IS 進化のその先へ   作:小坂井

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86話 戯れの宴

温かい日々を夢見た。

漂白された記憶の水平線。血と硝煙に霞む向こう側。その日々に彼らの魂は届かない。そしてそれは原初の思い出、人でなくなった者たちの黙示録。

 

かつて愛し合った者たちを世界は戦わせる。----互いの譲れない存在と未来を賭けて。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ・・・・」

 

暗い部屋に敷かれた布団の中、簪は目を覚ました。だが、息苦しくて体が動かない。そんな状態で顔を横に向けると、自分の手を握って眠りについている楯無がいた。寝巻ではなく、制服姿であるところを見ると、自分を看病している途中で眠ってしまったようだ。

 

何だかこうして手を握られるのは懐かしい感覚だ。昔、姉と一緒に寝た時、お互いを安心させようと手を握って眠りについていたからだろうか。

 

「っ・・・」

 

体を起こすと、ズキリと鈍い痛みが体を駆け巡る。よく見ると、体中に包帯が巻かれており、口には医療用マスクがつけられている。

 

「あまり動くな、怪我が悪化するぞ」

 

その声の主はいつからいたのか、部屋の窓枠に腰かけている雄星ーーーーいや、破壊者(ルットーレ)だった。窓から差している月光に照らされ、紅き瞳が輝いている。

 

破壊者(ルットーレ)・・・・」

 

「いいお目覚め・・・・・とはいえなさそうだな」

 

色々聞きたいことがあるというのに頭が働かない。彼がこうして自分の前にいること事体に現実味を感じられていない自分がいるのだ。

 

「あの・・・あの後、どうなって・・・・」

 

「悪いが面倒なことは嫌いなんだ、詳しいことはこいつに聞け」

 

そういい、簪に青い指輪ーーーーエスト(打鉄弐式)を投げ渡す。機体自体は束に破壊されて今は修復できなかったが、幸いなことにAIのエストは作戦が終了し、簪が寝ている間に何とか修復を終わらせることが出来た。

 

『マスター、よくぞ御無事で・・・・』

 

「エスト・・・・ありがとう、守ってくれて・・・・」

 

『お礼は不要です。あなたを守ることが私の存在意義です』

 

口では淡々とした口調だったが、自分の主である簪がこうして無事だったことに嬉しい様子だ。もし、彼女に肉体があったら、勢いよく抱きついてきていたかもしれない。

 

破壊者(ルットーレ)も無事でよかった・・・・」

 

「俺の心配をしていたのか?生憎だな、俺が負けることはありえない。君はカマキリが蝶に負けると思っているのか?」

 

呆れたような口調だが、口角が僅かに上がっており、まんざらでもない様子だ。なんだか、彼が笑うなど意外な光景だ。妖しい紅き瞳に触れた者の命を絶命させる危険な雰囲気。だが、彼は笑った人間の様に。

 

「後の君の警護と看護はエストが引き受ける。君の負傷はまだ良いとは言えない、おとなしくしていろ」

 

それだけ言い残すと、破壊者(ルットーレ)は退室していった。部屋には簪とエスト、そして眠っている楯無が残された。ひとまず、眠っている楯無に近くにあった毛布を掛けておく。

 

「ねえ、エスト・・・・なんで、雄星と破壊者(ルットーレ)は・・・・私達のために戦ってくれたの?何も・・・お礼なんてできないのに・・・・」

 

『ならば、マスターはお礼さえできれば、彼がボロボロになるまで戦わせるおつもりですか?』

 

「そ、そういう意味じゃなくて!・・・・なんで、私たちのために戦ってくれたのかなって・・・・」

 

彼は戦うことしかできないと自分で決めつけてしまっている。別にそれを肯定するつもりはないが、戦うならばせめて自分に利益のある戦いをすればいい。それが賢い生き方だと彼自身も分かっているはずだ、それなのになぜ彼はこの学園にーーー自分の近くにいてくれるのだろうか。

 

『確かに、彼をーーー破壊者(ルットーレ)を求めている企業や軍隊は世界中にあります。ですが、大切な人のために戦うことを止め、自らの欲望を満たすためにその剣を手にした時、彼はおそらく心身ともに悪に堕ちてしまうでしょう。それこそ、小倉瑠奈でもなければ小倉雄星でもない、全てを破壊する破壊者(ルットーレ)へ』

 

彼はお世辞にも人とは言えない肉体となっている。だけど・・・いや、だからこそ、彼は自分は人間だと自らの心に言い聞かそうとするのだろう。そうしなくては自分が自分でなくなってしまいそうな気がして。

