IS 進化のその先へ   作:小坂井

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桜が満開になってきました。
せっかくの春なのですから、夜桜でも見ながら花見をして見たいものですね。


77話 前兆

この学園に来て、『自分に出来ることは何なのか?』とたまに考えることがある。人間誰もが自分の存在理由や存在価値に悩んでいるかもしれないが、瑠奈(雄星)が思い悩んでいることは、もっと原始的で根本的な部分だ。

 

この不老の体と性格のせいで人間社会には馴染めず、過去のトラウマのせいで人を信じることが出来ない。そんな社会不適合者が唯一出来ることがあるとしたら、戦うことと、この体で物理的に性欲を満たしてあげることだけだ。

 

ひどく自虐的でひねくれている考え方だが、生憎今の自分にはこれしか可能性を見いだせない。だが、今は学園で大勢の人と関わることができる。そこで少しずつ自分の出来ることを探していくとしよう。破壊者(ルットーレ)としてでもなければ、小倉瑠奈でもない。

 

1人の少年、小倉雄星として生きていける道を。

 

 

 

 

 

「くっ、ふっ!、はぁぁぁぁ!!」

 

晴れた日の午前、アリーナでは2年生の合同自習が行われていた。普段は班でISを使った稼働訓練をしているのだが、今日は様子が違った。

 

「くっ、ちょこまかとっ!!」

 

皆が注目する中で2機の機体がぶつかっていた。一機は接近ブレードを握っている学園の量産機である打鉄。もう片方の機体はーーーー

 

「・・・・・・」

 

相手のパンチを避けるプロボクサーのように黙々とそのブレードの斬撃を避け続けているエクストリームだ。ゴーレムⅢとの戦闘でゼノンの追加装甲は破壊され、機体自体も中破したが、今は原型のエクストリームだけなら動かせる状態にまで修復されていた。

 

「もう諦めてください、そんな調子じゃ私を倒すのに何年かかると思っているんですか?」

 

「まだまだぁ!まだ終わっていないわよ!!」

 

気合いを入れるように大声をあげ、相手の2年生の女子生徒は接近ブレードを強く握るが、どんなに頑張っても無理なものは無理だ。現に、わざわざ打鉄のテリトリーである近接で相手しているというのに、彼女は一撃もエクストリームに攻撃を当てられていない。

 

人間諦めが肝心だ、『はぁ・・・』とため息を吐くと、打鉄の手元を蹴り飛ばし、持っていた接近ブレードを吹き飛ばす。そのまま間髪入れず、サーベルを引き抜き、操縦者の首元に押し当てる。その特殊部隊のように鮮やかで無駄のない動きに、戦いを見ていた周囲の生徒や教師も驚きの声を漏らす。

 

「もう諦めてください」

 

「ぐっ・・・うぅぅ・・・・」

 

数秒の間うねり声を上げていたが、このどうしようもない状況に観念したのか、両腕を上げて降参のポーズを取る。それを確認すると、サーベルを収納し、遠くで地面に刺さっている打鉄の接近ブレードを引き抜く。

 

「ふむ・・・・」

 

瑠奈本人としてはどんな武器でも使いこなせるようにしているつもりなのだが、日本刀のような形状をしているこの打鉄の接近ブレードだけはいまいち扱いきれないーーーというより、この武器の特異性を見いだせない。こんな刃が細く、柄の長い武器になんの価値があるのだろうか。

 

「惜しかったですね」

 

「どこがよ・・・・全然ダメだったじゃない・・・・」

 

対戦相手は年下相手に大敗して落ち込んでいるーーーーというよりも、無能な自分に自己嫌悪している様子だ。確かに何もできなくて悔しいという気持ちはわかるが、別にこれで終わりというわけではないのだ。まだまだ、名誉挽回のチャンスはあるだろう。

 

「年下に負けるなんて・・・・うぅぅ・・・みじめだわ・・・・」

 

「別にあなたが弱いというわけではありません、打鉄の戦いのスタイルに向いていないだけです」

 

「ん?どういう意味?」

 

「説明します。とりあえず立ってください」

 

捨て猫のように涙目で上目遣いで見上げてくる可愛らしい女子生徒を立ち上がらせると、一本のホルスターに収められているナイフを手渡す。

受け取り、ホルスターから引き抜くと、バチバチと電流によって光っている刃が姿を表す。

 

