IS 進化のその先へ   作:小坂井

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93話 再会

「それにしても、2人とも目を覚まさないけど、大丈夫なの?」

 

システムから解放された鈴が横たわる一夏と瑠奈を見下ろしながら、心配そうにため息を吐く。一夏と瑠奈の活躍により、専用機持ち全員が無事に戻ってこれたはいいが、いつまでたっても2人は目覚めることなく、意識不明の状態が続いていた。

 

「もしかして、また別の罠にかかったのでは?」

 

「それはない。システム事態は既に解放されている。恐らく何かの不都合があったのだろう」

 

ディスプレイをいじりながら千冬と真耶が合流するが、状況は一向に好転しない。一夏はともかく、あの瑠奈が敵の手中に囚われるようなドジを踏むとは思えない。だとすると、なぜ彼の意識は戻ってこないのだろうか。

 

「ん・・・・うぅぅ・・・」

 

すると、頭を押さえながら一夏がゆっくりと起き上がる。

 

「一夏っ!あんた大丈夫!?」

 

「あ、ああ・・・なんとかな・・・」

 

心配した鈴が近寄るが、一夏は軽く苦笑いをした返す。どうやら脳や意識に障害が残っている様子はなく、無事帰還できたようだ。となれば、残った問題は1つだけ。そしてその問題もほどなくして解決する。

 

「やっぱり自分を解剖するというのは嫌だな。不気味さで胃が震えてくる・・・・」

 

瑠奈がゆっくりと起き上がる。だが、顔面蒼白と言った様子で腹部をさすっている。心配そうに駆け寄るが、意識に障害が残っている様子はない。どうやら、何とか皆無事に戻ってこれたようだ。ひとまず安心できたのか、教師である千冬や真耶に笑みが浮かぶ。

 

「瑠奈、大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫。たっく、何が悲しくて自分と瓜二つの体の腹部を切り裂かなきゃいけないんだよ・・・・」

 

ぶつぶつと愚痴のように呟いていたが、途中で大切なことを思いだして目を大きく見開く。

 

「ああ、そういえば楯無さんはどこにいるんだ?道中会わなかったけど・・・・別の場所で警備でもしているのか?」

 

「え?」

 

外部勢力は既に掃討し終わり学園のシステムは復旧しつつある。そうなれば、楯無の防衛任務は終了し、自分達と合流しているはずだ。なのに、姿はおろか連絡すらない。

自分の質問の返答に困っている簪を見て、最悪の状況が脳裏をよぎる。もしかして、連絡しないのではなく、連絡できない状況だとしたら。

 

「まさかな・・・・」

 

彼女が強いことは知っている。だから、あり得ないと否定するのは簡単だ。だが、99%の確信に対して1%の疑惑がある。

 

「今回の作戦の指揮をとったのは誰だ?」

 

「え?織斑先生だけど・・・・」

 

「っ!」

 

その時、音が聞こえた。雄星と千冬、この2人を繋いでいた最後の糸が切れた音が。最後の最後まで自分の意見や言葉が伝わらなかったことに対する内心からこみ上げてくる怒り。それを抑え、静かに髪をかき上げ、深呼吸をする。

ひとまず今はこの件の後始末が先決だ。それをするためにオペレーションルームを出ていこうとするが、それを真耶が慌てた様子で止める。

 

「小倉さん、至急この後に取り調べをするため、生徒指導室に来てもらいたいのですが!」

 

「この後大事な用件があるんです。行かせてください」

 

「ダメです、これは政府にも連絡する大切なーーーうぐっ!!」

 

そこまで言ったところで、瑠奈が真耶の腹部にひじ打ちをめり込ませて黙らせる。その強烈な一撃に地面に蹲って動けなくなり、苦しそうなうめき声をあげている真耶に一瞥することなく、瑠奈はオペレーションルームを出て行った。

その一方的で傍若無人な態度はまるで、昔の彼の様だ。

 

何も信じず、誰も頼らず、信じられるのは自分自身のみ。その孤独で冷たい心が今確かに蘇った。そしてその軽蔑の表情はここにいる者たちが彼を繋いでいた何かの静かな崩壊を表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、任務は完了しました。これから戻ります・・・・」

 

