オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。色々あって割り切ったオタクとして提督業を営む。それなりに上手くやっている設定。

・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。

・長門:栄光のビッグ7。先日、「ついに私もスマホにしたぞ!」と誇らしげに”らくらくスマートフォン”を掲げて見せて提督から何とも言えない表情を引き出すことに成功した。

・千歳:巨乳、提督LOVE、酒好き、シスコン妹付属と複数属性を持った軽空母。提督が休みと見れば昼夜関係なく酒宴を開いて既成事実を作ろうと画策する、割とめんどくさい人。

・初春:初春型駆逐艦のネームシップ。鎮守府のロリババア枠。提督と程よい距離感で接してくるため、茶飲み友達になっている。

・古鷹:ぼくたちに重巡洋艦の良い所を教えてくれるお姉さん。

・青葉:鎮守府に棲まう情報を糧とする妖怪。たまに吹雪、古鷹らによって討伐隊が組まれる。

・夕張:周囲の協力で提督との仲直りのためゲーム大会を開催。しかし、提督と夕張が大人げなく得意なゲームで潰し合いをしてそのまま罵倒合戦に突入、二人の冷戦状態はより冷え込む形になった。尚、今回は登場しない。


オタ提督と休日の過ごし方

 オタ提督(以下、提督)にとって休日は貴重だが、今回のそれは更に特別な日であった。

 

「……始まったな、俺の休日が」

 

 部屋のカーテンを僅かに開ける。差し込んでくる朝日が、休日の始まりを告げていた。

 時刻は早朝。いつもならば休日は遅めに起床する提督だが、理由あってこの時間に目覚めた。

 今日は某アイドルアニメの劇場版を見に行く予定なのだ。

 

「何としても、映画館にたどり着かなければ……」

 

 静かな決意と共に、提督は呟いた。

 提督が休日に一人で外出する難易度は正直かなり高い。外出する前に同じく非番の艦娘に捕まり、一日が潰れてしまうことが大半だからだ。

 しかし、今日はそんな展開を許すわけにはいかない。映画を視聴した後グッズを買い漁り、そのまま流れるように同人ショップに立ち寄り薄い本を買い込んで、それらを漫画喫茶で貪るように読みふけり、帰りがけに実家へ荷物を送付した上でその辺でジャンクフードを食べて鎮守府に帰るという独身男性(20代後半オタク)の休日を満喫するのだ。

 勝負は鎮守府の外に出るまでだ。

 提督はこの日のために色々と小細工を試みた。その甲斐あって、なんとか金剛と非番の日をずらすことに成功した。これは大きな成果だ。あの英国かぶれと非番が被ると一日中ティータイムに付き合わされる。

 

「出てきたな……」

 

 僅かに開いたカーテンから見える窓の外、金剛姉妹が寮から出て行くのが確認できた。これで一安心だ。

 

「では、行くとするか」

 

 手早く荷物を確認した提督は、音を立てないようにそっとドアを開け、細心の注意を払いながら部屋を出た。

 

 

 私室を出た提督はなるべく人通りの少ない経路を選んで歩く。鎮守府の最高責任者の知識と経験は伊達ではない。彼は艦娘と遭遇することなく、順調に宿舎から離れ、目的地への距離を縮めて行く。

 目指すは裏門、そこに辿り着けば自由な休日は確実なものとなる。

 裏門への最短ルートである居酒屋鳳翔の裏手に差し掛かった時だった。

 

「あら提督~。奇遇ですねぇ~、うぇっぷ」

 

 声をかけられた。

 

「ち、千歳か。って、酒くせぇ。まさか飲んでるのか?」

「やだなぁ~提督~。飲んでたのはさっきまでの話ですよ~」

 

 パーフェクトな酔っぱらいとして現れたのは軽空母の千歳だった。

 

「千代田はどうした……。いや、この分だと酔いつぶれたか。まさか、隼鷹さんも」

「みんなまだ鳳翔さんのとこにいますよ~」

 

 想定外の事態だった。目の前にいる千歳は同じく軽空母の隼鷹の酒に付き合って寝ているはずだった。そのために昨夜のうちに相当量の酒(自腹)を隼鷹に渡しておいたのだが、まさか千歳が起きているとは思わなかった。隼鷹ならば何とか相打ちくらいには持ち込んでくれていると思ったのだが……。

 

「? そういえば提督も非番でしたね。ひっく。今から一緒に飲みませんか~」

 

 艦娘とか軍人とかそれ以前に人として完全にアウトな発言をしながら、千歳は提督に腕を絡めようとして来た。常ならば柔らかい感触が腕に当たって色々な衝動を覚えるのだが、あまりの酒臭さに思わず反射的に距離を取る。

