もしもうちはイタチがナルトの兄だったら   作:パイマン

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【オサキ/尾裂】

 日本に伝わるキツネの憑き物のこと。
 那須野で滅んだ九尾の狐の金毛が飛んで霊となったものである。
 地方によってはイタチの雑種ともされている。


ナルトォ! お前は俺にとっての新たな光だ!

 ――輪廻転生。

 

 この理が真のものならば、死とは終わりではない。

 生者は全てかつての死者であり、死者はいずれ生者となるのだ。

 人は生まれ変わる。

 多くの者は、生まれ変わる以前に持っていたものを、新たな人生に持ち越すことはない。

 肉体はもちろん、記憶も、名前も、その因果もまた――。

 しかし、時として転生の輪は歪みを起こす。

 これは、一人の男に起こった『歪み』の話である。

 一人の男が死に、生まれ変わった後の話である。

 

 男の名は『うちはイタチ』

 うちは一族で稀代の天才忍者にして、うちはサスケの兄だった男。

 新たに生れ落ちた先で、彼は長子として――後に生まれる弟の兄としての立場を得ることになる。

 過酷で波乱に満ちた人生であった前世から持ち越したものは、『兄である』という因果と呼ぶには実に些細なものだった。

 しかし、そのたった一つの因果が来世においても彼を多くの動乱に呼び込むのだった。

 かつて、うちはサスケの兄であったイタチ。

 彼が輪廻し、転生した先での名前は『うずまきオサキ』

 うずまきナルトの兄である――。

 

 

 

 

 ナルトは歴代火影の顔岩に描かれた落書きを一人で消していた。

 学校は既に終わり、本来ならば生徒は家路に就いている時間帯である。

 それにも関わらず、こうして残って、一人で広大な岩壁を掃除させられているのだ。

 

 ――全くもって、同情の余地はない。落書きをしたのはナルト当人だからである。

 

 教師のイルカに見張られながら、ナルトはぶちぶちと文句を垂れていた。

 

「綺麗にするまで、家には帰さんからな」

 

 イルカが言った。

 

「別にいいよ……家に帰ったって、誰もいねーしよ!」

 

 ナルトが言い返す。

 しかし、イルカにはそれが強がりだと分かっていた。

 この馬鹿げた悪戯も、結局は寂しさを誤魔化す為にやっているのだ。

 幼稚な――などと一笑に伏すことは、イルカには出来なかった。

 実際に、ナルトは子供ではないか。

 最も愛情が必要な時期に両親は亡く、その境遇から同年代の子供達からも浮いてしまっている。

 何よりもイルカ自身が、ナルトの孤独を痛いほど理解出来るのだった。

 

「ナルト……」

 

 悩んだ末に、イルカは声を掛けた。

 悪戯の始末が済んだら、飯でもおごってやろう。ラーメンはナルトの大好物だ。

 イルカは、このどうにも手の掛かるやんちゃな生徒が嫌いではなかった。

 

「ま、なんだ……それを全部綺麗にしたら――」

「イルカ先生」

 

 不意に、背後から呼び掛けられた。

 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 イルカと似た忍者装束に額当てを着けた格好。

 何よりも、ここは高い岩壁に彫られた顔岩の上である。普通の人間が容易に辿り着ける場所ではない。

 男は、忍者だった。

 

「おおっ、オサキじゃないか!」

 

 見知った顔に、イルカは笑顔を浮かべた。

 

「何だ、任務から帰ってたのか?」

「ええ、つい先程戻りました。それで――」

「兄ちゃん!!?」

 

 頭上を見上げて、ナルトが驚いたような声を上げた。

 

「久しぶりだな、ナルト」

 

 騒がしいナルトに対して、年上の落ち着いた物腰をしている。

 性格も雰囲気もまるで似ていない。

 しかし、ナルトと同じ金髪と、顔付きには何処となく似た面影が見える。

 うずまきオサキ。

 彼は、うずまきナルトの実の兄であった。

 

「兄ちゃん! 帰ってきたんなら、言ってくれってばよ!」

 

 言葉とは裏腹に、ナルトは喜びを全身で表すように笑っていた。

 

