秋も深まる頃、IS学園の壇上に生徒会長である楯無が立っていた。
「それでは、これより秋の修学旅行について説明させていただきます」
おおーっと全校生徒から声が上がる。各国から選りすぐりのエリートとはいえ、やはりIS学園は女の園なのだろうか。生憎、そう言った部分に疎い瑠奈は壇上の隅で呑気に欠伸をして緊張していない様子だ。教師としてあるまじき行為に、隣にいた千冬に頭を叩かれる。
「いい加減に教師としての威厳を持て。ここではお前も教師なんだぞ」
「午前に
相変わらず反省の色なしと言った様子の瑠奈と千冬に内心苦笑いを浮かべながら、壇上の楯無は話を進めていく。
「今回、様々な騒動の結果、延期となっていた修学旅行ですが、またしても第3者の介入がないとは言い切れません」
一見するとあっけらかんといったご様子だが、その言葉と表情にはギラリとした鋭い視線を感じられる。事の重大さを感じ取っているのだろうか。
「---というわけで、生徒会室からの選抜メンバーによる京都修学旅行への下見をお願いするわね。メンバーは専用機持ち全員、それから引率には織斑先生と山田先生、それから保健教師である小倉先生。以上です」
その発表にあちらこちらから女子特有の甘い声が上がっている中、千冬が瑠奈に苦笑いを向けた。
「珍しいな、お前が引率を引き受けるなど」
「そんなわけないだろ。完全に彼女の独断だ。引率など今知った」
無表情だったが、その奥には疲労の様子が見て取れる。だが、ここまで公に公言されては撤回というのもそれはそれで面倒だ。それも計算してのことだろうか。
ともあれ、面倒な業務を与えられたことには間違いない。だが、それが彼女の判断なのならば信じよう。それが今の自分にすべきことだ。
ーーーー
「では、本当の目的を話します」
その後、瑠奈の本拠地である保健室には楯無によって収集された専用機持ち全員が集結していた。その中には1年の専用機持ちのほかに、瑠奈、そして2年生のフォルテ・サファイヤと3年のダリル・ケイシーの姿もあった。
「今回の京都での『
『戦力』その言葉に1年生の専用機持ちがざわめく。瑠奈はざわめくことはなかったが、鋭い目つきになる。戦力といわれた以上は戦わなくてはならない。学園を守るために。その使命のようなものに体が強張っていくのを感じる。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ!」
その緊張の空気を壊したのはうなじで束ねた金髪で身長が高い3年生の専用機持ち、ダリルだった。
「俺たちはいいとして、なんでこいつがいんだよ?」
指さす先には椅子の上に座り、黒の長髪で左腕がない隻腕の少年、小倉瑠奈がいた。
「こいつは右腕以外使い物になんないんだろ?なのに、なんでこの作戦に参加すんだよ?ただの足手まといになるんじゃねえのか?」
「安心してくれ、あんたよりは使えるよ」
「あぁん!?」
瑠奈の感情の籠っていない機械のような言葉にダリルはイラつき、睨みつける。
確かに、今の瑠奈は万全といった調子ではないが、別に問題はない。両脚がなくなれば、這って敵に近づき、両腕がなくなれば、口で武器を咥え、首が斬り飛ばされれば、敵を睨みつけ呪い殺す。
そもそも、瑠奈が弱くなっただけで、敵が強くなったわけではないだろう。
「別にあんたに背中を任される訳でもなければ、任せるわけじゃない。使えないと思ったのならば切り捨てればいいし、利用価値があると思ったのならば、互いに利用していけばいい。違うか?」
「てめえ・・・」
「はいはい、そこまで。これから協力していくんだから仲間割れしないの」
ぴしゃりと扇子を開いていがみ合いを止める。1年の専用機持ちならまだしも、瑠奈が人をーーーそれも、共闘する人間が信じられないのは、生きてきた環境を考えれば仕方がないことなのかもしれない。
そのことを踏まえて、説明がてら収集して顔を合わせたのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。
「とりあえず、みんなには嘘偽りなく国際的テロ組織への攻撃を行ってもらうわ。情報収集は私がするからみんなはISを抑えてちょうだい。それでは各自、出撃に備えて解散!」
その声を合図に、フォルテとダリルは保健室を出ていった。残ったのは、一夏を初めとする1年生の専用機持ちだ。
「なあ、瑠奈。さすがにあの言い方はないだろ」
正義感が強いのか、それとも我慢できなかったのか、一夏が注意するような口調で話しかけてきた。周りの専用機持ちも同調するかのようにうんうんと頷いている。
