IS 進化のその先へ   作:小坂井

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88話 生還

「ふう、ひとまず欠員なしですね」

 

新幹線の中で教師といての職務を全うした真耶が安堵のため息を漏らす。昨日までのごたごたの後処理に追われたのか、真耶は大変お疲れな様子だ。他に、昨晩の風呂場での宴のせいで二日酔いになり、頭を押さえている千冬に全身が包帯だらけになっている一夏など、色々悲惨な状況になっているが、群を向いてお疲れなのは目頭を押さえて、低い声を発しながらうねっている瑠奈だ。

 

「う・・・あ・・・・」

 

「こ、小倉先生、大丈夫・・・・ですか?」

 

隣に座っている簪と向かいの席に座っている楯無が心配そうな視線を向けてくる。瑠奈ーーーいや、雄星の肉体は確かに、睡眠を取らずに数日過ごすことが出来る不眠の体を持っている。だが、それは肉体の話だ。束や亡国企業(ファントム・タスク)の襲撃に備えて、一晩中警戒していれば精神的な疲労はある。

 

「おい、うぅ・・・瑠奈・・・・」

 

「なん・・・だ・・・?」

 

二日酔いの頭を押さえながら千冬が来るが、教師としての威厳はなく、ただの宴会帰りのOLのようにしか見えない。だが、つらいのは瑠奈も同じだ。今は毛嫌いしている千冬にいろいろ嫌味を言う余裕すらない。

 

「弁当が・・・・あなご弁といくら丼がある。どっちだ・・・・?」

 

「じゃあ・・・いくら丼で・・・」

 

途切れ途切れの言葉で返事し、震える手で弁当を受け取る。なんだか、今にも倒れそうなほどにフラフラで危なっかしい様子だ。

 

「更識姉、お前はどっちだ?」

 

「じゃあ、小倉先生と同じいくら丼をいただきます」

 

「更識妹」

 

「ひぃ!?」

 

昨晩の温泉でのトラウマがあるのか、ビクッと体を震え、フラフラな状態であるのにもかかわらず瑠奈の腕を掴む。

 

「いや・・・その・・・・さ、昨晩はすまない。ゆう・・・瑠奈にお前たちみたいな女が出来たのが嬉しくて・・・・ついな・・・・」

 

夜が明け、素面に戻ったからこそ、朝になって自分がした失態に気が付いた。二日酔いとは別にその行いに対しても、頭を悩ませたことだろう。

 

「い、いえ・・・・その・・・織斑先生にも私の、体を褒めていただきましたし・・・・その・・・嬉しかったです・・・・」

 

「そ、そうか・・・本当にすまない・・・・」

 

本当に反省しているらしく、二日酔いで痛む頭を下げる。なんだか、ひどく情けない姿に瑠奈と簪がふふっと笑う。楯無だけは状況が理解できていないらしく、頭を傾げていたが。

 

「更識妹、お前はどっちだ?」

 

「じゃ、じゃあ、いくら丼で・・・・」

 

瑠奈とお揃いの物を食べたかったのか、遠慮がちに弁当を受け取る。そのまま3人は弁当に手を付けようとしたとき、瑠奈の体がビクッと震える。『彼』が来た。

 

『雄星、お前は精神的に疲労している。少し休んだ方がいい。俺に変われ』

 

ーーーーいいのか?新幹線の中は退屈だぞ。いきなり、目の前の簪や楯無さんに襲いかかったりしないよな?

 

『するわけねぇだろ、俺は発情期の猿か。少しお前は休んだ方がいい。見るに堪えないほどに今のお前は無残な顔をしている』

 

ーーーーすまない。じゃあ、少し寝かせてもらうよ。

 

全身が脱力したと同時に、目が紅く輝き始める。だが、周りの人間は弁当に目を向けているせいで気が付いていない。

 

「でも、ダリルさんとフォルテさんの分が余っちゃいましたね・・・・」

 

真耶の手元にある2つの弁当箱を見た瞬間、各々の箸の動きが止まる。あの2人の裏切りに、いまだに各人の心の整理がついていない。その中で瑠奈ーーーいや、破壊者(ルットーレ)だけは無表情に手元の弁当を食べていた。

 

「まあ、それは俺が食べますよ!育ち盛りだし」

 

一夏の気丈なふるまいに暗い雰囲気が吹き飛び、各々に笑顔が戻る。気を利かせようとしたのか、真耶が瑠奈の元へ近づき、弁当を差し出してくる。

 

