オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・那智:この鎮守府では足柄が持ってくるB級映画の観賞に付き合わされている。意外と苦労している。
・香取:怒らせると怖い。
・磯風:仲間思いで料理が好きな駆逐艦娘。嘘は書いていない。
・夕張:ジョジョ3部のアニメが終盤になり、ワクワクしながら観賞。しかし、重要なネタバレがネットの定番ネタになっていることもあり、「初めて見るのに展開がわかる」という状態になり、リアルポルナレフと化していた。ネット社会の弊害をその身を持って体験したと言えるかもしれない。尚、今回は登場しない。


オタ提督と秘書艦の一日

「んあー。よく寝たクマー」

 

 軽巡洋艦球磨の朝は早い。鎮守府の朝の号令、いわゆる総員起こしは秘書艦である彼女の担当だからだ。この日も、彼女はいつも通り爽やかに目覚めた。

 

「多摩、総員起こしの用意クマ」

 

 同室の姉妹艦である多摩を起こしにかかる。多摩は眠たげな様子で顔をこすりながらも何とか起床。

 

「むぅー、了解にゃ。今日は二人にゃ?」

「今日は二人で十分クマ」

 

 短い確認のやりとりの後、二人は総員起こしの準備にかかった。

 

 ジャーン! ジャーン! ジャーン!

 

 さわやかな銅鑼の音が鎮守府の朝にこだまする。

 人類の未来の為に戦う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。

 汚れを知らない心身を包むのは鋼鉄の艤装。見敵必殺、サーチアンドデストロイ。深海棲艦は許さないのがここでのたしなみ。

 もちろん、総員起こしに気づかないなどといった、はしたない艦娘など存在しようはずもない。

 

 月に一回くらいの割合で行われる、球磨型流総員起こしの光景である。たまにはサプライズが必要と考えた球磨が始めたもので、何となく定着してしまったイベントだ。

 一度などはティンパニーを用意して球磨型全員でクレッシェンド(だんだん強く)をかけながら叩いて行進したこともある。遠雷かと思った長門が出てきて怒られたりしたが、それも良い思い出だ。

 今日鳴らしている銅鑼はオタ提督(以下、提督)がどこかからか持ってきた逸品だ。厳かで豪快な音色が鎮守府の朝を知らせる様子は、なかなか刺激的である。

 

「今日はクレームつかなそうクマ」

「良いことにゃ」

 

 艦娘たちの目覚める気配を感じつつ行進する二人が、重巡寮まで来た所で、それを止める人物がいた。

 

「待っていたぞ、球磨」

「那智さん、どうかしたクマ」

「クレームにゃ?」

 

 二人の前に立ちふさがったのは妙高型重巡洋艦の那智だ。性格タイプとしては長門のようなクソ真面目に分類され、クレームをつけてきてもおかしくない。

 

「クレームではない。むしろ、それを使って頼まれて欲しいんだ」

「クマ?」

「にゃ?」

「こっちに来てくれ」

 

 案内された先は、那智の部屋だった。

 

「那智さんの部屋がどうしたクマ?」

「あれを起こしてくれ」

「あれにゃ?」

 

 部屋の中を見ると、那智の姉妹艦である重巡足柄が爆睡していた。それも床の上で。

 

「察するに、大分荒れたあと、泥酔してから睡眠、というところクマか」

「察しが良くて助かる。そのとおりだ」

「よくあることクマ」

「すまん……」

 

 そう言って謝る那智は、見ていて気の毒なほど、沈痛な表情をしていた。

 

「枕元にこれがあったにゃ」

 

 足柄の周辺を漁っていた多摩が持ってきたのは、DVDのパッケージだった。

 

「これは、映画クマ?」

「うむ。昨夜、足柄がレンタルしてきたこの映画を見たのだが、酷い出来でな……」

「それで自棄酒して、この有り様にゃ?」

「面目ない」

「よっぽど酷い映画だったクマねぇ……」

 

 ちなみに足柄が借りてきた映画はクソ映画を量産することで有名な監督の作品だったりする。足柄が事前に提督に一言聞いていれば、この悲劇は回避できた可能性が高い。今となっては全てが手遅れだが。

 

「さて、事情もわかったことだし、いっちょやるクマ」

「やるにゃ!」

「よろしく頼む」

 

 多摩が銅鑼を構え、球磨がバチを構えた。那智はそれを悠然と見守る。

 

 ジャーン! ジャーン! ジャーン!