このナイフは元々エクストリームの武装として作ったものなのだが、実際使っていると、エクストリームの強靭な握力と動きに耐えられずに、グリップの部分を握りつぶしてしまう。いわば耐久性に問題がある欠陥武装だ。だが、IS程度の握力であったなら耐えることが出来るだろう。

 

「1回1回の振りや動作が大きい大型の接近ブレードではあなたの機敏な動きとスタミナを生かせません。近接で勝負を挑むというのならば、重量がなくて、連続で攻撃を繰り出せるナイフが向いています」

 

「でも、ナイフだったら遠距離から射撃されたら終わりじゃない」

 

「遠距離から攻撃できるといっても、所詮射撃は射撃です。弾丸は直線にしか進みません。言うなれば、ストレートしか出せないボクサーと同じ。それ比べて、ナイフはどんな軌道を作りだせます。ストレートにアッパーにフック、何でもありです」

 

「な、なるほど・・・・」

 

といっても、『自分はナイフだけ極めるから他はしなくていい』というほど甘くない。ナイフを極めていれば、ナイフ使いがされては困る弱点がわかるように、射撃を極めていればその射撃手のされては嫌なことが自然とわかってくる。

 

「あなたはナイフと射撃の両方を極めるといいかもしれません。まあ、このアドバイスを信じるか信じないかはあなたの自由。そのナイフは差し上げますので、使ってみてください」

 

「え、いいの?」

 

「はい、是非この機会にあなたの新しい可能性を見つけてください」

 

この武装を作るのに大金が掛かっているはずだ。だが、躊躇いもなく手渡す瑠奈に周囲から驚嘆の声が聞こえてくる。その声に混じって授業終了のチャイムが聞こえてきた。

 

「時間のようですね」

 

機体を解除し、地面に降り立つとうーんと背伸びをして体をほぐす。すると、周りで見ていた生徒が一斉に駆け寄ってきた。

 

「小倉先生、私にもなんか武器ちょうだい!!」

 

「私も!!」

 

「私にも!!ねえ、いいでしょ!?」

 

まるでバックやアクセサリーをもらえる客が来たキャバ嬢のような態度を見せてくるが、色気や色欲で考えが変わるほど瑠奈は軟弱ではない。

 

「申し訳ありませんが、あのナイフで品切れです。カスタム武装が欲しいというのならば、整備課の人達にリクエストしてみてはどうでしょうか」

 

生徒たちを振り払い、教師の授業参加のお礼を受けながら、瑠奈はアリーナを出ていった。どうでもいいが、瑠奈はカウンセリングや生徒の軽度な怪我を担当している保健教師なはずだ。なのになぜ、ISの実習に参加させられるのだろうか。

 

色々な思惑があるが、影の支配者である生徒会長の仕業であることは違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ・・・・あれ?」

 

居場所である保健室にはいるが、なぜか仕事仲間の出迎えがない。すると、この保健室に並んでいる3つのベットの内1つのベットからゴソゴソと何やら物音がしてきた。

 

「なにやってんだか・・・・・」

 

仕切られているカーテンをずらし、中に入ると、真っ白なベットのシーツの上で寝っ転がっている白猫がいた。

 

「・・・お前はいつからベットで寝るほど偉くなったんだ?」

 

ミィミィ

 

こうしてサイカが保健室に侵入してくるのは日常茶飯事だ。窓を閉め切り、ドアもロックを掛けたというのに、ちょっと保健室を出て、戻ってくればいつの間にかサイカがベットやら床やらで寝そべっている。本当にどこから入ってきているのだろうか。

 

「全くお前はーーーー『雄星・・・・』----っ!?」

 

突然、自分の脳内に名前を呼ぶ声が響く。一瞬エストかと思ったが、彼女は今簪と共に授業を受けている。誰かが・・・・何者かが自分の名を呼んでいる。

 

『雄星、雄星、雄星、雄星、雄星』

 

「ぐっ!うぅぅぅっ!!」

 

突如、脳内に響く声。それと同時に激しい頭痛が襲いかかる。この頭痛は明らかに脳の機能不全からくるものではない。もっと原始的な脳の記憶部分からくる刺激と苦痛だ。

 

ミッ!?ニャァァァ!!