「本当についさっき帰ってきたんだ。許せ」

 

 オサキの口元にも、分かるか分からないか程度の微笑が浮かんだ。

 普段は寡黙な彼がこうした柔らかな表情を浮かべるのは、イルカが知る限りではナルトの前だけである。

 兄の突然の帰還に、ナルトの方も先程の哀愁を感じる姿を吹き飛ばすように、元気にはしゃいでいる。

 イルカは、何故か自分まで嬉しくなった。

 他人が気遣うまでもなく、本当に必要な人間がナルトの傍に来てくれたのだ。

 

「それよりもナルト、話は聞いたぞ」

「う゛……っ!」

 

 言うまでもなく、悪戯の件である。

 教師がどれだけ叱っても悪びれる様子さえ見せなかったナルトが、この時ばかりは気まずそうに黙り込んだ。

 

「イルカ先生、弟がご迷惑をお掛けしました」

 

 オサキは深く頭を下げた。

 年上なのはイルカの方だが、忍者の格で言えばオサキの方が上である。

 イルカは恐縮して頭を掻いた。

 

「いやいや、オサキが頭を下げることなんかないぞ!」

「そうだってばよ! オレが悪いんだから、兄ちゃんがイルカ先生なんかに謝ることなんかねーってば!」

「そうだよ、まさにお前が悪いんだよ! 少しは反省しろ!」

 

 足元で騒ぐナルトを一喝してから、イルカはオサキに向き直った。

 

「すまんな。ナルトにはすぐに切り上げさせるから、少し待っていてくれ」

 

 保護者が迎えに来たのならば、家に帰さなければいけないだろう。

 何よりも、ナルトにとっては長期の任務で家から離れていた兄がようやく帰ってきたのである。

 イルカは二人を気遣ったつもりだったが、しかしオサキは静かに首を横に振った。

 

「いえ、ナルトにはこのまま残りを終わらせるまで続けさせてください」

「いや、しかし……」

「これは正当な罰です。仕出かした悪さの始末は、ナルト自身がつけねばなりません」

 

 淡々と告げるオサキの言葉には厳しさと、それ以上の優しさが感じられた。

 ナルトを想うからこその厳しさなのだ。

 

「……そうか。そうだな、その通りだ」

 

 イルカは自身の甘さを恥じた。

 

「――そういうワケだ、ナルト! さっさと落書きを消せ、兄貴が見てるぞ!」

「えー!? なんだよ、兄ちゃんはイルカ先生の味方すんのかぁ!?」

 

 不満そうなナルトを涼しげに見下ろしながら、オサキは言った。

 

「終わったらラーメンをおごってやるぞ?」

「マジで!? よーし! オレさ、がんばっちゃうから! 兄ちゃんはちょっと待ってて!!」

 

 途端にやる気になったナルトの現金さにイルカは呆れたようなため息を吐いた。

 しかし、次の瞬間驚きに目を見開いた。

 ナルトは吊るしていた作業用の足場から跳び出すと、壁に両足だけで貼り付いて、猛烈な勢いで落書きを消し始めたのだ。

 

「ありゃあ、チャクラによる吸着じゃないか。あいつ、いつの間にあんな技術を学んだんだ!?」

「ふむ。どうやら、修行の方はサボっていないようですね」

「やっぱり、オサキが教えたのか?」

「はい。任務に出掛ける前に基礎を教えて、あとは課題としていました」

「あいつ、それをずっと練習していたのか。……俺の授業もそれくらい熱心に受けてくれると嬉しいんだが」

「……本当に、お世話をかけます」

 

 肩を落とすイルカに、オサキはもう一度頭を下げた。

 

 

 

 

 食事を終えて、ラーメン屋を出た頃にはすっかり日も暮れていた。

 

「しっかし、食った途端寝るとは。豚になるぞ」

 

 イルカはオサキの背中で眠りこけているナルトの頬を突いた。

 ラーメンをおかわりまで平らげた後、そのまま突っ伏すように眠ってしまったのだ。

 