「別に間違ったことは言っていないと思うけど?今日知り合った人間の何を信用すればいい?人相でもみて親しくなれとでもいうのか?」
「そうじゃなくて、もうすこし言い方をだな・・・・・」
「はぁ・・・・・」
正直言って、今回の編成に瑠奈は不安と不満だらけだ。
実力が保証されている各国の専用機持ちはいい。だが、世界で唯一の男性操縦者である一夏と、天災の妹である箒。この2人が不安要素の塊と言ってもいい。
正式に専用機を持つべきかの審査や試験を受けておらず、男であるということと、天災の妹というだけでこの2人は専用機を与えられた。
そんな身内や状況で専用機を手に入れた者の実力の何を信頼しろというのだろうか。
いままでならば目を閉じていられた問題点だが、今回のような大規模な掃討作戦ともなれば、必然的に不安の種は出てくる。
(まあ、私が言えることじゃないか・・・・・・)
自身の足首から顔を見せている銀色に輝く義足をみて、内心苦笑いを浮かべる。だが、これ以上下手に問題点を指摘して互いを疑心暗鬼にさせたり、不安を煽るというのもよくないだろう。
それに問題は瑠奈自身にもある。
「
国際的テロ組織のスポンサーとなっているレポティッツァ。
真夜中
静かな静寂と暗闇が広場を包んでいる。馴染みがあり、懐かしさを感じさせる。まるで、このままこの闇に溶けてしまいそうな危うい雰囲気だ。
「・・・・・・・」
その広場のベンチで雄星は1人座っていた。常人ならば眠気に襲われ、夢の中の時間帯なのだが、生憎人間とは言えない不老の肉体を持つ雄星は何時間も睡眠をとる必要はない。せいぜい、数日に1回ほど2~3時間の睡眠を取れば十分だ。
無理に寝ようとしたこともあったが、不眠で起きようとしているのが苦痛なのならば、その逆も同じことだ。
寝れない夜はいつもこうして真っ暗な広場で1人でいた。そしてこうしていると、『彼』が出てくる。
「っ・・・・・」
体がビクッと震え、両目が宝石のように紅く輝き始める。これがレポティッツァが求めた最強の兵士、
「・・・・今日は・・・・冷たい夜だな・・・・・。そうか?・・・・俺はそう思わないけどな・・・・・」
ブツブツと独り言のように言葉をつぶやき始めるが、これは自分との対話だ。本来は人から教わるものだが、両親も友もいないこの化け物は、宿主である少年からすべてを教わった。戦い方も、生き方も、そしてーーー人の殺し方も。
「・・・・もういいのか?じゃあ、帰るか・・・・」
誰にも悟られることもなければ、感づかれることなく、化け物は1人静かに歩みを進めた。
ーーーー
東京駅から出発した揺れる新幹線の車内。その中で瑠奈は簪の膝枕を堪能しながら眠りについていた。
「くーくー・・・・むにゃむにゃ・・・・」
『よく眠っていますね。これから
「でも・・・気持ちよさそう・・・・」
他の面子は少なからず緊張したり、強張っている様子だが、彼はむしろリラックスしているようだ。やはり、ここで下手に気合いを入れても仕方がないということを瑠奈はわかっているようだ。スイッチのONとOFFを使い分けられている。
「よう」
その幸せいっぱいな簪に声を掛けたのは束ねた金髪にFカップの胸の膨らみが特徴的な3年のダリル・ケイシーだった。女豹のような目つきと自分とはくらべものにならないほどの胸部のボリュームに変な緊張で体が強張る。
「何ですか・・・・?」
「いや、別にどうもしねえよ。ただ1つ聞きたいことがあってな。お前、
「や、やった?」
「何発やったんだって聞いてんだよ」
突然の淫らな質問に頭がフリーズする。学園では
だが、世間一般からすれば自分たちはもうそういう『関係』なのだ。肉体関係を結んでいてもおかしくない関係なのだ。
「っ!あ・・・ああ・・・・」
それを自覚した瞬間、簪の顔に湯気がでるのではないかと思うほどに熱く真っ赤に染めあがった。それと同時に脳裏をかするのは自分の体を『美味しそうな体』と値踏みするような卑しい笑みを浮かべてくる雄星の姿。
つまり、いつか彼によって自分の貞操が奪われてしまうということなのだ。それがもしかすると、今日なのかもしれない。
ほのかに明かりが灯された薄暗い部屋の布団の上で押し倒され、服を脱がされていく。胸を揉まれ、体中を撫でられ、長い前座によって体も心も最高潮に達した時を見計らい、2人の体はーーーー
「えへっ・・・えへへへへ・・・・」
「おい?どうした?」
突如、気色悪い声を出し始めた簪を心配するようにダリルが顔をのぞき込む。いや、心配するというより、気味悪がっていると言った方が正しいのかもしれない。
