IS 進化のその先へ   作:小坂井

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せっかくの春ですので、2話連続投稿をして見ました。
次回から原作10巻の京都編へ入っていきたいと考えています。応援お願いします。


78話 与えられた役目

「---であるからして、コアの適正値の値には・・・・」

 

昼食が終わり、午後の授業で担任教師である真耶が教卓に立ち、授業を行っている。その光景と授業説明を聞き流しながら、簪が考えているのは先ほどの昼食の時間の出来事だ。

念願の『アーン』が出来なかったのは悔しかったが、雄星が『君が必要だ』と言ってくれた。

 

彼は本来1人で生きていく財産も力もあるはずなのだ。そのはずなのに、彼は必要としてくれる自分を。全てを擲ち、失ったとしても、彼は自分に尽くしてくれる。最後の最後まで一緒に居てくれる。

 

「雄星・・・・」

 

ドクンっと心臓が鳴り、心が妙な寂しさを覚える。この寂しさを埋める方法は簡単だ、(雄星)に会えばいい。とても情けなくて、子供のようにしょうもない理由だが、これが一番だ。

 

ーーーー彼に会いたい。

 

ーーーー彼と話したい。

 

ーーーー彼と一緒に居たい。

 

そう思うたびに心が渇いてくる。会いたくてしょうがなくなってくる。そしてその欲求には抗えない。

 

「あ、あの!」

 

「は、はい?どうしました更識さん?」

 

授業中に声を上げて、前にいる真耶に声を掛ける。突然の行動に真耶だけでなく、クラス中の生徒の視線が集中する。その状況に対しての焦燥に襲われるが、ここまで来て引き返すことなどできない。

 

「その・・・少し体調が悪くて・・・・・保健室に行きたいのですけど・・・・」

 

「え、大丈夫ですか!?保健係を同行させたほうがいいでしょうか!?」

 

「だ、大丈夫です・・・・。1人で行けますから・・・・・」

 

本気で心配してくれている真耶を騙すのは気が引けるが、彼に会うためには仕方がないことだ。そう心の中に言い聞かせると、教室の扉に向かっていく。その時、教室の端で控えていた千冬にギロリと睨まれるが、教室に出てしまえばこっちのものだ。

 

「し、失礼します・・・・」

 

クラスメイトの視線、そして千冬の睨みから逃げるように簪は教室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業中のため人気のない廊下を駆け足で歩いて行き、保健室前までたどり着くと、緊張しながら扉を開く。室内には人影はなかったが、可愛らしい獣が出迎えてくれた。

 

ミャッミャ!!

 

「サイカ・・・・」

 

真っ白な毛並みを持つ猫が一直線に簪の足元でじゃれてくる。それに続いて、彼が姿を現した。

 

「サイカどうし・・・・って、これはこれは更識さん、保健室に何か御用ですか?」

 

タイツスカートとワイシャツに身を包んだ保健教師である小倉瑠奈が簪を出迎える。今は教師であるためか、厳格ーーーというより、どこか距離を感じられる雰囲気を纏っている。そして、その雰囲気は教師と生徒の立場を明確にされているように感じるものだ。

 

「どこか体調が悪いんですか?それとも他の先生からの伝達事項でも?」

 

「いや・・・その・・・・」

 

冷静で感情の籠っていない事務的な口調で話してくるが、簪はここで本来の彼の姿を見せてくれる方法を知っている。

 

「その・・・・小倉先生、今この保健室にいるのは・・・・私たちだけですか?」

 

「・・・・・・」

 

暫しの間流れる沈黙。だが、簪の真意を理解した瑠奈は『ははっ・・・』笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だよ()。この保健室にいるのは僕と君だけさ」

 

「雄星・・・・」

 

人がいる場所では彼は小倉瑠奈となり、冷たい雰囲気を纏っている。これは人に自分の弱さや弱点を見せないためだが、簪か楯無などの全てを話し、信頼できる者の前では彼は小倉雄星となり、固く閉ざされた殻の中にある本来の姿を見せてくる。

 

「今は授業中のはずだよね?どうしたの?」

 

「その・・・ゆ、雄星に会いたくて・・・・」

 

「嬉しいことを言ってくれるね、とりあえずこっちにおいで」

 

照れている簪の手を取り、保健室に備え付けられているカーテンに仕切られているベットの1つに簪を寝かせ、雄星も同じベットに腰かける。

 

「優等生なのに授業をサボるなんて、悪い子だな」

 

「ご、ごめんなさい・・・・」

 

まあ、叱るといっても生徒であったときに、数々の不良行為をしていた雄星が言えるような立場ではなかったのだが。呆れよりも、授業をサボって会いに来てくれたのが嬉しい。

 

「あ、そうだ・・・・エストいる?」

 

