マイナス一誠とシトリーさん   作:超人類DX

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書いてて自分でもわけわからん事に……。


マイナスという底無し沼

 姉との接触から逃げられた小猫は、心配していたリアス達の元へとサイラオーグとソーナによって送り返された。

 そして怒られた。

 

 

「どこ行ってたの小猫! 心配したじゃない!」

 

「ええっと、実はちょっとした食べ歩きに……」

 

「それならそうと誰かに伝えなさい!」

「ごめんなさい」

 

 

 食べ歩きどころか誘拐されるところだった小猫は平然と嘘をついた。

 まさかテロ組織に加入していたはぐれ悪魔の姉からの接触にホイホイ乗っかってしまったなんて正直に言えるわけも無いので仕方ないのかもしれない。

 ましてや、偶々その現場に現れたあの一誠に結果的に助けられたなんて言ってみろ、さっきから疑り深そうな顔でこっちを見てる誠八が不機嫌になるに決まってる。

 

 小猫は何が何でも食べ歩きをしていたんだと誤魔化した。

 それもそうだ、まさか言える訳が無い……。

 

 

「もう良いわ。とにかく黙って何処かに行くのはダメよ? レーティングゲームも近いんだから」

 

「はい……」

 

「…………」

 

 

 マイナス達の輪の居心地の良さに惹かれているなんて……。

 マイペースで、周囲に何を思われようが関係なく、楽しげにしている姿が羨ましく、ついその空気の中に居座ってしまったなんて言えやしない。

 だが小猫はリアスの注意に頷きながらも、どこかぼんやりとした眼差しだ。

 

 それが誠八の猜疑心を深めるのは当然の流れであり、今も怪しむ様な視線を小猫へと送りながらしつこいくらいに問い詰めてくる。

 

 

「本当に食べ歩きだったんだよな?」

 

「そうですけど、何処か疑う所でもあるんですか?」

 

「いや……」

 

 

 質問に対して呆気なく返す小猫を見て誠八はそれ以上追求が出来ずに小さく唸る。

 漠然としたものだが、今の小猫はどこかおかしい。故に只の食べ歩きという理由で誰にも言付けせずに外出した――というのがどうにも信じられない。

 

 『何もしてない』自分がコカビエルを倒した英雄と持ち上げられてる気味悪さがあってか、誠八の最近は前より余裕が無くなっているのだ。

 

 

「顔でも洗ってきます」

 

 

 その誠八の疑惑は概ね当たっている。

 だって小猫もまた……腐ってしまったのだから。

 

 まるで一度嵌まればどこまでも纏わりつき、地の底へと引きずり込んでくる底無し沼の様に這い寄るマイナス達によって……。

 

 

「はぁ、何とか誤魔化せた……」

 

 

 滞在中に宛がわれたグレモリー家の部屋に一人戻った小猫は、バシャバシャと洗面台で顔を洗い、先程までに残っていた微睡みの様な感覚を拭い去り、ポツリと呟いている。

 

 

「これってやっぱり裏切り行為になるのかな……」

 

 

 日を追う毎に、それこそこそこそとしなくなってソーナと堂々と一緒に居るようになってから最低さに拍車が掛かっている誠八の双子の弟。

 

 一卵性の双子らしく、顔は殆ど同じなのだけど、背丈と体格に差が開き出したのと、赤龍帝としての才能を開花させてプラスへとなり続ける彼とは真逆に沈み続けるせいで最早双子だろうが一発でどちらかを見抜けてしまう。

 

 互いに嫌い合ってる二人にしてみれば上等と思えるだろうが、問題はポジション的に誠八側ともいえる自分が弟……つまり一誠側に多大な魅力を感じてしまっている。

 

 姉とその仲間を不意打ちで刺し倒し、挙げ句不思議な力で『この二人が今日のこの時の記憶を持つ現実を否定する』という訳のわからない理屈を捏ねて消し、会うのが苦痛となっていた自分と『会わなかった事』にしたのは、何よりも具体的で助かったと心底思える手助けだった。

 

 そうでなくても、共感を覚え、ふらふらと付いていき、一誠と一誠と同じ最低な仲間達との殆ど対等なやり取りを見てたら、楽しそうで……そして安心できそうな、羨望とも言える感情を抱いてしまった。

 

 弟は危険だという誠八の忠告が嘘みたいに思えてしまうくらいに……。

 

 

