ISS 聖空の固有結界 ~IS学園編~   作:HYUGA

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第二話 蒼い涙の狙撃兵

 

 □蒼い涙の狙撃兵

 

 狙撃。それは戦場で最も効率的な殺人方法である。

 だが、問題なのはそれを行うためには膨大な技術と経験が必要だということだ。

 ある戦争評論家は言った。

 スナイパーは800メートル先の目標に当てられるなら『達人』。一キロで『神業』。一、二キロで『曲芸』。それ以降は『偶然』でしかありえない、と。

 その言葉の通り狙撃兵となる人間は一人残らず皆、優秀な神兵なのだ。

 

 

 

 「けど、ISのハイパーセンサーでの狙撃とか、これは最早反則だろ…!」

 

 

 

 セシリアとの戦闘が始まって、俺はその言葉の重みを身に染みて感じていた。

 撃つ。撃つ。撃つ。正確な狙撃は、当たらなくともそれだけで脅威だ。撃ったら必ず当たると分かっている狙撃を警戒し、休む暇すら与えられない。

 体力的にも、精神的にもツラい闘いだった。

 

 

 

 「反応が遅くなってますわよ一夏様!わたくしを感じさせて下さるんでしょ?ならもっと、激しく来てくださらないと!」

 「言われなくてもそのつもりだよ!」

 

 

 

 個人回線からセシリアの声が響く。余裕の声色に、俺の心は満たされ喜んだ。

 

 

 

 「やっぱそうこなくっちゃな!」

 

 

 

 キュインッ。スターライトmkⅡから放たれたレーザーが頬すれすれをかする。シールドエネルギーが僅かに減少するのが見えた。

 それでも、俺は恐怖を感じなかった。

 いや、寧ろ俺の心は喜びを感じていた。

 狂ったように心が喜んでいる。周りのことなど気にしている余裕などなかった。

 

 

 

 「あはははは!!楽しい!!楽しぜセシリア!!もっと…もっと…俺を満たしてくれ!!」

 

 

 

 狂ったように、俺は笑い飛ばした。

 観客が皆、俺の姿に恐れおののくのが分かる。皆分かったのだ、俺という異常な存在が。

 

 

 

 「一夏様。お覚悟!!」

 「いいぜ、来いセシリア!!たっぷり感じさせてやるよ!!」

 

 

 

 キュインッ。弾丸は、俺の身体の中心を見事にとらえていた。

 けど、俺はそれを避ける気などなかった。真正面から弾丸を待ち構える。

 タイミングを合わせて…1、2の3、はい!

 

 

 

 「はぁあああああああ!!」

 

 

 

 ザシュッ。俺はISの爪で弾丸を弾く。けど、それでは完全に弾丸を防ぐことはできない。

 白式のシールドエネルギーは今までにないくらい減少した。

 分かっていたことだ、こうなることくらい。けど、俺は楽しかったのだ。この戦いが。だから遊ぶんだ。最高のオモチャ(セシリア)で。

 

 

 

 「っ…あ、あなたには、あなたには恐怖というものはないのですか…?」

 

 

 

 怖いものを見たようなセシリアの声色。

 けど、俺はその問いには応えなかった。恐怖?そんなもの、とっくの昔に忘れちまった。

 最高の恐怖を知ったあのときに。生きながら味わう地獄を経験したあの一年で。俺は、恐怖という感情を失ったのだ。

 狂ってる?そんなこと分かっている。だって俺は、世界一狂った人間の【最高の剣】なのだから。

 

 

 

 「それじゃ、今度はこっちから行かせてもらおうか!!」

 

 

 

 フィールド内を右往左往に逃げまどう姿勢から、今度は正面からブルーティアーズに向かう。が、それすら予想していたのか、セシリアは慌てず急がず、俺に照準を定めた。

 ピーピーピーと、警報が鳴る。照準が定められた証だ。それでも俺は関係なくセシリアに向かった。

 だって、俺の中に、恐怖なんて感情は存在しないのだから。

 

 

 

 「っ!?」

 

 

 