 

苦しむ瑠奈を心配するようにサイカの鳴き声が響く。尋常ではない苦痛と胸からこみ上げてくる吐き気に意識が消えそうになったとき、脳内に1人の少女が映し出される。

どんな顔でどんな姿なのかはわからない。だけど呼んでいる自分をーーーー小倉雄星を。

 

「はぁ、はぁ、・・・くっ!!」

 

懐から鎮痛剤を取り出すと、首筋に打ち込み落ち着かせる。激しい息切れと眩暈が起こるが、頭痛は少しずつ収まっていき、思考が回復してくる。そのまま、力尽きたように手足を投げ出し、地面に寝そべる。脳内に映し出された少女、あれは間違いなくーーーー

 

「・・・・まさかね・・・・」

 

いくらなんでも都合の良い考え方だ。馬鹿らしい、彼女が死んだことは自分の目で確認したというのに。だが、今の感覚・・・・・体の内部から何かが食い破って出てくるような不愉快な苦痛を思い出すと、その可能性を払拭できない。

 

「・・・・・・」

 

何もかもが不明で未知数だが、何かが来ていることは断言できる。ISや男女などでは括れない何か大きすぎる物が。

 

ミャッミャ~ 

 

「っ?・・・・なにやってんだ?」

 

真剣そうな瑠奈とは違ってお楽しみなのがサイカだ。床に寝そべっている瑠奈のタイツスカートの中に頭を突っ込み、潜り込もうとしている。猫は狭いところを好むといえど、女装している人間のスカートの中に興味を示すのはいかがなものか。

 

「こら、やめろ、くすぐったい」

 

腹部に手を当てて、サイカを持ち上げると、少し離れた場所に置く。なんだか、最近大きくなったせいで片腕で持ち上げるのが厳しくなってきたような気がしてくる。まあ、出会った当時は子猫であったサイカも、半年近くも経てば成長するか。

未来へ歩むことが出来ない雄星にとってはそれが嬉しくもあり、羨ましくもある。

 

だが、まあ猫に嫉妬するなど情けないし、今更願っても背丈が伸びるわけではない。そう心の中で割り切ると、もうすぐ昼食のため、保健室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「腹減った・・・・」

 

午前の授業が終わり、続々と教室から出てくる生徒の中、腹部をさすりながら廊下を歩く。周囲の生徒も学園で有名人である瑠奈が歩いていることもあってか、周囲の生徒からボソボソと話し声が聞こえてくる。・・・・主に瑠奈の服装に対する笑い声が。

 

改めて思うが、なぜ自分が女性用のタイツスカートのスーツを着ているのだろうか?当然ながら、自分から着ることを希望するわけがない。

教員としてこの学園に着任する際に、楯無から『ここは女子校だから、あなたもここでは女性にならなきゃならないの。わかる?』とよくわからない説明をされ、クリーニング済みのスーツを手渡され、今の至る。

 

ただのルールであったのならば、違反するのには何の抵抗はないのだが、楯無の言いつけならば断れないーーーーというより、断ったらどんな報復をされるのかわからないから無視できないと言った方が正しいだろう。今思うと、とんでもない人に忠を捧げてしまったものだ。

 

だが、まあ、自分の想いは間違っていないーーーーというより、間違っていないと信じたいものだ。

 

到着したのは1組の教室前。

教師として学園に通っている瑠奈は当然だが、生徒である楯無や簪と一緒に登校できない。そのため、簪がいる1組まで出向いて、昼食を取るようにしているのだが、今日は瑠奈に先客がいた。

 

「ああ、ルナちょむ~~」

 

「やあ、本音。今日も元気そうだね」

 

扉の前で偶然出てきた本音とはちあわせする。相変わらず眠そうな目とよろよろとした今にも倒れそうな動きが特徴的だ。

 

「ルナちょむ~~、突然だけど今日勉強教えて~~もうすぐテストなんだ~~」

 

「君の目当ては問題が正解したときにあげるご褒美(スイーツ)が目的だろ?現金すぎるよ」

 

「私としては、ご褒美がある方が頑張れるんだよ~~」

 

瑠奈は毎日生徒会室で作業している虚や楯無のことをねぎらって、生徒会室の冷蔵庫にケーキやお菓子を入れているのだが、それを毎日バグバグ本音1人で食い尽くすのだから恐ろしい。しかも、毎日あれだけ食べているのに、こうしてねだってくるのだから仰天だ。