 

「くそっ。策が裏目に出たか」

 

 こんな時、シスコン軽空母の千代田がいれば体を張って間に入って来るのだが、今頃鳳翔の店で酔いつぶれているに違いない。使えないシスコンだ。

 どう切り抜けるか、提督が思案した時、向こうからやってくる人影があった。

 遠くからでもわかるツンツンしたシルエットにふらつく足取り。一瞬でわかった、軽空母の隼鷹だ。

 

「隼鷹さん!」

「へへ……。てぃとくぅ~、私は貰った酒の分は働く女なんだぜぇ!」

 

 いうなり隼鷹が千歳に飛びついた。

 

「え? ちょっとぉ、何するのよ!」

「行きな提督っ! ここは私にまかせうおうぇぇぇええっ!!」

「きゃああ! やめて汚いなんか私も気持ちわるくうっぷ……」

 

 酔っ払い同士の生み出す最悪な音声が聞こえ始めたので、提督は一目散に走り去った。

 

 

「ふぅ、危なかった……。そして、ありがとう隼鷹さん」

 

 千歳から逃げ切った提督は、色々大事なものを捨て去っていた気がする軽空母に感謝した。

 

「さて、とりあえず予定通りに……ん?」

 

 意地でも休日を過ごしたい提督の執念が感覚を研ぎ澄ましたのだろうか。なんとなく、周囲の空気がざわついている気がした。

 とりあえず、近くの植え込みに隠れてみる。

 程なくして、騒がしいのが来た。

 

「ワレアオバ! ワレアオバ!」

「いました! 追いかけてください!」

「吹雪! 先回りしなさい!」

「分かりました! 衣笠さん、主砲の用意を!」

「ワレアオバ! ワレアオバ!」

「逃がしませんよ! この探照灯で目潰しを……ッ」

 

 そんな風に騒ぎながら、嵐のような一団が提督の前を駆け抜けていった。

 

「……青葉狩りか」

 

 鎮守府内で何かやらかした青葉が艦娘達に追い回されているのだろう。青葉狩りと呼ばれる日常的な光景で、何故か吹雪や古鷹が中心となって討伐隊が組まれることが多い。

 あのパパラッチに補足される心配が無いなら好都合だ。

 そう思い、提督は彼女達の音が十分に遠ざかったのを確認して植え込みから出た。

 

 

「あら、司令官! 奇遇ねぇ!」

 

 植え込みから出た瞬間、駆逐艦の雷に見つかった。

 提督にとってこれはかなり面倒な事態が発生したことを意味する。

 何故なら彼女を始めとした第六駆逐隊の面々は本日非番であり、今ばったり出会った雷は両手いっぱいに菓子やらなにやらを持っていて自室で姉妹艦と遊ぶオーラを全開で醸しだしており、更に日頃から提督は割りと頻繁に第六駆逐隊の相手をしていた。

 逃げなければ、休日を潰される。

 提督は即座に判断した。

 

「すまん雷! ちょっと用があってな!」

「あっ。提督! 待ちなさい! 何で逃げるのよー!」

 

 どういうわけか追いかけて来る雷。全力ダッシュで逃げながら提督は叫ぶ。

 

「なぜ追いかけてくる……っ!」

「用があるならこの雷様が手伝ってあげるわよ!」

 

 どうやら発言の仕方を間違えたらしい。雷の心の琴線に触れてしまったようだ。

 

「間に合ってるっつーの!」

 

 叫ぶと同時、提督は近くにあった建物、駆逐艦寮に飛び込んだ。

 

「こらー、待ちなさい!」

「断る!」

 

 駆逐艦寮の中を逃げ回る提督。何度も無闇に曲がったり階段を昇り降りして雷を少し引き離した後、ちょうど良い感じにドアを発見。

 

「ここだぁ!」

 

 提督は迷わずドアに飛び込んだ。

 

 

「ねぇねぇ、こっちに提督来なかった?」

「いや、見ておらぬな」

 

 突然部屋に入ってきた雷の質問に、駆逐艦の初春は素っ気なく答えた。

 

「本当に?」

「本当じゃとも。妾が嘘をついて得することなどないぞ」

「おっかしいわねー。確かにこっちに来たのに」

 

 初春の返答に不審な点を見出せなかったらしく、訝しげな様子の雷。彼女の感覚では確かにこの辺りで提督の姿を見失ったはずなのだ。

 

「あの提督のことじゃ、その辺の窓から飛び出してもおかしくあるまい?」

 

