西暦2021年前に転生したんだから科学者として頑張るしかないでしょ!! 作:namaZ
匂いがする。鼻孔をくすぐる匂いに蓮太郎の意識とは関係なく、胃が鳴る。眠気より食欲が勝り意識が覚醒する。ハッとして立ち上がると、首を周囲に巡らせる。
「起きましたか。簡単なレーションですが朝食たべますよね?」
「あ、嗚呼……」
悠河からのレーションを受け取り腰を下ろす。カレーの香りに逆らえず、胃の中にかっ込む。
「しみわたるぅ……あいつは……」
「影胤なら娘と一緒に外で見張りです。どうしました」
「いや、飯食わねぇのかなって」
「先輩が起きる前に食ってたんで問題ないですよ。けど、あいつを心配するってどうしたんです?」
「別に……ただ、これからって時に足手まといは困るだけだ」
「自分で言いますそれ?」
荷物を纏めた二人は外で待機していた影胤ペアと合流する。右手をひらひら振って来て鬱陶しい。
「やあ里見くんよろしく。じゃ、いこっか」
「けっ、プレアデスがどこにいるのか分かってんのか。その様子だと見当ぐらいついてんだろ」
「僕と影胤は見てましたからね。場所の見当はついてます。先行するので付いて来て下さい」
風下ルートを模索し隠密行動に徹すること五時間、遠目からでも確認できるガストレアのキャンプ地を発見した。タイミングがいいことに雨が降り出し臭いも誤魔化せるレベルになってきた。蓮太郎は元々死にに行けと命令された任務だがプレアデスを打倒し、無事任務を果たせば我堂もこれ以上難癖をつけてきたりはしないはずだ。
「奴らは夜行性だ。この拠点の何処かにプレアデスがいる。敵の本丸はおそらく中央に位置しているだろうから、そこまで見つかってはならない」
「……なんで俺を見る」
「影胤、自分の役割は分かってるな?」
「任せたまえ、スニーキングキルは大得意だ」
「無視かよ」
足音を立てぬよう焦らず、ゆっくり、されど急いで移動する。先頭を行く悠河ペアは目を使い、暗殺任務で身に着けた気配察知能力を最大限生かし警戒を払い先行していく。影胤ペアは悠河ペアが見逃した潜んでいたガストレアを掃討し悠河の指示に従い迅速に仲間を呼ぶ暇もなく絶命していく。敵陣の真っ只中を悠河を先頭にももか、影胤、小日向、蓮太郎と続く。
「さて、里見くん。いよいよ敵の本丸は近いよ」
蓮太郎は黙って頷く。雨音に混ざり恐ろしいうなり声が、林の向こうから聞こえてくる。悠河はハンドサインで屈むよう指示を出す。中腰で林を進む悠河たちは事前に覚悟を決めていたため無様に叫んだりせずにすんだ。
「……ここが、敵の拠点」
そこは地獄だ。百鬼夜行、魑魅魍魎、大小様々なガストレアが見渡す限り存在する。腐臭にも似た吐息がこちらにも漏れ肺が腐りそうになる。小さい物もいれば、小山と見紛うほどの巨大な生物まで、視界が続く限り連綿と続いている。アルデバランもどこかにいるはずだが、あまりにもガストレアの数が多く見つからない。
「君たちがプレアデスと呼ぶのは、あのガストレアじゃないのかい?」
「あれが……」
勿論、蓮太郎もプレアデスを見るのは初めてだが、直感的にあれがそうなのだろうと確信した。高さと横幅の目算は十メートルほど、ティナのシェンフィールドを用いての情報と合致する。事前の情報通り口は漏斗状に尖っており、テッポウウオというよりコウノトリ、プテラノドンに似た嘴に見える。特に目を引くのは膨張した腹だ。気球のように膨れ上がった腹は、水銀の量を物語っている。代わりに退化した手足は自分で歩くことも物を掴むことも出来ないほど短い。これはガストレアの進化が生んだ失敗作だ。あっという間に自然淘汰されてしまう。だが、よく見れば猿のようなガストレアが餌を運び咀嚼させていた。
「本来なら君はどうするつもりだったんだい?」
「プラスチック爆弾を設置して安全圏までまで離れたところで爆発させるつもりだったんだよ。川で全部流れちまったが」
「一人で来るところもそうですが、馬鹿ですね」
「計画性のなさにドン引き、m9(^Д^)プギャーwwwwww」
「そうだよ馬鹿だよ計画性もないアホだよ!ならお前はどうすんだよ」
「これを使います」
悠河は腰のホルスターから一発のライフル弾を取り出す。先頭の弾頭部が黒く普通のバラニウム弾よりやや大きい。
「この95口径ライフル弾頭部に封入されているのはバラニウムを液状に溶かして濃縮した超濃縮バラニウム弾です。インパクトの瞬間内部で砕けた超濃縮バラニウムが体内に広がって、再生レベルⅣまでのガストレアを殺せます。製造されてまだ数発しか開発されていない試作品を取り寄せるのは苦労しました」
「再生レベルⅣ?」
「菫医師から聞いたことありませんか?普通のバラニウムの武器で殺害可能な個体を再生レベルⅠと定義して、ほとんど全てのガストレアとイニシエーターがここに所属していますが、この範疇に収まらないものがレベルⅡ以降ですね。再生レベルⅡは通常のバラニウの再生を押し返す程度で、首と胴体を切り離したり、燃料をかけて燃やせば倒せる程度のレベルです。レベルⅢになると、腕を切り落としても生えてきたり再び元の肉体に戻ろうと、細胞同士が呼び合うらしいです」
