 

 

 「…。…1つだけ、教えてやる」

 

 

 

 やがて、冷たい声がセシリアの背筋を凍てつかせた。

 まるで空気そのものが冷たくなったような、そんな感覚がセシリアに問いかけてくる。

 

 この現実(リアル)は、どうしようもなく冷たく厳しいものなのだと。

 

 けれども、それは見間違いようのない現実(リアル)でしかなく、この場にいる全員が認めざるを得ない真実(リアル)でしかない。

 アリーナの中で、この現実を正しく認識している人物は誰ひとりとしていなかった。

 そして、このアリーナの中でで織斑一夏と言う人間を…。織斑一夏という存在を真の意味で理解している人間も、もちろんいなかった―――。

 

 

 

 「…。俺は化け物(・・・)だ。無から有を創り出すすることくらい、朝飯前なんだよ」

 

 

 

 それはその現実(リアル)を目の前で見ているセシリアも、また然りだった。

 セシリアはこの非常識な現実を前にただただ、驚嘆するしかなかった。

 気丈にも、キッとセシリアは一夏を睨みつける。が、それでも一夏はその視線を前に表情を変えることはない。

 

 ただ、表情一つ浮かべない“本来の彼”の表情でセシリアのことを見つめていた。

 

 その表情が、さらに不気味な恐怖をセシリアに与える。

 表情のない彼はただ、恐怖でしかなく。そこにいるのは巨大な怪物でしかない。

 体の奥から恐怖が渦巻いてくる。

 自分でも信じられないほど、セシリアの心は震えあがっていた。

 

 

 

 「…。言っただろ、セシリア・オルコット。ここからは…“魔術”の世界だってな…」

 

 

 

 震える身体を抱きしめるようにセシリアは唇を噛む。

 フルネームで呼ばれたことが、さらなる恐怖を植え付けられた気がする。

 けど、そんなことよりセシリアはこの空気に怖気ずいていた。

 知っている。セシリアは知っていた。

 この空気を。この雰囲気を。

 まるで魔法のように、科学の常識なんて一切通用しない世界のことを。

 

 ここはIS学園の第三アリーナであって、第三アリーナではない。

 今の今まで居た、もう記憶にない“あの世界”のように、ここは織斑一夏が支配する世界だった―――。

 

 

 

 「…。Welcome to my world….

  ―――…。ようこそ。俺の世界へ…。」

 

 

 

 歓迎するぜ、セシリア・オルコット。俺の心を満たしてくれる七番目の人。

 そう僅かに呟き織斑一夏は、僅かにほくそ笑むのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 アリーナ控室。織斑一夏側のモニターで、篠ノ之箒はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

 

 「お、織斑先生?こ、これも…これも…さっきの【IS症候群】の影響なのですか…?」

 

 

 

 モニターの先の有り得ない映像を目の前に、箒は騒然としていた。

 アリーナに突如とあして現れた【ブルーティアーズ】は、何の戸惑いもなくセシリアに銃口を向けている。それが、織斑一夏の仕業なのは日を見るよりも明らかなのだが…。

 

 正直、あそこでいったい何が起こっているのか、まったく分からなかった。

 

 下手をすればこれが現実なのかすら、曖昧な状態だ。

 それは箒の隣でモニターを見ている麻耶も同じようで、口をポカンと開けて、茫然と画面を眺めている。

 それほどまでに、モニターの向こうの映像は信じられないものだった。

 

 

 

 「…。馬鹿者。そんなわけないだろう」

 

 

 

 箒の呟きにも似た問いに、千冬は素っ気なくそれだけ応えた。

 箒も無駄な質問だとは思っていた。

 今、目の前で起こっていることが【IS症候群】という“病気”で済ませていいはずがない。

 なぜなら、今目の前で起こっているのは明らかに物理法則を無視した現象だからだ。

 いくらなんでも、無から有を創り出すなんてこと事態おかしい。

 それを病気なんかで済ませようとは箒も思ってはいなかった。

 

 だから、箒が気になったのはそこではなかった。

 箒が気になったのは千冬の態度だった。

 基本的に面倒見のいい千冬。幼馴染故に、箒はそのことは知っている。だからこそ、箒は気になった。千冬らしからぬその素っ気ない態度に。

 

 

 

 「っ…」

 

 

 

 けど、その疑問は千冬に目を向けた瞬間に一気に吹き飛んだ。箒はジッとモニターを見つめる千冬の表情に、息を呑み込む。

 そこには、さっきまでの千冬の姿はなかったからだ。

 グッと唇を噛み、両手を強く握りしめ、モニターの向こうの一夏を心配げな表情で見つめている。

 