「かーんざーしちゃーん」
そんな幸せいっぱいの簪の妄想に終止符を打ったのは楯無の非情な一言だった。
「今日宿泊する旅館は特別に私と簪ちゃんと小倉先生の3人一部屋になっているから、3人で仲良く寝れるわよ」
「・・・・え?」
「ん?」
簪はてっきり、瑠奈と自分の2人だけでロマンチックな夜を過ごせると思ったのだが、姉の楯無がいる夜を果たしてロマンチックな夜と言えるのだろうか?いや、楯無がいることは嬉しいが。
朗報を持ってきたつもりの楯無にとっては、簪の反応こそ予想外といった様子だ。
「お姉ちゃん・・・・」
「ん、何?」
「・・・・・バカ」
「えぇぇ!!いきなりどうしたの?」
突然の妹の暴言に戸惑った様子だが、その楯無に事情を説明する者はいない。
『まもなく京都、京都です』
「小倉先生、起きてください」
新幹線内のアナウンスを聞いて皆下車の準備を始める中、簪も膝元の瑠奈を起こそうとするが中々起きない。あと数分で駅に着いてしまうというのに。
「どうしよう・・・・」
『瑠奈から自分が起きない時は、預かっている薬を打って強制的に脳を活動状態にするように言われていますが・・・どうしますか?』
「大丈夫・・・・」
小さく呟くと、周りに誰も見ていないことを確認すると、太ももで寝ている瑠奈に顔を近づけ、そしてーーー
「起きて・・・雄星・・・」
耳元で囁き、雄星の頬にキスをする。こうして素直に彼に自分の想いを伝えることが出来たのはつい最近のことだ。今までは恥ずかしくて、自分の気持ちをはぐらかしてばかりだったのだが、彼が自分の全てを預けてくれるようになってからは、こうして2人だけのときは少しづつ甘えられるようになってきた。
「ん・・・・」
その簪の想いが籠ったキスが効いたからか、短く声を漏らすと、瑠奈がゆっくりと目を覚ます。
「やあ・・・・簪。相変わらず可愛いね」
「そ、そう?えへへ・・・」
ゆっくりと体を起こすが、体や脳が完全に覚醒しきっていないのか、体がふらつく。そんな酔っ払いのような状態の瑠奈にキンキンに冷えた一本の缶ジュースが投げられる。
「それ、飲むといいっすよ」
だるそうな様子の2年のフォルテ・サファイヤだ。生徒(上級生)のありがたい気遣いに感謝しつつ、投げられた缶ジュースを首筋にあてる瑠奈をフォルテは内心ほくそ笑む。
瑠奈に投げた缶ジュースはフォルテの専用機『コールド・ブラッド』によって凍結させてあるものだった。それは持っているだけで痛みが起こり、首筋にあてようものならば、とてつもないほどの刺激と寒冷で驚嘆の声を上げるだろう。
そんなリアクション芸人のような反応を期待していたが、首筋に缶ジュースをあてている瑠奈は気持ちよさそうな表情をしていて驚いた様子はない。
数秒ならまだしも、ここまで平然な様子だと異変に思う。
「え・・・大丈夫っすか?」
「ん?何が?」
缶ジュースは冷凍庫に入れた時のように凍結させてあり、あまりにも長い間皮膚にあてていると、低温火傷の危険性がある。腕ならまだしも首筋が低温火傷ともなると、それなりの支障が出る可能性がある。
「ちょ、ちょっといいっすかっ!?」
「えっ!どうしたんですか?」
急いで缶ジュースを瑠奈から取り上げ、様子を見るが手にも首筋にも低温火傷の跡はない。これはおかしい、手元にある缶ジュースは間違いなく凍結しているというのに。
「え・・・なんで・・・・」
「ん、ああ、その缶ジュース凍っていたのか・・・気が付かなかったよ・・・・」
「なんでっすか!?なんであんた何ともないんっすか?」
慌てているーーーというより、信じられないといった様子で子供のように騒いでいるフォルテに苦笑いを浮かべると、瑠奈と簪は席を立ち、歩いて行く。残念ながら、この怪奇現象の正体は迷宮入りとなってもらおう。
「エスト」
『はい、なんでしょうか?』
「今の私の体内温度はどのくらい?」
『首筋の総頸動脈付近の現在温度59.8度。右手首の腕橈骨筋付近の現在温度は45.6度です』
「あらら・・・随分と体は元気にみなぎっていることで」
ベストコンディションで挑むつもりだったが、どうやら寝すぎて体が元気になりすぎてしまったようだ。だが、まあ、子供は風の子だ。元気すぎるぐらいがちょうどいいぐらいだろう。
「さてと・・・殺し合いをやろうか・・・・」
小さく呟くと、瑠奈はーーー小倉雄星は京都の大地に脚を踏み入れた。
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