オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・扶桑:独特の艦橋が海外勢に好評の航空戦艦。陸奥よりも不幸イメージが強いことを気にしている。
・大鯨:潜水艦達のお艦。料理が上手い。
・夕張:別にマッチョ好きというわけでもないのに提督から執拗に「鉄血のオルフェンズ」を勧められた結果、鎮守府内で夕張=マッチョ好き、というパブリックイメージが形成された。当然、提督と喧嘩になった。尚、今回は登場しない。


オタ提督と秋祭り

 当たり前のことだが夏の後には、秋が来る。

 秋の気配が濃厚になった鎮守府。その執務室で、オタ提督(以下、提督)は一人机に向かっていた。

 

「ふぅ、これで一通り終わったな」

 

 言いながら、冷めたコーヒーを飲む。今日は球磨も大淀もいない。一人だ。

 

「しっかり俺用の仕事を残して出張しやがって。全力を尽くしてしまったじゃないか」

 

 大淀も球磨も出張だが、実に絶妙な量の仕事を残していってくれた。手早く済ませてエロゲをやる暇もありはしない。

 いつも通り執務室に来て、気づけばもう夕方になっていた。

 

「そういえば、腹が減ったな。今日は秋祭りをやっているはずだし、ちょうどいい……」

 

 悪意ある仕事の残し方に対しムキになって仕事をしていたため、提督はろくに食事をとっていなかった。

 タイミングの良いことに、今日は鎮守府の秋祭りである。

 日頃の息抜きを兼ねて、鎮守府内でささやかながら祭りを開いているのだ。規模は小さいが出店もでる。

 全て艦娘の運営なのが心配だが、ここのところ忙しかったので全てを責任者の長門に任せてある。まあ、生真面目な彼女のことだから仕事に関しては信用できるはずだ。

 

「せっかくだし、間宮さんや鳳翔さんのところではなく、そちらに行くか」

 

 たまには冒険も悪く無い。

 そんなことを考えながら、提督は一人、執務室を出た。

 

 ★

 

「さて、今の俺の腹は何を求めている……。とりあえず一回りするか」

 

 鎮守府の敷地内に設けられた神社。

 そこまでの参道に設置された出店を眺めながら提督は歩く。

 たこ焼き、焼きそば、わたあめ、卵焼き等々、無難な食品系は問題なく運営されているようだ。

 食事の危険度が低いことを確認した提督は、この場で腹一杯になるまで食べることを決めた。普段調理しない艦娘の料理で胃を満たすのも悪く無いと思えたからだ。

 

「む。あの小屋はなんだ? いや、見覚えがあるぞ。確か磯波の……」

 

 通りから少し外れて設置されたプレハブ。提督の見覚え通り、それは普段、磯波が港で海産物を提供するのに使っている磯小屋だった。店内では海産物が楽しめる、鎮守府の密かな名所だ。

 どうやら建物ごと祭りに出店して来たらしい。

 これは、食事処として申し分のない案件である。

 

「なんか嫌な予感がする……。とりあえず様子見と……」

 

 そっと、窓から内部を覗いてみた。

 

「…………地獄か」

 

 内部は既に、呑兵衛軽空母を中心とした地獄の宴会場と化していた。

 

「なるほど。ここは隔離施設だな。磯波には気の毒だが。よく考えられている」

 

 あえてこの施設を持ってくることで、酒を飲んで暴れる艦娘を隔離する。それこそがこの磯波の磯小屋の目的だろう。長門の采配なら大したものだ。

 そして、うっかり足を踏み入れなくて良かった。

 

「ここはスルーだな。む、今度はカレーの臭いが……」

 

 空腹を刺激するスパイスの香りに誘われて、提督はふらふらと歩き出した。

 

 ★

 

「いらっしゃいませぇ、提督」

「ほう、大鯨のカレー屋か」

 

 辿り着いた先は、ちょっと甘ったるい感じの独特の話し方をする、潜水母艦大鯨が運営するカレーの屋台だった。

 

「カレーの屋台は抽選だったんですけど。運良く開けることになったんです。提督、お仕事は終わりですか?」

「ああ、腹が減ってな。一通り屋台を見て回っていたところだ」

「なるほど。それでは、一食いかがですか?」

 

 大鯨は料理が上手い艦娘だが、鳳翔のように店舗を構えているわけではないので食べる機会は少ない。

 これは貴重な機会だ。それに、カレーならば食事として申し分無い。大鯨カレーなら尚更だ。

 

