IS 進化のその先へ   作:小坂井

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87話 復讐者

秋となり、夜風が心地よい。その涼しい風で温泉に入り、火照った体を冷ましながら瑠奈は旅館から少し離れた高台の公園を歩いていた。この公園はとある人物からの呼び出し場所だったのだが、呼び出した本人はまだいない。だが、顔見知りの人物がいた。

 

「やぁっと来たサね」

 

「あんたと待ち合わせをした覚えはない」

 

高台の手すりに腰かけて右肩に猫を乗せている眼帯と隻腕の女性。アーリィが声を掛けてくる。

 

「悪いが、ここはこれから待ち合わせに使う。用がないのならば、よそへ行ってくれ」

 

「まあまあそう言わずに、君に渡したいものがあってネ」

 

すると、肩に乗っていた白猫のシャニィが小さく鳴いたと同時に、肩から飛び降りて瑠奈の元へ向かう。

 

「君は猫を飼っているんだったネ?ならば、シャニィの面倒を見てほしいのサ」

 

「・・・・何のつもりだ?」

 

「これより、イタリア代表アリーシャ・ジョセスターフは、亡国企業(ファントム・タスク)に降るのサ」

 

「そうか、元気でな」

 

衝撃的なことを言われているのだが、足元にすり寄ってくるシャイニィを撫でながら、瑠奈は無関心そうに返事をする。

 

「驚いていない様子だナ」

 

「あんたが何処に行こうがどうでもいい。だが、亡国企業(ファントム・タスク)に降っていうならば、あんたは敵になるんだろう。ならば、いうことは1つだ」

 

顔を上げてアーリィの目を見る。瑠奈としては彼女が敵になろうがどうでもいい。だが、敵対する以上は、決別の証を見せておこう。

 

「全力で来い。こちらも容赦はしない」

 

低く、殺意とある声ではっきりと口にする。これで互いの意志は確認した。後は戦うだけだ、お互いの持てる力を全てつぎ込んで。

 

「そうカ・・・・じゃあ、また会おサ。・・・・戦場で」

 

それだけ言い残すと、アーリィは腰かけていた手すりから下り、暗闇へ消えていった。それを見送ると、瑠奈もアーリィと同じように手すりに腰かけ、手元の白猫のシャイニィを撫でながら待つ。

 

ニャ、ミャ・・・・

 

「お前の先輩であるサイカと仲良くできるといいな」

 

飼い主と離れ、これからの生活に心細さを感じているのか、膝の上でシャイニィが小さく鳴く。それを励ますように頭を撫でていると、少し遅れて呼び出し人が現れた。長いポニーテールに平均的な身長をした少女、紛れもなくその少女は束の妹である箒であった。

 

「・・・・待ったか?」

 

「いや、今来たところだ」

 

会話だけ聞けば、デートでの待ち合わせ時のように聞こえるが、お世辞にも2人の雰囲気は冷たく、殺伐としている。元々、不機嫌そうに見える箒の目つきに対し、あの束の妹であることに対する嫌悪からか、冷たい表情と目つきで手元のシャイニィを撫でている瑠奈。

 

誰が見ても、互いが好意的ではないことは明白だ。

 

「・・・その猫はどうしたんだ?捨て猫か?」

 

「そんなことはどうでもいい。早く用件を言ってくれないか?」

 

「そ、そうか・・・・では1つ聞く。ラウラから聞いたのだが、今日の戦いで姉さんとお前が戦ったのは本当か?」

 

「ああ、本当だ。私は君の姉、篠ノ之束を殺そうとした。それは真実だ」

 

知ってはいたが信じたくなかった言葉。そんな一種のジレンマに悩まされていた箒に残酷な真実のメスが心を刺す。彼と姉は戦った。お遊びではなく、正真正銘の殺し合いを演じたのだ。

 

「な、なんで・・・・?」

 

「愚問だな、戦う理由なんて簡単だろう。お互いが殺したいほど憎かったから以外何がある?」

 

何が可笑しいのか、口角が僅かに上がり、卑しく妖しい笑みを浮かべながらで答える。もしかすると、聞こえないだけで、笑い声の1つや2つ発していたのかもしれない。

 

「だが、私は篠ノ之束を仕留め損ねた。もう一度対面したいのだが、知っての通り、君の姉は常時行方不明となっている。とても惜しいことをしたよ」

 

「・・・・お前は・・・姉さんを恨んでいるのか?」

 