 

『だから、あなた達は彼が挫けそうになった時に支えてあげてください。彼は見ての通り、危なっかしいお人ですからね』

 

彼は大切な人を救うために、自分の全てを受け入れて破壊者(ルットーレ)となった。結局、戦う理由は今も昔も変わらない。大切な人を守りたいという決して変わらない想いが彼にある。

その想いは女尊男卑となり複雑になったこの世界で誰もが忘れ、失ってきた物ものなのかもしれない。人が持つべきの大切なものを皮肉なことに、人とは言えない彼が誰よりも受け継いできた。

 

「ねえ、エスト・・・・私の体、動かしても大丈夫?」

 

『まあ、激しい運動などでなかったら大丈夫だと思いますが・・・・』

 

「だったら・・・・」

 

恥ずかしそうに頬を染めながら、点滴を抜き、医療用マスクを外す。そして、なぜか着替えを持って部屋を出ていく。部屋には静かな寝息を立てている楯無のみが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・いい湯だな・・・」

 

旅館の露天風呂に入りながら雄星は気持ちよさそうにため息を吐く。いままで温泉旅行など行ったことなどなかったため、こういう温泉は新鮮だ。入る前に今回のヒーローである破壊者(ルットーレ)に入るように勧めたのだが、『興味ない』と即答し、眠りについてしまった。

 

別に強制する気はないが、こういう肉体があるだからこそ味わえる娯楽という物も、たまには味わってみるべきではないのだろうか。まあ、こういう興味のないことにとことん無関心というのも彼らしいが。

 

「じじいくさいぞ、雄星」

 

「じじいくさいぞ、じゃない。なんであんたがここに居るんだ?」

 

普通のように隣で温泉に入っている千冬を睨みつける。ここに来る道中に千冬にばったり鉢合わせし、『どこに行くんだ?』と聞かれ、『温泉に入って疲れをとる』と即答すると、『ならば混浴風呂がある。一緒に入るぞ』と話があさっての方向に進んでいき、強制連行されて今に至る。

 

「そういうな、昔こうして一緒に風呂に入ったのを覚えているか?懐かしいな雄星。あの時、毎回私の胸を不思議そうに揉んできたな」

 

「そういうあんたもよく僕の尻を楽しそうに触ってきたじゃないか」

 

「はっはっは、そんなこともあったな」

 

露天風呂という解放的な空間だからか千冬が上機嫌そうに笑う。今は特別開放してもらっている状態で、雄星と千冬以外誰もこの場にいないだからこそ、助かっているが、2人ともタオルで体すら隠していない生まれたままの姿なのだ。男女がタオルで体を隠さずに混浴しているのは世間体からしたらあまりよろしくない。

 

「あの時のお前は女に大きな恐怖を抱いていたからな、ビクビクとハムスターのように怯えながら私のいいようにされてたのは可愛かったぞ」

 

「あんたは弟がいたからか、年下の扱いは慣れている感じだった。だからこそ、安心して身を任せられたのかもしれないね」

 

「嬉しいことを言ってくれるな」

 

珍しく自分を褒めてくれて嬉しいのか、隣に座り直すと腕で強引に雄星を自分の胸元に抱きしめる。いつもならば彼は嫌がるはずなのだが、今は瑠奈ではなく雄星だからか、それともただ疲れているだからか抵抗はせず大人しくしていた。

 

彼とは出会いが悪かっただけなのだ。もう少し違う出会いをしていたら、雄星は自分と一夏の弟となり、幸せに暮らしていたのかもしれない。だが、こんな出会いをしてしまっては、本当にもう彼と道が交えることはないのだろうか。

 

「・・・・苦しいよ・・・・」

 

「あ、ああ、・・・・すまない・・・」

 

考え事をしていたせいか、長い間彼を抱きしめてしまったらしい。

 

「考え事かい?今ぐらい仕事からは解放されたら?」

 

「そうだな、何事もほどほどが一番だ」

 

せっかく久しぶりにこうして2人だけになれたのだ。暗いことや仕事のことは今だけでも解放されていたい。

 

「まあ、せっかくの露天風呂なんだ。あれはないのか?」

 

「ああ、あれね。ちょっと待ってくれ、確か・・・あったあった」

 

ディスプレイを操作すると、手元に一本の日本酒の熱燗を出現させる。この酒は実験用のアルコールと食べきれない米を組み合わせて、長持ちする酒に作り替えたものだ。だが、肝心の雄星が酒を飲めないため、持て余していたが千冬が処分してくれるらしい。

 