「でも、元々リアス部長だってあの人を嫌ってた訳じゃないし、別に関わるななんて言われて無いし、誠八先輩の忠告だけだし、私が悪いって訳じゃないと思う。

うん、別にやましい事なんてしないし、私は悪くない」

 

 

 きっとその忠告は半分以上は当たってるのだろう。

 マイナスという凶悪な底無し沼の浅瀬に来て、興味本意で片足を突っ込んだら最後。

 自分の意思はそのマイナスに染め上げられ、やがては同じ不幸(マイナス)を撒き散らす同類へとなる。

 

 勿論、それがプラス側の存在なら影響は受けずにひたすらに嫌悪感を抱き、排除の姿勢を見せるのかもしれない。

 しかしもしその者の心に小さな綻びが、目を背けたくなる過去を抱えていたとしたら、それを克服せずただ逃れたいと考える様なら……。

 

 

「あーぁ、シトリー先輩や、あの紫藤って人、それから何故か居るゼノヴィアって人が羨ましい。

あの輪の中に居たらどんな失敗をしても責められないし、きっと優しく慰めてくれる……。

私が実の姉と顔を合わせたくないと言ったら、きっと何が何でも姉と出くわさないように……いえ、出くわしても逃げられる様に助けてくれる筈……」

 

 

 一誠達の存在は強烈な薬物による感じる多幸感の様に魅力的で依存感が強いものだろう。

 現に小猫は、ただの卑屈人からソーナとの関わりを強くする事で堕ち、マイナスへと変貌し、惹き付けた同類達による奇妙な集団に対して絶望的なまでの羨望を持っている。

 

 前に進むでは無く逃走し、目を背け、否定し続ける。

 一誠がソーナとの確かめ合いにより確立させた過負荷(マイナス)とそれを可能にさせるスキル。

 

 

「シトリー先輩は本当に良い人を捕まえましたね……はぁ」

 

 

 羨ましい。塔城小猫は顔を洗った事で少し濡れた前髪をそっと指で触れながら、体験してしまったマイナスの世界がとてつもなく自分にとっての地獄(ヘル)である事に気付くのが遅かったと、小さくため息を漏らすのだった。

 

 そして小猫だけじゃなく……。

 

 

「小猫ちゃん、ちょっと良いかしら?」

 

「? 副部長、どうかしました?」

 

「……。いえ、さっきはセーヤ君達も居たし聞けなかったから今がチャンスと思って聞くけど、正直に答えて? …………………もしかして彼等と会った?」

 

 

 今の現実から目を背け続けたい『患者』は居た。

 堕天使を父に持ち、その父から受け継いでしまった力共々嫌悪しているハーフ堕天使の女王、姫島朱乃という複雑な過去を小猫と同じく持つ少女が。

 

 

「彼等? さて、何の事です? 私はさっきも言った通り食べ歩きを――」

 

「惚けないで頂戴……いえ、誰にも言わないからどうか本当の事を教えて?」

 

「……………………はぁ、わかりました副部長――いえ朱乃先輩には正直に話しましょう。

そうですよ、偶々セーヤ先輩の弟さんと出会しました」

 

「……どこで?」

 

「冥界の森です。何でもサイラオーグ様に誘われて冥界のクワガタ捕りをしてたとか……」

 

「く、クワガタ? あ、あのサイラオーグ様が?」

 

「ええ、虫かごを肩に背負いながらキラキラした顔で弟さん――いえ、イッセー先輩と肩を組んではしゃいでましたよ? 信じられないかもしれないですけど」

 

「……………あ、あっそう。ま、まぁ、あの方のご趣味については横に置いておくにしても、彼に会ったのね?」

 

「ええ……」

 

 

 本当ははぐれ悪魔の姉とその仲間に誘い込まれたのにまんまと乗っかって危うく拐われ掛けたのだけど……と本当の事は隠しながら小猫は一誠と会ったと頷く。

 

 

「………そう、会ったんだ」

 

 

 肯定した小猫を見て、朱乃は小さく目を伏せながら呟く。

 

 

「どうだったの? まともに話せたとは思えないけど……」

 

 

 誠八が常々、過剰なまでに最低と揶揄し、言外に自分達が関わる事を嫌う相手である一誠の事を思い浮かべた朱乃は、まともに会話が成立しないこれまでの事を思い出し小猫にどうだったのかと気になる様子で質問している。その答えが朱乃にとっては意外過ぎる答えだった訳だけど。

