ISS 聖空の固有結界 ~IS学園編~   作:HYUGA

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 これからの話に関わってくるので、とりあえず、プロローグの最終話だけ投稿したいと思います。一応、最後まで読んでいただかないと、今後の話の中で分からないことが出てくるかもしれませんので注意してください。
 それと、このはなしのなかで、重要な立場にいるオリキャラが出てきます。でも…。
 感想等も待ってます(#^.^#)
 それでは本編にどうぞ!!


第0章『腐敗世界のアベンジャーズ』
最終話 一夏の思い


 

 □一夏の思い~ Other and I live in two different worlds ~

 

 

 ―――――この世界は狂っている―――――

 

 最初にそう思ったのは“あの夏の日”だった。

 蒸しかえるような暑さ。千冬姉の叫び。その先に待っていた“鋼鉄の地獄”…。

 その地獄の中、俺の心は次第に壊れていった…。

 

 ―――――この世界は壊れてる―――――

 

 最初にそう思ったのは“シャルと出会ったあの日”だった。

 ただ道具として扱われ。いらなくなったら捨てられ。一人の少女の思いを“粉々に砕いた”…。

 俺はあの日、ISに支配されたこの世界を知った…。

 

 ―――――この世界は理不尽だ―――――

 

 最初にそう思ったのは“数馬が死んだあの日”だった。

 鼻に来る血の香り。理を犯す親友。その先に待っていた“明日との別れ”…。

 俺はあの日、世界を憎むようになった…。

 

 ―――――この世界は嫌いだ―――――

 

 最初にそう思ったのは“鈴を失ったあの日”だった。

 あんなに優しかった鈴の両親。あの温かな場所を壊し、俺から“鈴を奪っていった”世界…。

 俺はあの日、世界への復讐を誓ったのだ…。

 

 世界が平和でありますように。

 何もかもを失った後、中学の研修で教会に行ったときに聞いた讃美歌の歌詞。

 ふざけるな。俺はその歌詞に心の底から毒づいた。

 何回も…、何回も…、何回も何回も何回も何回も何回も…、……この世界は俺から大切なものを平気で奪っていった…。その世界の平和を願えだと?ふざけるな。

 この世界が憎い。この世界が嫌いだ。だから、俺は世界に復讐するんだ。

 

 上を見上げれば、今も澄んだ蒼い空が見える。

 

 地獄から解放されたあの日、俺は自分の中である力があることを知った。

 今は不完全でも、いつかはきっと…、この力を使って、世界へ復讐できる日が来るはず。

 その日に向けて。俺は…。俺は…。

 

 

               俺ハ世界ヲ憎ミ続ケル。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

「ねぇいっくん。いっくんはさぁ…、この世界のこと…。……どう思う?」

 

 

 

 俺の世界からすべての色が失われて一年後。

 その日はやってきた。

 突然、何の前触れもなく家に訪れてきた天才発明家【篠ノ之束(しののめたばね)】

 その彼女が、出したお茶を一口飲んだ後、開口一番で言って来たのがそのセリフだった。

 当然のことに、俺は目を丸くする。

 

 

 

「はい?」

「だからさ、いっくん。いっくんはさ、この世界のことどう思う?…率直に応えて。…お願い」

 

 

 

 その目は冗談を言っているようには見えない。

 彼女は純粋に俺に、聞きたいのだ。俺が…、……IS(インフィニット・ストラトス)のせいで人生を壊された俺が、この世界のことをどう思っているのかを…。……。

 …。話はさっぱり見えない。が、俺はなんとなく悟っていた。

 篠ノ之束。彼女は俺のことを試しているのだと。

 

 …。迷うことはなかった。

 

 俺が、この世界に感じている感情など、一つしかない。

 むしろ、それ以外の答えを、俺は持っていない。

 世界は狂っている。

 理不尽な理由で数馬は殺された。ISに魅せられた親の勝手で、シャルは利用され最後は捨てられた。

 俺と同じく、世界を憎んだ弾は、生活も友人も家族さえ捨てて、復讐にへと走った。

 そして鈴は、腐った大人たちの勝手な理由で家族を殺され、拉致同然に俺の前から消えて行った…。

 憎い。数馬を。弾を。鈴を…。俺の大事なものを奪っていった世界が…憎い。

 だから、俺が世界に向ける思いはただ一つ。

 この世界は…。この世界は…。この世界は…。……。

 