『はい、なんでしょうか?』

 

「あれを渡したいんだけど・・・・」

 

『分かりました、お待ちください』

 

その声と同時に、目の前に1つの小さなケースが構築される。手に取り、開けてみるとそこには1つの眼鏡が収められていた。

 

「おお、ついにできたんだ」

 

ゴーレムⅢとの戦闘時に背中を貫かれた時、脊髄にある交感神経が損傷し、視力が大幅に低下してしまった。初めは使い捨てコンタクトレンズで凌いでいたのだが、品質が良くないのに加え、片腕だけでは着脱に苦労するため、視力検査をして雄星の視力に合った眼鏡を発注していた。

 

しかも、その眼鏡のフレームは簪がつけている眼鏡と同じというこだわりっぷりだ。簪に付けてもらうと、視界がはっきりと見えるようになる。

 

「おそろいだね」

 

「う、うん・・・・」

 

話が途切れてしまい、沈黙が流れる。そして、こうして雄星を見ていると思いだしてくるのが、ゴーレムⅢの戦闘中に浮かんだビジョンだ。巨大な試験体の中の培養液に入れられている1人の少女の姿。人違いーーーーというのは簡単だが、そうにもその光景が胸の中に突っかかっている。

 

「ねえ、雄星」

 

「なに?」

 

「もし・・・もしだよ?もし、あなたのお姉さん小倉瑠奈さんが・・・・生き返って、雄星の前に現れたら・・・・私と瑠奈さん・・・・どっちを選ぶ(・・・・・・)?」

 

「・・・・随分と意地悪な質問だね。君らしくもない」

 

「ご、ごめん・・・・」

 

自分でも彼を困らせる質問だとはわかっているが、たとえ、その答えが偽りであったとしても聞いておきたかった。彼の中の自分の命の優先順位を。

 

「・・・・どうだろう、どっちを選ぶかな・・・・僕もわからない・・・・」

 

言うまでもないが、雄星にとって刀奈も簪も大切な人だ。こんな化け物を受け入れてくれて、信じてくれている。彼女達がいなかったら、今の自分は存在しないだろう。

だが、その根幹にいるのが姉ーーー小倉瑠奈の存在だ。

 

全ての始まりともいえる人物。彼女から名前をもらい、年齢をもらい、誕生日をもらい、そして家族であり、恋人になってくれた。本来は親から学ぶべきことを瑠奈が教えてくれた。

そのどちらかを選べと言われたら自分をどっちを選ぶ?

 

前までだったら、ここで『お姉ちゃんは死んだ』と質問そのものを否定していただろう。だが、その質問に真剣に考えてしまい、葛藤している自分がいる。いや、『小倉瑠奈が生きている』という可能性を雄星の心が否定できていないのだ。

 

「雄星・・・・」

 

怖い顔で答えを出せない自分に苛立っている雄星の手を簪は優しく握る。簪自身が安心するためにした質問だというのに、これでは雄星を苦しめているだけだ。

 

「ごめんね、こんな優柔不断で・・・・まともに女1人選べない自分を殴りたくなってくるよ」

 

「そんなに自己嫌悪しないで。だけど・・・・・約束して雄星。絶対に・・・・絶対に私たちの前から居なくならないって・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

それを約束できるかと聞かれたら答えはNOだ。束にレポティッツァに亡国企業(ファントム・タスク)、自分の身を狙っている連中は腐るほどいる。その者達と戦って生きて帰れるという保証はどこにもない。だけどーーーー

 

「大丈夫、僕はずっと一緒だよ」

 

嘘をついた。自分でも無茶な約束はしないのだが、なぜかこう答えたいと思ってしまったのだ。たとえ、この約束が果たせないものだったとしても。

 

「だったら・・・・」

 

お願いと言わんばかりに目を閉じ、下あごを雄星に差し出す。どうやら、人を信用させるには口だけではなく、証拠がもっとも効果的なようだ。

 

「ほかの人には内緒だよ?」

 

顎に手を添えて固定し、動かないようにする。どうでもいいが、簪の顔が時間が経つにつれて赤くなっていくのが面白い。このまま放っておけば、どこまで赤くなるのか試したいが、肝心の簪の心が持たないだろう。

少しずつ赤い簪の顔と雄星の顔が近づいていく。そして2人の顔が合わさろうとした瞬間ーーーー

 

「っ!」

 

突如、ベットを囲っていたカーテンがスライドし、とある人物が入ってくる。その人物はーーーー

 

「授業をサボって教師と淫行とはいい度胸だな、更識」

 

血のように冷たくて、鋭い目つきの千冬だった。予想外で最悪の人物の登場に硬直している簪に比べ、雄星は何処か楽しみの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・」

 

「その・・・・ご、ごめんなさい・・・・」

 

