オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。色々あって割り切ったオタクとして提督業を営む。それなりに上手くやっている設定。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・長門:日本を代表する戦艦。最近は提督に小言を言うたびにゲーセンプライズのぬいぐるみで誤魔化されている。
・秋雲:オタ駆逐艦。提督、夕張の双方と仲が良い。世渡りが上手だ。
・夕張:コミケ前にカタログチェックするオタ提督に軽蔑の眼差しを向けるも、自身のカタログに挟まれた付箋の位置からオタ提督にBL日を目的としていることを看破される。結果、双方泥沼の罵り合いになった。尚、今回は登場しない。


オタ提督と夏の思い出

「提督、司令部からお手紙だクマ」

 

 オタ提督(以下、提督)は、秘書艦である軽巡洋艦の球磨から手紙を受け取ると、手慣れた動作で中身をあらためた。

 

「…………」

「どうしたクマ?」

 

 司令部からの書類に目を通す提督の手が僅かに震えているのを、球磨は見逃さなかった。

 

「球磨、ついにAL/MI作戦が発動されるぞ」

「本当クマか! それは大変なことになるクマね」

「全くだ……クソッ、なんてこった……」

 

 提督は握りこぶしで苦悩していた。珍しい光景である。

 AL/MI作戦。特にMI作戦は多くの艦娘にとって心の傷を抉るような作戦名だ。

 

 アニメやゲームの事ばかり気にしているように見えて、案外みんなのことを心配している人だから気に病んでしまうのだろう。

 ちょっとだけ優しい気持ちになった球磨は、提督を慰めるべく穏やかに微笑みかけた。

 

「大丈夫クマ。みんな提督と一緒に戦って来たクマ。今ならどんな過去だって乗り越え……」

「夏コミの日程と重なってる……。俺のこの夏最大の楽しみが奪われるというのか。許せん、深海棲艦!」

「提督、ふざけたこと言ってるからぶっ飛ばすクマ」

 

 提督は問答無用で球磨にぶっ飛ばされた。

 

 ○

 

「以上が、AL/MI作戦の概要だ。出撃メンバーは追って通達する。……これまでやって来れた我々ならば、必ず勝利し、全員無事に帰って来れると確信している。諸君の健闘を期待する」

 

 鎮守府の全艦娘を集めたブリーフィングで、提督は厳かにそう宣言した。

 アマゾンの箱を片手にだらしない顔で鎮守府内をうろついている、そんないつもの姿とはまるで別人だった。

 その様子を見て、艦娘達も自然とこの作戦の重要さを再認識し、姿勢を正した。提督がまともに見えるなんてただごとではない。

 

 提督が何故か包帯を巻いていることは、みんな見なかったことにしてくれた。

 

 ○

 

 提督は働いていた。別に普段サボっているわけではないが、かつてない働きっぷりであった。

 仕事の隙を見つけてはアニメや漫画をチェックし、執務室に飾ったフィギュアのポーズを変え、通販のコンビニ受け取りに向かう。

 そんな提督の姿はそこには無かった。歩く時も座る時も、常に艦隊の運営に思考を費やし、秘書艦を始めとしたスタッフを的確に使いこなす。

 艦娘への態度も無駄がなく、不思議な凛々しさすら発揮しているように見えた。

 その姿を見た戦艦長門などは「ついに奴も心を入れ替えてくれたようだな。人類防衛の責務に目覚めたか。頼もしいことだ」と涙ぐみつつ感心していたほどだ。

 

 とにかく、提督の仕事ぶりは凄まじく、秘書艦の球磨が執務室にいることの方が珍しいくらいになった。

 そんな提督が書類仕事をするばかりの執務室を、訪ねる艦娘がいた。

 

「よぉー。提督やってるねぇ~」

 

 駆逐艦、秋雲である。

 

「秋雲か、来ると思っていた」

「やっぱり、じゃあ私が何をお願いするかもわかってるでしょ?」

「夏コミへの参加は禁止だ」

「なっ!」

 

 秋雲は絶望と共に提督に抗議する。

 

「なんでよ! 私が今年の夏コミをどれだけ楽しみにしてたと思ってるの! せっかく当選したのに! 有給ちょうだいよ!」

 

 この艦娘。サークル参加が決定しているのだ。魂の抗議であった。

 

「知っている。だが、MI作戦中の有給は許可できない。つーか鎮守府の総力戦の中、休めるわけないだろ」

「そ、そうだけど。提督なら私の気持ちをわかってくれると……」

「気持ちはわかる。だが諦めろ。信頼できる俺の仲間を手配してやるからサークルのことは心配しないでいい」

 

 秋雲の方は見ないでひたすら書類を処理しながら提督は言い放った。

 