 

 荘厳な銅鑼の音が室内に響き渡る。棚や窓ガラスがビリビリ震えるほどの音量だ。物凄く五月蝿い。

 すさまじい騒音で、爆睡中だった足柄も流石に目覚めた。

 

「う……ん……」

「動いたにゃ!」

「パワーをあげるクマ!」

「全力でいけ!」

 

 更に高まる銅鑼の音。そのあまりの音量に室内に埃が舞う。

 

「ああもう! うるさいわよ!」

 

 跳ね起きた足柄が叫ぶと同時、一際甲高い音を発して、銅鑼の音が止まった。

 

「いったぁー……」

 

 最後の一音は、足柄が銅鑼を殴って、破壊した音だった。

 

「ど、銅鑼が壊れたにゃ」

「大破クマ」

「おはよう足柄、気分はどうだ」

 

 那智の問いに、泥酔のち爆睡してたとは思えない爽やかさで足柄は答えた。

 

「おはよう那智姉さん。あの音は球磨達だったのね。気分? 寝てスッキリしたから悪くはないけど……」

 

 騒音に晒されたとは思えない回答である。

 

「足柄さん、手は大丈夫にゃ?」

「手? えっと……なんかズキズキするんだけど……」

「これは、怪我してるクマね」

「小破といったところだな」

 

 冷静に状況を観察した球磨と那智の判断で、足柄はそのままドックへ連れて行かれた。

 

 ☆

 

 本日、理由あって提督は休みである。そのため、秘書艦の球磨は基本的に一人で行動することになっていた。

 時刻は昼、食事を済ませて業務に戻ろうとしたところで、珍しい光景に出くわした。

 練習巡洋艦の香取と、響、雷、電の暁を除いた第六駆逐隊の面々がいた。不思議なことに、駆逐艦三人は死んだ目をしながら香取に連行されているのである。

 

「おや、香取さん、どうしたクマか?」

 

 球磨の声に反応した香取は、駆逐艦達の様子とは裏腹に陽気に答えた。

 

「あら、球磨さん。ちょうど良かった。暁さんを見かけなかったかしら?」

「暁ならさっき走ってるのを見かけたクマが、どうかしたクマ?」

「どちらへ逃げたか教えて頂けます? どうやらこの子たち、遠洋練習航海をお望みなようで」

 

 香取の言葉を聞いた後、もう一度三人を見てみた。全員、小刻みに震えながら何かに絶望している。明らかに何かやらかした後だ。

 

「とてもそうは見えないクマ……」

「嬉しくて声も出ないんですよ」

 

 香取の声から有無を言わせぬ迫力を感じたので、球磨はこれ以上追求するのをやめた。

 

「まあいいクマ。暁ならあっち行ったクマよ」

「ありがとうございます。それでは、お仕事の邪魔をして申し訳ありません」

「そんなに気にすることないクマよー」

 

 香取と連行される駆逐艦三人が見えなくなるまで、球磨は見送った。

 そして、

 

「それで、何をやったクマ」

 

 すぐ側の部屋に入り、隠れていた暁に話しかける。

 

「そ、それが何が何だかわからないの。私、私……ほんと怖くて」

 

 暁は泣きながら取り乱していた。

 実は香取に遭遇する直前、この状態の彼女に球磨は遭遇していた。尋常ならざる様子だったので匿ってみたのだ。

 香取はかなり怒っていた。あれをどうにかするには、事情を知っていないとどうしようもなさそうだ。 

 

「泣いてても解決しないクマ。あれはちょっとやばいレベルで怒ってたクマ。妹達が危ないクマ。球磨も手伝ってやるから事情を話すクマ」

「グス……球磨さん、ありがとう。流石は秘書艦ね」

 

 そう言いながら暁は泣き止んだ。少し落ち着いて来たらしい。

 

「それで、何があったクマ?」

「それが、よくわからないの。みんなで一人前のレディの話をしてて、香取さんの話題になったの」

「ふむふむ。確かに香取さんはそんな感じクマね」

「それでね、たまたま香取さんが通りかかったから、暁は言ったの」

「何を言ったクマ?」

 

 話が核心に迫っている、そんな気がした。 

 

「私、香取さんみたいな、立派な熟女になるわ! って。そしたら鬼のような形相で襲いかかってきて……」

「…………」

「どうしたの、球磨さん?」

 

 頭を抱える球磨に対して、暁は怪訝な顔で問いかけてきた。

 全てを理解した球磨は、優しく教えてあげる。

 

「暁、今後そういう話をする時は、淑女、と言うクマ」

「? そうなの? あんまり変わらないんじゃ?」

「かなりの違いがあるクマ。まったく、しょうがないクマねぇ……」

 

 事情は飲み込めた。大したことだが、大したことではなくて良かった。後は香取に説明して暁から謝罪させれば良いだろう。

 

「球磨さん、響達、本当に大丈夫かしら?」

「香取さんは鬼じゃないクマ。悪意が無かったことと、純粋な間違いだったことを話して謝れば許してくれるクマ。とはいえ、逃げた罰で遠洋練習航海を一回くらいするかもしれないクマけど」

 

 球磨の言葉に、暁は反省する様子を見せながら答える。

 