 キュインッ。僅かに弾道が左に逸れる。

 さすがのセシリアも、俺の異常性に動揺してしまったようだ。そのチャンスを俺が見逃さないわけがない。レーザーライフルであるスターライトmkⅡは弾を込めなおす必要がないため、次弾までのタイムラグはほとんどない。

 が、動揺したセシリアに照準を合わせる冷静さは持ち合わせていなかった。

 その心の隙を狙って、俺は爪を掻きたてた。

 

 

 

 「うおぉおおおおおお!!!!」

 

 

 

 もらった。俺はその瞬間勝利を確信した。目の前では目を見開いたセシリア。俺の爪は、彼女の喉元を正確にとらえていた。

 だが、俺は気が付く。確かに、セシリアの目は見開かれていた。

 けど、セシリアの口が薄く微笑んでいたことを――――

 

 

 

 「… You are fool (おバカさん)…」

 「っ!ガッ…!?」

 

 

 

 キュインッ。その直後、俺は頭に一撃もらった。

 反動で、地面に打ち付けられる。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。ライフルの軌道は明らかに俺を向いていなかったはず。けど、俺の頭には確かに一発、弾丸が命中した。

 生身なら、そのときすでに死んだはずだ。

 だけど、戦場にもしはあり得ない。俺は今、確かに一回死んだのだ。

 

 

 

 「いってぇ…何が起こったんだ」

 

 

 

 砂埃で何も見えない。けど俺はまだ、ギリギリ生きていた。

 実際に死ぬことはないから、この場合はシールドエネルギーがまだ残っているということだ。

 目の前に表示された白式のデータを確かめる。

 シールドエネルギーはすでに、半分近く削られていた。それもそうだ。防御もなしに、ライフルの一撃を真正面から頭で受けてしまったのだから。

 突如として俺の頭をとらえた謎の一撃。一つだけ分かっていることがあるとしたら、それはこの一撃がすべてセシリアの策略だったということだけだった。

 

 

 

 「ふふ、生きていらっしゃいますか?一夏様?」

 「あぁ…おかげ様でな…。セシリア。いったい、何なんだよ…今の一撃は…?」

 「それは自分の目でお確かめください。一夏様」

 

 

 

 個人回線から、セシリアの声が響いてくる。

 その言葉に従い、俺はさっきまで俺がいたであろう場所を見上げた。

 舞い上がった砂埃がだんだんと晴れていく。真昼の太陽の光がやけに眩しかった。その太陽をバックにブルーティアーズは、セシリアは、俺を見下ろしていた。

 そして、その周りには見慣れない物体がまるで海を泳ぐ魚のように、ヒュンヒュン動き回っている。

 間違いない。犯人はあれだった。

 

 

 

 「…おいおい、ずいぶん物騒なペット買ってんじゃねーかよセシリア。それ、ワシントン条約とかに引っかかるんじゃないのか?」

 「ふふ、ご心配なく一夏様。ワシントン条約にも、サンフランシスコ条約にも、ロサンゼルス条約にも一切引っかかりません。もちろん、アラスカ条約にもですわ」

 「それは、なんとも優秀なペットだことだ…」

 「そうですわ。とっても優秀で、とっても可愛い…忠実なるわたくしのペット。これがわたくしの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)【ブルー・ティアーズ】ですわ!!」

 

 

 

 ヒヤリと冷や汗が背中をなぞる。

 冗談を言いながらも、けどやはり、俺は内心この事態を悦んでいた。

 四機のビットが、品定めするかのように俺に銃口を向けていた。単純計算で、さっきまでの四倍の狙撃兵がいることになる。故に、俺の疲労も単純計算でさっきまでの四倍だ。

 さっきまでですらギリギリだったのに。まさしく、絶望的な状況だった。

 

 

 

 「これで、試合前の借りは返させいただきましたわ。一夏様」

 「そっか、けどそれはあくまで試合前の話。本来なら、頭を撃たれたから、俺はこれで負けを認めないといけないはずだぜ?不注意に近づいた俺の失敗だからな」

 「あら、逃げるのですか?一夏様?」

 

 

 

 一応の提案に、セシリアは応じる気はないようだ。

 そして、提案した俺の方も、もともとその提案に乗る気などさらさらなかった。

 ニヤリと笑みを浮かべる。そうだ。まだ、まだこんなもんで俺を満足させられるだなんて思わないことだセシリア。俺の心は飢えている。

 千冬姉が、鈴が、弾が、数馬が、俺の心の飢えを解消してくれた。

 けど、まだ足りない。俺の心は求めているのだ。家族を、友を、仲間を、敵を。

 だからセシリア。俺をもっと満足させてくれ!