「そ、そんな。つか、提督だって必死に仕事してるけど、どう考えても夏コミまでにこの作戦終わらないじゃん。わかってんでしょ?」

「わかっている」

「それなら!」

「秋雲。俺は夏コミを諦めたわけではない」

「?」

「コミケ4日目というのを知っているか?」

「っ!?」

 

 コミケ4日目。それは夏コミで配布された同人誌が各地のショップに並ぶ日のことを指す。

 当然、その日はショップは大盛況となり大混雑。だが、コミケに行けなかった人間が最速で本を入手する手段としてはかなり有りな選択だ。

 

「スケジュールが限りなく理想的に進めば、夏コミ終了と同時くらいにMI作戦を完了できる。この意味がわかるな」

「……なるほど」

 

 秋雲はすべて理解した。

 提督が必要以上に職務に励んでいるのは、AL/MI作戦を何とかしてコミケ4日目までに終わらせるためなのだ。

 世界のためにコミケは諦める。だが、少しでも可能性があるならば僅かな希望に全てを費やす。それが提督という男だ。

 コミケ4日目のために資材を備蓄し、艦娘を錬成し、作戦計画を立案している。

 戦争のせいでコミケ本番にいけなくなったオタクのどす黒い感情が彼の原動力なのだ。

 

「提督。私に手伝えること、ないかな」

 

 どす黒い感情で動くのは秋雲も同じだった。

 

「MI作戦の水雷戦隊に参加してくれ。戦えない俺の代わりに勝利を掴め」

「了解!」

 

 提督と秋雲が、力強く握手を交わした。

 

 ○

 

「提督、MI作戦の進行の報告だクマ」

「来たか。どうだった」

「いつも思うけど、そのポーズはどうなんだクマ」

 

 AL/MI作戦が始まってからというもの、提督は常に執務室ではゲンドウポーズで着席していた。

 

「気にするな。報告を頼む」

「MI作戦は順調に推移。このままいけば明日にでも予定通り完了しそうクマ。ALみたく苦戦しなくてよかったクマ」

「そうか。何よりだ。球磨もALでは無理をさせてすまんな」

「ちょっと大変だったけれど、全員無事で勝てたから大丈夫クマよ」

 

 AL作戦を無事に終えてから秘書艦の仕事に復帰した球磨はにっこりと笑った。

 ちなみに、鎮守府の殆どの艦娘は作戦発動後の提督の変化については「かっこよくなった」などと前向きに受け入れている。

 しかし、秋雲など一部の艦娘は提督の裏でたぎっているドロドロした感情をしっかり把握していたりする。

 球磨もその辺を何となく察している一人であったが、仕事をしてくれる分には問題ないので放置しているのである。

 

「MI作戦参加の部隊には十分な補給と休養をとってから仕上げにかかるように言ってくれ」

「了解クマ。提督がでたらめに備蓄したから安心クマ」

 

 そんなやりとりをして、二人はそれぞれの仕事に戻った。

 

 ○ 

 

 翌日、MI作戦が完了した。

 

「提督、グッドニュースだクマ!」

「グレイト!」

「まだ何も言ってないクマよ」

「この状況でのグッドニュースなんて一つしかないだろう。まあいい、報告したまえ」

 

 興奮を隠しきれずにゲンドウポーズを取る提督。

 その様子に苦笑しながら報告書を読み上げようとする球磨。

 今、戦いは一つの大きな山場を越えた。そんな喜びが場を支配しつつあった。

 

 その時だった、

 

「大変です! 提督!!」

 

 執務室に飛び込んできたのは、軽巡洋艦の大淀だった。

 落ち着いた眼鏡キャラらしくない、異常な慌てぶりだった。ただごとではない。

 

「何があった!」

 

 大淀は短く答えた。

 

「本土付近に深海棲艦の艦隊が! それも大規模です!」

 

 AL/MI作戦中に本土を攻める。敵ながら見事な作戦だった。

 

「だ、大丈夫クマ。資材も十分あるし。大和に武蔵にうちの妹も残ってるクマ。戦力的には……」

 

 球磨がそう言って、大淀を落ち着かせた辺りだった、

 

「……ちくしょう」

「提督?」

「どうしたクマ」

「コミケ4日目行けないじゃないか! 許さんぞ深海棲艦! 徹底的に叩いてくれる!」

「結局それかクマ!」

 

 とりあえず球磨にぶっ飛ばされた後、提督は自らの指揮で本土にやって来た敵艦隊を叩き潰した。

 

 ちなみに、MI作戦帰りで本土近海に出撃できない秋雲は、ちゃっかりコミケ4日目に参加した。


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