星々と月が輝いている京都の夜空。各々の星が自分の存在をアピールするかのように暗い夜に光っている。その幻想的な夜空に大きな輝きを放ついくつもの光が動いていた。
「いつも思うんだが、なぜこの世の女はISが扱えるというだけででかい顔をしたがるんだろうな?この世界には自分よりも強くて優秀な奴が山ほどいるのに」
ーーーー人間は下を見て安心したいんだよ。自分の価値や優秀さを他人に認めさせたいのさ。人間の心理には承認の欲求という集団のなかで尊重されて認められたいという願望がある。別にそれ自体は悪いことじゃない。人間ならば、誰しもが持っている欲求だからね。
「やっぱりわからないな。名誉や地位など少し躓いたらすぐにそんなもの削ぎ落ちるぞ」
ーーーー社会から離れて1人で生きてきた僕や君にはわからないものなのかもしれないね。だからこそ、その世間離れした目で世界を見てみれば、きっと何か素晴らしい物を見つけられるさ。
「呑気だな」
「何をブツブツ独り言をいってんだぁ!!」
飛び交う炎と氷柱のミサイル。その猛攻の中をエクリプスは鳥のように攻撃の網目をすり抜けていた。一瞬の隙を見つけては、手元のエクリプスのバスターライフルを撃ちこむが、レインとフォルテのお得意の防御陣形『イージス』に防がれる。
「ほう、なかなかの防御力だな」
「何を余裕ぶってんだ!死にぞこないがぁ!」
上から目線で見下してくることに心底ご立腹といった様子で怒鳴ると、さらに攻撃の手を集中させる。だが、それではこの戦いを制することはできない。
「はぁぁぁぁ!!」
上空から箒の紅椿が接近し、レインの剣とぶつかる。レインを助けようとフォルテが向かうが、そこに甲龍の衝撃砲とブルー・ティアーズのビームが遮る。
「行かせませんわ!」
「力ずくで裏切りの代償をおしえてやるわよ!!」
慣れない編隊だが攻防ともに万能なエクリプスが戦線を支えているため、箒たちには大きな負担がかからず、自由に動けていた。
2人の優秀な射撃で動けなくなっているフォルテにエクリプスは照準を向け、ホテルを破壊した時と同じように右肩後ろの2つの筒状の強襲用オプションパックを1つに連結させ、巨大な砲身の砲口を向ける。
さっきは『イージス』で攻撃が防がれたが、このカルネージ・ストライカーならば、操縦者ごと消し去ることが出来るだろう。
「消えろ・・・・弱きものが・・・・」
右肩の巨大な砲身にパワーが溜まっていき、発射準備が整う。引き金を引いて発射しようとしたとき、砲身に黄金色の鞭が巻き付き、大きく射線をずらす。上に大きくずれた砲口からまばゆい光の柱が発射され、夜空に消えていく。
「ちっ・・・・」
「今、あの子たちをやらせるわけにはいかないのよね」
その鞭を放ったのは、金色のカラーリングを施された専用IS『ゴールデン・ドーン』を纏ったスコールであった。撃ち落そうとバスターライフルを向けるが、カルネージ・ストライカーを巻きつけている炎の鞭『プロミネンス』がもう一本放たれ、銃身を縛りつける。
「悪いけど、いまはあんたらが邪魔なんだ。頼むから死んでくれないか?」
「あら、レディに向かって言う言葉かしら?」
エクリプスの武装は縛られていて使えないが、相手もエクリプスを縛っているがゆえに大きく動くことが出来ないだろう。腰部、胸部からミサイルを放ち、スコールを撃ち落そうとするが、背後に装備されている試作パッケージ『レッド・バーン』の熱線レーザーが撃ち落す。
「なかなかいい装備ね、気に入ったわ」
すると、その余裕そうなスコールの上空から風の槍が降り注ぎ、エクリプスから引き離す。それに続いて専用IS『テンペスタ』を纏ったアーリィが出現し、エクリプスを縛っている鞭を振りほどく。
「大丈夫カ?瑠奈くん?」
「別に助けはいらなかったけどな」
お礼を述べることなく再び銃口をスコールへ向ける。残念だが、今はレインとフォルテの相手をする余裕もなければ、気分でもない。大抵の戦いは頭を取れば終わる。つまり、スコールを仕留めることがこの戦闘を終わらせる近道だろう。