「細胞同士が……呼び合う……?」
「再生レベルⅣはもっと凄い。体のほとんどの内臓を損失しても再生が可能で、これを葬るのにはチリを残さず滅却するしかない。アルデバランがこの再生レベルですよ。そして再生レベルⅤ、これは極低温や真空、何千度もあるマグマの中に放り込んでも環境さえ整えば再生します。分子レベルでの再生。2031年の科学では物理的に殺しきる手段が存在しないのがレベルⅤです。ゾディアックは大体このレベルに分類されてますが、1位と2位、貴方も含めてよく撃破できましたね」
「俺を化け物連中と一緒にするな。……時と場所に恵まれただけだ」
「謙遜しすぎですよ。世界はゾディアックを斃したという事実のみに注目してるんですから」
義眼による計算で72.5メートル。ここからでも何ら問題なく狙撃できる距離だ。背負っていたバックからそれぞれの部品を組み立て磁力狙撃砲を完成させ、超濃度バラニウム弾を装填する。磁力狙撃砲は電磁石を使用して、スチール製の弾丸を飛ばすスナイパーライフルの一機種。無論超濃縮バラニウム弾はスチール製に改良されている。弾丸の初速は290メートル。音速にやや届かない程度、単純な威力だけなら通常の狙撃銃に劣るが、火薬を使用しない為に反動が無く、更にブレも発射音も無いため狙撃に適している。
「……それを使えばアルデバラン斃せるんじゃねぇか?」
「無理です。あの質量を消すにはこれ一発では足りない。三発、五発は必要でしょう。それに、この場を全員生き残るにはこれしかないんです。接近して斃した場合、小日奈も担げるのは二人、三人は行けますが一人は置いて行かれる。ももかの足は遅いのでこの場を生き残るにはこの距離から一発で、プレアデスが消滅するまで一歩でも遠くに逃げる。……効果を確認次第後退します」
「……嗚呼」
磁力狙撃砲の引き金を引く。義眼の力を開放すれば1200メートル先の新幹線に乗ったターゲットにヘッドショットも容易だ。外すことは無い。72.5メートルなど義眼を使わずとも当てられる。銃口から放たれた超濃縮バラニウム弾はプレアデスに命中し、速くも目に見える範囲で効果を及ぼした。
「……なんだよ……あれ」
蓮太郎は己の目を疑った。命中した個所から、漆黒が広がっていく。溶かすでも、阻害でもない。闇がプレアデスを飲み込んでいる。否、侵食している。
「撤退します」
磁力狙撃砲をその場に放棄した悠河は、撤退を下し蓮太郎の肩を叩き急がせる。この場に留まれば、プレアデスの異常に気付いたガストレア共が数の暴力をもって潰しに掛かる。ここまでの道のりは覚えている。逃走経路は方向を迷わなければ目的地に逃げきれる。
「何だよあの弾……おかしいだろ」
「理論上、当たれば消滅するまで侵食を続けると言われている超濃縮バラニウム弾。ナノサイズの粒子がガストレアの肉体を瞬時に抉り切る特殊兵器です。ですが、質量が増えるわけじゃないんですよ。巨大で大きければ大きいほど再生力に負けてしまう。詳しい理屈は知りませんが、そう言うものだと理解してください」
蓮太郎ほどではないが、悠河もこの超濃縮バラニウム弾の効果に驚きを隠せないでいた。これが量産できれば、それこそ機械化兵士の存在意義はなくなる。誰もが引き金を引くだけでステージⅣのガストレアを殺す事が出来る弾丸。これを送ったであろう人物にふつふつと怒りが込み上げてくる。
「(もう
誰にも胸の怒りを悟られず、安全圏まで脱出を果たした。
千寿夏世が予測した安全圏まで逃げ込んだ悠河たちは一度腰を落ち着かせ休憩していた。蓮太郎は緊張状態から解放され木に背を預け座り込む。
「先輩、休憩もいいですが今は何においてもプレアデスを撃退したことを伝えなければいけない。先輩なら聖天子の連絡先くらい当然知ってるでしょ」
「助けた時どうせ"今後同じようなことがあるかもしれません。
「……お前ら、馬鹿だろ。聖天子が俺みたいな奴に気がある分けないだろ。住む世界が違いすぎる」
「はっ……電波が届く所まで案内するのでとっとと終わらせてください。プレアデスを斃されたアルデバランが怖気づいて逃げると思ってるんですか?」
「確かに。今なら後手に回らずに済む。……さっきからどうしたんだお前」
「……なに、少々違和感をね。首筋がぞわぞわする……嫌な予感だ」
「アルデバランか?」
「……おそらく」
「急いだほうがよさそうだ。先輩、行きますよ」
「分かってる」
悠河も蓮太郎も殺し合いの世界に常に身を置く狂人の嫌な予感をある程度信頼していた。だが、二人は勘違いをしている。影胤は現状アルデバランしか脅威が居ない為"おそらく"と呟いたが、アレを初めて見た時こうはならなかった。だが、今になって妙に胸の内がざわざわする。
"では――――――なぜ?"