 

 

 

 「上等だ!!たかが四倍の戦力で調子に乗んなよセシリア!!」

 「Excellent Ichika!! You are the best enemy!!」

 

 

 

 そして俺は再び空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「織斑先生。一夏は…一夏は本当に勝てるのでしょうか?」

 

 

 

 一夏側の控室。真っ暗な部屋の中、箒は隣で難しい顔で眉を潜めている千冬に尋ねた。

 ビット型兵器。一部の国では開発が進んでいると専らの噂だった単一仕様能力。それが現れた瞬間、箒にはすでに勝負が見えた気がしたのだ。

 ただでさえ神がかった狙撃技術の持ち主であるセシリアに、さらに動く砲台が加わって、死角はほとんど見えない。それに対して、一夏は武装なしの戦力皆無なIS。

 誰が見ても、勝負しようがない状況だった。

 

 

 

 「篠ノ之。その答えはさっき言ったはずだ。答えはNOだ。織斑に勝てる見込みなどさらさらない」

 「っ!」

 

 

 

 そして、千冬も漏れずその意見には同意だった。

 一夏には勝てる見込みなんてない。それがIS学園教員の織斑千冬が冷静に見積もった結論だった。

 

 

 

 「っ!では、ではなぜ一夏はまだ戦う気なのですか織斑先生!?あいつはまさか、そんなことも分からない未熟者なのですか!?」

 「違う。あいつも分かっているはずだ。自分ではオルコットには手も足も出ないことくらいな。が、それでも、あいつは戦っている。なぜかわかるか?」

 「…まだ、勝算があるからですか?」

 「だから言っただろう篠ノ之。そんなものはないとな」

 「ではなぜ一夏は戦っているのですか!!」

 

 

 

 意味深な千冬の言葉に、箒は我慢できずに叫ぶ。

 モニターを見ていた麻耶が、驚いてビクリと体を震わした。それでも、千冬は冷静な眼差しを箒に向けていた。箒には、千冬が何を言いたいのか、未だに分からなかった。

 

 

 

 「織斑先生。教員の判断で試合を止めてください。このままでは、一夏が危険です」

 「重々承知している。わたしも、危険なところまで行ったら止めるつもりだ」

 「なら、今止めてください!!」

 

 

 

 箒は涙目で叫んだ。一夏が心配だったのだ。

 その気持ちを酌んでやりたい麻耶は千冬をチラリと覗き見た。

 そして、気が付いた。千冬の拳が握りしめられていることに。確かに、今の千冬はIS学園の教師だ。だけど、それ以前に彼女は織斑一夏の姉なのだ。心配でないはずがない。

 それに箒も気が付いた。彼女も分かったのだ。千冬の気持ちが。だから尚の事分からない。なぜ、千冬は止めないのかと――――

 

 

 

 「…織斑先生。どうしてですか?どうして…こんな、こんな、自分の弟を…」

 「…篠ノ之。お前は一つ、大きな勘違いをしている」

 

 

 

 そう言って、千冬はスッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 「私は一夏のことが大事だ。だから、あいつがまだやれると言うのなら、やらせてやるのだ」

 

 

 

 クラスでは見たことのない。けど、箒は見たことある優しい表情。それは一夏が部屋に飾っている写真に写っている千冬の表情だった。

 楽しそうに写る一夏達とは対照的。けど、決して悪目立ちはしていなかった穏やかな笑み。

 それは間違いなく、織斑一夏の姉、織斑千冬の笑みだった。

 

 

 

 「織斑…先生…」

 

 

 

 勝てない。箒は正直にそう思った。

 千冬は自分の思いを押し殺してまで、一夏の意思を尊重した。それは正しくないかもしれない。けど、一夏を愛してるという気持ちだけは、誰にも負けていなかった。

 

 

 