 

 

「…。この世界は…、……腐ってる…。……」

 

 

 

 俺は、この世界を絶対に許さない。

 

 俺の答えに、束さんはただじっと俺を見つめる。

 俺もそれに対抗するように束さんを見つめていると、やがて満足したように、束さんの口がにんまりと広がった。

 どうやら、俺の答えは束さんのお眼鏡に叶ったようだ。

 

 

 

「そっかぁ…、そっか、そっかぁ…。やっぱり、いっくんもそう思う?うん。さすがいっくん。以心伝心だね~。実を言うとね、束さんも同じこと思ってたんだよ?束さんも…この世界は腐ってると思う」

「あなたがそれを言うんですか?束さん?」

「あははは~いっくん辛辣だね~束さんの胸に槍のごとくドストライクだよ~」

 

 

 

 俺の返答に、束さんがたはは~と、笑みを浮かべて応える。

 そう、何を隠そう。この人こそ、ISの開発者であり、世界をこんな風にした張本人なのだから。

 

 

 

「…。でもね、いっくん。束さんは、望んでこんな世界にしたかったわけじゃない。束さんはただ、あの空の向こうに行きたかっただけなんだ。あの空の向こう…インフィニット・ストラトスに…」

「…。……」

 

 

 

 それは、束さんの心からの言葉だったと思う。

 ISの開発者、篠ノ之束。彼女は、ISを開発した後、一定の期間。ISコアを作り続けた。

 ところが今から数年前。篠ノ之束は突然ISコアの製造をやめて消息を絶つ。

 奇しくもその年は、世界各国がISを兵器として実用しだした年だった。この篠ノ之束の逃走により、ISの開発競争は著しく低下。現在は第三世代機の開発競争ということで落ち着いている。

 それが、今の世界情勢である。

 

 

 

「…正直言いますと、俺はあなたのことが嫌いでした。そして、俺はあなたのことも憎んでいました」

「…耳が痛いよ、いっくん」

 

 

 

 束さんは俺の言葉に少し落ち込んだように応える。

 気のせいか、頭のウサ耳も沈んだように、だらんとしているようだ。

 そんな彼女の様子に、俺はすぐ「けど…」と続けた。

 

 

 

「けど、鈴がいなくなった後。俺は鈴に言われた言葉をもう一度よく、考えてみました。『笑いなさい』そう言われた時、俺は思ったんです。世界はこんなにも…残酷なんだって…。あいつ、自分がこれからどんなひどい目に合うか分かってるのに、俺にそう言ったんですよ?バカみたいですよね?自分のことより他人のことを考えるなんて…」

 

 

 

 あのときほど、俺は自分が情けないと思ったことはない。

 今でも、鮮明に思い出せる。俺がもっと強ければ…俺にあの時、鈴に「行くな」って言う勇気があれば…鈴は、今でも俺の隣に居てくれたんじゃないのかって。

 

 

 

「で、気づいたんです。あんなに…あんなに優しい鈴を俺から奪っていった世界こそが…全部悪いんだって…。ISを造った束さんじゃない。悪いのは全部。ISを悪用することしか考えなかった…この、世界。…この腐った世界なんだって…」

「いっくん…」

 

 

 

 束さんが悲しげな眼で俺を見る。

 そんなに、そんなに悲しまないでください束さん。俺はもう、あなたに泣いてほしくない。

 だってあなたは、もう何度も悲しい目にあってるはずなんだから。ISが引き起こした様々な事件。それを見て、あなたが悲しまないはずがない。だから、泣かないでください。

 キュッと束さんは唇を縛る。そしてブンブンと首を横に振ると、束さんはいつもの束さんに戻った。

 いつでも賑やかな、あの束さんに。

 

 

 

「いっくん。私は、この世界を壊そうと思う」

「…え?」

 