「ぶはぁー、なんでお前が作る酒はこんなにも美味いんだ?」

 

「さあね、そこまで何かを意識して作っているわけじゃないんだけどね」

 

たださえ上機嫌なのに加えて、そこに美味い雄星の酒が手元にあるのか、はっはっはと愉快そうに千冬が笑いだす。だが、雄星は忘れていた。千冬は酒が入ると、性格に妙なアクセルがかかってくることに。

 

「おい、雄星、酒の礼だ。私のおっぱいを好きなだけ揉んでいいぞ!」

 

「黙って飲んでろ」

 

「なんだとぉぉ!!あ、わかったぞ、お前こっちの方がいいんだろう?」

 

ニタリと妖しい笑みを浮かべると、雄星の手首を掴むと自身の股にこすり付ける。この頭を抱えたい状況に、今すぐにでもあがりたい気持ちになるが、この暴走列車状態の千冬を放置したら何をしでかすのかわからない。下手すると体を逸らし、狼のように遠吠えでも始めるかもしれない。

 

「はぁ・・・っ!?」

 

ため息を吐いた瞬間、この露天風呂に何者かが入ってきた。もしや襲撃かと思い、2人は身構えるが入ってきたのは青髪に身長が雄星と同じくらいの身長をした少女だった。体中に包帯を巻き、たどたどしい足取りで入ってきたその少女は間違いなくーーーー

 

「お、お邪魔します・・・・」

 

恥ずかしいのか、顔が真っ赤に染まった簪だった。意外な人物の登場に持っていたサバイバルナイフを落としてしまい、温泉の中に沈む。

 

「・・・・何やってるの?」

 

「いや、その・・・・わ、私が疲れを、癒してあげられないかな、と思って・・・・」

 

日頃の静かで大人しい簪では想像できないほど大胆な行動力だ。そこら辺はやはり、あの刀奈の妹だということが分かるが、この状況での乱入は最悪なタイミングだ。

 

「簪、悪いことは言わないから今すぐーーー「おお、更識妹、お前も来たか」」

 

警告が間に合わず、酔っ払い状態の千冬が笑い声を上げながら絡む。雄星は腰にタオルを巻いているのに比べて、酔っ払いの千冬は体を何も隠さず、生まれたままの姿で片手には熱燗を握っている状態だ。そのため、豊満な乳房に、ムチムチで筋肉質な体つき。自分とは似ても似つかない圧倒的なスタイルを前に、簪は顔を逸らして現実逃避している。

 

「まあ・・・ここは混浴だしゆっくりしていって」

 

「う、うん・・・お邪魔します・・・・」

 

風呂桶を置き、シャワーの前に座る。そして体を洗おうとシャワーのノズルに手を伸ばそうとする簪に魔の手が忍び寄る。

 

「とうっ!」

 

「きゃっ!?」

 

突然、後方から酔っぱらって顔が真っ赤になっている千冬が手を伸ばし、簪の胸を背後からわしづかみする。

 

「お、織斑先生っ!?」

 

「うーん、こんな貧相な胸で将来雄星の子供が出来た時、どうやって授乳するつもりだ?搾乳機でも使って搾り取るのか?」

 

「だ、大丈夫です・・・・こ、これからが、成長期ですから・・・・」

 

「そうかそうか、まあ、お前の姉はいい身体をしているんだ。せいぜい励めよ。せっかくだ、私がお前の体を洗ってやろう」

 

「え、で、でも・・・」

 

「いいから、遠慮するな」

 

手でタオルをこすり、泡立ててから簪の体を洗っていく。千冬は鼻歌を歌いながら上機嫌な様子だが、豊満な胸を押し付けられている簪は大きな劣等感に襲われている。ちらりと、雄星を見てみると、気遣いからか湯船に落としたナイフの水気を切っており、凝視はしていなかった。

 

彼が女の体つきで浮気するほど、尻軽な人間ではないとは分かっているが、こうして圧倒的な存在が隣にいると、胸にグサリと何かが突き刺すような痛みを感じる。

 

「下も洗ってやる。立て」

 

「い、いえ、そこは自分で・・・・」

 

「いいからいいから、遠慮するな」

 

饒舌となった千冬に抵抗できず、何をされるのかとビクビクと怯えながら、千冬に尻を見せる形で立ち上がる。

 

「お前はケツだけはいい形をしているな。たくさん子供を産めそうな肉付きをしている。将来は安泰だな、ははっ!」

 

直球すぎる評価に顔を真っ赤にしながら雄星の方を見る。なんだか、この会話を雄星に聞かれるのだけは嫌だったのだが、今度はは夜空を見上げながら千冬が飲み干した酒の補充をしていた。聞こえていないーーーーと信じたいが、ひょっとすると、簪の気持ちを案じて聞こえてないふりをしているだけなのかもしれない。

 

「え、エスト・・・・助けて・・・・」

 

助けを乞うように指輪に声を掛けるが、エスト自身も面倒ごとはごめんなのか反応することなく沈黙したままだ。そんな孤軍奮闘している簪にさらなる試練が立ち塞がる。

 

バチーーィィン!!