「そうだな。一食頼む。他のところでも食べるつもりだから、ちょっと少なめでいいぞ」

「わかりました。比叡さーん。提督にカレーちょっと少なめでひとつお願いしまーす」

 

 聞き捨てならない名前が出てきた。

 

「なっ。大鯨、なんといった!」

「え? 奥でカレーを作ってる比叡さんにお願いしたんですけど」

「提督! お仕事お疲れ様です! 比叡のスペシャルカレー! 気合! 入れて!! いきます!!!」

 

 店舗の奥から元気いっぱいの声が聞こえてきた。戦艦比叡は料理ができないわけではないが、気合が入ると非常に良くないことになるケースが多い。

 誤算だった。まさかここで比叡とは。

 

「大鯨……お前が作るんじゃないのか? というか、作ってくれんのか?」

「大丈夫ですよぉ。ちゃーんと私がチェックしてからお出ししてますから。提督の心配するようなことはありません」

 

 提督の不安を察したらしい大鯨が、慈愛溢れる笑顔と共に言ってくれた。

 心の底から安心できる発言である。

 

「そうか……助かった。女神よ……」

 

 大鯨の笑顔に提督は涙ぐみながら心の底から感謝である。

 感動していたら、比叡が気合を入れて作ったカレーを持ってきた。

 

「提督! お待たせしました! 比叡カレーです!」

「お、おう」

 

 テーブルに置かれた比叡カレー。これが大鯨カレーだったら完璧なのだが、そこは諦めて観察してみる。

 ルーもご飯も見た目は普通だ。臭いも問題ない。その上で大鯨がチェックしているならば、安心して食べられるのではないかと思えた。

 

「提督、どうぞ召し上がってください」

「どうぞ!」

 

 大鯨と比叡、それぞれの笑顔に促される。

 一応、心の中で無事を祈りながら、提督はカレーを一口食べてみた。

 

「む……普通に美味いなこれ」

 

 奇跡なのか、比叡の腕なのか、それとも大鯨の仕事の賜物なのか不明だが、比叡カレーは普通に美味しかった。

 

「だから、大丈夫だって言ったじゃないですかぁ」

「おかわりもありますよ!」

「あ、いや。他のとこでも食べたいからおかわりはいいや。でもほんと美味いなこれ」

 

 言いながら提督はどんどんカレーを口に運んだ。こういう場所でなければ、おかわりしたいレベルの美味しさだ。比叡カレーの名前で鎮守府内の店舗にメニューがあれば注文しかねない。

 程なくして、提督は比叡カレーを完食した。

 

「ありがとうございました~」

「ありがとうございます!」

 

 提督は満足感と共に、二人に見送られて店を出た。最初の食事としては悪くなかった。ちょっと不安だった出店の食べ歩きだが、滑り出しは上々といえよう。

 

「今日はいい日だ。もう少し食べよう」

 

 祭り特有のちょっと浮かれた空気を感じながら、提督は次の店を求めて歩き出した。 

 

 

 次に目に止まったのは海産物を焼いて提供している屋台だった。

 店の食材は、先ほど見た磯波の店と同じに見える。 

 

「なんだこの屋台は? 磯波の店と同じに見えるが」

「いらっしゃい、提督。僕達の店にようこそ」

「先に磯波ちゃんのところを見たのね。ここは支店みたいなものよ」

 

 屋台を運営していたのは戦艦の扶桑と駆逐艦の時雨だった。

 扶桑の方はちょっと不幸なのとシスコン気味の妹がいるのが玉に瑕な艦娘。時雨の方は雪風のように幸運艦と呼ばれている。どちらも落ち着いた性格の艦娘で、仲が良いらしく鎮守府内でも一緒にいることが多い。

 

「支店?」

「ほら。磯波のところは、ああなるだろうから……」

「同じ店をもう一軒出せと長門さんが言ったのよ」

「なるほど、長門は上手くやってるな。それで、調理はどちらがするんだ?」

 

 提督は気になっていたことがあった。

 この店は、生の海産物を扱っている。

 それを調理するのが幸運艦である時雨なのか、不幸艦である扶桑なのか。そこはかなり重要な点である。

 

「もちろん、二人で調理してるよ」

「せっかくだから提督にも何かご用意したいと思うのですが」

 

 上目遣いで扶桑が言ってきた。これは断るのは難しい雰囲気だ。

 正直、食べるのは問題ない。しかし、調理は出来れば時雨にお願いしたいのが本音だ。あと、牡蠣は避けたい。

 

「お、おう。そうだな、適当に。出来れば時雨に……」

 