 

 

 その言葉に、俺は絶句した。

 世界を壊す。そんなこと、できるはずがない。が、束さんの瞳はどこまでも本気で。その目を見るだけで、俺は理解することができた。

 この人は、本当に世界を壊す気なのだと。

 

 

 

「…方法は?」

「うん?」

「だから、どうやって世界を壊すんですか、束さん?世界を壊すって…それこそ、雲をつかむ計画じゃないですか?全世界の官僚を皆殺しにするだけじゃ終わりません。この世界に染み付いた秩序は、どこまでも根深い。それこそ、この星を破壊するくらいのことをしなければ…世界なんて…」

「何言ってるのいっくん。簡単な方法があるじゃない。この世界がこんな風になっちゃった原因。根源を、破壊すればいいんだよ」

 

 

 

 そう言って、束さんはケラケラと笑う。

 が、俺にはその言葉は許容の範疇(はんちゅう)を超えていた。

 破壊する?こんな世界になった原因を?それはつまり――――

 

 

 

「ISを、ISのコアを…壊すつもりなんですか?」

「…うん。そうだよ、いっくん」

「束さん!!」

 

 

 

 今度こそ、俺は心から驚嘆の声を上げた。

 IS。インフィニット・ストラトス。それは、遥かなる空の彼方の名前通り、束さんが宇宙開発用に開発したパワードスーツ。束さんの技術の結晶ともいうべき存在。

 それを破壊するということは、束さんにとって身を割かれるも同然のはず。

 俺は、束さんの決意の強さに、ただただ驚いていた。

 そこまで…。そこまでの思いで束さんは…。

 

 

 

「…いい、んですか?束さん…」

「うん。もう、決めたことだから…。束さんは、束さんは世界に散らばった467機のコア、そのすべてを…破壊する。そして、世界を元あるべき形に戻すんだ」

 

 

 

 どんなことを言われても揺るがない。

 そんな思いが伝わってくる。その言葉に、俺は息をのみ、そして同時にほくそ笑んでいた。

 自分でも思いがけず出た表情だった。けど、なぜ笑ったのか、俺には理解できていた。そうだ。俺は、俺は待っていたんだ。今日、この瞬間を…。俺はこうなることを望んでいたんだ…。

 俺の笑みを見て、束さんも笑みを浮かべた。

 そして差し出された右手。その手が俺に何を求めているのか、考えなくても分かる。

 俺は心の中で狂喜した。

 

 

 

「いっくん。今日はね、いっくんをお誘いに来たんだよ?いっくんは知ってるはずだ。この世界は、もう終わってしまってるってことを。だから、束さんはいっくんなら協力してくれるって信じてる。ねぇ、いっくん。もしよかったら、いっくんのその力。束さんのため、世界のために貸してはくれないかい?」

 

 

 

 何を白々しい。

 俺は心の中で笑う。束さん。あんたは俺がどうこたえるのか分かってるはずだろう?

 俺がこの世界をどれだけ憎んでるか。この世界をどれだけ嫌っているか。

 あんたはそれを知ってるはずだ。

 俺はニヤリと笑む。束さんのその右手には、世界がかかっている。それを俺が、受け取らないはずがないじゃないですか。

 いいぜ、束さん。俺はあんたの手の平の上で踊ってやる。

 俺は、差し出された右手を握り返す。決意は固まった。いや、決意なんてとっくの昔から固まっていた。だって、この世界は俺から、何もかもを奪っていたんだからな。

 

 

 

「束さん。俺はあなたに着いていきます。どこまでも…どこまでも…」

 

 

 

 さぁ、世界。待っていろ。俺はお前を…、ぶっ壊してやる。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 ◆1年後・ドイツ『キールIS実験場』

 

 1年前。俺は世界を壊すと誓った。

 その結果。俺は今、ここにいる。あの地獄から解放された日。姉さんに見せてもらったあの青い空。

 それを今、俺は自分の力で見ていた。

 そして、遥か下を見れば、世界各国。いろんな人々が集まっているのが見える。その少し離れたところで、何か黒い物体がかなりのスピードで飛んでいる。

 

