IS 進化のその先へ   作:小坂井

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94話 孤独な戦場

生物には必ず死が訪れる。それが世界のーーーいや、宇宙の真理だ。だが、もし死んだ者と再び対面したとき、双方に残るものは何だろうか。

死した者と言葉を交わしたことによって生じた迷いだろうか、それとも後悔から生じる悔いだろうか。

 

そんな後ろ向きの感情のなかで、稀に決意が生じることがある。今は亡き故人による言葉で己の覚悟を奮い立たせ、迷いを断ち切り、前へ進むための新たな一歩となる。

それは前を見ていただけでは得られない。過去を振り返り、自分を見ることで得られる感情だ。

 

「少し大きくなった?」

 

「・・・・僕の体は成長しないって知っているだろ?」

 

「あ、ご、ごめんね。忘れてた・・・・」

 

お詫びといわんばかりに瑠奈が頭を撫でてくる。優しく、心地よい感覚に目を細める。これが電脳世界だということは知っている。だが、目の前にいる姉はそこまでも懐かしく、優しいものだ。それを味わっているうちに全てがどうでもよくなってしまう。

 

そうやって現実から目を逸らすことが愚行だとはわかっている。だからこそ、この誘惑を断ち切れずにいる。

 

「迷っているの?雄星」

 

「っ・・・・迷っている?僕が・・・・」

 

「そう、顔に出ているわよ?(瑠奈)大切な人(更識刀奈)どっちに手を差し出せばいいのかって」

 

「そう・・・かな・・・・」

 

最愛の姉が目の前にいて警戒心がなくなり、感情的になってしまったからか、自分でも知らない内に思っていることが出てしまったらしい。

 

「せっかく雄星のことを知ってくれた人なのに、見捨てていいの?」

 

「・・・・・・」

 

そんなこと分かっている。刀奈や簪はこんな自分を救い、必要としてくれた人だと。だが、それは瑠奈も同じだ。あの冷たくて寂しい孤児院で名前をくれて、家族になってくれた。恩人などでは到底言い表せないほどの大きすぎる存在だ。

 

だが、そんな瑠奈に自分が出来たことは何なのだろうか?何一つ恩を返すことすらできず、こんな自分のために瑠奈はつらく、悲しい死を迎えた。目の前にいるのが彼女の亡霊だとすれば、この身が消えるまで近くにいてあげることが償いではないのだろうか。

 

「雄星、私はもう死んでいるのよ?いい加減に私の亡骸を背負って生きていくのはやめなさい」

 

「それが僕の償いだ」

 

「ここで立ち止まっていても何も変わらないわ。それに現実のあなたの肉体はどうなるの?」

 

「ならば、君が使ってくれ。もう僕には必要ない」

 

「雄星っ!!しっかりしなさい!!」

 

いつまでも古き者に囚われ、前へ踏み出せないでいる雄星を激しく喝破する。別に怒っているわけではない、彼にこんな偽りの電脳世界で立ち止まっていて欲しくない。既に肉体は失われ、この世界から消え去った自分に対し、彼はーーー雄星は自分の意志を継ぎ、生き続けなくてはならない。

 

「迎えに行きなさい、あなたの大切な人を。それが雄星にやるべきことよ。自分の仁義を貫きなさい」

 

「でも、どこに・・・・」

 

「今から3時間後に太平洋の東経150、北緯20に大型の飛行船が通過するわ。そこに更識楯無さんがいる。そして・・・・あなたが決着をつけるべき相手も」

 

『決着をつけるべき相手』それだけで瞬時に理解する。あの女は刀奈を餌に自分を誘っているのだ。そんな単純で明白な罠の中に飛び込むなど、無謀もいいところだ。だが、それ以上に迷いがある。こんな場所に彼女を1人で残していってもいいのだろうか?

 

ここで自分が行ってしまったら、瑠奈はまた独りぼっちになってしまう。1人は嫌だ、冷たくて悲しくて苦しい。しかも、誰も理解者がいない。誰にもわかってもらえない、誰にも理解してくれない。

自分のためにここまで苦しんでくれていることが嬉しいと思う反面、悲しくも思う。だが、それも終わりだ。ここで自分と雄星の因果は断ち切る。

 

「自分のやるべきことをやり、もう悔いや心残りがないと思ったのならば、戻っておいで。私はずっと待っているから・・・・・」

 

「・・・・わかったよ。行ってくる」

 

姉のーーー瑠奈のいうことならば、拒否することは出来ない。若干ふてくされながら、素気のない返事をする。こんな優柔不断な自分に嫌悪してくるが、これも1つのきっかけなのかもしれない。

