オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。最近、「やっぱりファルコム学園は最高だなゴーファイ」などと呟いていて割とうざい。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・巻雲:小柄眼鏡(夕雲に)愛され駆逐艦。感情が爆発すると言いたい放題になる。
・川内:夜戦バカ。だいたい夜は騒いでいるので提督の部屋で遊んでいるか神通に怒られている。
・神通:この鎮守府では駆逐艦がゲロを吐いても訓練をし続ける鬼教官。
・モヒカン佐藤&アフロ志村:提督の友人。艦娘を暖かく見守る紳士。
・夕張:デレマスのアニメの出来に感動して、ゲームをプレイ開始。だが、それがいけなかった……尚、今回は登場しない。


オタ提督とゲーセン通いの艦娘

 休日です。

 日夜深海棲艦と戦い続ける私達艦娘にも、ちゃんと休日はあるのです。

 

「巻雲さん、今日もお出かけですか?」

「はぁい、ちょっと街の方まで行ってきます」

 

 巻雲の所属する鎮守府は提督の方針もあって、休日の艦娘の外出に関しては比較的緩い方向で制限されています。

 話しかけて来ているのは同じ夕雲型駆逐艦の夕雲。巻雲は夕雲姉さんと呼んでいます。

 夕雲姉さんはロングの髪が綺麗な、駆逐艦とは思えないほど大人っぽくて優しい人です。

 

「ちゃんと時間までに帰るんですよ」

「了解です! 大丈夫、巻雲は時間を守る子ですから」

「それはわかっていますが……」

「どうかしたんですか?」

「先日、門限を守れなかった陽炎型の子が、神通さんに物凄く訓練されていたのを見たから……」

「絶対に門限を守ります」

 

 神通さんというのは軽巡洋艦の艦娘で、物凄く厳しい訓練をすることで有名な人です。普段は夕雲姉さんみたいな優しい美人さんなんですけど、訓練になると人が変わるのです。あれは鬼です、悪魔です。

 

「それじゃあ夕雲姉さん、行ってきます」

「気をつけてね、巻雲さん」

 

 いつもの袖余りの制服ではなく、私服に着替えます。今日の巻雲は可愛らしいワンピース姿です、選んだのは夕雲姉さんです。というか、巻雲の私服は全部夕雲姉さんのチョイスです。もうちょっと大人っぽい服とか着たいんですけど、凄い顔で「まだ早いですわ」と止められてしまいます。まあ、いいんですけど。

 ともあれ、いつもコソコソしている司令官様や青葉さんと違って、正門から堂々と、巻雲、休日に出撃です!

 

 ☆

 

 鎮守府から少し離れたところにちょっと大きめの町があり、艦娘が休日に遊びに出かけるとなると大体そちらに行くことになります。

 今日もその例に習って、巻雲は町に向かうバスに乗りました。

 こうして、いつもと違う服を着て、お出かけするのは良い気分転換になりますね。

 町の中心部の賑やかな場所から、少し離れたところで巻雲はバスを降ります。

 そこには、巻雲の行きつけの店があるのです。

 

「着きましたぁ。今日も皆さんいるでしょうか?」

 

 着いた場所は、ゲームセンターです。司令官様が言うには「それほど大きな規模ではないよ」とのことでしたが、他の場所を知らない巻雲にとっては十分大きく見えます。

 巻雲が一人で出かける休日は、大体このゲームセンターで遊ぶことに時間を費やされます。

 きっかけは休日に会った司令官様が案内してくれたことでした。このゲームセンターは司令官様の知り合いが良く遊びに来るのです。

 巻雲はその方々にゲームを教わりつつ遊ぶうちに、何となく休日になったらこの場所に足を運ぶようになってしまいました。筋がいいって褒められたのも理由の一つです。

 夕雲姉さんはちょっと心配していましたが(一応、秘密にしています)、趣味の合う仲間と楽しく遊ぶのは良い気晴らしです。

 

「皆さん、良くしてくれますしね」

 

 そんなことを呟いて、店内に足を踏み入れました。

 

「あれ?」

 