 

 

「今回はかなり普通に話ができました。

それにこれは一番内緒にして欲しいんですけど、シトリー先輩やあの元悪魔祓いの二人組の輪に少しだけ入れて貰えました」

 

「え!?」

 

 

 どことなく自慢気に聞こえる小猫の言葉が信じられず、思わずといった声を出す朱乃は、よく見たらつい朝方までには無かった小猫の変化にここで気が付く。

 

 

「一言で言うなら、果てしなく居心地がよかったです。

どんな失敗だろうとも責められないし、辛い事もあの輪に居たら全て忘れられるという雰囲気に包まれてました。

辛いことから逃げても怒られない、寧ろ皆で逃げる手助けすらしてくれると思えるくらいに最低(サイコウ)です」

 

「小猫、ちゃん……?」

 

 

 目に光が無く、まるでソーナが自分達に嗤って見せた時の様な――――とまでは全くいかないものの、濁った瞳。

 でも、それは間違いなく自分達を見てヘラヘラ笑って居るあの最低な男の子と同じだった。

 

 

「あの人達ならはぐれ悪魔を姉に持とうが、ハーフ堕天使だろうが、制御できない神器を持つハーフ吸血鬼だろうが輪に入れたら関係無く優しくしてくれます。

いえ、もっと言えばそんな柵を持つ現実から逃がして(エスケープ)くれる。

ふふ、私ってどうしちゃったんだろ? これじゃあ誠八先輩を裏切ってますよね?」

 

「……」

 

 

 求めて止まない。逃げる事を一切否定もせず受け入れる。

 何と甘美な響きなのだろうか……。

 

 

「まぁでも関わるなとリアス部長に言われてる訳じゃないし、問題は無い……そう思いますよね?」

 

「それ……は……」

 

 

 確かに言われては無い。けどあの人間性を見たら関わるべきじゃないのは誰が見ても分かるのは朱乃とてわかっているし、実際仲間である誠八が毛嫌いしてるのだから必要以上の接触は控えるべきなのだろう……。

 

 しかし朱乃はクスクスと笑う小猫の言葉に強く否定できずに言葉に詰まってしまった。

 もし、もしも小猫みたいに何かしらのタイミングで深く彼等と話をしたら……してしまったらどうなるかというビジョンが頭から離れない。

 

 

『ハーフ堕天使で、父親が大嫌い。へー、母親が父親のせいで死んだ……そっかー、大変だったんですね。何れ来る再会もしたくない……か。

良いよ、何が出来るかは俺達じゃわからないけど、その現実を否定してあげる』

 

 

 否定。逃げる。それが可能だとしたらとてつもなく素晴らしい。

 いっそ嫌悪までしている父親の事を全てきっぱり忘れられるのだとしたらそれは……。

 

 

「…………。彼等はまだシトリー家に?」

 

「多分。まさか会うなんて考えてます? 良いんですかそんな事しちゃって」

 

「あ、会うだけで言われる事なんて……」

 

「いえいえ、確実にセーヤ先輩は言いますし、恐らくイッセー先輩も凄い嫌な顔をしますよ? 決まって文句を言われてうんざりだって言ってましたし」

 

「で、でも小猫ちゃんは現に――」

 

「私はタイミングがよかっただけですから。まあ、好きにしたら良いと思いますけど、会うなら早くした方が良いですよ? 明日の朝には人間界に帰るみたいなので」

 

「え……!?」

 

 

 傾き始めた朱乃に小猫は内心『やっぱり』と笑みを浮かべながらタイムリミットがある事を洩らす。

 今はもう夜で、明日の朝には彼等は人間界に戻る。

 そうなれば次に顔を見るのは新学期以降になるのは確実であり、遠い様で近い場所にある安心という場を目の前に指をくわえて見てるだけなんて耐えられる訳が無い。

 

 だから朱乃はほんの数瞬だけ迷ったけど、小猫に向かって言った。

 

 

「……。こっそりお城を抜け出してシトリー家に……あの、小猫ちゃんも付いてきて欲しいの……」

 

「………………ふふ」

 

 

 この前の様に適当にあしらわれて終わる可能性の方が高い。

 けれど小猫が此処まで言うのだから、体感してみたい欲はある。

 故にタイムリミットの明日の朝の前に誠八やリアス達に内緒でこっそり……そう、ただ会うだけ。

 