「疲れたんでしょう」

「原因は、やっぱり顔岩の掃除かな」

「岩壁に貼り付くのに、チャクラを消耗しすぎたようです。コントロールはまだまだみたいですね」

「初歩的な分身の術さえ出来ないのは、その大味さが原因かな? ったく、学ぶ順番がでたらめだぞ」

「やれば出来る奴だとは思いますがね」

 

 オサキのさりげない兄バカっぷりに、イルカは苦笑した。

 一見すると、本人の寡黙さも影響して弟への厳しさが目立つが、実のところオサキはナルトに対して相当甘いと感じていた。

 ナルトの方も、そんな兄に対して両親を知らない分まで甘えているように見える。

 よく出来た兄と手の掛かる弟。

 

「いい兄弟じゃないか」

 

 二人を見ていると、自然と笑みが浮かんでくる。

 もう少し若ければ、そこに『羨ましい』という思いも混ざってくるのかもしれない。

 いつの間にか見守るような立ち位置になっている自分に気がつき、『俺も歳を食ったかなァ』とイルカは一人頭を掻いた。

 

「イルカ先生。今日は、ありがとうございました」

「ラーメンの代金をまとめて払ったことか? 別にあんなの大した金額じゃないさ」

「それもありますが、ナルトを気に掛けてくれたことです」

 

 ナルトを背負ったオサキとイルカは、並んで夜道を歩いていた。

 イルカは思わずオサキの方を見たが、彼は真っ直ぐ前を向いたままだった。

 その横顔から、感情や真意を読み取ることは難しい。

 

「今日だけではなく、いつも。俺が不在の時に、何度もお世話になっています」

 

 今回、ナルトの悪戯の尻拭いをしたことだけではない。

 ひょっとしたら、オサキが来なければ自分がナルトにラーメンをおごってやろうとした、あの気遣いまで含めて言っているのではないかと思った。

 オサキには、そういった異様な察しの良さがある。

 

「律儀な奴だな。気にすんな!」

 

 イルカは妙な気恥ずかしさを誤魔化すように笑った。

 

「ナルトの奴も、イルカ先生には随分懐いているようです」

「そうかァ? 授業でもそれ以外でも憎まれ口ばっかりだぞ。まあ、叱ってばかりいる俺のせいなんだが」

「生徒のことを考えているからこそ叱るのでしょう。ナルトにも、そういった先生の想いが分かっているはずです」

「だといいがなァ」

「学校での出来事をよく話してくれますが、大抵はイルカ先生のことですよ」

「そ、そうか。そいつは、その……まあ嬉しいことだな。うん!」

 

 イルカは照れた顔を見られないように夜空を見上げた。

 それを分かっていたからこそ、オサキは前を見たまま話していた。

 お気遣いの紳士である。

 

「しかし、嬉しいことは嬉しいんだが……」

「何でしょう?」

「俺も気持ちを分かってくれてるんなら、悪戯自重して、授業も真面目に受けてくれると、もっと嬉しいんだがな」

「……すみません。その辺りは、もうこいつの性分のようでして」

「本当に、お前ら兄弟は似とらんなァ」

「すみません」

 

 やがて、別れ道に差し掛かった。

 ナルトとオサキの家は里の外れに建っている。

 

「それじゃあ、イルカ先生。今日はごちそうさまでした」

「おう! それと、ナルトには『明日は卒業試験だから忘れるな』って言っておいてくれ」

「はい。頑張れ、とも伝えておきます」

「バカ、余計なことは付け加えなくていいんだよ」

 

 そう言いながらもイルカは笑顔だった。

 

「それじゃ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 

 オサキが踵を返し、歩き去っていく。

 途中で背中のナルトがむずがり、オサキが背負い直すのが見えた。

 イルカはしばらくの間、その場に佇んだまま、遠くなる二人の背中を見送っていた。

 

「――明日は頑張れよ、ナルト。大好きな兄ちゃんの期待に応えてみせろよ?」

 

 

 

 