 入った瞬間に、店内の空気がいつもとちょっと違うことに気づきました。戦場? という程ではありませんが、空気がちょっと張り詰めている気がします。いつもはもっと和やかな雰囲気で皆さんゲームを楽しんでいるのですが。

 

「おお、巻雲ちゃん、久しぶりだねぇ」

「あ、佐藤さん」

 

 お店の一角、談話スペースになっているところから巻雲に声をかけてくれたのはモヒカン頭の佐藤さんです。

 佐藤さん、休みの日はモヒカンサングラスに革ジャンと大分怖い格好をしているんですが、普段は真面目な格好の銀行マンをやっています。司令官様のお友達です。

 

「お久しぶりですぅ。最近忙しかったのでご無沙汰してしまいましたぁ」

「いやいや、心配したんだよ。最近姿をみかけないから」

「まったくだ、いや、あいつから巻雲ちゃんの無事は聞いてたがな」

「こんにちは。志村さん。」

 

 談話スペースに入った巻雲に新しく話しかけてきたのは巨大アフロの男性でした。こちらも司令官様のお友達で、志村さんといいます。普段は公務員をされているそうです。

 二人共、このゲームセンターでよく遊んでいるゲーマーで、巻雲にとっては師匠のような存在です。

 談話スペースの椅子に座ると、志村さんが飲み物をくれました。ミルクティーです。巻雲の姿を見るなり、買っておいてくれたんでしょう。

 

「あいつは来ないのか?」

「司令官様は今日はお仕事です」

「大変だねぇ」

「司令官様はなかなか外出できない立場ですから」

「そうだな。……しかし、司令官様か。あの野郎……」

「女の子にそんな呼ばれ方をしながら仕事するなんて、羨ましい話だねぇ」

「? 巻雲の呼び方が何か変でしたか? 漣ちゃんって子なんかはご主人様と呼んでいますけど」

「なん……だと……」

「許せん。怒りが沸いてきた」

 

 巻雲はなんとなく察しました。この二人の前では金剛さんや千歳さんや大鯨さんの話はしない方が良さそうです。

 頂いたジュースを一口飲んでから、とりあえず司令官様のフォローを試みます。

 

「でもでも、たまに曙ちゃんや高雄さんに凄いお説教されてるから、そんなに良い目にあってるわけじゃないと思いますよ」

「……ただのご褒美じゃないのかねぇ、それ?」

「艦娘は全員、美女か美少女だからな。喜んでいるあいつの姿が目に浮かぶ。やはり許せん」

 

 司令官様、巻雲はフォローに失敗したようです。……気心の知れた仲間って良いですねぇ。

 

「ま、まあ、そんな司令官様の話は良いとしてですね」

「そうだねぇ、どうでもいい男の話だよ」

「全くだ、死ぬ程どうでもいい話で巻雲ちゃんの貴重な時間を浪費してしまった。心から謝罪する」

 

 話題を変えることに成功しましたので、先ほど気になったことを聞いてみることにしました。

 

「さっきお店に入った時、なんかいつもと雰囲気が違うなーと思ったんですが。何かあったんですか?」

「そ、そんなに違ったかい?」

「ちょっとだけですけど、緊張感みたいのを感じました」

「流石だな」

 

 ちなみに二人共、巻雲が艦娘であることを知っています。司令官様はあれで信頼できる人にしか艦娘に関する話をしないので、そういう人達ということです。

 

「巻雲ちゃんが姿を見せなかったこの一ヶ月位で、ちょっとしたことがあってね」

「端的に言うと、ゲーセン荒らしとでもいうべきか」

 

 一ヶ月位前、巻雲が遠征任務で忙しくなった頃からのことだそうです。

 このゲームセンターにちょっと変わった乱入者が現れるようになりました。

 乱入者が遊ぶゲームは一番人気のロボット格闘ゲーム。最近流行のやつで、巻雲の得意なのです。

 対戦ゲームですから乱入自体は珍しいことではありません。

 問題は、その乱入者のプレイスタイルだそうです。

 乱入者はかなりの腕前な上に、卑怯な戦法を次々と繰り出して、嫌がらせのようにプレイヤーを潰すそうです。

 