「レポティッツァの居場所を吐かないのならば、お前に用はない。ここで殺してやるよ」
「おお、やる気だネ♪」
アーリィが手に風の槍を収縮し、投げ放つがスコールは慌てることなく、熱線のバリア『プロミネンス・コート』を機体に纏い、防ぐがその隙に急接近したエクリプスがバスターライフルの先端に光の銃剣を発生させて切りかかる。しかし、その斬撃は炎の鞭『プロミネンス』に機体ごと叩かれて吹き飛ばされる。
その吹き飛ばされたエクリプスを背後の巨大なテールが掴み、スコールの手元に引き寄せる。そして手の平に発生させた巨大な火球を顔面に押し付け、エクリプスの顔面の装甲にヒビを入れ、大爆発を起こし吹き飛ばす。その容赦のない攻撃に機体がビーと耳障りな警告音を響かせる。
「・・・・やっぱり、この体じゃ限界があるか」
だが、それでも負けるわけにはいかない。それが
「舐めるなよ・・・・人間風情が」
苛立ちの混じった声を出すと同時に、腰部、胸部、強襲用オプションパックの装甲が展開し、大量のミサイルが発射された。落下中の機体でまともに平衡感覚もとれないはずなのに、放たれたミサイルは正確にスコールの元へ向かっていく。
「無駄よ、このゴールデン・ドーンの防御を突破することはできないわ。そんなこともわからないの?」
そのミサイル群はさっきアーリィの風の槍を防いだ『プロミネンス・コート』に防がれ、爆散する。
「そこサ!!」
その爆炎の中、不意を突く形で3本の風の槍をアーリィが撃ちこむが、同じように防御される。アーリィが突破できないほどに防御力は高い。だが、今はそれでいい。
「っ!?」
ピーとロックオンされている警告音がゴールデン・ドーンに響く。ふと下方をみると、巨大な砲身カルネージ・ストライカーを展開させたエクリプスが砲口を向けていた。
「くっ!!」
避けられないと瞬時に判断すると、今纏っている『プロミネンス・コート』にくわえ、両肩に備えられた炎の鞭『プロミネンス』を全身に高速で回転させ、2重の防御シールドを展開させる。
「消えろ」
そんなスコールを短く吐き捨てると、大出力のカルネージ・ストライカーが発射され、金色の輝くISを京都の夜空のはるか彼方へ押し上げていく。だが、残念なことに天空に高く押し上げただけで撃破には及ばなかったようだ。
「はぁ・・・・」
あのISが頑丈なのか、それともエクリプスがフルパワーでなかったからか。こうしていると、面倒な連中を相手にしているというこの現実にため息が出てくる。
「すごいナ、君。あんな状況であれを撃つなんて」
「・・・・あんたも十分強いよ」
ともあれ、どうするべきだろうか。ここでスコールが戻ってくるのを待つかそれとも追撃に行くか。とりあえず、バスターライフルのマガジンを交換しようとしたとき、頭の中を不愉快な感覚がよぎる。それは『あの女』が来ている確かな証拠だ。
「あの女・・・・」
「ん?どうかしたのサ?」
「・・・すまないが、後は任せていいか?急用が出来た」
その返事を聞くことなく、エクリプスは戦線を離脱していった。こんなせっかちなところも若さゆえなのだろうか。そんな初々しい行動力に関心するかのような笑みを浮かべると、アーリィは天空に押し出されたスコールを追うために、機体を上昇させていった。
ーーーー
同時刻、空港倉庫にてーーーー。
「ここに
暗闇に紛れて一夏、ラウラ、シャルロット、簪が駆ける。警戒しながら軍人であるラウラがエスコートしていくが、ぴたりとラウラの足が止まる。
「おかしい・・・・なぜこんなにも静かなのだ・・・・?」
空港倉庫にはISはおろか、警備員すら見当たらない。その無音な空間が不気味な雰囲気を醸し出していた。
「エスト、この空間に生体反応はあるか?」
『熱探知や生命探知を行いましたが、生体反応はありません。ですが・・・・これは・・・・っ!?』