彼女の胃袋はブラックホールにでも繋がっているのだろうか。

 

だが、ここで無下に断って見捨てるのも後味が悪い。といっても、テストでひどい点数を取ろうものならば、姉である虚の拳骨が脳天に直撃する。しかも、『本音に勉強を教えたあなたも連帯責任よ』と非情なセリフとともに、瑠奈にも強烈な拳骨が振り下ろされる。

本音はやればできる子なのだが、なぜか自分からやる気を出すことが出来ないタイプなのだ。

 

「はぁ・・・シュークリーム、エクレア、ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、どれがいい?」

 

「ええっとね、全部~~」

 

「わかった、放課後生徒会室で待っているよ・・・・」

 

「ありがとうルナちょむ~~」

 

飼い主にご褒美をもらえて喜ぶ犬のように腕に抱き付いてくる。まるで、恋人のような仕草をしていると、本音と瑠奈の間にとある人物が割り込んできて引き離す。その人物は

 

「っ・・・・・」

 

「か、かんちゃん・・・・」

 

不機嫌そうな顔で本音を見つめる簪だった。どうやら簪としては、瑠奈が幼馴染と仲良くしていることが気に入らないらしく、さっきまで本音が抱き付いていた腕を取り戻すかのように強く抱きしめる。

 

「いてててて、簪痛いって!」

 

「か、かんちゃん・・・・ルナちょむが痛がっているよ~~」

 

「・・・・・・」

 

日頃の簪では珍しく、威嚇や警告をするかのような威圧のある顔で本音を見ると、腕を引っ張り教室へ連れ込んでいった。その時、『じゃあ、あとで生徒会室でね』と言い残すと、簪が手首を握りしめ、瑠奈の顔が苦痛で歪むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、機嫌を直してよ」

 

「・・・・怒ってない・・・」

 

「だったら、手首を握りしめるのを止めてくれないかな?地味に痛い・・・・」

 

「・・・・・・」

 

怒っていないとは言うが、瑠奈と本音が話している光景を見た時のモヤモヤや不安が簪の中で渦巻いていた。自分とは違って、可愛くて胸も大きい幼馴染の本音。もし、自分と本音、どちらかを選ぶとき、果たして彼はどっちを選ぶだろうか。

 

一種の嫉妬や葛藤とも言うのだろうか。そんな年頃の乙女らしい苦悩や不安に駆られている簪に微笑んだ。

 

「簪、大丈夫。わた・・・僕はどこにもいかないよ」

 

「・・・・本当?」

 

「ああ、英雄色を好むとはいうけど、僕も破壊者(ルットーレ)も自分の剣と盾を捧げる者は1人いれば十分さ。今も、そしてこれからもね。君が必要だ」

 

「ゆう・・・瑠奈・・・・えへへ・・・」

 

『君が必要だ』そいういわれて照れくさくなったのか、顔が赤く染まる。そうだ、雄星は自分を信じてくれている。ならば、自分が信じてあげなくてどうする。そう言うところに気が付けない辺り、恋は盲目ともいうのだろうか。

 

「瑠奈、はい、お弁当・・・・」

 

「おお、待っていました」

 

昨日の夜作り、学校に行くときに箱詰めして持ってきておいた弁当箱を鞄から取り出す。青いランチクロスを解き、蓋を開けると中は

 

「こ、これはすごい・・・・」

 

海苔や野菜によってカラフルな戦隊の絵が描かれている俗に言う『キャラ弁』というものであった。見たこともない鮮やかで素晴らしい技術に驚きと感動の声が漏れてくる。

 

「これ、簪が作ったの?」

 

「う、うん・・・どうかな・・・・」

 

「すごいよ!!感動した!!」

 

無邪気な子供のように満面の笑みを浮かべ、嬉しそうな表情を浮かべる。出だしは上々、問題はここからだ。

 

「じゃ、じゃあ、瑠奈・・・・あ、あーん・・・・」

 

震える腕でスプーンを持ち、白飯を掬い、差し出す。

 

「あの・・・1人でも食べられるから・・・・」

 

「で、でも・・・そんな体だし・・・・」

 