 忍者アカデミーの校門前では、何組もの親子が集まっていた。

 その顔は、皆一様に明るい。

 今日は卒業の日。

 おめでたい、祝いの日なのだ。

 卒業試験に合格した我が子を、両親は口々に褒め称える。

 そんな賑やかな光景を一人、ナルトは離れた位置で眺めていた。

 その表情は暗い。

 

「ねぇ、あの子……」

「『例の子』よ。一人だけ試験に落ちたらしいわ」

 

 二人の母親が、ナルトを蔑んだ目で見ながら話していた。

 

「フン! いい気味だわ……」

「あんなのが忍になったら大変よ」

 

 陰口にしては大きすぎる声は、当然のようにナルトにも聞こえている。

 他人の悪意も、蔑みも、ナルトにとってはもう慣れたものである。

 それでも、平気なわけではない。

 何よりも『卒業出来なかった』という揺るがしようのない事実が、一番辛かった。

 

「――ナルト」

 

 俯いていたナルトの耳に、一番聞きたくて、だけど一番聞きたくない声が聞こえた。

 落とした視界に、兄の両足が映る。

 しかし、顔を上げることが出来なかった。

 

「試験、落ちたそうだな」

「……うん。ごめん」

「何故、謝る?」

「だって……」

 

 ナルトが言葉を続けるまでもなく、答えは周囲にあった。

 オサキが現れた途端に止んだ陰口。

 もちろん、オサキがナルトに向けられる様々な悪感情に気付いていないはずがない。

 しかし、兄であるオサキに向けられるそれは全く正反対のものだった。

 アカデミーを卒業したばかりの忍者の卵達は、オサキを偉大なる先達として憧れの目で眺め、その親達は敬意を払うことを惜しまない。

 木ノ葉の里でも有数の忍者である兄と、出来損ないの弟。

 うずまきオサキにとっての唯一の汚点は、兄の足を引っ張り続ける厄介者の弟――里の者達の評価はおおむねそういったものだった。

 ナルトはそれを知っている。

 知った上で、反論など出来ないと思い知ってしまっていた。

 オサキは背後の親子を一瞥したが、すぐにどうでもいいことのように視線をナルトへ戻した。

 

「ナルト。試験に落ちてしまった今のお前に、あれらの陰口に反論する資格はない」

 

 冷たく発せられた兄の言葉に、ナルトは肩を震わせた。

 

「そして、反論する必要もない」

 

 続いた言葉に、ナルトは思わず顔を上げた。

 オサキはナルトの瞳を見据えていた。

 蔑みはもちろん、怒りも憐れみもなく、ただ真摯に。

 真っ直ぐに。

 

「お前が今すべきことは、喚くことでもいじけることでもない。結果を出せない者が評価されないのは当然のことだ。ならば、今は耐え忍べ」

「耐え……忍ぶ?」

「そうだ。それが忍者としての第一歩だ」

 

 ナルトにとって、尊敬する兄の言葉はいつも掛け替えのないものだった。

 言葉少ない兄の一言一言が、いつも大切なことを教えてくれる。

 頭の悪い自分が、それでもなんとか理解しようと頑張れるのは、兄が自分の為を想って言ってくれているのだと分かっているからだ。

 しかし、その時のナルトは溢れる涙を堪えられなかった。

 悔しかった。

 悲しかった。

 心底嫌だった。

 

 ――おちこぼれの自分が。

 

「だけど……オレ、兄ちゃんに認めてもらいたくて……っ!」

 

 ナルトは顔をくしゃくしゃにしながら言った。

 

「オレは、兄ちゃんの足手纏いなんかじゃねぇって……言いたくて……!」

「……そうか」

 

 泣きじゃくる弟を前にして、オサキは表情を変えずに佇んでいた。

 しかし、彼をよく知る者ならば気付いただろう。

 鋼のような顔の下で、静かに、熱く燃えるものがあることを。

 

「今夜一杯までは、卒業試験の日だ」

 

 唐突な言葉に、ナルトは涙を拭いながら、不思議そうにオサキを見上げた。

 

「ついて来い、ナルト。お前には、試験合格確実のとっておきを教えてやる。かなりの詰め込み勉強になるがな」

 

 

 

 

「――だからといって、『影分身』とはのぅ」

 