自問自答に意味はないと悠河と蓮太郎に付いていく。何方に転んだにせよ、その先には闘争しかないのだから。
そこは、壁一面が機械音と数値の羅列に囲まれた異様な空間。
一人の少女に生命維持装置がチューブとして小さな肉体を蹂躙するように取り付けられ、呼吸器を肺まで居れ固定されている。排出物が容器内の緑色の液体と混ざらないよう下半身を覆う機械が取り付けられている。
これはレルネ専用『愛の棺桶』の簡易型をモデルにした特殊兵器。
必要なのは高度な演算が可能な脳。
脳を活かすためだけに容器に閉じ込められた少女こそが東京エリアの
その少女こそが――――――千寿夏世。
不特定多数の人間、事象の完全なる未来予知を可能とする化け物は、誰もいない機械の空間で
観測できない。
知覚できない。
体の中に異物が入ったかのような違和感。
千寿夏世も己が完璧な未来予知を可能とするなど微塵も考えていない。あくまで起こり得る可能性を、選択を、無数の枝を圧し折り、確率が高いと選んだだけなのだ。何より初めて使うこの力を信頼しろと言う方が無理があると思うが、これは脳として、彼女自身にしか分からない全能感で、この力の可能性を理解しているのだ。理解したが為にどうしても解せない。
何故――――――
何故、操作し、導き、最善で最高の未来予知を可能とする『システム』に
これが完璧な、混じり気のない唯の機械で出来ていたのなら。入力すればそこから100%正確な未来を一つだけ啓示する。そこに人が混じれば、戸惑い、思い、感情、決して精密な判断を下す機械に混じってはいけない人の『心』が介入してしまう。
これはとんだ欠陥兵器だ。
機械による精密で正確な計算も、人が介入すれば歪められてしまう。いくら高度な演算処理が可能なドルフィンの脳だからと言って感情が無い分けではないのだ。現に二百五十二パターンから絞り込めない。空白の情報のせいもあるが、千寿夏世が居なければそれすら想定してこの超高度並列演算処理器は一つの正確な未来を選び取るのではないのか?
そう思うが故に、再度計算する。
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し――――――再計算する。
その度に、脳は最適化されていく。コツを掴んで来たというべきか。どうすればよいのか段々と分かってくる。だけど、空白は止まらない。東京エリアを蠢く空白は予測が出来ない。百パターンまで絞り込めたが、この空白はその百パターンのいずれもの予測を越えて想定外の未来に導く恐れがある。
恐れ。
恐怖。
焦り。
不安。
緊張。
心が落ち着かない。
あぁ、百三十二パターンに増えてしまった。
人は感情と考えで視野を狭める。
私はまだ、全体を見通していないのではないのか?
分からない。
分からない。
分からない。
私の大切な人たちが全員生き残るにはどうすればいい?
あぁ、二百パターンに増えてしまった。
千寿夏世は恐れる。東京エリアの全てを知覚できる全能感を持ってしまった故の先の分からない恐怖に。感情の渦が少女を苦しめる。焦れば焦るほど、人としての感情を捨てきれない限り100%の未来は訪れない。
故に、捨てられない。
それは、あの人の思いを、この
また繰り返す。
思いの機微でパターンが減ったり増えたりするを繰り返す。
少女は一人、また繰り返す。
その様子を観測し、データを取っている一人の男は笑う。
――――――あぁ……やっぱり人間は最高だ。思いのほかこのアプローチはまあまあ成功かな?
東京エリアに空白を作りだしている男は、少女の葛藤に満足げに頷いた。
不死の猟犬、世界観が今まで読んだことのないものだったので新しいものをお探しならおススメです。アニメ化のせいで双星の陰陽師も全巻買ってしまいましたが、双星の陰陽師の覚醒した際などの武器などがエア・ギアに出てくる物にそっくりで、作者一緒かな?と一瞬疑ってしまいました。