 あれが今回の目的である二機のIS【シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)】である。

 

 二機のISは、観客にアピールするように右に左に、飛び回る。今日はこの【シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)】の性能説明会の日だった。

 そして、その二機のISを操縦する操縦者も、情報が入っている。

 ドイツIS部隊。通称【シュヴァルツェ・ハーゼ】

 

 隊長【プラッツ・フェアヴァイス少佐】

 副隊長【ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉】

 

 ドイツを代表するIS操縦者である二人。世界でも有数と言えるこの操縦者達は同時に、世界が誇る最強の一角と呼べる戦力でもある。

 そう、今日この日。俺がここにいるのはそれが目的だった。

 世界最先端のIS技術を持つドイツが開発した最新鋭のIS。それを操縦する世界最高峰の操縦者。

 俺達の最初の目標としてはうってつけであった。

 

 

 

「こちら【刹羅(せつら)】。目標地点に到着しました」

『もすもすひでもす~!!了解したよ~【雪羅】!!』

 

 

 

 通信機から入ってくるそんな愉快な声に、俺は頭痛がする。

 まったくこの人は…、今日がどれだけ大切な日か本当に分かってるのか…?

 ため息を吐く。本当にこの人について行っていいのか、ときどき本当に不安になることがある。けど、彼女は普段の態度がどうであれ、結局は上に行ける人間なのだ。

 上に行けるやつらは、生まれた瞬間から決まっている。それは自分の姉である千冬姉もそうであり、英雄となる人間は大抵そうなのである。そして、この篠ノ之束もそう。

 彼女には、生まれた瞬間から天声とも呼べる頭脳があった。その彼女が開発したISは、世界すら変えた。形はどうであれ、世界は彼女の才能を求め、彼女の魅力に人が集まっていった。そんな彼女は間違いなく英雄と呼べる存在なのである。

 

 

 

「…束さん。いや、正義のマッドサイエンティストさん。任務の邪魔になりますから少しの間消えててくれませんか?存在ごと」

『なにその呼び名!?そして、心の奥にまで届く毒舌、本当にありがとうございます!!』

 

 

 

 本当にうれしそうな声でそう言うのだから性質(たち)が悪い。

 でもそんな彼女のもとに、蟲のように人が集まってくるのだから不思議でたまらない。ま、自分もその一人なのだから何も言えないのだが。

 俺は目の前のモニターに映る束さんの嬉々とした顔を見ながら、失笑を漏らした。

 

 

 

「変態。あ、それと呼び名なんですが、ほら俺達だけコードネームがあって束さんにだけないのって不公平じゃないですか?仲間外れは嫌ですし。だから俺達で勝手に決めさせてもらいました。気に入っていただきましたか?」

『はぅ…【雪羅】の『変態』発言。おいしくいただきました~。って、えぇえええええ!?おかしいじゃんおかしいじゃん!?【雪羅】達のその気遣いは嬉しいけど、どう見ても束さんの名前だけ仲間外れだよね!?そうだよね!?』

「別にいいじゃないですか。あながち間違ってないですし。ね?正義のマッドサイエンティストさん?」

『棘がある!?どこか発言に棘があるよね【雪羅】!?』

 

 

 

 そう言いながらモニターの向こうでぷりぷり怒る束さん。

 どうやら、彼女にはこのコードネームが不評だったようである。せっかく世界各国に散らばったみんなとツ○ッターを使って話し合ったのに…、残念だ。

 と、そうしている間にも、下で動きがあった。見下ろす先の映像をアップにして見れば、ほとんどの人間が空を見上げている。どうやら、下でも俺の存在を認識したようだ。

 

 

 

「バレましたよ、束さん。本当に大丈夫なんですか?」

『うゆぅ?あ!そんなの大丈夫大丈夫!!だって、【雪羅】が乗ってる【それ】は束さんが開発した最高の【兵器】なんだから!!心配ないって♪』

「…その軽い感じが心配になるんですよ…、ま、信頼はしてますけどね」

『はうぁ!?せ、【雪羅】が束さんのことを…うぅ…感激だよぉ…』

「ま、俺の腕の話ですけどね」

『上げて落とすとはさすが【雪羅】!!そのドSっぷりに痺れる憧れる~!!』

 

