IS 進化のその先へ   作:小坂井

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終盤となり、過去の小説を見直しましたが、はじめのうちは文章が拙くて見てて恥ずかしくなりました。
次回作を書くときはこんなことにならないようにしたいですね。


97話 星と月の対峙

戦いの原則は一対一の状況だろう。そこに味方がいればなおよい。一対多数が不利な状況であることなど小学生でもわかる。だが、どの分野でもどんな世界にもイレギュラーは常に存在する。これまでのどの(パターン)にも当てはまらず、動きが読めない未知の存在。

 

それは小倉雄星にも当てはまることだ。彼のこれまでの人生で誰かが自分の味方となってくれたことがあったか?手を貸してくれたことはあったか?そんな事など一度もなかった。戦うときは常に一対多数、味方もいない、友軍もいない。そんな状況で戦い続けていれば自然と一対多数を得意とする戦闘スタイルと成長していく。

 

それは自分1人が生きていれば良い戦場だ。

 

「エスト、お前は敵の中に切り込み、体勢を崩させろ。後処理はこちらでやる」

 

『了解』

 

互いの役目を確認すると、エストーーーいや、黒い装甲を纏った獣は銃撃の嵐の中を駆けていく。目の前には銃を持ち、弾丸を放ってくる集団。その中をかいくぐりながら突っ込んでいく。

喧嘩や戦いにおいて指揮となる人物を真っ先に倒すのは常識だ。最も秀でた者が倒されれば疑問が生じてくる。『あいつでも倒せなかった奴に自分は倒せるのか?』『これからどうしたらいい?誰の指示に従えばいい?』

 

それは極限状態の戦場では致命的な隙だ。そうやってパニック状態になっている者を1人ずつ確実に始末していけば良い。ポイントは殺している最中に既に次の獲物を決めていることだ。迷ったり、悩んでいる奴が真っ先に死ぬ。

ここでは合理的で無駄のない動きをしていかなくてはいけない。

 

「ひっ!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

狩人のごとく迫ってくる”ウルフ”に向かって発砲するが、その弾丸が命中するかどうか判断するよりも早く”ウルフ”は男の上にのしかかり、自慢の鋭い牙で喉元を掻っ切る。あまりにも残酷であっけなさすぎる死にその状況を目撃していた者たちは立ち尽くし、固まる。

 

その隙を雄星は見逃しはしない。正確にそして的確に急所となる部位にナイフの刃を突き刺して行動不能にしていく。まるで流れ作業のように素早くて無駄のない動きで次々と敵をなぎ倒していく。この飛行船に刀奈がいるため、大きな爆発物や武器は使えないが、イレギュラーで変則的な動きの雄星を相手は捉えることが出来るだろうか。

 

「がっ・・・」

 

最後の1人の喉をナイフで切り裂き、全滅したのを確かめると壁を破壊して中の電線を露出させる。

 

「エスト、この電線からこの飛行船の構造を読み込めるか?」

 

『やってみます』

 

電線を切断して、その断面を”ウルフ”の尻尾と接続させる。いくらこの飛行船の全体を覆っている回路だとしても、所詮はどこに続いているのかもわからない電線だ。無理かと思ったが、数十秒後ピピッと電子音が鳴り響き、全体マップが表示される。

 

『現在私達がいるのが後方デッキの最後尾である貨物輸送路と思われます。ターゲットがいると思われる場所は前方デッキの執務室。ですが、刀奈様の救出もあるため一回別れた方が効率がいいかもしれません』

 

探索は感知センサーを内蔵しているウルフ(エスト)のほうが得意だろう。手に入れたマップを手元の電子機器に移そうとしたとき、ふと気になる部屋を見つけた。

 

LABORATORY(実験室)?」

 

他の施設や設備とは比べものにならない程に巨大で厳重なロックの部屋に不信感を抱く。寄り道している時間などないことは承知しているが、どうしてもこの実験室でどのようなことが行われているのか確かめたかった。幸いにもロックは多少苦戦したが解除できたし、ここからそう遠くはない。

 

「エスト、実験室まで案内してくれ」

 

『了解しました』

 