 自分に対して言い訳するかの様に心の中で何度も復唱した朱乃は、まるでその言葉を待ってたかの様に笑みを深めて頷いた小猫と共にこっそりとグレモリー家を抜け出した。

 

 

「私は道案内をしただけ……だから悪くない。ふふ、今頃あの人達は何をしてるのでしょうね? イッセー先輩はシトリー先輩が大好き過ぎるから大体予想はつきますけどね……」

 

「…………」

 

 

 王道の包容よりも邪道の安心を求めて……。

 

 

 結果的に言うとアッサリし過ぎなレベルでシトリー家へとたどり着いた小猫と朱乃だったのだが……。

 

 

「え、今居ない……? なぜ?」

 

「えーっと、妙に兵藤君とサイラオーグ様が仲良くなっちゃって、昼間に罠を仕掛けてたポイントに行ってクワガタ捕りをしに……」

 

「あぁ、あれ罠も仕掛けてたんですか……」

 

 

 入れ違いで留守である事を虫嫌い派で留守番してたソーナの下僕達に告げられ、ちょっと……いやかなりガッカリした。

 

 けどそれも小猫の正に悪魔の囁きな言葉によって突き動かされてしまう。

 

 

「だったらその場所に行きましょうよ? ほら、私達は冥界蛍の鑑賞に来たと誤魔化せば良いですしね?」

 

「………………そ、そうよね」

 

 

 確かに蛍を見に来たと言えば誤魔化せる。

 別に蛍なんかに興味なんて無いけど、向こうはそんな事を知る訳も無い……なら! と、留守番組の人達に口止めをしてから小猫の先導で雄大過ぎる森の中へと走った朱乃。

 そしてこれまたアッサリ過ぎる拍子抜けレベルで一誠達は見つかった。

 

 

「見ろイッセー君! これが冥界産のオオクワガタだぞ! しかもこれは大きい!」

 

「日本のオオクワガタより大きいっすね確かに!」

 

「すっげー……! 小さい頃よりテンション上がって来たんすけど!」

 

「だろ! だろ!?」

 

 

 

「男の子してますね、あの三人」

 

「変な組み合わせよね……あ、蛍だわ」

 

「わぁ、これは綺麗だな……」

 

 

 罠に引っ掛かってた冥界式のクワガタやカブトムシを前に三人の男が割りとテンションを上げ、それを生暖かく見守るソーナとイリナとゼノヴィア。

 それは間違いなくマイナスが大半で、まともなのはサイラオーグと匙の二人だけ。けれどその二人はマイナスのオーラに割りと平然として付き合っている。

 

 とてもとても奇妙な集団で、微妙に声がかけづらい。

 けれどそれを知らんとばかりに小猫が突撃するもんだから、朱乃も最早勢い任せだった。

 

 

「奇遇ですね先輩?」

 

「は? ………げっ、何でキミが此処に……帰ったんじゃないかよ?」

 

 

 小猫に気づいた途端、嫌そうな顔をする一誠とサイラオーグや匙、ソーナ、イリナ、ゼノヴィアが遅れて気付いて一斉に振り向く。

 

 

「アンタこの期に及んで何しに来たのよ……」

 

 

 イリナが一誠以上に露骨に嫌そうな顔をし、ぶっきらぼうに問う。

 

 

「いえね、この朱乃先輩と冥界蛍の鑑賞にきたら偶然、偶々貴方達が居たので……ね?」

 

「え、えぇ……」

 

 

 小猫に振られてコクコクと首を縦に振る朱乃。

 

 

「む、リアスの所の戦車と女王じゃないか、蛍を見に来たというが此処はシトリー家の領土だろ? グレモリー領土にも森はあるのに何故ここに?」

 

「いやほら、此方の方が自然が豊富なので。あ、勿論ちゃんと手続きをして入国してますので……」

 

「………」

 

 

 全部嘘なのに、ペラペラと並べる小猫に内心ハラハラしながらも黙ってる事にした朱乃に一誠がわざとらしく指を差す。

 

 

「あ、この人前にヒス起こした人じゃん」

「う……」

 

 

 ライザー・フェニックスとのレーティングゲーム後の事を思い出したらしい一誠の言動に朱乃は気まずそうに顔を俯かせる。

 

 

「ヒス? 何の事?」

 

「いやさ、イリナちゃんと再会する前にちょっとあったんだよこの人と。

まあ、結局それだけの事だから深い話でも何でも無いけどね。ねぇ、センパイ?」

 