「ああ、私は篠ノ之束が憎い。それこそあいつの誇りをすべて穢し、凌辱し、削ぎ落した後に八つ裂きにしてこの憎悪と恨みの業火で肉片1つ残さず焼き尽くしたとしても足りないほどだ」

 

分かっていたことだ。姉がISを開発したことにより、世界は歪んだ。その歪んだ世界で生きている者たちの中には、姉を恨んでいる人間もいると。だが、こんなにも近くに自分の家族を恨んでいる人間がいたとは知らなかった。いや、彼が隠していたから気が付かなかっただけなのかもしれない。

 

「そして束の次はお前の番だ、篠ノ之箒」

 

「っ!?」

 

突然言われた衝撃的なことを言われて脳がフリーズする。だが、その自分に向けられた狂気に満ちている言葉は冗談ではなく、彼の本心からなのだ。

 

「わ、私と姉さんは関係ない!!そんな無関係なことで恨まれても困る!!」

 

「姉のコネで専用機を手に入れておいて、今更無関係はないだろう。大好きなお姉さんに専用機をねだった時点で、君は自ら姉との関係を肯定したんだ。自分勝手なことを言うなよ」

 

箒が姉と絶縁し、与えてくれた専用機を拒否したのならばまだ考えが変わっていたのかもしれないが、彼女はそれをよりにもよって受け取り、小さくはない力を手にした。そこまで関係を持っておいて、否定はないだろう。

 

自分の大切な人を殺した元凶となったISを少年は決して許さない。それを作りだした束の血筋も同じだ。その呪われた血筋は必ず根絶やしにする。どんな手段を用いてでも。どんな汚名や報いを受けたとしても。

 

「私を・・・・殺すつもりか・・・・?」

 

「何を言っている、殺される苦しみなど一瞬で終わる。それでは私の気が収まらない。最低でも、私がーーーいや、私たち(・・・)が受けた苦しみは味わってもらわないとな、くくっ・・・」

 

自分の復讐対象が武装もせず、用心棒も連れていない状態で目の前にいる。おまけにこの夜の時間帯の公園は暗く、周りには誰もいないため、いくら叫んだところで誰も来ない。こんな絶好な機会が訪れたことに自然と口から笑い声が溢れてくる。

 

「どんな処刑がお望みかな?楽には殺さない、君の女としての尊厳や美しさ、誇りを全て奪い去り、大切な人に穢れ果てた醜い姿を見せつけてやる。その後に捨てるように殺してやるよ」

 

裏の世界を少し調べれば、人身売買のオークションや取引相手などいくらでも見つけることが出来る。幸いなことに、箒の外見は整っている方だ。この見た目に惹かれて、近づいてくる男などいくらでもいる。おまけにあの天災、束の妹というプロフィールもいいスパイスになることだろう。

 

「君は聞いたところによると、剣道を全国優勝しているんだろう?その鍛えた筋肉を男の腰の上で存分に発揮してもらおうじゃないか。いったい何人まで正気を保っていられるかな?」

 

「お前は・・・・・そんなに私が憎いのか?」

 

「何度も言わせるな、私は生涯お前たちを許さない。必ず然るべき報いを受けさせてやるよ」

 

警告と警報を兼ねた言葉ではっきりと告げると、シャイニィを肩にのせ、暗闇に溶けて消えていった。その光景はまるで少年と暗闇が一体化していくようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ・・・ぐすっ、うぅぅ・・・・」

 

「・・・・何があったんだ?」

 

部屋に少女のすすり泣く声が響く。布団の上で浴衣を着た簪が座り込み、すすり泣いていた。

 

「簪ちゃん、どうしたの?どこか痛いの?」

 

さっき公園に行っていたうちに楯無も風呂に入ったらしく、同じ浴衣を着た楯無が心配そうな表情を浮かべている。

 

「どうしたんですか?」

 

「それがね、お風呂から帰ってきたときから、簪ちゃんがずっと泣いているのよ。どうしたのって聞いているんだけど、ずっと泣いたままで・・・・何か心当たりない?」

 

ないというより、心当たりしかない。だが、彼女になんて説明したら良いのだろうか。『千冬に風呂場で保健体育の実技を教わっていた』とオブラートに包んでもこれが限界だ。明らかに不信感は持たれる。

 

「き、きっと、お風呂場で体のどこかを強く打ったんですよ。ほら、まだ体もまだ完治していないですし」

 