薄暗い通路を1人と1匹が歩いて行く。十数分ほど警戒しながら歩いていくと、真っ白な巨大な扉にたどり着く。体が底冷えするような冷たい息を吐き、扉のロックを解除する。扉を開けると真っ白で明るい蛍光灯が目をくらます。

 

「っ!!」

 

数秒経って、ようやく目が慣れ始めて視界がはっきりとしてきたとき、衝撃的な光景を目の当たりする。

実験室のなかには巨大な培養液に満たされ、番号付けされた無数のカプセル。中には共通して10代後半と思われる同じ姿の白髪の知っている顔の少女が入っており、体中にチューブや電子パットが張り付けられている。

 

さらに床には瓶詰めされたように狭いカプセルに押し込められるかのように入っている少女が大勢いる。そこには悪魔と思える実験の光景が広がっていた。

 

『これは・・・・何なんですか・・・・?』

 

「彼女の・・・・クローンか?いや、だが、染色体のテロメアの反復構造に異常はない。これではまるで人じゃないか・・・・」

 

一見しただけだが、四肢に異常はなく肉体自体は健康そのものだ。だが、彼女達は人間ではない。本来は生まれ出るはずの命を彼女は作りだされたものなのだから。それは人間が踏み出してはいけない禁断の神の領域だ。

 

「変わっていない・・・・何も・・・・・」

 

虫のいい話だということはわかっている。それでも彼女のーーー姉の死によって自分は生き延びた。そして大切な人の命と引き換えにこの世界が何か変わったと信じていた。彼女は無駄死にではないと願っていた。だが、その結果がこれだ。

 

あの女はさらに業を重ね、こうして虚しい命を作りだした。

 

「っ!どうしてこんなことを!!」

 

大声で叫ぶと同時に、先ほど敵兵から奪い取った小型のマシンガンを引き抜き、この実験室の機材やカプセルを次々と破壊していく。響く銃声にガラスなどの破壊音、数十秒の掃射で弾倉が空になっても新たなマガジンに入れ替え、銃撃を続行していく。

 

すると偶然引火性の液体に命中したのか、爆風が起き炎が舞い上がる。それに反応する余裕もなく、マシンガンを投げ捨て、その場に座り込んでしまう。乱れた呼吸を整えようとしていると、目の前の炎の中で動く物体があった。それは

 

「あ・・・あぁ・・・」

 

雄星の銃弾と爆炎を免れた実験体の少女であった。同じ破壊者(ルットーレ)である雄星を仲間と認識しているのか、四つん這いになり全身から千切れたチューブや電子パットを張り付かせたまま赤子のように近寄ってくる。

 

「っ!」

 

瞬時に手元の拳銃を引き抜き、接近してくる少女の額に標準を定める。そのまま引き金を引こうとしたが、その指が寸前で止まる。自分にすり寄ってくるこの少女に愚かで馬鹿らしい情けの感情が芽生えてきたのだ。

 

(殺す必要なんてないんじゃないか・・・・?そうだ、この子を保護して育てればきっと・・・)

 

こうして改めて見ればわかる。この子には肉体があり、心がある。ならば殺す必要なんてない。この子にも生きる権利がある。

きっと幸せに生きることがーーー『甘いな』

 

そう聞こえた瞬間、自然と指先が引き金を引き、銃弾が放たれる。その弾丸は曲がるはずもなく、額に命中し、血を流しながら目の前の少女は静かに力尽きる。

 

ーーーーこいつを救ったところでお前はちゃんと育てることが出来るのか?

 

うるさい

 

ーーーーこんな化け物を救う暇があったら、目の前の人間(刀奈)を救え。

 

分かっている

 

ーーーーお前は織斑一夏に言ったよな?他人のために引き金を引けないのはただの偽善者だと。それを忘れるな。

 

「うるさい!黙れ!!」

 

頭の中のささやきを喝破するように大声を上げる。自分は大切な人を救うためにここに来た。それを忘れてはいけない。それに彼女は生きていてはいけない存在なのだ。ならば、せめて同類である自分に葬られるのがせめてもの情けだろう。

 

「迷うな・・・・悩むな・・・・」

 