 初春の言うことはもっともだった。この鎮守府の提督は奇行が多いことで有名だ。実際、たまに金剛などに迫られては窓から脱出する姿が目撃されている。

 

「そうね。外を探してみるわ。ありがとう!」

 

 色々と納得したらしい雷は、勢いよく初春の部屋から飛び出して行った。

 

 

 足音の遠ざかる音がする、どうやら雷は外に向かったようだ。

 

「もう出てきたも良いぞ」

「……助かったよ、初春」

「なに、気にせずともよい。妾とお主の仲ではないか」

 

 雷に追いかけ回されていた提督だが、何の策も無く駆逐艦寮を走り回っていたわけではない。こんなこともあろうかと、話のわかる駆逐艦の幾人かには話を通してあったのだ。走り回りながら、最も手近にあった初春の部屋に飛び込んだのだが、どうやら上手くいったらしい。

 

「そう言って貰えると助かる。それじゃ……」

「待つが良い」

 

 礼を言って去ろうとする呼び止める初春。いつの間にかその手には雑誌があった。表紙にスイーツとか何とかそういう言葉が踊っている、そんな類の雑誌だ。

 

「礼の一つも所望して良いかのう?」

「アッハイ」

 

 抗いようの無い問いかけであった。

 

「この雑誌は子日が買ったものでの。いつか食べてみたいと妹達と話したものじゃ」

 

 初春は初春型駆逐艦のネームシップ。つまりは長女で、姉妹達と仲が良い。よく集まって歓談している。

 

「アッハイ。全員分買ってきます」

 

 全てを受け入れるしかない。もちろん自分の奢りで。提督は全てを受け入れる、澄んだ瞳で返事を返した。

 

「うむ。良い返事じゃ」

 

 大量の付箋付きの雑誌を手渡されて、提督は初春の部屋からとぼとぼと出て行くのであった。

 

 

「ついに来た…。多少の犠牲はあったが、ついに……」

 

 鎮守府の裏口に到達した提督は、門の前で感極まっていた。

 数々の難関を乗り越え、今や目の前には自由が広がっている。久しぶりの自分が自分である時間、それがこれからはじまるのだ。

 そんな薔薇色の休日を思い描くだけで、素っ気ない無骨な裏門が輝いて見える。まさに希望の象徴だ。

 

「おや、提督。偶然クマ」

 

 いざ自由への第一歩を踏み出そうとしたら、聞き覚えのある声がした。

 ギチギチと音が聞こえそうなくらいぎこちない動きで声の方を見ると、秘書艦の軽巡洋艦、球磨がいた。

 

「球磨、何故ここに……」

「何を言っているクマ。今日は球磨も非番クマ。気晴らしに出かけようとしても少しもおかしく無いクマ」

 

 ニヤニヤと笑いながら球磨は答えた。間違いない、こいつは全て知っていた。腐っても秘書艦、提督の行動スケジュールも行動パターンも把握しているのだ。

 

「お、お前。俺がここに来るのをわかってたな……」

「そんなこと無いクマ。ちょっと提督が執務中に何を熱心に調べているのか気になったので、覗き込んだだけクマ」

「なん……だと……」

 

 どうやら調べるのに夢中で気付かなかったようだ。完全に自分の落ち度である。

 自分の詰めの甘さに絶望した提督は自然と肩を落とし、膝を付いた。わざわざ待ち構えていた球磨が自分に何を要求してくるのか、想像するだけで恐ろしい。

 恐怖に震え始めた提督。それを見て球磨は溜息を一つついて、手を差し出してきた。

 

「なんだ?」

「球磨も鬼じゃないクマ。提督の邪魔はしないクマ。ちょっと妹達にお土産を買うためのお小遣いをくれれば十分クマ」

 

 有り難い話だった。姉妹全員を連れてショッピングに付き合わせろとか、それに駆逐艦もついてくるとか、そういう可能性に比べれば天国だ。

 

「くっ、もってけ!」

 

 財布から最も高額な紙幣を一枚抜き取り、球磨に渡す。

 受け取った球磨はほくほく笑顔で言った。

 

「ありがたく頂戴するクマよ。そうそう、提督」

「なんだ?」

「今度映画を見に行く時は、球磨もちゃんと誘うクマよ。面白そうなら一緒に行くクマ」

 

 そして、今回はこれで見逃してやるクマ、と言いながら球磨は先に外へと去っていった。

 

「お、おう」

 

 その後、提督は映画を見た後、そこそこに時間を過ごし、予定より早く鎮守府に戻った。

 

 リークされた情報をキャッチしたらしい金剛姉妹が街をうろついているのを、たまたま目にしたからである。


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