異変を感じ取ったエストが警告を呼びかけようとするが、それよりも早く閃光が輝き、目の前の倉庫が爆発音と共に吹き飛ぶ。
「くっ!」
いち早く異常を感じ取り、ISを展開したラウラとエストが素早くシールドを展開したため、負傷はなかったものの一夏たちは態勢を崩してしまう。そして、そこに一直線に突っ込んでくる機体があった。
「あれは・・・・サイレント・ゼフィルスっ!!」
キャノンボール・ファストで雄星を連れ去った機体。ISを展開させようとするが、それよりも早くロング・ライフルがシャルロットと簪を吹き飛ばし、
「私の狙いは貴様だ、織斑一夏」
手元のロング・ライフルに装備されている銃剣で一夏を切り裂こうとするが、素早く白式を展開し、剣戟を受け止める。
「ふん、少しは成長しているようだな」
「おかげさまでな!!」
まだISを展開していないシャルロットや簪がいる場で戦闘を行うわけにはいかない。白式の『雪片弐型』でサイレント・ゼフィルスを切り上げ、2機の機体は夜空へ駆け抜ける。
「ごほっ!げほっ!」
『マスター、シャルロット様、大丈夫ですか?』
シールドを展開させたが、大きく吹き飛ばされたため少なからずダメージを負ってしまったようだ。その状態で何とか立て直し、夜空で戦っている一夏の身を案じて3人は飛び立とうとするが、その前にふわりと躍り出る人影があった。
「にゃーん。せっかくの『黒騎士』のお披露目を邪魔させないよ☆」
陽気な声の持ち主、それは篠ノ之束その人だった。
「きらきら☆ポーン♪」
右手のステッキを振るうと、3人のISががくんと地面に這いつくばった。
「なっ!?」
「う、うごけない」
「これ、は・・・・重力?エスト!」
エストが原因を解明している間も立ち上がろうとするが、強烈な重力感に襲われて立ち上がることが出来ない。まるで、巨大な手で押さえつけられているような感覚だ。
「にひっ、束さんの最新作、『
にまにましたと笑顔を浮かべながら束は地面に這いつくばっている簪に近づく。
「ねえ、君ってゆーくんと最近親しくなっているよね?ずるいなぁ、この束さんを差し置いて親しくなるだなんて」
「ふぐっ!!」
そう言い、地面に這いつくばっている簪の後頭部を思いっきり踏みつける。強く地面に顔面を押し付けられたせいで。眼鏡が割れ、そのガラス片が簪の頬を切る。
「う・・・ぐ・・・・」
「やっぱり、あの臨海学校で君を消しておくべきだったかな。すっごく後悔しているよ」
ラウラやシャルロットも助けようと必死に体を動かすが、わずかばかり手足が動くだけだ。
「でももういいよね?私のゆーくんを横取りする泥棒猫だったら、ここで殺しちゃって」
手元のステッキの先端から刃を発生させると、踏みつけている簪の後頭部の少し下のうなじの部分に狙いを定め、振りかぶる。
「えいっ☆」
『このアバズレ女が!!』
呑気な声と共に突き刺そうとしたとき、荒々しい怒声が発せられて動けないはずの簪の打鉄弐式の腕が動くと同時に束の体を掴み、投げ飛ばす。
「う・・・うぅぅ・・・」
『マスター、大丈夫ですか!?』
機体を動かしたのはいち早くこの重力下の環境に適応したエストだった。しかし、肝心の操縦者である簪はこの環境に適応していないため、機体を無理やり動かすのは簪自身の体が持たない。
『あなたはISを降りて逃げてください。このままではあなたの命が危険です』
「エストは・・・どうするの?」
『あなたが逃げるだけの時間を作ります。あなたを守ることが私の存在理由です』
そう告げると同時に、機体が強制的に簪を下ろして動き始める。
「エストっ!!」
『あなたは逃げてください!!』
AIというのに感情が籠っている声で叫び、無人の機体は武装の薙刀『夢現』を出現させると、目の前の束に突っ込む。
「エストちゃんっとかいったっけ?君、人口AIのくせに犬みたいな思考をしているんだね」
『そこは人間みたいといって欲しいですねっ!!』