「小倉先生も余ったお弁当どうですか?」

 

「いらない、そんな裏切り者の分の食事など食べたくもない」

 

「っ・・・ご、ごめんなさい・・・・」

 

「ちょ、ちょっと、小倉せんせーーーっ!?」

 

冷たい言葉を注意しようとしたが、その時楯無は今の言葉を発したのが瑠奈ではなく、破壊者(ルットーレ)だと気が付く。この京都でダリルとフォルテと戦った者だからこその今の言葉なのだろうか。

 

「・・・・あなたは空気を読めないわね」

 

「悪いな、これが俺なんだ」

 

反省の色を感じさせない苦笑いを浮かべる。だが、破壊者(ルットーレ)自身も自分がこの場にいることに現実味を感じられていない。

昨晩の夜に白騎士と共に本来自分は消えているはずだった。だが、彼がーーー雄星が自分に『生きてくれ』と願った。さんざんあれだけ、互いを嫌悪し、否定し合った仲だというのに。

 

なんだか、自分がーーーー破壊者(ルットーレ)が生きていける世界をわずかに見いだせたような気がする。ISを根絶する究極の兵士などではなく、1人の人間として、少年として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事、京都から戻ってきたが、問題は山積みだ。束によって破壊されたエストと打鉄弐式の修理に、大破したエクストリームの修復。京都での戦闘による状況説明も学園側から求められている。だが、今はそのどれでもない問題に頭を悩ませていた。

 

シャァァ・・・・

 

フシュゥゥゥ・・・

 

「お前たち仲良くしてくれよ・・・・」

 

部屋の中でいがみ合う2匹の白猫。その仲が悪いことが一目瞭然な光景を目の前にして雄星がため息を吐く。先ほど、京都でアーリィから預かった白猫シャイニィとサイカを対面させたが、相性は最悪だった。

 

相手の顔を見た瞬間、牙を剥き出しにして警戒態勢をとって身を屈めて睨みつけるサイカに、それを気にする様子もなく部屋にある遊び道具を物色しているシャイニィ。

 

「これじゃ・・・・ダメかな・・・・?」

 

「ああ、この仲の悪さだと殺し合いを始めるかもしれない」

 

自分のテリトリーに侵入され、自分の遊び道具を我が物顔でいじられていることにサイカはご立腹なようだ。だが、サイカとシャイニィとは別にこの部屋には招かれざる客がいる。

 

「あなたはなんでここに居るんですか?」

 

「あら、私が居ちゃいけない?」

 

雄星の寝ているベットの上に寝っ転がり、雑誌を読んでいる楯無にため息交じりの言葉を掛ける。

 

「ここは僕と簪の部屋です。そんな堂々といられても困るのですが」

 

「何言ってるのよ、簪ちゃんのルームメイトは私よ。ほら、これを見なさい」

 

差し出したのは現在登録されているこの部屋の住人名簿。そこに書かれていたのは『更識楯無』と『更識簪』だけであって、『小倉瑠奈』の名前はない。

 

「ここに名前がない以上、あなたのこの部屋での立場はサイカと同じペットよ。飼い主にそんなことを言っていいと思っているの?」

 

「え、えっと・・・・」

 

強い口調で妖しい笑みを浮かべ、反論できない雄星に近寄る。確かに、楯無の言う通りだ。色々あってうやむやになっていたが、『小倉瑠奈』は本来この部屋に登録されていない者であるがゆえに、『出ていけ』と言われたら出ていかなくてはいけないのは雄星の方なのだ。

 

「さてと、何か他に反論はある?」

 

「いや・・・・でも・・・・ここは2人部屋ですし・・・」

 

「あなたは毎日ベットを使うわけじゃないでしょ、もし寝るときは私か簪ちゃんのベットで2人で寝ればいいだけの話だもの。簪ちゃん、いいわよね?」

 

確認を求める視線を向けると、顔を赤くしながらコクリと頷く。どうやら、簪としては雄星が部屋にいることに異論はないようだ。だが、昨日の夜に、京都の旅館であれだけのことがあっては楯無ーーーいや、刀奈を別の目で見てしまう自分がいる。

自分の主人、相棒、そして伴侶と。

 

「で、でも・・・・」

 

「雄星君?」

 