 

 

 緊迫の状況であるのは間違いないが、俺達に慌てた様子はなかった。

 さっきは「あぁ」言ったものも、俺は自分の腕よりなにより、束さんのことを一番信頼している。それは間違いなかった。

 その刹那、シュンッと、何かが目の前に現れる。

 

 ドイツIS部隊。通称【シュヴァルツェ・ハーゼ】副隊長【ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉】である。

 

 気づけば俺は銃を突き付けられていた。彼女の眼帯で覆われた反対の目が、疑いの眼を向けている。が、そりゃそうだ。

 許可も何もなく、領空に侵入した得体のしれない機体を受け入れるほど、世界は甘くはない。しかも、俺の姿形も怪しい以外の何物でもない。顔の表面には仮面を付け、しかもどういった技術なのか、普通ならIS装着していても見える全身が、どこかぼやけて見えている。

 これを怪しいと言わずして何を言う。俺は仮面の下で失笑した。

 

 

 

『動くな。動くと射殺許可も出ている。貴様の名前、所属、ここに来た目的。そのすべてを話してもらおう』

 

 

 

 高圧的な彼女の態度。俺はその態度に怒るわけでも怖がるわけでもなく、ただただ平常心を保っていた。平常に、いつも通りに…俺は機体の後ろでクロスした剣に手をかける。

 狙いはただ一つ。彼女の乗るIS。その中心にあるISのコア。ただ、それだけだった。

 

 

 

「…My dream is Infinit Stratos…」

 

 

 

 呟く。その瞬間、俺の心に世界が広がった。

 何本もの剣が、俺に抜いてほしいと柄を向けてくる。俺はその中で、最も軽そうな【紅い】柄の剣を引き抜いた。直後、俺は現実に戻ってくる。

 時間は一秒と経ってはいない。【シュヴァルツェア・レーゲン】に乗る【ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉】は、変わらずそこで銃を構えている。

 が、彼女は気づいていなかった。俺に起こった圧倒的な変化を。俺はほくそ笑んだ。ついに、ついにこの時が来たのだと。俺は心の中で歓喜したのだった。

 

 

 

「…第二の力【戦乙女】。最初の獲物はお前で仕留めると決めていたよ…」

 

 

 

 そう言って、俺はを彼女を見据えた。

 俺には力がある。それは普通の人間には決して持つことはない禁断の力。

 その力の一つがこの【戦乙女】の力だ。元来、戦乙女とは主神オーディンの命を受けて、天馬に乗って戦場を駆け、戦死した勇士を選びとって天上の宮殿ヴァルハラへと迎え入れる役割を持っている。

 

 が、俺の有する力における【戦乙女】の定義は違う。

 俺の有する【戦乙女】の力は、【戦乙女(ブリュッヒルデ)】や【戦乙女(ヴァルキュリア)】と言った天女の力ではない。

 寧ろ、俺の力を現すなら【戦乙女(ジャンヌ・ダルク)】という方が正しいと言える。

 普段はふつうの少女でありながら、一度戦になれば武器を取り、戦う勇ましい乙女。

 俺の力はまさにそれだ。普段はそれこそか弱い【乙女】のごとく、なんの効力も発揮しない。が、一度戦闘という状況になれば、この力は【狂戦士】のごとき絶大な効力を発揮するのだ。

 

 つまり、この力が有する能力は――――『戦闘力』

 

 圧倒的なる『スピード』で戦況を支配する。戦乙女のごとき『戦闘力』なのだ。

 

 

 

「…【六花(りっか)】…【雪月(ゆきづき)】…抜刀」

 

 

 

 シュッ。その刹那、俺は一気に剣を抜刀した。

 この動作に、ラウラ・ボーデヴィッヒは驚嘆の表情を浮かべていた。

 何に驚いたのか?彼女の言葉に反抗し、俺が剣を抜刀したからではない。

 

 

 

『そ、そんな…バカな…』

 