「そうなら、早く休まないと。ほら、横になって」

 

布団に再び簪を寝かせて、掛け布団を掛ける。手伝おうと近づいたとき、簪が涙で充血した目で見上げ、か弱い手で雄星の手首を掴む。

 

「ねえ、雄星・・・・私、お尻しか、取り柄がないのかな・・・・?」

 

「え?そ、そんなことないと思うけど・・・・・」

 

「でも、織斑先生が『私ですら振り向かなかった雄星を、お前が手に入れることが出来たのはこのエロケツで誘惑したからだ』って・・・・うぅぅ・・・」

 

『私ですら』と言ったが、雄星は千冬からまともな誘惑など受けたことないし、異性として見たこともない。それに、どうしようもないこの現実に酒盛りで現実逃避などしているから相手が見つからないのではないのだろうか。色々な意味で残念すぎる人間だ、織斑千冬という女は。

 

「だ、大丈夫、泣かないでくれ。君にはたくさん魅力があるよ。それに僕は女性の体形だけで好みを決めるほど、尻軽な考えはしていないよ」

 

「ほ、本当・・・・?」

 

「ああ、本当だよ。だから、今は休んで。明日には帰るんだから」

 

優しく寝かし、部屋の電気を消す。しばらくはすすり泣く声が出ていたが、疲労が溜まっていたのか、数分後には可愛らしい寝息を出しながら穏やかな眠りにつく。

 

「今日の作戦で疲れていたようね、でも、みんな無事でよかったわ」

 

「楯無さん、あなたも疲れているはずでしょう?寝てください」

 

「あなたは寝ないの?」

 

「まだ襲撃がないとは言い切れません。僕はいざというときの襲撃に備えています」

 

部屋の壁に寄りかかりながら座り、寝ている簪を見守れる位置に移動する。雄星の体は長時間の戦闘及び、戦争を想定された仕様になっている。休憩こそは必要とするが、数日は睡眠や飲み食いをしなくてもなんの問題はない。

 

「そんなことを言わずに、ね?せっかくなんだから一緒に寝ましょう?」

 

手を引っ張って布団へ連れ込もうとするが、雄星は立ち上がることなく座り込んだままだ。

 

「もしかすると、・・・・私と一緒に寝るのが嫌なの?」

 

「そういうわけじゃありません。その、なんというか・・・・今日は寝れないんです(・・・・・・・・・・)

 

困ったような様子で苦笑いを浮かべ、掴まれている手首を振りほどいた。

 

「僕の体には睡眠の周期というものがあって、今日は睡眠日じゃないんです」

 

一種の不眠症ともいうべきだろうか。雄星の体が睡眠を許すのは数日に一回のペースだ。今日の京都へ向かう途中に雄星は数時間の睡眠をとった。そのため、肉体は数日は睡眠を不要としている。いや、寝れないというべきだろうか。

 

「僕もあなたと共に朝を迎えたいです。だけど、やっぱり寝れなくて・・・・ごめんなさい」

 

「雄星君・・・・」

 

最近、彼を人として見る機会が多かったからか、忘れていた。彼が人ならざる者の肉体であることに。大切な人と眠りに付けない寂しさや悲しさを癒すように楯無が雄星の隣に座る。

 

「人間の三大欲求がここまでズタズタだと人生に楽しみがなくて嫌になりますね」

 

「あなたには欲求という物はないの?美味しいものが食べたいとか、楽しいことをしたいとか」

 

「確かにそうしたいと思ったことはあります。だけど、そういう人間らしいことをしていると、心の中にいる冷めた目をしているもう1人の自分が言うんです。『化け物のくせに何人間らしいことをしてるんだ』って」

 

雄星の中には必死に生きようともがいている自分と、その自分を冷めた目で見ているもう1人の自分がいる。たぶん、それは自分が破壊者(ルットーレ)となってでも、しぶとく生き残っていることに対しての後ろめたさのようなものなのかもしれない。

 

食事や睡眠も満足に味わえず、人間が好む娯楽も楽しむことができない。だとすると残ったものはーーーー

 

「じゃ、じゃあ、エッチなこと・・・・とかは・・・・・?」

 

赤く染まった頬を俯かせ、消えそうな声であったが、確かに聞こえる声で恥ずかしそうにつぶやく。

 

「雄星君も・・・・お、男の子なんだし、その・・・・興味あるんじゃないの?」

 