わずかでも躊躇っていた心の弱さを完全に消し、非情な自分に戻る。それでも人としての自分の心を消しきれないのが皮肉なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスト、お前はこのまま刀奈さんの探索に入れ。邪魔者や障害となるものは排除して構わない。僕は執務室へ向かってターゲットを仕留める」

 

『分かりました。ではまた後で合流しましょう』

 

素早く返事をすると、黒い狼は暗い通路を駆けていった。

 

「また後で・・・・か・・・・」

 

別に勝つ自信がないわけではない。だが、またエストと会うことができるのか不安になってくる。相手は姉を殺し、自分という化け物を作った張本人だ。まあ、これが最後の別れにならないことを祈るとしよう。他人事のように思いつつ、前方デッキへ続く細い鉄橋を歩いて行く。

 

前方デッキと後方デッキのつなぎ目のため壁は取り払われており、上を見れば夜空が広がり、下を見れば夜の海が一面を覆いつくしている。その人間1人が通るほどの幅しかなく、手すりすらない危険な橋を渡っていると1人の人物が立ちはだかるように待ち構えていた。

 

フードを被っており、顔はよく見えない。身長は雄星と同じか少し高いぐらいだ。相手が何者かはわからないが、こうして目の前に立ちはだかるということは多分敵なのだろう。無言で銃を引き抜き、銃口を向ける。

 

「こちらは退いて下さいとお願いするつもりはない。だが、あえて警告はしよう。そこをどけ」

 

隠す気のない明確な殺意。それに臆することもなく目の前の人物は静かに佇んでいる。威嚇を兼ねて発砲でもしようかと引き金に指を掛けた時、ひどく懐かしいーーーーいや、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「雄星」

 

優しい女性の声。それと同時に吹いた強風がフードが吹き飛ばし、中から見覚えのある白髪と顔が晒される。その顔を雄星は忘れるはずがない。わずか数時間前に見た顔なのだから。

 

「ありがとう雄星、私を迎えに来てくれたのね?嬉しい・・・・」

 

まるで恋愛映画のヒロインのような笑顔を浮かべ、歩んでくる。そしてそのまま雄星を優しく抱きしめた。年相応の細い腕でもう離さないと言わんばかりに必死な行動だ。

 

「やっと会えた。ずっと待っていた苦痛がついに報われる・・・・私の希望・・・・」

 

「お姉ちゃん・・・・」

 

こういう時、そういう言葉をかけたらいいのだろうか。生憎、大切な人が蘇った経験はないため言葉が思いつかない。経験不足や知識不足もいいところだ。

 

「君はどうしてここに?」

 

「本当は部屋で待っていたんだけど・・・・待ちきれなくて来ちゃった」

 

えへっと可愛らしい笑みを浮かべると瑠奈は、雄星の指に自分の指を絡める。俗にいう恋人つなぎというものだ。そのまま手を引き、雄星を前方デッキへいざなっていく。

 

「こっちに私の部屋があるの。話したいことは山ほどあるけど、まずは一緒にお風呂に入りましょ。雄星、体を洗ってくれる?」

 

「うん、君の体の隅々までたっぷりと味合わせてもらおうかな」

 

「もう、エッチ!」

 

恥ずかしくも、嬉しそうな表情を浮かべた瞬間、雄星の口角が僅かに上がる。次の瞬間、繋がれていた手を振り払い、瑠奈の後方に回り込む。そのまま腕を首元に巻き付け、締め上げる。

 

「ぐっ!ゆ、雄星・・・・!?」

 

「今は急いでいてね。君のソープごっこに付き合うほど暇じゃない。悪いがここで消えてくれ」

 

耳元でそう囁き、大きくバランスを崩すと、瑠奈と共に飛行船から飛び降りる。高高度で飛行しているこの飛行船から生身で落下するなど自殺行為だ。だが、落下中に瑠奈を蹴り飛ばすと同時にヴァリアントを展開させ、飛び立つ。

 

「やはり、復活していたのか・・・・」

 

なんとなく予想はしていたが、こうして見てみると辛いものだ。このまま戦わずに終わればいいと思っていたが、生憎現実はそんなに甘くない。下方に広がるまっ黒な海、そこから近づいてくる1つの光源があった。

 

「雄星!」

 

「ちっ、しぶとい」

 