「ええそうね、兵藤君のお陰で元気を取り戻した筈だし殆ど関係ないわ」

 

「ふーん?」

 

 

 ヒスなんて起こしてない! とは言えずにひたすら小さくなる朱乃。

 それを見て小猫が然り気無くフォローするお陰で何とかなった訳だけど、事態としては此処から複雑になってしまった。

 

 

「キミさ、ちょっと俺達に関わってから偉く強気だよね? もしかしてお兄ちゃんに言われて監視でもしてるの?」

 

「まさか、セーヤ先輩は寧ろイッセー先輩に関わると露骨に嫌な顔をするし、関わるなって言ってきますからね。

単純に個人的に会いたいから会ってるだけです」

 

「へー? 今の言葉だと蛍を見に来たって訳じゃなさそうですが?」

 

「あ、バレました?」

 

 

 この面子相手にシレッと出来る小猫に改めて驚きつつ、うまいタイミングを待つ朱乃を見てたのか、気を使う様なトーンでサイラオーグと匙が口を開く。

 

 

「あの、結局塔城と姫島先輩は何の用なんですか?」

 

「あぁ、用があるから来たんだろ? 話してみたらどうだ?」

 

「えっと……」

 

 

 微妙にありがたいフォローを受け、朱乃の視線は遠慮がちに一誠へと向けられる。

 

 

「…………? あ、俺っすか?」

 

「えっと、そう……なのですけど、その……あの、具体的に何をどう話すべきなのかが自分でもまだ整理がついてなくて」

 

「はぁ? なら何で来たのよ? ま、まさかイッセー君にえっちな事を……!?」

 

「えぇ? それは困るというか普通に嫌ですわ。そういう事はセンパイと決めてるんで」

 

「!? そんな事しないですわ!!! そういう事じゃなくて………くぅ!」

 

 

 全力否定で大声を出す朱乃。

 

 

「でしょうね、そうだってほざいてたらアンタの事をぶっ壊してたわ」

 

 

 ふん、と警戒心ばりばりで言うイリナに朱乃は『彼女は凄い苦手かも』という印象を持ってしまう。

 だが彼女もまた最低なオーラを放ってるということはソーナや一誠の同類。

 何故サイラオーグや匙やゼノヴィアが平然とできるのかはよくわからないけれど、この最低なオーラを受けると異様なまでの安心感を覚えるのに否定ができない自分がいる。

 

 こんな言葉のやり取りだけでも……。

 そう……。

 

 

「小猫ちゃん、それに姫島先輩……何でソイツの所に居るんですか?」

 

「っ!?」

 

「あれ、セーヤ先輩……?」

 

 

 最初から小猫を疑っていた誠八による尾行に全く気付けない程に。

 

 

「一誠……もう許さない。二人に何をしようとしたんだよ……!?」

 

「こんなに面子が居るのにピンポイントで俺のせいっすかお兄ちゃんよ? ったく、どうあっても俺のせいになるなんて世の中って不条理だよなぁ?」

 

 

 尾行していた誠八の怒りはまっすぐに一誠へと向けられている。

 

 

「ちょ、待ってセーヤ君! 私と小猫ちゃんは――」

 

 

 最悪の展開だと焦った朱乃は勿論止めようと声を出す。

 だがしかしその言葉に被せる様な大声を出したのは他ならぬ一誠だった。

 

 

「許さないからなんだってのさ? ん、また殴るのかい? おいおい、進歩がないじゃないのかお兄ちゃん? つーかそもそも、何でお前がこの人達の行動を抑制できるんだ? あぁ、もしかして二人と一発ヤッたとか? で、俺がこの二人にエロい事すると心配しちゃった? おいおいおいおい、つまんねー被害妄想じゃねーか、笑えるギャグだぜお兄ちゃん?」

 

「……!」

 

 

 ヘラヘラと何時もの笑みを浮かべながら、割りとアレな言葉をぶつける一誠に小猫と朱乃……特に朱乃は違う意味で顔が真っ赤になる。

 

 

「ふざけるな、お前と一緒にするな! お前こそ違うのかよ!!」

 

「は、俺がかい? 勘弁しろよ、何で俺が女好きみたいなレッテル貼られちゃうの? いやまぁ好きだけどさ、そういうのは経験なんて無いし、するならセンパイとって決めてる――」

 