 「…それにな篠ノ之、心配するな。確かに、織斑はオルコットには決して勝てないだろう。無論、私もそう思っている。だが――――」

 

 

 

 そして、千冬はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 「オルコットが勝つとは、私は一言も言ってないはずだ」

 

 

 

 その瞬間、モニターの向こうで激しい爆発が巻き起こった。

 砂煙がモニタ-を曇らせ、何が起こっているのかは分からない。が、やがて砂埃が晴れていくと、そこには予想外な光景が広がっていた。

 

 

 

 「っ!?なんだ、なんなのだこれは!?一体何が起こっているんだ!?」

 

 

 

 モニターの向こうでは白式とブルーティアーズは、どちらも顕在だった。

 が、その形成は明らかに逆転していた。

 ビット型兵器【ブルーティアーズ】。そのすべてを駆使しても追いつけていない。いや、それどころか白式の動きに、モニターカメラすら追いついていない。速い。速すぎだった。

 

 

 

 「…。やはりこうなるか、あのバカが」

 

 

 

 千冬はそんな一夏の動きに思わず悪態をついた。

 けれど、それはどこか諦めにも似た感情の吐露でもあった。

 それは明らかなオーバーアシスト。彼の動きは異常なものだったからだ。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 「舞いなさい!!【ブルーティアーズ】!!」

 

 

 

 時は遡り、数分前。一夏とセシリアの戦いは佳境に差し掛かっていた。

 四機の【ブルーティアーズ】が一夏のもとに襲い掛かる。それを一夏は右に左にと器用に避けていた。

 

 

 

 「足りない。足りないぜセシリア。まだ全然満足できねーよ!!」

 「ならばもっと満足させてあげますわ!!舞い上がれ!!【ブルーティアーズ】!!」

 

 

 

 攻撃のスピードが増した。一夏はそれでも器用に避け続ける。

 白式を囲むように、前から後ろから【ブルーティアーズ】のレーザーが放たれる。だが、戦況は明らかに一夏に不利な状況のはずなのに、一夏は笑みを浮かべる余裕すらあった。

 強い。セシリア・オルコットは本当に強かった。あの神がかった狙撃に加え、この正確無比なビット兵器【ブルーティアーズ】の操作技術。さすがは代表候補生というところだ。

 実力は完全に頭一つ抜けている。やはり、俺なんかじゃ勝てる相手ではなかった。

 

 

 

 「だけど、それでも…!!」

 

 

 

 俺は負けたくなかった。

 

 

 

 「だってこんな激しいパーティー!!楽しまなきゃ損だろ!!なぁセシリア!!」

 「その通りですわ!!よろしければもう一曲いかがです一夏様?!」

 「喜んでお供しますよ!!お嬢様!!」

 

 

 

 激しい銃撃が俺の身体を貫きに来る。

 それは一方的な戦いだった。だからこそ、圧倒的だった。

 雨のように攻撃を加え続けるセシリアも、それを完全に避けている一夏も。観客は最早、全員無言でこの戦いの結末を見守っていた。

 それが例え、決まりきった結末(一夏の敗北)だったとしても。

 

 そして、その時がついにやって来るのだった。空に高らかと謳うようにセシリアが叫んだ。

 

 

 

 「舞い上がれ【ブルーティアーズ】!!」

 「ぐっ…」

 

 

 

 一夏が背中に一撃貰う。シールドエネルギーがついに半分を切った。

 だがそれでもセシリアは攻撃に手を抜かなかった。一夏が、これしきで根を上げるだなんて思ってもいなかったからだ。

 

 

 

 「二撃目!!【ブルーティアーズ】!!」

 「ちっ…」

 

 

 

 二機目の【ブルーティアーズ】が正面から一夏を狙い撃つ。その攻撃を、一夏はギリギリ避けることができた。だが、攻撃はこれで終わりではない。寧ろ、本当の攻撃はここからだった。

 

 

 

 「三撃目!!」

 「かはっ…」

 

 

 

 直後、一夏の背後に三機目の【ブルーティアーズ】が現れ、一夏の背後を突く。

 これには一夏も避けることはできない。そして――――

 

 

 