彼も破壊者(ルットーレ)である以前に、一種の生物だ。地球上の全ての生物に共通しての『自分の子孫を残したい』という願望と欲求には逆らえないはずだ。

 

「・・・・いいんですか?」

 

「え、ええ、私たちは何回もあなたに助けられたわ。・・・・だから・・・その・・・私の体でよかったら、少しでも・・・・お返しできないかなって・・・・」

 

自分の体の魅力をアピールするかのように雄星の手を取り、自分の浴衣の胸元に忍び込ませる。

 

「今日は・・・その・・・・大丈夫な日だから。最後まで、い、いってみる?」

 

自分でも何を言っているんだろうとは思っている。だが、いくら頑張っても、自分は彼に何もお礼ができない。ならば、彼の抱えている疲れやストレスを自分の体にぶつけて少しでも慰めてあげたい。それが女として自分が出来る唯一のことではないのだろうか。

 

「きゃっ!?」

 

ここでは簪が寝ているため、彼を別の部屋に連れ込もうと立ち上がろうとしたとき、突然雄星が楯無を押し倒し、覆いかぶさる。そのまま、胸元に忍び込ませている手を動かして楯無の豊満な胸を荒々しく押し揉む。

 

「んっ、だ、だめ・・・ここじゃ、簪ちゃんが・・・・あんっ」

 

声を抑えるのが精一杯で抵抗らしい抵抗が出来ない楯無を尻目に、浴衣の襟をずり下げ豊満な胸が包まれているブラが飛び出す。そのブラをたくし上げ、母性の象徴が姿を現す。

 

「雄星くん・・・・」

 

何だかこうして彼に熱心に求めてくれることが嬉しく感じる。胸元に押し揉んでいた手が下に移動し、腹部、下腹部、そして腰を覆っている最後の砦のパンツへ侵入させ、躊躇いもなくずり下ろす。それによって楯無の身体の全てが晒されてしまう。形のいい胸に引き締まったお腹と大人の証である髪と同色のアンダーヘアに覆われ、これからの行為に興奮してかヒクヒクと震えている性器。

 

高校生とは思えぬほどの完璧なプロモーションながら、まだ大人になりきれていない無垢な部分が残されている彼女の肉体は淫靡にして美しかった。だが、その身体を目の前にして雄星の動きがピタリと止まる。

 

「え、・・・ど、どうしたの?」

 

このまま一線を超えるのかと思っていたのだが、いつまでたっても彼の手は動くことなく静止したままだ。

 

「も、もう、お姉さんをじらしてーーー「刀奈さん」」

 

その時、自分の大切な名前を呼ぶその声は何処か悲しさを感じさせる声だった。届きそうで届かない、叶いそうで叶わないそんな夢を前にしている者の擲つ捨て身の訴え。

 

「あなたは自分が人でなくなることは怖いですか?」

 

「人で・・・・なくなること?」

 

問われている質問の意味がわからず、困惑している刀奈の下腹部を撫でる。まるで、生命の始まりともいえる部位である女性の子宮を美しんでいるようだ。

 

「もし・・・僕とあなたが関わったらあなたは人でなくなる可能性があります。あなたも僕のようになるかもしれません」

 

「どういう意味?あなたみたいになるって・・・・・」

 

「このままあなたと僕が肉体関係を結び、あなたの子宮に僕の精子が入るとあなたは僕の体質を受け継ぐ可能性があります」

 

「え?」

 

彼の体質を受け継ぐ、つまりは不老の肉体になるというだ。何年たっても変わることのない不変的な神のような肉体に。

 

「あなたの・・・・・ような体に・・・?」

 

「はい、僕の遺伝子は侵入した母体の体質にも影響を及ぼします。僕の遺伝子があなたの遺伝情報を転写し、肉体のDNAに不変の変化を促す」

 

つまり、このまま彼と肉体関係を結んだ場合、刀奈の肉体は破壊者(ルットーレ)となる可能性がある。老いることもなく成長することもなく、永遠に今に縛られ続ける肉体へ。その彼の体質に一瞬驚いたが、彼の悲しそうな顔に微笑みかける。

 

「ふふっ、それならば尚更するべきよ」

 

「・・・・・なぜ笑うんですか?」

 

「あなたの力になれるのが嬉しいの。私があなたと同じ体になれば、少なくともあなたがこれ以上孤独で苦しむことはなくなるじゃない。同類の、しかも異性の私がいるんだから。いざとなったら、お互いの肌を重ねるなり、抱きしめるなりして励まし合えばいいんだから」