 そこにいたのは、たった一人の家族を心配する。一人の姉の姿であった。

 

 

 

 「千冬さん…」

 「…。篠ノ之。この際だからはっきり言っておく」

 

 

 

 またしても無意識に呟いた言葉に、千冬は言葉を返してきた。

 けど、さっきの問いかけとは違い、箒は問いとなる言葉をまだ一言も告げてはいなかった。それでも、箒の声色から悟ったのか、千冬は箒の言葉に応える。

 

 彼女の。箒の一番欲しかった答えを―――。

 

 

 

 「今の一夏を、昔の優しかった(・・・・・)一夏と一緒と思うな。

  あいつは、あいつはこの2年で、すべて(・・・)を失ったんだ。だから、お前が知っている誰にも優しいあいつはもういない。篠ノ之、今のあいつはな―――」

 

 

 

 そのとき、箒は確かに見た。

 千冬の瞳から。あの、気丈で男らしい彼女の瞳から、輝く何かが流れたのを―――。

 

 

 

 「今のあいつは―――ただ、自分を理解してくれる人間を、温もりを与えてくれる者を求め続ける喉が渇ききった。【寂しがりな化け物】なのだ…」

 

 

 

 そして、千冬はそれ以降完全に口を閉ざしてしまった。

 麻耶は、この二人のやり取りが何が何だか分からないようで、頭の上に疑問符を浮かべている。が、箒は千冬の言葉をなんとなくだが理解できたような気がした。

 少なくとも、今現在セシリアに向けている一夏のあんな表情、箒は見たことがない。

 あんな、生きることに絶望したような感情のない表情。

 

 箒は再び息をのんだ。

 そこにいたのは確かに、昔の織斑一夏ではない。

 人としての温もりを忘れ、温もりを人に求める―――ただの【寂しがりな化け物】だった。

 

 

 

 ―――一夏。私がいなかった7年の間に、お前にいったい…何があったというのだ…。

 

 

 

 箒は思う。自分は、織斑一夏にとって何なのかと…。

 それほどまでに、彼女と一夏が離れて過ごした7年という歳月は長く、重いものだった。

 

 

 

 「…。【寂しがりな化け物】…か…」

 

 

 

 そして、千冬は思っていた。

 家族故。たった一人の家族故に、千冬はどこか感じとっていたのだ。

 モニターを見る。そこには今となっては珍しい【数馬(仮面)】を被っていない一夏の姿がある。

 その見る者すべてを震え上がらせるような冷徹な無表情は、まるで人形のように薄気味悪い。

 

 が、それ故に千冬は思う。

 いつか、弟が。一夏が、どこか遠くに…遥かなる彼方に行ってしまうのではないのか、と。

 血の繋がり故の直感、とでもいうのか…。

 

 人を愛し。人に愛されたいが為に怪物となった一夏。

 千冬はそんな弟を命一杯愛して育ててきたつもりだった。いろいろな物を犠牲にした。

 女を。右目を。左手を。家族と過ごす時間を。

 それでも、千冬は満足だった。一夏が幸せなら、それで満足だった。

 

 だから千冬は怖い。

 いつか、いつか一夏が本物の怪物となって、自分の元を離れていくことが。

 

 

 

 ―――一夏。化け物でも世界の破壊者でも構わない…。私はどんなお前でも愛そう。

 

 

 

 だって千冬にはもう、たった一人の家族(一夏)以外にはもう、何も残ってはいないのだから―――。

 

 

 

 ―――だから頼む。私の傍から、いなく…ならないでくれ…。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 アリーナ内は騒然としていた。この、不条理な状況に。

 

 六つの銃口が一斉にセシリアに向けられる。

 てんでバラバラで統率は一切ない。

 その銃口の向け方はセシリアのそれと比べたらお粗末なものだった。

 けど、それでもこの銃口からもし光線が放たれたら、セシリアは間違いなく墜ちるだろう。

 セシリアのシールドエネルギーもまた、長引いた戦闘でその大半を失っていたからだ。

 

 グッとスターライトmkⅡを持つ手に力を入れる。

 けれども、その銃口を一夏に向けることは最早できなかった。

 分かっているからだ。

 ここが、引き時だと。

 

 

 

 「…。終わりだ、セシリア」

 

 

 

 一夏の声に、腕の力が一気に消えていった。

 ガシャンッ。常人では決して持ち上げることなどできない巨砲が、地面に激しく突き刺さる。スナイパーライフル。スターライトmkⅡがスッポリと手から抜け落ち地面に墜ちたのだ。

