京都での戦闘は激化を極め、多くの情報が飛び交っている。その全ての中継地点となっている本部では千冬や真耶が忙しそうに右往左往と動いている。同じように本部で指揮をとらなくてはいけない楯無だが、司令室ではなく、一般客が使う部屋で静かに座っていた。
自分でもこんな状況でこんなことをしている場合ではないとわかっている。だが、目の前で眠っている愛しの妹を放っていることなどできなかった。
「簪ちゃん・・・・」
様々な医療用機材に囲まれて静かに眠る簪の手を握る。簪の全身には包帯を巻かれ、口には医療用マスクをつけられ、静かに呼吸音を発している。
今から一時間ほど前に敵の襲撃を受け、負傷した簪が旅館に運び込まれてきた。強い衝撃を受けたせいか、腹部の皮膚は大きく変色し、顔は噴き出した血で真っ赤になり、意識もなく体中が傷だらけだった。その壮絶な光景に生徒会長として冷静な思考を心がけている楯無は大きく泣き叫んでしまい、大きく取り乱してしまった。
このままではまともな判断もできないと千冬は頭を冷やそうとしたのか、こうして誰もいない部屋に簪と一緒に閉じ込め、見守らせてくれている。
だが、こうして2人だけでいても不安は膨れ上がっていくだけだ。
簪の容態に奪われたエストと専用機、そして彼について。
空港倉庫に現れたところまでは聞いたが、それ以降の消息はつかめず、完全に行方不明となっている。彼のことだから大丈夫だとは思うが、相手は一度負けている
今すぐにでも確認に向かいたいが、本部を空けるわけにはいかないし、今は簪の傍にいたい。なんだかこうしていないと、簪がーーー愛しの妹がどこか遠いところに行ってしまうような気がしてくる。
「雄星君・・・・
彼が天使だろうが悪魔だろうがどっちでもいい。彼が何者であろうと自分は受けとめる。だから・・・・どうか簪を---この妹を救ってほしい。
「お願い・・・・助けて・・・・」
涙を浮かべながら消えてしまいそうなほどのか細い声で呟く。だが、虚しいことに部屋には静寂が訪れ続けるだけだった。
ーーーー
「黒騎士、前へ出すぎるな!!2人で少しずつ追い詰めていく!!焦るな!!」
「わかっている!!」
白騎士の左腕から放たれる荷電粒子砲を避けながら、エクリプスと黒騎士は相手を取り囲み、互いに持っているバスターライフルを撃ち放つ。
大火力の絶大な威力を持つ武装だが、その攻撃は絶対防御を前にして防がれる。
「ちっ、何という威力だ・・・・だがっ!!」
圧倒的な性能を前にして気弱になってきている自分を喝破し、エクリプスから受け取ったサーベルを引き抜くと、一気に突っ込んでいく。一見無謀に見える行為だが、この行動の意味を瞬時に
「はぁぁぁぁ!!」
バチバチと火花を散らしながら『雪片壱型』とサーベルがぶつかり、互いに渾身の力をぶつけ合う。だが、やはり、
『愚かな、者よ、地に堕ちろ』
無情に吐き捨て、手元の『雪片壱型』を大きく切り上げて黒騎士を吹き飛ばす。そのままバランスを崩した黒騎士に斬りつけようと急接近するが、そこでマドカの口角が上がる。
「今だ、やれ!!」
上空でカルネージ・ストライカーを展開させたエクリプスが待機しており、白騎士へ照準を合わせる。いくら固い防御力を持つとしても、このエクリプスの最大火力の前では全ては消し飛ぶ。
「灰燼に帰せ」
白い閃光ともに大出力の光の柱が発射され、白騎士を包み込む。さすがの絶対防御でもこの攻撃は完全には防ぎきれないらしく、強烈な圧力に押しつぶされ、真下の暗闇の森林へ落ちていく。そのまま追撃といわんばかりに胸部、腰部、強襲用オプションパックが展開し、大量のミサイルを発射して森林を吹き飛ばす。
「やったか・・・・?」
炎と煙に包まれている森林にそう呟いた瞬間、暗闇の燃え盛る森林の中から一発の荷電粒子砲が飛び出し、エクリプスを吹き飛ばす。視線を向けてみると、爆炎と煙に包まれた森林の中で白騎士が平然と立っていた。その様子からはダメージを負っている様子はない。