保健室のベットの上で頭を下げる簪を千冬は呆れた様子で見つめている。教室を出た辺りでなんとなくは予想していたが、ここまで予想が的中すると呆れたくもなる。真面目で優等生である簪をここまで堕落させるとなると、雄星には何か魔性の花の蜜のような成分でも入っているのだろうか。

 

「まあまあ、そんなに怒るなよ。彼女も反省しているんだから許してあげようじゃないか」

 

「お前が一番反省しろっ!!。教師という立場でありながら、生徒との恋愛関係を持つとはどういうことだ!!」

 

「相手を見つけられないあんたよりはマシさ。ほら、千冬、あんたが好きなメーカーのコーヒーだ」

 

「あと、『先生』をつけろ」

 

怒り心中といった様子だが、雄星としては反省ーーーーというより、悪いことをしたという自覚すらない様子だ。別にそれはわかっていたことだが、ここまで反省の色がないと頭を抱えたくなる。

 

「教師の心得や規則は着任するときに渡した学園の参考書に書いてあったはずだが?この学園の教師というのならば、規則を守れ!!」

 

「ああ、あの辞書みたいな参考書ね。あの本ならばサイカの爪とぎの犠牲になってボロボロになったよ。いやぁ、すっごく楽しそうに本に爪を擦り付けていたな」

 

苛立ちと頭痛に襲われ、手元のコーヒーカップを握りつぶしそうになるが、何とか踏みとどまり、心を冷静に保つ。雄星相手に怒ったら負けだ。彼は目上や恐怖する相手に従うタイプではないことは千冬が良く知っている。

 

「はぁ・・・・」

 

学園に来てから雄星はやりたい放題だ。教師と思えないほどの自堕落で粗末な態度。先日の教員全員参加の職員会議では、ドタキャンとしたうえに、『代理人です』と名札を付けたサイカを送ってきた。

 

明らかに人格や性格に問題があると断言できる雄星を学園がクビにできないのは、当然ながら、彼がそれなりの結果や重要性を皆に示しているからだ。

実習での生徒の指導に加え、元は生徒だから生徒の悩み相談といったカウンセリングやメンタルケアも担当し、生徒から莫大な信頼や人気を得ている。

 

2週間ほど前に、自身の実力や成績の伸びしろに悩み、寮で不登校になってしまった女子生徒がいたのだが、その女子生徒に雄星がかけた言葉は慰めでもなければ、喝破でもなく、『毎日保健室においで、保健室登校ならば君の登校日数を稼ぐことが出来る』と生徒の状態を肯定する言葉だった。

 

今までとは180度違った態度に、初めは戸惑いや怯えがあった様子だったが、女子生徒は毎朝保健室に来ては雄星と雑談を交えたり、勉強を教わったりと、少しずつ学園に復帰できるようになっていった。そのやり方は生徒に指示や命令を出しているだけの千冬とは一味も二味も違うものだ。

 

しばらくして、自信を取り戻したその女子生徒は学園生活に無事復帰していったが、その手腕とやり方は教師の間で話題になるほどだった。

 

彼は今まで1人だった。孤独や悲しみを味わい尽くし、弱い者の悔しさや辛さを知っている。だからこそ、彼はーーーー雄星は人の弱さを知って、理解し、そして癒してあげられるのかもしれない。

あれほど人間嫌いだった雄星が、人を相手に能力を最大限に活用できるとは不思議なものだ。

 

意外なことに、彼の将来は接客業が向いているのかもしれない。

 

「ふふっ・・・・」

 

「なにを食虫植物に話しかける時のような顔で笑ってるんだい?気色悪いよ」

 

「っ・・・やっぱり気のせいか・・・・」

 

それでも、やはりこの口の悪さは何とかならないのだろうか。真面目に雄星の将来を考えている自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

「お、織斑先生・・・・?」

 

「大丈夫だ、怒っていない・・・・怒っていないぞ?」

 

額に青筋を立てながら、怯えている様子の簪を睨みつける。

 

「更識、体に異常がないのならばさっさと教室に戻れ」

 

「は、はい・・・・」

 

「戻るのかい?じゃあまた後で」

 

マイペースな雄星と上機嫌そうに尻尾をブンブンと振り回しているサイカを残して、千冬と簪は保健室を出ていった。

色々問題点はあるが、こうして1度はすれ違ってしまった彼に、こうして小倉雄星として再び接することが出来る日が来たというのは千冬としても単純に嬉しい。

 

自分が彼の姉ーーー小倉瑠奈となることを拒絶されて以来、もう2度と小倉雄星とは会えないと思っていた夢のような日々。

 

その夢のような日々を彼女達には守ってほしい。彼の主としてーーー愛しき者として。

 

 




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