「一番酷かったのは、お小遣いを握りしめて目をキラキラさせながらゲームをはじめた小学生男子を瞬殺した時だったな」

「あれは酷かったねぇ。3回連続でボコボコにして子供が半泣きになっていた」

「うわぁ……」

 

 それは酷い。巻雲にも情景がありありと伝わってきます。

 

「一番人気のゲームが頻繁にそんな荒らされ方をされるもんだから、店に活気が無くなってきてねぇ」

「困ったものだ」

「むぅ~、それは困りますね。それで、その乱入する人の特徴とかはあるんですか?」

「女の子だな、髪型はツインテール、いつも帽子を目深に被っているし、ゲームが終わるとすぐ帰ってしまうから話せないので、詳しくはわからない」

「それと、ゲームが滅茶苦茶上手いね。プレイスタイルはともかく、普通に対戦をやっての結果だから、何も言えなくてね」

 

 情けないことに俺達も負けてしまったよ、と二人は言いました。巻雲の師匠である二人が勝てないとは相当ですね。

 困ったものです、と思っていると、店内の一角からざわめきが聞こえてきました。

 

「な、なんでしょう?」

「来たねぇ……」

「今話していた女の子が来て、ゲームを始めたのだろう」

 

 ゲームの筐体が置いてある方向から、悲鳴混じりの歓声が聞こえてきます。

 

「今日も駄目みたいだな」

「だねぇ。また人が減るかなぁ」

 

 人が減る。それはつまり、このゲームセンターにとって良くないことです。

 このゲームセンターで日々の戦いの疲れを癒している巻雲にとって、それは由々しき事態です。

 どうにかしなければなりません。

 

「巻雲、その人と勝負します!」

 

 立ち上がった巻雲を見た二人は、驚くこと無く、不敵な笑みを浮かべていました。

 きっと、巻雲がこういう行動に出ることを予想していたのでしょう。賢い人達ですから、モヒカンとアフロですが。 

 

「もしかしたら、巻雲ちゃんなら勝てるかもしれないねぇ」

「え、巻雲がですか?」

「一ヶ月前の時点で、俺達よりも大分強くなっていたからな」

「う、そ、そうだったんですか」

「自信を持っていいよ、巻雲ちゃんは、このゲームセンターでも屈指のプレイヤーだ」

 

 二人に励まされて、巻雲は全身に力が漲ってくるのを感じました。鎮守府近海に何度も出撃した後に得られる、あの感覚に近いです。

 これなら勝てる、そう思わせてくれるテンションと共に、巻雲は二人に宣言しました。

 

「巻雲、頑張ります! 勝ってきます!」

 

 負けました。

 

「うぅ……巻雲は役立たずです。駄目な駆逐艦です」

「いや、いい勝負だったじゃないか」

「そんなに落ち込まなくても良かろう……」

「でも、巻雲の後に挑んだ人達も全員やられて、帰っちゃいましたし」

 

 巻雲は例の人とそれなりの勝負をしましたが、惜しい所にすら届かず敗北しました。その後、他の常連さんが何度も挑むも惨敗。

 やる気を削がれた人達と例の人が帰ってしまい、店内は大分寂しくなっています。

 

「これは、ちょっと寂しいねぇ」

「そうだな。あの子に悪意があるのかないのかもわからんが、良くないな」

「…………」

 

 このままでは、本当にこのゲームセンターに致命的な影響が出てしまいます。

 解決する方法は一つ、ゲームで強くなること。

 選択の余地はありません。

 

「巻雲、特訓します!」

「特訓?」

「あのゲーム、確か司令官様が一式持っていました。1ヶ月、いえ、2週間程修行をして、必ず勝ってみせます!」

「お、おい、巻雲ちゃん。意気込みはいいけどさ」

「あの子が2週間後も通っている保証はないんだぞ?」

「大丈夫です! 1ヶ月もネチネチと通い続けるような陰湿な輩ですから、きっと来ます!」

「お、おう。そうか。意外と言うねぇ」

「二人共、2週間後を楽しみにしていてくださいね!」

 

 そう言って、返事も聞かずに巻雲はお店を飛び出したのでした。

 