 火影は渋い顔を浮かべた。

 暗に賛同しかねることを示した表情だったが、事務机を挟んで向かい合うオサキは眉一つ動かさない。

 まるで火影の判断の有無など問題にしていないかのようだった。

 

「オサキよ、分かっておると思うが『影分身』は禁術とされておる。熟練の忍でも扱いが難しい術じゃ」

「十分に理解しています」

「その上で、未だ下忍ですらないナルトに教えるというのか? 普通の分身の術では駄目なのか?」

「ナルトだからこそです」

 

 里のトップを前にして、オサキは真っ直ぐに見返しながら答えた。

 

「ナルトのチャクラは普通の人間とは違います。内部に封印された九尾のチャクラが、ナルト自身のチャクラに影響しているからです」

「ふむ……」

 

 機密情報をサラリと口にしたが、火影は気にした風もなくオサキの話に耳を傾けた。

 二人共、この程度の機密を重要視するような立場ではない。

 

「チャクラコントロールが未熟な部分を除いても、今のナルトは力を抑えるか開放するかの極端な加減しか出来ません。消耗の少ない基本的な忍術だからこそ、行使が難しい状態にあります」

「故に、影分身の術か」

「はい。使い方を誤れば消耗によって自滅する可能性のある術ですが、だからこそ力を持て余す今のナルトには適しています」

「しかし、危険な術であることに変わりはあるまい。コントロール出来るようになるまで、時間を掛けるわけにはいかんのか?」

「無理です」

「何故じゃ?」

「俺が見ていられないからです」

 

 オサキの返答に、火影は驚いて僅かに目を見開いた。

 うずまきオサキは上忍である。

 若くして木ノ葉でも有数の実力者であり、寡黙にして冷静沈着、人望もあって命令に忠実。その任務達成率は100%である。

 理想の忍とも評される彼が、しかしたった今口にした答えは純粋なまでの私情だったのだ。

 

「火影様。四代目火影が――父が、ナルトに九尾を封印した時のことを覚えていますか?」

「……うむ」

「父は、ナルトが里を救った英雄として見られることを望みました。しかし、現実は違った」

「……」

「そのことに対して、俺から何か言うつもりはありません。里への恨み言もない。俺は木ノ葉の忍として、最期までこの里の為に戦うつもりです」

「分かっておる」

「俺が犠牲になるのは構わない。しかし、ナルトは違う。ナルトには、自分の生き方を選ぶ権利がある」

「うぅむ」

「あいつの将来の夢は『歴代の火影を超える火影になること』です。周囲がナルトを英雄として見ないのならば、それで構わない。しかし、あいつ自身が努力によって英雄となるのを妨げることを、俺は決して了承出来ない」

 

 言葉とは裏腹に、オサキは激した様子もなく、直立不動のまま呼吸すら変化していなかった。

 普段通りの落ち着いた物腰である。

 しかし、言い知れぬ迫力がある。

 それは火影さえも密かに気圧されるほどのものだった。

 

 ――この歳でこれほどの威圧感。大したものじゃ。老骨に響くのぅ……。

 

 火影は戦慄しながらも、何処か嬉しさも感じていた。

 オサキの人柄はよく知っている。

 何よりも、これほどまでに弟を想う情の強さを好ましく捉えていた。

 

「……あい分かった。ならば、もはや何も言うまい」

 

 火影は観念したかのように、一つ頷いた。

 

「ならば――」

「うむ。影分身を教えることを許可しよう」

「ありがとうございます」

「考えてみれば、あの術を熟知しているおぬしならば教える側としてこれ以上の適役もおるまい。問題は起こらんじゃろう」

「はい」

「うむ。ならば、急ぎなさい。卒業試験は特例として明日受けられるようにしよう。時間は少ないが、その間に術の修行を――」

「いえ、それは問題ありません。既にナルトは合格しています」

「何ィ!?」

 

 あっさりと告げられた内容に、さすがの火影も驚愕した。

 

「影分身は既に教えました。イルカ先生の自宅を訪ねて術を見てもらい、卒業証明としての額当てを譲り受けています」

 