そうは言うが、差し出されている簪の手は緊張でプルプルと震え、逆にこちらが心配したくなる状態だ。しかも、当然ながら教室内にも昼食中の生徒がおり、簪と瑠奈の初々しい光景に皆ニヤついている。

瑠奈も学園内の教師のはしくれであるからか、周囲からの視線を集めてしまう。

 

「ほ、ほら・・・・早く・・・・」

 

赤みのかかった顔で恥ずかしそうに急かしてくるが、恥ずかしいのならばやらなければいいのではないのだろうか。だが・・・・まあ・・・・たまにはこういうのもいいのかもしれない。

 

「わ、わかったよ、あ、あーん・・・うん、美味しいよ」

 

「瑠奈は・・・・美味しそうに食べてくれるから嬉しい・・・・」

 

「まあ、昔はこういう美味しい料理、ましては手料理なんて滅多に食べられなかったからね・・・・本当に嬉しいよ」

 

昔は瑠奈がよく手料理を作ってくれていたが、彼女が亡くなり、奴隷生活となった時は、毎日粗末な食事や栄養剤などの栄養補給が基本的だった。

無事にその生活を抜け出せたとしても、街中のレストランで堂々と食事を出来るような状況や身分ではないため、どうしても粗末な食事になってしまう。

 

「や、やばい・・・嬉しすぎて泣きそう・・・・」

 

「る、瑠奈っ!?」

 

自分のために料理を作ってくれている人がいることがここまで嬉しいものとは。予想以上の感動と感涙で涙ぐんでくる目を袖でぬぐい、再び突き出されているスプーンを咥えようとしたとき

 

「っ!?」

 

「きゃ!!」

 

突如、瑠奈と咥えようとしたスプーンの間をホルスターに包まれたナイフが遮る。いきなり現れた『殺しの道具』に瑠奈は平然としていたが、見慣れない大きい刃物にびっくりした簪は座っていた椅子から転げ落ちそうになるが、なんとか踏みとどまる。

学園内でこんな物騒な物を持ち歩いている人間といったら、1人しか心当たりがない。

 

「お楽しみのところ悪いな、少しいいか?」

 

「えっと・・・・て、手短に・・・」

 

乱入してきたラウラの鋭い視線に怯み、NOということが出来ず、簪と瑠奈の2人だけの時間は終わりを告げる。ここで、自分の意志を言えるようになりたいのだが、気弱で消極的な簪にはもう少し時間がかかる様だ。やや強引に簪の許可をもらうと、ラウラは遮ったホルスターに包まれているナイフを瑠奈に見せる。

 

「これは・・・・ドイツ軍が正式採用している軍用ナイフだね。これがどうかしたのかい?」

 

「うむ、わが軍の装備はまだまだ改良の余地がある。そのための意見をお前に聞きたい」

 

別に瑠奈は武器評論家でもなければ、技術者でもないのだが、同じ実戦を潜り抜けていた同士とラウラは認識しているのか、愛用のナイフや火器のメンテナンスをたまに手伝っていた。ホルスターからナイフを引き抜き、銀色に鈍く輝く刃物を瑠奈に見せつける。

 

どうでもいいが、こんな教室のど真ん中でナイフを取り出すのは勘弁してほしい。周囲のクラスメイトたちが怯えてしまっている。

 

「・・・・ふむ、グリップのゴム素材が少し硬すぎるかな。これじゃ手首を痛めてしまうよ。あと、もう少し小指部分の窪みを深くした方が力が入りやすい」

 

「なるほど・・・・肝心の刃の部分はどうだ?」

 

「少し右側に逸れてるね」

 

「ああ、使い手が対象を突き刺したとき、もっとも少ない力で引き抜ける角度になるように改良したのだが、どうだ?」

 

「だったら、刀身をもっと短くした方がいい。その方がもっと抜き差しがスムーズになると思うよ」

 

目の前で繰り広げられる濃厚な兵士トーク。アニメや特撮ヒーローの話だったらいくらでも話せるのだが、一般人である簪には瑠奈やラウラと語り合えるほど、豊富な武器知識はない。こういうところで、自分と瑠奈の生きる世界の違いを感じてしまう。

 

それでも夜になると、自分や姉にあれだけ甘えてくるのだから可愛らしいものだ。

 

 




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