「ちょ、私は!? ねぇイッセーくん私は――」

 

「はいはい、今は黙ってなさいね?」

 

「もがもがー!」 

 

 

 確かに一誠は凄い分かりやすくソーナに好き好き光線を送ってるので、誰とも構わずというのは無いし、そこに関しては小猫や朱乃もはっきり肯定できる事実だ。

 

 

「話が飛躍してるというか、キミも少し落ち着いたらどうだ? 俺達はそもそも虫捕りをしてて、そこのその二人が……」

 

「アナタもだ! 何故コイツに何も抱かない!?」

 

「はい? 抱くと言われても、俺が初めて見た時はキミ達に理由も無く不快だからと殴られてた姿だからな。寧ろ逆にお前達がおかしいと思ってしまうんだがな? それにこうして付き合ってみたら普通の奴だし、そこの匙くんだってそうは思ってはない」

 

「いや、俺はたまに理解できない面があるんですけどね? でも別に殴るとかは思った事は無いです。会長の件以外では……」

 

「ぐっ、そ、それがおかしいのに……」

 

 

 会合の時とは違って同意の者が全く居ないアウェイ環境に誠八の顔がこれでもかと歪む。

 しかしそれでも小猫と朱乃を引きずり込まれてたまるかと誠八は正義感だか何だで突き動かされてるので、止まらない。

 

 

「わかったわかった、そんな言うならさっさとこの二人連れて帰ってくれよ。こっちは楽しく昆虫採集してんだからさぁ……ったく、声ばっかデカくてかなわないよ」

 

「言われなくても帰るさ。二度と関わるんじゃない……行きましょう二人とも」

 

 

 毛嫌いする割には絡んでくるんだらめんどくさいと思う一誠を親でも殺されたのかと思う憎悪に満ちた形相で睨んだ誠八は、ちょうど中間に立つ朱乃と小猫を呼び寄せる。

 

 が……。

 

 

「先に帰ってくれますか? 一時間後には帰るんで」

 

「えーっと、一応ここまで来たから用事だけはちゃんと済ませたいのよ」

 

「なっ……!」

 

 

 二人は誠八側では無くマイナス側へと行き、先に帰ってろと誠八に言ってしまった。

 それは大層誠八にショックを与えるに、そしてより一誠に憎悪を抱くに十分であり……。

 

 

「一誠ェェェェェッ!!!!」

 

 

 遂に誠八はその憎悪を殺意に変えて一誠に殴りかかった。

 籠手を纏い、倍加も加え、本気で殺すつもりで殴りかかってきた誠八。

 

 だがその殺意は呆気なくサイラオーグに抑え込まれた。

 

 

「落ち着け! 丸腰相手に神器を使うな愚か者が!!」

 

「ぐぅ、は、離せ!!」

 

 

 もがく誠八だが、鍛えに鍛えまくったサイラオーグを振りほどけずに抑え込まれた体勢で一誠を睨み上げている。

 

 

「絶対に許さない……お前だけは……!」

 

「だってさ、キミ達のせいで今度から俺はお兄ちゃんに暗殺でもされそうだぜ」

 

「何でそこまで嫌われてるんですか?」

 

「な、なにかしたの?」

 

「さぁ? センパイと関わり出してからずっとこんな調子だったけどね。

まったく、前から言いたかったけどさ、センパイとの恋の駆け引きに余計な水差さないでくれない?」

 

 と、言って睨んでくる誠八に対して笑いながら、ソーナに近づき、後ろから抱きついて甘える一誠。

 

 

「じゃないと、そろそろ馬に蹴られて地獄行きになるぜお兄ちゃん?」

 

 

 宣戦布告にも聞こえる言葉は、サイラオーグに抑え込まれてる誠八にとってより憎悪を煽る言葉だったのは間違いない。

 




補足

一誠本人の願望は、ソーナさんと毎日楽しく過ごせたらそれで良いので、よくわからん期待されても正直困るし、ソーナさんが好きな事に文句抜かされたら流石にイラッとする。

でもダボダボの裸ワイシャツを着たソーナさんによしよしにゃんにゃんして貰うので関係ない。



つまり、数多のifの某ひんぬー会長がこの完全マイナスのソーナさんを見てハンカチ噛む環境。


その2
もうとにかく一誠が孤独じゃないとイライラする兄。

なのに、周囲にマイナスに飲み込まれやすい人が多くてよりイライラが止まらない。

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