 そこまで言って、提督は気づいた。

 物陰からこちらを見ている存在がいた。

 扶桑の妹艦である、山城だ。凄い目でこちらを見ている。怖い。

 うっかり扶桑を傷つけるようなことを言ったら、大変なことになるだろう。

 

「提督? どうかしましたか?」

「何でもない。そ、そうだな。適当にお勧めを頼む」

「わかった。大丈夫、食べ物を扱う店だからちゃんと気をつけているさ」

 

 時雨がそう言いながら、提督に向かって柔らかな笑みを向けた。

 どうやら、こちらの心情は理解されていたらしい。

 その後、二人の艦娘が手際よく調理した海産物を、提督は存分に楽しんだ。

 

 ★

 

「うっぷ。食べ過ぎた。いや、味はいいんだが。しかし、なんか、不味いぞ」

 

 扶桑達の店を出た後、提督はあることに気づいた。

 胃が重い。かなり危険な気がする不快感だ。

 もしからしたら比叡カレーが今になって効いてきたのだろうか。あるいは扶桑の手料理が悪かったのか。それぞれ大鯨と時雨のおかげで致命傷には至っていないだけで、胃に物凄い負荷がかかっているように感じる。

 

「もしかしたら遅効性だったか、両方とも……。ともかく、救護所に……」

 

 提督は直感的な身体の危険信号には素直に従う主義である。

 自分の助かる道を求めて。ふらふらとした足取りで、彼は神社の方に向かって行った。

 

 

 幸いなことに、提督は無事に救護所に辿りつけた。

 テントの中に入った瞬間に倒れこんだが。状況的にはギリギリ間に合ったと言えよう。

 

「提督、大丈夫か。少し胃をやられているそうだが」

 

 ベッドで横になっていると、秋祭りの責任者である戦艦長門がやってきた。ちなみに何故かナース服姿だ。

 

「おう。長門か。大丈夫じゃないが大丈夫だ。あとなんでナース服なんだ」

「陸奥の提案だ。救護所ならこの格好が最適と言われてな」

「そうか、陸奥は良い仕事をするな」

 

 あまり細かいことをいう元気もないので適当な感想を言う提督。実際、長門のナース姿は様になっていた。調子が良ければ写真の一枚も撮りたいくらいだ。

 

「そうだろうとも。しかし、胃薬は切らしていてな、今運んでもらっているところだ」

「助かる。ところで、今回の出店の人員を配置したのは長門だったな?」

「うむ。責任者は私だ」

「もう少しどうにかならなかったのか……」

 

 提督は恨みがましい声音で言った。

 一部の店に根本的な人選の問題を感じずにはいられない配置だ。物事には適材適所というものがある。それがわからない長門ではないだろうに。

 

「提督よ、あれでも頑張ったのだ。最初は比叡と磯風がカレーで、扶桑姉妹が海産物担当だったところを、なんとかこの状況にしたんだぞ」

「マジか」

「マジだ。それでも提督に負担をかけてしまったのは申し訳ないとは思うが……」

「いや、いい。むしろ助かった。ありがとう。俺だったら、止められなかったかもしれん」 

 

 どうやら長門に命を救われたことを理解した提督は、素直に礼を言った。

 養生してくれ、と言って長門が去ると、すぐに見飽きた艦娘がやって来た。

 

「お、いたいたクマ」

 

 秘書艦の軽巡洋艦、球磨だった。浴衣姿なところを見ると、祭を楽しんでから来たらしい。

 

「比叡さんのカレーを食べたと聞いたクマ。こんなことだろうと思ったクマ。ほら、薬クマよ」

「助かる……」

 

 祭を堪能した後に薬を届けに来た秘書艦を咎めることも無く、提督は品物を受け取った。

 単純に、段々体調が悪くなってきていて、そんな元気もなくなっているのだ。

 

「原因は比叡のカレーだけじゃないが、まあ、損害としては低いほうだ」

 

 言いながら薬を飲む。あとはこのままベッドで休んでいれば持ち直すだろう。

 こんな状態になったことを除けば、悪くない祭だった。来年もすることがあれば、食事関係だけは絶対にチェックしよう。

 疲労と体調不良でまどろむ意識の中、提督はそんなことを考える。

 

「ところで、磯風が提督が寝込んでると聞いて、お粥を作ろうとしてるんだけど、どうするクマ?」

「止めてくれ。お願いだから」

 

 とりあえず、その後は球磨のおかげで、本格的に寝込まずに済んだ。


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