妙にSっ気のある声で囁くと雄星の下あごを掴むと、自分の目を見させる。その目は『言い逃れは許さない』といった目だ。

 

「今思ったんだけど、ペットが服を着ているっておかしいと思わない?サイカは裸なのに対して、あなただけが服を着ている(・・・・・・・・・・・)だなんて」

 

「ひっ!」

 

恐ろしすぎる問いかけに体が震える。目を見てわかる、これ以上自分が下手に反論したら、この部屋での自分の立場は人間以下になる。それこそ、サイカと同じ立場に。

 

「さてと、何か言いたいことはある?」

 

「いえ、何もないです」

 

危険すぎる質問に最善の答えを返す。自分の存在を容認してくれて嬉しいのか、笑顔を浮かべて雄星の頭を撫でると、ベットに戻っていった。額に流れた冷や汗を拭うと、再び目の前でいがみ合う2匹の白猫に目を戻す。

 

「やっぱり・・・・別の部屋に離した方がいいかな?」

 

「そうだね、別々にしよう。・・・・・サイカを」

 

ニャァッ!?ニャッ!ニャァぁッ!!

 

突然の自分の隔離に仰天したのか、驚いたような鳴き声を叫び、許しを請うように雄星の足元に縋りつく。

 

「嘘だよ、シャイニィを別室に移そう」

 

自分の名前を言われて、呼ばれたのと勘違いしたのか、シャイニィが雄星の胸元へ飛び込んでくる。本来は自分がいるべきポジションを取られて不機嫌なのか、牙をシャイニィに向けて威嚇する。どうやら猫も嫉妬という感情を持っているようだ。

 

こうして雄星とサイカの部屋事情は無事解決した。別に焦る必要はない、こういう問題は1つずつゆっくりと片づけていけばいいのだ。だが、どうしても解決に時間がかかるものはある。そのためには準備が必要だ。その問題を解決するために必要な準備が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスト、次の買い物は?」

 

『次は猫の日用品です。5階へ向かってください』

 

週末のショッピングモールに瑠奈とエストは買い物に来ていた。目的は一夏の部屋に移住したシャイニィの日用品と、今日から来週の修学旅行に行くまでに壊された打鉄弐式の修理の完全徹夜に備えての栄養ドリンクやビタミン剤、カフェインコーヒーなどの食料調達だ。

 

簪としては瑠奈1人にそんな無茶をさせるわけにはいかず、『私も雄星に付き合う』と協力を申し出てくれたのだが、人間の肉体である簪に何日も不眠不休で動けるはずもないし、そんな無茶をしたら体を壊して肝心の修学旅行に行けなくなってしまうかもしれない。

 

それに、自分が無茶をして何とかなるのならば安いものだ。とにかく、もうすぐ旅立つであろうISの世界を想像するとため息が出てくる。

 

『気怠そうですね、やはり不眠不休の作業はきついですか?』

 

「まあ、余裕とは言えないな。だが、本番の京都でも襲撃がないとは限らない。そんな場所に簪を丸腰で連れていくわけにはいかないだろう』

 

『その口調からすると、あなたも修学旅行に参加するのですか?』

 

「わからない、今楯無さんが申請しているらしけどな」

 

まあ、仮に行けたとしても、きつい不眠不休の徹夜明けでは行きの新幹線の中は間違いなく夢の中だろう。

そんなことを考えているうちに買い物は終わり、ショッピングモールから少し離れた公園でベンチに座りながらチョコをかじっていた。

 

なんだか今から数日間、整備室に籠るため、この外の日光と空気を味わえなくなると思うと急に恋しくなってくる。

 

「はぁぁぁぁ・・・・」

 

甘いチョコをかじっているはずなのに、口からは重苦しいため息が出てくる。せめて、この情景を目に焼き付けようと辺りを見渡すと、見覚えのある人物が建物の路地裏に入っていくのを見かける。

 

「エスト、すまないが荷物を見張っていてくれ」

 

一言だけ言い残すと、足元の大量の荷物を置いたまま、その人物を追って袋小路に入る。しばらく、暗い袋小路の通路を進んでいくとやはり、見知った顔をしている少女が待ち構えていた。

 

黒い髪に黒いワンピース。その上に黒いローブを羽織っている全身が黒に統一された服装。その少女を知っている。

 

「やあ、名前は確か・・・織斑マドカとかいったっけ?久しぶりだね」

 