 今現在、唯一残っていた武器を手放す。この仕草の意味を理解できな人間はいないだろう。

 その仕草に、この戦いを見ていたすべての人間が悟ったはずだ。

 

 セシリア・オルコットの敗北を。

 

 アリーナ全体が、まるで時が止まったかのように静寂に包まれる。

 こんな結果を、誰が予想できただろうか?皆、この大波乱な結末に、思考が停止してしまってたのだ。

 すべてが終わった。

 その事実に、誰もが息をのんでいた。 

 

 一夏が右手を上げる。【ブルーティアーズ】の銃口がセシリアに向けられた。

 セシリアは体を硬直させてしまった。

 一夏が左手を上げる。【ブルーティアーズ】の銃口に光が収束しだした。

 セシリアは思わず目を閉じてしまう。

 そして一夏は、ニッと笑顔を浮かべた。刹那、一夏は大きく息を吐き出すのだった。

 

 

 

 「はぁ…。やっぱ無理か…」

 

 

 

 そして、ついに決着の瞬間(とき)は訪れた。

 

 

 

 「すいませ~ん。織斑一夏。降参しま~す」

 

 

 

 織斑一夏の敗北という形で―――。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「え…?」

 

 

 

 一瞬、何が起こったのかセシリアには理解できなかった。

 それはきっと、アリーナにいる全員が同じだっただろう。が、それは見間違いようのない現実だった。

 

 セシリアの目の前には、さっきまでのことがまるで嘘のように、満弁の笑顔を向ける織斑一夏の姿。

 そのときセシリアが、さっきまでのことは夢だったのではないか?と、疑ってしまったのは無理はないだろう。

 何度かパチクリと瞬きをするが、見える光景は変わらず、笑顔で両手を上げ降参ポーズをとる一夏の姿が見えている。

 その光景にセシリアは再び「え…」と、呟いた。

 

 

 

 「はぇ…?ふぇ…?」

 

 

 

 頭が混乱している。

 普段は淑女たる礼節ある姿しか見せないセシリアのそんな姿は、大層レアな姿だろう。

 その姿に一夏はくすりと笑みを浮かべていた。そして、次いで体の中に溜まったいろんなものを抜くように、「ふぅ…」と大きなため息を吐きだす。

 その全身の緊迫を一気に吐き出すような仕草に、セシリアは首を傾げた。

 が、次の瞬間、それは起こった。

 

 ガシャンッ―――。

 

 目の前で、自分に照準を定めていた六機の【ブルーティアーズ】が一気に地面に落下したのだ。

 この光景に、セシリアはさらに唖然とする。

 

 何もかもが一気に起こりすぎて、正直頭がついていけなかった。

 それこそ、夢のような。いや、ここまで来たらもう夢だと信じたいそんな光景。

 ただただ、その光景に唖然とした。

 そして、数拍後。ついにセシリアの思考が爆発した。

 

 

 

 「ちょ…、ちょちょちょちょちょちょっと待ってください一夏様!!w、what?why?いいいいいったいなにがしたいのですか!?あなたは!?D、Do you understund!?ま、まさか、これはわたくしへの憐みなのですか!?お情けなのですか!?でしたら、そんなこと、余計なお世話ですわ!!こ、こここここれ以上、わ、わたくしを愚弄なさらないでくださいましぃ!!!!」

 「…おいおい、落ち着けってセシリア。言ってることだいぶ支離滅裂だぞ?」

 

 

 

 やがて、言葉を出せる段階まで思考が回復したセシリアだったが、思ったことがそのまま言葉になっただけで英語も日本語ごちゃごちゃ。言ってることもごちゃごちゃ、と。

 そんな、自分でも訳の分からない状態となっていた。

 慌てふためくセシリアの様子に、一夏はくすりと笑った。

 それはいつも通り(仮初)の一夏の姿。織斑一夏の微笑みだった。

 

 

 

 「え…?え…?あれ…?いったい、ど、どうなってますの…?これは、何かのsurpriseなのですか??」

 「はは。セシリア、まだまだ言ってること無茶苦茶だぜ?少し落ち着けって、はい深呼吸深呼吸。すー…はー…。すー…はー…」

 「はぇ?あ…はい。すー…はー…。すー…はー…」

 「どうだ?落ち着いたろ?」

 「え、えぇ…す、すみません…一夏様…。お手数をおかけしてしまいまし…って、そうじゃありませんわっ!」

 