とある無人の公園のテーブルに少女は座っていた。銀色の長い髪に、それを両側に結んでいる2つの黒い髪飾り、そして金色に染められた異色の双眸。

クロエ・クロニクル、それが少女の名前であった。

 

(任務は完了・・・・ここから離れなくては・・・・)

 

手元の冷めきったカフェオレを置き、立ち上がった時

 

「っ!きゃっ!!」

 

突然、後方から背中を蹴り飛ばされ、前方に倒れこむ。そのまま間髪入れずに、クロエの体に何者かがのしかかり、身動きが取れなくなる。

当然ながら、周囲の気配には気を配っていたし、常に警戒も怠らなかった。それなのに、自分の不意を突いてくる者など1人しかいない。それはーーーー

 

「随分と楽しんだようじゃないか。どうせなら最後まで楽しんでいけよ」

 

「こ、小倉雄星・・・・」

 

不気味な笑みを浮かべている雄星をクロエは睨み付ける。学園で発見した『分離世界(ワールド・パージ)』の端末。それを彼はたった1人で解析し、こうして自分の居場所にたどり着いた。

既に死んでいる動作プログラムから自分の居場所をここまで正確に割り出すとは、恐ろしい技術力だ。

 

「クロエ、こうして君と会うのは学園のパンフレットを受け取った日以来かな?それを含めて、君には随分と世話になった」

 

「ぐっ・・・うぅぅ・・・」

 

普段と変わらない口調だが、腹部や手首は強靭な力で抑え込まれ、苦痛な声が口から洩れる。自分より小さな少女を一方的に暴行を加えているわけだが、それに対して雄星は罪悪感も背徳感も感じない。今の彼に常人の倫理や情けを期待することが間違っているのだ。

ただ、自分の守るべき場所を攻撃してきたのがこの少女であった。それだけの話だ。

 

「さてと、それじゃあ喋ってもらおうか。IS学園の生徒会長、更識楯無はどこだ?」

 

「し、知らない・・・・・ゔあぁぁっ!」

 

喋らないと否や、素早くクロエの右脚に小型ナイフを突き刺す。クロエの白くて細い脚が血で染まっていくが、眉1つ動かさずに雄星はクロエの額を掴み、地面に叩きつける。

 

「知らないってことはないだろう。お前たちの襲撃で彼女は行方不明になった。お前たちが連れ去ったか、手を組んでいた別の組織が連れ去ったか。どっちにしろお前たちは何か知っているはずだ」

 

「ぐっ・・・あ゛っ・・・あ゛あ゛ぁぁぁ・・・」

 

右脚に突き刺しているナイフを左右に動かし、クロエの脚の筋肉を抉っていく。そのたびに傷口から血が噴き出し、地面に小さな血だまりが出来ていく。

 

「ほらほら、早く喋らないと出血多量で死ぬぞ。死ぬ最後の光景がこんな気味の悪い人間もどきの顔なんて嫌だろ?」

 

「わ、私に・・・こんなことをすれば、束様が黙っていない・・・」

 

「ほざけ。僕が憎いのならば、保護者である束などに頼らずに自分自身で殺しに来い。もっとも、ここで喋らなかったら、その野望も消えるわけだがな」

 

「っ!」

 

その冷静な言葉に、背筋が凍り付く。本気だ、彼はこのまま自分を殺すことを本気で考えている。このまま何も話さなかったら自分は彼に殺される。何もかもが混乱しているこの状況で、不思議と確かな確信があった。

 

「こ、これを・・・・」

 

痛みで震える体に力を入れ、1枚の血で汚れているマイクロチップを突き出す。

 

「こ、これに・・・・あなたの知りたい情報が・・・・ある・・・・」

 

「オペレーションルームで使う電脳ダイブ型起動メモリーか。どうやら、ダミーということはなさそうだな」

 

「うっ!」

 

マイクロチップを奪うと、素早くナイフを引き抜き、クロエの体の上から退く。そのままクロエに背を向けて、1人歩き出す。

 

(やるなら、今しかない・・・・)

 

手元のステッキから細い剣を抜刀すると、血が噴き出す右脚を庇いながら、無防備な雄星の背中に向かっていく。今の彼は完全に自分を見ていない。いける。

内心、ほくそ笑みながら刃を雄星の背中に向かって突進する。そのまま刃先が雄星の背中に突き刺さる瞬間ーーー

 