 

「雄星」

 

そんな雄星すらも愛でるように瑠奈は抱きしめる。あれほどの人の歪みや狂気を見てきたというのに、変わらずにいてくれた。それが嬉しいと同時に誇りに思う。

 

「私の心も体も命も全てあなたに捧げる。だから、迷いや戸惑いは全てここに置いていきなさい。そんなものを抱えて勝てる相手じゃないわ」

 

「君がやれというのならば、僕はーーーいや、僕たち(・・・)はやり遂げる。・・・・やるよ」

 

「ふふっ、素直な雄星にはご褒美(・・・)をあげないとね」

 

「ご褒美?」

 

「それは戻ってみればわかるわ。ほら、行ってらっしゃい」

 

そのあまりにも軽くて、単純な言葉を最後に瑠奈の姿が光の粒子となって消えていく。もっと瑠奈と話していたかったが、答えは得た。再び歩み始めることが出来る大切な答えが。

 

「面白くなってきたな・・・・そうだろ?破壊者(ルットーレ)

 

月光が照らす誰もいない草原でそうつぶやくと同時に、意識が少しずつ薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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目が見えるよりも先に、閉鎖的で息苦しい空気の香りが鼻腔をくすぐった。奇妙な感覚だ。意識だけがあの電脳世界に囚われていたはずなのに、こうして肉体に意識が戻ればあの電脳世界以上に窮屈な気分になる。

 

「とりあえず・・・準備だ・・・・」

 

オペレーションルームを出るために立ち上がり、出口へ向かっていく。

 

「おっとっ」

 

その道中、不意に脚の力が抜け転びそうになったところを左手で受け身をとる(・・・・・・・・・)

 

「・・・・えっ!?」

 

その時、自らの体に起こっている異変に気付く。臨海学校で福音により、切り落とされた左腕。それがなぜか再生していた。

慌てて袖をめくってみても、同じように皮膚によって覆われている左腕があった。

 

痛みや痒みなどの感覚がある、脳から発せられる指令で筋肉が動く。自分の意志によって自由に動く、それは紛れもなく普通の腕だ。

さらに義足もいつの間にか消え去り、両脚も再生している。繋いだ手術跡や縫合跡などなく、ありのままの姿だ。

 

「・・・・ご褒美ってこれか・・・・すごいよお姉ちゃん」

 

『雄星』

 

自由となった四肢に呆けている雄星にどこか感情を感じられるエストが姿を現す。

 

『日本政府とレポティッツァとの交渉は先ほど決裂しました。IS学園生徒会長更識楯無と小倉瑠奈の交換交渉を政府は拒否。テロリストと取引する気はないとのことです』

 

まあ、ある意味当然の反応だろう。世界で希少の存在である男性操縦者である小倉瑠奈とISを手に入れるため、自由国籍権で国籍を変えた尻軽女である楯無。どちらを取るかなど目に見えている。だが、雄星は日本政府の交渉材料になった覚えなどない。

 

『拒否の意志を示したと同時に、政府は学園に小倉瑠奈の拘束命令を発令。既に学園の周辺は専用機持ちと政府のIS部隊が展開しています』

 

「交渉材料である僕を手元に置いておきたいわけか・・・・仕方がないな。エスト、衛星軌道上に待機させてあるヴァリアント・サーフェイスを降下させろ。その機体の性能を利用してこの包囲網を突破する」

 

『私の機体も降下させます。援護させてください』

 

「必要ない。これは僕の問題だ。お前が口を出すことじゃない」

 

『もう手遅れです。既にヴァリアント・サーフェイスとミスティック・フェイズは出撃カタパルトに移動しました』

 

「・・・・人の話を聞けよ」

 

ここまで強情で強引だと、怒る気すら起きてこない。とりあえず、装備を整えるために自室へ向かっていく。その時の目には既に迷いは消え失せ、1人の戦士としての闘志が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の誰もいない部屋でゴソゴソと物音が響く。部屋の中では雄星は既に着替えを終え、少し変わった服装を身に纏っていた。

下はどこでも売っているようなジーンズだが、右太ももにはナイフのホルスターが装備され、左太ももには一丁の黒光りしている拳銃のホルスターがつけられている。

 

さらに上半身のトレーニングフェアのような素材のシャツの左胸には小型のナイフ、右胸にはマガジンが収められているホルスターがぶら下がっている。

体中にナイフや銃といった凶器が装備されている明らかに異常な恰好をしていた。

 

銃やナイフに続いて床に置いてある防弾アーマーに手を伸ばそうとしたとき

 