ズームカメラで見てみると、ヴァリアントと酷似した機体と大きな声で名を呼ばれる。見たことがない機体だが、見た目から推測するにヴァリアントと同じエクストリームの発展機だろう。面倒なものが出てきたものだ。

 

「なんであんなことをしたの!?危うく私は・・・・」

 

「死ぬところだった・・・と?」

 

殺意のこもった声で言い返すと同時にヴァリアントソードを引き抜き、剣先を向ける。

 

「いい加減察してくれよ。僕は君を殺そうとしたんだ。僕の手で僕の意志で」

 

「そ、そんな・・・・なんで・・・」

 

「既に君は死んでいる。僕が殺した。そんな死者がいつまでも今を生きている者の脚を引っ張るな」

 

愛しきものを殺そうとしたというのに、今のこの落ち着きは何なのだろうか。恐らく1人だったら、この状況では立ち止まっていただろう。だが、今はもう迷いはない。こんな自分の背中を押してくれた人がいた。『自分の仁儀を貫け』と。

 

「どうして信じてくれないの!?私よ!!あなたの姉の小倉瑠奈よ!」

 

「ごめん、心底どうでもいい」

 

必死な訴えすらもあしらわれ、闘志と殺意を目の前の少女に向ける。

 

「どうして・・・・なんで・・・・?」

 

想像していたのとは180度違う反応、そして冷たい言葉。こんなの違う、ありえない。雄星は自分の元へ戻ってくると、帰ってくるとレポティッツァは言っていた。だから、自分はこの屈辱的な生活に耐えてきたのだ。

 

「あっ、わかったわ。雄星、あなたはあの更識楯無に騙されているのね?安心して、私が始末しておいてあげるから、だから・・・・」

 

「黙れ、亡霊が。僕は救いたい人がいるからここに来た。それを邪魔するのならば、誰だろうと排除する」

 

「待って雄星、私はーーー」

 

その言葉が言い終わらないうちに、ヴァリアントを動かして瑠奈に切り込もうとするが、直前寸前のところでサーベルで防がれる。

 

「反応速度はいいようだね」

 

「雄星・・・・こうなったら仕方がないわ。再びあなたを私で満たしてあげる。さあ、おいで」

 

ようやく相手もその気になったらしく、大型のライフルと展開して戦闘準備に入る。この力は瑠奈のような人をーーーーあの悲劇をもう繰り返さないために求めた力だというのに、その力で瑠奈と戦うことになるとは皮肉なものだ。

 

「さあ、ヴァリアント。相手にとって不足はない。同じ人間を何度も殺すのは気が引けるがやろうか」

 

「この世界に流れる一筋の光。全ての希望の礎となる私のエクセリア。その力を示しなさい」

 

姿形が似ている青い機体と赤き機体。その2機がこの夜空の下でぶつかり合う。そこには互いに慈悲や遠慮などない。明確な殺意があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ今の揺れは・・・・?」

 

「多分、外で戦闘が起こっているんだろう。なに、この程度の振動では手術(・・)の支障にはならない」

 

白い手術着を着た男達が手術室のような部屋で、手術台に乗せられた1人の少女を取り囲んでいた。だが、男達の手元や周囲にはメスやハサミといった手術道具はなく、代わりに得体の知れない液体に満ちた試験管や注射器が揃えられていた。

 

「いいんですか、この女に数少ない()を使っても?」

 

「この女の肉体を使えとお嬢様からの命令だ。それにたとえ、こいつが耐えられなくて死んだとしても、なんらかのヒントにはなるだろう」

 

吐き捨てるような口調で言うと、手元の試験管をタプタプと揺らす。中には極小の小さな卵のような物体が沈んでいる。これはただの種ではない。これは世界をーーーいや、全てを覆す可能性を持った究極の生命の源だ。

 

「いいか、失敗は許されない。成功を第一にやるぞ」

 

「わかりました、では麻酔を打つます」

 

天井に付けられている大型の照明が点灯し、準備が整う。

 

「心拍数、血糖値、脳波共に異常なし」

 

「では始めるぞ」

 

その言葉を合図に禁断の手術が幕を開けた。過ちとわかっていても人間は他者を蹴落とし、貶める。本当に人はどこまでも愚かで救いがたい生き物だ。




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