 「最後ですわ!!四撃目!!舞い上がれ【ブルーティアーズ】!!」

 「くっ…があぁあああっ…!?」

 

 

 

 その瞬間、真上から一夏の頭に四機目の【ブルーティアーズ】がミサイルを撃ち込まれた。

 無論、それを避けるだけの余力が一夏に残っているわけはなく、一夏は直にその一撃を食らってしまう。シールドエネルギーが一気に減少した。最早レッドゾーン間近である。

 地面に叩きつけられた一夏の機体が煙を上げる。一夏自身も、すでに満身創痍だった。

 

 

 

 「…さて、どうやら楽しいパーティーもここまでのようですわね」

 

 

 

 カチャッ。そして、地面に落ちた一夏に銃口を向け、セシリアは一夏に宣告した。

 

 

 

 「チェックメイト。わたくしの勝ちですわ、織斑一夏様」

 

 

 

 勝負ありだった。四機の【ブルーティアーズ】も、変わらず一夏に銃口を向けている。

 誰もが予測した。そして、誰もが分かっていた結末がそこにはあった。

 五門の銃口の先で、一夏はククッと笑みを浮かべる。それは、これれまでの狂喜の笑みではなく、いつもの一夏が浮かべている、どこかニヒルな笑みだった。

 

 

 

 「はは、すげー…ホント、すげーよ、セシリア。まさか、ここまで実力差があるなんてな…」

 

 

 

 一夏は手のひらを太陽にかざし、セシリアの顔がよく見えるように影を作る。

 見えたセシリアの顔はとても穏やかなものだった。その顔に、一夏も穏やかな表情を作った。

 

 

 

 「いえ、一夏様も十分にすごいですわ。イギリス代表候補生であるわたくしの攻撃を、ここまで避けきるだなんて…賞賛に値しますわ」

 「そうか。そりゃ、ありがとうな」

 

 

 

 素直に礼を言う。これは一夏には本当にうれしかった。

 尊敬する人間に褒められて嬉しくない人間はいないだろう。一夏は、セシリアのことを尊敬していた。ここまでの技術を手に入れるまでに、いったい彼女はどれほどの鍛錬を積んだのだろうか?

 ここ一年で、IS操縦者になろうなどと思っている自分とは格が違う。

 彼女の強さは一級品だ。二流の自分とでは比べるのもおこがましすぎるほどだった。

 

 

 

 「はぁ…やっぱり、勝てないか…」

 

 

 

 そう言って、一夏はぐったりと肩を落とした。

 

 

 

 「一夏様。その…感傷に浸っているところ誠に申し訳ないのですが、これは公式の勝負ですので、その…負けを認めてはもらえないでしょうか?」

 「ん…?それって、どういうこと?」

 

 

 

 セシリアの言葉に、一夏は首を傾げた。

 その仕草に、本当に知らないのか?と、セシリアはちょっとだけ驚嘆の表情を浮かべていた。

 

 

 

 「まぁ、一夏様はご存じないのですか?IS学園において、公式の練習試合での勝敗の付き方は二通りあるのです。一つはシールドエネルギーの全損。これは言わなくても分かりますよね?操縦者の身が危険だからですわ。そして、もう一つが双方どちらかが降参するということです。そうしなければ模擬戦とはいえ――――」

 「あぁ、いや。それは知ってるよセシリア」

 「え?ご、ご存じでしたの?それは失礼いたしましたわ」

 

 

 

 思いがけず恥をかいてしまったセシリアは頬を赤く染める。

 だが、それもつかの間のことだった。すぐに、セシリアは別の意味で驚嘆した。なぜなら――――

 

 

 

 「で、でしたら一夏様。負けたことを認めていただいても――――」

 「それはできないな。だって、俺はまだ負けてないから」

 「…ふぇ?」

 

 

 

 なぜなら、一夏がそう言ってニッコリと微笑んだからである。

 これには、観客も唖然とした。セシリアに至っては情けない声を出してしまっていた。

 

 

 

 「そ、そんな…そんな往生際の悪い事おっしゃらないでください一夏様。またいつものお戯れなのですか?」

 「いや、俺は本気だぜ?俺達のパーティーはまだ終わってない。俺はそう言ったんだ」

 「そんな!見損ないましたわ一夏様!」

 