京都で白騎士を倒すために共闘した『黒騎士』の操縦者、織斑マドカであった。亡国企業(ファントム・タスク)であるがゆえに、自分の敵のはずなのだが、瑠奈は警戒した様子はなくフレンドリーな口調で話しかける。

 

破壊者(ルットーレ)・・・・」

 

「今は小倉瑠奈って呼んでほしいな。それとも雄星でもいいよ。オータムは元気かい?」

 

「・・・ああ」

 

不愛想な返事だが、瑠奈の友好的な話に無視することなく答える。

 

「・・・・京都で世話になった。今日はその礼を言いに来た」

 

「礼なんていいよ。僕は借りを君に返しただけさ」

 

「借り?」

 

「ああ、君だろ?レポティッツァの元から僕を出して学園に届けてくれたのは」

 

亡国企業(ファントム・タスク)側の人間であるマドカには雄星を逃がすメリットなどない。何が目的かは不明だが、あの時彼女が自分を逃がしてくれなかったら、どうなっていたかわからない。

 

「まあ、こうしてお礼が言えたのならば僕は満足だよ。じゃあね」

 

「まだだ・・・」

 

「ん?」

 

彼女にとって自分が視界に移るのは不愉快と思い、出来るだけ手早く会話を済ませて立ち去ろうとするが、マドカが呼び止める。てっきり、攻撃的な言葉でも言われるのかと思ったが、口から出たのは意外な言葉だった。

 

「私の分の恩は返してもらったが、まだ京都で逃がしてもらったオータムの分が返せていない。この恩は必ず返す」

 

「じゃあ期待して待っているよ」

 

嬉しさからなのか、ポケットの中からさっきショッピングモールで買ったチョコレートを投げ渡す。そのまま、笑顔を浮かべながら袋小路を引き返していった。

残されたマドカはもらったチョコレートを少しだけかじり、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大量の荷物を持って学園に戻った瑠奈は真っ先に一夏の部屋である1025室へ向かった。部屋へ移住したシャニィの日用品を真っ先に届けるためだ。

 

「おい、入るよ」

 

『ああ、いいぞ』

 

ノックをしてドア越しに聞こえてきた声を確認すると、ゆっくりとドアを開ける。中で一夏が机上で京都で撮った写真の選別をしていた。

 

「シャイニィの日用品、ここに置いておくよ」

 

「ああ、サンキュー」

 

ふと机を見た時、1枚の写真が目につく。それは京都駅の前で撮った集合写真だった。フォルテ・サファイヤ、ダリル・ケイシー、2人の屈託のない笑顔がなおさら苛立ってくる。

 

「一夏、悪いがその写真は私に配らないでくれ。その場で破り捨ててしまいそうだ」

 

「やっぱり・・・・許せないのか?」

 

「ああ、彼女達は私の大切な人の命を奪おうとした。悪いが、永遠に彼女達を許すことは出来なさそうだ。君の方はどうなんだ?襲われておいて、彼女達を許すのか?」

 

「そう言うわけじゃねえけど・・・なんで・・・・」

 

理由はもうわかっている。だが、理解は出来ても納得は出来ない。そんな葛藤に悩まされている一夏に対して、瑠奈は一切の迷いや躊躇いなどなかった。次来るのであれば仕留める、それだけの確かな決意だけがあった。

 

「そんな状態で次に彼女達が現れた時、殺せるのか?」

 

「こ、殺す?」

 

「ああ、こうなった以上は弁解も命乞いもいらない。彼女達にはその呪われた運命と血筋と共に地獄に堕ちてもらうじゃないか」

 

ありえないことだと思うが、仮に投降してきたとしても待っているのは国際法による死より辛い現実だ。そんなことになるぐらいならば、2人仲良く同じ戦場で死し、同じ墓に埋めてやることが手間がかからないかつ、幸せな結末だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!いくらなんでも殺す必要なんてねえだろっ!!」

 

「この世には死が救いになることもある。そうやって、自分たちの尺度で図っていては何もわからないぞ」

 

「だ、だけどーーー「もう黙れよ」」

 

必死に彼女達の弁護をするお優しい一夏に瑠奈は苛立ちに混じった声で遮る。

 

「引き金を引かないことを清らかでいることだと思うなよ。他人のために引き金すら引けない人間は自分の手を穢したくないだけのただの偽善者だ」

 