 

 鎮守府に帰った巻雲は、一直線に司令官様の執務室に向かいました。

 そして、司令官様に事情を話し、夜に一緒にゲームをする約束を取り付けました。

 たまたまその場に居合わせた金剛さんが凄い顔をしていたけど巻雲はスルーです。緊急事態ですから。

 そして、

 

「すまん。アーケードのゲームは得意じゃないんだ……」

 

 ゲーム一式は持っているものの、司令官様はあんまり強く無かったのです。

 巻雲の20連勝でした。ゲームセンターに通いすぎて強くなりすぎてしまったようです。

 こういう時こそ頼りになると思っていた司令官様がこのザマでは、巻雲に勝ち目はありません。絶望です。いきなり万策尽きました。ちょっと泣きそうです。

 

「こんな、こんなんじゃ、司令官様の存在意義が無いじゃないですか!」

「いや、俺はこの鎮守府の最高責任者が存在意義なんだが……」

「オタクなんだから、こんな時くらい活躍してくださいよぉ……」

「巻雲……お前、俺を何だと思って……。いや、答えなくていい、何か怖い」

「このままじゃ、巻雲は自分の大切な場所を守ることが出来ません……ぐす」

「…………」

 

 司令官様は泣いてぐずる巻雲を、瞬き一つせずにしばらくじっくりと眺めてから言いました。

 

「安心しろ。策は考えてある」

「策?」

「巻雲が休みの度にゲーセンに通っていることは夕雲から聞いている。それも詳細に」

「あの、怒られると思ってゲームセンターのことは夕雲姉さんに話したこと無いんですけど」

 

 司令官様は巻雲の言葉を無視して話を続けました。

 

「佐藤と志村の二人にこのゲームを教わったなら、俺より上手くなっているのは想像に難くない。俺はゲーム以外にも色々手を出してるからそんなに上手くないしな」

「それは先程の20連勝で良くわかりましたが。どんな策があるんです?」

「この鎮守府で、一番ゲームの上手いやつを呼んである。もうすぐ来るはずだ」

「そ、そんな人が……。一体……」

 

 誰なんですか? と問う前に本人がやって来ました。

 その人物は元気よく部屋の扉を開けて入るなり、こう叫びました。

 

「メイジン・カワウチ参上!!」

 

 軽巡洋艦の川内さんでした。夜だからいつも通り大分テンション上がってます。何よりサングラスをかけているのが意味不明でした。

 

「おい川内、ふざけてんのか。それともついに狂ったか」

「ふわぁ、川内さんが来るとは驚きですぅ」

 

 司令官様と巻雲の反応を見た川内さんは、「チッ」と舌打ちをしてから再び力強く叫びました。

 

「違う!」

「ふぇっ!」

「今の私は、メイジン・カワウチ!」

「メ、メイジン? し、司令官様、川内さんがおかしいですよ!」

「お前、暇つぶしに見たアニメに影響されたな……」

 

 後で聞いたのですが、川内さんはテンションが天井知らずに上がる夜になると誰も相手をしてくれないため、提督からアニメや漫画を見せてもらっているそうです。たまに影響されて迷惑を被っているらしいですが、今回もその一端ということでしょう。

 

「まあいいや。巻雲、こいつは今は川内じゃなくてメイジン・カワウチということにしておけ。その方が話が早い」

「は、はい。メイジン・カワウチですね」

「そうだ。ゲームで強くなりたいものがいると聞いてやってきたんだが、まさか巻雲とはな」

「はい。巻雲、強くなりたいです!」

「時間がないから厳しい訓練になる。このメイジンに付いてくる覚悟はあるか!」

「は、はい! で、でも川内さん……」

「メイジン・カワウチだ!」

「メイジンは本当にゲームが強いんですか?」

 

 巻雲は川内さんが部屋に来てからずっと思っていたことをようやく口にしました。 

 

「それは俺が保証しよう。ここ数ヶ月は騒いで怒られる前に俺の部屋でゲームをさせて、大人しくなってる間に神通を呼ぶという生活パターンになっていてな……」

 

 疲れた様子で司令官様は言いました。大変な仕事です。

 