大声で叫ぶと同時に薙刀を束に向かって叩きつけるが、あっさりと手元のステッキで受け止められる。エストは手首と腕のモーターを全稼働させて全力なのに対し、束は赤子の手をひねるといった様子で余裕の笑みを浮かべている。
「悪いけど邪魔しないでほしいなぁ、用があるのはそこの根暗な眼鏡の女の子なんだ。あっち行きなよ」
エストなど眼中にないと言った様子でステッキの刃で薙刀を握っている両手首を切りつけ、蹴り飛ばす。機体が地面にこすり付けられ、激しい轟音が響くが、素早く立ち上がると荷電粒子『春雷』の照準を向けるが、その隙も与えないといった様子で束が急接近し、手首、脚部、武装の装甲を素早く切り刻み、解体させる。
『くっ!!』
せめてもの攻撃として、打鉄弐式の全身を使って押しつぶそうとするが、ステッキの刃が胴体に刺しこまれ、コアに接続されている機体稼働コードを切断される。さすがISの生みの親といったところだろうか。ISの弱点を的確に攻撃してくる。
『そ、そんな・・・・』
バチバチと全身からプラズマが流れ、様々なアラームと警告が表示される。意識はあるというのに、機体の指1つ動かない。
「よいしょっと、せっかくだし機体をいただいちゃおうかな。ゆーくんが作った機体には興味があるしね」
力尽きた打鉄弐式を地面に横たわらせ、機体につんと触れる。すると、機体が淡い光に包まれ始める。
『マスターっ!!逃げて!!』
「エスト!!」
その簪の悲痛な叫びも虚しく、機体が粒子となって消えていき、最終的に手の平サイズの青いクリスタルに収容される。
「よいしょっと」
目の前の青いクリスタルとなった打鉄弐式をポケットに収めると、束は冷徹で非情な目をしながら簪に歩みを進めていく。
「さてと・・・・じゃあ、裁きの時間だよ☆」
そう言うな否や明らかに人知を超えた圧倒的スピードで簪に接近すると、腹部に強烈な拳をめり込ませる。
「がはっ!」
肺や肝臓が圧迫され、呼吸が出来ず意識が遠のくがなんとか踏みとどまる。だが、口からは血が混じっている赤色の唾液が垂れ、四肢がピクピクと震えている。
「あっ・・・おぉぉ・・・・・」
「あれ、まだ意識があるんだ。意外と丈夫なんだね君」
「ぐぶっ!あぁぁ!!」
拳に続いて強烈な膝蹴りが簪の腹部にめり込み、さっきまでの血が交じり唾液と違い、正真正銘の多量の血が口から飛び出す。そんな意識もないといった様子の簪の後頭部を肘で思いっきり殴りつけ、地面に倒す。その時、地面に倒れた衝撃で、簪の口からの吐血だけでなく鼻血も噴き出す。
呼吸困難に意識不明の状態。人体に深刻なダメージを負い、脳や他の臓器が危険信号を発しているが、今の簪には動けるだけの気力も体力も残っていない。
「・・・・あぁぁっ・・・・ヴぉぅ・・・・」
「あれれ?死んじゃったかな?なんだつまらないなぁ、けどまぁ、まあいいか」
瀕死の簪を抱え上げようとしたとき、キラリと空が光る。その刹那、無数の白い飛行物体が束に襲いかかり、簪から引き離す。
「お、やっときたかぁ。待たせすぎだよん」
無数の飛行物体に続いて現れたーーーーいや、降臨したのは輝く両翼を身に着けた機体、アイオスだった。殺意のある紅き瞳で束を見下している。
「やあ、ゆーくん。いや、今は
「挨拶など必要ない。死ね」
それと同時に両翼から光の刃を出したアリス・ファンネルを一斉に射出し、束に斬りかかる。多数の全方位からの攻撃を束はダンスを踊るかのような楽しそうな顔を浮かべながら防いでいく。その様子はさながら蝶の舞だ。だが、その的確な攻撃は確実に地面に倒れている簪やラウラ達から引き離していく。
「この重力空間は・・・・空間圧作用兵器か。ならば・・・・」
手元のディスプレイに指を走らせて状況を整理し、瞬時にこの空間に適応するシステムを機体内で作り上げる。確かに束の兵器は優秀だ。だが、小倉雄星と
「システム起動・・・・」
アイオスから特殊な衝撃波のようなものが発せられ、この空港倉庫を包み込む。すると、ラウラとシャルロットの機体が重力から解放され、動けるようになった。