 全く悪びれもせずに、オサキは淡々と言った。

 詰まるところ、先程の問答は単なる事後承諾を取り付ける為のものだったのだ。

 あんぐりと口を開けたまま、火影は震えることしか出来なかった。

 

「しかし、そんな暇は……」

「それでは、夜分遅くに失礼致しました。おやすみなさい」

 

 そう言って、オサキは文字通りその場から姿を消した。

 何らかの術を使用したのではない。

 逆である。

 影分身の術を解いたのだ。

 本体は影分身の修行から試験まで、ずっとナルトの方に同行していたのである。

 

「……わしにも見抜けなんだ。本当に大した奴じゃ」

 

 取り残された火影は、脱力したように椅子に座り込んだのだった。

 

 

 

 

「えへへへ! 兄ちゃん、見て見て!」

「ああ、見てるさ」

 

 イルカから貰った額当てを見せびらかすナルトに、オサキは相槌を返した。

 先程から、家路を歩きながら何度もこんなやりとりを繰り返している。

 よほど嬉しいらしい。ナルトは終始ニヤニヤと笑っていた。

 

「イルカ先生、ビックリしてたってばよ。さっすが、兄ちゃんのとっておきの忍術だってば!」

「だが、やりすぎだったんじゃないか? さすがに千人に分身するとは思わなかったぞ。家を囲まれて、先生も困っていた」

「へっへっへぇ、これまで試験を落とされたお返しだってばよ」

「忍術を悪さに使うなら、お仕置きだからな」

「わ、分かってるってば」

 

 しっかりと釘を刺しておく。

 チャクラの吸着による壁歩きなどを悪戯に使用しなかったのは、この兄の恐ろしいお仕置きが待っているからだった。

 具体的にどんなお仕置きなのかナルトも経験したことはないが、想像だけで震え上がるような怖さがある。

 普段温厚な――周りから見れば寡黙な――兄が言うだけに、妙な凄みがあった。

 

「と……ところでさ、兄ちゃん。他に何か術教えてくんねーの?」

「他に?」

「そうそう、他のとっておき!」

 

 ナルトは期待に目を輝かせながら訊ねた。

 同年代の忍者には使える者がいない影分身の術を習得した喜びが強いのか、アカデミーで習っていない術に強い興味を抱いたようだった。

 加えて『尊敬する兄から特別な修行をつけてもらえる』ということが、何よりも嬉しいのだ。

 

「今のところは、影分身の術を極めることに集中しろ」

 

 しかし、オサキは素っ気無く答えた。

 

「えーっ!? オレってば、もう影分身使えるようになったじゃん!」

「使えるようになっただけで、錬度はまだまだだ」

「でも、千人に分身したんだぜ!?」

「無意味に数が多くても役には立たない。それに消耗が大きすぎる。このままじゃ、戦闘でもすぐバテて使い物にならないぞ」

「だけど、影分身に比べたら、普通の分身なんて今更覚えても意味ねーってば!」

「何事も基礎が大切だ」

「でもさ! でもさ――!」

 

 ナルトは尚も食い下がろうとしたが、オサキはそれをかわすように、顔の前に片手を差し出した。

 貰ってすぐに額に巻いた木ノ葉の額当てを、指で軽く小突く。

 

「許せ、ナルト。また今度だ」

 

 そう言って、小さく笑った。

 めったに表情を崩さない兄の笑顔に勢いを削がれ、ナルトは小突かれたおでこを押さえて、恥ずかしそうに目を逸らした。

 真っ暗だった夜空が、徐々に白んでいく。

 朝日が昇り始めた。

 明るく照らされる家までの帰路を、二人は肩を並べて歩いていた。

 




 ちなみに、この世界のうちはイタチも存在する設定です。
 サスケに会ったら、ナルトとの仲の良さを見せ付けられてドロドロの展開になっちゃう。
 加えて、イタチ本人に会ったら、Fateの某英霊のように同族嫌悪で殺し合い不可避。
 ちなみに一番困るのは大蛇丸さん。木ノ葉崩しどうやって成功させるねん、と。

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