「その生活習慣のおかげで私のネットランキングは全国でトップクラスに入るまでになった!」

「お前どんだけやってんだよ。ちゃんと仕事してんのか」

 

 川内さんは提督の指摘を無視して巻雲に問いかけてきます。

 

「どうする、巻雲、やるか!?」

 

 是非もありません。答えは一つです。 

 

「は、はい! お願いします」

「あんまり夜更かしすると不味いから、日付が変わるまでな。それでも特別なんだからな」

 

 提督の言葉に川内さんは振り返って抗議します。

 

「えー、提督ー、ケチなこと言わずに夜通しやろうよー」 

「本業に影響が出たら困るだろうが」

「えー」

「巻雲に無茶させようとしたら迷わず神通に連絡するからな」

「はいはい、わかりましたー」

 

 条件付きとはいえ、消灯の規則を破るのを黙認してくれるなんて、巻雲感謝です!

 

「司令官様! メイジン! 巻雲、頑張ります!」

「よし、練習だ!」

「俺は執務室にいるから何かあったら呼んでくれな」

 

 巻雲と川内さんがゲーム機に向かい、練習開始です。

 そして、司令官様は自室から出て行きました。なんでも、ゲーム中の川内さんは五月蝿いので執務室で寝ることにしているそうです。

 

 ☆

 

 二週間がたちました。

 巻雲と川内さん。いえ、メイジン・カワウチは時間の許す限り、ゲームの練習をしました。

 流石に出撃や演習に影響を出すわけにもいきませんので、毎日とはいきませんが、相当な時間を費やしました。

 メイジンのゲームの強さは本物でした。流石は全国トップレベル、巻雲でも歯が立ちません。司令官様などミジンコ並に思える実力者でした。

 そんなメイジンに毎晩特訓をして貰ったおかげで、巻雲の実力は確実に上昇し、最終的にはネットランキングでメイジンに近いランクまで到達したのでした。

 そして今日、巻雲は決戦のために旅立つのです。

 

「行ってきます! メイジン!」

「よし、行ってきな! あと、戻ってきたら川内でいいから。なんかこれ飽きてきた。疲れるし……」

「あんまり続けない方がいいと思いますし、良いと思いますよ」

「やっぱり? まあ、気をつけてね。あと門限は守るようにね」

「はい、わかりましたー」

 

 そんなやり取りの後、鎮守府発のバスに乗り、見送る川内さんに手を振りつつ、巻雲は二週間ぶりのゲームセンターに向かいました。

 

「おお、来たか巻雲ちゃん」

 

 久しぶりのゲームセンターに入るなり、佐藤さんが出迎えてくれました。今日のモヒカンはピンク色です。銀行員ってこんなフリーダムな髪型が許される職場なんですね。

 

「佐藤さん。お久しぶりです。巻雲、訓練を重ねて帰って参りました! びし!」

 

 敬礼する巻雲をしばらく見つめた後、佐藤さんは言いました。

 

「こいつぁブヒれる……じゃない。最高のタイミングだよ。今、志村の奴が対戦してる」

「本当ですか!」

「本当だ。すぐ行こう」

「わかりました!」

 

 巻雲達がお店の筐体前に到着すると、ちょうど志村さんが負けたところでした。

 心なしか自慢のアフロをしぼませながら、申し訳無さそうに志村さんが言ってきます。

 

「巻雲ちゃんを驚かそうと、練習してから挑んだが、駄目だったよ……」

「志村……お前、本来は音ゲー専門の癖に……」

「俺も男だから、いいところを見せたかったのさ……」

「志村! 志村ー!」

 

 そう言って志村さんは崩れ落ちました。何でも激務の合間に無理してゲームをしてたための睡眠不足だそうです。

 

「巻雲ちゃん、志村の、志村の仇を取ってくれ!」

 

 佐藤さんの願いに、巻雲は自信たっぷりに答えます。

 

「大丈夫。任せて下さい!」

 