 

 

 俺が抜刀した瞬間。彼女が構えていた銃が両断され、彼女が乗る【シュヴァルツェア・レーゲン】のシールドエネルギーが一気にゼロになったからだ。

 【戦乙女】が有する圧倒的なスピードが、彼女のすべてを斬り捨てた。右手の【六花】が銃を斬り捨て、左手の【雪月】がシールドエネルギーのその大半を奪い去ったのだ。

 ISでの戦闘を行う上で、致命的ともいえるその損害にラウラ・ボーデヴィッヒは唖然としている。その油断が、致命傷になるのをまだ彼女は知らないのだった。

 

 

 

「後ろがガラ空きだぜ…大尉殿」

『っ…!?』

 

 

 

 一瞬で、彼女の後ろに回る。【戦乙女】の真骨頂全開だ。

 シャッ。彼女の振り向きざま、俺は右手の【六花】で彼女の体ごとISコアを貫くつもりだった。

 ところが、彼女は思った以上に冷静だったようで、俺の声にも反射的に振り向かず体躯を横に僅かにずらす。【六花】はギリギリ、彼女の右腹を掠(かす)るのみ。そのまま彼女は下へと落ちて行った。

 一瞬、彼女を追いかけようと思った。が、そういうわけにもいかなくなる。

 俺はすぐ左に体を移した。

 

 ガガガガッ。次の瞬間、俺の横を数発の弾丸が横切ていった。

 この機体の機動力、センサー、それに【戦乙女】の力がなければ危なかっただろう。さすがは世界有数のIS操縦者。実力は血統書つきだ。

 弾の飛んできた方向に、俺は目を向ける。そこには、操作実験のもう一機の被験機である【シュヴァルツェア・レーゲン】に乗る部隊長【プラッツ・フェアヴァイス少佐】の姿があった。

 俺はその姿にいつのまにか笑みを浮かべていた。

 後に、このときの俺の表情を見ていた束さんが語っていた。

 このときの俺の目はまるで、獲物を追いかけるときの猟犬のようだったと…。

 

 

 

『きさまあぁああああああああ!!!!』

 

 

 

 事実。俺は、このとき楽しくて仕方がなかった。

 やっと、やっとこの日が迎えられたということが、俺には嬉しくて堪らなかったのだ。

 新しい獲物が刃を抜いて俺に迫ってくる。俺は【六花】を鞘に納め、左手に持っていた【雪月】を両手で持ち構えた。

 一人は逃がしてしまったが、こいつを狩れば、俺の目的の達成に一歩近づくことに変わりはない。

 この世界への復讐。そこにまた前進できると、俺は胸が高鳴っていた。

 

 

 

「【雪月】リミッター解除。目標、前方IS【シュヴァルツェア・レーゲン】」

 

 

 

 そう言った瞬間【雪月】が光り輝きだす。

 それは、俺の姉がモンド・グロッソで使用していた『暮桜』の唯一の武器。『雪片』から放たれる『零落白夜』の輝きによく似ていた。

 だが、オリジナルの『零落白夜』とは似てはいるが、決定的な違いが【雪月】にはあった。それは、この光と刀身が同一のものではないということ。

 俺は【雪月】をその場で一気に振り下ろす。空が一気に輝いた。

 

 

 

『っ!?なにっ!?』

 

 

 

 斬撃が飛んだ。【雪月】から放たれた光が、そのまま剣から放たれたのだ。

 それに驚くプラッツ・フェアヴァイス少佐。が、俺と彼女までの距離はまだ10メートル近くあり、そんな距離の攻撃を世界有数のIS操縦者の彼女が避けられないはずがない。

 当たり前のように、彼女は俺の放った斬撃を避けて見せた。

 

 

 

『…何かと思ったら…、こんな子供だましを…』

 

 

 

 そう言って、俺を睨みつけるプラッツ・フェアヴァイス少佐。

 が、俺はその睨みに微笑みで返した。すでに決着はついている、そういう思いを込めて。

 

 

 

「…縁結び。日本特有の言葉にこういう言葉がある」

『…何を言っている?』

 