「頑丈な奴だな・・・・さて、どうする・・・・?」
あの防御を突破する方法が今のところ思いつかない。最悪、白騎士を掴み天空で自爆するという手段もあるが、その爆発の範囲がはっきりと確認できないのでは危険な方法だ。下手すると、京都の都ごと吹き飛ばしてしまう可能性もある。
「どうするつもりだッ!?このままでは・・・・」
「そう慌てるな、この
負けない、負けられない。その心に応えるように戦況を見ている紅き瞳が輝き始める。とりあえず、エクリプスの最大火力であるカルネージ・ストライカーが効かないとなると、接近して最強の矛で一点突破を狙うしかない。全身のミサイルを全て撃ち放つと、無駄な弾倉や装甲を切り捨て、アイオスに装備を切り替える。
それと同時に全身にアリス・ファンネルを展開し、白騎士へ顔を向ける。その表情は皮肉と自虐が混じった虚しいものだ。
「黒騎士、あんたは白騎士を抑えてくれ。後はこちらがやる」
「貴様・・・・何をするつもりだ?」
ただならぬ雰囲気を感じ取ってか、震えた声がマドカの声から発せられる。情けないことだが、全身が震えてくる。これからすることに恐怖しているのだ。
「あんたは援護射撃だけしてくれればいい。その後、できればここから出来るだけ離れろ」
「・・・・死ぬなよ」
嬉しい慰めをもらい、黒騎士は銃口を燃え盛る森林の中に佇む白騎士へ向ける。
「行け!!」
その声を合図にアイオスと黒騎士は全速力で白騎士へ突っ込む。迫りくる2つの光を撃ち落そうと荷電粒子砲で迎撃してくるが、並走している黒騎士の援護射撃とアリス・ファンネルでどうにか凌いでいく。ギリギリのところまで接近すると、黒騎士は離脱していくと同時にサーベルを引き抜く。
その時のサーベルはいつも使っている物とは違い、刃渡りは短く、強烈なエネルギーを放出していた。あの防御力を目の前にしては通常の武器では歯が立たない。ならば、先端にエネルギーを集中させ、一点突破であの鉄壁のシールドエネルギーを突き破る。
「はぁぁぁぁ!!」
切りかかるというより、特攻といった表現のほうが正しい形で白騎士に突っ込み、大きな衝撃に森林の地面や木々は吹き飛び、大量の土煙が森林一帯を包み込む。その時のアイオスが突っ込んだ衝撃で白騎士はバランスを崩して地面に仰向けに倒れこむ。
「死ねぇぇぇぇっ!!」
その千載一遇のチャンスを逃すわけはなく、白騎士の体を足で抑え、握ったサーベルを突き刺そうとするが、左腕から放たれた荷電粒子砲が正確にサーベルごと右手を吹き飛ばす。
「うぐぅっ!!」
右手が焼ける痛みに耐え、瞬時に次のサーベルを引き抜こうとするが、それよりも早く足元の白騎士が体を起こし、アイオスの首を両手で掴み、締め上げる。そのまま、腹部に蹴りをいれてバランスを崩させ、体勢を反転させてアイオスを地面に押し倒す。
「ぐぐぐぅぅぅ・・・・」
右手は焼かれて使い物にならず、視界がぐらつくせいで正確にアリス・ファンネルを直撃させることは難しい。そのまま全身の体重を押し付けてアイオスを追い詰めていく。視界がぼやけてきたことによって目の前に広がる白い景色。そこに黒い影が忍び寄る。
「白騎士ぃぃぃぃ!!」
アイオスのピンチを見てか、ランサー・ビットを白騎士の背中に突き刺し、動きを鈍らせる。絶対防御を前に効果などないに等しいが、ほんの僅かだが隙が出来た。
「今だ、やれ!!」
「っ!!」
押し倒されていた体を押し上げてサーベルを抜刀し、白騎士の頭部を食らわせる。エネルギーを集中させたその斬撃は装甲を破損させ、確かな攻撃力を見せるが、踏み込みが浅かったせいか大きなダメージにはならない。
「まじかよ・・・」
不運かそれとも偶然か。ともかく自分の運のなさを恨みながら、反撃として放たれた白騎士の重い斬撃に吹き飛ばされて意識が遠ざかる。その時、斬りつけた頭部の装甲がはじけ飛び、金色に輝く一夏の双眸が姿を表す。