 巻雲は勝ちました。

 勝って勝って勝ちまくりました。具体的に言うと36連勝です。

 川内さんのおかげで巻雲は滅茶苦茶強くなっていました。せっかくだからと執念でリトライしてくる相手を徹底的に正面から叩き潰してやりました。

 そして、流石にそろそろ巻雲も観客も飽きてきた頃に、筐体の向こう側から「ぷぎぃ」といううめき声が聞こえて、対戦は終わりになりました。

 

 対戦相手は席を立つ様子がなかったので、せっかくだから「ふん、雑魚め」くらい言ってやろうと思い、巻雲は立ち上がって相手側の筐体に歩いて行きました。

 向かいの筐体に座っていたのは、話に聞いた通り女の子でした。

 髪の毛をサイドでまとめた上に帽子をかぶり、男の子のような服装をしています。

 うつむいてきて顔はわかりませんが、背はそんなに大きくなく、駆逐艦娘くらいです。

 

「うぅ……こんなのってないよ……」

「しつこすぎですよ。これまで散々暴れていた報いです」

「うぅ……あっ」

 

 女の子は顔を上げて、巻雲の方を見るなり、またすぐにうつむきました。

 

「…………」

 

 巻雲は少し考えてから、次の行動を起こしました。

 

「えいっ」

「あぁっ! なんてことをっ!」

 

 頭の帽子を取りあげると、女の子はこっちを向きました。

 

「秋雲ぉ! なんでこんなことしてるんですかぁ!」

 

 帽子をとられてこちらに顔を向けているのは、陽炎型駆逐艦の秋雲でした。

 巻雲とは因縁浅からぬ仲であり、毎日顔を合わせている相手なので、髪型を変えたくらいじゃ見間違いません。

 

「え、えへへ。ちょっとゲーム強くなったから、道場破り気分で暴れてた」

「あきぐもぉ……」

「ひっ。すいません! すいません!」

 

 巻雲が睨みつけたら秋雲が必死に頭を下げてきました。

 

「巻雲ちゃん、知り合いなのかい?」

「知り合いです。身内の問題なので、ちょっと待っててくださいね」

 

 事情を知りたがる佐藤さんを制して、巻雲は携帯電話を取り出します。

 

「あ、司令官様ですか? 巻雲です。はい、はい。ええ、勝ちました。ありがとうございます」

「あの、巻雲さん?」

 

 秋雲の質問は無視して、とっとと司令官様に本題を伝えます。

 

「それで、犯人は秋雲でした。そこら中のゲームセンターを荒らしてたみたいです。ちょっと神通さんに鍛えなおして貰いたいんですが」

「げっ。それだけはやめて! お願い!」

 

 携帯電話を取ろうと飛びかかってくる秋雲を押さえつけて話を続けます。

 

「はい。じゃあ、お手数ですがお願いします。司令官様」

 

 そう言って電話を切ると、そこには筐体に突っ伏して真っ白になった秋雲がいました。

 

 ☆

 

 どうでもいいことだが、オタ提督(以下、提督)はどちらかというとコーヒー派である。そのため、英国生まれの戦艦娘金剛が襲来するなどの特別な理由がなければ、執務中の休憩時間は基本的にコーヒーを飲む。ちなみに自分で用意する。秘書艦の球磨の分もだ。

 この日は、特別な理由がなかったので提督はコーヒーをいれた。

 

「ふぅ、ようやく落ち着いたな」

「おっきい作戦が近づくと大変クマねー」

 

 忙しい職務の合間に生まれた和やかな空気。貴重な時間を提督達は過ごしていた。

 

「さて、短い休憩だが今週のアニメのチェックでも……おっ」

「どうしたクマ?」

「いや、神通が駆逐艦の訓練に出て行くのが目に入ってな」

「そうクマか。神通の訓練はちょっと引くくらい苛烈だから大変クマね」

「そうだな。よし、少し休んだらまた仕事だ。今期アニメ、ちゃんと見られるかなー」

「それが儚い夢なのが悲しいところクマね」

 

 執務室から見える海。訓練に出発する神通達の一団の中に、死んだ魚の眼をした秋雲の姿があった。

 巻雲の通報をきっかけに無断外出も判明した秋雲は、一ヶ月程たっぷりと神通の訓練を受けることになったのだった(今年2度目)。


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