 

「きゃぁっ!?」

 

千冬が突然洗っていた簪の尻を叩き、爽快な音と共に尻部の肉が揺れる。突然の衝撃に裏返った声が出て困惑してしまっている簪に対し、千冬は悪びれた様子はなく、フリフリと左右に揺れている簪の尻部の肉を満足そうに眺めている。

 

「お、お、お、お、織斑先生っ!?」

 

「いや、なんかこのケツで雄星を誘惑したと考えると、なんだか憎々しく感じてな。もう一発叩かせろ」

 

「ひぃっ!」

 

もう一発食らわせようと千冬の手が振りかぶったと同時に、体を素早く動かして雄星のいる湯船に飛び込む。体が危機を感じたのか、自分でも驚くほどのスピードであった。

 

「簪、大丈夫?」

 

「うぅぅ・・・助けて・・・・」

 

恥ずかしさと恐怖からか、涙目になりながら雄星の元に向かうと、素早く背後に隠れて千冬と距離を取る。

 

「おいおいなんだ、裸の付き合いもできないとは無礼な奴だな」

 

「今のあんたが礼を語るな」

 

火に油を注ぐ結果になることは分かっているが、次々に瓶に注がれた熱燗を渡していく。今の千冬は酒を飲んでいるときは静かなのだ、ならば、その場しのぎとわかっていても、酒を飲んで静かにしてもらうしかない。

 

「お、織斑先生って・・・・こんなにも酒癖が悪いの・・・・?」

 

「うん、正直僕も忘れていたよ」

 

日頃厳格な人間ほど、オフ時のギャップが激しいものだが、これはギャップというより表裏が激しいといったところだろう。正直、めんどくさい。隣でぎゃあぎゃあと騒ぐ千冬を黙らせようとさらに熱燗を取り出そうとしたとき、1つの呼び出しメールが届いていたことに気が付く。

 

「ごめん、もう上がるよ」

 

「早いな、もうか?」

 

「ああ、用事が出来た。とりあえず、酒は置いておくからあとはごゆっくり」

 

「じゃ、じゃあ、私も・・・・」

 

雄星に便乗してあがろうとする簪だが、目の前の飢えた狼が獲物を逃すはずがない。

 

「お前は入ったばかりだろうが。私に付き合え」

 

その楽しげな表情を見た瞬間、全身の毛が逆立ってきた。不思議なことに、ここは危険だと脳が警告してくる。

 

「あ、あの・・・でも・・・・」

 

「雄星を誘惑したお前の体をもっと知りたくなった。なあに安心しろ、今は貸し切りだ。いくら叫んだところで誰にも聞こえはしない」

 

恐怖で固まっている簪と酔っている千冬を残し、雄星は出ていく。脱衣所に戻った瞬間、背後から激しい水音と千冬の笑い声、そして簪の悲鳴が聞こえてきた。

 

『こら!動くな更識妹、大人しくそのエロケツを突き出せ!!』

 

『きゃっ!や、やめてください!!そこは指を入れる場所じゃーーー』

 

『大人しくしていたら私だってこんなことをせずに済んだんだ!いいから、言う通りにケツを割り開いて私に見せろ!!あいつの性癖に合わせて快楽を得られるようお前の体の穴を拡張してやる!!』

 

『き、きつい・・・いや、指を動かさないでーーーーうゔぉぉ・・・』

 

『お、良い声を出すな。もっとその声を聞かせろ。2本目入れるぞ、はっはっは!!』

 

『がっ、あっ、あんっ、い、イヤぁぁぁぁ!!』

 

酒は飲んでも飲まれるなというが、今の千冬は酒に飲まれているというより、飲み込まれているといった状態だ。そんな暴走者を静めるためには生贄が必要であった。そう、彼女の注意を引き、決して飽きられない生贄が。

 

「簪・・・・頑張れ・・・・」

 

扉越しに聞こえてくる簪の喘ぎ声を気の毒そうに聞きながら、雄星は静かに着替えて脱衣所を出て行った。




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