 

 

 多量の酸素を脳に取り込んだことで、セシリアの脳内はすっきりとした。

 混乱していた頭は冷静さを取り戻し、思考がクリアになっていく。

 そうして彼女は再度一夏をキッと睨みつけた。

 が、その視線を真っ向から受けながら、一夏はセシリアが何かを言う前に「まぁ、待てって…」と、言葉を制すのだった。

 

 

 

 「まぁ、待てってセシリア。落ち着けって。みなまで言うな。お前が言いたいことはだいたい分かっている。だから、しばし俺の話を聞いてはくれないか?」

 「そうですか…。そうですか…では、もちろん説明してくださるのでしょう?この、人をバカにした態度について、わたくしが納得できるような答えを?ね?い・ち・か・さ・ま?」

 「あははは…。ちょっと、セシリア?なんかすごく怖いんですけど…?」

 

 

 

 顔は笑っているのに目は笑っていなかった。

 一夏は思う。美人が怒るとやっぱり怖いんだなぁ…と。

 織斑一夏は強い女性には絶対に勝てない。それは織斑一夏自身が一番分かっていることだった。

 情けない。けど、人間として壊れてしまっている彼にはこれが【織斑一夏】だった頃の唯一の面影、やはりどうしても捨てることはできなかった。

 

 一度咳払いをし、次いで苦笑いを浮かべる。

 そして、語りだす。なぜ、織斑一夏がセシリア・オルコットに絶対勝てないのかを―――。

 

 

 

 「コホン。それじゃ、説明させていただきますよ、セシリア。長くなるけどOK?」

 「…大丈夫ですわ一夏様。日も暮れかけておりますので、わたくしが納得できるのであればもちろんそれで構いませんわ」

 「そっか、じゃあ遠慮なく」

 

 

 

 そして一夏は、地面に墜ちた【ブルーティアーズ】を指差した。

 

 

 

 「なぁセシリア。お前ってさ…【ブルーティアーズ(こいつ)】を完全に使いこなすこと、出来ないんだろ?」

 「っ!?…やはりお気づきになられていたのですね…」

 「あぁ。うまく誤魔化してはいたけどな。要所要所でライフル撃ったり。けど、あれほど高度な動き、しかも4機同時にをするんだ。

 そりゃあ他の攻撃なんて無理だろお?ビット兵器の操作に集中しなけりゃ(・・・・・)いけないんだからさ?」

 

 

 

 そう、それが真実だった。

 セシリアの弱点。しいてはブルーティアーズの弱点。

 

 それは、【ブルーティアーズ】の制御で一杯一杯になって、ライフルとの連携。セシリア本人の防御など、他の事(・・・)がまったく出来ない(・・・・・・・・)ということだった。

 

 セシリアは唇を噛んだ。

 反論できない自身の弱点を突かれ、何も言い返せなかったのだ。

 だが、しかし―――。

 

 

 

 「…えぇ、確かに。それはわたくしにとって致命的とも言える欠点ですわ…。

  ですが、それとこれとは関係ないはずですわ。わたくしが問うたのは、なぜ、あんな勝利目前の場面で勝負を投げたのか、それのはずですわ?違いますか?」

 「はは、まったくもってそのとおりだよセシリア」

 

 

 

 だが、しかし―――セシリアが聞きたかったのはそこではない。そこではないのだ。

 弱点を見破られたのは別に構わない。自分が未熟だっただけなのだから。けど、今のセシリアにとって最も重大なのは一夏のあの態度だった。

 勝負は見えていた。しかも、自分の負けという形で。

 

 だからこそ、セシリアは気に入らないのだ。

 この、胸糞悪い勝利が。

 

 

 

 「…確かに、一見今の話は俺の敗北と何の関係もないように見える。けどな―――」

 

 

 

 けど、それは違う。違うのだ。

 セシリアの思いは的外れもいい所だった。

 なぜなら、一夏にとって、これは必然の理なのだから―――。

 

 

 

 「けどな―――よく考えてみなセシリア。IS起動時間600時間越えの代表候補生であるお前が操れないのに、ど素人の俺が【ブルーティアーズ(これ)】を操れるわけないだろ?」

 

 

 

 その応えに、セシリアはハッとした。なぜ、今まで気が付かなかったのだろうと…。

 

 

 

 「…つまり、一夏様。あなたは―――」

 「そ。俺はこれ以上戦えない。だから俺の負けなんだ、セシリア」

 

 

 

 それが、すべての答えだった。

 