 

彼の事情を知っていたとしても、刀奈も簪も破壊者(ルットーレ)ではないため、彼の苦しみや悲しみはわからない。だが、彼の同類になれば、少しは彼を理解できるのかもしれない。そして、彼の力になることが出来る。

 

「あなたを知ることができるのならば、私は人でなくなっても構わないわ。私はあなたとずっと一緒にいたい。だから、あなたも私たちの側にずっと居て」

 

まるで天使のような微笑みを浮かべると、両手で雄星の頬を包み込む。そのまま、自分の唇と合わせようとするが、刀奈も雄星も忘れていた。この場には自分たちと就寝中の簪に加え、第4者の存在がいることに。

 

『性交渉をするのはいいですが、ここではマスターが寝ています。別室でしてくれませんか?』

 

「っ!?」

 

呆れるような声と共に、エストが姿を現す。半脱ぎの浴衣であられもない姿を晒している刀奈に、その刀奈を押し倒して唇を押し付けようとしている雄星。客観的で冷静な目で今の自分たちの姿を見直した瞬間、2人だけのこの空間が瞬時に崩壊する。

 

「ご、ごめんなさい!雄星君!」

 

「い、いえ、こちらこそ!」

 

戦闘時よりも敏速な動きで瞬時に密接していた互いの体を離し、距離を取る。刀奈は半脱ぎとなった浴衣とたくし上げられたブラ、そして脚に掛けられたパンツを着直し、雄星は赤くなった顔を戻すようにパンパンと頬を叩いて気合いを入れ直す。

 

「エスト」

 

『何ですか?』

 

「今見たものは忘れろ、いいな?」

 

『分かりました、私の視界モニターの録画記録から削除します』

 

「それじゃあ、今から僕の言うことを復唱しろ。私は」

 

『私は』

 

「何も」

 

『何も』

 

「見ていない」

 

『見ていません』

 

「ふぅ・・・」

 

『ふぅ・・・』

 

「それは復唱しなくていい」

 

とりあえず何とか目撃者を消し、証拠隠滅できた。さっきの状況をエストの口を通じて別の人間に伝えられたら大参事だ。なんせ、肉体関係を持つ一歩手前状態だったのだから。壁に耳あり障子に目ありとはよく言ったものだ。

 

「と、とりあえず、あなたも寝てください。僕は別室で待機しています」

 

「ま、待って、寝れないのならば、せめて私が寝るまで一緒に居てほしいんだけど・・・・ダメ?」

 

「え・・・まあ、それくらいならば・・・・」

 

手首を引っ張られ、簪の隣に敷いてある刀奈の布団に連れられる。てっきり、雄星は枕元で刀奈が寝るまでいろという子供のようなことなのかと思っていたのだが、なぜか、そのまま手首は布団の中まで連れ込まれ、雄星の体も布団の中へ引きずり込まれる。

 

つまり、雄星と刀奈が一緒の布団に寝る形になる。

 

「あ、あの・・・これは・・・?」

 

「ね、寝るまで一緒に居てくれるんでしょ?いいから、じっとしていなさい」

 

強気だが、どこか恥ずかしさを感じさせる声で命令してくると、雄星の胸元へ飛び込んでくる。その可愛らしい仕草は生徒会長としての更識楯無ではなく、ただ1人の少女、刀奈としての行動だ。今の雄星と同じように、大切な人や愛しの人の前のみに見せる本当の自分の素顔。

 

(僕も・・・・瑠奈にこうして甘えていたのかな・・・)

 

人に甘えることはあっても、甘えられることはなかったため不思議な気分だ。もしかすると、こういう幼く素直な行動が瑠奈の母性を刺激していたのかもしれない。雄星は男だが。

 

なんだか、幸せな気分だ。こうして自分の醜い正体を知ってていても傍でいてくれる人達。そして自分を愛してくれる優しい人々。昔、恋人一緒にモーニングコーヒーを飲むという本を読んだことがある。恋人のような大切な人と共に朝を迎えることができる幸せ。

 

もう死んでもいいと思うほどに幸せだ。こんなこと言ったら刀奈に『不謹慎だ』と怒られるのかもしれないが、それほどまでに幸せだ。こんな甘くて無邪気な夢のような日々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこんな日々がずっと続くと信じていた。




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