 

 

 突如として語りだした俺に、彼女が目を細める。

 が、俺はそんな彼女の様子を気にすることもなく、話し続けた。

 

 

 

「その縁結びを司る神が二柱いる。月下老と氷下人。ともに縁結びの神様で、男女の縁を取り持つと言われてる。どんなに離れていても、どんなに思いが砕かれようと、かの神は二人をまた引き合わせる。すばらしい神様だと思わないか?」

『…くだらん。余興に付き合ってる暇などない』

「そして、この剣とあの光との縁はまだ切れてない。二人はまた、こうして出会うんだ…」

『っ!?』

 

 

 

 ここまで言ったらさすがに気が付くか。だが、もう遅い。

 俺はほくそ笑んだ。目的が一つ達成されたことを、俺は確信したのだから。

 

 

 

『しまっ…』

「もう遅いよ。戻ってこい…【月下氷人(げっかひょうじん)】!!」

 

 

 

 それは彼女の冥土への手向けの言葉だった。

 直後、彼女の背後から斬撃がブーメランのごとく戻ってくる。無論、彼女にそれを避けられる余裕などなかった。

 巨大な爆発音が虚空に木霊する。塵となった【プラッツ・フェアヴァイス少佐】の遺骸が、【シュヴァルツェア・レーゲン】のコアと一緒に炎の中に消えていく。

 これで、俺の復讐劇の幕は上がった。世界への復讐。そのファーストステップが今、終わったのだ…。

 人を殺すという第一段階が。

 

 俺はこの瞬間、初めて人を殺した。

 

 けど、後悔はない。なぜなら、これは戦争なのだから。ISのシールドに守られた誰も死なないぬるい戦争なんかではない。これは人も死ぬ。正真正銘の戦争なのだ。

 初めて人を殺したにもかかわらず、俺は至って冷静だった。冷静に、ただ落下する炎に包まれたそれを眺めていた。そこには何の思いもわかない。

 俺はただ、人を殺したんだという認識だけが、心の中にのこったのだった…。

 

 

 

「…【雪羅】…目標の破壊を完了した。これより、帰還します」

 

 

 

 完全に地面に落下した【シュヴァルツェア・レーゲン】だったものを見届け、俺は足早にこの場を去っていった。

 この事件は後に【はじまりの日】として世界に語り継がれることになる。

 たった5人で、世界に戦争を仕掛けた復讐者達が告げる。世界崩壊へのカウントダウンが刻まれ始めた日。世界はこの日、新たな変化の時を迎えたのだ。

 

 篠ノ之束が開発した宇宙空間での活動を想定し、開発された『マルチフォーム・スーツ』

 【インフィニット・ストラトス】通称【IS】

 

 だが、世界はこのときまだ知らなかった。篠ノ之束が開発したこのISをさらに超える『兵器』を、束自身が新たに造っていたことに。

 そして、それに搭乗する世界を憎み、忌み嫌う子供たちがいたことを…。

 世界はまだ、知らなかった。

 彼らはのちに、こう呼ばれるようになる。狂いきったこの世界を正すため、生まれてきた復讐者達。

 

 【腐敗世界の復讐者達(アベンジャーズ)】と。

 

 そして、彼らが使役する『兵器』

 

 篠ノ之束が開発したISコアの破壊を想定し、開発された『対IS用決戦兵器』

 その名は…【インフィニット・ストラトス・セカンド】通称【ISS】

 

 世界崩壊へのカウントダウンが今、始まった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 あとがきです。
 今回の話では一人、オリキャラが出てきましたがすぐにお亡くなりになってしまいました。南無。
 本来は、ここでクラリッサが死ぬ予定だったのですが、彼女が死んでしまったら、今後の話の展開に大きなわだかまりが生まれてしまうと思うのです。
 たとえば、ラウラが人夏のことを『嫁』と呼ばなくなったり。
 ですから、しぬためだけに、彼女にはこのたび登場していただきました。

 ちなみにプラッツ・フェアヴァイス少佐。名前の由来はドイツ語で【退場処分】という意味です。完全なネタでした。

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