 確かのに、織斑一夏は類稀な力を持っている。けど、それでも彼はISに関してはド素人もいい所なのだ。ISの訓練などしたこともない。しようと思ってもできない。

 

 なぜなら、織斑一夏は織斑千冬の弟(シスコン)だからだ。

 

 一夏は知っている。千冬が一夏にISに関わってほしくなかったことを。

 一夏は知っている。千冬が一夏を誰よりも大事に思っていることを。

 一夏は知っている。千冬は一夏に“あの夏の日”のことを忘れてほしいと思っていることを。

 

 だから、一夏は最低限のISの訓練しかしなかったのだ。

 天涯孤独の鈴やシャルと違って、一夏にはまだ家族がいたから。

 そんな彼が、自分のISならともかく、他人のISの武器を操れるわけなかったのだ。

 

 ゆえに、千冬は言ったのだ。織斑一夏は決してセシリア・オルコットには勝てないと―――。

 

 

 

 「そしてセシリア。お前の負けだ」

 「え…?」

 「え…?じゃない。お前は今、負けたんだよ。俺に。そして闘いに…な」

 

 

 

 そしてそれはセシリアもまた、同じだった。

 セシリアはたった今負けたのだ。織斑一夏に。闘いに―――。

 

 

 

 「そ、それは…そうですわね。確かに、銃口を向けられた時点でわたくしの負けでしたわね。わたくしの欠点も、見破られたわけですし―――」

 「いやいや違う違う。そうじゃない。そうじゃないぜセシリア」

 

 

 

 そう言って、一夏は首を横に振る。

 このとき一夏は思っていた。あぁ、自分はなんてお人好しなのだろうと。

 これから、最高の敵になるであろう相手に、塩を送るのだから。

 

 そして一夏は、地面に墜ちたライフル【スターライトmkⅡ】を指差した。

 それがすべてを物語っていた。セシリアの敗北を。

 

 

 

 「確かに、さっき【ブルーティアーズ】を向けられたとき、お前は絶体絶命のピンチだった。それは確かだ。だがな、この戦いは俺が降参した時点でお前の勝ちのはずだ。違うか?」

 「っ…、その通り…ですわ…」

 

 

 

 事実、この勝負はセシリアの勝利ということで報告されるはずだ。

 そこまでの経緯はともかくとして。

 だから、あのまま何もしなければ、セシリアは普通に勝てていたのだ。

 けど、一夏が言うセシリアの敗北は別の意味での敗北だった。それは、戦場において一番やってはいけない事。それは―――。

 

 

 

 「けどな、セシリア。お前は武器を捨てた(・・・・・・)。つまり、お前は生きることを諦めた(・・・・・・・・・)ってことだ。意味、分かるよな?」

 「っ!」

 

 

 

 その言葉に、セシリアはハッとする。

 一夏が何を言いたいのか分かったからだ。

 生きることを。生き残ることを。

 さっきの絶望的な状況も、もし最後まで諦めなかったら事実勝てたのだ。そういうことだってある。つまり、一夏が言いたいことはこうだ。

 

 生きてさえいれば、勝機は必ずあるということ。

 それを考えたら、確かに負けだった。だって、セシリアは生きることを諦めたのだから―――。

 

 

 

 「…だからさ、セシリア。今日は俺の負けなんだ。そして―――」

 「…えぇ、その通りですわ一夏様。そして今日は、わたくしの負けですわ」

 

 

  

 それが、この戦いの結論だった。

 セシリアは思う。この決闘やってよかった。一夏と決闘をしてよかった、と。

 確かに、気持ちのいいものではなかった。終わり方も最悪だと言ってもよい。が、それでもセシリアは大切なことを学んだ。

 たとえ、そんなにカッコ悪くても、泥臭くても、戦争では生きる事が全てだと言う事を。

 

 けど、この決闘は、大きな謎を残した。

 それはほかならぬ、織斑一夏の事だ。

 戦いの中で見せたあの常軌を逸した速さの動き。それに、武器の投影。そして、覚えてはいないあの世界の事。

 何もかもが、不可思議なことだった。

 けど、それを一夏に問おうと思っても、セシリアはできなかった。

 さっきの、さっきのあの怖い一夏が脳裏によぎるからだ。

 

 こうして、大きな謎を残してセシリアと一夏の決闘は幕を閉じた。

 だが、すべてが終わったわけではなかった。

 このとき、まだ学園の誰も気がついてはいなかった。IS学園に近づいてくる深紅の影を。最速の剣を。

 

 

 

 すべてはまだ、始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 


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