「シャルロット、ラウラ、君たちは簪を連れて旅館へ戻れ!!」
「だ、だが・・・・」
「いいから早くしろ!!束を抑えておくのも限界だ!!」
先程までは圧倒的な手数で抑えられてはいたが、束自体が攻撃に慣れ始めているのか既に数機のアリス・ファンネルを破壊して始めており、これ以上は耐えられない。
「わ、わかった・・・・」
束の実力を感じ取っていて、自分たちでは相手にできないことを自覚していたからか、地面に横たわっている簪を抱え上げると、2人は空港倉庫を離脱していく。これで残ったのは束と
「お望みならば、この京都で葬式を取り繕って墓も作ってやる。だから、この地で永眠しろ」
「ぶぶ~ひどいこと言うなぁ。これを返してあげないぞ♪」
まるで買ってもらったおもちゃを自慢するかのように束は手元のポケットから手持ちサイズの青いクリスタル。
「それは俺と雄星の主人が持つべき大切な機体だ。返してもらうぞ」
「だったら交換だね。これを返してあげるから、あの根暗な眼鏡少女、簪とか言ったっけ?あの子を頂戴」
「お前・・・・・何を企んでいる?」
不可解すぎる発言に手元の大型ビームライフル、ヴァリアブル・ライフルの銃口を向ける。
「あの子、束さんの攻撃を生身で食らって生きているってかなり丈夫な子だよ。せっかくだし『繁殖』に使えるとおもってね」
「繁殖?」
「そう、君の
「っ!?」
その悪魔の言葉に反射的に引き金に掛けていた指が動き、銃口から一筋のビームが飛び出す。それに続いて全機のアリス・ファンネルからも次々と攻撃が飛び出すが、そんなことは予想していたといった様子でステッキから発生したシールドに防がれる。
「そんなに感情的になるだなんて以前の君なら絶対になかったのに・・・・何をそんなに君を・・・・いや、君たちを変えたんだろうね?」
「俺や雄星みたいな負の遺伝子を後世に残してどうする?過ちは繰り返させない」
「人の罪や欲望で生まれた君が言うのかい?それは矛盾だよ?」
「生憎、人間とはそういうものだ」
「ほう?」
『人間』、彼はーーーいや、彼らは自分が歪んだ存在として苦しんだはずだ。生命の理を外れた肉体に閉じ込められ、数多くの苦悩に血反吐を吐くほどに苦しみ、喘ぎ、涙した。それども、自分を人間と定義し、矛盾を乗り越えてその前に進むことを選んだ。
1人の少年、小倉雄星として。
「じゃあ、これは返せないなぁ。束さんがもらっていくね」
「そううまくはいくかな?
「何を言ってーーー『
すると、打鉄弐式を閉じ込めている手元のクリスタルから消えそうなほどに小さな声が聞こえてくる。よく聞こえないと耳を近づけた瞬間、ピシッとクリスタルに亀裂が入り、そしてーーー
『ファァァァァァ----ック!!!!』
倉庫が震えるほどの大音量が発せられ、クリスタルを砕き、中から光の粒子が飛び出してきた。その粒子は真っ先にアイオスの手の平に集結し、1つの指輪を形成する。その指輪は紛れもなく簪の専用機である打鉄弐式の待機状態のものだ。
「遅いぞ、エスト」
『申し訳ありません、セキュリティの突破に思いのほか時間を取られました』
その声の持ち主は紛れもなく打鉄弐式の守り手、エストであった。これで取り戻すべきものは取り戻した。もはや長居は無用だ。
「じゃあな、生きてたらまた会おう」
機体のスラスターをフル稼働させ、空港倉庫の上空に飛翔する。これで束が死んでくれるとは到底思わないが、せめてもの手土産だ。痕跡は全て消していく。手を振るうと、アリス・ファンネルが組み合わさっていき、1つの砲身を形成する。
「爆ぜろ!!
そこからまばゆい閃光と共に大出力ビームが発射され、空港倉庫を吹き飛ばす。
「まあ、そううまくはいかないか・・・・」
負け惜しみに似たセリフを吐くと、アイオスは美しく輝いた両翼を羽ばたかせながら京都の夜空を舞っていった。
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