「確かに、逃げたのは悪かったわ」

「訓練は悪いことじゃないから、一回くらい我慢するクマよ」

 

 その後、何とか誤解を解いた後、遠洋練習航海に出発した香取と第六駆逐隊を見送ってから、球磨は業務に戻った。

 

 ☆

 

 夜だ。球磨にとって、この日最大の仕事の時間がやって来た。

 

「さて、いよいよこの仕事をする時が来てしまったクマ」

 

 扉の前で呟く球磨。彼女は今、提督の私室の前にいる。

 鎮守府の最高責任者である提督は長期休暇中である。直近の大規模作戦の際、休まず働いていた代休だ。

 球磨や他の艦娘に業務を任せて連休に突入した後、初日に出かけて以来、提督の姿は目撃されていない。

 休暇は明日まで。そして、休暇終了前日に、部屋に起こしに来て欲しいと、球磨は頼まれていた。

 秘書艦である球磨ですら、連休中の提督のスケジュールは把握していない。プライバシーは尊重するタイプだ。

 

「提督ー、いるクマかー」

 

 返事がない。

 

「ていとくー! いるクマかー!!」

 

 やはり返事がない。

 ドアの前で佇んでいると、話しかけてくる艦娘がいた。

 

「球磨さんじゃないか。何を騒いでいる? 提督は休暇ではないのか?」

「磯風クマか。今日は提督を叩き起こす日クマ」

 

 話しかけてきたのは駆逐艦の磯風だった。

 

「休日にまで秘書艦に仕事をさせるとは、意外と横暴だな」

「横暴じゃないクマ。連休に入ると提督は曜日の感覚がなくなるまで趣味に時間を費やすから、球磨が現実に引き戻しに来る必要があるクマ」

「……なるほど。秘書艦も大変なのだな」

 

 提督のスケジュールを把握していない球磨だが、提督がどういう状況になっているか大体想像はついている。

 恐らく連休初日に出かけて入手した破廉恥な品物で、全力で人生を謳歌しているのだろう。自分の立場も現実も、忘れかけている可能性が非常に高い。

 

「ま、これも仕事クマ。しかし、困ったクマね」

「どうかしたのか?」

「返事がないクマ。日が暮れた後なら起きているはずクマが」

「……ふむ、不味いんじゃないか? 遊びすぎで、そのまま倒れたとか。あの提督ならあり得ると思うんだが」

「…………」

 

 否定できなかった。うっかり干からびていたりしたらコトだ。

 表情に出ていたらしく、事態を察した磯風が言う。

 

「どうする、ドアをぶち抜くなら手伝うが?」

「いや、合鍵持ってるから大丈夫クマ」

 

 プライバシーとか言っている場合ではないので、迷わず合鍵を使って、ドアを開けた。

 

「……提督、いるクマか?」

「司令、どこだ?」

 

 部屋には電気がついていた。

 室内は本棚を始めとした収納が非常に多いものの、小奇麗に整理されており、見通しは悪くない、

 部屋の奥のテーブルの上にはペットボトルやカップ麺などの即席食品が散らかっている。

 そのテーブルの辺りに、蠢くものがあった。

 

「……く、球磨か」

 

 提督だった。

 彼はテーブル近くで倒れていた。どうやら顔を上げる体力もないらしい。起き上がろうとする動作が邪悪なクリーチャーめいて不気味だった。

 

「提督! 大丈夫クマ!」

「かなり、大丈夫じゃないぞ……」

「どうした司令! なぜこんなことに!」

 

 か細い声で提督は答えた。

 

「メ……」

「?」

「二日位、メシくわずに、水だけでずっとゲームしてたらこの状態に……」

「…………」

 

 無言の球磨に対して磯風が即座に反応した。

 

「なるほど。つまり、司令は食事を所望ということだな!」

「……たのむ」

「この私に任せておけ!」

 

 短い応答の後、磯風は意気揚々と部屋を飛び出した。

 部屋に残った球磨は、提督の側まで歩み寄り、呆れ顔で話しかける。

 

「提督、今、部屋を出て行ったのが誰かわかってるクマ?」

「いや、正直、顔を上げる体力も気力もなくてな。口調からするに長門か武蔵かと判断したんだが」

「今外に出て行ったのは磯風クマ」

「…………」

 

 提督は無言だった。言葉の意味を噛み締めているらしい。

 ちなみに、磯風は艦娘のなかではかなり料理が苦手な方である(オブラートに包んだ表現)。

 

「球磨、俺の休み、一日伸ばせないか?」

「駄目クマ。点滴してでも、ちゃんと仕事するクマよ」

 

 提督の願いを、球磨は容赦なく切り捨てた。

 

 その後、提督は磯風の料理を苦しみながら食べた後、翌日に栄養剤の点滴をした上で、強制的に職務に復帰した。


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