彼女達が自らの意志で亡国企業(ファントム・タスク)に行ったのならば、それが彼女達の答えだ。自分の受け止めた因果だ、ならばその結末まで受け取っていけばいい。

 

「ぎ、偽善者・・・・」

 

「君はまだ白式すら満足に扱えきれていない。京都の暴走がいい例だ。他人を救おうとする前に、まずは自分の身を守れ。それすらも出来ないのであれば、君に力を持つ資格などない」

 

その残酷ながら正論の言葉はフォルテとダリルの裏切り以上に一夏の心に深く突き刺さる。いや、あまりにも自分の今まで培ってきた常識とは違いすぎる世界だっただからだろうか。

 

「用件はそれだけだ。邪魔した」

 

部屋を出るとき、シャイニィが相手してくれと足元に縋ってきたため、マタタビが付いているボールを投げて注意を逸らす。そのまま、瑠奈は部屋を出ていった。

 

同じ学園で暮らし、同じ戦いをかいくぐってきた。なのに、なぜ彼と自分との世界と道はこんなにも異なり、すれ違っているのだろうか。

 

「なんでだよ・・・・」

 

自分の無力さからか、言い返せない正論を言われたからか、そのつぶやきは1人部屋に響くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るぞ」

 

明かりが灯されていない暗い部屋の暗闇に溶け込むように黒に服用が統一された1人の少女が入る。右手にチョコレートの包み紙を握っているマドカだ。

 

部屋の中には全身を移すほどに大きな鏡とベットしかなくひどく殺風景な場所だったが、壁には小倉雄星の写真が貼られていた。その写真をシーツを被りながら食い入るように見ている1人の少女にマドカは憐れみが混じった目を向ける。

 

「・・・・あなたか・・・・なんの用?」

 

「今日、お前の弟の小倉雄星に会った」

 

「本当っ!?」

 

雄星の名前が出るや否や、少女のような笑顔を浮かべて喜び、マドカに寄ってくる。

 

「雄星はどうだった!?元気だった!?ちゃんとご飯食べてた!?」

 

「・・・私が見た限りでは元気そうだった」

 

「そっか・・・雄星・・・・うふふ・・・」

 

雄星が元気という彼女にとって何よりも嬉しい朗報を聞き、安堵のため息を吐くと同時に右腕を抱きしめる。『弟を姉が心配することは当然なこと』、そのはずなのにマドカの目にはどこか家族ごっこのような馬鹿馬鹿しさとくだらなさを感じる。

 

「・・・・残念だが、あいつはもう1人で生きていける力も仲間もいる。いつまでもあいつはお前に依存していない」

 

「あなたにあの子の何がわかるの?たかが1回ともに戦っただけの小娘に」

 

「違う、あいつは既に自分の生きる道を見つけている。もうお前はーーー「黙りなさい」」

 

マドカの言葉を少女の怒りが混じった声が遮ると同時に少女の瞳が紅く輝き始める。この鮮やかで妖しい瞳をマドカは見たことがある。京都で白騎士を相手に戦った雄星と全く同じものだ。

 

「雄星には私が、私には雄星が絶対に必要なの。あの子は私が居なくちゃ1人で寝ることもできないのよ?」

 

「何も知らないのはお前の方だ。どんな者も生きていれば自然と自分の道を見つけ、進んでいく。その道にお前は不要だ。あいつももうお前を望んでいない」

 

「殺されたいの?」

 

マドカの言葉に耳を傾けず、心底目障りといった様子で紅い瞳でマドカを睨みつける。自分を否定されていることより、マドカに自分たちを語られていることが不愉快の様だ。

 

「これ以上あなたが私たちを語らないでくれる?不愉快だわ」

 

「・・・・そうか」

 

もう彼女の体と心は地に堕ちた。ここまで心を閉ざし、現実から目を背けているのならばもう救えない。もっとも救えたとしても救ってやる気もないが。だが、気がかりなのはこの少女が目の前に現れた時の雄星だ。

 

彼女を受け入れ、全てを捨てて一生縛られたまま生きていくか過去を振り切り、未来へ向かって生きていくか。二者択一、共存はありえない。どちらを選ぶのかはわからない。だが、もし過去と戦うときに自分が雄星にしてあげることはなんだろうか。

 

自分には彼を直接支えることはできない。できることなど、彼のために道を切り開くことだけだ。それだけが自分が雄星に恩を返す唯一の機会だろう。

 




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