「何をしている?」

 

いつの間にか千冬が部屋の入り口に立っていた。横目でそれを確認するが、返事もせずに、アーマーのバックルを回し、胴体に装備させる。

そのまま部屋を出ていこうとするが、千冬が雄星の肩を掴んだ。

 

「どこへ行くつもりだ?」

 

「聞いてどうする?」

 

「現在、学園は政府の取り調べのため生徒や教員の外出は禁じられている。お前には取り調べのために私と同行してもらう」

 

「今は忙しくて付き合ってられない。勝手にやってろ」

 

自分勝手で高慢な対応に肩を掴んでいる千冬の手に力が入る。怒りではない、ここで彼を止めなくてはいけないという義務に体が強張っているのだ。

 

「我ながら笑えてくる。いつまでこんな鳥かごの中で居座り、ズルズルと過去からの因縁をぶら下げて生きているんだか・・・くくっ・・・」

 

口角が上がり、低い声で笑い声が溢れる。笑顔を浮かべているはずなのに、その顔と声は何ともいえない冷たさや冷徹さが混じったものだった。

 

「あんたには感謝しているよ。こうしてけじめをつける絶好の機会を与えてくれたからね」

 

「もう過去に囚われて戦うのはやめろ!そんなことをしても何も戻りはしないっ!!」

 

レポティッツァを倒し、存在理由であるISを滅ぼしたところで、その果ての世界のどこに彼の幸せがあるのだろうか。何も戻らず、何も取り戻せず、結局は皆戦いによって傷つくだけだ。一見すれば、千冬の言っていることは正しいように思えるが、それは痛みを知らない者の発言だ。

 

愛しき者を奪われ、人ならざる者の体にされ、望まぬ力を与えられて戦いでしか生きることが出来なくなった。そんな者の心を誰が理解し、癒してあげられるのだろうか。

 

「僕に意見するんだったら、あんたも大切な家族を失ってからにしな。愛しき者を失う苦しみや痛みを知らない人間が意見するなど、おこがましいぞ織斑千冬」

 

「世の中全てがお前の思い通りにならないことはわかっているはずだ。お前はもう十分すぎるほど痛みや苦しみを味わった。もうお前はこれ以上戦うべきじゃない」

 

「僕は僕の信じる物のために戦い続けるだけだ。そのせいで世界から疎まれ、憎まれ、罰を受けたとしても後悔や悔いなどないさ。----やっぱり重くて邪魔だな。置いていくか」

 

胴体に装備させてあるアーマーを乱暴に脱ぎ捨てると、そのまま千冬の手を振り払い、人気のない廊下を歩いて行った。

その光景を千冬は物悲しい目で見送っていく。

 

自分はこの学園を守ることに没頭しすぎて、分かり合えるはずの彼の心と触れ合うのを怠っていた。これは紛れもなく千冬のミスだ。そしてまた、こうして彼が戦場へ向かっていくのを止められないでいる。

結局は皆同じなのだ。セシリア、千冬、エスト、簪、そして刀奈。誰もが彼の幸せを願い、誰もが彼の幸福を望んでいる。

 

皆、彼と向かう場所も道も同じだというのに、それなのになぜ誰一人交わることなくこうしてすれ違っていくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日が沈み、周囲が暗闇に包まれたIS学園。その学園の周囲を取り囲む多数の機体があった。

政府のIS部隊に簪と楯無意外の専用機持ち。30機近くのISが学園を中心に包囲網を囲っている。本来、どの国も干渉することが出来ない学園にこうして部隊が介入しているには大きな理由がある。

 

「っ・・・こんなことって・・・・」

 

目の前に表示されている文に専用機の面子は声を漏らす。自分たちがここに居る理由、それは瑠奈の拘束命令の補助をするためだった。日本政府は瑠奈に数時間前、亡国企業(ファントム・タスク)に関与しているとの容疑をかけ、部隊を送ってきた。

 

学園としては日本政府の介入を拒むことはできたのだが、そうした場合、学園が瑠奈を庇っていると思われかねない。苦渋の決断の末に、専用機持ちを出撃させ、瑠奈の捕獲に尽力することとなった。

 

「やっぱり、こんなことおかしいですよ!!瑠奈が俺たちを裏切っていただなんて!!」

 

「それは対象から聞き出せばわかることだ。今は作戦中だ、集中しろ」

 

感情的になっている一夏に対し、政府のIS部隊の隊長と思われる女性が冷静に正論を返す。時間を見れば、午後の10時半を回ったところだ。そろそろ学園に突撃部隊が突入し、ターゲットの捕獲が完了しているはずだ。通信を開き、突撃部隊と連絡を取る。