今思うと、初めて会った時からこの男は気に入らなかった。弱いくせに無理に何事も背負い込もうとして、無駄だと分かっているくせに『大切な人を守る』とかいうくだらない理想論ばっか説いてきて。男でありながらISを使える存在、ISを倒すために生まれた自分とは相反している者だ。
だが、たとえ生きている目的が違くても、道がすれ違ったとしても、
「なんで・・・こんな、こと・・・・に・・・・」
「
力なく倒れたアイオスを助けようとするが、それよりも白騎士の斬撃が襲いかかるのが先だった。その強烈な剣筋をサーベルで凌ぎきれるはずもなく、全身の装甲を削られていく。だが、それでも退くわけにはいかない。この
「潮時よ、エム」
大きな危険を冒してでも助けようとアイオスに手を伸ばすが、後方からスコールが現れ、黒騎士の胴体を『ゴールデン・ドーン』の巨大なテールに備え付けられているクローで掴み、引き離させる。よく見ると右腕にはオータムを抱いていた。
「さようなら、織斑一夏くん、
「放せ!!このままではあいつがっ!!」
「感情で動くと死ぬわよ。いいから大人しくしていなさい」
マドカをしっかりと固定し、動かないようにしたスコールはそのまま
『・・・・・・』
だんだんと小さくなっていくスコールに白騎士は左腕の荷電粒子砲を向けて狙いを定めるが、その行動は敗北の決定打となる。
「っ!!」
照準に気を取られ、注意がおろそかになっている一瞬の隙を生かし、アイオスが白騎士の顔面をわしづかみにして押し倒す。振りほどこうと腹部や脚部に荷電粒子砲を撃ちこむが、全身が焼かれたとしてもアイオスは掴む手を離さない。
『愚かな、獣が』
「それじゃあ、お前の大好きな獣姦プレイといこうか」
アメリカ人であっても笑えないブラックユーモアあふれるブラックジョークを言うと、右手が光り始め、白騎士の装甲を溶かしていく。何とか振りほどこうともがくが、肘、膝にアリス・ファンネルの刃を突き刺し、動きを封じる。
「もう終わりだ。この戦いも、俺たちも」
そう語り掛けた瞬間、地面に地割れが起き、右腕の装甲が吹き飛んだ。それに続いて放つエネルギーに機体が耐えられていないのか、全身の装甲が吹き飛び、体が悲鳴を上げる。アイオスの顔面の装甲が吹き飛び、金色の瞳の一夏と輝く紅色の瞳の雄星が向かい合う。
同じ親に捨てられ、大切な姉がいる似た境遇の者同士。だが、分かり合うことは出来ない、それが運命だ。激しい轟音で耳がやられ、体の感覚も感じなくなってくる。だが、これでいい。この
消えていく意識の中、力なく微笑んだその瞬間、森林一帯が吹き飛び、白い閃光と激しい轟音が京都の都を包み込んだ。
ーーーー
「白騎士、完全に反応を沈黙しました!!」
「直ちに専用機持ちを救援に向かわせろ!!各機は互いにオープンチャンネルで救助の状況を連絡し合うことを忘れるな!」
千冬の指示と共に、真耶が一斉に専用機持ちを戦闘が起こった地域へ急行させる。それと同時に千冬は部屋を退出し、廊下を歩いて行く。ここからは時間との勝負だ。いち早く2人を回収し、迅速な治療を施す必要がある。そのため人員を惜しんでいる余裕はこちらにはない。
「入るぞ」
扉を開けると、たくさんの医療機材に囲まれ、静かに横たわっている簪とその簪の手を握っている楯無が傍らに控えている。
「これから雄星の探索活動を行う。更識楯無、お前にも参加してもらうぞ」
その言葉に反応してか、楯無がゆっくりと顔を上げる。だが、目は泣いていたからか充血して真っ赤になっており、頬には涙の跡があった。
「織斑先生・・・・」
「あいつはこの京都でお前たちを守るために戦った。ならばせめて迎えに行ってやってはどうだ?」
「・・・・・」
もちろん彼を迎えに行ってあげたい。だが、自分がいなくなったら妹である簪をどうなる。もしかすると、再び簪を狙って束が強襲してくるかもしれない。その時はいったい誰が彼女を守る?