 

 

 今度こそ、セシリアは怒りを露わにした。

 が、それもそうだろう。勝敗は明らかに決しているのだから。

 ブーイングが会場中から飛ぶ。けど、それでも一夏は撤回するつもりはないらしく、余裕そうな笑み浮かべ立ち上がった。

 どうやら、一夏は本気で勝負を再開する気のようだ。

 

 

 

 「…後悔しますわよ、一夏様。これ以上やるのなら、わたくしは遠慮せずあなたのそのISのシールドを全損させますわ」

 「はん。やれるものならやってみな」

 

 

 

 最後の忠告とばかりにセシリアは告げる。

 それでも、一夏は撤回するつもりなどなかった。ギリッとセシリアは唇を噛んだ。最早、一夏は口で言って分かる男ではなかったのだ。

 カチャッ。スターライトMKⅡを構え直す。いつもなら、軽々と扱っていた巨大なライフルが、なぜかとてつもなく重く感じた。照準は無論、織斑一夏である。

 

 

 

 「本当に。本当に、後悔しませんのね?」

 「くどいぞセシリア。俺は一度決めたらやる男だ。撤回はしない」

 「…では、よろしいのですね、一夏様?」

 「あぁ。もちろん」

 

 

 

 一回、二回、セシリアは深呼吸した。そして、キリッと目を鋭く尖らせた。

 狙撃兵の目。それはまるで鷹の目のように、狙いを定めたら決して逃がさないという恐怖の眼差しだった。

 

 

 

 「それでは、一夏様。一度、地獄に落ちてその根性を叩き直してきてください。 Good by 」

 

 

 

 直後、セシリアは引き金を引いた。それと同時に【ブルーティアーズ】にも支持を出す。

 寸分狂わず、四機の【ブルーティアーズ】からもレーザーが放たれた。それは真っ直ぐと織斑一夏にへと向かっていく。下手をすれば死すらありえる。

 が、セシリアはスコープを通して、織斑一夏が笑っていたのを確かに見た。

 

 それは完全なる狂喜。異常だった。

 

 そして、その彼の口元が僅かに動いていたのを、セシリアは見た。生憎、読唇術など使えないセシリア。でも、その唇の動きは明らかに日本語ではなかった。

 まるで、何かの呪文を唱えているような。そんな、不思議な唇の動きだった。

 

 

 

 「…My dream is Infinit Stratos…」

 

 

 

 直後。アリーナに爆発音が木霊する。

 普通なら、完全に致死に達する爆発だ。シールドエネルギーが残っているとは思えなかった。

 だが、セシリアは不安をぬぐうことができなかった。

 心の底から湧き起ってくる得体のしれない不安。それが、圧倒的力を前にした恐怖だとはセシリアはまだ、知らなかった。

 

 

 

 「…言っただろ。俺達のパーティーはこれからだってな」

 「っ!?」

 

 

 

 そして今、知った。セシリアは圧倒的力を前にした恐怖を。

 

 

 

 「な、な、な、なんで…」

 「これは正直、使いたくなかったんだけどな…仕方ないか」

 

 

 

 気づいたとき、織斑一夏はそこにいた。

 さっきまで5メートル異常は先で照準を合わせていた織斑一夏が、気がついたら自分の背後にいたのだ。セシリアは唖然とし、声もうまく出せなかった。

 観客席から湧いていたブーイングも、いつの間にか聞こえなくなっている。

 それは本日何度目になるか分からない、織斑一夏から生まれた驚嘆だった。

 

 

 

 「…それじゃ、第二ラウンド行こうか。第二部のパーティーはちょっと大人の世界だぜ?今度こそ体の奥まで感じさせてやるよ、セシリア・オルコット!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 今回のパロディネタ集

 ♯001
 スナイパーは800メートル先の目標に当てられるなら『達人』。一キロで『神業』。一、二キロで 『曲芸』。それ以降は『偶然』
 /電撃文庫「ブラックブレッド」二巻の中のセリフ。
 この話。ダークな感じでかなり好きなんです。読んだことない人。
 よかったら読んでみてください。ただし、ロリ少女がどんどん死ぬのでご注意を。




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