 

(アルファー)チーム、私だ。ターゲットの捕獲は完了したか?」

 

『た、隊長、それが・・・ターゲットの姿がありません!!』

 

「どういうことだ!?数十分前までは確認したはずだろう?」

 

『わ、わかりません・・・寮にも施設にもどこにも姿がありません・・・・」

 

「どうなっている?いったいーーーー」

 

瞬間、闇に包まれている空が一瞬キラリと煌めく。その刹那、空から一筋の射撃が隊長のラファール・リヴァイブが持っていたアサルトライフルを貫く。

 

「な、なんだ!?」

 

突然の攻撃に続き、見慣れた機体が上空から急降下してくる。赤と白のカラーリングが施された人型の機体、上半身には赤い重量装甲が装着され、それぞれの両肩後方には筒状の兵器が装備されている。だが、所々の部位の装甲は破壊され、露わとなっている人間の骨格のような内部フレームを覆い隠すように、その部分にはマントが装着されていた。

 

多少外見は違っていたが、攻撃した機体は紛れもなく瑠奈が操るエクリプスであった。

 

「る、瑠奈・・・・!」

 

「小倉瑠奈っ!武器を捨て、降伏しろ!!」

 

攻撃を受け、警戒状態となった政府のIS部隊がエクリプスの周囲を取り囲み、一斉に銃口を向ける。

 

「お前を拘束する!!武器を捨て、我々の指示に従ってもらうぞ!」

 

「馬鹿かあんたら。あんたたちと交渉する気があるならば、初めから攻撃などしてない」

 

上等と言った様子でガチャッと両腕のバスターライフルの金属音を鳴らし、敵対心を露わにする。瑠奈と敵対することは想定内だったのか、政府のIS部隊は素早くエクリプスの周囲を取り囲む。

 

「みなさん、やめてください!!」

 

いつ戦闘が始まってもおかしくない緊張状態を悲観するようにセシリアのブルー・ティアーズが割って入る。

 

「瑠奈さん、あなたがわたくしたちを裏切っていたというのは本当なのですかっ!?」

 

「君がそれを知ったところで、どう足掻いてもこの戦いは回避できない。いい加減覚悟を決めたら?」

 

「お願いです!答えてください!」

 

自分の質問をあしらわれ、軽口を飛ばされる始末だが怯むことなく問い続ける。そこには、入学当時からの付き合いと、自分を強くしてくれたことに対する信頼と一種の愛に似た思いがあった。

 

「別に君たちと同盟を結んだ覚えもなければ、手を組んだ覚えもない。互いに利用し、利用される。そして私にとって、もはや君たちに利用価値はなくなった。それだけの話だ」

 

「・・・・楯無さんを助けに行くおつもりですか?」

 

「ほう?」

 

思ったよりも鋭い推理にわずかばかり目を見開いて驚く。

 

「わたくしも手伝わせてください!必ず役に立って見せます!」

 

「君が私を下手に庇うと、君も共犯者だと思われる可能性があるよ。くだらないことで意固地になるよりも、この状況をうまく立ち回った方が君にとって得が大きいはずさ」

 

「で、ですがーーー「もう遅い」」

 

セシリアの説得を冷たく吐き捨て、エクリプスの胸部、腰部、そして背後の強襲用オプションパックのハッチが一斉に開いたと同時に、大量のミサイルが発射され、セシリアに向かっていく。

 

「る、瑠奈さん・・・・」

 

「セシリア危ない!!」

 

あまりにも非情な答えに動揺して動けないでいるセシリアを向かっていくミサイル群を、二丁拳のアサルトライフルを握ったシャルロットと鈴の衝撃砲が撃ち落す。

 

「セシリア、悪いけど交渉は決裂よ。瑠奈を止めるわ」

 

「で、ですが・・・・」

 

「悪いけど、相手はあの瑠奈だよ?手加減したり、迷いながら戦える相手じゃないことはセシリアも知っているはずだよね?」

 

目の前の避けられない戦いを受けとめ、手元のライフルを瑠奈に向ける。他の専用機持ち達も自分と戦うことに対しての迷いはない様だ。

 

(よし、いい子だ・・・・)

 

大勢の人間から向けられる殺意すらも、内心ほくそ笑みながら戦うこの状況を無邪気な心で楽しんでいく。理解者や仲間などいないこの孤独な戦場に再び戻ってきた。退職と戦場への復帰祝いだ。存分に楽しませてもらうとしよう。

 

それから数秒後、学園の夜空に多数の閃光と爆発音が響いた。

 

 




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