「迎えに行ってやれ、あいつにはお前たちが必要だ」
「ですが・・・」
「ここには私が残り、お前の妹は私が責任を持って守る。だから行け、雄星を連れ戻して来い」
「・・・・わかりました」
袖で涙をぬぐい、立ち上がる。その目には迷いや戸惑いは消え去り、学園最強の生徒会である威厳があった。戦いは終わった、ならば彼の帰るべき場所になってあげるのが自分の役目だ。
「失礼します」
一礼すると、楯無は静寂に包まれている旅館の通路を歩いて行った。
『そうか、お前にも姉がいたのか。奇遇だな、私にも1人手間のかかる弟がいるんだ』
『その弟はあんたにとってどんな存在なんだ?』
『どんな存在と聞かれてもな・・・大切な弟としか言いようがないな。それを言うならば、お前にとって姉はどんな存在だ』
『彼女は・・・・僕の所有者だ。僕の命も肉体も魂も全て彼女の物なんだ』
『そうか、だがいつまでも姉に執着してはいつまでも前へ歩くことは出来ない。いつまでも未来永劫心身ともに縛られ続けるぞ。いい加減自立したらどうだ?』
それは綺麗ごとだ。生き方を見失った人間はそうやって生きていくしかない。織斑千冬、あんたも僕と同じように大切な家族を失った時、同じことを言えるのか?
だが、ここで討論するのは無駄な行為だ。家族を失い、絶望のどん底にいる僕とたった1人でも家族がいる千冬。そんな者同士が話し合ったとしても何も変わらないし何も得るものはない。
だが、もしかしてこれから先の未来で自分の全てを捧げていいと思う人が出てくるかもしれない。その人のために、何もかも捧げる。何もかも捨てられる。命を懸けられる。そんな素敵な人に出会ったとき、僕はーーーーー
「どこにいるの・・・・雄星君・・・・・」
京都の夜空を専用IS『ミステリアス・レイディ』を纏った楯無が飛翔する。専用機持ちが四方に散って探索する。白式を纏った一夏はすぐに発見されたのに対し、どうしても雄星だけが見つからなかった。もしかすると、あの閃光の中で肉片1つ残さず消え去ってしまったのかもしれない。
そんな最悪な想像を頭を振って振り払った時、小さい微弱な通信を受信する。
『だ・・・・か・・・・・を・・・・』
「な、なに?」
雑音が混じり、上手く聞き取れなかったが、その声は聞き覚えのある声だった。通信の周波数を上げて、なんとか受信できるようにすると、やはりその声は知っている声だった。
『誰・・・・か・・・・・応答・・・を・・・・』
「エストちゃん!?」
『その声は・・・・よかっ・・・・た・・・・』
「エストちゃん、今どこにいるの?」
『私は・・・・・雄星・・・・と共・・・・・に・・・・』
エストは雄星とともにいる。その状況を瞬時に判断すると、すぐさま通信を逆探知して位置情報を割り出す。通信が発信されている場所はこの京都の町からいくつかの山を越えた先の森林からだった。どうやらあの爆発で京都から大きく外れた山の奥まで吹き飛ばされたらしい。
どうりでいくら探しても見つからないわけだ。
「すぐに迎えに行くわ!だから、頑張って!」
『お願・・・・す。もう・・・・エネル・・・・・が・・・・・』
それを最後に通信は切れ、一切の反応は見せなくなる。だが、肝心の位置情報は判明した。機体のスラスターをフル稼働させて彼の現在地へ向かう。途中、いくつもの山を超えていくと、木々は生える森林の中、一機の人型の機体が倒れていた。
「雄星君!!」
慌てて駆け寄るが反応はない。全身の装甲は砕けて大破しており、機体反応は発しておらず、パワーダウンしているのかピクリとも動かない。
だが、楯無が触れた瞬間、全身がかすかに輝き始めた。そのまま、体がゆっくりと浮かび上がっていく。
すると、新たな装備を換装するかのように全身の砕けている装甲や欠けている装備が再生されていく。まるで、機体そのものが生き物であるかのようだ。例えどんなに深い傷やダメージを負ったとしても、操縦者の折れない心があるかぎり消えることなく、その意志を貫き続ける力。それがこの機体と操縦者である少年の願った物であった。
「雄星君・・・・
楯無が手を伸ばすと、エクストリームはその手を優しく握り、京都の方角へ引っ張っていく。まるで楯無に帰ろうと催促しているようだ。
「そうね、簪ちゃんやみんなが待っているわ。帰りましょう」
綺麗な星々が煌めく夜空の中、手を握った2機の機体が綺麗な軌道を描きながら向かっていく。自分の帰りを待ってくれている者たちの元へ。
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