「おっと、靴ひもがほどけているな」

 

突然、雄星が身を屈め、姿勢を低くする。突然の行動に驚く暇もなく、刃は雄星の頭上を通過していく。そのまま、まるで自分を殺しに来ることが分かっていたかのように、流れるような動きで体を回転させ、クロエの脇腹に強烈な蹴りを食らわせる。金属の義足から放たれたその蹴りは、クロエの腹部を圧迫し、吹き飛ばす。

 

「うっ・・・あぁぁ・・・・」

 

「おいおい、どうしたんだい?脚がそんな状態なんだ。無理をするなよ、お嬢ちゃん」

 

自分が蹴り飛ばしたことによって、大きく吹き飛び、息が出来ず、苦しそうに地面に倒れるクロエ。その光景をあざ笑うかのような笑みを浮かべると、手に入れたマイクロチップをポケットに突っ込み、静かに立ち去っていく。

 

(この男は危険すぎる・・・)

 

束に忠誠を誓う者として、そう瞬時に判断すると、激しく動揺している心を抑えながら両腕に電流を纏う。その刹那、クロエの専用IS『黒鍵』を展開させ、周囲を真っ白で空虚な光景へと変えていく。

クロエの『黒鍵』が作りだす電脳世界は、相手の精神に干渉し、現実世界では大気成分を変質させることで幻影を見せる。

 

いくら冷静な判断力を持っているとしても、相手は同じ目があり、心がある。その精神を掌握することが出来れば、勝機はある。

すると、目の前に1つのドアが現れる。

 

それが彼の精神干渉への入り口なのだが、そのドアが玉虫色のドアであった。何色とでも認識できる曖昧な色、そんな色のドアの前に立ち、ドアノブに手を掛けようとした瞬間ーーー

 

「っ!?」

 

ドアがひとりでに開き、何者かがドアノブに手を掛けようとしたクロエの手首を掴む。その突然の事態に驚く暇もなく、額を掴むと、そのまま乱暴に床に叩きつけられる。

 

『人の中に土足で入ってくるなよ。そのせいでお前なんかと話したくなかったのに、俺が(・・)こうして口を利く羽目になったじゃねえか』

 

「ぐっ、あっ・・・・」

 

額を強靭な握力で掴まれ、メキメキと骨が軋む音が聞えてくる。

だが、その痛みに加え、突然の乱入者に頭にぐらぐらと疑問が思い浮かんでくる。どんな聖人だろうと、修行僧であろうと、自分の心にまで抵抗するのは不可能だ。

 

なのになぜ、この少年は精神世界へ侵入した自分にここまで強力な反撃が出来ているのだろうか。

 

『ほら、早くお前のISを停止させろ。さもなくば、現実世界のお前の体を輪切りに切り刻んで、束の元へ送りつけてやる』

 

「くっ・・・・」

 

勝てないと瞬時に判断すると、降伏の証として能力を解き、現実世界へと意識を引き戻す。目の前には自分の顔面を鷲掴みにし、瞳を紅く輝かせている1人の少年がいる。

 

「ひっ・・・・」

 

その瞳から感じる冷たく、無感情な印象に体が固まり、悲鳴が漏れる。

 

「もういいだろ、こういう中途半端に力を持っている奴が一番面倒なんだ。早急に始末して・・・・・はぁ、わかったよ。ただし、次はやりたいようにやらせてもらうからな」

 

ブツブツと奇妙な独り言を言い終えると、手の力を抜き、クロエを開放する。そのまま、震えているクロエに一瞥することなく、去っていった。

ひとまず、嵐が過ぎ去ったことを確認すると、クロエは脚から抜き出している血のことも忘れ、『はぁ・・・』と大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の地下のオペレーションルームに戻ると、政府の取り調べをしているからか、誰もおらず無人となっていた。まあ、誰かに知られても面倒なことのため、誰もいないというのは色々と都合がいい。数回、周囲に誰もいないことを確かめると、受け取ったマイクロチップを読み込み、電脳ダイブの準備を整える。

 

とはいえ、敵から渡されたものに素直に信じるほど、雄星も馬鹿正直ではない。念には念を入れて、最低限の装備は整えておく。

 

「知りたい情報ね・・・・」

 

束がクロエを経由して渡してきた情報には興味がある。たとえ、それが罠だったとしても。

 

「システム・・・・スタート」

 

その声を合図に次々と周囲の機材から機械音が聞こえ、意識が落ちるような吸い込まれるような、不思議な感覚に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・・」

 

 

見渡す限り、一面の草原が広がっている。この光景は見たことがある。数時間前に、専用機持ち達を救出するためにダイブした『分離世界(ワールド・パージ)」の世界にそっくりだ。

だが、その時は初夏を感じさせる日差しが降り注ぐ昼間であったのに対し、今回は日は完全に沈み、淡い光の月光が草原を照らしている。

 

「罠・・・・か?」

 

胸のホルスターに収容されている一丁の拳銃を引き抜き、辺りを警戒するが、周囲は不気味なほど静かだ。周りは人の気配など感じず、聞こえてくる音といえば鈴虫の鮮やかな音色のみ。その気配にわずかばかり気を緩めた時ーーー

 

『雄星』

 

「っ!」

 

突如、背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、素早く背後に振り向き、銃口を向ける。

これが罠であるかもしれないことはわかっていた。だからこそ、いざとなったらこの引き金を引く覚悟もしてきた。

だから迷いなどない。そう思っていたはずなのに、自分の名を呼んだ目の前の人物の顔を見た瞬間、引き金に込めていた指が凍り付き、動けなくなる。

 

振り返った時、目の前にいたのは白いワンピースを着ている小柄な少女だ。年は自分と同じぐらいだろうか?武器はおろか、金属の類の装飾品も身に着けておらず、当然ながら薄い生地のワンピースでは武器も隠し持てない。

それに加えて、裸足や細い手足を見れば瞬時に非力な少女ということはわかる。

 

だが、それよりも目を釘付けにしたのはその少女の長く、真っ白な髪であった。白く、美しく、綺麗な髪。それをたなびかせ、笑いかけてくるその少女は紛れもなくーーー

 

「雄星、こっちにおいで」

 

「っ!そ、それ以上近づくな!!」

 

荒い声を出し、震える手足を抑えながら銃口を目の前の少女に向ける。だが、相手が最愛の人と酷似しているからか、視線は揺れ、動揺が隠しきれていない。

 

「雄星・・・・」

 

「く、くるなっ!」

 

向けられている銃口に恐れる様子もなく、少女はゆっくりと雄星へ歩みを進めていく。そしてーーー

 

「へぷちっ!?」

 

強烈な平手打ちを頬に食らわせた。体が強張って、緊張状態だったからか頬に加えられた突然の力はバランスを崩し、地面にみっともなく倒れこんでしまう。

 

「私のいうことは聞きなさいとあれほど言ったでしょう!?どうしていうことが聞けないの!!」

 

「え・・・?」

 

ジンジンと熱を持つ頬を押さえながら、拍子抜けな声を出してしまう。いや、いきなりこんな世界に連れ込まれ、死んだはずの最愛の人に平手打ちをもらったらこんな声も出るだろう。

 

「いや・・・でも・・・・瑠奈、え?」

 

「雄星、私のことはお姉ちゃんって呼びなさいってあれほど言ったでしょう!!大好きな姉である私にそんな言葉遣いだったら、『お仕置き』が必要かしらね?」

 

「ひっ!」

 

『お仕置き』その独特のイントネーションで過去のトラウマが蘇る。恥辱に震え、顔が真っ赤になる自分と、その光景を満足そうに眺める姉である瑠奈。自分は彼女には勝てない。そう鮮明に教え込まれた体が目の前に少女に降伏を示す。

 

「ご、ごめんなさい!許してお姉ちゃん!」

 

持っていた拳銃を投げ捨て、目の前にいる瑠奈に許しを請うように縋り付く。さっきの警戒はなくなり、恐怖で身体が震えている。

 

「ふふっ、雄星・・・・・」

 

ガクガクと震えている雄星に苦笑いを浮かべると、優しく抱きしめる。彼女がこの電脳世界での幻覚であることはわかっている。だが、彼女のその温もりは深く雄星の心と体に温もりを与えていった。

 

 

 




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